「ここは…!」
燐光のコウモリがたどり着いた場所。
時間は夜の九時を指そうとしているのに、その場所だけ煌々と明かりをともしていた。

その閉店時間は知らなかったが、イメージ的に断じてこんな時間に空いている店ではない。
何度か酔いつぶれた紗苗を迎えに出て、通ることもあった道だが、かごめの記憶の上でこんな時間に空いている店はこの区画にあるはずがなかった。

というより、シャッターの一部だけが開け放たれ、店内と思しきところから光が漏れ出しているあたり、正確な意味ではもしかしたら閉店の準備をしているのか、あるいは…何らかの事情があって、わざと店の電気だけをつけ、誰かを待っているかのようにも見えた。


もしかしたら、という考えがかごめたちの脳裏を過ぎる。
しかし、果たしてそんな都合のいい話があるというのだろうか…?
そう思い直すが。

「間違いなさそうっスね。ここから一番力の漏出を嗅ぎ取れるっス」
それを確かめるかのように鼻を鳴らすアッシュ。
「ふむ…この時間であれば、このあたりの店は閉まっているはずだが」
怪訝な顔のユーリ。


看板には「片岡園芸店」の文字。
その店は、確かに彼女らが通りかかった記憶のある場所だった。



「天使の羽詩」
第五話 花の記憶




「ともかく、行ってみるとしよう。
こうしているうちにも、時間はどんどん過ぎて行く」
「う…うん」
ユーリに促されるままに、かごめと佐祐理はそのシャッターの隙間から店内へ顔を覗かせる。

店内はすっかり掃き清められている。
昼間見たときに比べ、鉢植えの数も心なしか少ないような気がした。昼間華子が奥から鉢植えを持ち出して来ていたことを見ると、鉢植えの一部は何らかの理由…恐らくは、寒さに弱い植物を夜の寒さから護るために、別の場所に移しているのだろう。

店内の床を見る限り、何か物が落ちている気配はない。
既に葉菜か華子が見つけてどこかに仕舞っていたとしても、あるいは何処かまだ影になって見当たらないだけにしても、ともかく店の住人である彼女らがいないことには話にならないだろう。
「あの…ごめんくださーいっ」
意を決したように、佐祐理は店の奥へと呼びかける。
しかし、返事は返ってこない。
店と家が違う場所にあれば、戸締りも半端なままでまして店内の電気を点けっぱなしというのも考えにくい話だ。となれば、たまたま店を留守にしているのだろうか。

顔を見合わせるかごめと佐祐理。

「…仕方ない、警察に見つかると厄介だが…事情が事情である以上勝手に探させてもらうしかあるまい…」
難しい顔をしていたユーリがアッシュを促そうとすると、
「ヒッヒッ…待ちなよリーダー、あれ見てみなよ…」
何時の間に店内に入って来ていたのか…買い物袋をぶら下げた、蒼い髪を大げさに横になびかせた全身包帯巻きでロングコートを羽織った青年が、カウンターの辺りを指差している。
突然現れたその青年にびっくりして声を上げようとする佐祐理に、
「ああ…こいつは透明人間でな。普段町を出歩く時はあまり大事にならぬよう姿を消しているのだ」
とユーリが説明する。
つまりはこの青年が、先ほどからの姿なき声の主…スマイルであることを、佐祐理はようやく知ることとなった。

そして一行は改めて、カウンターの片隅に鎮座したそれを見やる。
それを重石代わりにして挟まれた紙には「落し物」の文字。
それがこの店で発見されてとって置かれたことは、ほぼ間違いはなさそうだ。

「うーん…結局オレ、役に立ったのかどうなのか」
狼の姿のまま、難しい顔をして考え込んでしまうアッシュ。
それもそうだろう、その探し物をするため、その役目を完遂するためにわざわざ変身したのに、結局その能力を使うことなく探し物をあっさり見つけてしまったのでは、まるっきり道化である。
「それはそうと」
かごめもそれを確認し、その上で少し困ったように問いかける。
「見つけたはいいけど、どうしたものかしらね、コレ。
まさか勝手にもって行くわけには行かないでしょう?」
その姿を確認できたことで、ポエットの力の漏出は完全に止まっている…いや、既に失われた分の力も、少しずつだが戻ってき始めている。
その様子に一堂ひとまず胸をなでおろしていたが。
「はい…」
少し困ったような表情で、ポエットは頷く。

このラッパが彼女のものであるとはいえ、開けっ放しの店から勝手に物を持ち出しては泥棒の類とそれほど大差はない。
それは天使としては大いに有るまじき行為といえる。
このラッパが近くに存在することでポエット自身の力の喪失が防げたのであれば、この店の者に事情を説明して、これがきちんと彼女の持ち物であることを伝えるのが筋道であろう。

「ふむ…ならば、この店の者が何処へ行ったのか、それを探してみるとしよう。
流石にこのまま黙って持ち帰るというのも、気が引けるだろうしな」
「…そうね。多分この様子見れば、このためにわざわざ店を開けててくれたのかもしれないし」
ユーリの言葉にかごめも頷く。
「じゃああたし、一緒に行くよ。
ポエはしばらくそこから動かすわけに行かないし、かといって事情に知ってる人間が行かないことには始まらないでしょ?」
「…そうだな…ならスマイル、お前は彼女らとともにここで待っていてくれ。
流石にこの場に娘二人、というのも物騒だしな」
指名を受けた透明人間が「ヒッヒッ…」と意味ありげな笑みを浮かべる。
「そりゃあ有難い…この荷物、重かったんだよねぇ…」
ユーリはスマイルに一瞥くれると、アッシュとかごめを伴って店を後にした。



「ヒッヒッ…ソレでは僕も外に出ているとしよう…
どうもこの風景、あまり馴染めないものでね…ヒッヒッヒッ…」
かごめたちが店を後にして間もなく、そう呟いてスマイルも透明になりながら店の外へ出て行ってしまう。


店の中には、ポエットと佐祐理のふたりきり。


照明の下でもなお、その姿を誇らしげに広げる美人菖(ハナカンナ)の鮮やかな紅の花びらをそっと指で触れる佐祐理。
「…なんか、思い出すなぁ」
「え」
佐祐理は独り言のつもりだったのかもしれないが、ポエットは何故かそれが自分に向けられている言葉のような気がしていた。
その視線を受けると、しゃがみこんでいた佐祐理はすっと立ち上がる。
「中学部の時…学園祭の準備で、夜遅くまで残らなきゃいけないことがあってね…。
同じようにその仕事を宛がわれたかごめさんと、結局二人でずっと朝まで過ごしたことがあったの」
「朝まで…ですか?」
「うん」
振り向いたその表情は、どこか寂しさを感じさせるような、そんな微笑。

佐祐理はそのまま、戸口のガラスのほうへと歩を進める。

「…私ね…最初はやっぱり、クラスにも、この街にもあまり馴染めなかったの。
どうしても違う世界が見たくて…それで両親にはかなり無理を言って、一人で都会に来たんだけど…。

最初のうちは見るもの総てが目新しくて…でもそのうち、考えるのは故郷のことばかりになってた。
ああ…私はあの素朴でゆっくり移り変わる景色が本当は大好きだったんだなぁ、って思うようになってたの。

今思えばあれもホームシック、って言うのかも知れないけど」
苦笑する佐祐理の顔が、ガラス越しにポエットにも解る。

「それにね、クラスメートといっても…かごめさんは仕事を始めたばかりで、学校にいないことも多かったから…
ふたりきり、というより、そんな長い時間彼女と一緒に居たのも、初めてだったの。
お互い知らないことのほうが多かったから…何か話さなきゃ、って思ったけど…何を話していいのかわからなくて…」

そのときの彼女も、きっとそんな風な顔をしていたんじゃないか、という風にポエットには思えていた。
何故かは解らなかったが…ポエットは打ち解けていくとともに、自分と佐祐理が何処かよく似ているような、そんな気がしていた。

「ひとりじゃなかったのに、無性に寂しかったと思う…最初は、だけどね」
「最初…?」

再び佐祐理がポエットのほうに向き直る。

「うん。最初に話しかけてくれたのは、彼女のほうだった。

何で泣いてるの、って。

自分の心の中を見透かされたみたいで最初ぎょっとしたけど…
…けど、確かに私はあのとき、泣いていたの…自分でも気づかなかったけど」

その表情は、どこか寂しそうで…嬉しそうにも見える。

「その後はね…たくさん話をしたわ。
お互いのこと…まるでクラス替え最初にしたはずの自己紹介を、改めてしなおした気分だったけど…
まるで生まれてからその年齢(とし)になるまでの、ふたりの時間を埋め合わせるみたいに。

朝日が射す頃には、もう自然に笑い合えてたと思う。

その夜をきっかけに、私はかごめさんと話す機会も多くなったの。
それとともに、少しずつだけど…この都会の生活も寂しくなくなりはじめたわ。

かごめさんが…このめまぐるしく変わる風景の中にも、ゆっくりと見える暖かな風景があることを教えてくれたから。

だから、今はこの街の風景も、私は大好き」

そうやって穏やかに微笑む佐祐理の表情は、かごめのそれとよく似ているように、ポエットには思えていた。



それから間もなく。


「あははは…ごめんごめん、どうしても母さんが買い足しに行くって聞かなくって」
「ったりまえだろー知り合いでも未成年に酒なんか持たせてくんないもんあの酒屋の親父はー」
「…いやまぁ…別にいいですけどねー…」
「…でもって何でオレが荷物持ちなんスか…」
にぎやかな声とともに、探し人とかごめたちが店へと戻ってきた。

「でも本当にあなた達のものだったのねー、コレ」
本来の持ち主…ポエットの手に戻された不思議なラッパを指差し、葉菜は呟く。
「あんたのカンもよく当たるわね本当に。わが娘ながら気味悪いくらいだわ」
カウンターに陣取った華子が早速とばかりにワンカップのフタを開け、一口煽る。
「大きなお世話。ってか母さん、こんな人前で堂々とお酒飲まないでよっ!」
「まぁまぁ、堅いこと言わない言わない」
そんな親子のやり取りに笑いの起こる花屋へ、更なる来客が姿を現す。
「あんた達、この夜遅くに人様ん所上がりこんで楽しそうねぇ」
「…げ、さな姉…なんでここに」
大げさに苦虫を噛み潰したような表情を見せて後ずさるかごめを、何時の間回り込んだのか目の据わった理恵子がのしかかってくる。
「あっしたちはさなちゃんところで二次会に入る帰り道なのれすよぉ」
「うは…酒臭っ…ちょっとこの人どんだけ飲んでるのよっ!つかこれでまだ飲む気か!」
思いっきりいやそうな顔をするかごめに「つれないこというなよぅ〜」とさらに体重をかけてくる理恵子。この様子からも、相当の酒量が入っていることは間違いないだろう。
「まぁ…リエちゃんも忙しいから…たまにね」
苦笑するベル。
「たまにはいいけど…そのたびにあたしに絡んでくるんだから堪らん」
呆れたようなかごめの言葉に、店の中に笑い声が響いた。


「ちょ、ちょっと待ってあんた方」
店を後にしようとした一行を慌てて呼び止める華子。
「どうしたのよ母さん、急に」
「…いや、折角だし記念撮影とか…こんな豪華なメンバーが一堂に会する機会なんて、それこそ宝くじの特等引くより確率低いしぃー…」
「あのねぇ…」
呆れ顔の葉菜。

しかし華子の言うことももっともで、この場にはDeuil、Sana、そして歌枕かごめという芸能界でも屈指の人気アーティストが一堂に会している。そのうち二名が同じ街に住んでいるとはいえ、それこそ、不定期に開催される「ポップンパーティ」でもなければ、到底お目にかかれるシロモノではないことは確かなのだ。

「我々は構わないが…」
ユーリはアッシュ、スマイルを見やりそれぞれ拒絶の意思がないことを確認して告げる。
「…まぁ、勝手に上がりこんでしまった落とし前もあるかね…」
ほろ酔い気味の紗苗も苦笑する。

「…まぁ…初めて三人で遊びに出かけた記念の何かが残ってるというのも、悪くはないよね」
そして、その視線を受けるかごめも。


前列にはポエットを中心に、その両サイドにしゃがんで並ぶかごめと佐祐理。
かごめの後ろには中腰の紗苗。その後ろにはふらふらの理恵子に肩を貸すベル。
そして紗苗の左側には葉菜と華子、その後ろにDeuilの面々。


「っていうか…全員入るとしたら誰が撮るの?」
「あ」
全員が位置取りをしてから、葉菜のもっともな質問に顔を見合わせる華子やかごめたち。
「…カメラ、タイマー付きじゃないっぽいわね」
困ったような、少し呆れたように呟く紗苗。
「ふむ…ならば」
ユーリの指が描く魔法陣から3匹のコウモリがその場に召喚される。
「合図は任せる。そうすればこいつらが実行してくれる」
「はぁ…便利なモンねぇ…」
3匹のコウモリはカメラを丁度いい位置まで持って飛んで行く。

「おっけー、それじゃあ撮ってもらおうかね…はい、チーズ!」
紗苗の合図でシャッターが押され、フラッシュの光が店内を覆った。


ユーリたちと解れた後、疲れがどっと出たのか足元の覚束ないポエット。
酔っていても足の速い3人と佐祐理からも遅れだすのを見かねて、かごめは中腰になって後ろに呼びかける。
「ほら、掴まりなよ」
「え…でも…」
「あんたあそこの茶巻き髪と違って軽いから大丈夫だよ。ほら」
かごめはさしたる抵抗のないその小さな身体を無理やり背負う。

それからいくらも歩かぬうちに、天使の少女はその背中で静かな寝息を立て始めた。
「よっぽど疲れてたのね」
「そりゃあ、これだけ遊びまわってこの時間だったしね」
かごめが言うとおり、この日三人が歩き回った距離はかなりのものになるだろう。
楽しいことも大変なこともあった一日だったが、きっと忘れられない一日になるだろう。
かごめと佐祐理ばかりではなく、恐らくは…
「幸せそうだね」
寝顔の頬をそっとつつきながら、佐祐理は微笑む。
直接見れるわけではなかったが、かごめもその顔が容易に想像することが出来た。

「…そうだ、もう夜も大分遅くなったし、さゆちゃんもウチに来ない?」
家までもう少しというところで紗苗が提案する。
「もう9時回っちゃったし、これから夕食って言うとどうしても10時頃になるけどね」
「え…それじゃあ寮の門限が…」
困ったように呟く佐祐理。

佐祐理が暮らす学生寮の門限は10時。
一応自炊もしているが、この日ばかりはそんな時間もなく、彼女は外食するつもりでいたのだが…思わぬハプニングに予想外の時間を割くことになってしまい、実はどうしようかと思案していたところであった。

「じゃあいっそうちに泊まっちゃいなよ」
「えっ!?」
かごめから思わぬ提案が飛んできて、さらに驚く佐祐理。
近所でもあるし、確かに過去に何度か遊びに行ったこともあったが、流石に泊まったことまではない。しかも外泊するためには少なくとも前日までに学生寮の寮長に了承を取る必要があった。

そのことを説明する佐祐理だったが…。

「あー、問題ないでしょ。
今の寮長って確か、文学部の古川綾でしょ?」
紗苗がずばりその当人の名前を言い当てる。
「え、どうしてそれ」
「だって同じ事務所の後輩だもん」
呆気にとられる佐祐理にあっさりと答える紗苗。

古川綾。
T.E.P.に所属するバックダンサーの新鋭で、紗苗とも仕事を共にすることが多く、割合親しい間柄にある。
気風のいい性格で、寮の女子生徒におけるお姉さん的存在だ。

「まー黙ってというのは気が引けるだろうし…」
戸惑う佐祐理を他所に携帯電話を取り出し、手早く電話をかける紗苗。
「あー、止めるだけ無駄だから」
「成り行きに任せるしかないわねぇ」
呆れ顔のかごめとベル。

「…ああアヤちゃん? わたしわたし。さなたんですよぅー。
えっとね、ちょっと相談ごとがあってね…寮生の熊野のさゆちゃん解るよねぇ?
…うん、その子なんだけどね。今夜ちょっとこっちのほうで借り受けたいのよぅ。
まー無理は承知の上なんだけどねーあははー」
一堂の視線も何処吹く風で、電話の主と楽しそうに話す紗苗。
そして唐突に、佐祐理に電話が差し渡される。
「おっけーだとさ。一応本人に確認とりたいって言うから。終わったら切らずに返してね」
「は…はぁ」
少し躊躇したものの、佐祐理はその電話を耳に宛がう。

「あ…夜分すみません…高等部の熊野です…」
−ああサユリちゃん?
 話はそこの酔いどれから聞いたわ。外泊許可は私の権限で出しとくから心配しなくていいわよー。
 しっかしあんたもとんでもないのに捕まっちゃったわねーあはは−
電話の向こうから微かに、にぎやかな音が聞こえる。
恐らくはテレビを見ているのだろう。この時間、寮長室の前を通りかかるとさして防音効果のない部屋の外へ漏れ出しているのが良く解るほど、彼女は大きな音量でテレビやCDをかけ流すのが好きらしいのだ。
「い、いえっ…けど、私明日寮の洗面所の掃除当番を代わりに引き受けちゃったし早めに…」
−いいのいいの、たまには私が居合わせた連中動員してやっとくから、気にしないで。
 あんた放っとくと全員の当番身代わっちゃうんだもん。
 真面目なのもいいけど、たまにはゆっくりしてきなさいな。舎監だって何も言わないわよー−
「は…はいっ、ありがとうございます。それじゃ…」
からからと笑いながら、明るく話すその先輩との会話を打ち切り、電話を紗苗に戻す。

「うぃ、そういうわけですんで。それじゃ〜」
そして携帯を切り、満面の笑顔で一堂に向き直る紗苗。
「はい、ソレでは異議のあるひとーっ。
…いらっしゃいませんねぇ。それでは逝きましょうっ」
「着替えどうすんのさ」
勝手に話を打ち切ってずんずんと前に進もうとする紗苗にかろうじてツッコミを入れるかごめ。
「いざとなればどうにでもなるっつの。ほら、いくよいくよ」
どうやら完全に回ってきたのか、どんどん紗苗の言動も怪しくなり始めてきている。
紗苗の厄介な酒癖で、飲んで直後くらいは素面とあまり変わらないのだが、時間が経つにつれてどんどん酔いが深くなっていくのだ。

「…ごめんね、なんかヘンなことに巻き込んだみたいで」
「あ…ううん、私は…」
急に話題を振られて、戸惑う佐祐理。

しかし、彼女もまた一方で嬉しいのかもしれない。
その表情からもそれが窺える。

「さーて、これから何作るのか知らんけど、またあたしとベルさんでつくらにゃならんのかねー」
それはかごめも一緒だったのだろう。


煌々と照らす初夏の月が、少女達の帰り道をしっかりと照らしていた。



「ごめんね、本当にごめんね…痛かったでしょ?」
特別に与えられた控え室に飛び込んだあたしは、ハンカチを濡らしてその娘の額を撫でていた。

ほんの数刻前まで冷たい態度をとっていた人間に、こんな優しく聞こえる言葉をかけてもらったところで、子供ってヤツはかえって警戒するもんだが…少なくとも、あたしはこの時、心の底からこの娘に対して罪悪感を感じていた。

だから…あの娘が涙声で
「うん、だいじょうぶ」
って言ってくれた時、あたしは少し、この日の嫌な気持ちも和らいだような、そんな気がしていた。


それと同時に、こんな良い娘に酷い態度を取ったことに、あたしの心は少し痛んだ。


宴も酣、貸し切り会場となった武道館のテラスにはあたしとその娘しかいない。

あの後、パーティに参加していたさな姉に頼み込んでこっそりと料理をくすねてきて、夜景を見ながらふたりで話をした。

御節介焼きにみえるさな姉だけど、こういうところはきちんと酌んでくれる。
のちにさな姉に歌詞を一曲書かされる羽目になったけど、誰の邪魔も入ることなかったのは恐らくはさな姉のお陰だから、お釣りがくるほどの好条件だ。

「…ふぅん、天使になるのもいろいろ大変なんだねぇ」
「うん…でも、たくさんのひとがよろこんでくれれば、ポエットもうれしいから」
「そか」
小天使の屈託のない笑顔が、あたしにはとてもまぶしく見えた。
「おねぇちゃんも、はやくさがしものみつかるといいね」
「…ん」
そういって差し出された手の中のクローバーを受け取り、あたしも微笑んだ。