「写真?」
出掛けに母親に呼び止められ、葉菜は鸚鵡返しに聞き返した。
「ん。一昨日撮ったやつ。
一応人数分焼き増ししたけど、クラス解るでしょ?」
「そりゃあまぁ…でも、全員に届けるっても」
受け取った紙袋が随分分厚いことに気づく葉菜。
「Deuilの皆様方にはSanaさん経由で渡してもらえばなぁーって」
「そういうこと」
確かに華子の言う通り、いくら取引先であるとはいえ、一般人に近い彼女らがいきなりT.E.P.の事務所にもって行っても、すんなりと目当ての人物のところへ届くかどうか怪しいと思うのが自然だ。
何しろ、相手は日本屈指の人気アーティストなのである。
そういう意味では、かごめや佐祐理に渡し、そこから事情を知っている紗苗を経由すればユーリ達の手元にも届きやすいだろう。
「解った。じゃあこれはあの子達に渡しておくわね。いってきまーす」
「頼んだわよー」
笑顔で手を振る母親に見送られ、葉菜は店の軒先を潜り抜け、その健脚で朝の商店街を駆けていった。
「天使の羽詩」
第六話 少女達の見解
葉菜が校門を潜り抜けると、そこに先日見かけた顔がある。
「あ」
お互いの視線が交錯し、次の瞬間にっこりと微笑みあう。
「おはよう…えっと…」
「おはようございます片岡先輩。
…ああ、自己紹介がまだでしたっけ。一年の熊野佐祐理です」
丁寧にお辞儀する佐祐理。
「さゆりちゃん…か。顔はよく見かけるけど、名前聞いたのは初めてだわ。
なんかよそよそしいのもやだし…うーん…さゆちゃん、って呼んでもいいかな?
私のことも、苗字じゃなくて名前でいいから。っていうかむしろ名前で呼んでくれたほうが嬉しいな」
「ええ…解りました、葉菜先輩」
先日会ったときの第一印象に違わず、社交的というよりも、相当に人懐っこい性格である事が佐祐理にも解る。
かごめより、むしろ紗苗に近いタイプだろう。
「そうだ…ちょっと渡したいものがあるんだけど…」
きょろきょろと辺りを見回す葉菜。
朝の登校時間であるため、流石に人通りは多い。
佐祐理も風紀委員の一員である以上、ここで自分の私語に長々とつき合わせるのも気が引けていた。
ましてや、その渡し物の内容が内容だけに、ここでその正体を明かしたら大騒ぎになるだろうことは想像に難くない。何処にも地獄耳の持ち主というものはいるもので、注意するに越したことはない。
葉菜は一見天然そうな性格の様に見えるが、意外にこのあたりは聡い感覚の持ち主だ。
「なんか忙しそうだし…昼休みあたりクラスのほうに遊びにいっていいかな?」
「え…でも、ご用事でしたら私のほうから…」
「ううん、あの子…かごめちゃんにも関係のある話だから」
「はぁ…解りました」
不思議そうな顔をする佐祐理に軽く手を挙げ、葉菜は自分の下駄箱へ向かう。
「おーいはなさん、さっきの子知り合い?」
下駄箱で声をかけられ、振り向くと一人の少女がいる。
ライトブラウンの髪を散切り頭にし、その上に黒い、両サイドが何かの耳の様に尖がっているキルトの帽子を乗っけている。
背丈は葉菜とそれほど変わりないように見え、学生鞄の横には大きな袋を括りつけていた。
「おや歩ちゃんおひさ」
「おひさって…土曜に会ったばかりじゃん」
茶化したような葉菜の態度に、歩と呼ばれた少女も呆れ顔。
少女の名は小野歩。
葉菜のクラスメートのひとりで幼馴染。ややマイペースな性格の持ち主で、彼女にとってもっとも気の許せる友達の一人である。
吹奏楽部の金管担当なのだが、それほど光るモノがあるわけではないらしく、当人は本当にそれが好きなのでやっているという感じである。
「というかさっきの子の件ですが?」
はぐらかすな、と言わんばかりの、それでも何処か悪戯っぽい顔で歩は葉菜を問い詰める。
こういうときの歩のしつこさは葉菜もよく知っている。
何でもない、といったところで無駄なことは承知の上だし、あまり芸能界のゴシップとかそういうものに興味のない彼女であれば話しても問題ないだろうと葉菜は判断した。
「解った解った。歩きながら話すから」
苦笑しつつ、彼女は自分の革靴を下駄箱へと放り込んだ。
「ふーん…僕がトランペット吹きまくってた時にそんなことがあったんだぁ」
土曜の午後の事を聞かされても、葉菜の予想通り歩の反応は淡白なものである。
余談だが、彼女の一人称は「僕」。
一人っ子ではあったが、親戚に男の子が多かったために何時の間にかそういう癖がついてしまったらしい。
外見的にもあまり女の子っぽく見られず、結構ハスキーボイスなのでパンツルックだと男子と間違われることも多いらしい。
「ちょっと見てもいい、その写真?」
「ダメだって。こんなところで出したらどんな騒ぎになることか」
「けちー。いいじゃん減るもんじゃなし」
大げさに口を尖らせる歩。
どうやら彼女には、この写真の「一般的な意味合い」はあまり良く理解できていないようである。
いや、理解はしているのだろうが、それでどうして大騒ぎになるのかがよく解らないというほうが正確かも知れないが。
「見たきゃあとで家に来なよ。確か今日、部活ないんでしょ?」
「うーん…今すぐじゃダメなのかぁ」
ちょっと残念そうにしていたが、それっきり深く突っかかってくるようなことはしなかった。
歩にしてみても、友達をあまり困らせると言うことはしたくはないようだ。見せてくれると言うのなら、葉菜はきちんとその約束を果たしてくれることを知っているのもあるのだが。
午前中の授業を総て終え、食事を済ませると葉菜は例の写真を持ってかごめたちのクラスへ向かった。
特にやることもない歩もその後に続く。
「あれー?ここって確か芸能科の子がいるクラスだよねー?」
「おいおいあんたあたしの朝の話聞いてたんかい。目当てにはその子も入ってんの」
とんちんかんな歩の一言に流石の葉菜も苦笑を隠せない。
すぐに「冗談冗談」と言ってきたが、何処までそうなのかが解らなくなるような時もある。最早葉菜も呆れるしかない。
「あのー…悪いんだけど…委員長の熊野さん、呼んでもらっていいかな?」
「あ、はい解りましたー」
突然の上級生の訪問に一瞬戸惑ったものの、戸口近くにいた少女は奥のほうへと歩いてゆく。
葉菜はこのとき、あえてかごめの名前は出さなかった。
かごめが高等部に編入されてきた時、それこそ蜂の巣をつついたような大騒ぎになったことを、葉菜はよく覚えていた。
自分のクラスからも、休み時間になるたびひっきりなしに誰かが徒党を組んではこのクラスへと足を運んだ風景を見て、葉菜は呆れるのを通り越してある種の苛立ちすら覚えていた。
自分もかつて、軽い気持ちで陸上部に手を貸してしまい、そのために散々な目にあった経験がある。
そのことを思えば、かごめの存在はその規模は違えど、他人のようには思えなかった。
それに先日の様子を見る限り、佐祐理経由で自分のことを伝えておけば、かごめも一緒についてくるだろうと葉菜は思っていたのだが…。
「お待ちしてましたよ先輩」
そういってやってきたのは佐祐理ひとりだった。
「…あれ…」
当てが外れ、思わずきょろきょろと教室内を覗き込んでしまう葉菜。
怪訝そうな佐祐理の視線に、葉菜は慌てて、呼びつけた少女に視線を戻す。
「あ…ごめんごめん。キミに話しておけば、もしかしたらかごめちゃんにも話いってるかなー、って」
「あれ?もしかしてご用事って、かごめさんにですか?」
なおも不思議そうな表情の佐祐理。
「あ、というかふたりにね。
実は先日の写真が焼きあがったから、渡そうと思って」
そこでようやく、ああ、と彼女も気づいた様子だった。
ありがとうございます、と軽く会釈すると、残念そうな表情で、
「…すいません、実は今日、かごめさん学校に来ていないんです。
何でもラジオの公開収録があって、紗苗さんと一緒に今日一日は空けとかなきゃならなかったみたいで…」
と返す。
「そうなんだ…」
葉菜も少し残念そうに言う。
佐祐理は、あの後藤野家に一泊したが、そのとき今日のことをようやく思い出したのだ。
恐らく紗苗がオフで土日家にいたのも、かごめに珍しく週末の予定がなかったのも、予めこの日かごめが学校にいないことの伏線だったということを、彼女は知ることとなった。
平日の、しかも一日がかりの生放送。
かごめにとって相当なストレスになるこのときのために、せめても直前にゆっくり羽を伸ばし、鋭気を養うための貴重な時間だったはずだ。
そんな時間を割いて、自分やポエットと遊びに行くために時間を作ってくれたかごめに対し、申し訳ない気持ちで涙が止まらなかった。
「そんなことはないんだよ。
あたしがあたしでいられる時間が、あたしにとっていちばんの骨休みなんだから。
その時間は、あたし一人だけじゃ成立しないんだから」
そういって微笑んでくれたかごめの顔が、彼女の脳裏に鮮明に焼きついている。
「けど、夕方ごろには戻るって言ってましたし…さして回り道でもないですから、私が届けておきますよ」
「うん…って、さゆちゃん、家は近所なの?」
にっこりと微笑む佐祐理に、葉菜は不思議そうに問いかける。
「うーん…近所といえば、そうなんですけど…学生寮なので」
おや、と意外そうな面持ちの葉菜。
当然ながら葉菜は佐祐理が地方から来ているということを知らないし、そんな印象も受けなかっただろう。
先日見たかごめとの関係は、むしろ幼馴染か何かと言う印象を受けただけに、尚更意外に思えていた。
最初葉菜は、写真を渡す、という用事だけ済ませたらさっさと教室へ戻るつもりでいたが、彼女の旺盛な好奇心は、目の前のこの少女に随分刺激されてしまったようであった。
「…ねぇ、もし邪魔じゃなかったら、一緒に行ってもいいかな?」
「え」
「ちょっとね…なんかただ黙って渡して、あとよろしくって言うのもなんかね…。
本音言うと、ちょっとまたさゆちゃんとも、色々話してみたくなってさ…駄目かな?」
多少強引な申し出のような気がしたものの、葉菜は自分の気持ちを正直に伝えてみることにした。
無論向こうが断れば無理強いをするつもりはないし、機会を作ることならいくらでも出来るだろうとも思っていたが…それでも、このきっかけが活かせるのならどうしても、という気持ちがあった。
「…ええ、解りました」
佐祐理としてもどのみち予定はなく、別段迷惑ではないし、また放課後からかごめ達が帰ってくるまで時間もあったので、断る理由もなかった。
何よりも、このひとつ年上の少女の、衒いのない素直な気持ちを無下にしたくはないと、佐祐理は思った。
放課後。
「お待たせっ」
玄関の片隅で待つ佐祐理のところへ、葉菜と歩が姿を見せる。
「ごめんね、悪いけどこの子も一緒になんだけど…」
「だって後で写真見せてくれるって言ったー」
まるで邪魔者といわんばかりの葉菜にむくれっ面で抗議する歩。
「私は構わないですよ。
かごめさんも、にぎやかなのは決して嫌いじゃないひとだから」
「おー、話解るー。葉菜と大違いだよー。
どうせ見るなら別に葉菜ん家でなくてもいいよってのに、明日にしろとかいうんだよー。ひどいよねぇー」
「ああもう解った解った。さゆちゃんがいいならあたしにも異論はないから」
大仰なジェスチャーを交えて葉菜を非難する歩を、無理やりに黙らせようとする葉菜。
そこには邪険さのようなものはなく、本当に仲の良い友達同士のじゃれあいでしかないことが、初対面にも近い佐祐理にも解った。
お互いの事を色々話しながら…というほどの時間はないくらい、校門を出て天草寺の鳥居をくぐるまでは大した距離ではない。
そこへ、この寺の住人というには、些か場違いにも見える天使の少女と遭遇する。
「あ、佐祐理さん、こんにちわっ」
「こんにちわ。ポエットちゃんも…その、“学校”の帰り?」
先日、佐祐理もポエットが普段何をしているかを聞いていたが、具体的なところまでを理解しているわけではない。
恐らくは…という意味で、ポエットの姿から確認をとっている感じである。
その格好といえば、青いストライプのTシャツに、緑地のサロペット、そして白いソックスと黒の革靴に、肩からは彼女の体格には不似合いなくらい大きな水色の布バッグを引っ掛けていた。
「ええ。そのあと少し、神様のお手伝いに行って…その帰りですっ。
…っと…そちらの方たちは…?」
ポエットが葉菜と歩を見て、不思議そうな顔をする。
「あら、土曜日に会ったの、忘れちゃった?」
「…あ!」
制服を着ていて、その日に身につけていたヘアピンもなかったから、ポエットは葉菜の正体に気づくのに時間がかかってしまったようである。
その声を聞いて、ようやく思い出した様子だ。
「葉菜さん!ごめんなさい、私…」
おろおろとするポエットに、葉菜は優しく微笑みかける。
「いいのいいの、突然来たあたし達も悪いんだし」
「まぁ店の野暮ったい格好とじゃ気づくまで時間かかるわよねぇー」
ポエットのフォローのつもりなのか、茶化したように肩を竦める歩。
「黙れ、そこの不審者」
「うわ何気に酷いこといわれてるー。
じゃあ自己紹介、僕は小野歩。楽奏学園吹奏楽部金管パートのホープだよっ」
「ホープぅ?」
「何か文句でも?」
ジト目の葉菜にむくれ面で対抗する歩。
「そういえば…みなさんどうしてこちらへ?」
そんな何時まで続くと思われた掛け合い漫才に割り込むポエットの一言に、ようやく目的を思い出す三人。
いや、正確には佐祐理は二人の会話のペースに割り込む隙を見出せず、成り行きを見守るしかない感じであっただけなのだが…ここ二、三日の間に見たかごめや紗苗その他の面々の会話のスピードに慣れてきたのか、ポエットが見事にそれをストップさせてみたのは流石だと思った。
この天使の少女は、その見た目とは裏腹に相当な順応能力の高さがあるらしい。最初都会暮らしに馴染めなかった佐祐理は素直にそれが羨ましいと思った。
「そうそう、先日の写真、出来上がったのよ。
人数ぶんあるから、かごめちゃんたちにも届けにきたの」
「そうなんですか!?」
喜色を満面に現すポエット。
「あ、でも、かごめさんたちは今日まだ…」
「色々暇つぶしにもなれば、って思ってね。
うーん…ポエットちゃんたちとお話したかったから、って理由はダメかな?」
小さな子に対する目線ではあったが、決して見下したりとかそういう意図は、彼女の態度からは覗えない。
ヘンに取り繕うこともなく、それが自然に出てくるというのは、やはり店の手伝いをしているという経験の賜物なのであろうか…と佐祐理は思っていた。
ポエットは少し戸惑ったようだが…。
「は、はいっ、喜んで!」
色々な人の話を知りたい、という強い好奇心は、葉菜ばかりでなくこの天使の少女にも元から備わっている感情のひとつでもあるのだ。
ポエットは紗苗から宛がわれた合鍵を使って、三人を招き入れる。
「知らん人間は入れるな」とかごめから厳命されていたが、佐祐理と葉菜なら知らない人間ではないし、歩もその知り合いであれば問題はないという判断がポエットにあったかどうかは定かならぬところだが…。
「わー本当だー本当に葉菜たちとテレビで見たことある人が一緒に写ってるー」
ようやくお目当てのモノが見られて満足そうな歩。
一緒に写ってるのが有名人であることは彼女も知っているだろうが、同年代の女子としてはこの反応は些か特異かも知れない。普通であれば、こんなメンバーが商店街のいち園芸店で、非公式に撮られたとすればそれこそ大騒ぎだろう。
「でもあの時は結構大変だったんでしょ?」
「ええ…私も詳しいことまでは解らないですけど…」
佐祐理の視線がポエットへと移される。
彼女も聞くのをすっかり忘れていたが…ポエットがあの有様で、結局真偽を言及できずにいたので、あの日起こった事態が結局どういうことになるのか佐祐理にもよく解っていないというのが本音だった。
「…天使の宝具、というそうですが…
私達天使が生まれると、同時に何処からともなく、生成されるものなんだそうです。
生まれてしばらく、私達が地上に修行に降りてくるまでその親が預かり、降りる際に初めて渡されるものと聞いています。
もし天界以外の場所で長く手元を離れると、そこから持ち主の気が失われ、私達は天使でなくなってしまう…という話です。
力を失った天使がどうなるか…そこまではよく解りませんが…けど、昔いた堕天使は、それを失っていたということは聞いてます」
ポエットが鞄の中から取り出した、淡く山吹色に光を放つそのラッパに三人…とりわけ歩が強く注目する。
「あー、キミも金管やるんだー?」
「いえ…私あまり音楽とか得意じゃないんです…」
少し申し訳なさそうに、寂しそうに笑うポエット。
「ふーん…生まれたとき一緒に出てくるんだったら、それに縁の深い力が備わってるとかそういうのじゃないんだねぇ…。
もし上手なら、少し教えてもらおうと思ってたんだけどなぁ」
天然の権化のように言われることも多い歩だが、意外にそういうことに対する発想や洞察は鋭いことが、この一言からも窺える。
「でも…歩さんは吹奏楽をやってらっしゃるんですよね…?
…私、あまり音楽の授業は成績がよくなくて…よろしかったら、少し聞かせてもらえませんか…?」
「え、ええっ!?」
自分の振った話から、そういう話までに発展するとは思いもしなかった歩は、その申し出に面食らってしまう。
「いいじゃん、見せてあげなよ…金管パートのホープさん?」
「え…でも、僕…っていうかなんでそんなことここで引き合いに出すかなぁー…」
「私も聞いてみたいですー。
放課後、よく屋上でトランペットの練習してるじゃないですか。すごくいいと思いましたよ私」
「さゆりちゃんまで…もう…みんな意地悪だよぉ…」
先ほどの冗談を幼馴染から引き合いに持ってこられて、困ったようにおろおろするばかりの歩に、佐祐理まで追い討ちを放ってくる。
しかし、天使の少女の期待に満ちた眼差しと、葉菜や佐祐理の笑顔に抗えないと思ったのか…彼女は縁側に降り立つ。
「しょうがないなぁー…。
僕もあまり巧くないから…練習だと思って聞いてね?」
そういってはにかんだ笑顔を見せると、おもむろにトランペットを構える。
やがて金管独特の響きが、軽快なメロディを奏で出す。
葉菜も歩当人もその腕前を茶化してはいたものの、流石に「好きこそ物の上手なれ」というべきか…演奏はなかなか見事なものであった。
元々気負いとかそういったものに縁のない少女である。
だからこそ、常に全力を出すことが出来た。ある意味では、それが彼女にとって最大の才能であり、何気に激戦区である楽奏学園吹奏楽部の金管パート担当をもぎとれたひとつの要因でもあった。
その演奏に目を輝かせるポエット。
誰も声を発することもなく、その演奏を聞き入っていた。
「…お粗末様でしたっ」
時間にして僅かなものだったが、そういって再びはにかみ笑顔で座敷の三人に向き直る歩。
そこにポエットと佐祐理の惜しみない拍手が注がれる。
「すごいです歩さん!」
「間近で聞いたの初めてですけど…流石ホープ」
「そ、そんなに褒められると…照れるなぁ」
そそくさと席に戻ってくる歩。
そのとき、葉菜はもうひとつ、別のテンポの拍手があることに気づいた。
ここには自分たち四人しかいない。そのうち歩が演奏者であるなら、拍手は三人分しかないはず…なのに、何故かもう一人分別の拍手が聞こえる。
「中々巧いもんじゃねぇか…愛知のダチにもサックスの巧いヤツがいたがな」
青年の声。
その思わぬ声に葉菜と歩は警戒で身構えるが、佐祐理と…恐らくはその表情から、ポエットにも聞き覚えのある声だった。
その声の主が、先ほど歩がステージにしていた縁側に姿を現す。
人間として強い魔力を持っていることを示す青みがかった髪を逆立て、やや目つきの悪い三白眼。
黒の着流しに古めかしい蛇の目傘を担ぎ、その先に旅装と思しき風呂敷をぶら下げている。
その腰には大小二振りの脇差、しっかりしたつくりの大下駄を履いたそのいでたちは、中世の侍を思わせる。
時代錯誤に見えて、それが妙にしっくり見える不思議な人物だ。
「…お侍さん…?」
ぽかんとした顔で呟く歩。
「六さん!」
ポエットがその名を呼ぶと、その侍風の青年はにやりと笑う。
「久しぶりじゃねぇかポエット。7回目…かごめのヤツがパーティに引っ張り出された時以来か?
っつーかさゆ坊はともかくとして、何でお前がこんなトコにいるんだ?」
六と呼ばれたその青年は、なおも怪訝な表情の葉菜と歩を他所に、縁側の端にどっかりと腰を下ろした。