(♪少女歌唱中 「木漏れ日のエール」/「ウマ娘プリティダービー Season2」より)


その意向もあり、卒業する姉と、これから幹部会に入る妹の歌声が、その舞台に響く。
妹の方はそのつもりがなく、その姉を巻き込んで陸の姉妹が仕組んだことであったが…それでも、少女は敬愛する姉と共に舞台に立てる時間を選ぶ覚悟を決めた。

その舞台を遠くに眺める少女の姿は、何よりも悲しみに満ちているように、劉協の目には映っていた。
本人も心の奥底に、その意味と答えを知っているのに、心だけがそれを認めることを拒絶しているかのように。

「やっぱり、あたしは此処へ来たくはなかった。
来なければよかった」

その声は、涙で掠れていた。

「馬鹿なこと言わないでください」

しかし、劉協はきっぱりとそう言い放つ。
周瑜は振り返ることはなく、だが劉協の視線も、正面を向いたまま動かない。

「あなたと初めて逢った三年前の事、私は今でもはっきり思い出せる…私はあの日から、ずっとあなたの演奏に少しでも近づけるよう頑張ってきました。
あなたの演奏は、私自身への気の慰めに過ぎなかった私の演奏に、命を吹き込んでくれたんです」

周瑜は再び目を伏せる。

「それはあなた自身の才能だわ。
現にあなたは、もうピアニストとして私よりもはるか高みに立ってしまった」
「けれど、私は今でもあなたの影を追いかけ続けている事には変わりません」

頭を振る周瑜。
その瞳には、涙が滲んでさえいた。

「あなたは…この二年間の私を知らないから…毎日毎日同じ景色を眺めながら、日に日に何も出来なくなる…そして皆が私を追い越していって。
今の私に、もう何も…皆に誇れるものなんて残ってなんていないのよっ…!」
「だったら、教えて下さい。
あなたが待っている存在(ひと)の事を。
予感がするんです…次に舞台に立つのが…きっとその子だって…!
あなただって、そう思ってるのではないですか!?」

毅然とした一声に、周瑜は再びその顔を見た。



そして、舞台袖にはもう一人、決意と覚悟を秘めた少女の姿がある。
姉妹の歌声に乗せた思い、それに後押しされるかのように。

「あんたには、誰よりもその権利があるんだ。
ここにいる誰よりもきっと、長湖部(あたしたち)の為に尽くしてきたあんたに。
行ってくれ、伯言。
あの人もきっと…あんたを待ってる」

親友の言葉が、さらにその背中を押す。
その出番は、刻一刻と近づいていた。



-長湖式歓送迎会-
そのはち 「とどくねがい」



プログラム最後の休憩時間を終え、スポットライトの光を浴びる孫権が壇上で一礼する。

「さて、ついにコンサートも最後の演奏を残すだけとなってしまいました。
名残惜しいかもしれないけど、始まりは何時だって楽しく、だけど終わりは必ず来てしまう…でも、最後の最後まで、ボクたちはボクたちらしく、卒業生の皆を送り出せるよう、盛り上げていくつもりだよっ」

寂としてその言葉を聞き入る生徒たち。起こる拍手も疎らだ。

「ここでひとつお詫び…最後のプログラムだけど、実は曲もメンバーも当初の予定と違ってるんだ。
だから此処からのコンサート、実はボクもどうなるのか、ちょっと解らない」

俄かにざわめく観客席。

「だけど、きっともっとすごいコンサートになると思うよ。
それじゃあ、最後のプログラム…いくよっ!」

スポットライトが消え、孫権の姿が再び暗闇の中に消えた。



「狂気の沙汰ほど面白い、とはいったもんやけど」
「確かにそうですね…」

暗闇の中、その成り行きを訝って顔を見合わせる劉備と陳羣。

「でも、これだけはきっとあの子にしかできないことだと思うんです。
公瑾が立てずにいるのは、きっと彼女の心がそれをあきらめてしまっているから」

同じように舞台袖で、壇上に佇み時を待つその姿を見やり、虞翻が呟く。

「私たちの言葉じゃ届かなくても、きっと…あの子の言葉は届く」

その言葉に、肩をすくめる劉備。

「んま、うちら部外者があーだこーだ言えることでもないしな。
それをずっと見守ってたあんたがそういうんなら、そういうことなんやろな」
「ちょっと、うらやましいな。
言葉に言い表せない関係って、さ」

何時になく寂しそうに呟く曹操を、劉備は強引に抱き寄せてぐしゃぐしゃと頭をなでる。

「何言うてんねん!
うちらみたいに何でもかんでも賭けてドンパチやってきたの、ある意味それやろが!」
「うあ!こら!やめろおおおお!!
あと玄徳の分際で何ちょっと詩的なこと言ってんだこのやろおおお!!」

そんな二人の様子に、虞翻と陳羣、そして他の面々も顔を見合わせて苦笑する。

解っている。
最早ここから先は、当事者たちの心の問題なのだ。
だが…これ以上の最適解がないことも、また。

視界の先で、ゆっくりとその姿を…スポットライトが照らし出す。
先程とは打って変わって、白いキャップと、シックな紫のワンピースに身を包む、その深緑の髪の少女を。

会場からどよめきの声が上がる。
だが…その戸惑いの声は、その透き通るような歌声の前に、掻き消されるのだった。



(♪少女歌唱中 「願いのカタチ」/「ウマ娘プリティダービー Season2」より)

歌いながら陸遜は、朱然の目論見が何処にあったのかを今更のように思い知らされていた。

朱然が初めから、陸遜自身の歌で、周瑜を送り出させようとしていたということを。
その御節介を、彼女は好意として、素直に受け取っておくことにした。

その姿を認め、少女の名を小さく呟いた彼女の瞳から、あふれ出した涙が頬を伝い落ちていく。
彼女はその涙を拭うことすら忘れ、その姿から目を離さなかった。

「…公瑾、さん…!」

そして同じように、涙で滲む視界のなかに、劉伯和はその光景をしっかりととらえていた。
立つ力を失っていたはずの両の足で、しっかりとその体を支え立つその姿を。


その歌声の主を祝福する拍手が、静かに会場に巻き起こる。




「突然のことで、不肖ながら私、陸伯言が今回の最後を飾らせてもらえる形となりました」

そういって、壇上から深々と一礼する陸遜。

「皆さんもご存知のとおり、今年卒業される先輩がたの多くは、今長湖部がこうして存在する上で、欠くことのできなかった人たちばかりです。
今そうした先輩たちが課外活動を去られるに当たり、私たちにできることは何だろうと考え…今回のコンサートを開くことになりました」

その沈黙は、否定からくるものではない。
その口上を誰もが聞き入り、その次の言葉を待っているかのようで。

そして、彼女も気づいていた。
自分が挙げたこの曲を…自分で歌うことになるというその意味を。
きっとそれが必然であったということを。

「最後の曲は…私個人として、あるひとりの先輩に捧げたいと思って選びました。
願わくば、この歌で皆さんにとって大切な人に対する、少しでも同じ気持ちを抱いてくださるというなら…いいなと思います」

だからこそ、それを告げる意味があると思った。
言葉が終わりきらぬうちに、静かにイントロが流れ出し…彼女は再び、マイクを持ち上げる。



(♪少女歌唱中 「炎」/LiSA)

♪さよなら ありがとう 声の限り
 悲しみよりもっと大事なこと♪


-聞こえていますか、先輩。
私の声を。
私の思いを-

彼女にとって、そのひとは「英雄」だった。
誰よりも眩しく輝き、優しく包む日の光のような存在だった。
いつか自分もそんな存在になれたらと…かなわぬまでも研鑽を続け、そして。

♪去りゆく背中に伝えたくて
 ぬくもりと痛みに間に合うように♪


その歌声に決して洗練されたものはなかった。
まして、そこには特別な力も何もなく。
だが…この静けさに、否定の意味はどこにも存在してなどいなかった。

♪このまま続くと思っていた
 僕らの明日を描いていた♪


-何時からだろう。
自分の心から、勇気が失われていたのは-

司隷の病院に移ってから、目に見えて体調が悪化し、足は歩く力を失ってしまったはずだった。
大病院であるがゆえ、揚州の病院にいたときのようにギターを弾いて心を慰めることもできなくなっていたことも一因ではあったが…やはり何より、孫権や陸遜を初めとした長湖部の仲間たちに会えなくなってしまったことは、彼女の心から多くの力を奪い去っていたのかもしれない。

♪呼び合っていた 光がまだ 胸の奥に熱いのに♪


ならば、今こうして、彼女が再び己の力で歩くことができる理由はひとつしかない。
その力を与えてくれたのは、紛れもなく、壇上で歌っている少女なのだということを。

♪僕達は燃え盛る旅の途中で出会い
 手を取り そして離した 未来のために♪


その足はしっかりとステージを目指す。
その一歩ごとに、力強さを取り戻しながら。
覚束ない足取りは、ステージへ近づくほどにしっかりと。

♪夢がひとつ叶うたび 僕は君を想うだろう
 強くなりたいと願い 泣いた
 決意を餞に♪

演奏の所々乱れるのは、付け焼刃の技能故ではなかったろう。
だが、誰も手を止めるものなどいなかった。
止まるはずもなかった。

♪懐かしい思いに囚われたり
 残酷な世界に泣き叫んで♪


-この歌を止めるな…止めちゃだめだ!
届いてくれ、この想いを!!
そのついでで構わない…あたしの…あたしの心も、どうか…!!-

祈るようにスティックを振るう彼女の視線の先に、信じがたい奇跡の光景が、映り込む。

♪大人になるほど増えていく
 もう何一つだって失いたくない♪


「そんな馬鹿な…あいつはとても一人で歩けるような状態じゃないはずなのに…公瑾!」

会場の一角に、覚束ない足取りでよりめきながら歩いてくるその姿を認め、暗闇の中、駆けだそうとする孫権や魯粛を、孫策は制した。

「お姉ちゃん、どうして」
「大丈夫だ、あいつなら」

孫策は戦慄く妹を制したまま、振り返ることなくそう言い切った。

♪悲しみに飲まれ落ちてしまえば
 痛みを感じなくなるけれど
 君の言葉 君の願い 僕は守り抜くと誓ったんだ…!♪


-あたしも…あたしも歌いたい…あの子達の為に!
応えなきゃ…この想いに!
今ならわかる。
誰よりあたし自身がそれを望んでいたんだってことを!!-

何時の間にか、その足取りは力強く、彼女をステージへと運んでいた。

♪音を立てて崩れ落ちてゆく
 ひとつだけの、かけがえのない世界♪


全身全霊の想いを乗せ、滲む視界の中で、歌う彼女にもその姿が見える。

夢でも、幻でもない。
決してここにいるはずもない…そして、誰よりもこの場にいて然るべき存在が、そこにいるという事実。

誰もがその姿に気が付いた。
しかし、誰も余計な声を上げる者はいない。

♪手を伸ばし、抱き留めた
 激しい光の束
 輝いて消えてった 未来のために
 託された幸せと…約束を越えてゆく…♪


ああ、そうか。
そういうことだったのか。

最早それが必然であったことを、彼女は悟っていた。
ただひとえに、学園を去ろうとしている周瑜に、自分の想いの総てを届けたい…彼女の想いは、今その一点にのみ集約されていた。
コンサートが終わるまで、決して流すまいと誓った涙が、堰を切ったように溢れてくるのが解った。

♪振り返らずに進むから
 前だけ向いて叫ぶから
 心に炎を灯して♪


何時の間にか、スポットライトは二人だけを照らしていた。
そして、二人の歌声が混ざり合い、響き渡っていく。

♪遠い未来まで♪

そして誰もが…留めることさえできぬ涙と共に悟ったのだ。
この二人の間にある想いの深さを。



「あなたの気持ち、確かに受け取ったわ」
「せ…先輩…どうして…!」

陸遜は、それだけ云うのが精一杯だった。
止まらない涙が、溢れて止まらない想いが、それ以上の言葉をつむぐことを許さない。

「今なら解るような気がする…伯符達が連れ出してくれたのは、このためだったってこと。
あなたに逢わずに学園を離れてしまったら、きっと…きっと一生後悔するって知っていたから」

云いながら、周瑜の双眸からも涙が溢れ出していた。

「ありがとう伯言…あなたのその想いを受け取れたこのステージが、私にとって最高の卒業証書よ…!」
「公瑾先輩っ!」

ステージの上で、ふたつの影が重なる。

轟音、あるいは万雷の拍手が…歓声が、ステージを包む。
誰もが涙した。
ステージの袖から見守る者も、観客席に居る者も、会場の外でモニター越しに眺める者達も、全員が。





一瞬か、それとも数時間だろうか。
鳴り止まぬ拍手の中。

「いいのお姉ちゃん?
伯言に公瑾さん取られちゃうよ?」

舞台袖でその光景を眺めながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた孫権が孫策を見上げている。
その瞳にもうっすらと涙の跡を残しながらも、軽口を言う妹の頭を軽く小突く孫策。
その顔は、何処までも穏やかで…眼に映る二人を優しく見守っているようだった。

「そういう野暮なコト言うもんじゃない。
見なよ、あいつらの嬉しそうな顔。
あたしはこれを見るために危険冒してまで病院破りしてきたようなものだからな」
「え?」

今度は孫策が悪戯っぽく笑う番だった。
突拍子もないその一言に、唖然としたのは孫権ばかりではない。
舞台袖に下がっていた虞翻や周泰も言葉に困ってしまい、朱然ほか在校生連中にいたっては笑い飛ばす余裕もないようだ。

「ちょ…おね…それって」
「さーて、せっかくここまで来たんだ。
こっからはあたしたちも参加させてもらおうかねー!」

問いかける妹の言葉も何処吹く風、彼女はベースを引き下げて舞台の中へと歩き出していた。

「えちょ、おねーちゃーん!?
アンコールの曲目教えてないよねー!?」
「いーよいーよ、やらせとけって。
どうせなんだかんだで合わせるだろあいつ。
にしても…なんつーか、結局このコンサートはあたしら全員って言うより、公瑾ひとり送り出すためのものになった感じだねぇ」

泣きはらした目を隠すこともなく、しみじみと魯粛がいう。

「しょうがねえよ、あのふたりじゃそこはさ。
これは…皆が待っていた光景だったんだ。
全部いいとこもってかれたー、なんて、恨み言言う気すら起きねーよちくしょうめ」

まるで照れ隠しのように戯けてみせる潘璋の言葉に同意するかのように、同じように赤くなった鼻の頭を擦りながら、賀斉と呂範も同じように「うんうん」と頷く。

「うおおおおお感動したあああああよかったねふたりともおおおおおおおおおおうええええええええん!!」
「イヤあんたが一番泣いてんのかよおい、それうちらじゃ仲翔さんの専売特許だし!」
「何勝手なこと言ってんのよあんたああああああああああ!!」

大袈裟すぎるぐらいわんわん泣きわめく曹操と、それを呆れたように泣き笑いで小突く歩隲に、それに負けないくらいに顔をぐしゃぐしゃにして泣きわめき抗議する虞翻。

「せやけど、これ以上あいつらの世界にしておいたままにしとくのはいささかシャクになってきたで。
そこのあんた達、どーせ予備のエレキぐらい用意してるやろ、あとアンコール曲の譜面貸しや」
「え、ちょ、玄徳さん!?」

目の周りをすっかり腫らしながらも、虞翻を宥める陳羣が素っ頓狂な声を上げる。

「うおおおおおおんあたしもやるううううううううううドラム寄越せええええええええええ!!」
「うぉいマジでいってんのかアンタも!?」
「そうですね…今の私なら、どんな曲でも初見で弾きこなせる気がしますっ!
私にも参加させてください、会長さん!」
「うううっあんた達部外者の好きにさせるもんかーあたしも歌ってやるー!」
「ちょ、ねーさんまでー!?」

その返事も待たず、また制止するのも聞かず、舞台袖に居た者達が次々にステージに飛び出していく。

「あ、あの、ちょっとー!?」
「まったく、しょうがないよね…そういう、ひとたちなんだよ。
ボクたちがずっと、競い争ってきた人達は」

慌てふためく孫登の背をぽん、と叩くと、泣きはらした瞳のまま孫権が振り返って屈託なく笑う。

「行こう!
ボクたちも、この最高のステージへ!!」



「ふふ…今の私を見た誰もが、私がつい数分前まで自分の足で立つことすら出来なかった、なんて、信じてなんてくれないわね」
「…先輩…っ」
「体の底からなにかが疼いて止まらないの…まるで武者震いのようだわ。
こんなにも、歌いたくて仕方がないなんて!」

見上げる少女の涙を払い、そして、強引に己の涙を振り払って…かつて課外活動の時間を共にした仲間達に囲まれるその表情には、在りし日の覇気が完全に戻っていた。
その姿に、再びこみ上る涙を堪えることもなく…少女は頷いて答える。

「歌いましょう、一緒に。
あの日のように…!」
「ええ!
しっかり、ついてきなさいよっ!!」

美周と呼ばれたかつてのステージの花形が、高らかに吠える。

「公瑾先輩!これを!」

舞台袖から駆けだしてきた丁奉から、差し出されたギターを見て周瑜も驚きを隠せずに居た。

「あたし、あまり手先が器用なほうじゃないけど…それでもいつでも先輩が戻ってきても…またこれを弾けるよう、しっかり調律したつもりです。
だから」

彼女が持ってきた一台のギター。
それはかつて、周瑜が現役時代に使っていたものであり…無言で頷きそれを受け取ると、軽く弦を弾いてみる。
その音を確かめ、周瑜は満足そうに微笑んだ。

「完璧な調律だわ、承淵。
ふふっ…まるで、こうなることがわかってたみたいじゃない」
「…先輩」
「ありがとう、本当に。
これで、学園生活最後の最後で、きちっと恰好がつけられそうよ!」

大粒の涙を落としてうつむいた、その後輩の頭を、周瑜は強引に抱き寄せ、いささか乱暴に頭をかき回す。
何年振りかに感じたそのぬくもりを確かめるようにして、彼女も二人の大切な存在を抱き寄せるようにして。

そして渡されたギターのベルトをゆっくりと、肩に架けると…その瞬間、これまでの何倍も大きな大歓声が、会場に木霊した。
見守る生徒会スタッフたちも…連れ出した本人たちも…会場の誰もが皆、今この瞬間を待ちわびていたといわんばかりに。

それだけ長い間、誰もが彼女の帰還を待ちわびていたのだ。
もう二度と、課外活動の表舞台に立つことがなくても、ステージに颯爽と立つ彼女の姿を。

♪キミと夢をかけるよ
 何回だって勝ち進め 勝利のその先へ!♪


その歌声と共に、凍りついた時間が動き出す。
いまだ冷めやらぬどころか、ますますその温度を上げていく会場の熱気と共に。

「アンコール、行くわよッ!
この私の!私達の学園生活最後のステージ!
あの世までの土産に持っていくといいわ!!」

再び、大歓声がステージを包む。


-ENCORE STAGE ♪少女歌唱中 「ユメヲカケル!」(「ウマ娘プリティダービー Season2」より)♪-


♪Sunshine 前を向けば
 Passion 高鳴るファンファーレ 青空一直線!♪


周瑜はこれまでのブランクをまったく感じさせないギターと、見事な歌声でステージを引っ張っていく。
それに追従するように、あるいは競うような多くの少女の歌声が、名伴奏者劉協のピアノが、孫策を筆頭とするギターが、その舞台に立つ総ての少女たちが、本来の全力をはるかに超えた演奏で、舞台上に絶妙なハーモニーを形成する。

♪ちょっとヘコむ時は パッと耳澄ませてFeel me!
 その背中押してたいから♪


(すごい…!
さっき講堂で歌った時とはまるで別人だ!)
(流石は公瑾、うちらと一緒に戦った時の、あの頃のあいつそのまま…んや、それ以上やで!)

演奏しながら、曹操も劉備も、その歌声に魅せられていく感覚に抗えなかった。

♪気持ち一列 それぞれに続く地平線蹴って
 No More! 迷わないで Let's Go! 止まらず行こう♪


(これです!
 この歌声が、この音楽こそが、私に目標を与えてくれた!)

劉協もその熱に当てられるかのごとく、慣れないキーボードをまるで何年もそうしてきたかのように弾きこなしていく。

♪キミと夢をかけるよ
 何回だって巻き起こせスパート
 諦めないで I believe いつか決めたゴールに♪


彼女のギターが一音奏で出すごとに、そしてその声が歌を紡ぎだすごとに、力強さを増していくその姿を…壇上に居る少女たちの眼には、それがあるべき姿として映っていた。
その歌は今日舞台に立った誰よりも力強く、なおかつ心に響く歌声だった。

♪Try 届け全速で 走りまくろうNever give up
 風も音もヒカリも追い越しちゃって 誰も知らない明日へ進め!♪


それだけではない。
会場にいるすべての者たちが、学園の各所でこの中継を眺める者たちが、まるで一体になったかのように同じく歌い、歓声を上げる。

♪ほら キミと夢を重ねてる
 ほら その姿この瞳映ってるから♪


この夜、この瞬間…学園都市に暮らす全ての者の心はひとつになった。




「まったく。
どいつもこいつも揃いも揃って問題児だらけ…あの子たちのあの性格は、何年、何十年経とうが治りはしないのでしょうね」

華々しいステージとは裏腹に、人の少なくなった舞台袖に苦笑する張昭の姿がある。

「そういうわりには姉さん、嬉しそうじゃない」

傍らに立つ張承の言葉に、うるさい、と一言言うと…彼女は一泊置いて、言葉を続ける。

「今さっき、司隷の病院の知り合いに電話かけてみたのよ。
そうしたら、明け方にどこぞの三人組が、公瑾を窓から連れ出したって大騒ぎでね」
「は?」
「それどころじゃなくて、来る時に見たんだけど…冬場保管場所にあったボートも1艘、持ち出されたって騒いでたわね。
どうせ義封と子山のやることだし、こっちは握りつぶしてるんでしょうけども」
「あーうん、そっちについては先代達絡んでるんだろうなーってのでこっちも分かってんだけど。
てか姉さん、病院の件はそれマジなの?」
「ええそうよ…けど仕方ないわね。
私がもし公瑾の立場でも、きっと強引にでも連れ出して欲しかったと思うわ」

思っても見ないその一言に、張承は目を丸くした。
似合わないことを言ったということは、恐らくは当人も承知しているだろう。
だが、それもまた彼女の本心からの言葉であろうことは、何よりも血の分けた妹である張承にも理解できた。

「信じていなかったわけではないのよ。
あの子の…孫仲謀の力を。
私もできるならずっと、あの子が卒業するまでどれほどの事をして見せてくれるのか…それを見続けたかっただけだったのよ」

そう語る彼女の優しく寂しそうな眼は、妹の目から見ても初めてのものだったかもしれない。
そして、踵を返す。

「最後まで、見ていかないの?」
「これ以上は名残惜しくなるだけだわ。
あとは…任せるわよ、仲嗣」

その後ろ姿を見送りながら。

「任せといてよ、姉さん」

それだけ言い残して、彼女もステージへ…その表舞台へと飛び出していく。





そして、離れた一室では。

「みんなが止めてくれてよかった」

意識を取り戻した少女が、その友たる者の腕の中で、ステージの様子を見守っていた。

「私の中にいた何かが、これを台無しにしてしまったら…一生、後悔するだけじゃ済まなかった…!」
「そう…だな」

黒髪の少女から、抱き留めた少女の頬に涙が零れ落ち…一つに混ざり合う。

そして、少女は恐るべき事実を語る。

「曼才、聞いて。
私にあの術を仕掛けたのは…ううん。
私にあいつを宿させたのは、きっと」
「敬文…?
お前、なにを」

少女はその覚悟を確かめるかのように、深く息を吐く。

「誰もまともに取り合ってくれないかもしれない。
けれど、あの子はきっと何か、恐ろしいことを考えている。
…長湖部だけじゃない…きっと、これを見過ごしたら…学園都市のすべてが変わってしまうかも知れない…!」



余談だが、薛綜はこのあと丸一日眠り続け、目を覚ましたときにはここ一年ほどの記憶の多くを失っていたという。
彼女はそれが為に心因性ストレス障害の兆候を示し、とても幹部会の仕事を続けられるような状態でなくなってしまったため、治療のための休学を余儀なくされてまもなく引退することとなる。

厳畯は、その言葉が何を意味するのかを…その「忌まわしき事件」が起こったその時に知ることとなる。