「ええっ、叔武と義封が…!」
「はい…帰宅部連合の勢いは抑えがたく、早急に援軍を要するとの事です!」
揚州学園の中枢にして、長湖部の総本部がある建業棟に、その報がもたらされたのは孫桓出陣の二日目でのことだった。
その報を受け、まだ幼さの残る長湖部代表・孫権の表情が驚愕に染まる。集まった幹部達にも動揺は隠せない。
「叔武」こと、孫権のいとこに当たる孫桓軍団の「三羽烏」こと李異、謝旌、譚雄のリタイア。
そして追い詰められた孫桓とお目付け役の朱然が夷陵棟に押し込められた格好で孤立しているという、最悪の戦況。
前線からの報告から察するに、孫桓の類稀な指揮能力を百戦錬磨の朱然がサポートすることによって、辛うじて現状を維持しているという有様である。
そのとき、孫権の右側、廊下側の壁に腕組みしてもたれていた、ロングの黒髪をきちんと整えた眼鏡の少女…いや、年齢的には、女性というべきか…が、これ見よがしに溜め息をつく。
皆の注目を集めたその女性…既に学園から卒業したものの、いまだに長湖部の顧問を気取っているかつての功臣・張昭は孫権をたしなめるように、口を開く。
「言ったとおりでしょうが、関羽を処断したことがどういうことを意味するかって」
「うぐっ…でも、でもあっちが悪いんだよ!
ボクだけじゃなくて、お姉ちゃん達のことやみんなのことまでバカにするなんて」
その一言に、ロバの耳に見える特徴的な癖っ毛の少女-諸葛瑾は、バツが悪そうに視線を逸らした。
先に関羽の元に使いにいって、その「暴言」を直に浴びせられ、せがむ孫権にそれを一言一句過たず伝えた張本人こそ、彼女であったからだ。
張昭は大仰に溜息を吐き、なおも続ける。
「確かにあの態度は頭に来るわね…あたしのことまで、散々馬鹿にしてくれたみたいだし。
でも、荊州学区さえ手に入れれば十分にヤツの鼻もあかせるし、送還させたところであれだけの大敗、プライドの塊みたいなあの関羽ならきっと自壊するわ。
むしろあんなバケモノ誰がどうやってトばしたのか…誰の仕業なのよマジで」
「うう…でも、飛ばしておけば厄介事がひとつ減ると思ったから」
「ええ、そりゃあひとつは減ったわよ、その意味では正解。
その代わり、呂蒙は関羽軍団残党の闇討ちにあって飛ばされるし、今劉備の怒りも買っちゃった意味では、大失敗。収支はマイナスだわ」
「…うう…だってぇ」
ほら見なさい、と言わんばかりの口調の張昭に、部長たる孫権は完全にやり込められ、半べそどころかもう完全に泣いている。
張昭の言い方もどうか、と思う他の幹部達も、その言葉が正鵠を射ている以上フォローの言葉も出てこない。
一人息巻く張昭と、泣きべそをかいている孫権、いまだ視線を逸らしたままの諸葛瑾、そして現状の居辛さと事の深刻さに何の言葉も出てこない他の幹部達…普段は孫権以下和気藹々と進行していくはずの長湖部幹部会議は、ここ数日はそんな重苦しい空気に支配されていた。
その理由は、既に学園を去りながらも、いまだにこうして首を突っ込んでくる「御意見番」張昭の存在だけでないことは、誰の目から見ても明らか…今、長湖部全体が置かれているのは、その存亡の危機だったからだ。
「風を継ぐ者」
-第一部 鈴音の鎮魂歌-
事の発端は、荊州・益州の二学区を支配下に治めた劉備が、その統合生徒会長(編注:正史で言えば漢中王)の座に就いた事にあった。
それは、かつては幽州近辺の非公認報道組織の長として、様々な実力者の庇護を受けながら各地区を流れ歩いていただけの少女が、遂に蒼天学園を三分する大勢力の一角を担うまでになったことを意味する以上に…多数居る「学園高祖」劉邦の血族の傍流でしかない劉備が、ある意味素の正当後継者としての金看板を手にしたに等しい。
その実権を失いながらも、「劉氏蒼天会」の正当な継承者としての称号を劉備が得たことは、早くから蒼天会の中枢部にいて、学園を動かす立場にあった曹操にすれば、実に面白くない話である。かつては自分の庇護の元に居たクセに、妙な野望をもって自分に歯向かい続けた挙句、自分と対等の勢力と権力を得る…曹操の性格を考えれば、黙って見ている筈もなかった。
とはいえ、敵は劉備率いる帰宅部連合だけではない。
それと手を結び、赤壁島で曹操の学園制覇の野望を頓挫させたもうひとつの勢力の存在が、劉備との全面戦争を躊躇わせていた。
その存在こそ、今や孫姉妹の三女である孫権に受け継がれた長湖部である。
曹操はまず、長湖部を唆して帰宅部連合に当たらせることを考えた。
長湖部にしても、勢力拡大の為に荊州学区の領有、ひいては、益州学区までを制圧する遠大な戦略構想を抱いていた。
だが、後に言う「赤壁島の戦い」のどさくさに紛れて荊州学区を抑えた帰宅部連合の為に、その戦略も大きな見直しを余儀なくされた。
曹操の蒼天会に対抗するために、劉備と結んだことが今や大きな癌となって、長湖部幹部を悩ませていたのだ。南を長湖部に取らせ、益・荊の二校区から其角の構えをもって北伐を敢行する諸葛亮の「草蘆対戦略構想」の一環として「利用されている」という現実に。
しかし、ここで曹操の申し出を呑めば、今度は曹操の言いなりになる格好になる。
いずれにせよ、蒼天会か帰宅部連合のどちらかの好きなように扱われる事には変わりがないからだ。
曹操の申し出に議論百出する長湖部にあって、その重鎮の一人・諸葛瑾が一策を案じる。
すなわち、劉備の名代として、荊州学区の生徒会長代行の座に収まっている関羽に個人的な友誼関係を持ちかけ、荊州学区併呑の布石にし、蒼天会に対抗する力をつけてからその申し出を受けるというものだった。
もし関羽がこれを突っぱねたら、それを口実に帰宅部連合との同盟を破棄し、このとき荊州を伺うために出張ってきていた曹仁をぶつけ、その隙に荊州を狙う…という二段構えの策だ。
その案が通り、言い出しっぺの諸葛瑾は関羽の元へと赴くが、関羽はそれ突っぱねるどころか長湖部を挑発するかのような暴言を吐く有様だった。
口を渋る諸葛瑾からその口上を聴きだした孫権は、普段の彼女からはとても想像出来ないくらい激怒し、完全に頭に血が上った孫権の剣幕に押される形で、諸葛瑾が示した第二の策は決行された。
果たして曹仁と関羽の激戦が繰り広げられ、戦線は関羽軍有利の状況で進んでいた。
蒼天会が送り込んできた大援軍も、関羽の水攻めによって壊滅、総大将の于禁は関羽の虜囚となり、名将ホウ徳を筆頭に多くの将が処断された。
それで勢いに乗ったことが仇となり、荊州学区は完全に手薄の状況となる。
その一因には、荊州学区との境目に当たる陸口棟の責任者が、名将で名高い呂蒙から、その呂蒙の策謀で、当時学園全体ではまったくの無名だった陸遜に代わったこともあった。
呂蒙はこの機を逃さず、荊州学区諸棟の責任者の調略にかかる。
その為に、丹陽に厄介払いされていた格好の虞翻をわざわざ呼び寄せるほどの徹底振りで、その虞翻の並外れた交渉手腕もあって、関羽の勘気を被って後方支援を任されていた士仁、糜芳を筆頭に、長湖部の威容を恐れた各棟の責任者は先を争って帰順し、関羽の退路を断つことに成功する。
さらに曹仁の援軍として現れた徐晃の活躍もあり、関羽は荊州学区の外れにある、廃棄寸前の麦棟へ敗走した。
そして長湖の大軍勢に包囲された関羽は、脱出に失敗してとらわれ、件の暴言に対する怒りの覚めやらぬ孫権の独断で、その部下もろとも処断されてしまったのだ。
とはいえ関羽一人に因ってもたらされた人的被害は、直接関羽に飛ばされた蒋欽を筆頭に、その直後に関羽軍団の残党により襲撃され人事不省となった呂蒙、その呂蒙の悲劇にショックを受けて心神喪失状態に陥った孫皎まで含めると甚大なものであり、荊州学区奪取という結果に果たして釣り合うものと言えるか怪しいレベルだった。
その後、この復讐の機を劉備と共に伺っていたその義妹・張飛が、自身の不始末によって引退を余儀なくされたことで焦りを覚えた劉備は、学園生活最後のこの時期に、長湖部への復讐を遂げるための大号令をかけたのである。
関羽・張飛縁故の者達と、連合の荊州学区系構成員の意気は凄まじく、それを迎撃するために孫桓が勇んで出陣していったのだが…その顛末は、冒頭のとおりである。
…
「まぁ、過ぎたことを今更言っても仕方ないわ。
向こうが烏合の衆でないことが解った以上、こちらも戦い慣れた古参の手練で対抗すれば良いだけの話でしょ」
「で…でも、ほとんどの人たちはもう、引退しちゃったんだよ?」
大学生にもなってこんなトコに顔出してるあなたを除いては、なんて言葉が喉まで出かかっていたが、孫権はぎりぎりのところでその言葉を飲み込んでいた。
多少感情を乱していても、張昭を徒に刺激することの愚は承知していた。
後ろに控えた谷利から手渡されたハンカチで涙を拭うと、孫権はすがるような目で張昭を見つめた。
これまで部を支えてきた周瑜や魯粛、そして先に不慮の事故でリタイアした呂蒙といったメンバーが居ない以上、今この場にいるメンバーで一番頼りになるのは張昭しかいないこともまた、孫権は理解していた。
流石の張昭も、頼りにされるのは悪くないと見え、柄にもなくちょっと照れ臭そうに視線を逸らす。
この甘え上手なところも、孫権の長所であり武器である。
「ん…まぁ、そうだけどさ。
幸いにも義公(韓当)はまだ残っててくれてるし、現役の連中でも蒼天会への対抗策に欠かせない文嚮(徐盛)だの子衡(呂範)とか動かすのは難しいけど…幼平(周泰)に公績(凌統)、文珪(潘璋)だっているじゃないの。
山越とかの関係は定公(呂岱)で十分だし。
ただ、総指揮を任せるとなると適任は…」
「それだったら、俺様に任せてもらえねぇか?」
そのとき、不意に会議室の扉が開け放たれ、全員の視線がそちらへ集まる。
「御意見番」の一人舞台に割って入ったのは、先に引退を表明したばかりの甘寧だった。
「興覇…?
あんた、どうして此処に…?」
困惑を隠せないのは張昭ばかりではない。
先の合肥・濡須戦が終わった頃から、彼女も著しく体調を崩していたため、甘寧はここ数ヶ月表立った課外活動に参加せず、半ばリタイア状態にあった。
その理由は知らぬ者など居ようはずがない。
数ヶ月前の合肥戦線のさなか、怪我をおして戦場に繰り出した凌統のフォローのために出撃した彼女は、凌統の救出に成功するも張遼との壮絶な戦いで受けた脇腹の傷が完治せず、常に半病人の状態だったからだ。
半年は絶対安静、と医者からお墨付きをもらっている状態にもかかわらず、退屈な病院暮らしを嫌って幾度も脱走を繰り返し、その都度怪我を悪化させては入退院を繰り返す有様なのだ。
万全の状態なら誰も文句はつけないだろうが、今の甘寧はお世辞にも本調子とは言いがたい。
現に、甘寧はほんの数時間前まで病院のベッドの上にいたはずなのだ。
顔は蒼白で、ほとんど気合だけで立っているふうに見え、今までの彼女を知るものから見れば、その姿にかつてのような覇気は感じ取れないだろう。
だが。
「公式にはまだ、俺の蒼天章も、階級章も返上されてないからな…それなら、問題ねぇハズだよな?」
「確かにそうだし、そりゃああんたが往ってくれるなら心強いけど…でもあんた、そんな身体で」
「引退直後に古巣がなくなりました、じゃ、寝覚めが悪すぎらぁ。
理由なんざ、知ったこっちゃねぇが、これ以上、あんな山猿共にキャンキャン騒がれるのも…ムカつくんでな」
息は荒く、言葉も途切れ途切れだったが、そう言い切った甘寧の眼は未だ死んでいない。
合肥で蒼天会の本陣に数名で奇襲をかける、と言い出したときの、そのままの眼光を保っていた。
そんな眼をしている以上、例え「駄目」と言ってベッドに無理やり寝かせつけようとしても、彼女は這ってでも独りで戦線へ突っ込んでいくだろう。
その気迫に呑まれ、流石の張昭にも反対すべき言葉が出てこない。
一息ついて、孫権の方を見る。
「…と、彼女は言っているようですけど…どうする部長?」
孫権も迷ったが、他に頼れる者も思い当たらない。
悲痛な面持ちのまま甘寧を見つめ、断を下す。
「……………解った。
興覇さん、お願い」
「へっ、そうこなくっちゃ…な」
我が意を得たり…そう口元を歪める甘寧。
断を下しながらも、孫権はどうしてもその胸騒ぎをぬぐうことができずにいる。
これが…いかな形であれ、彼女が戦陣に立つ最後の姿に思えてならなかったからだ。
…
「どうして、どうしてアンタがここにいるのよ、興覇ッ!?」
その姿を認めるなり、手前にいた黒髪をショートにした少女…凌統は、思わず大声をあげた。
凌統以下、救援軍の編成に当たっていた諸将にとっても、彼女がそこにいることが信じられなかった。
ましてや凌統は、先刻病室で甘寧を見舞っているのだ。
かつて姉を飛ばされたことで甘寧を激しく憎悪していた凌統だったが、先の合肥・濡須戦のさなか、怪我を押して戦場に出、合肥を護る名将・張遼に飛ばされかけたところを救ってくれた甘寧の行為に、その憎悪は彼女に対する尊敬へと変わっていた。
一方の甘寧にしてみても、相手が恨んでいない以上こちらからも恨む理由はない、ということで、ふたりはこれまでとはうって変わって、良き戦友と呼べる仲になっていた。
半病人の甘寧に負けないぐらい、色を失った表情の凌統に…甘寧は普段とさほど変わらないニヒルな笑みを浮かべて応える。
「なんでぇ、公績…俺様が、ここにいるのが、まぁだ気に喰わねぇのか?」
「そんなんじゃないわよ!
アンタ絶対の安静だって、医者に言われてるじゃない!!
そんな身体で」
「公績先輩の言う通りですよ!」
凌統の隣りに居た丁奉も声を挙げる。
ポニーテールにまとめた、生来のものである狐色の髪が特徴的なこの少女は、中等部入学直後の夏休みに孫権直々のスカウトを受けた逸材である。
並み居る先輩部員を差し置いて、現在中等部二年生のユースでありながら軍団の副主将として認められていることからも、その実力は明らかだろう。
彼女は現在潘璋の副将という立場にあったが、かつては甘寧の部下に配されており、その甘寧からは非常に可愛がられ、今では一番の妹分と言っても過言ではない。
言うまでもなく、彼女の甘寧に対する尊敬の情も、ひとしおだ。
「ここで無理をしたら、大変なことになります!
ここはあたし達が」
「やかましいッ!」
甘寧の大喝に、気圧されて黙り込むふたり。
蒼白の顔に、脂汗まで滲ませているその容貌にかつての精彩はない。
だからこそなのか、その貌には鬼気迫る何かがあった。
その勢いに丁奉は半泣き状態になり、気丈な凌統も言葉を失った。他の一般部員の中には、腰を抜かしてへたり込んでしまったものもいた。
「俺は…俺も、失いたくないんだ…!
はみ出し者だった俺を「仲間」として扱ってくれた長湖部を」
「…興覇」
「…興覇先輩っ…!」
甘寧の表情は、悲痛で、真剣だった。
その心底を洗い浚い吐き出すような言葉は、少女達の心を打った。
「俺は、こういうカタチでしか、恩義を返せない人間だから…だから、最期まで戦わせてくれ…頼むッ!」
そのとき、甘寧の身体がよろめく。
しかし、その身体はすぐに背後から現れた人物に支えられる。
艶のある黒髪をショートに切り揃えた、整った顔立ちの少女。
その少女は長湖部の創生期から部を支え、そしてまもなく卒業を控えた韓当だった。
「義公…さん」
「いろんな意味であんたのその性格は、死んでも治りそうにないわね。
居残り組最古参の私を差し置いて総大将に名乗りをあげたことの文句のひとつでも言ってやろうかと思ってたけど」
私だって有終の美を飾りたかったのに、とか言わんばかりの口調だが、これも悲痛な空気を少しでも紛らわそうとする韓当流の言い回しである。
そろそろ付き合いも長い甘寧達にも、それはよく解っていた。
ふぅ、とひと息ついて、韓当は続ける。
「まぁ、部長の命令も出たことだし、今のを聞かされた以上、もう何も言わないわ。
その代わり、承淵を副将に、「銀幡」の連中も親衛隊として連れてきなさい。
文珪や上層部には、私が話しとくわ」
「すんません…恩にきります」
苦笑を浮かべる韓当に、何時もより弱々しくも、苦笑で返す甘寧。
「あなた達もいいわね?」
「そう仰られるなら…異存はありません」
「…任せてください! 全力でお守りします、先輩!」
「へっ、こいつ…ナマ言いやがって」
もはやふたりにも反対の言葉は出てこなかった。
苦笑して返す凌統と、涙を拭って極力笑顔で返す丁奉を軽く小突く甘寧を見て、韓当は「よろしい」と軽く呟いた。
…
それから数刻のうちに、編成を終えた総勢千名強にもなる夷陵棟救援軍は甘寧を総大将に、先手を潘璋、左右に周泰と韓当、後詰めに凌統、そして中軍の副将に丁奉といった錚々たるメンバーとともに建業棟を進発した。
人員・兵力共に、現在の長湖部でまかなえるほぼ最高レベルの陣容である。
しかしながら、夷陵棟に程近い琥亭広場で、長湖部軍が帰宅部連合軍を迎撃する形で開かれたその戦況は、時間がたつにつれ長湖部にとって芳しくない状況になりつつあった。
甘寧の想いとは裏腹に、帰宅部連合の勢いに押された長湖の精鋭たちはじりじりと後退を始めていた。
一説では、潘璋隊に「帰宅部五虎」の一角として知られる黄忠が単騎で大立ち周りを演じ、自身は最終的に飛ばされてしまうものの、潘璋隊に壊滅的な打撃を与え、逃げる潘璋はその途上、関興に飛ばされた…などという説話もあったほどだ。
無論これは帰宅部寄りの誰かが言い出した俗説に過ぎず、黄忠はこのころ既に引退しており、潘璋が引退したのも夷陵回廊戦の翌年度である。しかしながらそんな俗説が飛び出るくらい、長湖部の孫桓救援軍が手痛い打撃を受けていた、という証左とも言えた。
先に旗色悪しと見て、帰参を申し入れた士仁が、関興によって心ゆくまでぶちのめされた挙げくに処断されてしまったことも手伝い、荊州棟出身者で、関羽を裏切る形で長湖部についた者達は関興の姿を確認するや、その怒りを恐れて我先にと逃げ出す始末であった。
そのことが、長湖部軍全体に恐慌となって伝播し、さらには姉の復讐に燃える関興の働きもあって、先手は潘璋の奮戦空しく壊滅に近い状態となった。
命からがら逃げてきた潘璋は、残存隊員をかき集めて既に退却を開始していた。
剛毅で無鉄砲な性格で知られる甘寧も、この状況にあっては流石に焦燥を隠せない。
彼女が病院を脱走する前にくすねてきたという鎮痛薬(麻薬由来という非常に強力なものだ)のお陰で、戦闘にも支障がない程度の小康状態を保っていたが、今度はこの戦況のために顔色が変わる。
「くそっ…これじゃあ勝負にならねぇじゃねぇかよ!」
先鋒の潘璋隊壊滅の余波を受けて、恐慌は甘寧と丁奉のいる中軍にまで伝播してきていた。
両翼に居た周泰や韓当の隊でも、副将を飛ばされて後退を始めている。
勢いに乗った帰宅部期待の新星・関興、同じく張苞の隊が中軍に突っ込んでくるのも時間の問題だった。
「興覇先輩ッ、正面の敵本隊も進軍を開始しましたッ!
このままじゃ三方向から挟み撃ちですよッ!?」
丁奉が悲痛な叫び声を挙げ、甘寧も舌打ちする。
中軍の部隊も、外側では関興・張苞隊との戦闘が始まっていた。
「ええいッ、 引いて軍を整える!
俺らは後ろの凌統隊に合流し、来る連中を撃退しながら下がるぜ! 俺も戦闘に入る!」
「ええっ!?
大丈夫なんですか!?」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ!
「覇海」を寄越せ、来るぞッ!!」
傍らに居た甘寧子飼いの親衛隊-かつて彼女を首領とした不良集団「銀幡」あがりの少女が、ひときわ大きな木刀を甘寧に手渡したのと、正面の布陣が割れたのはほぼ同時だった。
崩れた一角から、怒号とともに帰宅部の精鋭たちがなだれ込む。
「いたぞッ!」
「甘寧を狙え! ヤツさえ飛ばせば軍は崩せるッ!」
「ヤツは半病人だ! 囲めば確実にとれるぞ!」
混乱する長湖部軍の少女達を尻目に、勢いに乗る帰宅部の猛者達は甘寧めがけて殺到する。
「興覇先輩!」
「しゃらくせぇ、やれるもんならやって見やがれっ!
承淵、遅れをとるんじゃねぇぞ!!」
言うが早いか、銀幡時代からの愛刀・覇海を一閃し、群がってきた数名を吹き飛ばした。
いくら怪我に体を蝕まれていても、やすやすと飛ばされるほどその武衰えてはいない…そう言わんばかりの、まさに鬼神の如き働きで、一時は帰宅部軍を押し返していた。
しかし、そのために彼女は、何時しか敵軍の深みに入り込み、孤立した状態になってしまっていた。
周囲に友軍がいない状況に舌打ちし、血路を開いて後退しようとする甘寧の前に、ひとりの少女が立ちふさがった。
青みがかった髪を無造作にショートで切り、春先だと言うのに夏服を着ているその腕には無数の傷があり、頬にもバンドエイドを貼り付けている。
猛禽を思わせる鋭い目つきと言い、その雰囲気からも只者ではない気配を漂わせていた。
「甘興覇先輩とお見受けします…お手合わせ願います!」
「け、上等だ…病院送りにする前に名前だけ聞いといてやらぁ」
「益州学区古武道同好会主将、沙摩柯。参るッ!」
言葉と同時に、沙摩柯と名乗った少女が、一陣の疾風に変わった。
3メートルほどの間合いが、一瞬にして0になる。古武道の達人が成せるその驚異的な踏み込みに、甘寧の顔から一瞬にして笑みが消えた。
(野郎…っ、思ったよりやりやがる…!)
相手の思った以上の強さに内心舌を巻きながら、一瞬にして間合いの中に斬り込まれ放たれた必殺の掌を、甘寧は恐るべきカンでぎりぎりかわしていた。
それと同時に、逆手に構えていた覇海を振り上げる。
スウェーでかわした沙摩可が反撃に出ようとした瞬間、即座に手首を返して全体重をかけた返しの一太刀を振り下ろす。
はっとして、沙摩可は即座にバックステップで回避した。仕留めるつもりで放った一撃をかわされた甘寧だったが、間合いを離してにらみ合った相手に対して、再びニヒルな笑みを浮かべて見せた。
「ちっ…右か左にかわしてくれれば、ワキにヒザでもくれてやろうかって思ってたけどよ」
「流石です…合肥での風聞は、本物だったみたいですね。
その剣…いえ、格闘術は我流ですね?」
「こちとら、生まれてこのかたキチンとした武道なんてのに手ぇ出したことがないんでね…レディース仕込みの喧嘩殺法ってヤツだ、よ!」
言うや否や、鳩尾を狙っての独特な前蹴り…俗に「ヤクザキック」と呼ばれる蹴りを放つ。
踏み込むと同時に、左拳と木刀の歪なワンツーが沙摩柯を襲う。
木刀をいなすことは出来ても、拳は辛うじてガードする。
一撃の重さで彼女の全身に衝撃が走った。
攻撃の隙を見出して反撃しようにも、衝撃に痺れた腕が上手く反応してくれない。
なんとか放って見せた掌打や蹴りも、簡単にいなされてしまう。
それどころか、いなしたと同時に重い拳打の一撃が飛んでくるのだ。
(くっ…一見出鱈目に見えて、思った以上に無駄がない…単純に喧嘩慣れしてるだけで、ここまで出来ると言うの…!?)
何時しか、沙摩柯は防戦一方になった。
木刀だけでなく、単純な拳打の重さもハンパではない。ガードの上からでも、ダメージは蓄積されていくのだ。
「そら、足元がお留守だぜッ!」
「あっ…!」
拳打を受けるのに精一杯で、足元から注意をそらしてしまったのが仇となった。
強烈な左のローキックを軸足に受け、沙摩柯は大きくバランスを崩した。
そこに、かつて甘寧が凌統の姉・凌操を飛ばしたときに使った、全力のアッパーがよろめく顔めがけて飛んできた。
(くっ…やられる!?)
だが、その必殺の一撃を放とうとした瞬間、これまで小康状態を保っていた高熱と激痛が甘寧を襲った。
自分の体調について決して無関心でなかった甘寧だったが、この一騎打ちは当人の予想以上にその体力を奪い取り、薬の効き目を打ち消していたのだ。
アッパーを放つためにとった体制のまま、甘寧の体が大きくよろめいた。
(ちぃっ…こんな、時にッ!)
「もらった!」
体制の崩れたその一瞬を、沙摩柯は逃さなかった。
バランスを失って前のめりになった甘寧の顎を、何とか踏み止まって放った右の掌底が捉える。
甘寧の意識が、もぎとられるように吹き飛んだ。
「嘘ッ……興覇先輩ッ!」
ゆっくりと崩れ落ちる甘寧には既に、丁奉の叫びも届かなかった。
…
倒れ伏した甘寧の姿を見つめ、沙摩柯は何の感慨もなく、呟いた。
「まさか…本調子ではなかった…?」
切れ長の双眸には、長湖部軍の筆頭将を打ち破ったことへの歓喜はない。
沙摩柯にも解っていたのだろう、もし甘寧の体調が万全であれば、あのアッパーで自分が飛ばされていたことを。
古武道の達人である彼女の実力であれば、徒手であっても並の剣士など物の数ではない。
しかしながら、今打ち倒した相手は、剣術の心得はないものの、合肥で「学園最強剣士」として名高い張遼と互角に戦ったといわれる学園屈指の喧嘩屋なのだ。
何でもありの「喧嘩」ということであれば、その戦闘能力は帰宅部の誇る「五虎」とほぼ同等とまで言う者さえいる。それが誇張だとしても、明らかに今の自分より格上であったことは間違いないことは、現実に手合わせして思い知っていた。
「でも、此処は戦場…悪く思わないでください」
そう割り切った沙摩柯は、気を失った甘寧の階級章にゆっくりと手を伸ばす。
その刹那。
「やらせるもんですかぁー!」
怒号と共に、頭上から降って来る一撃を、軽くいなす。
共に降って来たのは狐色の髪の少女。
いなされてもバランスを崩すことなく着地すると、間髪いれずに横凪ぎの一撃を繰り出す。
「ふん…甘いッ!」
その少女-丁奉の一撃を見切った沙摩柯は、右手で難なく木刀を掴み取る。
反撃の一撃を加えようとして引き寄せるが、予想外の「軽さ」に違和感を覚える。
そこにあったのは木刀だけだったのだ。
「何…!」
気づいたときには、倒れていた甘寧の姿がない。
丁奉は自分の木刀の一撃を囮に、甘寧の救出を第一義としたのである。
てっきり自分に向かってくるはずだと思っていた沙摩柯は、完全に裏をかかれた格好になった。
加えて、甘寧との戦いで受けたダメージが、反応をわずかに鈍らせていた。
甘寧を背負って既に駆け出していた丁奉は、落ちていた覇海を空いている手で拾い上げ、前方の長湖軍に兵が集中したことで完全に手薄になった、帰宅部本営の方向へと疾走していた。
「興覇先輩は返してもらったよっ!
この借りは、絶ッ対返してやるからねッ!」
「味なマネを…くっ…誰か奴等を追え! 逃すな!」
追いかけようとするが、甘寧からもらったローキックのダメージが激痛となって、彼女を阻む。
駆けつけた来た古武道同好会の部員に追撃の指示を出しながら、沙摩柯は甘寧を連れて逃げ去る少女にも感嘆の意を禁じ得なかった。
人一人を背負ってあれだけの速さで走るなどと言うのは尋常なことではない。
それを、自分よりも頭一個小柄な少女がやってのけているのだ。
「あの娘、良い資質を持ってる…上手く逃げおおせたなら、手合わせする機会が楽しみだわ」
自分の指示で数名が追いかけていくのを、足を抑えて座り込んだ沙摩柯はじっと眺めていた。
その顔には、大魚を逸した悔しさではなく、どこか期待に満ちた笑みだった。
…
咄嗟に人手の薄い方へ駆け出してしまったものの、自軍本陣からは反対方向であることは丁奉も理解していた。
前方への敵に集中していた連中が自分達に気づけば、本営に控える連中と一斉包囲されて一巻の終わりだということも。
彼女は、進行方向を直角に曲げると、南側に広がる林の中へ駆け込む。
比較的手薄な、長湖に続く支流周辺まで出れば、そこを辿って本営まで帰ることもできるかもしれない…丁奉はそう考えたのだ。
しかし、沙摩柯子飼いの古武道同好会の部員が迫ってくるのを見て、その考えが甘いことを悟った。
彼女等の対処に手間取れば、おそらく本隊も駆けつけてくるに違いない。
たとえ人一人抱えていても、水泳部のホープで、揚州学区から赤壁島までの遠泳を毎日の日課とする丁奉なら、安全な対岸へ泳いでいく事もできるのだが…。
(駄目っ…興覇先輩の体調を考えれば、この季節の渡河は命取りになっちゃう…!)
彼女は頭を振り、なおも走り続けながら逡巡する。
そのうちに木々が疎らになり、目指す河岸にたどり着いた。
だが、その先どう逃げるかの結論が出ない。
河を渡ろうにも、船代わりになるものもない。
(どうしよう…このままじゃ…)
「…承淵、か?
俺は…一体…」
そのとき、気を失っていた甘寧が眼を覚ました。
「興覇先輩! 気がついたんですね!」
丁奉は甘寧をゆっくりと背中からおろすと、適当な樹にもたれさせる。
そのとき、はっとして甘寧の左腕を見た。
あの時無我夢中で気づかなかったが、敵将は甘寧の階級章に手をかけていたことを思い出したのだ。
だが、その心配は杞憂に終わる。
木々の中を無理に走ってきたせいで上着はボロボロだったが、それでも左側は幸運にも無傷で、彼女の殊勲に比べればあまりに低いのではないかと思える硬貨章も、そこに顕在だった。
丁奉は、ほっと胸をなでおろす。
「…へへっ…俺様としたことが、あんな三下に遅れを、取るなんてな」
「勝敗は兵家の常、でしたっけ。
そんな日だってありますよ」
力なく笑う甘寧に、丁奉も精一杯の笑顔で応える。
だが、来た道から無数の足音が近づくにつれて、丁奉の顔にも焦りの色が濃くなってくる。
意を決したように、彼女は今来た方向へ向き直る。
「此処まで、か…ちょっと待っててくださいね。
あんな奴等、すぐに蹴散らして」
「…止めとけ。
タイマンならともかく、多勢に無勢ってヤツだ…ましてやお前、丸腰だろ」
「でも、足止めくらいになります…地の利もこっちにあるし」
「時間が経てば、不利な状況は増える…奴等も、バカじゃない…おっつけ、こっちにも本隊が、来るだろうよ…大将を、ふたりも、飛ばせば、どうなるか…言わなくたって、解るだろ…?」
無鉄砲な性格で、暴れん坊として知られた甘寧を、「勇猛無策」と評するものもいる。
だが、幾度となく死線を潜り抜け、学園にその悪名を轟かせた銀幡の首領の座を保ってきたのは、その状況観察能力に裏打ちされたところも大きい。
長期戦略の面においても、初期から周瑜同様、荊州から益州までの侵攻計画を献策したことで知られている。だからこそ、この危難の局面で防衛軍の総大将を任されたのだ。
丁奉は今更ながらも、感嘆の息をついた。
「…だから俺様を置いて…お前だけでも、さっさと、泳いで逃げろ。
お前一人なら、問題ねぇだろ?」
丁奉の腕をつかんだまま、甘寧が厳しい口調で言う。
まるで先ほどまでの自分の思考を読み取られたようで、丁奉ははっとして甘寧の顔を見た。
本来の病状に加え、先ほどのダメージの為に顔色は目に見えて悪く、息も荒い。
触れた手からは、明らかに高熱を発していることも理解できた。表情には出さないが、怪我から由来する激痛も彼女を苛んでいるのだろう。今こうしていることも、甘寧にとっては辛いことだということは火を見るよりも明らかだ。
「でも…先輩を置いていくなんて…ッ」
「バカヤロウ、此処でお前までっ、飛ばされたら…お前のことを任された、部長に、申し訳たたねぇんだ!」
その一喝に、丁奉は二の句が告げない。
泣きそうな表情の丁奉に、甘寧は不意に表情を緩めた。
「俺が…お前のこと、任されたとき…将来長湖部に、とって、必要な人材になるから、大切にしてあげて、って…部長が、言ってたよ。
俺なんかの、せいで…そんなヤツを、さっさと、飛ばされるわけに…いかねぇ。
ここは、逃げ延びるんだ…部長の、ためにも…俺のためにも」
「でも…」
「俺のことなら、心配ない…奴らも…俺が、病人だと、わかれば…そう悪くは、扱わないだろ…ましてや、既に……飛ばされて、いるので、あれば…っ!」
「えっ!?」
言うが早いか、甘寧は自らの階級章に手を伸ばし、無造作に引きちぎった。
そして、呆気に取られる丁奉の手に、それを握らせる。
「これで、文句ねぇだろ…さ、解ったら、さっさと…逃げろ」
「そんな…先輩!」
「…いいから、行けっつってんだよ!」
甘寧は渾身の気力を振り絞って立ち上がると、小柄な丁奉の身体を河へと突き飛ばす。
大きな水音と共に、丁奉の身体は河へと投げ出された。
不意の一撃で頭から突っ込んでしまった丁奉は、河の流れに一瞬抵抗できずそのまま流される。
しかし流石に水泳部のホープとまで言われただけあって、すぐに体勢を立て直して顔を出す。そして、突き飛ばされた岸へ戻ろうとした。
「せ…先輩、どうして…」
「この、バカ…戻るんじゃ、ねぇッ!
行けッ! 行くんだッ!」
「興覇…先輩」
鬼気迫る表情で声を張り上げる甘寧と、川の中で止まったままの丁奉の視線が交錯する。
「後は、頼んだぜ…コイツは、俺様からの…餞別だ」
岸から甘寧が投げてきたものを、丁奉は反射的に掴み取る。
それは、逃げるときに一緒に掴んできた、甘寧の愛刀・覇海。
それには何時の間に付けたのか、甘寧の腰につけられていた鈴飾りも括り付けられていた。
「大切に、使ってくれよ…じゃあな、承淵」
「…うぐぅ…っ…先輩…!!」
まだ春から遠いことを知らせる冷え切った流れに身を任せながら、その冷たさも忘れたように丁奉は何時までも、岸辺に残った甘寧のほうを見ていた。
流れ落ちる涙を拭うこともせずに。
そして、意を決したかのように顔だけで小さく会釈すると、覇海を抱いたまま流れに乗って、下流へと泳いでいった。
本隊が集結しているであろう、陸口の本営に向けて。
(そうだ…それでいい…絶対、逃げ切るんだぜ…)
それを見て、甘寧は満足げに、普段とは違う穏やかな笑みを浮かべた。
その姿が視界から消え、甘寧が樹にもたれたとき、木々の間から帰宅部の追っ手が姿をあらわす。
「ふふ、遅かった、じゃ、ねぇか…」
「長湖部軍の総大将甘寧先輩とお見受けします」
その言葉を気にした風もなく、その中の小隊長と思しき少女が、問い掛けてきた。
「上意により、階級章を貰い受けに参りました。
観念してください」
「だから、遅ぇっての…よく見な、俺はもう、飛んでるんだ…からよ」
「え!?」
そういう甘寧の左腕には、確かにあるべきものが存在していなかった。
呆気に取られる少女達。一体どうしたのか、の誰何の声を上げる前に、甘寧はつぶやく。
「理由は、どうあれ…これで、俺も、脱落者だ…囲むだけ無駄、だぜ。
だがもし…慈悲が、あるなら…早く搬送して、くれると…助かる……」
「あっ!?」
崩れ落ちた甘寧を反射的に抱きとめてしまった少女は、その事実に驚愕せざるを得なかった。
「すごい熱…!…ま、まさかこの人、こんな体調で沙摩柯さんをあそこまで追い詰めたって言うの!?」
「なんて人なの…もし、この人が万全の状態だったら…!」
驚愕の事実に困惑を隠せない帰宅部連合の面々。
一方でもう一人の少女が既に安全圏まで逃げおおせたことなど、彼女等には気づけるはずもなかった。
眠りに落ちた甘寧の寝顔は…その息づかいこそ苦しげだったものの…満足げに微笑んでいた。