正午よりもやや早い下校の時間。
「じゃあかごめさん、またあとで」
「うん。集合はあたしん家で」
佐祐理が住んでいる寮へ着替えに帰るのを見送り、かごめもさして離れてはいない家路を急ぐ。
高等部の校門とはまるで逆方向、普段は滅多に通らない後者裏の森を抜ければ、通学路を通る半分の時間で天草寺の背後へと到達する。
紗苗も学生時代、遅刻間際によく利用していたという近道である。孫次郎存命時は散歩道として時折手入れがなされていたが…。
「うーん…たまにはここも整備しておかなきゃなぁ…」
完全な獣道となれ果て、ひざまで伸び放題になった草の中を駆けながら、かごめはそう呟いた。
その顔は、少し困った感じではあったが…子供のように屈託のない笑顔だった。
「天使の羽詩」
第三話 陽だまりの街の中で
「あらお帰り、早かったじゃない」
境内の裏手からぐるりと母屋へ回りこむと、縁側に三人の女性とひとりの少女が腰掛けていた。
女性のひとりは紗苗、少女はポエット。
「あれさなちゃん、あの裏道ってまだ生きてるの?」
女性の一人…濃茶のウェーブのかかったロングヘアをアップに束ね、クリーム色のトレーナーにジーンズというラフな服装…が、悪戯っぽく笑いながら問いかける。
「んや、六兄さんが帰ってるとやってくれるんだけどね…もう半年くらい音沙汰ないからねぇ…」
「あー…もうそんなに経つのねぇ。さなちゃんとリエちゃんと六さんで飲み比べしてから。
あのときは傑作だったわぁ〜、酔っ払ったリエちゃんが六さんの着物の帯を引っ張って無理やりお殿様ゴッコしようとしてね〜」
もう一人の女性…金髪のセミロングに碧眼、白基調の水玉入りワンピースを身にまとった、お嬢様然としたほうが、穏やかな口調で相槌を打つ。
それを聞いて髪をアップに束ねた女性が顔色を変える。
「ちょ、なんでそんなこと覚えてるのよベル!」
「だって傑作だったもん〜、写真もあるよ〜」
「だぁぁ!そんなの出すなー!」
「…というか一番呑んだはずのベルが最後までけろっとしてたしね…」
きゃいきゃいとかしましく騒ぐ女性三人の中に、そのペースについていけないのかポエットはきょとんとした顔でその様子を眺めている。この様子を見ると、かごめが学校にいっている間にどうなってたかくらいは、容易に想像がついた。
濃茶の髪の女性は新谷理恵子。
紗苗とは高校時代からの親友同士で、卒業の翌年に服飾専門学校仲間と立ち上げたブランド「Girly★Candy」の総元締めである。
天性ともいえるファッションセンスとデザインセンスを兼ね備え、紗苗経由で第一回のポップンパーティのドレスコーディネーターとして招かれ、頭角を顕した彼女はその数年で自身のブランドを年商数億を稼ぎ出すまでに成長させた。
だが当人はわりあい飄々とした性格の持ち主で、かつ名誉金銭にあまり頓着がない点はかごめにも少し似ている。その性格ゆえにフイにした仕事も数知れずで、良くも悪しくも服飾業界きっての自由人である。
金髪のほうはベル=ローラン。
紗苗が在籍する大学に通うフランス出身の留学生である。
おっとりした性格の持ち主で、日本語も当初は不得意だったが、紗苗やその伝手で出会った理恵子と付き合ううちに、今では日常生活に支障がないレベルまで習熟している。
読書、特に歴史モノ小説を読むのが趣味であり、古本屋のバイトをしながら日本の生活を満喫しているようである。
同い年の三人はかごめの影響により、この年の春にわざわざ桃の産地を訪ね、「桃園の誓い」を実行に移したほどの仲だ。
それぞれ丁度誕生日が一ヶ月ほどずれており、生まれた順で紗苗が長姉、理恵子が次姉、ベルが末妹ということになっているらしい。
「…というか真昼間から美人どころが雁首揃えて何やってんのよ」
呆れたように呟くかごめ。
半分嫌味ではあったが、かごめから見てもこの三人は黙ってさえいれば中々の美人である。
ベルはおっとりした性格さえ気にならなければ確かにお嬢様然としているが、後の二人は口を開くとイメージギャップが非常に激しい。
特に理恵子はこう見えてもかなりの大酒呑みで、しかも酔い方も性質が悪いという欠点の持ち主だ。ベルが語ったエピソードも、そのことを言っている。
ただしこのエピソードを聞く限り、ベルもまたとんでもない大ザルである様だが…。
「だってかごめちゃんが帰ってくるのを待たなきゃ出かけられないでしょー?」
「そりゃあそうだけど」
口振りの割に随分暇つぶしを満喫していたようにかごめには見えたが…まぁ実際そうだったのだろう。
待ち人が帰ってきたので、紗苗は出していた茶碗や茶菓子の類をそそくさと片付け始める。
「あ、私も手伝います」
それを追ってポエット、そして理恵子とベルも自分に宛がわれた茶碗をもって奥へと入っていく。
一見、ごくありふれた休日の日常。
しかし、かごめはどこか違和感を感じていた。
巧くは言えずにいたが…それは決して不快なものではないことだけは確かだった。
「さて…あたしも着替えるかね」
誰に言うともなく、かごめもそのまま縁側から家の中へと入っていった。
紗苗たち三人が慌しく出かけていって、かごめとポエットは出かける支度を整えて居間に下りていた。
かごめは黒のノースリーブの上にデニムのベストを羽織り、ソフトジーンズという動きやすそうな格好。
ポエットは…恐らく理恵子が選んでくれたのであろうが…かごめが幼い時分に着ていたことのある薄いピンクのワンピースの上に、オレンジ色で薄手のカーディガンを羽織っている。
予定ではこれから出かけるとは解っていたポエットであったが、かごめは「ああ、まだいいの」と彼女に座るよう促し、その意図がつかめないままちゃぶ台の対面に座る。
「さーて、もうそろそろだと思うんだけどな」
「え?」
きょとんとした顔のポエットに、かごめは「…ああ」と思い出したように言う。
「言うの忘れてたっけ。今日はあたしのクラスメートも一緒なんだ」
「はぁ」
「何時もはあたし、誘われても断りっ放しだったしね。たまには一緒に遊びにいこうと思ってさ」
少し寂しそうな表情で笑うかごめ。
ポエットには、その理由が少し解った気がした。
高校生になったばかりとはいえ、かごめは芸能活動をしている。
クラスに親しい友達がいたとしても、週末の学校がない時間を芸能活動に充ててるとすれば…恐らくは、こうして遊びに行く機会もほとんどないだろう。
「…なんか…ポエをだしにしたみたいで、ごめんね」
「い、いえ、そんなこと…!
でも…折角のお休みなのに…私まで…」
かえって申し訳ない気持ちになる。
かごめは、ふっ、と笑うと、その額を軽く突っついた。
「えうっ!?」
「…あたしはね、あんたとも一緒に行きたいの。なんか文句あるの?」
その表情は、笑顔だった。
そんなやり取りをしているうちに、玄関の呼び鈴がひとつ鳴った。
「ごめんくださーい」
それから一拍置いて、佐祐理の声がする。
「…さて、それじゃあ行くわよ」
かごめはポエットを伴って、部屋を後にした。
「ごめんね、少し遅かったかな?」
玄関にははにかんだ表情の佐祐理。
学校指定ではない、割と大柄のジャージを羽織り、暗い色のスカートに紺のタイツと革靴。
「…相変わらずレトロなファッションセンスしてるわねー…何時の時代の女子高生だよあんた」
苦笑するかごめ。
「え…ヘン、かな?
普段どおりのほうがいいかな、と思ったんだけど…」
困ったような表情の佐祐理と笑うかごめ。
やはりそのペースについていけないのかポエットはきょとんとした顔でその様子を眺めていた。
三人は郊外の住宅地を繁華街へと向かって歩く。
天草寺から駅前の繁華街まではそこそこ距離があり、学校前で路線バスに乗ればそれほど時間はかからなかったが…かごめの意向であえて歩いていくことになった。
互いをよく知らない佐祐理とポエットが互いに自己紹介し、その後は取り留めのないお決まりの日常会話。
傍から見るぶんには、何の変哲もないようなありふれた情景だが…芸能界という特異な環境で過ごすことも多いかごめにとっては、そうした「なんでもないようなこと」すら特別な時間でもある。
やがて商店街に着くと、表通りからひとつ外れた路地にある喫茶店へと足を運ぶ。
佐祐理がクラスの事情通から聞いた、オススメの店ということだった。
小奇麗で落ち着いた雰囲気の店内、その一角に案内され腰を落ち着ける三人。
「へぇ…こんなところがあったんだねぇ」
周囲を見回しながら、かごめがいう。
普段は仕事の関係で、繁華街といってもかごめが知っている場所はそう多くはない。作品のイメージを膨らませるために外を出歩くこともあるが、人の多い繁華街よりは静かな郊外をふらふらと当てもなく歩くことのほうが多かった。
「私も来るのは初めてなんだけどね」
「そうなの?」
「うん。なかなかそんな機会もなかったからね」
はにかんだように笑う佐祐理。
佐祐理も友達づきあいの悪いほうではなかったが、寮の掃除当番やら風紀委員の役目やらなにやらで、放課後にあまり出歩くことは少ない。たまにクラスメートに誘われても、大通りのファーストフード店などで食事を済ませることが常だった。
この店にしても、初めはファーストフード店に行こうとしたかごめをあえて引き止め、佐祐理が提案した場所である。
取り留めのない会話の中で、かごめは何時しか違和感を感じ始めていた。
全く会話が成立していないわけじゃないし、初めは恐る恐るという感じで会話に参加していたポエットも、少しずつスムーズに話題に入っていけるようになっている。
(…なんだろ)
楽しくないわけではなかった。
(…さゆ…)
けど、彼女にはどうしてもその違和感が拭いきれない。
(…なんで、あんな寂しそうな顔してるんだろ…)
目の前のクラスメートが、何処か寂しげな表情を、時折覗かせているような気が、かごめにはしていた。
運ばれてきたランチの味も、かごめには何かすごく味気ないもののような気がしていた。
食事を済ませての商店街。
見るもの総てが珍しいものに見えて仕方ないポエットは、ふたりのはるか先をはしゃぎながら歩いている。
かごめと佐祐理は、店を出てから会話らしい会話をしていない。
一昔前の少年漫画のキャラクターみたいに、ただ居るだけで心が満たされている、とか、そういうものではないことは、お互いに解っていただろう。
お互いに、何かこれを打破するようなきっかけを欲していたのはいうまでもない。
居た堪れなくなったかごめが口を開こうとするのと、それは同時だった。
「わぁー」
その声のするほうを振り向くと、満面の笑みで一心に何かを眺めているポエット。
きちんと手入れされ、その姿を競い合わせるように咲き乱れるたくさんの花。
生き生きとその姿を主張する観葉植物。
そしてポエットの視線の先にあったのは、丁寧に作りこまれたリース。
看板には「片岡園芸店」とある。
そういうものにさして興味のないかごめや佐祐理は普段買い物に来ても、普段は通り過ぎる場所ではあったが…かごめは店の名前にだけは見覚えがあった。かごめの所属する事務所で各種イベントの時に飾られる花飾りを用意してくれる店の名前だ。
「これ…手作りかしら」
そのひとつを、大事そうに手に取る佐祐理。
素朴なつくりで派手さはなかったが、これを作った人間の心がこもっていることがかごめにも解った。
「どう?気に入った?」
その声の主…店の店主というには、あまりにも若い。
見たところ、かごめたちと歳はそれほど変わらないように見えるショートカットの少女は、人懐っこそうな笑顔で微笑みかける。
「…これは…あなたが?」
「ええ。最初は売り物の余りの再利用だったんだけど、意外と評判がよくってね」
ポエットが差し出したリースを見て、少女は得意そうに微笑む。
「おーい葉菜ぁ、お客さん相手に何を無駄口はたいてんのさー」
奥からもう一人女性が姿を見せる。綺麗に染め上げた金髪のロングヘアを無造作に束ねた若い女性。この女性も少女と同じエプロンを身につけている辺り、この人物が店主なのだろう。
「いいじゃないの母さん。こういうコミュニケーションだって、接客業では大切なんだから」
「そりゃそうだけどさ」
奥から持ってきた売り物らしき棕櫚の苗を置くと、女性はカウンターの椅子にどっかりと腰を下ろす。
「え…じゃあお二人はご家族なんですか?」
「ええ、あたしは片岡葉菜。そしてあれがこの店の店主で母さんの華子」
不思議そうな表情のポエットに、葉菜と名乗った少女はその店主を指差して答える。
「片岡…?もしかして二年の片岡先輩?」
佐祐理が何か思い出したように呟く。
「…知ってる人?」
「ううん、聞いたことがあるの。うちの学園で中等部時代、助っ人でありながら当時中堅どころだった陸上部を全国大会へ導いた天才スプリンターの話。卒業間際に高等部の陸上部からかなりの好条件で勧誘を受けてたんだけど何故かそれを突っぱねて、何度も助っ人頼まれても全部断り続けてるって…」
「あれ、もしかしてあたしって有名人?」
どうやらその張本人であるらしい葉菜は、少し困ったような顔で笑う。
「この娘割と強情だからねー、部活に参加しないのもうちの手伝いのほうが楽しいからって言うのさ。親のあたしが言うのもなんだけど、変わった娘だよ。有名になるのが嫌みたいなんだよね」
苦笑する華子。
「いいんだよー、あたしはフラワーコーディネートのほうが好きなんだもん」
「…あたしも、合ってると思う」
そのとき、話題の端から離れていたかごめが、ポツリと呟くように言った。
それまで沈黙を守っていた少女がいきなり声を発したので、周囲の注目を一身に集めてしまう。しかしかごめはあまり気にした風じゃないようだ。
「あたし、いつもステージ上の花飾りを見てると、思うんだ。
これを作ったひとって、本当にそういうのが大好きでやってるんだなぁ、って。
これを見て思ったけど、ああいうのを作ってるのも、えっと…葉菜さん、なんだよね…」
リースを愛おしそうに見つめながら独白するかごめの姿は、まるでひとつの絵のように思えた。
思わずそれに見とれてしまった葉菜は、自分のへの問いかけだと理解するのに時間を置いてしまう。
「え、ええ…届け物の花飾りの基本はあたしやってる…」
「すごく心がこもってて、あたしは好き」
「う、うん…ありがとう」
その衒いのない自然な笑顔と素直な言葉に、かえって葉菜のほうが緊張した様子だ。
この時点で、葉菜は知る由もなかったろうが、それを遠目で眺めていた華子は何か気づいた様子だ。
それを知ってか知らずか。
「これ、小さいのもあるんだよね。
折角だし、皆でおそろいとは言わないけど…皆で一緒に鞄につけて、とかやってみない?」
そう提案した。
そこでこのとき改めて、佐祐理はあることに気づく。
(かごめさん…)
彼女は、最初は気づくべくもなかったが…自分の中にあった不可解な寂しさの正体は、きっとポエットに対する「やきもち」のようなものだったんだろうということを、このときになって理解したのかもしれない。
自分のほうが何年も前からの付き合いで、それこそ最初のうちなんて互いにぎこちないものだった。
ある事件があって、それから二人の距離はかなり縮まり、今の関係にまでなってきたのだ。
しかしポエットは…例え以前に面識はあったといえど、それでもかごめと自分との付き合いの長さから比べればはるかに短い。
それが、商店街に向かう道中の二人のやり取り…いや、それよりも前、遊びに誘ってきたかごめの生き生きとした表情を見たときから、自分とかごめの関係をあっさり否定されたように思えて、それが寂しいのと僅かながら不快でもあったのだろう。
(昨日今日に知り合ったクセに、馴れ馴れしい)くらいは漠然と思っていただろう。しかし、彼女は喜ぶかごめを悲しませたくないから、必死にその感情を否定して…それがえぐみになって余計に彼女の気持ちを沈めていたのだ。
だが、かごめは多分、なんとなくそういう空気を感じ取って、なんとかそれを解きほぐそうと、ずっと言葉ときっかけを探していたのだろう。
(皆で、おそろい、って)
そう言われて、無性に嬉しかった。
それはきっと、ポエットも同じなのだろう。先ほどまで自分を見つめていた不安そうな瞳が、期待に満ちているように見えた。
気づけば、先刻の喫茶店でも、ポエットが自分を見るときに不安そうな目でこちらを見ていた。
佐祐理もそれが同様に、ポエットの側にもそういう感情があったのではないか?と思い込んでいたが、それが誤解であることに気づいた。
(…なぁんだ)
きっとポエットも不安だったのだろう。
かごめが自分にかかりきりで、そのせいで佐祐理をのけ者にしているのではないか、と。
自分が、佐祐理に嫌われてしまっているのではないか、と。
そう思えたら、彼女の心はふっと軽くなって…むしろ、そんなやきもちを妬いてしまっていた自分が、無性におかしくなってきた。
そこからどうすればいいかは、簡単なことだった。
「…うん、そうだね!私とかごめさんとポエットちゃん、皆で一緒に!」
応えた笑顔は、きっとこの日いちばんの笑顔だったかも知れない。
「これでよしっ」
「わぁ…結構いい感じじゃない。私たちもつけるの楽しみ〜」
昨日今日転がり込んできて無一文に近いポエットの分は、遠慮する彼女に構わず、かごめと佐祐理で折半して支払い、そのポシェットの端に無理やり括りつける。
困ったような顔をしていたポエットだったが、実行犯の二人が笑顔でいることに安心したのか、最後には自然と笑顔に戻っていた。
そして店を離れる際。
「ねぇ!」
葉菜に呼び止められて振り返る三人。
「さっきから気になったんだけど、あなた達って親友なの?」
思いもよらぬ一言に、三人は顔を見合わせる。
「ん…えっと…」
「何ていったら…いいのかなぁ」
気恥ずかしそうに互いに目を逸らし、口ごもってしまうかごめと佐祐理。
確かに二人はクラスメートだし、付き合いもそれなりに長い。友達とはいえるだろうが、親友とまで呼べるかといわれると解らない。
それにポエットは、かごめとも面識はあるものの実際の付き合いの期間は短いし、まして今日会ったばかりのポエットと佐祐理は…そのわだかまりのような物がなくなったといえ、親友とまで言っていいのか…。
そんなふたりの手が、不意に引き寄せられる。
その視線の先には。
「違うとしたら、多分これからそうなると思いますっ」
ふたりの真ん中でにっこりと微笑むポエット。
その言葉に後押しされるように。
「そういう応え方も、あるわね」
「ええ」
ふたりも笑顔で、そう応える。
「なるほどね」
葉菜も納得した様子だった。
「いい雰囲気の子達よね」
店に戻った葉菜がぽつりとそういう。
しかし聞いているのかいないのか、華子は難しい顔をしていた。
「…どうかしたの?」
「いや…あの黒の跳ねた髪の娘、何処かで…あ!」
訝る娘も気にせず、思わず大声を上げてしまう華子。
「思い出した、あの娘確か歌枕かごめだ!T.E.Pお抱え作詞家兼詩人の!」
「あれ母さん、今頃気づいた?」
「…え?」
にべもない娘の一言に、固まってしまう華子。
「あたしも最初思い出せなかったけど、あのおさげの娘、うちの学校の風紀委員の一年生だよ。
確か歌枕かごめと同じクラスで、仲はいいってクラスメートから聞いたことがあって」
「というか全ッ然イメージと違うし驚いたわ…てか葉菜、気づいてたなら教えてくれてもいいんじゃない?」
「うーん」
不機嫌そうな顔の母親に対して、葉菜は少し困ったように、
「でも、なんか無駄に騒ぎ立てたら、折角いい雰囲気になってたのがダメになりそうな気がして…ね」
と括った。
それもそうか、と華子が頷き、再び仕出しのために奥へ引っ込んでいった。
葉菜もそれにならってその場を離れようとしたそのとき。
「あれ…?」
足元に何か落ちていることに気づいた。
彼女は物陰に入りかけていたそれを拾い上げる。
「…ラッパ?こんなものがどうして?」
何時から落ちていたのだろうか。
先ほど掃除していたときには見なかったはず…ならば先刻いたかごめたちの落し物だろうか。
(でも、こんなのが落っこちれば、音で気づくはずよねぇ…?)
葉菜は首をかしげながら、それでももしかしたら、と思い、メモ用紙に「落し物」と書いてレジの脇に鎮座させた。