「どうしよう…どうしよう…!」
今にも泣き出しそうな、不安と焦燥に満ちた表情のポエットを先頭に、かごめと佐祐理も足早にその後に続く。
「というか何時落としたのよ! というかどうしてそんなもの…」
「落ち着いてかごめさん…兎に角、来た道をたどっていこうよ」
三人の視線は一様に地面…正確に言えば、モノの隙間や物陰に集中している。

その姿は傍から見ても、何か失くし物をして探している、ということが解るだろう。


「でも不思議だわ…ラッパなんて落ちれば、絶対に何か音がするはずよ…
大きな音が周りで鳴っていればともかく、そんな場所に行った覚えもないし…」
困ったような表情のまま、顔を上げて一度伸びをする佐祐理。
長く下のほうばかり眺めていたせいで、上半身に随分負担がかかってしまった様子だ。


余談だが、彼女は着痩せするタイプであり、クラスの女子の中でもっとも胸のサイズが大きい。
大き目のジャージを着ているせいで解りづらいものの、実際は彼女の身長にあったサイズのものでは合わないので、わざとふたまわりも大きいサイズのものを着ているのである。
それが前かがみになって歩いているのだから、実際の負担は周囲が考える以上に大きいのだろう。


「何しろ天使が持ってるようなシロモノだし、あたしらの理解なんて軽く超えてるんでしょ!かえって厄介だわ本当!」
こちらは少々呆れ顔のかごめ。
しかしこれも表面上のことであることは、表情を良く見れば解る。
当人は茶化してるつもりかも知れないが、口元がそういうに不自然なくらい引きつっている。

そんなやりとりも気にかけている余裕もないポエットの瞳から、次第に涙がぽろぽろと零れだす。
「どうしよう…どうしよう…母様から…もらった…たいせつ、な」
そしてついにその場にへたり込んでしまった。
「…ポエット…」
「わぁぁぁん!どうしよぉー!」
日もすっかり落ち、すっかり人通りのなくなった通りの一角で、ついにポエットは大声で泣き出してしまっていた。



「天使の羽詩」
第四話 たいせつなおとしもの





ことの起こりは夕方。
花屋を出てから、その後本屋、雑貨店、デザートパーラーというにはあまりにも古風な甘味処などをハシゴし、アーケードの一角にあるゲームコーナーで音楽ゲームに興じてみたり…三人の時間を満喫しつくしていた。

楽しかった時間は飛ぶように過ぎ、やがて日も落ちるような時間になり、別れ際に改めてゆっくり話をしようと三人は郊外の公園へ立ち寄っていた。
そこでベンチに、真ん中にポエットを挟んで色々話すうちに、話題はそれぞれの話になった。
どちらの事情にもそれなりに通じているかごめはともかく、ポエットと佐祐理は…その間にようやくわだかまりがなくなったとはいえ、互いに知らない部分も多かった。

「…それでね、夏になると、何時も近所の子たちを連れて川に泳ぎにいったり、山で虫や山菜を取ったりしてね…」
「へぇぇ…私も行ってみたいなぁ…」
佐祐理の故郷…北陸の豊かな自然を想像して目を輝かせるポエット。
「そうね…だったら、今度の夏に遊びに来て見る?」
「いいんですか!?」
「ちょ…あたしもすごく行きたいんだけど…仕事が…」
大げさに寂しそうな表情を作るかごめに、二人も大声で笑っていた。

そして、話題はポエットの日常の話から、彼女の身分証明書であるラッパの話に行き着いたわけだが…。
「で…そのラッパが…あ、あれっ!?」
ポシェットをまさぐっても、あるべきものの感触がない。
見る見るうちにその顔から血の気が引いていく。

「そんな…うそ…っ!」

「あ、ちょっと…ポエット!」
慌てて来た道を駆け戻ろうとするポエットの腕をつかむかごめ。
「離してっ!あれがないと私っ…わたしっ!」
「落ち着けっ!」
かごめに両肩を掴まれて強い語調で言われ、びくっと身体を振るわせるポエット。
「闇雲に探したってダメ…
先ずは思い出すの!自分が通ってきた場所を…何処で何をしたかを」
「で…でもっ」
「かごめさんの言う通りよ。
それにひとりで探せる範囲も限度がある。私も探すの手伝うから、落ち着いて」
その頭をそっと撫でながら、佐祐理はそう諭した。
「そういうこと。まぁあたしはあんたがいなくなっちゃ、帰るに帰れないしね」
「は…はい」
こうして三人は、暗くなり始めた通りを引き返していった。



「大丈夫…まだ大丈夫だから…
もし閉まっちゃったお店に落ちていても、また明日探しに来ることだって」
泣きじゃくるポエットをなだめるように、佐祐理はそう言い聞かせようとするが…。
「いや、多分ダメなんだ。
以前聴いた記憶が確かなら、一日でも手元から離れていれば、あのラッパはその力を失ってただのラッパになっちゃうんだ。
それは、ポエット自身が天使でなくなってしまうことを意味する」
「…そんな…!」
佐祐理の表情も色を失う。

そのことは、ポエットの様子を見ても多分事実であろう。
あのラッパは、ただ「大好きな母親からの贈り物」という以上のシロモノだということを、再認識させられる。

「恃みはポエットの感覚だけなんだけど…」
かごめは佐祐理になだめられているポエットを見やる。


この世界の住人はほぼ総て、“魔力”というべき力を持っている。
それを行使して様々な超常現象を引き起こす“魔法”といえる技能を使いこなすにはまた特別な鍛錬が必要ではあったものの…そこまでしなくても、知覚力を強化して人探しやモノ探しに活用するくらいのことは、その効果に個人差はあっても誰でも自然に出来ることだった。

かごめがそうして感じ取ったポエットの力は、少しずつであるが小さくなり始めている。
あのラッパは単に身分証明書とかそういうレベルの代物ではない。ポエットの力の一部でもあるのだ。

離れていれば、そこで補われていた分の力がポエット自身からも失われ、やがて…。


(早く…早く探してあげないと…
 けど、一体どうすれば…!)
かごめの表情にも焦りが見え始める。
「…もう一度、今日行ったところを思い出して…回ってみようよ。
まだ時間はあるから…まだ行ってない場所は幾つもあるわ…」
佐祐理も極力明るい口調を保とうとするが、その声は少し震えている。

かごめは腕時計を見やる。
確かに日付が変わるまでにあと五時間半ほどあるが…恐らく行った店のほぼ総てが閉じ始める時間だろう。
その意味ではあまり余裕はない。店の店員に問い合わせているだけで時間はどんどんなくなってゆく。

しかしそれしか方法がないのも事実だった。

「…そうね…まだ諦めるには、早すぎる…!」
かごめはポエットを立たせると、再び商店街を歩き始めた。



一方その頃。
「今日はここまでだわね。葉菜、そろそろ閉じて夕御飯にするわよ」
「あ…うん」
カウンターに腰掛け、ぼんやりと外を眺めていた葉菜は、母親の声に我に返る。

かごめたちが去って以後、ガーデニング趣味のお得意さんや、ふと足を止めた家族連れやカップルなど、この日の店はそれなりに盛況だった。
夕方過ぎになり、だんだん商店街の人通りも少なくなり、葉菜は店の中や前を掃除し終えて、ひと段落つけたつもりだったが…時計を見たらどうやらそのまま小一時間ほどぼーっとしていたらしい。

そんな娘の様子に苦笑し、外履きに履き替えて店のブラインドを下げ始める華子。
葉菜も立ち上がり、閉店の準備にかかろうとしたそのときだった。

「…あ」

ふと、カウンターの隅に鎮座したラッパを見る。

かごめたちが去った後、軒先の鉢植えの影に落ちていたものだ。
店にこんなものが商品として置かれているわけではないし、かといって落し物、というには不思議なものでもあった。何時の間にこんなものがあったんだろう、というのもあるが…葉菜はどうしても気になっていた。

確信はなかった。
けれど、これを見るとどうしても、最後に満面の笑みで応えた三人の少女の顔が、脳裏に焼きついて離れない。

思えば葉菜は、ぼぉっとしていたというより、この一時間ほどの間、ずっとこのラッパばかり眺めていたような気がした。

「…ねぇ、母さん」
「なぁに?」
「…もう少し、戸口だけ開けといていいかな?
…なんだか、そうしなきゃいけないような気がするの…」
思わぬ一言に、華子は一瞬目を丸くするが…彼女は娘が強い直感力を持っていて、何か胸騒ぎを感じるとそういうことを言い出すことを知っている。
それが何なのかはこの時点では解らないが…。
「解った。じゃああたし買出しに行ってくるわ。その間留守番は頼むわよ」
「うん…ごめんね」
華子は娘の肩を軽く叩くと、奥から買い物袋を持ち出して店を後にしていた。



それからさらに一時間。
かごめたちは商店街の一角にある、バス停のベンチに腰掛けている。

佐祐理もポエットも、すっかり憔悴しきった表情だった。


訪ねた店の半分くらいは回れたものの、何の収穫もない。
残る店は既に閉店し、まだ時間的に店員はいるだろうとは言え…それでもそれを無理に開けてもらおうとすれば、それだけでさらに時間が食われてしまう。

「…あたし…モノ探しの魔法とかちゃんと教えてもらっておけばよかったな」
自嘲気味に呟くかごめもまた、ふたりと同じような表情をしていたに違いない。

なくしたものに宿る持ち主の気を探る魔法は、紗苗が得意としていたものだった。
紗苗曰く、かごめも決してセンスが悪いほうではないらしいのだが…特に不要だと思って手ほどきを受けていなかったのだ。

「ごめんね…肝心な時に役に立てなくて」
「かごめ…さんっ…」
ポエットの肩を引き寄せるかごめの目にも、少しずつ涙が溢れ出していた。

佐祐理にも言葉がない。
彼女もまた、言うべき言葉を探し出せずにいた。


万策は尽きたか。
そんな諦めの感情が三人に生まれたとき、それは現れた。


「…何かお困りのようだな、お嬢さん方」
青年の声。

振り向くと、そこにいたのは漆黒のコートを羽織り、サングラスをかけた黒髪の男性だった。

「リーダー、ちょっと待つっスよー!俺荷物が…」
その後ろから、その連れと思しき緑髪の青年が姿を現す。両手に食べ物やら何やらを満載にしたスーパーの買い物袋をぶら下げ、飾り気のないシャツにジーンズという風体だったが、耳の形が常人とは異なるその姿からは人間ではなく…獣人族(ライカンスロープ)の血を引いていることが窺える。
「あーなんすかリーダー、俺にばっか重労働押し付けて可愛い子たちナンパなんかして…でっ!」
茶化したように言った緑髪の青年の言葉を、銀髪の青年が小突いて止めさせた。
「少しは空気を読め、アッシュ。お前の軽口はこういうときには逆効果でしかないぞ」
その傍らに、さらに別の「ヒッヒッヒッ…」という笑い声。姿は見せていないところを見ると、恐らくは透明人間(インビシブル)でも居るのだろうか。

「あ…あんたたち…」
かごめは涙を無理やりに拭うと、その二人(?)を見やる。
その姿はかごめの記憶とはかなりの差異があったが…その雰囲気には覚えがあった。

「よもやとは思ったが…随分久々に見る顔だ」
男性がサングラスを外す。
そこから覗く切れ長の眼と、紅玉の如き深紅の瞳。一見女性と見まごう程の中性的な美形。
「ユーリ…さん?」
泣き腫らした顔のままポエットが恐る恐る、というより、自分の記憶を手繰るようにその名を呟く。


かごめと同様、「T.E.P.」に所属する、人ならざる者“魔性”のみで構成されたヴィジュアルロックバンド「Deuil」。
黒髪(本来は銀髪であるが)の男性…裏社会にて、最強クラスの力を持つ魔性“真祖”としてその名を知られる吸血鬼ユーリをヴォーカル兼リードギターとし、獣人の青年アッシュがドラム、透明人間のスマイルをベースとする、「超」のつくほどの人気グループ。

強力な魔性たるユーリは魔力で己の髪の色を変え、アッシュはステージ上のパンキッシュに逆立てた髪型ではなく、それを下ろして目深にバンダナキャップを被っている。消えているスマイルはいうまでもないだろう。
これだけでもかなりカモフラージュになるらしく、人通りは少なくなったとはいえ、道行く通行人は気にした風もない。もし人通りの多い日中を彼らが闊歩しようとしたら、その瞬間想像を絶する人だかりを発生させ、商店街は忽ち狂気の坩堝と化すだろう。


「久しぶりだな…といいたいところだが、そんなことも言っていられない状況と見たが?」
ユーリの切れ長の眼が、やや険しい表情を作る。
魔性真祖である彼の感知能力をもってすれば、恐らくポエットの雰囲気から相当に忌々しい事態になっていることはすぐに解ることであろう。
「何が起こっているか、までは正直、良く解らん。
だが、僭越ではあるが…恐らくは我々の力が解決に役立てられるはずだ。話してくれ」
その表情は真剣だった。
「かごめさん…」
泣きそうな表情のまま、佐祐理がかごめの手をそっと引く。
その思うところは一緒のようだ。

かごめは目の端を乱暴に拭う。

「うん…お願い、力を貸して。
ポエが、ラッパを落としてしまったの。
あんた達なら解ると思うけど…あれが手元から離れてしまえば、多分…この子は…っ!」

その肩を強く抱きしめられ、ポエットが見上げる先にはかごめの悲痛な表情がある。

本当は彼女も…きっと佐祐理もだろうが、一緒に泣いてしまいたいのだろう。
だが、二人はポエットを心配させまいと、ずっとそれを堪えている…二人の表情は、そのことをよく物語っていた。


ポエットは、申し訳なさと自分自身の情けなさで心が痛んだが…


その一方で、二人のこうした想いが、とても嬉しかった。


ユーリは鷹揚に頷く。
「…そういうことか…解った。
アッシュ、貴様の出番のようだな」
「へへっ、モノ探しっスね。お安い御用っスよ。
けど出来るならこの荷物、少し預かって欲しいっスけど」
ユーリが振り向いた視線の先…アッシュが両手に下げた買い物袋を誇示するように肩を竦める。
「じゃあ、私が…きゃっ!」
「おっと…か弱いお嬢さんに荷物持ちをさせるわけにはいかないねぇ…ヒッヒッ。
仕方ない…しんどいけど…僕が持つかねぇ…ヒッヒッヒッ…」
その役目を買って出ようとする佐祐理を引き止めるかのように、見えざる感触が彼女の肩を掴む。
突然のことに驚く彼女を他所に、その透明人間はアッシュの手からその荷物を受け取り…だが、傍から見ればまるで買い物袋が独りでに浮いているという妙な状態になっている。

「これでいいんだろう…?」
「面目ねぇっス。それじゃ…」
言う間に、獣人の青年はその姿を人の姿から、四足の獣の姿へと変貌させる。
「犬…?」
「失礼な!オレは狼男っスよ!」
事情をよく知らない佐祐理の呟きに、思わずツッコみ返すアッシュ。
そのことが可笑しかったのか、かごめもポエットも泣き顔のまま、噴出してしまう。
「あ、その、ごめんなさい…」
「構わん。この場合は犬であれ狼であれやること一緒だからな」
「ちょ…酷いっスリーダー」
慌てて謝る佐祐理に、ユーリはからかう様な調子でそう返す。
この沈んだ場を少しでも和ませようと、彼も彼なりに気を使ってくれているのであろう。
「…冗談はさておき…頼むぞアッシュ、貴様の感知能力が頼みの綱だ。私も最大限にサポートする」
「そいつは心強ぇや…時間もないっぽいし、手っ取り早く済ませちまいましょうか!」
その狼男は、気負い十分といわんばかりに鼻を鳴らした。

「…ぬんッ!」
ユーリが魔力を込めた手で空間を凪ぐと、その魔力の光が瞬時にして精密な地図を描き出し始める。
それが商店街やその周辺の地図らしいということに、かごめたちもすぐに気づく。
それが描き終わると、その一箇所…丁度中心の部分に強い光が生まれる。恐らくはそれが、今彼女らが居る場所を示しているのだろう。
「先ず君達が通った道を探り出す。時間的に遡れるのは、恐らくは今日の昼頃までだろうが…」
「じゃあ多分…全部のルートがわかると思う。
あたし達が商店街に来たのは今日の一時くらいだから」
「なら問題はないな。済まないが、手を取らせてくれないか?」
「え?」
唐突な申し出に、かごめは少し戸惑った。
「…言い方が悪かったか。やましい意味はない。
私を媒体にして、君らが取った道筋を割り出して欲しいだけだ。
正確に覚えてなくても、魔法は勝手に深層心理にアクセスして道順を割り出してくれるはずだ」
「ああ…うん」
かごめは改めて、その手を差し伸べた。


しかしかごめの戸惑いは、恐らくそんな単純なことではなかったように、彼女自身は感じていた。

そう問いかけるユーリ…いや、恐らくそれよりもっと前から、彼がかごめに視線を移したときの…喜びと悲しみとが綯い交ぜになったような、形容しがたい瞳の色が、不思議に思うとともに、何処か懐かしさのようなものすら感じていてしまったからだ。


かごめの手がユーリの手に触れた瞬間、光の点はかごめたちが通ってきたルートを逆回しに、かつ高速に描き出してゆく。
改めて見ると、今日はそれほどまでにこの商店街を歩き回ったと言うことを三人は再認識させられる。
それはすなわち、彼女達がそれだけ長い時間ともに過ごしたことの証拠ともいえた。

「あっという間に見えて…結構色々なところを見て回ってたのね、私達」
事態を忘れたわけではないのだろうが…佐祐理は感慨深そうに呟く。
だが、こんな時だからこそ、彼女の心には今日の楽しかった時間がより強く思い出されているのだろう。

かごめとてそれは同じだった。
それゆえに、この一日を「ポエットが天使でなくなってしまう」という最悪の終わり方にしてはいけないと、さらに強く思った。

その思いに呼応するかのように、光はある一点に留まり、そこで強く輝きを放つ。

「リーダー…もしかしてこれは」
「そのようだな。何か感じるか、アッシュ?」
「ええ。俺の鼻にもここから天使の力が漏れ出してるのを感じ取れてるっス」
「よし…ならば行ってみるぞ」
ユーリが再び力を込めて宙を薙ぐと、魔法で描き出された地図は一瞬のうちに燐光で模られたコウモリの姿になる。
「我が僕よ、かの地へ我らを導け…!」
その命を受け、燐光のコウモリはゆっくりと、夜の帳に包まれる商店街へと飛び始めた。


「あ〜♪飲んだ飲んだ〜♪」
商店街の一角、上機嫌な酔いどれ天使…理恵子が、覚束ない足取りで人気のないアーケードを闊歩する。
「もー、りえちんったらそんなに飲んでー」
そういってけらけら笑う紗苗も、三人の中で唯一素面っぽい顔をしているベルに支えられているような状態だ。
「でも三人で飲むのも久しぶりだねぇー。
さなちゃんもリエちゃんも忙しいから全然時間ないしー」
そういって、ベルは寂しそうに笑う。

実業家である理恵子、歌手と学生の二束の草鞋を履く紗苗ともに、こうして日がどっぷり落ちるまで親しい者と遊び倒すと言う機会は少ない。

ベルも大学に他の親しい者がいないわけではないが、それでも紗苗と理恵子は彼女にとって特別な存在である。
日本に着て間もない頃の、右も左もわからず孤独だった彼女にとっての、日本にきて初めて出来た「友達」であり…今では、歴史好きの趣味が高じて「桃園の誓い」なんてものすら実行に移してしまった、「同胞」というべき大切な存在。

表現がなんとも古臭いが、そのくらい密度の濃い関係を巧く言い表す言葉も、彼女には思い浮かばなかった。

「なーに辛気臭い顔してんのよっ」
何時の間に後ろに回りこんでいたのか、ベルの肩に手を回す理恵子。
「そ。あのときの口上、忘れちゃった?
例え同じ日、同じ親から生まれなくても、一緒に幸せになろう、って。
まぁ、本家みたいな堅っ苦しいモノじゃないけどさ…」
その頭にぽん、と手を置くと、少し酔いが覚めてきているのか、しっかりとした足取りで歩き出す紗苗。
そしてその少し手前で足を止め、振り返る。

「その想いだけは、本当にしたいって想ってるよ」

「さなちゃん…リエちゃん…」
紗苗の笑顔に、ベルは心に熱くこみ上げてくるものを感じた。

自分はとんでもない果報者だ、とそう思うときがある。
社会での立場が違っても、これだけ強い絆で結ばれている親友を、自分も持つことが出来たから。

しかし、そう思うたびに、ベルは一人の少女のことを強く思い描いてしまう。

「…かごめちゃん」
紗苗の妹のような存在の、その少女。
表面上は笑っていても、時々何処か寂しそうな表情を浮かべる、売れっ子の詩人。
「あの子は…大丈夫なのかな…」
身近にいる存在が…その理由は知らずとも…そんな寂しい顔をしていなきゃならないことが、彼女にとってもつらいことだった。

その呟きを聞きとがめたのか。

「…あれを見る限りは、大丈夫なんじゃないかしらね」
そういって紗苗が指差す方向。

それは、何故かこの時間に空いてるはずもない店の、場違いなほど煌々とした明かりだった。