「…儂の話はここまで…後はお前の知っての通り…」
永い永いその物語を聞き終え、六に言葉はない。
今まさにその長き生涯を閉じようとする偉大なる師と、そこまでに到る、誇るべき藤野の血族の物語。
六は、始めてこの話を知った孫次郎と同じ気持ちを抱いていたのかも知れない。
「あの子は…かごめは、我が一族の誇るべき貴種の血を継ぐ娘…
だが…それ以前に、儂らにとって大切な家族の一員だ…
あの子は、これからきっと…途轍もなく巨大な運命に翻弄されてゆくのだろう…
…儂が、その力になってやれぬのは…無念だよ…」
「ジイさん…」
寂しそうに笑う孫次郎の姿に、六は胸が締め付けられそうになった。
「六…紗苗にも伝えておいてくれ…
儂の代わりに…かごめがいつか幸せな生活を掴んで、本当の父と対面できるその日まで…しかと守ってやってくれよ…」
六は頷く。
「当たり前のことを言うなよ…!
あいつは…かごめは俺や紗苗にとって、妹であり娘だ…!
家族が家族のことを思いやるのは当然のことじゃねぇかよっ…!」
孫次郎は微笑む。
かすかな声で、ありがとうよ、と呟き…そして。
「…ジイさん…?」
六ははっとして、その表情を見る。
「…!」
彼は慌てて部屋を飛び出す。
その廊下には…たまたま通りかかったのか紗苗の姿がある。
「…に…兄さん…」
彼女が一瞬見せた、そのばつが悪そうな表情の意味を、六は全く悟ることが出来なかった。
「…紗苗…控えの連中…呼んでくれっ…!
多分…ジイさんの…最期の時だ…」
偉大なる藤野の長…藤野孫次郎が八十年の生涯を終えたのは、それから半刻もしない後だった。
「天使の羽詩」
第十三話 Sorrow
「ちっ!」
スマイルはポエットの第二撃が飛んでくる刹那、アッシュ諸共ユーリの身体を引きずり寄せる。
なおもそれを打ち滅ぼそうと、その黒き翼の天使は猛然と飛翔する。
−来たれ氷精、その冷たき枷にて彼の者を大地へ縛れ!−
「…手荒な真似はしたくないけど…!」
紗苗は歯噛みして、六へ目配せすると呪文を唱え、その両手に強烈な冷気の魔力を集め始めた。
「“霜の縛鎖”!」
冷気で編まれた投網がほどばしり、その黒い翼を絡めとる。
「悪いな…少し寝ていろ!」
動きを止めた小さな天使の身体に、六の放った強烈な峰打ちが叩き込まれる。
だが…。
「うっ…!」
その身体はびくとも動かず、視線の合ったその表情のない紅い瞳に、六自身の驚愕の表情が映し出された。
そして声もなく、掌圧ひとつで六の身体は後方へと大きく弾き飛ばされた。
「がは…っ!」
「六兄っ!」
再度向きかえる、そのポエットだった天使は突き出した両手に魔力を集中し始める。
(避けるわけにはいかないのね…!)
紗苗は背後の六と、呆然とこの光景を見つめるばかりのかごめを見やった。
「ええいッ!」
彼女は全力で風の障壁を展開する。
放たれた魔力の波動が衝突し、大爆発を起こした。
「あ…アッシュ…お前っ…!」
ユーリは傷ついた青年の名を呟く。
「み…水臭いっスよ…リーダー…俺だけ…除者なんて」
アッシュは精一杯の笑みを作って返す。
深手を負って息は荒いが…強靭な肉体と強い生命力をもつ獣人族の彼であればこそ、この一撃に耐えられたのかも知れない。
「今日…リーダーがバンドを休止するって言ってた話…初めて聞いて…
俺…リーダーが何か途轍もないことに巻き込まれてた話も…
確かに…俺は何の力も…ないけど…それでも…」
「…お前…」
ユーリはそれ以上の言葉を繋ぐことはできなかった。
傷ついたその身体を支え、やや離れた位置にその身体を横たえさせると、彼は落とした黒い魔剣を再び拾い上げる。
「スマイル…人形師は、どうなった?」
「解らないねぇ…
堕天使になった直後の一撃喰らって、自分の存在を保てないほどのダメージを受けたことは確かだ」
スマイルは周囲の気を注意深く探る。
「…何時の間にか奴の気配も消えてる。結界は残ってるけどね…。
消滅はしてないだろうけど、多分もうこの場にはいないと思うよ。あれほどのダメージがあれば、すぐに再起も出来ないだろう」
「そうか」
ユーリは再度、剣を構える。
「なら…落とし前をつけなければならないか」
「そうみたいだね」
二人の視線の先には、先ほどのジズとは比べ物にならないほど強大な暗黒の魔力を放つ…生まれたばかりの堕天使の姿があった。
数日前、T.E.P.社長室…。
「…突然で悪いが…私はこの世界から身を引かせてもらうことにする」
ユーリは淡々と、目の前のMZDに告げる。
その事務所を代表するバンドの長が、唐突に乗り込んできてこんな宣言をすれば、普通ならそれこそ蜂の巣を突付いたような大騒ぎになったことだろう。
しかし、MZDも犬千代も直之も全く動じる気配は見せない。
まるでそれは、今日そのことが定められたことだと、予め知っていたかのように。
MZDはしばらく、机の上に両手を組みながらユーリと向かい合って一言も発さなかったが、やがて、
「…その時が…来たってんだな?」
と呟く。
ユーリがゆっくりと頷くと、犬千代がため息を漏らす。
「…どうしても…避けて通れぬことなのですか?」
「君らに迷惑がかかるのは、重々承知の上…だが、回避の手段は私にはないのだ…」
「そうですか…」
犬千代の残念そうな表情も、単に「人気バンド解散による経済的ダメージ」などといった、そんな次元とは別のところにある。
その瞳は…ただ目の前の「仲間」として認めたものへ対する…これからのことへの純粋な心配から来ている。
直之もその表情に多少の違いがあれど、同じ思いを抱いているのがユーリにも解った。
「…解った。お前ら…いや、お前との約束だったからな。
かごめにとって大きな危険が避けられぬ事態が来るまで…それまでなるべくそばにいられるようにして欲しい。
…それがあいつの父親たる、お前の望み」
MZDはゆっくりと立ち上がり、窓際でユーリに背を向ける格好になる。
「…スマイルはともかく…アッシュには告げてあるのか?」
「…否」
ユーリは頭を振り、自嘲的に笑う。
「あれは…事情を全く知らない。
バンドのメンバーが必要になったから加えた…いうなれば私の道楽に巻き込まれた被害者のようなものだ。
だが…ソロでやっていくだけの才能はある。
もしあれにその気があるようなら、面倒を見てやってもらえれば思い残すことはない」
ユーリがアッシュとともに暮らしていたのは、結成からこのときのほんの二年半ほどではあった。
なんとはなくでも好意を抱くようになって居なかった…というなら、嘘になる。なるべくであれば、彼にはこれからやるような危険なこと…最強レベルの悪性魔性であるジズを向こうに回して命を張ることを強要したくはなかったのだ。
真面目な性格のアッシュであれば、このことを話せば必ず協力を申し出てくるだろう。
獣人族でもトップレベルに高い戦闘能力のポテンシャルを秘める狼人、その純血種たる彼を手駒として使うという選択肢もユーリにはあったはずだった。
だが…ユーリはそれを拒んだ。
それはやはり、彼なりにアッシュがこれまで自分のわがままに付き合ってくれたことへの感謝の意味合いもあったのだろう。
「…そうかい…甘いとは思うが…それがお前の取った選択なら俺に口を挟む余地はねぇさ」
窓に映るMZDの顔も苦笑する。
しばらくの沈黙の後、ユーリは踵を返す。
「それでは…失礼する。今まで世話に…」
「ユーリ」
MZDがその言葉を遮り、ユーリは足を止める。
二人は互いに背を向けて、その表情は互いにわからなくなる。
「必ず…帰って来い。
お前が千数百年前に犯したという罪は、きっとお前とかごめが家族として幸せに笑いあえる結末を持ってでなきゃ贖えない…!
そのことを忘れんじゃねぇぞ…!」
その声は、普段のMZDらしからぬ…強い感情のこもった言葉だった。
「ユーリ…。
あなたの思惑はどうあれ、Deuilの解散は認めませんよ…あくまで活動休止の措置を取らせてもらいますから。
だから…必ず戻ってきてください…かごめ君と一緒に」
「そういうことだ…お前らは失ってしまうに、あまりにも惜しい」
犬千代も直之もその背に向けて告げる。
ユーリは部屋を立ち去ろうとする間際。
「…そうだな…約束しよう」
と、だけ言い残して部屋を後にした。
(どうして…どうしてこんなことになったの…?)
あまりに衝撃的な出来事が立て続けに起こり過ぎたために、かごめの精神は平静を保つどころか…混乱状態から抜け出せずにいる。
現状を把握するどころの話ではなく、何故このような状態になっているのかも解らず、彼女は呆然と目の前だけを眺め続けている。
その視線の先には、傷ついた六やアッシュ、ユーリたちの姿。
それに対峙するのは、漆黒の翼を広げ、信じられないほど強大な闇の魔力を放つ…ポエットだった天使の少女。
目の前にいるのが誰であるかも認識していないかのように、その黒い翼の少女は容赦ない攻撃を紗苗やユーリたちに仕掛け続けている。
(なんで…なんでポエが…そんなことしてるんだよっ…!
なんでさな姉や…ユーリさん達が…どうして…どうしてっ…!?)
「…やめて…」
紗苗の放つ氷の魔法も、六やユーリの剣も、スマイルの風も総て吹き飛ばし…。
「やめてよ…ねぇ…」
その闇は、触れるものことごとくを薙ぎ払う。
「もうやめてよおおおおーっ!」
その叫びは、既にその少女には届かない。
代わりに、ユーリの身体が、それに反応して止まる。
「え…!」
次の瞬間、その細く鋭い腕が、ユーリの身体を貫いた。
無造作に振り払われたその身体が、大地へ強かに打ち付けられてバウンドし…かごめの近くに弾き飛ばされてきた。
「…そ、んな」
かごめは無意識のうちに、その手を恐る恐る掴みとる。
彼女はその手の温かさに戸惑った。
自身の出自について調べていくうち、吸血鬼というものには人間その他の生命のような体温がない、ということを知ったが…そこにははっきりと、ぬくもりが存在した。
いや、正確にはその手に、温度のようなものは感じ取れていないはずだった。
だが、かごめにははっきりと、それが感じられたのだ。
…そう思わせたのは、恐らくは…。
「…お……父さん」
知らずのうちに、かごめはその存在を感じ取っていたのだ。
この気高く心優しき真祖が、何百年もの間言葉に出来ず抱き続けてきたその想いを。
彼女の蘇りかけていた記憶の…最後のワンシーンが、脳裏を過ぎる。
崩れようとする漆黒の館。
「折角…逢えたというのに…」
最後にそっと抱きしめてくれたそのぬくもりは、かごめの身体が確かに記憶していた。
閉ざしていた心が氷解した瞬間、そのしるしが大粒の涙になってあふれ出てきた。
「きっと…きっとまた…迎えに行くからな…
今度こそは、幸せな未来へ…。
今度こそは…お前の笑顔が見ることの出来る世界へ…!」
虚空へ開いた穴へと、体が徐々に引き寄せられ…同時に、そのぬくもりの元から引き離されていく。
彼女が二年ぶりに見せた最初の表情は…泣き顔。
「私の愛する娘…かごめに、幸多からんことを!」
その最後に見た寂しそうな微笑みが…目の前の人物と完全に重なった。
「…父さんッ!」
かごめははっきり、そう呼びかけた。
彼女の失われていた記憶は、この瞬間完全に蘇ったのだ。
「……かごめ……」
その声に反応して、ユーリはかすかに目を開ける。
しかし、その瞳は…すぐ近くにあるはずの愛娘の顔を映していない。
「……すまない……私が…私が…無力な…ばかりに…」
かごめはその手を強く握り締め、大きくかぶりを振る。
「父さんは…父さんは何も悪くない…!
ずっと、ずっとあたしのこと…見守ってくれたんでしょ…!
それに今だって…あたしが…あたしが、あの子を助けられなかったから…っ!」
その瞳からはとめどなく涙があふれ、流れ落ちて止まるところを知らない。
かごめはこの時代で、ユーリと初めて会った時の事を思い出していた。
事務所の廊下ですれ違った、仰々しい衣装を身に纏ったデビュー当時のDeuil…そのリーダーであったユーリが、すれ違いざまに見せた、酷く悲しげな…それで居て、嬉しそうな表情を。
かごめはその視線に、どういうわけか懐かしいような印象を持っていた。
そのあとポップンパーティで言葉を交わすことはあったし、時々仕事を頼まれることもあった。Dueilの歌う歌に、かごめが詩をつけたことも一度や二度ではなかった。
その詩を歌うユーリの表情が、何故か酷く寂しそうに見えたその理由も…かごめには解らなかった。
しかし…幼い頃の記憶の総てを思い出した瞬間…かごめはユーリがどのような想いで居たかを、初めて理解した。
その涙に濡れる顔に、そっと、体温のない指の感触を感じ、かごめははっとその表情を見た。
ユーリの瞳は既に焦点が合っていない。
娘の涙を受けるだけのその顔は、かごめのほうを向いていなかったのだ。
恐らくユーリは先刻の一撃で、振り払われた際にも頭部に大きなダメージを受け…更に魔力の過剰使用の上から魔力漏出も重なって視力を完全に失ってしまっていることが、かごめにも解った。
「…それこそ…お前に責任はないのだ…
…結果的に…あの子を…堕としてしまったのは…私の責任…
お前の友達を…最終的に傷つけたのは私だ…ふふ…世の父親のやることではない…な」
「…父さん…っ」
かごめはその手を強く握りしめた。
「よく聞け…かごめ。
あの子は…ポエットは、まだ完全に堕天したわけではない…」
言い聞かせるように告げると、震える手でその黒い剣を差し出すユーリ。
その刀身には、所々細かいヒビが入っていた。
「知っての通り…あの青い鳥の剥製…おそらくは…ジズの魔力により…この世に…残されていたものだろう…。
それを壊す…ことは、彼女の魂を直接傷つけたと同じ…
この…呪われし魔剣…この魔力を吸い取り、魂を冒された状態に…ある…。
それを…元に戻す、方法は…ただひとつ」
既にその視力は利かない状態であるユーリは…強く握られた己の手をたどり、娘の手にその剣の柄を取らせた。
「古来…堕天した天使が、元に戻った例は…ごく稀だが…存在する…。
それは…堕天した天使の…魂を砕くことで…闇を浄化し……再び、その欠片を総て集めること…!
それがなされたあかつきに…その堕天使は…再び天使として蘇る…!
…だが…それは…決して容易い…ことではない…。
砕けた欠片は…世界へと飛び散り…それを集めきる強い意思と…絆…それなくしては、決して敵わん…」
彼は、剣を受け取った娘のほうへ、ゆっくりと顔を向ける。
「かつて…人間だった私の母が…それをやり遂げた…
…その天使の名は…"天の母"…熾天使長フォトン…
…現在の…四大天使がひとりにして…
…あの子の…ポエットの、母親だ…」
「え…!」
かごめは驚愕で目を見開いた。
「母は…その永き試練を成す…対価として…人間ではなくなった…
お前がその道を…選べば…いかなる対価を…支払わされるのか…解らん。
だが…それを成さねば…あの子は…堕天使として…いずれは…」
堕天使の行く末は決まっている。
その強大な力を持って災厄を振りまき、やがてメルトダウンするかのように周囲の総てを巻き込んで消滅する。
もしくは、そうなる前に強大な力を持った魔性狩り…"真祖狩り"によって駆逐され、転生も許されず半永久的に休眠状態にさせられる…。
かごめの答えは決まっていた。
「ちくしょう…全然手も足もでねぇ…!」
六は忌々しげに、その黒き翼の天使を睨む。
既に彼自身満身創痍であり、それを魔法でサポートするスマイルと紗苗の表情にも疲労の色が濃い。
ましてスマイルは、ジズとの交戦時間を考えればなおのことだ。透明人間の真祖として絶大な魔力を誇る彼も、最早限界に近い。
「どうすんのよ…六兄。
古来堕天使を元に戻す方法はないわけじゃないけど…」
「…俺もそいつは考えた。
だが…それを俺たちに成し遂げられるほどの資格はあるかどうかだ…!」
六は考える。
共に暮らしてまだ一週間足らず、ポエットは藤野家に馴染み、すっかり家族の一員というに相応しい存在になっている。
しかし、それだけの理由で彼女の魂と引き合うほどの強い絆が生まれえたのだろうか…と。
それほどの絆を持つ者がいるか…可能性があるとすればたった一人しかいない。
(俺たちの勝手な決断で…これ以上かごめを苦しめろとでも言うのかよっ…!?)
六は歯噛みする。
その表情を見れば紗苗の思うところも同じだろう。
その闇の刃が再び、逡巡する六に迫る。
チャンスがあるとすれば、その一瞬しかないはずだった。それでも、ほとんど刺し違えるというしか術がないという状況。
しかし、六はその瞬間まで懊悩していた。
自らの手でポエットの魂を砕くという、その決断を下すか否かで。
「六兄っ!」
紗苗の声で我に返る六。
反射的にその剣を振りかざした瞬間…彼の視界に信じられない光景が広がっていた。
「…かごめ…?」
一瞬の出来事だった。
まるで空間から、溶け出すように気配なく出現したかごめにも驚かされたが…それが次に取った行動には六も絶句する以外になかった。
かごめはユーリの振るった黒き魔剣を、その少女の胸に深々と突き立てていたのだ。
「…ごめんね…ポエット…!」
そう小さく呟く瞳から、一筋の涙がこぼれた。
かごめはその剣にさらに力を込め…僅かにその刀身をひねる。
刹那、黒い翼が四散し、黒い羽が吹雪のように視界を覆う。
そして、その身体は無数の光る欠片となり…飛散した。
「ああっ…!」
紗苗もスマイルも、ただ呆然としてその光景を見ていることしか出来ずにいた。
視界が真っ白な光に包まれ、目も開けていられないほどになった。
その光の洪水の中で、かごめが手にした呪われた魔剣がぼろぼろと崩れ落ちていく。
天使の魂が砕けた衝撃に耐え切れず、剣はその存在を維持できなくなったのだ。
総てが終わった後、紗苗が見たのは。
その光の中心だった場所で…その天使の忘れ形見となったくすんだラッパを抱き締め、泣き伏すかごめの姿だった。
「やはり…こうなっちまったか」
天草寺の異変は、皮肉にもジズの残した結界のため、周囲にはほとんど何が起きたか解らない状態だった。
しかし…人知を超えた存在である彼らは、そこで何が起こったか…その一部始終を見届けていた。
楽奏市街を見渡せる高いビルの上、MZDと犬千代、そして珍しくも人の姿を取った直之。
「ユーリ達は…帰って来れないかも知れませんね…」
犬千代は決して言うまいと思っていた、その言葉を呟く。
その瞳から、知らず一筋の涙が零れ落ちた。
「…アイツはこんな結末を望んでいたわけじゃないだろうさ…」
直之は、捨てた煙草をゆっくりと踏みつける。
「これから本当に大変なのは…むしろあいつらだ。
俺たちに出来ることといえば精々…あいつらの邪魔にならない環境を整えてやるしかない…そうだろう?」
「…ええ」
犬千代も直之も、互いに視線を交わそうとしない。
ただ、その視線の先…光の柱が弱まる光景を眺めていた。
(続く)