「…来たか…兼続」
その気配を感じ…死の床にあった孫次郎は微かにその目を開く。
六は未だに実感が湧かずにいる。
その姿は末期癌のため往年の精悍さはどこにもなかったが…それでも、その穏やかな表情は、普段とまるで変わることはなかった。
差し招かれるままに、六はその枕元へ腰を下ろす。
普段胡坐をかくことが多い彼だったが、孫次郎の前においてはその口調とは裏腹に、先ず正座で座ってしまうのは彼の癖であった。
「ふ…そんな堅苦しい態度を取るな…儂の方がかえって緊張してしまうじゃないか」
穏やかに微笑む祖父の言葉は、普段世間話をする際にするそれと全く変わることはない。
六は足を組みなおし、何時ものように足を崩して座る。
それで良い、と一言呟くと、孫次郎は静かに目を閉じる。
「最期に…伝えておかねばならぬ話がある…。
…儂の命は、もう残り少ない…恐らく今夜を越えることは、ないじゃろう…」
「な…何言ってんだよジイさん…それだけ喋れれば上等じゃねぇか…」
務めて茶化した口調の六だったが…彼にも解っていた。
孫次郎から感じ取れる生命の気は、もう残り僅か…。
なおかつこの瞬間にも、徐々に小さくなっているのだ。
まるで、零れ落ちる砂時計の砂を見ているかのように、六には思えていた。
「ふふ…儂自身の事は…儂が一番よく知っておるわ…。
だからまだ、この無駄口が動くうちに…お前にだけは話しておかねばと…そう思うてな」
そこで再び、孫次郎は瞼を開き、六の方へとゆっくり、顔を向けた。
「本来紗苗や…かごめにも伝えておかねばならぬが…あの子たちはまだ幼い。
この事実を受け止める覚悟があの子等にも備わったと、お前が判断したら…伝えてやってくれ」
「何故…そんな話を?」
「…お前は藤野の棟梁の器でなくとも…十二分に、周囲に認められた儂の自慢の弟子であり、誇れる孫。
…そのお前を見込んでのことだ」
六はゆっくりと頷く。
その姿に目を細め、一呼吸おいて、孫次郎はゆっくりとした口調で語り始めた。
「…心して聞いてくれ。
これはまだ、儂が今のお前とそう変わらぬ年の頃…今から五十年ほど前の話になるかのう…」
「天使の羽詩」
第十一話 闇の貴公子
「その子達を放せッ!」
漆黒の刀身を閃かせ、ユーリは十数メートルあったジズとの距離を、一瞬でその一撃の間合いまで詰める。
上位の魔道師や、強力な力を持った魔性がその移動手段としても用いる「縮地」の技。
魔力によって空間を歪め、対象物までの距離を0にするという、短距離間でのみ有効な転移魔法の一種である。
「む…!」
ジズは一瞬で間合いを詰められたことに驚きを見せながらも、なおも余裕の表情でその剣閃を最小限の動きでかわす。
それと同時に、密集させた魔糸でその剣を絡めとり、第二撃はもとよりその動きをも封じようとする。
「…甘い!」
気合とともにその糸を切り払うと、漆黒の剣先から影の刃がほどばしった。
「これは…!」
ジズはその威力を見切り後方へと距離をとった。
闇と影で形作られ、並みの武器では刃先も通らないはずのそのマントの一部が、はらりと地面に落ちて消えた。
「ホウ…その剣はもしや…魔剣と名高きテュルフィングですね。
決して錆びることなき漆黒の刀身はありとあらゆる物を切り裂く…ですが…その剣の行使にはそれ相応の代償が伴う筈」
「承知の上…貴様を滅ぼすには、それ相応の対価は必要と言うこともな…!」
「大した覚悟です…フフ…そこまでして、あなたは娘を救おうと言うのですか?
本来魔性真祖と言うものは、そうした感情とは無縁の、もっと高邁なる思考の元に行動するべきものでしょう?
全く…訳が解らない」
小馬鹿にしたような冷笑を浮かべるジズ。
「貴様には解るまい…ヒトの心と、そのぬくもりというモノが…!
その狂気のままに、ただ無意味に破壊と歪な創造を繰り返すだけの貴様にはな!」
その暗黒の刃が、不意に数メートルにも伸び、ジズへと切りかかる。
「無駄なこと…貴方の太刀筋は、とうに数百年も前に見切っているのですよ?
いくらその剣に威力があろうと、当たらねば意味がない!」
しかし、まるで疾風の如き無数の突きの中を、ジズはまるで気にかけた風もなくかわしてゆく。
「ヒッヒッ…その為に僕がいるのさ…!」
「何ッ!?」
ジズの冷笑は、突如背後に現れた気配によって驚愕へ変わる。
見えざる感触がその幽体を掴み取り、その動きを一瞬、停止させる。
スマイルは姿のみならず、魔力や気配すらも完全に消すことが出来る力を持つ強力な透明人間であり…彼もまた「真祖」と呼ばれるほどの存在であるのだ。
「しまった…!」
その剣閃は、左手から伸びる魔糸の塊を断ち切り…かごめたちの体はまるで糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
チッ、と短く舌を打つが、返す刀でポエットの動きを封じている右手の糸を絶とうとするユーリの一撃を、ジズは縮地で後方へ逃れてかわす。
それと同時に、再度かごめ達に向けて魔の糸を飛ばそうとするのを、ユーリは見逃していなかった。
「スマイル!あの子達を!」
「了解だよ…ヒッヒッヒッ…」
スマイルは瞬時にその場へと瞬間移動する。
「悪いけど…そうはさせないよ…」
−来たれ風の精…逆巻く春の風、邪なる刃を阻む壁となれ…旋風の障壁−
スマイルの呪文がかごめたちの周りに強烈な上昇気流を生み出し、その魔の糸の悉くを明後日の方向へと吹き散らす。
「おっと…もうひとりもか…」
同じ呪文を再度唱えると、鳥居の近くに倒れ伏した修の周囲にも、同じ魔法の風が発生する。
ジズはその光景に、僅かに歯噛みする。
「余所見をしている暇などないぞ!」
その顔をめがけ、ユーリの放つ鋭い一撃が飛ぶ。
「無駄だと言ったはず…!?」
その突きは、伸びきった先で不意に高速の横薙ぎへ変化する。
その変化に対応できず…ジズは一瞬早く後方へ飛びのいたものの…そのマントの正面はばっさりと切り裂かれていた。
「これは…!」
「天然理心流…平刺突(ひらづき)の技。
私とてこの数百年の間…無駄に過ごしてきたわけではないと言うことだ」
ユーリの口元に、僅かに笑みが浮かぶ。
「理心流…日本の剣術か…!」
ジズが憎憎しげにその姿を睨みつけた。
遡ること五十年前。
「魔性狩り」の名門・藤野一族の若手魔性狩りの中でも実力ナンバーワンといわれた藤野孫次郎は、周囲の危惧を他所に只一人、その暗黒の森深く佇む古城へと足を踏み入れていた。
現在「メルヘン王国」と呼ばれる、空と大地のはざまの世界…幻想界は当時、それでも地上界に比べ危険な存在が数多く眠る秘境だらけであり、数多くの熟練冒険家や魔性狩りもその大多数がそこに巣食う強大な悪性魔性に屠られ、その目的を遂げることはなく終わることも決して珍しいことではない。
むしろ日常茶飯事といっても良かった。
幻想界の存在が確かめられて間もなく、そこを根城としつつ地上界に害を成す魔性たちの行動の抑制、もしくはそれそのものの討伐は急務といえた。
その調査、魔性討伐の報酬、あるいはそれによってもたらされる栄誉は一攫千金を目狙う駆け出しの冒険家、研究者、魔性狩りを、自らの命を顧みず駆り立たせるに十分なものであり…駆け出しの魔性狩りであった孫次郎もまた、その例に漏れることはなかった。
地上界では既に十分といえる実績を残してきた彼は、それでもその成果に満足できず…コレまで多くの者達が成し遂げられなかった黒き森の単独踏破という蛮勇に走った。
幻想界の北の果てに広がるその漆黒の森は…幻想界が「メルヘン王国」と呼ばれるようになった現在においても、強大な魔性種族が多く住まう危険な場所である。かつてこの地において多くの強大な魔性…真祖とも呼ぶに相応しい実力を持った強大な悪性魔性たちが割拠し覇を争った土地であり、その影響はなおも色濃く残っているのだ。
孫次郎の目的は、かつてそこに割拠した数多の魔性たちを僅か二週間のうちに総て打ち滅ぼし、その後二百年余り眠り続けているという吸血鬼真祖の調査…場合によっては、それを討伐することにあった。
剣と魔法に類稀な資質の持ち主であった孫次郎は、黒森に立ち入って二週間あまり…彼にとってはあまりにも容易く…目的の真祖が独り眠るその古城へとたどり着いた。
鍵もかかっていないその扉をゆっくりと開け…中へと立ち入った彼は、持参した松明に火を灯し、奥へと歩を進める。
その足が一歩、また一歩と奥へと進むたびに、彼は異様な怖気を覚えた。
(この俺が…震えているだと…?)
背筋を流れる冷や汗に、彼は沸き起こる自身の感情を必死に押し込めていた。
恐怖。
そのようなものは、魔性狩りとしての一歩を踏み出したときに、総て捨て去ったはず…そう思っていた。
だが…あまりに鋭敏な彼の感知能力は、その先に想像以上の存在がいることを確信として彼自身に伝えている。
(…これが…真祖の放つ圧力とでも…いうのか…っ)
孫次郎は知らず歯噛みする。
しかしなおも彼は、その歩を止めることはなかった。
ジズの視線の先で、再びユーリの姿は流れるかのように空間に融けた。
縮地などといった転移魔法とは違う、日本古武術に端を発する特殊な足捌き。
「…何だと!」
ユーリの動きをその魔力で捉えていたジズは、一瞬その姿を見失った。
風に靡く薄の如く音もなく、かつ流れる水の如く。
「喰らえ…ッ!」
その姿は瞬時に、ジズに対する必殺の間合いとも言うべき場所に現れる。
逆胴、袈裟懸け、逆風、青眼…繰り出される変幻自在の剣は確実にジズの纏う魔力の守りを霧散させてゆく。
「ぬ…くくっ…まさか、そんなことが」
魔剣テュルフィングそのものの威力もあるのであろうが、それを最大限に引き出しているのはユーリの技。
明らかに自身が知るユーリとのギャップに、ジズは混乱を隠せずにいた。
「覚悟ッ!」
そして、瞬く間にその魔法障壁は破壊しつくされ、完全に晒されたジズの本体へと止めの一撃が飛ぶ。
だが、一瞬で冷静さを取り戻したジズの表情に冷笑が戻る。
「なっ…!」
ユーリの視線の先に、目にも見えぬほど細い糸が、光を反射してその存在を主張する。
「…何時までも調子に乗ってもらっては困りますよ、吸血鬼!」
ジズは引き裂かれた自身の魔力障壁を魔糸に再構成し、ユーリの周囲に張り巡らせていたのだ。
鋼鉄をも紙のように引き裂く細い凶器が、ユーリの身体を十重二十重に絡め、ずたずたに切り裂こうとするその刹那。
その姿は糸クズの塊となって飛散した。
城の最上階…本来玉座の間とも言うべき場所に、それは安置されていた。
黒々とした、飾り気のない黒檀の棺。
まるでB級ホラー映画でも見ているかのような…そんな錯覚を覚え、彼は苦笑する。
しかし、その棺に彼は近づくことさえ出来ずにいた。
正確に言えば、その棺から発する強烈な圧迫感…威圧感とも言うべきものが、彼の足を竦ませ、彼自身をそこへ近づかせることに躊躇させていたのだ。
孫次郎は乱暴に頭を振る。
(バカな…俺はこいつの真実を確かめ…もしくは討ち滅ぼすために来たんじゃないか…!
こいつは間違いなく真祖レベルの魔性…
「真祖狩り」にもなれば、俺を子供扱いして馬鹿にしていた一族のジジイ共を見返してやることが出来る…
今更引き返せるものかッ!)
彼は出立の最、知己である一神教徒の神父から無理やり借り受けた「聖灯」…神聖な力で清められた、あらゆる魔と闇の者を打ち払う力を持った聖なるランタンへ火を灯し、その腰に括る。
あくまで最終的な「保険」であったそれへ早々に火を灯してしまったことは…裏を返せばそれだけ彼が、その言葉とは裏腹に目の前の存在から発せられる威圧感に気圧されていたという事なのだろう。
「化け物め…覚悟しろよ…!」
孫次郎は片手で己の愛刀を構え、その棺の蓋へと手を伸ばしていた…だが。
−待ってくれないか−
棺に手をかけようとしたその瞬間、孫次郎は直接脳内に響くその声に衝撃を受けた。
まるで、魂が背中を突き破って飛び出したかのような、強烈な怖気がその全身を覆う。
声もなく彼は後方へ身を引いた。
ジズは忌々しげに糸の中心から、自身の後方を見やる。
「ヒッヒッヒッ…油断大敵だねぇ…」
「済まんな…助かった」
頬を切り裂かれながらも五体そのままに健在なユーリと、糸クズの大元である包帯をその手でもてあそぶスマイル。
「城兵の戦衣(キャスリングドレス)…忌々しい能力だ」
「ヒヒヒッ…お褒めにあずかり光栄だねぇ…かつて君が捕えて苛めていた籠の鳥を逃がしてあげたときの技さ…」
笑うスマイルを睨むジズの双眸に狂気の光が走る。
その狂気は漆黒の瘴気となり、ジズを中心とした暗黒魔力の渦と化した。
「ヒヒヒッ…どうやら怒らせちゃったみたいだねぇ…」
「好都合だ。多少冷静さを失ってくれたほうが、こちらとしてはやり易い…!」
再び剣を構えるユーリの身体からも深紫の妖気が湧き上がり、魔剣の黒い刃を怪しく煌かせる。
「僕も全力を出さなきゃいけないか…面倒だねぇ…ヒッヒッヒッ」
口調とは裏腹に、何時になく真剣な顔のスマイルの両手にも、膨大な風の魔力が凝集されてゆく。
「貴様ら…許さんぞッ!」
狂気の人形師の表情から薄笑みが消え、逆上した怒声とともに暗黒の魔力がはじける。
飛散した魔力が地面に幾つもの魔方陣を形成する。
「出でよ、我が忠実なる僕よ!我を阻む愚か者どもを捻り潰せッ!」
その命とともに、魔方陣から数体の魔法人形(ゴーレム)が姿を現した。
「あの頃の儂は若かった…
あの声を聞いたとき…周囲を見返してやるという虚栄心で突っ走るだけ突っ走った、その報いを受けるのだと…そう思ったよ」
穏やかに笑う孫次郎。
剣の師であり、あるいは人生の師ともいえた彼にそんな過去があったなど、六にとっても意外な事だったに違いない。
「だがな…その声の主は、寝床へ踏み込むという無礼を働いた儂を責める事もなく…
かといってその蛮勇をあざ笑うでもなく…色々なことを儂に教えてくれたよ。
…儂が藤野の一族に秘められた悲劇の話を聞いたのは、そのときが初めてじゃった」
「一族の…悲劇?」
「…聞いたことがあるじゃろう…
今より千三百年の昔、本来吉野の森深くでひっそりと暮らしていた一族が、一度強大な魔性のために離散したと言う話を」
それは藤野一族の歴史にのみ伝わる秘話。
六も一族の魔性狩りとして、伝説程度のものとして認識はしていた。
古くから陰陽師として数々の魔性を調伏してきた藤野一族は、常に強大な魔性からの意趣返しを受けながらも、一族滅亡の危機を幾度も乗り越えてその命脈を保ってきていた。それゆえ、これもひとつの教訓的な話として何らかの事実を大げさに伝えるものであると…彼はこのときまでそう思っていたのだ。
「儂とて到底信じられる話ではなかった…
…だが、目の前に生き証人がいるのであれば、嫌でも信じざるをえんさ…」
ふっ、っと笑う孫次郎。
「生き証人だって…?
まさか…千年以上前の話なんだろう?」
「吸血鬼と言う種族は…その絶対数が少ない分、非常に長命だ…稀に千年以上生きる者もいると言われておる。
まして彼は…ユーリ=レイクウッドは吸血鬼真祖。そのくらい存在し得てもなんらおかしいことはあるまい」
六は絶句した。
それは、彼も身近にその名を聞く…まして面識のある人物の名であったからだ。
(ここは…?
あたしは…いったい…)
目を覚ましたかごめが最初に見たのは、天高く渦を巻く烈風の柱。
彼女はまだはっきりしない意識の中で、ふと横へと視線を送る。
その視線の先、ピクリとも動かず横たわったままの佐祐理の姿を認め、彼女に意識は一気に覚醒する。
同時に、何が起こっているのか…何が起こったのかを彼女は即座に理解してしまう。
「…っ!」
魔の糸に絡め取られ、ある程度の瞬間まで彼女には意識があったのだ。
薄れゆく意識の先で、彼女は最後に聞いたジズの言葉が、その脳裏を過ぎる。
−あなたがあなたでなくなってしまう前に、私から最高のプレゼントを差し上げましょうか…
きっと気に入っていただけましょう…?
…何しろ、あなたにとってまた大切な存在であるようですからねぇ…?−
「う…うそ…うそだよ…そんなっ…!」
かごめは戦慄する。
彼女は、ジズに遭遇する以前から、自分が何者であるかを薄々知っていた。
彼女は詩人としてデビューして間もなく、自分にはある不思議な力…言葉に魔力がこもり、聞いた者の意識を虜にしてしまうことに気がついていた。
こんな力に頼らず、自分の詩の実力だけで芸能界を生きてみたいと思っていた彼女は、その力を制御できるよう、己がどんな存在に当たるのかを独自に調べていたのだ。他に自分にどんな能力があるのか、それをきちんと把握した上で彼女が出した結論…それは、自分が何らかの要因で吸血鬼もしくはその眷属に当たる存在の血を継いでいるらしいということ…。
彼女自身、だからといって特別取り乱すようなことはなかった。
自分が大体どんな存在であるかが解れば、あとはどう振舞えばいいのか…自分の意識さえしっかり保っていれば、大丈夫だと思っていた。
しかし、彼女は…その考えが甘かったことを、思い知らされた。
ジズと出遭ったことで過去の忌まわしい記憶を取り戻していた彼女の精神状態は、ポエットに危難が降り注いだこともあり、彼女自身が思うよりもずっとかき乱されていた。
吸血鬼やその眷属は精神攻撃の耐性が強いとはいえ、その精神状態ではあまり意味を成さなかったであろう。
まして、現時点のかごめとジズの力の差は、それこそ天と地ほどの隔たりがあるのだ。
恐る恐る、倒れ伏して動かない友の首元を、かごめは覗き見る。
この予感だけは…外れて欲しかった。だが。
「…いっ…」
無常にも、首元にある二箇所のキズ。
それが自分のつけたものであると、彼女が悟るのに時間はかからなかった。
「嫌あああああああーッ!」
再び、周囲にかごめの絶叫が響き渡った。
「…拙い時に目を覚ましてしまったみたいだねぇ…!」
ゴーレムの2体を魔力の包帯で動きを封じながら、スマイルは舌打ちした。
彼の魔力も相当なもののはずだったが、それでも、ジズの駆るゴーレムに込められた魔力は強大で、思うように掣肘できずにいる。
1体は何とかユーリが沈黙させたものの、彼が振るう魔性の剣は、その行使にもかなりの魔力を消費する。既に30分近い激しい戦闘で、ユーリの魔力も相当消費されているはずで、現にジズと相対する彼の表情には疲労の色が濃い。
「なかなか粘る…だが、私の力はまだこんなものではないぞ!」
ジズの左手に魔力が集中し、スマイルの包帯に絡め取られている2体のゴーレムにその光が宿る。
「…く…!」
絡まった包帯が、ブチブチと音を立てながら、力任せに引き千切られ始めた。
それどころか、上半身を吹き飛ばされ倒れていたゴーレムも、周囲の土を集めて復元しながらゆっくり起き上がっていく。
「何だと…!」
「お遊びはここまでだ…我が可愛い僕たちよ、我が駕籠の鳥を捕えよ!邪魔する者は殺せ!」
ジズの命令を受けたゴーレムの単眼が怪しい光を放つ。
「しまっ…」
復元したゴーレムは、既にかごめたちを守る風の障壁の近くにいた。
ユーリとスマイルがその動きを一瞬止めたのを見逃さず、ジズは残る2体に更なる魔力を送り込み、その束縛から解き放った。
「これでチェックメイト!私の勝ちだ!」
ジズの高笑いが響き渡る。
しかし、そのゴーレムは障壁に触れることなく再び両断された。
次の瞬間、砂煙とともにその巨大な身体は命なきただの土へと戻ってゆく。
「な…!」
ジズの高笑いはすぐに、驚愕と不快を露わにした表情に変わる。
「そうそう思い通りになると思ってもらっちゃ困るぜ…!」
濛々と立ち込める砂煙の中。
そこに立っていたのは、抜き身の白刃を肩に置き、ニヒルな笑みを浮かべる剣客…六であった。