嘘だといって欲しかった。
それが変えようのない現実であったとしても、その一言で全てが元通りになると…信じていた。

彼女の言葉には不思議なチカラがあって、彼女の言った言葉は論拠のない気休めみたいな言葉でも、そんな気にさせてくれるような気がしていた。


だからこそ…。


(もう二度と……あたしに近寄らないで……!)


その言葉は私と彼女を永遠に引き離すものであることを、否応なく信じざるを得なかった。



「天使の羽詩」
第十五話 親友(トモダチ)の証明 -前-




あのやり取りの後、佐祐理はその少女が姿を消した境内でしばらく立ち尽くしていたが…やがて覚束ない足取りで、その場を後にした。


鳥居をくぐり抜け、短い階段を下りると、いつもの見慣れた通学路。
けれど、その見慣れた景色が、急に全ての色を失ってしまったような気が、彼女にはしていた。


聴きたいことはいっぱいあったはずだった。
自分に何が起こったのか、あのあといったい何があったのか…それに、何故あんなことを言われなければならないのか…。


しかし、その言葉の中にはっきりとした「拒絶」を感じ取った瞬間、佐祐理自身がそれが全て無駄なことだと、そう悟ってしまった。


何時の間にか空は分厚く黒い雲に覆われ、そこからぽつぽつと雫が零れ落ちてくる。

虚ろな表情のまま当てもなく歩くその少女の身体を、少しずつ雨粒が濡らし始めた。
頭に落ちた雫は、ゆっくりと頬を伝わって落ちる。


まるでそれは…遠目に見れば涙のようにも思えることだろう。


初夏の雨はそのうちに本降りとなり、見慣れた街の風景も佐祐理の身体も区別することなく濡らしていた。


傘なんて始めから持ってもいない。
土砂降りの雨の中、佐祐理はただ当てもなく歩き続ける。

何処へ向かおうとしているのか解らぬまま、彼女は降りしきる雨の中、ただ歩き続ける。


佐祐理は、かごめが藤野家に引き取られたその日のことを知っていた。
降りしきる雨の中、当てもなくさ迷い歩いていたかごめを、今は亡き孫次郎に引き取られて家族を得たという話を。

かごめもこうして雨の中をさまよい続けていたのだろうか。
漠然と、そんな考えが脳裏を過ぎる。

彼女自身も不思議なくらい、その頭の中はかごめのことでいっぱいになっていたのだ。


あんな冷たい言葉で、容赦なく突き放されたというのに。


「…さゆちゃん?」
不意に声をかけられ、佐祐理はゆっくりと、そちらへ視線を送る。

怪訝そうな顔でこちらを窺う葉菜の姿がある。
歩いているうちに商店街までたどり着いていたらしいが、そのことすら佐祐理が気にかけることはなかっただろう。

「…どうしたのよ…!一体何があったの…っ!」
葉菜は手にしていた鉢植えを足元に置くと、血相を変えて駆け寄ってくる。
「葉菜…先輩っ…」
佐祐理はそのぬくもりを求めるかのように、差し出された腕に身体を預け…泣いた。



「ひとまず寮へは連絡入れておいたから、少しゆっくりしていくといいよ。
今日母さんが商店街の会合で夜まで帰ってこないし、ほとんど開店休業状態だから」
「はい…ありがとう…ございます」
微笑みかける葉菜。
佐祐理も、少し弱弱しく見えたものの…かすかに微笑んで返す。


ひとしきり泣いた後、佐祐理は葉菜に促されるままシャワーを借りて浴び、大き目のシャツ1枚を羽織った格好で居間の片隅に座っていた。
爆発寸前だった感情を一気に放出できたためか、佐祐理も精神的に落ち着きを取り戻したように見えた。

しかし葉菜はその姿に、商店街で時々見かける、親とはぐれて泣いている迷子のような印象を受けていた。


「…かごめちゃんと…何かあった?」
「え…」
そう問いかけたのは、葉菜のカンでしかない。
けれど、親しくなるにつれて、この少女ともっとも深いつながりを持っている者がかごめであるという確信が彼女にあった。
聞き返してきた佐祐理の表情を見れば、図星であることは間違いないだろう。

「良かったら…知ってる範囲で何があったのか、教えて頂戴。
まだそんなに付き合いが深いわけじゃないけど…それでも、あたしに出来ることなら力になれたらって思う」
驚いたように葉菜の顔を見て、その後すぐに佐祐理は顔を背けた。

このことを告げるべきかどうなのか、佐祐理も躊躇しているのだろう。
いや…もしかすれば、あまりに彼女の中で重大すぎる出来事であったのか…それが、佐祐理の口を重くしているのかも知れないと、葉菜は思った。

やがて、佐祐理は俯いたまま、口を開いた。

「…先輩」
「なぁに?」
「…先輩は…私やかごめさん…ポエットちゃんのこと…どう思ってますか?」

葉菜はその意味を少し考える。

彼女らがどう見えるか、というなら、間違いなく友達同士に見えるだろう。
あの日、最初は何処かぎこちなかった三人が、ひとつの言葉でしっかりと結ばれたのを、葉菜はじかに目で見て知っている。

だがこの佐祐理の様子を見る限りでは…葉菜が彼女らをどう見ているかを問いかけていると確信した。

ならば答えはひとつしかない。

「みんな…大切な友達だと思ってる。
友達というのに期間が短すぎるというなら、必ずそう呼ばれるようになりたいと思う。

…あたしも余程気に入った子でなければ…
その子が目の前で、辛そうな顔で泣いていても…こんな辛い気持ちになることもないから」

正面にいた葉菜は、佐祐理のすぐ隣に腰をかけ、寂しそうに笑う。
佐祐理は…その表情だけでも少し、救われたような気分になった。

きっとこのこの少女は、これからの人生の中できっとかけがえのない人になるだろう。
そんな直感が、彼女にあった。


「…解りました。
信じてもらえるか、解らないけど…知ってる限りのこと、お話します」



やがて雨は止み、初夏の夕日が空を真っ赤に染め上げる。
その頃には佐祐理の衣服も乾き…まだ表情に弱々しいところは残っていたが、このまま寮へ戻らせても問題はないと葉菜は判断した。

「…良かったら、今日くらいは泊まってっても良かったんだよ?」
「いいえ…何もいわずに飛び出してきたから、寮長さんも心配してると思うんです。
だから、今日はこれで失礼します」
「そう」
礼儀正しくお辞儀するその表情も、大分すっきりしたようだった。


しかし…葉菜は彼女の告げた「事実」から、それがまだ彼女の中に大きな重石となっていることを感じ取っていた。


「…さゆちゃん」
去り際、葉菜は再度佐祐理を呼び止める。

「あなたがそう思ってるかわからないけど…
かごめちゃんはなんの意図もなく、突然あなたを突き放すような言葉をおいそれと言える性格はしてないと思うの。
…例えあの子自身が、あたしやさゆちゃんと違う世界の存在だったとしても」
「…はい」
頷く佐祐理。
だが、その視線はやや下を向いたままだった。

葉菜は構わず、言葉を続ける。

「だから、きっと本人の口から、本当のことを聞くまでは…
それにあなたやポエットちゃんに何が起こったのか知るまでは、あたしも引き下がる気はないからね」
「先輩…」
少し俯き気味だった佐祐理が、あらためて葉菜の顔を見る。

驚いたような佐祐理の表情と、真剣な葉菜の表情が、互いの瞳にはっきりと焼きついた。

そして佐祐理の瞳に映る葉菜の表情が、笑顔に変わる。

「明日、一緒に天草寺へ行こう?
そして、もう一度かごめちゃんに会いに行くの。いいでしょ?」
佐祐理は少し躊躇したようだが、
「…はい」
そう一言応えて会釈すると、その場を後にした。

最後に振り向いた佐祐理の表情に、煩悶はもうなくなっていた。


「…何があったか、僕にも話してくれるんだよね?」
佐祐理の姿を見送り店に戻ろうとした葉菜は、そう呼び止められてぎょっとして振り向く。

そこには歩の姿があった。

トレードマークのニット帽に、ピンクのトレーナーとジーンズ。菓子類やぬいぐるみをゲームセンターの手提げ袋に詰め込んでぶら下げているというあたりから、恐らく散歩ついでに出てきて雨に遭い、商店街のゲームセンターでヒマを潰していたというあたりだろう。

「歩ちゃん…」
「あの様子を見れば、さゆちゃん達に何があったか、気になるもん」
そういってにっこり笑う歩。

歩も興味のないことや、自分に関わりのなさそうなことに深く首を突っ込んでくる性格はしていない。
逆に、一度食い下がってきたらなかなかあきらめてはくれないという性格だ。

「…俄かには信じられない話だけど、それでも聞く?」
無駄だとは思っていたが、葉菜はあえてそれを問う。

「葉菜は信じたんでしょ?
だったら、僕も信じる。
友達が困ってたら助けてあげたいって思うのが当然だからね」

思ったとおりの言葉が返ってきて、葉菜も苦笑するしかなかった。


確かに、自分たちだけが知っていても解決の糸口にならないかもしれない。
けれど、知れば何かを考えることはできるはずだ。
例えそれが根本的な解決の糸口にならなくても…。


「…解った。
ちょっと長くなるけど、夕飯とか大丈夫?」
「うん。今日ちょっと…遅くなるとかいう話だから、後一時間くらい」
歩は少し口ごもった。

恐らくは父親の帰りが仕事で遅いのだろう。
葉菜は幼い頃父親を失っていることを、彼女は知っている。故に少し遠慮したのだろう。

気にしなくていいのにね、とは思うのだが、こういう気配りがそれとなくできるのも、この少女の美点でもあった。


そして葉菜は、歩を伴って店の中へ戻る。
土曜の夕方、雨上がりの商店街は少しずつ賑わいを取り戻してきた。



翌日。
佐祐理は葉菜から電話で呼び出され、商店街へとやってきていた。

今日は店もちゃんと営業しているようで、店の軒先にも「SALE」の立て札がついた花束の缶がたくさんおかれていた。
その中には、葉菜と歩の姿がある。

「すいません…お待たせして」
「気にしないでいいよ。僕も今来たところだし」
からからと笑う歩。

佐祐理はこの場に彼女がいたことで、もしかして自分の都合で歩と遊びに行く約束をしてたことを放り出す格好にさせてしまったのか、と一瞬思ったが…。

「お節介焼きは一人じゃないってことよ。
何処まで力になれるか解らないけど…道連れは一人でも多いほうがいいと思ってね」
「なんだよーその言いかたー」
皮肉めいてさえ聞こえる葉菜の冗談に、歩はぷーっと膨れっ面をしてみせる。

佐祐理はそれが、素直に嬉しいと思った。
自分のことばかりではなく、恐らくは彼女らもかごめのことを気にかけてくれているということが。

「…じゃあ、いこっか。
いくら出かけるにしても、この時間なら誰かきっといる」
葉菜の言葉に、ふたりは頷く。

「…何仕出かすか解らんけど…あまり迷惑になるようなことはするんじゃないよ」
「解ってるって。じゃあ、いってくるね」
店先に顔を出した華子に見送られ、三人は店を後にした。



誰一人として会話を持つことなく、程なくして到着した見慣れた鳥居へと階段を上る。
佐祐理は先日の苦い記憶ゆえか、二人からやや遅れて、ゆっくりと上っていった。

「あれ…?」
鳥居に立ち止まった葉菜は、怪訝そうな表情で呟く。


見れば、その母屋は全ての戸がきちんと閉められ、カーテンもしっかり閉まっている。
まるで、ひとの気配が感じられなかった。

「…なんだろ、あれ。玄関ところの」
歩が何かを見つけて、玄関へと駆け寄る。

それは一枚の貼り紙だった。

「都合によりしばらく留守にします。急用がある方はこちらへご連絡ください…だって」
「これって…」
顔を見合わせる葉菜と歩。

佐祐理はその紙に見覚えがある…というより、紗苗もかごめも仕事の関係で一度だけ、三日ほどふたりで家を空けたことがあった。
そのとき、こうして貼り紙を貼ってあったのである。
そして、この連絡先とは…。


「やはり…来てしまったかね…」
その声に驚いた三人が振り向くと、その先には。
「…教頭先生」
普段は生徒に柔和そうな笑みを見せるその人物が、少し困ったような、それでいて寂しげな表情でそこにいる。

「…紗苗君の託(ことづて)でね。
君らが来たようであれば、私から説明して欲しいと頼まれていたんだ。
…恐らく…佐祐理君が食い下がってくることは無くとも…
彼女やかごめ君に何か起こったことを知れば黙っていない娘たちがいるから…とね」
鴨川はそのまま彼女たちの脇を通り過ぎると、閉ざされた藤野家の母屋の鍵を開ける。
「…どうして…教頭先生が?」
当然のような質問をぶつける歩。
「姓は違うが、私も藤野の縁者…紗苗君とは遠縁に当たる身でね。
だから、時折何かあれば、私がこの家のことを引き受けることがあるのだよ。
…入りたまえ、長話をするのなら、戸口でというのも何か不便だ」
三人は顔を見合わせたが、やがて鴨川に招かれるまま、本来の主がいないその家へと入っていった。



「…というわけだ。
今…この家の者は皆、奥多摩にある藤野の本家へと移っている。
ここからさほど離れているわけではないが…其処での生活の目処がつき次第、この家も別の藤野の者が住む事になろう。

…佐祐理君の封印のことは、恐らくその者がしばらく受け持つことになるはずだ。
もしこういう事態にならなければ、私はいずれそれとなく明かしていくつもりでいたのだがな…」

鴨川は自身の前に用意していた茶を一口啜り、息をついた。


全ての顛末を聞き終え、三者三様ではあるがそれぞれ事の次第を理解できた。


「…そんなの…おかしいよ」
しばらく沈黙を保っていた三人の中で、最初に口を開いたのは歩だった。

「かごめちゃんも…紗苗さんも六さんも…みんなみんな卑怯だよ!
迷惑かけたくないって…そんなの…もう巻き込んじゃったのに本人に知らせずにおくなんて!
黙っていなくなるなんて…そんなのないよっ!」
歩は怒っていた。
それはきっと、佐祐理の為であることは間違いないが…彼女を巻き込んで傷つけたことを指していっているのではないだろう。
「…確かに…君の言う通りだ。
だが…知らせたところでどうするということも」
「さゆちゃんが人間でなくなるかどうかとか、なんでその話を当人の頭の上でするんですか!?
当人のこれからに関る話だったら、尚更ですっ!」
鴨川の言葉も遮り、歩は興奮したように食いかかる。
「…先輩…少し落ち着いてくださいっ…!」
僅かに泣きそうな表情で佐祐理が葉菜の袖口を掴んで制しようとする。
「だって…さゆちゃんも口惜しくないの!?
あなた自身のことなのに…蚊帳の外にされて、全部決められてさ!」
「落ち着きなよ歩ちゃん」
思わぬところから声が上がり、ヒートアップし始めていた歩も、佐祐理も驚いたようにそちらを振り向く。

普段見せないほど、葉菜の表情は険しかった。

「…教頭先生は言付けを頼まれただけ…なんですよね?」
「…あ、ああ」
鴨川も少し面食らった様子であった。

全く面識の無い少女ではなく、むしろクラスでもトラブルメーカーであった歩と、その制動役でもある葉菜のことは、鴨川もよく知っていた。
決して物静かなほうではないが、明るく人懐っこい性格の彼女なら、最初から歩と一緒になって声を荒げてくることは想像に難くない。

しかし…それだけに葉菜のこの様子は彼にとって意外だった。
じっと沈黙を守り、真剣にこちらへ向けてくるその眼差しはある種の迫力があった。

「でも…私も歩ちゃんと同じ意見です。
…もしかごめちゃんたちが…その、藤野の本家ってトコにいるんだったら、私はさゆちゃんを其処へ連れて行きます!
そんな理由で一方的に別れ別れにされるなんて、私納得行かない!絶対に!」

だが、その宣言を聞き…鴨川は彼女が、きちんと客観的に物事を吟味した上で、こうした結論を迷いなく導き出せる少女であることを、改めて理解した。


「…幸せ者だな…彼女は」
ふっ、と笑う鴨川。

「藤野の本家へ行くつもりであれば…恐らく数日は、そこで過ごすことになるかも知れん。
先に話したとおり、かごめ君は自ら戦うための力を得る為の修練の最中だろう。
そうすれば、家にはおらん。紗苗君がこの事態を予期していたのであれば、彼女が巧く取り計らってくれるはずだ」

三人は顔を見合わせた。
佐祐理はもとより、葉菜や歩も流石に数日家を明けるというところまでは想定していない。黙っていなくなれば大騒ぎになるだろうし、それ以前に明日までならともかくそれ以降となると学校の問題もあった。

「…そんなことを言って、私たちをあきらめさせようって言うんですか…?」
「そういうことじゃないさ」
僅かにむっとした表情で噛み付いてくる葉菜に、鴨川は穏やかな表情のまま返す。
「君らが本気で…彼女に会いに行くつもりであれば、私も力を貸そう。
私は精霊使いでもある。精霊に君らの人格と記憶をコピーして、身代わりとすれば一週間くらいはどうにかできるだろう」
鴨川は縁側に立つと、懐から一枚の蕗の葉を取り出した。

掌に魔力を集中させると、蕗の葉がくるくると回転し始め、淡い緑の光を放つ。

−契約により我が前に顕れよ、蕗の三姉妹よ−

次の瞬間、蕗の葉の光が一層強くなり…そこから三つの光が飛び出してきた。
光はやがて、純白の服を着た、緑色の髪を持つ三人の少女へと姿を変えた。

「わぁ…」
先ほどの険しい表情も何処へやら、その光景に目を輝かせる歩。

完全な人型となった少女たちの、真ん中に居る帽子の少女が前に進み出る。
「…何か御用ですか、御主人様」
可愛らしい外見と声に裏腹な、随分とぶっきらぼうな態度である。
「君らに身代わりを頼みたい。
丁度人数は三人、それぞれ一人ずつを担当してくれ」
最初に応えた少女があからさまに嫌そうな顔をする。
「随分面倒臭そう…」
「ちょっとユキちゃん、折角のご命令なんだからそんなこといっちゃダメだよー」
左隣に居た、ふたつくくりの少女がそれを嗜める。
「そうそう、なんか聞いてると、なんか面白いところへいけるみたいじゃん?
あたし一度、人間の学校で授業とか受けてみたいと思ってたんだよねー」
右隣の少女が嬉々として相槌を打つ。
「こらこら、遊びではないんだぞ」
使役者である鴨川も苦笑を隠せない。

右隣の少女は月、真ん中の少女は雪、左の少女は花と名乗った。
精霊使いである鴨川が使役する、樹花の属性を持つ中位精霊「蕗の三姉妹」である。
その性格等々から、雪が佐祐理、花が同じ音の名を持つ縁から葉菜、性格的に近い月が歩の身代わりをそれぞれ担当することで決まった。

術式はほんの数分程度で終わり、少女達の目の前には、寸分違わぬ自分たちの姿があった。

「…ではお前たちは、それぞれの家に帰り、彼女らの普段の通りに過ごしてくれ。
私は彼女らを本家へ連れて行く。
また学校が始まったら、一度私のところへ来るように。彼女らが戻るまで、しばらくはそのようにな」
「畏まりました、御主人様」
「はーい!」
「まぁ、仕方ないわね」
葉菜の姿で恭しく一礼する花、まるで本物そのものとしか言い様のない月、イメージギャップ全開の雪。

「…だ、大丈夫かなぁ…特に雪って子」
鴨川が用意してくれた車の中、見送ってくれた三姉妹の様子に葉菜も苦笑を隠せない。
「大丈夫、彼女らは優秀な子達だ。
余程のことがない限りは正体がばれることもないだろう…それより」
鴨川は再度、真剣な表情で問いかける。
「敢えて今一度聞くが…引き返すなら今のうちだぞ?
ここから先は、恐らく抗うことの出来ぬ運命の流れに、否応なく巻き込まれることになる」
「…くどいです、先生」
葉菜の言葉に、歩と…一瞬躊躇したものの、佐祐理も頷く。

そうか、と呟くと、彼は視線を元へ戻す。


彼は、言付けを受けたときのことを思い出す。

「…叔父様。
さゆちゃん達がここへ訪ねてきたら、今のこと…よろしくお願いします」
かごめ達を先へ行かせ、見送りに出ていた鴨川へ紗苗は告げる。
「構わんが…本当に来るのだろうか…?
確かにあのふたりなら、そういうことを仕出かしそうな気がするが…聞くところ、佐祐理君がここへ来ることは」
あるまい、と続けようとした言葉を、紗苗は遮る。
「いいえ、絶対にそれはないと思うんです。
さゆちゃんが黙って抱え込もうとしても…多分、はなちゃんが気づいちゃうと思う。

…あの子はさゆちゃんやかごめちゃんに何かあれば、絶対に黙っては居ない気がするんです。
…あの子…あたしに良く似てるから。

だから…真実を知ってなお、あの子達がかごめちゃんの力になってくれるというのなら…あの子達を本家へ連れてきてあげて。
今のかごめちゃんだと…多分ダメだから。
あたしには多分どうしようも出来ないから…きっと、あの子達が居ないと、何もかもがダメになっちゃうと思うから」


鴨川は、最後に見た紗苗の表情を思い出す。
普段気丈に振舞うこの女性が、必死になって、泣き出しそうなのを堪えているような、そんな表情を。

そこに、何かを強く期待するような気配があったことを。


(…君の言ったとおりだな、紗苗君。
 この子達はきっと、どんなことがあろうとかごめ君のために大きな力となってくれるのだろう。
 いかに彼女が突き放そうとも…)

鴨川はそのことを再認識する。
これが恐らく、自分に課せられた最も重要な役目であることを。

(待っていろ…紗苗君。
 この子達はきっと、かごめ君が閉ざしてしまった心を開かせてくれる…!)

何故かは解らないが…彼にはその確信があった。