きっかけは一本の電話だった。


「…もしもし」
『あ、やっぱり居た。私。子瑜だよ』


その夜、年内最後の食事を終え、年明け間もなくの推薦入試に向けて少し勉強でもしようかと、自室に戻ろうと階段に足をかけたときだった。
父は既に他界し、母が医者という仕事柄、珍しくこの年は父を除く家族七人での団欒のかなっていた虞家の居間から、電話だと呼びつけられた。

彼女…虞翻にとって、こんな大晦日の夜にわざわざ電話をくれるような友人に、心当たりは少ない。無論その電話を寄越した主…諸葛瑾にしても、そういうことをしそうなイメージは湧いてこなかった。
一体何事か、と相手の行動を訝る暇もなく、電話の主は普段のイメージとはかけ離れた勢いで、矢継ぎ早に用件を繰り出してきた。

『ね、今日明日は暇…というか、どこかに出かける予定はないよね?』
「…ん…まぁ、確かにそんな出かけなきゃいけない理由も、特にないけど…」
『だったら、これから常山神社の二年参りに行かない?』
「え…二年参り?」

虞翻は鸚鵡返しに聞き返す。

『そうそう。
 部長は相変わらず南国の海、陸家も顧家も朱家も年始の集まりで、他に付き合ってくれそうな人もいなくて』
「でも、わざわざ二年参りでなくてもいいじゃない…明日でも別に」
『何言ってんのよ〜、せっかく高校生活最後の年末年始なんだから、たまには趣向を変えて、ね?』

やはり何か変だ、と虞翻は思った。

これまでその口の悪さが災いして、あまり長湖部内でも親しいものが居なかった彼女であるが、そのとっつきにくさに反して生来のお祭好き人間である彼女である。実は年末年始にまたがる一週間、学園都市最大の神社である常山神社の歳末年始の祭を見に行きたくて仕方のないところではあった。
しかし、流石の彼女も夜一人で出歩く気になれなかった。妹たちは妹たちで集まって祭を見に行くつもりで居たが、流石にそれに混ざっていくのも気が引けて、年明けて日が昇ってから行くつもりで居たのだ。

確かに行けるなら二年参りにも行ってみたいし、旅の道連れが向こうからやってきたわけだから願ったり叶ったりである。
だが問題は、その相手。

(確かに子瑜なら、信用できる相手だけど)

一応、疎遠だったと思っていた幹部会の「仲間達」でも、今は自分を受け入れてくれるということも彼女は解っている。
しかし、幾ら気のおける仲間でも、油断のできない者と言うのはわずかながら存在する。基本的に悪ガキの集合体みたいな長湖部員のこと、今までそっけない態度をとってきた自分が急に尻尾を振って寄っていけば、どんな罠を仕掛けているものだか解ったものではない。
現に彼女は、学園祭の打ち上げでも、年末のクリスマスパーティでも散々な目に遭わされたばかりなのだ。

挙句、この「信用の出来るお人好し」は、現在一つ屋根の下に「学園最凶の奇人」諸葛亮が共にいるはずだ。
課外活動では最近ヤンチャ出来るほどの心の余裕がなくとも、オフのこの時ばかりはどのように心の箍を外しているか解ったものではない。そもそも「この電話の主」が「諸葛瑾本人である保証」もないのだ。


『お〜い…起きてる仲翔さん?』

しばしの思索は、痺れを切らしたような彼女の声に打ち切られる。

「あ、えっと…ごめん」
『まあ、無理にとは言わないわ。
 今日はなんだかんだで、今私一人しかいないからさ…たまに何か違うことをしてみようかって思っただけなんだけどね。
 そう思ったら、なんだか急に、あなたの顔を見たくなったから』
「えっ…」

虞翻は思っても見なかったことに目を丸くする。

今、彼女が単独行動を取っているというその事実は、俄に信じがたいものがあった。
彼女の中にある「諸葛瑾という存在」は喩えるなら、御人好しが服着て歩いているような…他人をハメるという観念から最も遠い思考パターンの持ち主だ。さらに、何をするにも綿密に計画を立て、まかり間違っても突発的に何か行動に出るような…正確に言えば、自分の衝動に他人を巻き込むようなタイプではない。

それ故なのか、逆にその電話の主が彼女本人であるという妙な確信を抱くに至った。

「待って、子瑜。
あなた今どこにいるの!?」
『何処って…ああ、琅邪のバスターミナルよ。
 流石に今日ばかりはこの時間でも結構人いるわね。びっくりしちゃったわ』

その言葉を受けて、彼女は息を呑み…そして、たちどころに決断した。


「解った、私も行く」



-同期の桜は散らない-



その後二言三言、合流の手筈を確認し、虞翻は電話を切る。
時計を見やり、部屋に戻って着物を引っ張り出して着付けるにも十分な時間があることを確認して、その場を立ち去ろうとしたときだ。

「姉さんに電話なんて珍しいわね…誰から?」

妹たちと年末のお笑い特番を見ていたはずの、すぐ下の妹…といっても歳は四ツも離れているが…の虞が、興味津々と言った風で寄ってきた。お互いに入浴は済ませており、お互いにパジャマ姿だ。
何故かニヤニヤして笑いを堪えているような妹の姿に「コノヤロウ、一匹狼の私に電話をくれるような友達が居るのがそんなに不思議か」と喉まで出掛かったが、此処でムキになってしまったらどうあしらわれるか解ったものじゃない。このはしこい妹は、妹たちの中のみならず、この年代のグループの中でもかなりのクセモノであるのだ。

虞翻は余裕を見せつけるかのように、大袈裟に咳払いをして答える。

「子瑜から。
受験生同士年を跨ぐデートのお誘いよ」

普段はまったく言わないような強烈な冗談をしれっと返して見せると、流石の虞もハトが豆鉄砲を喰らったような顔で絶句する。
さらに居間のほうからいきなり、がたがたがたっと凄まじい音がした。何事かと思って覗いてみると、末妹の虞譚以外の三人が、同じようにして目を丸くし、床にのけぞったり椅子からひっくり返っていたりと楽しい格好で呆けている。当然全員入浴を済ませているのだろう、そろってパジャマ姿である。

おそらく、虞のみならず、妹達全員が特番そっちのけに、こちらの様子を伺っていたと言うことだろう。
呆れる隙もなく、いちばん手前に居たセミロング…三番目の妹・虞忠が何か恐ろしいものでも見たかのように呟く。

「…お、お、お姉ちゃんにそんな趣味があったなんて…」
「はぁ!?」
「頑張ってお姉ちゃん、あたしたちは応援してるからっ」
「世間が理解してくれなくても、あたしたちはずっと仲翔お姉ちゃんの味方だからね〜」

椅子から仲良くコケていた虞聳・虞モの双子姉妹が何時の間にか、虞翻のそれぞれの手をとって、何か哀れむような表情で見つめている。
此処まで来て、虞翻もようやく自分の冗談が冗談に思われてないことを理解したようだった。

「いや…あんた達、アレは冗談」
「隠さなくていい、隠さなくていいからっ」
「あたしたち口は堅いほうだからっっ」

もしかしたらからかわれているのかも知れないが、最早怒るよりも苦笑するしかない虞翻。虞も呆れ顔だ。
そして起こっている状況がよくわからない虞譚は、しきりに小首をかしげていた。





この日珍しく家にいた母親からは「珍しいこともあるものね」と意外がられはしたが、快く承諾してくれた。
夏の一件からそれなりにつきあいもあった「神社の看板娘」にも連絡を取り、いざとなったら朝まで休ませてもらえるよう話もついている。その趙子龍は「父や祖父も大歓迎ですし、なんだったら妹さん達を連れてきて頂いても結構ですよ」とも言ってくれたが…やはりというか妹達は揃って辞退した。あの様子だと、妹達のトンチキな誤解を解くのにもかなりの時間を必要とするだろう。


(年始特別便の会稽営業所発常山行き、それが23時20分。
 着くのは45分で、常山神社のターミナルで待ち合わせ…よね)

部屋に戻った彼女は、早速外行き用の洋服を物色し始める。

初めは普段どおりの服を着て行こうかと思っていたが、ふと目をやった先に一着の振袖があった。
薄い緋の地に、赤、黄、白と色とりどりの花模様をあしらった着物と、濃い海老茶の帯。初詣用の晴着として、去年まで来ていたそれを妹に譲り、新調した物だ。

毎年というか、夏だって普段着として浴衣を着ていることが多い彼女にとって、母親仕込みの着物の着付けは手慣れたものだ。
時間的にも支障はないし、こういう機会でないとなかなか着ない服でもある。

「よーしっ」

彼女は着ていた猫の手柄のパジャマを躊躇なく脱ぎ捨て、着付けにかかった。





ものの五分ほどで着替えを終え、姿見の前で振り向きながら、虞翻は帯の結び目を確認して頷く。


「…そこまでめかし込んでいくとなると、またあの子達騒ぎ出すわよ?
やっぱり〜とかいって」

着付けの途中で乱入してきた虞が、感心半分、呆れ半分にそう呟く。
こちらはクリーム色無地のタートルネックセーターにジーンズ、その上からダークブラウンのダッフルコートにクリーム色のマフラーという文句つけようもない冬の普段着だ。

「う…でも、こういう機会でないと、なかなか振袖も着づらいし、せっかく新調したから」
「確かに、結構奮発したようだしね。
飾っておいて虫に食わせるには勿体無いか」

そういいあって微笑む姉妹。
軽口を交わしながらも、彼女は見事な手つきで最後の仕上げを済ませ、姿見の前でポーズを取った。

「うん、我ながら上出来」
「いつもながら見事ね…あたしも見習わなきゃね」

感心したような、その一方でうらやむような眼差しの妹に、その頭に軽く手を置く虞翻。

「今日はもう時間的には無理そうだけど…そうね、明日か明後日あたり、私で良ければ教えたげるわ。
あなただって素地は十分いいんだから、きっと似合うわ」

そんな歳じゃないとは思いながら、無碍にその好意と、実は大好きな姉の手を払いのけられず、

「…うん」

少し紅潮した頬を隠すように俯く妹の姿に、彼女からも笑みがこぼれた。





それからハプニングらしいハプニングにも出会わず、仲間達との合流のため蘇州方面へ向かうバスに乗り込む妹を見送った彼女は、そのすぐあとに来た目当てのバスへと乗り込む。
同じく二年参り目的の客でそれなりに席の埋まるバスに揺られること二十分あまり、神社前のロータリーで下車すると、目当ての人物はあっさりと見つかった。

気づいて手を振ると、向こうもこちらに気付いて手を振り返す。
「どんな人混みの中にいてもこれ以上の目印は無い」と評される特徴的な癖毛「ロバミミ」はそのままに、結い上げた髪をべっ甲作りの簪で留め、濃い赤の地に桜や菊の文様をあしらった振袖を、柑子色の帯で締めた晴着姿で居るのは、紛れもなく諸葛子瑜その人である。

「こんばんわ。ごめんね、急に呼び出しちゃって」

遠目にはややわかりにくかったその着物姿を間近にして、言葉を返そうとした虞翻は思わず息を呑んだ。

確かに彼女は美人の部類に入るだろうが、普段の制服姿以外の記憶が曖昧な事もあって、「ロバミミ」がなかったら目の前にいるのが諸葛瑾であるとは俄に信じられなかっただろう。
普段通りの温和な笑みのなかに、暗めの電灯の下でも解るくらい、紅潮させた頬がえもいわれぬ色香すら漂わせて見えた。

ぽかんとしてただ眺めるだけの虞翻に、目の前の少女は袖口をつまんで、伏し目がちに呟く。

「あの…やっぱり、変かな…?
せっかくの高校最後の二年参りだから、母さんのお下がりを着てみたんだけど」
「う、ううん! そんなことない!
びっくりしちゃったよ、すっごく、似合ってるよ!」
「そう、よかったわ。
そういう仲翔も素敵な振袖ね。伯言達が夏祭りの時にあなたが着物着てたって言ってたけど、もしかして着慣れてたりする?」
「うっ…えっと、そのっ…」

何故か狼狽する虞翻の姿が可笑しかったのか、諸葛瑾ははにかんだように笑う。

「こんなところでいつまでも立ち話してるのも、アレよね。
行こっ、そろそろ、除夜の鐘が始まるわ」
「…うん」

差し出された手を、虞翻は遠慮がちに取り…そしてふたりは、本殿へ向かう人並みへ紛れていく。





年越しの鐘を聞きながら、ふたりは本殿にお参りする人混みが引くのを待つかのように、屋台の並ぶ参道を連れ立って歩く。
やがて緊張も解けてきたのか、どちらがいうでもなく、射的や輪投げと言った定番の遊戯に興じ、大道芸人の披露する芸に歓声を送り…同じように買い込んだ甘酒を口にしながら、山道の一角にある休憩所に立ち寄る。

カップルの睦み合う一角で…一見場違いにも見えながら、ふたりの振袖美人の姿は絵になるのだろう…行交う人の中にも、二人の姿を思わず見返す人もいた。


「あの、さ」

やがて、たまりかねたように虞翻が口を開く。

「他のみんなは? 誰か待ち合わせとかしてないの?」
「え?」

振り向いた諸葛瑾は、「なんで?」といわんばかりの表情をしている。

「なぁに? 私とふたりきりなのは嫌?」
「ううん…そんなんじゃないよ…でも」

その不躾な物言いにも、穏やかに微笑んで咎めようともしない諸葛瑾に、虞翻は一瞬、次の言葉を吐き出すのを躊躇ってしまった。

そんなアテなどないのは解っていた事だった。
だが、このままこのような気持ちの澱みを抱えながら、彼女の行動に付き合うのも心苦しいように思えた。

「あなただけを呼び出したのが、そんなに気になった?」

その一言に、無言で頷き、そのまま俯いてしまう。
きっと彼女のことだから、特に理由はなくとも自分を誘ってくれただろう。
それなのに自分は変な勘ぐりをして、なおかつそれを態度に表してしまった。もしかして、愛想をつかされたかもしれない。

肩に手を置かれて、ふと見上げると、そこには苦笑した諸葛瑾の顔があった。

「相変わらずね…でも確かに、今日の私の行動はちょっと唐突に過ぎたかもね」

寂しそうに笑う諸葛瑾。

「何でなのか解らないけど…なんだか急に、あなたに会いたくなった。
それが本音なの」
「私…どうして?」

自分を必要としてくれていたことは、嬉しいと思った。
しかし、あまりに唐突なその一言に、虞翻はただ戸惑うばかりだった。


僅かな沈黙を挟み、彼女は何処か寂しそうに言葉を紡ぐ。


「うちの妹の話…あなたはもう知ってるわよね?」

虞翻は無言で頷く。
諸葛亮の件については呂岱からの又聞きだが、大体の事情は解る。
そしてもうひとつ、彼女の妹たちといえば…

「あの子は、姉の私から見ても確かにヘンな子だわ。
けどね…それでも根は一生懸命で…行きすぎて過ぎてしまうところもあったから。
今はただ、そっとしておいてあげたいの。だから、私本当は、今年の年末は最初から家に帰るつもりなくて」
「えっ!?
じゃ、じゃあ子瑜、あなたまさかずっと寮に」

ええ、と、諸葛瑾は頷く。

「本当は入院を勧められてたんだけどね。
でも、心労というのもあるから、長年住み慣れた実家の方がいいだろうって。
別に仲違いしてるわけじゃなかったから、あの子は私がいても然程苦にはしないだろうけども、ね」
「…そうよね。
ああいう風変わりな子のほうが、もしかしたら一番…普段通りの平穏な日常のほうが恋しいんじゃないかしらね。
……帰ってあげなよ、多分その方がいいと思うよ」
「そうね。そうするわ。
でも…心配なのはあの子のことだけじゃない。
もし私がこのまま学園を去ったら……いったい恪がどうなるのか、やっぱり心配で仕方ないの」

虞翻には返す言葉が見当たらなかった。


諸葛恪。
世代としては自分の妹である虞と同年代で、先に話題に上った諸葛亮、そのふたつ下の妹。
顔立ちは諸葛亮の方に近く、明るい栗色の髪に、長姉と同じような「ロバミミ」を持っている…というか、諸葛亮の「実験台」として、「持たされている」といった方が正確だろうか。
虞翻も虞からその人となりを伝え聞き、また実際に会ってもいるので知っている。


「こんなことを聞くのもどうかと思うけど…あなたはあの子達のこと、どう思う?」
「どうって」

答えに詰まる虞翻。

確かに諸葛恪は頭の回転も速いし、言葉も巧みだ。
その当意即妙な受け答え、悪くいえば「無駄に洗練されすぎた減らず口」は、かの「御意見番」張昭すらも絶句させるほどで…そのことについては、虞翻も呆れ半分ではあったが感心するほどだった。

しかし虞翻は…それが諸葛瑾の妹であることを考慮したとしても…どうしても良く評価できない点が見受けられる。

自信家で鼻に付く態度と、あまりにも些事に無頓着な大雑把さ。
この二点により、恐らく諸葛恪は一身を完うできない…己が才知に身を誤るのではないか、と。


しかし、自分が交州へ移ったあの日…自分の為に泣いてくれたこの少女の心を抉るようなその評価を、彼女はどうしても言い出せなかった。


「他人のモノは良く見える、と言うけど…私はあなたが心底羨ましいわ」
「えっ」
「あなたは私よりずっと優れた才能もある。
そしてそれ以上に…あなたの意思を継いでくれるだろう子達にも恵まれている。
知ってる? あなたって割と下級生に人気があるのよ。
あなたの妹…世洪ちゃんだけじゃなく、幹部候補生となった子達の中には、あなたにその才能を見出された娘が、それだけいっぱいいるってことなのね」

寂しそうな表情のまま、諸葛瑾は軽く頭を降った。

「結局、私は何も長湖部に…楽しい思い出をいっぱいくれた場所に、何も残さずに去っていくような気がして」
「そんな…そんなことないっ!」

自分でもびっくりするくらい、大きな声で叫んでしまったらしい。
周囲の目がこちらに向いたことに驚き、虞翻は真っ赤になって慌てて口を押さえてしまった。

その様子が可笑しかったのか、諸葛瑾も少し笑った。彼女も釣られて、少し笑った。


少し時間を置いて、周囲の注目から開放されるのを見てから、虞翻は気持ちを落ちつかせるように一息してから続ける。

「それは違うわ、子瑜。
個人の意思だけを受け継いできただけなら、きっと長湖部はとっくの昔に無くなっていたわ。
長湖部は、その活動に関わったみんなが担い手になって、次の世代にその人たち全員の思いを受け継いで、今の長湖部があるんだと思ってる」

一言ずつ、大切な宝物を扱うように、彼女はその想いを言葉にしていた。

「私たちの想いは、これからの長湖部を担っていく娘達みんなが受け継いでくれる…私は、そう思いたいのよ」
「仲翔…」
「私だって知ってるよ、あなたがクセモノ揃いのあの子達の真ん中にいて、それぞれの個性を生かしながら自然に手を取り合っていけるように、頑張ってたこと。
仲謀さんも、幹部会のみんなも…勿論私も、あなたのことは大好きなんだよ。大切な、仲間として」

その言葉をしっかりと握らせるかのように、虞翻は諸葛瑾の手をしっかりと握りしめた。

「だから…何も残せないなんて、そんな寂しいこと言わないで。
あなたのその姿は、あの子達の心にきっと、焼き付いてるはずよ。
あなたの意思も、繋げてきた思いも…いつかきっと、元遜もあなたのその意志に答えてくれるわ…お姉さんのあなたが、信じてあげなきゃ!」
「うん…ありがとう」

その笑顔に吹っ切れたものを見出せたので、虞翻も精一杯の笑顔で応えた。


やがて、人混みの列も薄くなり始めた頃、ふたりは参拝の列に加わる。
程なくして自分たちの番が来ると、揃って袖の中から財布を取り出し、示し合わせたように五円玉を取り出し、賽銭箱へ投げ入れた。





本殿から離れ、見上げた空から粉雪が舞い降りてきた。

「やっぱり降ってきたわね」
「予報では、今週いっぱいは雪なんか降らないって言ってたけど…?」

怪訝そうに諸葛瑾が言った。

「ちょっと占ってみたの。私も半信半疑だったけど」

ああ、と諸葛瑾が相の手を打つ。
虞翻が占いの名手であると言うことは、部内でもそれなりに知られていた。

「あー! やっぱり来てたんですか先輩方!」
「っていうかなんスか二人揃って振袖なんか!
つーかロバミミなかったらわかんねーってマジで!」

本殿のほうからふたり走ってくるのが見える。
髪形を普段とは違って、うなじの辺りで一本に括って、赤い袴の巫女装束に身を包んだそのふたりは敢沢・歩隲の長湖部苦学生コンビだった。

「何よあなた達、こんなところでバイトしてたの?」
「えーそうですよ。
ただで甘酒飲めるとか言っていうから釣られてきたはいいけど、どっこいこんなのあと三日も続けろとかとんでもねーハードスケジュールだったく」

虞翻の問いに、その上着の裾を引っ張って、その姿を主張するように応える歩隲。

「でも珍しいですね。
仲翔さんと子瑜さんって組み合わせ」
「やっぱりそう思う?」

何気ない敢沢の一言に、悪戯っぽい笑顔の諸葛瑾。
不意に肩を抱き寄せられ、虞翻は思わず諸葛瑾の顔を見やる。

「でも、いいじゃない?
私たちは「同期の桜」なんですから」

満面の笑顔の諸葛瑾。
敢沢や歩隲のみでなく、虞翻までも呆気にとられてしまったが。

「確かに、今の長湖部幹部では古株になっちゃったわね、お互いに」
「そうね」

お互いにそういって笑いあった。
舞い降りる雪が、会場に並ぶ松明の灯に照らされ、まるで冬の夜空に舞う桜のように、ふたりには思えた。


「なんか悪いものでも喰ったのかな?
そもそもこの二人が振袖って言うのがまずイメージできねーし」
「まぁいいじゃねぇか。
なんにせよ、仲良きことは美しき…だろ?
あとお前さんは知らんだろうが、仲翔さんしょっちゅう浴衣着てるよ、夏の間とかな」
「えーマジかよ…ああそういえばあんたずっと前から何気に先輩と仲良かったもんね」

歩隲の物言いに苦笑する敢沢は、先輩二人に向き直って告げる。

「ああそうだ、仲翔さん、来がけに子龍さんに連絡かなんかしてたでしょ?
参拝の中にいたの見えたから、呼んで来いって言われてんですわ。
あたし達も一緒に休憩していいってんで」

敢沢の呼びかけにわれに返った虞翻。

「え?
んまあ私確かに、彼女にちょっとお邪魔するかもくらいで電話したんだけど」
「つか、気づきませんでしたかね仲翔さん。
あんたが参拝したときに大幣振ってたの、あんたの妹だって」
「はあ!?」

その言葉に、虞翻は素っ頓狂な声を上げる。

「ユースの連中、どうもそこいら中に紛れて尾行(つけ)てたみたいッスわ。
まるでおふたりさん、デートしてるみたいだって。
本殿ではその話題で持ちきり」
「あ…あんにゃろどもめええええええええええええええええ!!」

恥ずかしいやら腹立たしいやらで、わなわなと拳を振るわせる虞翻は、次の瞬間矢のように本殿目がけ走って行く。
その後ろ姿に苦笑を隠せない三人も、やがてゆっくりと、人通りの疎らになり始めた本殿へと歩いて行く。



雪はただ、しんしんと降り続ける。
それはまるで、彼女たちの紡いできた真っ直ぐな想いを形にした…純白の桜吹雪のように。



(私達の思いを受け継いでくれる娘たちが、充実した学園生活を送れますように)


(私を受け入れてくれた仲間と、何時までも仲良く居られますように)


ふたりが願ったものが、奇しくも全く同じであることは…聞き届けた神様以外に知る者はなかった。


(終)