「ねぇねぇ、どうしてひとりでいるの?」

−別にいいでしょそんなコト。

−あたしは、ひとりで居るほうが好きなんだってば。

「おともだちとか、きてないの?」

−いるといえなくないけど…でも、そんなものは正確には居ない。

−大体こんなトコに来るのだって、初めてだってのに。

「さみしく…ないの?」

−大きなお世話。

−いいからもう放っといてよ。

−ああもう、なんでこんなトコに来なきゃなんないのよ。


−ったく…神様もさな姉も意地が悪すぎるよ。

−あたしがこういうの、嫌いだって知っててやってるんだから。

−挙句の果てにはなんかヘンなのにまとわりつかれてるし…。


−もう嫌。

−もう切り上げて、さっさと帰りたいわよぅ…。

「そうだ! おねぇちゃん、ポエットとおはなし…」


ごちん。
「…え?」
あたしが肘に違和感を感じて振り向けば、それはモノの見事にそいつの額を捕えていた。
「…ふぇ…」
やばい、と思ったときには時既に遅し。


次の瞬間、その天使の泣き声がパーティ会場に響いた。


あたしは満座の視線が集まるかどうかのその瞬間、その天使を抱えて脱兎の如く会場を飛び出した。




-天使の羽詩-
第二話 飛ぶ計画




「…夢、か」
けたたましい音を立てて鳴り響く目覚ましを黙らせ、大きく伸びをしてかごめはそう、ひとりごちた。


過去の出来事を夢に見ることは多かったが、ここまではっきりと覚えている夢は珍しかった。


寧ろ“過去の出来事”と解る夢は…その内容は覚えていないが…はっきり言って“悪夢”と呼べるものだったからだ。
そういう夢を見ると、決まって酷い寝汗をかき、鏡を見れば泣き腫らしたような酷い顔をしていることが常だった。


彼女が見ていたのは、初めて自分が「ポップンパーティー」…MZDが主催する、芸能界・歌謡界どころか世界中ありとあらゆるメディアの著名人をかき集めて行われる一大アミューズメント・イベントに参加させられたときの夢だった。

恐らく、今頃になって唐突にこんな夢を見た原因は…。


「…出逢ったばっかりの頃は、やかましいだけの子供に見えてたはずなのにね」
その目覚ましの音にも反応を見せず、規則正しい寝息を立てる少女。
その山吹色の髪を、そっと撫でてやる。
少しもぞもぞと、くすぐったいように寝返りをうとうとするその姿が可笑しくて、かごめは小さく笑った。
「…っと、んなことしてる場合じゃないか」
名残惜しそうに布団から出ると、残ったその少女…ポエットのために布団を整えてやり、その安眠をこれ以上邪魔しないように、そっと部屋を後にした。


小奇麗な台所の時計は六時半を指している。
前日夜に行われたようなイベントをこなしつつも、現役の女子高生でもあるかごめは、学業も決して疎かにはしていない。

そして、家の事も。


常に交代で当番を決め、その日の朝食作りをしなくてはならない。
仕事のとき以外は現役の高校生であるかごめはいうまでもなく、紗苗もこの日はオフであったが、出かけるとき大概朝は早い。大体の用意は前日に済ませておいてあるので、比較的手間は少なくはなっているとはいえ、やはり重要な仕事のひとつでもある。

「たまにヒマなら代わってくれてもいいだろうにねー」
誰に言うでもなく、彼女は慣れた手つきで味噌汁の具材を切り、食卓に食器を準備していく。

そこには、昨日までと違う…三人分の準備。

「…いずれはポエにも覚えてもらわなきゃな…」
家族と認めたからには、そのくらいはね、と心で呟くかごめ。


「…えと…なにが…ですかぁ…?」
「いっ!?」
思いもよらぬ返事が返ってきて、かごめは飛び上がらんばかりに驚いた。
振り向けば、台所の戸口に、寝ぼけ眼のポエットが立っていた。
「あ…その、ごめん…起こしちゃった?」
「いいぇ…なんか…目が…覚めちゃった…みたい…」
そう言いながらも、その頭は何処か所在無く、ふらふらと揺れている。

「…つかかごめちゃん…目覚ましの音でかすぎるっての…折角のオフに寝不足にさせないでよぉぉ…」
更に、ぼさぼさの髪を整えようともせずに、パジャマを軽く調えなおしただけという風体で紗苗も姿を見せる。
そして、さも当然といった感じでどっかりと自分の席に腰を下ろし、そこにポエットを差し招くと、隣に座らせた。
「まー起きたからにはしょーがないしぃ…とっとと朝御飯ちょーだい♪」
「…じゃかあしい。つか折角起きたんだったら寧ろ手伝えもまいら」
かごめも苦笑するしかなかった。


午前七時。
寝ぼけ半分だった紗苗もポエットも食事を始めるころには意識もはっきりしてきたらしく、一方は遠慮のない調子で、もう一方は少し遠慮がちに箸を進めている。

「ところでさな姉、昼どうすんの? あたし今日半日だから、来てからでも良ければなんか作るけど」
「んー…そうねぇ。此間も言ったけどリエちゃんと遊びに行く約束があるんだけど…」
言いかけて、ポエットの方へ視線をやる紗苗。
確かに、かごめが半日とはいえ学校へ、紗苗が数日のオフを満喫しようと出かけてしまえば、ポエットは二人が帰ってくるまでの間ひとりぼっちということになってしまう。
今日ばかりでなく、これから平日ともなれば、毎日そういう状態だ。
その視線を受けて、ポエットはにこっと微笑む。
「あ、私なら別に…あの、一応天使だから、神様のところへ手伝いに行く用事もあるし…」
「そこよそこ。今までずっと気になってたけど、あんたって普段何してるの?」
間髪いれず質問を投げかけるかごめ。
面食らったわけでもないが、ポエットは一呼吸置いて応える。
「えーとですねぇ…一応天使にも、学校はあるんです。
今同年代の天使は私しかいませんから、生徒は私だけなんですけど…」
そういって、彼女は懐から小さなラッパを取り出す。
「これは…確かお母様から頂いたものって…?」
「ええ。これは天使の身分証明書でもあるんです。学校では…学生証になるのかな?
正しい持ち主がこれを吹けば、その証となるものが飛び出てくるんです。私の場合は音符ですね」
ほう、と感心した様子の紗苗。
「へぇぇ…前聞いた時はさっぱりだったけど、今頃になって納得した」
「あぅ…」
そのときのことを少し思い出したのか、恥ずかしそうに頬を紅潮させて俯いてしまうポエット。


それも無理らしからぬこと、聴けばポエットがこれほどまでに精神面で大きく成長したのは、極々最近のことらしかった。

かごめはポップンパーティでポエットと色々話をしたとき、そのラッパについても説明は受けていたのだが…見た目よりもずっと幼かったこの少女の言葉はどうも舌足らずで、その本来の意味を読み取るどころの騒ぎじゃなかったからだ。


その後もかごめと紗苗は代わる代わる質問をぶつけ、これまで知りえなかった天使の日常と言うものを、少しずつではあったが知ることとなった。

結局のところ、学校のシステムのそのものは地上の世界とさほど変わらないと言うこと。

ただし生徒が絶対的に少ないため、基本的には「学校で勉強」というよりも、「家庭教師がいる」環境に近いということ。

天使が幼少時代に地上へ修行に出るのも、数が少ない故に「歳の近い他者との心のふれあい」を経験させると言う意味合いが強いと言うこと。

そして時折、神であるMZDがやっている特異な仕事…つまり、世界の基本的な構成要素に対する様々な調整作業の手伝いをしているということ。


「まぁ…兎に角何時も何してるのかは大体解ったけど…流石に今日は何もないんでしょ?」
「ええ、そうなりますねぇ」
他人事のようにさらりと返すポエット。

事実彼女は、かごめや紗苗が一体何に対して懸念を抱いているのかほとんど理解していないようである。
かごめたちにしてみれば、いくら見た目よりしっかりしているとはいえ…年端もいかぬ、まして今の会話からも窺える少し世間知らずな性格のこの少女を、単独で放ったらかしには出来ないというところか。

「一応あたしお昼近くまでいるつもりだけど…かごめちゃん帰ってくるまでは待てないかなぁ…」
うーん…と難しい顔で考え込んでしまうかごめと紗苗。
ここまできて、ようやくポエットも彼女らの考えを少し察したようである。
「え、でも、私お留守番くらいなら」
「それもなんかね…そうださな姉、どうせさして寄り道にもならないでしょ? 行きがけに学校へ連れてきてくれない?」
「別に構わないけど…どうする気よ?」
「さな姉ばっか遊びに行くのはずるい。んでもって楽奏学園の制服なんて放課後には繁華街に溢れてる。と言うことで」
くるくると表情を変えながら、大仰なジェスチャーで己の考えを得意げに述べるかごめ。
「あー不良だー不良がいるー。どうせ学校すぐそこなんだから一度帰ってきなよー、どうせ寄り道にもならないでしょ?」
「…そりゃそうだけどさ。それじゃあさな姉はどうすんのよ。結局あたしが帰るまでポエットひとりじゃないのさ」
茶化したようにたしなめる紗苗に、少なからずむっとした表情で返すかごめ。
「あたしも少し予定を変えるよ。リエちゃんも今日は仕事休みにしたからヒマって言ってたし、家に来て貰ってかごめちゃん帰ってくるまでお茶してることにするわ」
「…緑茶もしくはほうじ茶で?」
「あと昨日買って来たカステラもありますので♪」
「いや…それでいいんだったらあたしには異論ござんせんですがね」
「じゃあ決まりね」
二人の息の合ったハイペースの会話についていけないのか、ポエットは箸を動かすのを忘れてぽかんとそれを見つめていた。


結局、この日の予定は紗苗の提案通り、紗苗は待ち合わせの友達に家に来てもらうこととし、かごめが学校終わり次第速攻で帰ってくる手はずで話はまとまった。



楽奏街。
都心からさして離れていない、ベッドタウンと学生街を兼ねるそこそこ大きな街である。

楽奏の駅は4つの国鉄・私鉄路線が合流する中継点であり、駅前はそこそこ発展している。
巨大なデパートがあるわけでもないが、商店街には専門店やプレイスポットも豊富で、郊外に来ればレジャー施設も多い。
その住宅街の一角にかごめたちが暮らす天草寺、その裏手には街を象徴する小学校〜大学までの一貫教育校である楽奏学園の小・中・高等部がある。

また、駅近くにはT.E.P.の事務所やスタジオなども存在し、この街の造成に関ったMZDの「お膝元」ともいえる街でもある。


かごめの通う楽奏学園高等部にも、普通科の他に芸能科、美術科が存在する。
しかし芸能科は生徒の絶対数が少なく、実際は普通科の生徒に混ざって同じクラスで授業を受けている。

かごめもそんな芸能科に属する生徒の一人である。
彼女と同年代では、恐らく唯一の…いや、ここ数年、芸能科に入った生徒はかごめか、その数年前に卒業した紗苗たち数人。
その数人は、現在T.E.P.の主力アーティストである「自称妖精王子」タイマー、そのプロデューサーで「アイス」こと氷室大介、日本を代表する女性マルチタレント「ポッパーズ」の右寺亜美(ニャミ)と脇田由美(ミミ)など、錚々たるメンバーである。

当然ながら藤野紗苗もまた、「Sana」の名で知られる、日本を代表する女性シンガーソングライターとして名を馳せる存在だ。


いうなれば「楽奏学園高等部芸能科」とは、「トップスターの登竜門」とも言える狭き門。
近年の入学者が、若干十二歳でデビューを果たした「詩姫」歌枕(藤野)かごめしかいないというのであれば、むしろ周囲も納得するしかなかったという具合である。


それはさておき。


「あー、藤野さんおはよー。昨日の仕事どうだったー?」
かごめの姿を見つけたクラスメート数人がぱたぱたと駆け寄ってくる。
かごめもは普段と変わらぬ調子で挨拶を返して続けた。
「ん、まぁ何時も通りだよ」
うーん私もいきたかったー、駄目よ結局チケットなんて手に入らなかったじゃん、と少女達の喧騒が生まれる。
かごめの独演会は同じT.E.P.所属のタイマーや紗苗のコンサートに匹敵するくらい、チケットがとりづらいことで有名なのだ。何しろかごめ自身、友達にせがまれて一度だけ「出演者権限」と称してチケットを取ろうとしたものの、それこそ言った瞬間には既にチケットが売り切れていたという状態である。
一説には、それこそ半年以上前から予約で満杯になっているという噂すらある。まぁ、演目の性質上、あまり多くの観客を動員できないという理由もあるのだが…。
「今度また詩集出すんでしょ? ね、何時頃出るの?」
「んー…それはねー…」
クラスメートも慣れたもので、今では彼女を特別視することもなく、ごく自然にこういう会話をするようになった。
二ヶ月ほど前の高等部編入直後などは、それこそかごめの詩集を買い漁っているファンも少なからずいたため、暫くの間は大騒ぎだったのだが…この裏には、かごめが最も嫌うこうした状況を解決してくれた二人の人物の存在も大きかった。

「かごめさんっ」
クラスメートと流行のことを話しながらたどり着いた昇降口で不意に声をかけられ、そちらの方向を振り向くと、腕章とつけた一人の少女の姿があった。
腕章には「楽奏高等部風紀委員」の文字。
襟にかからない程度の髪をうなじ辺りで二つに括り、前髪を頭の両サイドのヘアピンで留めた、ちょっと地味な印象のある真面目そうな少女だ。
「あ、委員長だーおはよー」
クラスメートの一人がそういって、その少女と挨拶を交し合う。
「おはよ、さゆ。もしかして今日当番なの?」
「うん。今日から週末またいで三日間」
ほかの少女達から「委員長」、そしてかごめから「さゆ」と呼ばれたその少女は、はにかんだ感じの笑顔でそう答える。


彼女の名は熊野佐祐理。

「さゆ」というのは彼女の愛称であり、クラス委員長を務めていることから「委員長」と呼ばれる。
地方の豪農の娘であり、社会勉強もかねて中学の頃から学園の学生寮で暮らしている。

やや引っ込み思案ながらも、気立てが良くて裏表のない素直な性格の持ち主で、そのくせ芯もしっかりしておりわりとなんでもそつなくこなすため周りから頼りにされる才媛である。クラス委員や、それが基本単位となる生徒会の風紀委員には、うってつけの人材であった。

かごめとは中等部からの付き合いで、元々波長が合ったのかすぐに意気投合し、幼馴染らしい幼馴染のいないかごめにとって最も古い「友達」と呼べる存在でもある。


「…そうだ、さゆ、今日午後予定とかある?」
「…え?ううん、ないけど…」
まだ風紀委員の朝活動がある佐祐理との別れ際、思わぬ一言に佐祐理は面食らった格好になった。
かごめの仕事は週末にスケジュールが組まれていることが多く、かごめのほうからそういう話題を振って来ることは極端に少ない…いや、もしかしたら、これが初めてだったかも知れない。
普段であれば、佐祐理の方が帰り際に同じ質問をして、仕事のあるかごめが謝るのをがっかりするように見送るというのが常だったからだ。
「じゃあさ、ちょっと付き合わない? 残念ながら二人きりじゃないけど」
冗談めかした口調で、意味ありげに提案するかごめの言葉に、更に呆気に取られた格好になる佐祐理。
たっぷりそのまま三秒硬直して、
「う、うんっ、私は全然大丈夫っ」
「そ、よかった」
内心の喜びを抑えきれず、戸惑いながらもちょっと興奮した様子の彼女に、かごめは満足そうに微笑んだ。


土曜の授業。
私立に近いポジションにある楽奏学園は、世間の週休二日当たり前のスケジュールとは違い、昔ながらに土曜にも授業が二コマ分存在する。
生徒の多くもやはり気だるさを覚えているものも多いが、その分平日の授業は日によって一コマ少ないから不平を言うものはほとんどいない。
むしろ気軽に集まって遊びにいくきっかけが出来ることで、土曜の授業を歓迎している生徒がいるくらいである。楽奏学園ではその基本的な校則さえ遵守できれば、下校途中に寄り道をしても教師達から強く咎められることはない事も大きかった。

そんなわけでほとんどの生徒は授業なんて上の空。
かごめもそうした面子の一人であったが、成績そのものは中等部の頃から学年でも常にトップクラスにいる。
特に文系学科は他に並ぶ者がない程で、教師からは「そっぽむきの才媛」などと揶揄されることもあった。

だがこの日のかごめは珍しく、教室の前のほう…教壇のほうを眺めている。

いや、実は正確には黒板の上に鎮座した時計の針しか見ていないのだが…。


「お、藤野がキチンと前を観てるとは珍しいな」
あまりに珍しい出来事に、その教師が茶化したようにそんなコトを言った。


しかし「珍しい」というなら、この教師…かごめのクラス担任でもある英語教師・佐藤修もそうだろう。

茶髪は自前なのだそうだが、性格的には「いち教師」というにややぶっ飛んでいるところのある人物である。
いわゆる「熱血系」の兄貴分的存在で、多くの生徒から慕われているが、若い頃はかなり無茶やってたらしくて、現在でも結構裏では無茶やってるというウワサも絶えない。

で、ついたあだ名は「デンジャラス・ティーチャー」。これに彼の名前「修(おさむ)」をつけ、略して「DTO」などと言うヤツもいる。
当人は「この“D”は“ダイナミック”のDだ」と言って憚らないが、別にそちら(デンジャラス)も否定しているわけではないようである。


「どーしたぁ、何時も耳を向けてるだけで済ませる才媛サマが、今日に限って黒板に興味をお持ちかな?」
「そーですねぇ…たまには、先生の書かれる趣ある文字を眺めるのも、一興かと思いましてねぇ」
「お〜、言ってくれるじゃねぇか」
イタズラ小僧の笑みでさらなる皮肉をぶつける修に、しれっと返すかごめ。
そのやり取りを観ていたクラスメートから笑いが起こる。
彼の書く字はかなりクセがあって読みづらいので有名だった。前のほうの席では、佐祐理やその他のクラスメート…所謂「優等生」連中が必死になってその解読を試みている。


かごめはこの教師が嫌いではない…いや、むしろ「頼りになる身近な大人」として、純粋に好意を持っている。

入学当初の「“歌枕かごめ”に対する特別視」も、この教師がそれとなく笑いに紛れさせ、少しずつ「藤野かごめ」というごく普通の少女がいるべき場所を、このクラスの中に作り上げてくれたからだ。

最大の理解者であり、数少ない「家族」である紗苗。

身近な「親友」である佐祐理。

クラスに居場所を作ってくれた気さくな教師・修。


いずれが欠けても、今のかごめは存在し得なかったろう。


「…なら、ついでにこの構文、訳してもらおうか?
ちょっとした余興だ、みんなも考えてみろ」
言いながら、修はなにやらチョークを走らせる。
書き終るとともに、自分も確かめようとクラスメート達が辞書を引っ張り出すのを尻目に、かごめはおもむろに立ち上がり、
「私は…いや、"俺は死ぬまで詩を謳い、戦場を駆け巡るのだ"…でしょ? そんなネタが解るの、あたしくらいですよ?」
と、あっさりと言い切った。修が書き終えてその間約五秒弱。
一部から感歎のどよめきが上がる。

しかし実はこの元ネタ、知る人ぞ知る「三国志」マニアのかごめが、それこそ愛読書のように読み耽っていた漫画にあるセリフなのである。
実は修とは、こういう趣味を共有する「同類」としても、意気投合しているのだ。

「流石。解るヤツがいてくれて先生嬉しいぞ〜」
こんなのを授業にいきなり持ち出してくる修もかなりアレだが…佐祐理に言わせれば「それが即座に解るかごめさんも相当ヘン」ということになるらしい。

失敬な話だ、ともかごめは思うが、否定は出来ないらしい。

かごめの部屋の本棚には、自分の出した詩集以外に、年頃の少女達が愛読するようなライトノベルや少女漫画の類は一切ない…その代わり「正史三国志」「後漢書」「史記」「晋書」「華陽国志」などといった三国志関連の歴史書や、あるいは三国志関連の漫画で埋め尽くされている。


そんなこんなのうちに、授業の終わりを示すチャイムが鳴り響いた。


「…天使の…女の子?」
てっきり同行者が紗苗と思い込んでいた佐祐理は、不思議そうにそう呟く。
「うん。うちの総大将がホワイトランドの天使の総元締めだからって、よりにもよってその見習い同居人としてうちを選んでくれたという話」
大仰な仕草で肩を竦めるかごめ。
しかし、口調とは裏腹に、それほど迷惑している風はないように佐祐理は思えていた。
いや、むしろ、まったく逆の印象を受けていたに違いない。
「ふ〜ん…でも、確かホワイトランドの天使って、今子供はひとりしか居ないはずでしょ?
…えぇっと、確かこの間のポップンパーティーに居た娘だけだって」
「ご名答…そいつだよ、うちの居候」
「えぇー!」
コレと解るくらいに大声で驚く佐祐理に、周囲の目も集まる。
あ、と気づいた彼女も慌てて口をふさいだ。
「…でも、どうしてまた?」
「その辺ちょっと紆余曲折があってね…まぁ、テレビに映るだけが総てじゃないってコト」
「ふーん…」
納得したのかしてないのか、中途半端な返事を返す佐祐理。
「なんにせようちに新しい家族が増えたし、折角だからさゆにも紹介しておこうと思ってさ」
「…そういってくれるの、嬉しいな」
少し照れくさそうにそういうと、でも、と付け加え、
「なんかかごめさんが、いちばん嬉しそうに見えるよ」
佐祐理が言う。

その笑顔は普段のままに見えたが、かごめは一瞬、彼女が少し寂しそうな顔をしたような錯覚を覚えていた。