佐祐理が立ち去った後、かごめもまた境内の片隅で俯いたまま立ち尽くしていた。


「…そんな顔をするなら…どうしてあんなこと言ったのよ」
紗苗に声をかけられても、かごめは何の反応も見せようとしない。

やがて空は灰色の雲に覆われ始め、そこから一滴、また一滴と雨が零れ落ちてくる。


雨はやがて本降りとなり、立ち尽くしたまま微動だにしないかごめと、その背後に立つ紗苗の身体も一様に濡らしてゆく。


「…気が済んだら、家に入りなさい。
明日はもう、日が昇る前にはここを発たなきゃならないんだから…身の回りのもの、用意しとくのよ」

紗苗はそのまま、母屋へと帰っていく。
しかし、かごめはそこを動くことはなかった。


「…ごめん…」


その呟きは、大地を叩きつける雨音にかき消される。


「…さゆ…ごめん…ごめんね…!」


かごめの頬に伝うのは、降り出した雨ばかりではなかった。



「天使の羽詩」
第十六話 親友(トモダチ)の証明 -中-




「どう六兄…あの子の様子は?」
所用があってたまたま本家へ戻ってきていた六へ、紗苗は声をかける。
「やはりというか、かなり筋はいいな。
元々俺やジイさんがあいつのちっちぇえ頃から色々仕込んでたのもあるが…」
恭しく会釈して通り過ぎる使用人を見送ると、六はそのまま縁側へ腰をかける。
「そろそろ、魔法戦闘のいろはも叩き込んでやらにゃならんだろうな。
そうすると、言霊が組めない俺だけじゃどうも役不足だ」
と、六は肩を竦める。

剣術と体術に優れ、総合的な戦闘能力としては魔性狩りの名門・藤野一族においても並ぶ者がない、といわれた六だが、生まれつき「言霊」を練る力が欠如しており魔法を使うことが出来ない。
武術と魔術がその両輪をなして始めて完璧といえる「魔性狩り」として、いうなれば六は「半端者」なのである。

彼がそれでも魔性狩りとして認められているのも、それを補って余りある剣技と、生来持つ魔力そのものの大きさによるところが大きいが…。

「そうね…そろそろ、誰か他の人をサポートにつけないと」
「ならば、僭越ながら私がその役目、受けましょう」
廊下の角から、一人の青年が姿を現す。
昔ながらの修験者の衣装を纏った坊主頭の青年。
「一京君…いいの?」
「ええ。他人に教えるということも、また私にとって良い修行になるでしょうし」
青年が柔和そうな笑みで返す。

その名を舟木一京といい、藤野家と縁の深い陰陽師一族に属する。
若い彼は、一族の許可を得てさらに己の能力を磨くため、藤野の本家で修行させてもらっている身であった。
物腰は謙虚であるが、彼もまた数年の修行生活で、藤野本家に住み込んでいる数十名の術士の中でもトップクラスの使い手である。
他の練達の術士たちからも一目置かれる存在であり、確かにかごめのワンランク上の修行相手としてはうってつけではある。

六が目配せすると、紗苗は鷹揚に頷く。

「おしッ!じゃあ今日から俺とお前で組んでアレを鍛えてやるとするか!
ついでにお前さんが苦手な近接戦闘のいろはも、この機会に徹底的に仕込んでやるか?」
「あはは…お手柔らかに」
六は一京を伴いその場を後にしようとする。

が、彼は廊下の角を曲がる際、紗苗のほうを振り返る。

「…つい今しがた…鴨川の叔父貴から式が飛んできてたぜ。
…あの子達をここへ連れて来るそうだ」
「……そう」
六は僅かに、寂しそうな目をする。
「…俺は…出来ることなら、あの子達にこんな世界を知って欲しくねぇ。
だが…それを決めるのはあいつらだ。
こうなるのが避けられねぇ運命というなら、それを導いてやるのも俺の…いや、俺らの義務だ」
「…六兄」
きょとんとした表情で見返す紗苗に、六は普段通りの笑みを返す。

「…だから、お前一人で何でも抱え込もうとするな。
お前が藤野の頭領だからといっても、人間一人にできることなんてたかが知れてるんだからな」
「うん…」
六はそのまま、その場を後にした。


道中食事を取り、車を走らせること二時間弱。時計はそろそろ三時半を指そうとしている。
奥多摩のさらに郊外、住宅地からも大分離れた場所に、その屋敷があった。

「すごーい…ここ全部、かごめちゃんたちの家なの?」
感心したように呟く歩。
「正確に言えば…我が一族の修行場になる。
本家といっても、当主である紗苗君も滅多には来ないからな。
普段は彼女が認めた代理人がこの家のことを束ねておる」
「…というか、紗苗さんってそんなにすごい人だったんだ」
葉菜が傍らの佐祐理を見る。
「私も…全然」
当然ながら彼女も首を横に振る。

道中、これまで彼女たちが知らなかった藤野一族のことも、鴨川は説明していた。
その中には、比較的付き合いの長い佐祐理ですら知らないことのほうが多かった。

「魔性狩りというモノ自体が、そもそも裏稼業に近いシロモノだからな。
悪性魔性の応対は表向きには警察の仕事になっているが…警察組織といってもやれることは限度がある。
世間におおっぴらに言えるようなことではないということなのだよ」
「ふーん…じゃあ最近、テレビで時々取り上げられてる魔法少女とか、ヒーローとかというのとも違うんですか?」
「ああ。あれは認可されているわけではない。法律で言えばむしろグレーゾーンに当たる存在だ。
ただ近年の悪性魔性の動きの活発さは顕著であり、全国に居る生粋の魔性狩りだけでは人手が足りない…だから、黙認されているのさ。
まぁ…例外はあるみたいだけどな」

興味津々に質問を繰り返す歩が自覚しているかはともかくだが、葉菜と佐祐理は、最早自分たちが引き返すことの出来ない領分に来ていることを漠然とだが理解し始めていた。

かごめが今置かれている立場を理解すること。
それを知ることは、常にそうしたものと隣り合わせになっていくということ。

これからかごめと深く関っていく限り、避けては通れぬことを。

「…わ、でっかい門だ」
歩が能天気に呟く。
その視線の先にある藤野本家の門…まるでそれは、これまでの日常とは別世界の入り口のように、ふたりには思えていた。



鴨川の口利きにより、三人は客間へと通された。

「すごーい…うちの教室くらいありそう…」
きょろきょろと部屋の中を見渡す歩。
「しばらく、そこで待って居給え。
私はこれで失礼するが、後のことは紗苗君に聴くといい。あとは彼女が取り計らってくれる」
「はい…何から何まで、ありがとうございます」
佐祐理がお辞儀するのに、穏やかに笑って返すと、鴨川はその部屋を後にした。


宛がわれた座布団に座りながら、三人は用意されたお茶とお菓子をそれぞれの前に引き寄せる。

「…なんか…こんな広い部屋に僕たちだけって、落ち着かないねぇ」
「そのわりには落ち着いてるわね。
…というか今の状況、本当に理解してるの歩ちゃん?」
「ふぇ?」
既に茶菓子を口に放り込んで、まるで緊迫感のないその様子に葉菜も呆れるしかない。
「だってさぁ…そんな深刻に考えても仕方ないじゃん。
確かに大変なことになっちゃったと思うけど…けど、だからってじたばたしたって始まらないじゃん」
肩を竦める歩。
そして、彼女は少し俯く。
「…僕だって…やっぱりちょっと怖いよ。
けど…まだちゃんと知り合って間がなくても、かごめちゃんもさゆちゃんも僕たちの大切な友達なんだ。
だから…知っておかなきゃならないことは、ちゃんと知っておかなきゃならないと思う」
その表情は、普段の彼女のそれとは少し違った、少し陰を含んだ微笑。


葉菜は、10年以上前…事故で父親を亡くしたときのことを少し思い出していた。

ショックで心を閉ざしてしまった自分の部屋に歩が上がりこんできて、しばらく黙りこくってたと思ったら、突然火のついたように泣き出した。
あまりのことに葉菜は我に返ってしまい、気づいたら一緒に大声で泣いていて、何事かと思った華子や親族達が慌てて部屋に飛び込んで来ていた。

葉菜は泣いた理由を問われた時「最初に歩が泣き出したから、気づいたらやはり自分も父親がいなくなったのが急に淋しくなって泣いた」と答えたが…歩は「このままだと葉菜まで一緒にいなくなりそうな気がして、それが怖くなって泣いた」と答えた。


(そうだよね…歩ちゃんは昔から、こうだったんだ)
この少女が、自分の大切だと思う者のために、何処までも一生懸命になれるという少女であることを、彼女は今更のように思い知らされる。
先ほどから務めて明るく振舞おうとしていたのも、きっと葉菜や佐祐理の不安を少しでも和らげようと、そう考えてのことだったのかも知れない。


だが…佐祐理はここにくるまでずっと、一言も発していない。
話を聴いていなかったわけではないのだろう。
むしろ逆に、あまりに衝撃的な話を一気に聴いてしまったことで、そのことで気持ちの整理がついていないのだろうか。

(ううん…これだとむしろ)

葉菜は息を吐く。
「…まぁ、確かに歩ちゃんのいう通りかもね」
「え…」
不意に肩を叩かれ、佐祐理は驚いたように葉菜の顔を見返す。
「なんだかんだでここまで来ちゃったんだもん、ね?」
「…はい」
少し困ったような顔をしていたが、佐祐理はいつもよりも少し弱々しい笑顔で頷いた。


葉菜は直感した。

彼女の気持ちの整理がついていないというなら…恐らくそれは、彼女自身が今置かれているこの状況そのものに戸惑っているのではないかということ。

それが何故なのかまでは、葉菜にも解らなかったが。



「…ごめんなさいね…待たせちゃって」
不意に戸口で声がして、三人がそちらを振り向く。

僅かに空いた障子の向こう、姿を現した紗苗は、ウエーブの髪をアップに束ねて簪を挿し、千鳥模様の入った紺の着物を身につけた姿でその場に現れた。
それは三人の誰もが、初めて見る…藤野一族当主としての紗苗の姿だ。

紗苗は三人の対面に座る形で腰を下ろした。
そして、重い口を開く。

「昨日…さゆちゃんが訪ねて来ていた時…なんとなくだけど、こうなりそうな予感はしていたわ。
もっとも、こんなに早いとは思っていなかったけど」
寂しそうに微笑む紗苗。
「…今更、許してくれ、とは言わないわ。
さゆちゃんを巻き込んでおきながら、何も告げずに逃げてしまった以上、言い訳をするつもりもないし、出来ないと思うから」
「だったら…だったらどうして!」
その沈黙を打ち破り、歩は声を荒げる。
紗苗は俯いたまま、言葉を続けた。

「大体のことは…叔父様がきっと話しているはずだけど…。
かごめちゃんは、自分の手で…本当に大切に思っていた友達をふたりも傷つけてしまった。
それが避けられなかったことで、あの子自身の心も、深く傷ついてしまったの…。

あたしは…やはりどうあっても、あの子の事が一番大切だから…。
だから、これ以上あの子を苦しめるような状況にはさせたくなかった」

歩は次に続けるべき言葉を見失ってしまった。
それは葉菜も同じだった。

悟ってしまったのだ。
紗苗が…あまりにかごめに近すぎる故に、いざというときには周囲に対して盲目的なまでに、かごめのことしか見えなくなってしまうということを。

そのことで、彼女自身すら苦しんでしまっていることを。


「…でも…それじゃあダメなのよ…
あたしの言葉は、上辺であの子を繋ぎとめることが出来ても…なんの解決にもならない。
無責任な言い方なのは十分に承知してるわ…けど…あたしはあなたたちが来てくれることを、切望していた…」

泣き崩れることも出来ず、この女性はずっと耐え続けてきたのだろう。
既に自分の心は激しい葛藤の末に、崩壊寸前になりながらも。

「…お願い…あの子を…かごめちゃんを…助けてあげて…!
もうこのままじゃ…みんな…みんなダメに…」
「…紗苗さん」
葉菜はそっと、その側に近づく。

「それだけじゃダメだ!」
はっとして、皆その声の先へ振り返る。

その声の主は、歩だった。

ハシバミ色の瞳に溢れた涙を堪え、じっと畳の一点を凝視しているその姿が…幼い頃、部屋に乗り込んできて突然泣き出したその姿と重なったように、葉菜には思えた。

「どうして、最初から言ってくれないんだよっ…!
かごめちゃんも…さゆちゃんも…紗苗さんも…最初から淋しいって、辛いって一言言ってくれれば、それで済む話なんじゃないか!
どうしてみんなしまいこもうとするの!?どうしてだよっ!」

その言葉に、佐祐理が顔を背ける。


きっと、今辛い状況というなら、彼女がいちばんのはずだ。
これまで彼女が会話らしい会話を持とうとしなかったのも、もしかしたら葉菜たち自身の空回りだったのではないか、と思うようなこともあった。

だが、そうであれば昨日の佐祐理はなんだったというのだろうか。
関係ない、で終わらせてしまうなら…きっとありのまま全てを話すようなことはなかったはずだ。

それが彼女が無意識に発したSOSであると確信したからこそ、自分たちはこうして動いたのではなかったのか…。


葉菜が精神の堂々巡りに追い込まれかけたそのとき、部屋の外が俄かに騒がしくなり始める。


紗苗は無理やりに涙を払うと、すぐ立ち上がる。
そして急を告げるためやってきた使用人の青年に誰何する。
「何事なの!?」
「紗苗お嬢様!急報です!
現在兼続様達がおられる修行場に、突如大量の悪性魔性が出現したとのこと!
自縛の悪霊が何らかの要因で迷って出たものと思われますが、それにしては数と質が異常です!」
「…なんですって…!」
顔色を変え、部屋の外へ飛び出す紗苗。

裏手の山…現在かごめたちがいるはずのその修行場のあたりに、濃い瘴気が渦巻いているのが彼女には解った。


(この瘴気…まさか!)
紗苗は戦慄した。

ほんの数日前、その規模は違えど同質の瘴気を彼女は捉えていた。

「あれ…こないだ見たのと同じの…?」
歩の言葉にぎょっとして振り向く紗苗。
「…あなた…アレが見えるの…!?」
わななくようなその問いかけに、歩は頷く。
「真っ黒で、なんか嫌な感じの空気が…天草寺を包んでたのを見たんだ。葉菜も見たって」
葉菜も頷く。

(確かにアレは異常な強さの瘴気だけど…普通の人間には感じ取ることさえ出来ないはず。
 この子達…もしかしたら凄い強い魔力の持ち主なんだわ。
 かごめちゃんも確か…さゆちゃんも異変に気づいていたといってた)

紗苗はそのことに驚きを隠せなかったが、しかし問題はそこではないことと思いなおす。

「…あんな数の悪霊を街に入れるわけにはいかない…すぐ、周辺を結界で封鎖して!
六兄のことだから、すぐにここへ戻ってくるはず。
ここを防衛ラインとして、あの悪霊どもを迎え撃つのよ!」
「はっ!」
紗苗の命を受けた数人の青年たちが、それを屋敷のものに伝えるべく四方へ散った。

「…あなたたちはここにいて…この部屋に限らず、屋敷は防護の結界が張ってあるから、少なくとも外より安全よ。
すぐに片付けてくるから…話の続きはそれからにして」

淋しそうな表情で、事態の飲み込めない三人を一度だけ見ると、紗苗の姿も一瞬でそこから掻き消えていた。


「…どういう…こと…?」
「解んない…でも、なんか大変なことになっているのは確かだわ」
歩も葉菜も成すすべなく、山からにじり下りてくる瘴気の塊を凝視する。

「…え!?」
佐祐理は、その瞬間自分のジャージの左ポケットから、異様な熱を発しているのに気づいた。

あわててそこを探ると、先日訪れた藤野家の庭で拾った欠片が、眩い光を発していた。

「な…なにそれ…?
すっごい光ってる…」
歩が佐祐理の掌で、何かを訴えるかのように強い光を放つそれを凝視する。
「これ…うそ…なんで…?」
葉菜は気づいた。
顔を見合わせた歩の表情から、彼女もまた、同じことを感じ取ったということが解る。

「さゆちゃん…これ…もしかして」

葉菜が問うよりも早く、佐祐理はそのカケラを隠すように胸に押し抱き、弾かれたようにその部屋を飛び出していく。

「さゆちゃん!?」
「何処へ行くんだよっ!?」
葉菜と歩も慌ててその後を追って部屋を飛び出していった。



「くそッ、なんて数だ!」
その光景に六が悲鳴にも似た怒号を放つ。

虚ろな、半透明の黒い影が波の様に彼らを襲い、六の構えた刃とその鉤爪の衝突で火花が散る。
一京の雷撃魔法と、六の振るう魔力のこもった刀で応戦しながら、彼らはろくに実戦経験のないかごめをフォローしつつ本家の母屋へと激しい撤退戦を演じていた。

かごめも動揺していないとすれば嘘になるだろうが、それでもこれほどの数の悪霊相手をふたりだけでどうにかできるだろうなどとは考えて居なかった。
と言うよりも、自分が何も出来ないでいることに、激しい嫌悪感が沸き立って止まなくなっていた。

彼女がその背負った刀に手をかけようとする。

「…いいからお前は手を出すな!」
六の言葉に、かごめの手が止まる。
六は振り向くことなく、気配だけで彼女の行動を見抜いていた。
「こういう戦い方は、今のお前には無理だ!
だから今は、俺たちのやることをしっかり見て覚えておきやがれ!いいなかごめ!」
「…っ!」
かごめは歯噛みする。

確かに、今の彼女ではただ闇雲に剣を振り回し、目の前の悪霊たちにいいようにあしらわれるのが関の山だということを、彼女も理解できた。

これほどの大異変であれば、本家からでも察知できるだろう。
ということになれば、本家まで引き付け、そこで本家の者と迎え撃つほうが戦略としては正しいだろう。

しかし…。

(なんで…なんでだよっ…)

彼女はこの先、何かとても悪いことが起こるような気がして止まない。
それは、彼女たちが本家へ近づけば近づくほど、強くなっていくようにさえ思えた。


かごめの視界に、本家の門が見える。


「…よし、ここから反撃するぜ!一京、援護頼む!」
「承知!」

六は踵を返し、そのまま疾風の如く悪霊の一団へと切り込んでいき、そのまま一刀両断に霧散させる。

「かごめ!お前は本家へ!」

一瞬躊躇った彼女だったが、そのまま本家めがけて走り出していた。


そのとき。


「…うそ…!」


かごめはそこに立っていた…ここにいるはずもない人物の姿に思考が止まる。
お互いの視線が交錯し、刹那の後、その少女の真上に黒い影が巨大な爪のシルエットを中空に描いた状態で姿を現したのが見えた。


「さゆちゃんっ!」
駆けつけてきた紗苗が絶叫し、佐祐理が振り向いた時には、その黒い鉤爪が彼女の体めがけて振り下ろされていた。

まるでそれは、目の前の命を容赦なく薙ぎ払う死神の鎌のように。


スローモーションのように流れるその景色の中で、かごめたちはさらに信じられないものを見る羽目になる。

立ち尽くす佐祐理の横から、その黒い刃と少女の間に、すべりこむかのように飛び込んできたひとつの影。
佐祐理の身体を覆うように飛び込んできたその少女…葉菜の身体を、黒い影の刃が通り過ぎていく。


一拍遅れて、鮮紅の飛沫がその背から舞った。