翌日。
蒼天学園の本部で行われた高等部卒業式の後、長湖周辺の学区に在籍していた生徒も続々姿を見せ始めていた。
コンサート前哨戦、というべきか、裏方に回っていた少女達が一部で出していた出店や、部のこれまでの業績などを紹介するブースには、それを懐かしむ卒業生達でごった返している。
そこにはかつての所属など無関係、引退したあとに仲良くなったとおぼしき様々な学区の生徒達が、その祭りを楽しんでいた。
孫策、魯粛、甘寧の問題児三人衆の手によって病院から拉致された周瑜も、コンサートの頃にはこの地に足を踏み入れることになるだろう。
そして開会まで残り一時間半をきり、準備に余念のない在校生部員たちが、会場となる大講堂がある建業棟の中を慌しく走り回る。
…
…
「おー、みんな結構いい感じじゃないの」
長湖幹部会に宛がわれた控え室、集った少女たちの姿を見て、今回の仕掛け人である朱然は満足げに言った。
「今初めて後悔したわ…あなたに今回のプロデュース全任せにしたこと」
腰掛けた陸遜がうんざりしたような表情で机に上半身を預けた。
その服装は青を基調としたブラウスに、抽象的なバラの模様あしらわれた大きなピンクのスカート。黒いヘアバンドにはハートの飾りで、胸元には何故かやたらリアルに作り込まれた目玉のアクセサリーを身につけている。
これは、今現在学園でも人気沸騰中の、とあるSTGのキャラクターを模した服装…言うまでもなく、コスプレである。
見回せば、彼女以外にも様々な服装の者がおり…それは誰も彼もが、見ればすぐに同じ作品群の人物が着ている衣装だというコトが解るだろう。
朱然もまた、陸遜の衣装と補色の色合いになっているブラウスとスカート、そして大きな黄色いリボンのついた黒い帽子を被っている。胸元には、閉じた目玉のアクセサリー…陸遜とは、対の存在であることを容易に想像できよう。
「何が悲しくて部のイベントでコスプレなんてしなきゃいけないのよ…ねえ」
「嘆くな伯言、きっとコレが最良の選択だったって解る時が来るさぁ〜」
能天気な朱然。
「そ〜だよ、半年ほど遅いハロウィンだと思えばこのくらいは全然おっけーだよ」
「そうですよ…伯言さんもとってもかわいいです」
そこには髪をサイドテールに結い直し紅いリボンをつけ、胸元に黄色のリボンをあしらう以外はベストもスカートも靴も紅一色という衣装に身を包んだ孫権がいて、あっけらかんと言い放った。
その隣で、なにかの触覚を模したヘアバンドに、シンプルな白ブラウスと黒のズロース、その上から燕尾状に割れたマントを羽織る孫登も苦笑する。
今回の件、朱然の独断専行ではなく、孫権公認であることはその言動から間違いない。
何処となく楽しそうな孫登の様子では、彼女も別段諌めるべき理由もないので一緒に楽しんでしまおうとかそういう心算で口出しをしてないだろうことも明らかだ。
というか、むしろ幹部会でこの内容を知らされていなかったのは恐らく陸遜ひとりだけだったかもしれない。
陸遜は前回の打ち上げの件も含め、こういうときの己の読みの甘さを呪い、泣きたくなった。
「いやあのね…これで私たち長湖生徒会の全員の前で演奏するのよ?」
「どうでしょう…承明さん達、ほぼ学園全体に宣伝活動行ってたみたいですし…きっと学園中から人が集まってくるかも」
「は…嘘でしょ…?」
孫登の言葉に愕然とする陸遜。
「まぁ出し物ってってもさ、おまえさんに余興をしろってワケじゃないから。
それにドラム中心のお前さんならそんなに目立たんだろうし、安心しなよ」
にやにや笑い全開の朱然の言葉に、何処が安心だ、と心の中でツッコむ陸遜。
というか、卒業式に併せてのイベントであれば、恐らくはこれまで近づきすらしなかった長湖の畔に、全校区の生徒が物珍しさに集まってくるだろうことも想像に難くないし、既に外では揚州学区の生徒ではない、知った顔もちらほら見かけていた。
潘濬の真面目な仕事振りを考えれば、宣伝効果もかなり大きいだろうことはその現実を鑑みても明らかだ。
来年度三年生がやるバンドでは、確かにボーカルは薛綜のあたり役で、一番目立つのは彼女とリードギター担当の呂岱だろう。
更に呂岱と、途中でピアノ独奏をやらされる顧雍はどうしても名奏者・周瑜と比較されてしまうだろうから気が気でない。
そういう意味では、ドラム担当で座り位置も目立ちにくい陸遜は気分的には幾分か楽ではあったが。
(義封のことだから、一体何企んでんだかわかったもんじゃないわ)
不安を隠せない陸遜。
その危惧は、杞憂ではなかったことを彼女は後に思い知らされることとなる。
おどけているように見える朱然が、不自然なぐらい強い決意を秘めた瞳をしていることに、陸遜も気づいていたからだ。
-長湖式歓送迎会-
そのさん「サプライズ・ゲスト」
それより少し前、呉郡寮。
「おいィ」
部屋の姿見で自身の姿を確認する、陸凱の第一声が、それだった。
時期的には明らかに時季ハズレな、白い半そでブラウスに、胸元の赤いリボン。
オーバージャケットのような、裾に段平模様の入った水色のワンピース。
背中には、アクリル盤で作られた、つららを思わせる三対の羽根。
その頭には、水色の大きなリボンがあしらわれている。
認めたくはなかったが、これは間違いなくアレだ、と思うと、沸々と怒りがわき上がってくる。
「あたしの何処がHって証拠だよどちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
その怒りが沸点に達するのに時間はいらなかった。
…
隣の個室では。
普段の自分自身とは似ても似つかぬ今の自身の姿に、丁奉もやや困惑気味であった。
怪訝そうな表情に乗っかっている鮮やかな狐色の髪は自前だが、普段はアップのポニーテールにまとめている髪を下し、左前髪の一部に赤いリボン。
そして、胸元にも赤いリボンをあしらった白いブラウスに、シンプルな黒ベストと丈の短めなスカート。
「これはまさか…ひょっとしてひょっとすると」
その正体に思い至った時、隣の部屋から陸凱の怒号が響く。
その時、陸凱がどんな衣装を与えられたのかを彼女は悟った。
「うーん…これはひどい。
このまま出てもそーなのかーで流せなさそうな予感がひしひしと」
流石の彼女も苦笑を隠せない。
何故こんな衣装なのかと首を捻る丁奉だったが…答えなんて導き出せそうもない。
だが、彼女に言える事はただひとつ。
「うんまあ、間違いなく伯言先輩絡んでないよね。
でなきゃ多分、こんな事態にはきっとなんないわ…っていうか、先輩も一体どんな格好させられてんだか」
そのことだけは疑いようもなく、そして悲しいくらい事実であった。
…
「うん…良く似合ってるじゃない、世洪」
「ね〜さん、それマジで言ってる?」
揚州学区は会稽棟に程近い住宅街の一角、虞家の居間ではそんな会話が交わされている。
その特徴的なプラチナブロンドの髪と、多少の差異はあるものの良く似た顔立ち。
今年高等部に進級する虞と、その姉で今年から蒼天学園大学の医学部に通うこととなった虞翻の姉妹である。
虞翻は着替えがてら、一足先に自宅に帰ってきていたのだが…姉妹揃って、その格好は突飛そのもの。
虞は白のインナーに、黒いシックなエプロンドレスとそれなりに統一感のあるデザインだが、虞翻は…妙にスカート丈の短い青のメイド服。
そう、メイド服である。
「てか姉さんそれははないでしょ…しかもなんなのそのスカートの短さ」
「気にしたら負けよ。
で、コレがあなたのオプションだって」
げんなりした表情で消極的な抗議を繰り出す虞の言葉をさらりと流し、虞翻は背後に置いていた紙袋から更に何かを取り出す。
「なにコレ」
「魔女の被るとんがり帽子、ってトコかしらね。
あと開場に竹箒一本用意してあるって。
これで衣装の元ネタは完ぺきに解ったわ」
虞翻の言うとおり、形こそ確かに魔女のそれ。
だが、根元にはでっかいピンクのリボンに、内側には白のフリル。
「マジなの…コレで逝かなきゃダメ?」
「部長命令ですからねぇ…あたしも何故かこれだから、諦めて吉じゃない?」
にぱっと笑いながら姉の言い放った救いのない言葉に、妹はがっくりと項垂れた。
虞は改めて、この姉のお祭り好きな性格を思い知らされずにいれなかった。
「わー、世洪(虞)お姉ちゃんカワイー♪」
「いーなー、あたしたちも着たいーっ」
そこに彼女らとちょっと歳の離れた、虞聳と虞モの双子姉妹が飛び込んできた。
虞が何か言おうとするより前に、
「ダメよふたりとも、お姉ちゃんたちはこれから、これを着て大事なお仕事にいかなきゃならないの」
「「えー」」
虞翻が双子をたしなめるようにそう言った。
「その代わり、あんたたちにはコンサートの特等席で見れるようにしておいてあげる。
それにもし長湖部のお姉ちゃんたちが、いいよ、って言えば、この服も貰ってこれるかもしれないから、そうしたら着せてあげるわね」
「本当?」
「やったー!」
不満を示す妹たちに、にっこりと笑いかけて諭す長姉。
その言葉に、むくれっ面だった双子の表情が一転、笑顔に変わる。
そんな光景を見て、虞も心の中で「仕方ないなぁ」と呟くほかなかった。
何より、大好きな姉がこれほど喜んでいるのであれば、多少道化を演じる羽目になったとしても、一緒に楽しんだほうが吉かも、と彼女は思うことにした。
…
陸家の居間。
そこには陸凱の双子の妹・陸胤と、親戚にあたる陸抗の二人がいた。
陸胤は慣れた手つきで、腰掛けた陸抗の三つ編みを解き、それを整える作業に勤しんでいた。
「ごめんねそーちゃん、面倒なこと頼んじゃって」
「いえいえ。
でも幼さん…本当にやるおつもりですか、あの話?」
彼女はまだ薛綜を舞台上から引き摺り下ろすことをだいぶ躊躇っている様子だ。
ましてやそのあと主役を張ることとなる陸遜はその話を全く知らない。
もしそんなことになれば、曲がったことを嫌う陸遜がどういうだろうか…陸抗もその気持ちは一緒である。
「う〜ん…でも、私も義封先輩の言うことに一理あると思う」
「え?」
「確かに普段の敬文先輩はいい人だよ。
でも、合同練習のときみたいなことになったら、きっとこのコンサート自体が台無しになっちゃうよ。
そうなったら、世洪のお姉ちゃん…仲翔さんや卒業生の人たちにも悪いと思う」
鏡越しに映る陸抗の顔は、淋しそうに見えた。
「それに、私が公瑾さんの立場なら、きっとお姉ちゃんに見送ってもらいたいと思うよ」
「そうですね」
ふたりの笑顔は少し淋しげな色を見せていたが、それでも、覚悟は決まったようにも見えた。
…
数分後、新入生の控え室。
「ハロウィンっつーにはあまりに時期離れ過ぎな気がするんだけどなぁ、あたしゃ」
「全くだよ。
会長命令って言ってもどうせこんなの、お姉ちゃんの発案なんだし」
「それなー」
建業棟の新入生幹部候補控え室に一番乗りで入った陸凱は、向かいに座っている朱績とひとしきり笑いあった後、どんよりと沈んだ表情で机に突っ伏していた。
因みに朱績の衣装は色こそライラック系統の地味目だが、飾り付けは相当派手だった。
所々に羽根つきのボタンがあしらわれたワンピースと帽子。しかも背中にはやたらと作り込んだ鳥の翼。
御丁寧に耳にも、服と同系統色の毛で彩られた獣の耳のような飾りをつけている。
何度目かの溜息のあとだったろうか、ようやくというか…もう一つの個室に入っていた丁奉も出てくる。
自分のイメージギャップに苦しんだといよりも、陸凱の絶叫ののち、朱績とふたりの会話の様子に出るに出られなかったという感じであるが…ふたりにはそれを気付く余裕すらなかっただろう。
「うわ、あんたは真っ暗お化けか…バカルテットの三人目登場とか終わってやがる」
うんざりした表情の氷精陸凱。
「いや、1ボスだけど一応妖怪だし…というかむしろ敬風、恐ろしく似合ってるねそれ」
「うん、何処から見ても完璧な氷精ね。
敬風の場合イージーから安置とか絶対作らなそうな鬼弾幕ぶっぱしてきそうだけど」
「じゃかあしいわ鳥頭とそーなのかーの分際で」
くすくす笑う二人に陸凱が妙にドスの利いた声で答える。
その時。
「あたしも入っていい?」
「え…あ、うん?」
更にひょっこり顔を出したプラチナブロンドの少女。
これまた普段の彼女とかけ離れた格好に絶句する少女たちを尻目に、虞は座の中央に、何事もないかのように腰掛けた。
「まてコラ世洪…あんたなんだその格好は」
のそりと体を起こし、恨めしそうな表情で虞を睨みつける陸凱。
「知らないわよそんなこと。
私も姉さんから今日突然これ渡されて、どうしたもんかと頭捻ってるところよ。
ってかこの服一体何なの私わかんないんだけどマジで」
呆れ顔で肩を竦める虞。
どうやらこの中では、元ネタをよく知らないらしい。
単純に、こういう仮装をさせられること自体が心外だと言わんばかりだ。
「いや一歩下がってバカルテットじゃないのはいいことにしようか。
なんでお前が主人公枠なんだ?
ちょっと納得いかないんだがその辺」
「一応敬風あんたのも自機経験ありだよ」
「そういう問題じゃねえよそういうこと言いたいんじゃねえんだよクソが!!!」
朱績のどうでもいい物言いについに陸凱も机をバンバン叩いてわめきだした。
わけがわからない、という風に溜息を吐いて虞は席に着く。
「というかめっちゃ気になるんだけど、先輩はどんな格好を?」
「見てのお楽しみにしといたほうがいいわね。
見たら笑うしかないよ、アレ」
話題を変えるのもあったろうが、純粋に興味津津の朱績に、ため息混じりの返答で返す虞。
「やっほ〜、みんな揃ってる〜?」
そこへ衣装を整えた陸抗がノーテンキに登場する。
その瞬間、絶句する虞以外の三人。
黒の縁取りがついた、フリルつきの白い半袖ブラウスに、胸の真ん中に大きな赤く丸い飾り。
丈の長い抹茶色のスカートと、頭には大きなリボン。
そして背中には、真っ黒な翼にかかる大きなマント。その内側には、製作者の気合が感じられる星空模様とかなり派手な格好だ。
(ぐわ…よりにもよってこいつ馬鹿鴉かよ)
(こ…こ、これは酷いわ)
(けど、これもこれで怖いくらい似合うなあ)
「あれ?
どうかしました?」
しかし、それに続いて入ってきた陸胤の姿に、陸凱の怒りが再び頂点に達する。
トレードマークのリボンを外し、黄色いスカーフを襟元にあしらったブラウスに、格子模様の赤いベストとスカート。
スカートにあしらわれた花柄のボタンは可憐さも思わせる。
そして、手に持った日傘らしいものは、一見するとシンプルに見えるが、細かい装飾がつけられた手芸部の力作である。
「ザッケンナコラー!!!
敬宗が花妖怪とかどう考えたって陰謀じゃねーか訴えてやる訴えてやるぞクソがあああああああああああああああああああ!!!」
「ちょ…ちょっと落ち着きなさいよ!」
「あーもうあんたは本当にHかっての!!」
「うーんでも気持ちは解んなくないなぁ」
実の妹にすら飛びかからん勢いの陸凱を必死で止める虞と丁奉と朱績。
なお、陸凱の言う「バカルテット」最後の一人にあたるのが孫登であることを、彼女達はこの時点で知る由もなかったが…それはとりあえずどうでもいい話だろう。
…
一方その頃、卒業生の面々はというと。
「で、先ず子明が下手から。
一拍おいて公績に文嚮、元代は観客席から壇上へ、そのあとに私が上手から。
そうしたら文珪達は舞台床の仕掛けから。
そして最後に仲翔が壇上大道具のドアから、幼平が大道具の上から壇上へダイブ。
以上でオッケーね?」
淡いピンクのネグリジェに、日月と星をかたどったアクセサリーをつけたナイトキャップを被るクセ毛の少女。
卒業生ではあるが、来年も特別顧問として残留が決まっている諸葛瑾が、周囲の少女たちを見回した。
そんなわけかどうか、いつの間にか彼女はこのイベントにおける卒業生軍団のリーダーという位置づけにされているらしい。
「ああ。だが義封が言うには、ただ出るだけじゃ面白くないから何かやれってさ」
こちらはまだ着替えてはいない呂蒙が、それを補足する。
彼女も今来たばかりで、着替えを終えた同輩の様子から、自分になにが要求されているのかを薄々感じ取ったようだ。
そして宛がわれた衣装を見て「これかー」と苦笑しつつ受け取ると、着替えのためか更衣室へと入っていった。
「難しいわね…出るだけでネタになりそうなのは私と幼平だけじゃない」
紙を手渡されたメイド服の虞翻が、難しい顔をして小首を傾げた。
「仲翔もただ戸を開けて出るだけじゃ芸ないよ。
義封はドアをブチ破ってくれても良いっていってたよ」
「そうはいうけど…セットがどのくらいの衝撃に耐えられるかを知りたいところね」
「つか蝶番だけ壊してふっ飛ばせばいいじゃん。そのくらいは朝飯前だろお前。
てか、そのままぶち破ったら危ないって、幼平と壇上の全員が」
「それもそうねぇ」
わりと長身のその彼女に合わせた、何かの楽団衣装を思わせる黒いベストと巻きスカートを身につけた董襲と、虞翻が、そのイメージとはまったくかけ離れた会話を交わす。
実は虞翻が杖術の達人であることは幹部会のごく僅かな人間しか知らない。それどころか、裏方働きが長かったためかその実態について知っている長湖部員は主将クラスにも少ないのだ。
彼女にボーカルを申し付けたのも、学園祭では交州学区でワンマンステージを成功させたという実績も考慮してのことだが、むしろそのイメージをひっくり返して場のボルテージを一気に高めようと言う卒業生軍団の賭けでもある。
それはさておき。
「とするとだ、残る問題はあたしと子瑜だよな」
「そうねぇ…何か小道具とかないかしらね?」
「う〜ん…あたしは練習した月面宙返りがあるけどなぁ…子瑜、バック転とかは?」
「無茶言わないでよ。
大体衣装が衣装だからって、中身は結局私なんだしスレ支えとか期待されても無理っつーか、万が一仲翔がドジってセット倒したとしても私支えらんないからね。
書斎椅子にでも乗って出てくる?」
「それいいな、それでいくか」
しばらく考え込んでいた董襲と諸葛瑾があわただしく部屋を出ていく。
「なぁ、やっぱりダイブは必須か?」
部屋の隅で沈黙を守っていた周泰がぽつりと漏らす。
袖口を無造作に破った白ブラウスと紺のロングスカートに、鎖を腰に巻き、何故か頭には左右一対の大きな角。
それはまさしく鬼の姿と言うべき衣装だ。
「そうねぇ…丁度良い位置に倒すから、私の突き倒した扉でも叩き壊してみる?」
「いや…そうじゃなくて」
言いかけて、周泰は口を噤んだ。
虞翻の様子から、抗議の言葉を吐いても無駄なことを悟ったようであった。
…
執務室にあった書斎椅子を持ち出し、諸葛瑾たちが再び部屋に戻ってくる頃には、他の卒業生たちも自分たちの登場箇所の確認を終えて控え室に戻っていた。
ぼさぼさの髪を綺麗に整えてツインテールに結い、青を基調にした、まるで天女のような衣装を身につけて頬杖をついている長身の少女は陳武。
その向かいに座り、クリーム色のゆったりしたワンピースにこれでもかと言うほど黒いリボンをあしらわれた少女は…今回逃げを打とうとしたものの派手な余興を命じられたうちの一人である呂範だ。
「しかしまぁ、お互いえらい格好になったもんだな」
「言いっこなしだぜ子烈(陳武)さんよ、しかし何気に似合うなそれ」
「おうありがとよ、あたし自身もこいつぁ悪くないと思ったんだ」
ため息を吐く陳武も陳武で満更ではないらしい。
「それにたまのお祭りだしね…っても、今回が最後になるわけだから派手にやらんと」
「御尤もですな」
互いに、差し入れのお茶をペットボトルから注いで、一口すする。
そこに、また一人少女が戻ってくる。
ブラウスに、サスペンダーつきの赤くゆったりとしたズボン。
普段ポニーテールにしている髪を下ろし、頂点の大きなリボンをはじめ、いくつもの赤いリボンを髪につけていたのは…徐盛。
「お、文嚮たんインしたお!ってか?」
「やめてくれ、もうそれは」
茶化したようにネタを振る呂範に、うんざりとした表情の徐盛。
どうやら、衣装合わせが終わってからずっと、知ってる人間からはこのネタで振り回されてきた様子である。
「にしても見た目だけなら十分ハマリ役だと思うけどなあ」
「そういうものだろうか…ったく義封の奴、どういう基準で誰にどんな服着せるか考えたんだか。
とはいえ、あんた達トリオは実質二択だろうが」
うるせえよ、と吐き捨てながらも呂範は不思議そうに小首を傾げる。
「聴くところ、くじで決めたらしいよ。
けど、元ネタ考えると、本当によくあんたそれに当たったよな」
「これの男口調とインしたおは確か二次創作だろうが」
陳武のからかいに、憮然とした表情で席に着く徐盛。
普段から趣味についてもあまり多く語らない彼女だが、何故かやたらとこういうものには詳しいらしい。
「まぁ二次ネタと言えばアレだ、うちらの中で一番悲惨なのは公績かもな」
「確かに」
三人が振向いた先には、部屋の隅でぐったりとうなだれている一人の少女。
髭のようなリボンをあしらった黒いつば付き帽子に、赤いフリルのついたブラウスと羽衣らしきもの。
それと対照的な感じの、黒いロングスカート。
そんな衣装を身にまとう紫髪の少女…それは凌統だった。
「あたしもうつかれたよ」
どんよりしたオーラを放ちながら、呆然とした表情で壁の方向を見ている彼女に苦笑を隠せない三人。
「まぁ、気持ちは解るが」
「まーたこいつ、ものすげー似合ってるしな。
こりゃあ誰だってサタデーナイトフィーバー!って言っちまうだろ」
「あ」
陳武がそう言ったところで、反射的に立ち上がってポーズをとってしまう凌統。
どうやら本人の言葉とは裏腹に、体が反応してしまうらしい。
「勘弁してよ〜」
泣きそうな表情の凌統に気の毒だとは思いながらも、三人は苦笑をこらえるので精いっぱいだった。
…
…
ここはその喧騒から離れ、丁度司隷方面と豫州校区の境目あたり。
人目を避けるようにして、数人の少女が屯する。
「ね、ねぇ伯符……私そろそろ病院に戻らないと拙いんじゃないの?」
「ん?…ああ、そういや着替えとかどうするかな」
「はぁ!?」
お姫様抱っこがイヤだと言う以前に…普通に危険だからと、そのポジションを孫策の背中に移された周瑜は、思わず声を裏返らせてしまう。
「あ〜、それなんだけど伯符、途中であたしんトコ寄ってってくれる?
義封の指示でさ、公瑾やあんたも着飾らせにゃならん」
「そうなのか?」
自分の意向など聞いてくれる風もなく、魯粛の提案に耳を傾ける孫策。
周瑜も孫策達ががまだ何か企んでいる事は気づき、嫌な予感が走る。
「ね、ねぇあなたたち…一体何しようっての?」
おろおろしながら問い掛ける周瑜に、ふたりは顔を見合わせ、悪戯っぽく笑った。
「それは…ねぇ」
「そうだな、いずれ解るって事で」
その様子に不安の色が隠せない周瑜。
その時、自分らを呼ぶ声が聞こえて、三人はそちらへ目をやった。
その視線の先には、ひとりの少女が駆けて来た。
「献…劉協さん!」
息を切らせてやって来たのは、かつて蒼天生徒会の象徴であった「献サマ」こと劉協、その人である。
先の卒業演奏で周瑜も脱帽した腕前を披露した、学園最高のピアニストの姿が、そこにあった。
「や…やっと追いつきました…。
皆さん、もう出られてしまったとお聞きして…あ、あのっ、もし宜しければ、もう少しお話しようかと思って…」
全力で走ってきたのか、息を切らし、膝に手をつきながらも、三人に笑いかける劉協。
唐突の来客に呆気に取られた三人だったが、孫策と魯粛は何かひらめいた様子。
「なぁ子敬、ダメ元で誘ってみるのはどうだ?」
「いいねぇ…うちの手芸部、張り切り過ぎてまだ何着か作ってたみたいだし」
「え?」
二人の話の内容が飲み込めず、きょとんとした表情の劉協。
そんな彼女のほうへ改めて向き直ると、魯粛はひとつ咳払いし、恭しく一礼して言った。
「あぁ、ご挨拶が遅れました。
あたしは魯粛、皆からは子敬と呼ばれてるもんです。
孫策さんたちとは長湖部の仲間でして…えっと、劉協さん、ってお呼びしてもよろしいですかね?」
執事が主人に取るときのような、左手を前に、右手を後ろでに回す礼を大げさにとってみせる魯粛。
何気に彼女も湖南校区屈指の名家の娘なのだが…それだけにこういうのを日常的に良く見ているのか、なかなか様になっている。
「あ、そうでしたか…えと、改めまして劉協、字は伯和です。
伯和と呼んでくださっても、結構ですよ」
劉協もそれに応え、着るのもこの日が最後となる制服のスカートの裾を摘む、淑女らしい礼で返して見せた。
こういう冗談を瞬時にちゃんと理解し、それに応えて茶目っ気を見せることが出来るのも、彼女の長所である。
魯粛は「ほう」と感心したように小さく頷いた。
こうして簡単にお互い自己紹介を済ませると、魯粛は本題を切り出した。
「ご丁寧にどうも。
それでは伯和さん…もしこれからご予定がなければ、あたしらのイベントに顔出して行きませんか?」
「え…」
「ちょ、ちょ、ちょっと子敬っ! あんた一体何考えてるのよっ!?」
どもりながらもようやく言葉を吐き出す周瑜。
その言葉の意味を図りかね、酷く狼狽した様子だ。
無理もない、周瑜は長湖部に在籍していた頃から、この魯粛という少女の中身は嫌ってほどよく知っている。
そして知る限り、そのあとも基本的な根っこの部分では、魯粛はあくまで魯粛のまま変化していた様子はない。だが、この時点で一体何を企んでいるのか、そして何故自分がこうして拉致されているのか…その理由がはっきりしないことも併せて、一体何が起ころうとしているのか戦々恐々としているのだろう。
しかし、そんなのを意に介する魯粛ではない。
今のわずかな受け答えと立ち振る舞いから、劉協が聡明かつ好奇心旺盛な性格であることを見抜いた魯粛は、周瑜の狼狽振りも鑑みて、彼女を利用して周瑜を絶対に逃がさないのが一番であると思い立っていた。
「いやぁ、うちの可愛い後輩たちにも、是非お引き合わせしたく思いましてね。
学際の時でもほとんど長湖の方へおいでくださらなかったようでしたんで…どうです、学園生活のシメに長湖のアウトロー見物でも」
「な、何いってんのよあんたは!
大体、彼女には色々都合ってものが」
「宜しいのですか!?」
周瑜の怒声は、満面に期待の笑みを浮かべた劉協の声にかき消されてしまった。魯粛と孫策はしたり顔。
魯粛は最大限の敬礼を取る。
「勿論ですよお嬢様、あなたさえ良ければこちらは大歓迎だ」
「是非お邪魔させてくださいっ!」
その劉協の答えに、周瑜はショックのあまり孫策の背から転げ落ちそうになった。
「ってーことだ公瑾。
これから彼女を巻き込ませていただくとなれば…」
「ぐっ…解ったわよ…その代わり妙なことしたら一生恨んでやるからねっ!」
物凄い形相で睨む周瑜の怒りも何処吹く風、おーけーおーけーと、からから笑う魯粛。
結局、事態は見事魯粛の目論見どおりとなったのである。
「よーし、これで決まりだ。
子敬、迎えはどうなった?」
「もうちょいで来ると思うよ。
興覇の手下がサイドカーつきのもう一台持ってたから、伯和さんにはそこに乗ってもらえば…あ」
「よ〜、待たせたな皆の衆!」
轟音と共に数十台のバイクが姿を現す。
その先頭には往年のパイナップル頭を止め、生来の黒髪に戻った甘寧。
頭領と共にその大部分のメンバーが卒業を迎えるに当たり、解散が決定した銀幡と、主が既に会場入りしている湘南海王両チームの最後の雄姿である。
「わぁ…!」
その光景に目を輝かせている劉協。
周瑜は襲い来る頭痛と眩暈に頭を抱えてしまった。