♪BGM 「Heart of Glass」/Liz Triangle(「おてんば恋娘」アレンジシリーズ  引用元はこちら)♪


誰も声を発さない。
リリカとこいしは、その事実を否定するよう自分に言い聞かせながら、一歩ずつ近づいてゆく。

「そんな…ウソだよ…かごめさん…!」

戦慄くように呟くリリカも…その一歩ごとに、現実が容赦なく襲ってくるのを否応なしに感じながら。


「…もう…泣くなよ」

かすかに声が聞こえて、頬を拭う感触にルーミアは顔を上げる。

「…ちゃんと、できたじゃないか…。
あんたは、もう…大丈夫だ。
…これからも…これで…一緒にいられる…


ルーミアはその手をしっかりと握りしめる。
その手から伝わる温度が、少しずつ冷めていくのを拒絶するかのように。


「…かごめ…どうして…!」

その反対側にへたり込む文。

「…あんたが、言うことか…。
あのとき…お前も、こいつを…かばっただろう…」

苦笑するかごめ。

「ちくしょう…巧くいったと…思ったのにな。
…レミィ、あんたには…これが見えていたのかい…?」

傍らに立ちつくしていたレミリアは、その言葉に一瞬、身を震わせる。


認めたくはなかった。
ほんのわずか前、彼女の脳裏に過ったのは、紛れもなくこのかごめの表情だった。

それよりわずか前の光景は…頑なに見るのを拒絶した。
しかし…紛れもなくそれは、ルーミアの一撃がかごめを貫くその光景だったに違いなかった。


「ごめんな、みんな。
どうやら、あたしは…」



「この戯けが!!」



その言葉を遮るかのように、不意にその怒号が飛び、皆がその方向を一斉に振り向く。


「貴様、これだけの連中を…いや、他にも多くの、お前の帰りを待ちわびている者を残して勝手に死ぬつもりか?
そんなことは、この私の目が黒いうちは絶対にさせんぞ!」

その視線の先に現れた、白いドレスを纏った銀髪の少女。
彼女は足早にその傍らに歩み寄ると、かごめの体を抱き起こし、腰につけていた瓶の栓を抜く。

「飲むがいい。
残りはわずかだが、お前の命を取り留めるには十分な量だ」

かごめはその正体を覚り、僅かに難色を示して見せる。
だが、その少女の強い視線と、泣き腫らした目のまま覗きこむルーミアに…やがて覚悟を決めたのかゆっくりとその中身を飲み始める…。



ポケモン対戦ログ(2010.4.29・4.30)幕間 「我が親愛なる闇の天使よ(後編)」



「…あれは…まさか、人間の血?」

その匂いを、鋭敏な嗅覚で嗅ぎ取ったレミリア。

「そのようですね。
彼女が持ってきたのは…恐らくはかごめさんと最も近しい存在のものでしょう」

そこに、さとりも姿を現す。

「…ほう、幻想郷に覚の一族がいると聞いていたが、貴様がそうか。
いかにも、これはこの無鉄砲が最も苦手とする存在の血だ。
いずれこのようなことがあった時と言って、“彼女”の頼みでその一部を魔力で保存しておいた…既に二回ほど使われており、これで全部だがな」

総てを飲み下すと、かごめの胸の傷が少しずつ塞がり始める。
それと共に、彼女の意識もはっきりし始めて来たようだった。


「畜生…それだけは本当に勘弁して欲しかったよ…。
あのひと、魔力が強過ぎて転生できないから、此間冥界の奥でそのままうろついてるのに出会ってきたばかりだってのに…!」

苦笑するかごめ。
その表情は、普段とまったく同じ力強さを取り戻し始めている…。

「諦めろ。
お前がこの総てを飲みほしてしまえば、程なく“彼女”は霊体のまま、従僕化して戻ってくる筈だ。
冥界でも既に許可は下りていると聞いた。今回の無茶の分も含め、今後しっかり油を絞ってもらうといい」
「ううん、もう戻って来てたりしてね♪」
「え…うおわー!?

銀髪の少女もかごめも、その声に思わずのけぞってしまう。
霊体であることを大げさに示す人魂を携え、ブラウンのウェーブがかかった髪の女性が悪戯っぽい笑みを浮かべている。

「え、まさか…紗苗さんっ!?」
「あらリリカちゃん、久しぶりじゃない。
というか、あなた騒霊って聞いてたけど、暫く見ないうちに雰囲気変わったわねー。
賑やかなお姉ちゃん達と一緒じゃないのも珍しいわね」

驚愕するリリカに、紗苗と呼ばれたその女性は能天気に笑いかける。
驚いたのはポエットもだが、どうやらその女性そのものより、リリカがその女性を知っていたことに驚いているようであった。

「い…一体何がどうなってるの…?
なんか、いろんなことが一気に起き過ぎて気持ちの整理がつかないんだけど…」
「安心しろ、あたしもだ」

やや蚊帳の外に置かれた格好のアリスに、呆れ笑いの勇儀。
そんな彼女たちを余所に、当事者たちはどんどん話を進め始める。

「話に聞いてた以上に、色々面白いことになってるみたいじゃない。
これまでの顛末もじっくり聞かせてもらいたいし、此処じゃなんだから移動しましょうか。
…ほら、それだけ回復すればもう立てるでしょ?何時まで寝てる気なのかごめちゃん?」
「いや、そのですねさな姉、私めはまだその…( ̄□ ̄;)ひゃあああ!?

かごめは背に強烈な冷気を感じて飛びあがった。
何時使ったのか、紗苗の指に氷の魔力が放たれた跡。

「まだその、なにかしら?」
「いえ、何でもないです、閣下(マム)

にっこり怖い顔でほほ笑む紗苗に、大仰に敬礼を取るかごめ。
どうしていいのか解らず、その傍らで不安そうな眼で眺めるルーミアに気付いたかごめは、困ったように笑いながらその頭を優しく撫でる。

「…ああ、驚かせてごめんな。
この通り、あたしはもう大丈夫みたいだ。
……だからもう、そんな顔をしなくても良いぞ」

その言葉が終わりきらないうちに、ルーミアはかごめの体に飛びついていた。



「…どうやら無事に済んだようだわ」

所々石畳は割れ、鳥居も派手に崩壊している博麗神社の境内。
先に停戦の意思を示したのは紫の方だった。

肩で息をしている霊夢に対し、紫は服装こそ多少の乱れはあるものの、それほどの疲労は見せていないように見える。

「しかし…私達が初めて出会ってから随分成長したのね、霊夢。
これだけのことができるようになったのは、単に才能が花開くだけでは到底成し得ない。
…それだけ多くの経験を積んできた証拠だわ

「ふん…なによ。
余裕綽々でこちらの攻撃を全部いなしといて、結局あんたから一切手ぇ出してないし。
あんた、あいつらをおっかけるんじゃなかったの?」

明らかに不機嫌そうな顔の霊夢に、紫は微笑む。

「ええ。
ですが、それは彼女等にそれだけの理由と覚悟が見られなかった場合のこと。
外の様子もある程度は解っていたわ。
魔理沙達は、アリス一人を行かせるためにたった三人で幽々子達を止めたみたいね」
「…本ッ当、嫌な奴だわあんた」

霊夢は結界を解除する。
それと共に、崩落した鳥居も、割れた石畳も修復されていく。
感心したように息を吐く紫。

「あら、御見事。
そんな芸当もできるようになっていたのね」
「あったりまえよ。神社壊されたら、誰が直してくれるってのよ。
あんたとやり合うんだったらこのくらいの準備、してし過ぎってことないじゃない。
…こんな予感、出来れば外れて欲しかったけど。面倒くさいし」

溜息を吐く霊夢。

「よー、こっちは決着ついたかい?」
「ったく…その行動は立派だけど、もうちょい鍛えてからやんなよ。
今のそんなのじゃ私達に喧嘩吹っかけるなんて五百年は早いよ」
「まったくだ、多勢に無勢という言葉だってあるだろうに」

不意に、からからと笑う萃香と、呆れたような諏訪子と藍の声がして、紫はそちらを見やる。
何時の間にか、博麗神社の境内にはボロボロになった妖夢を担いだ萃香や、呆れた表情の文を伴って幽々子達も集まって来ていた。

「全く…洩矢様や藍様の仰る通りです。
幽々子様の攻撃のクセは私が知ってます〜、とか言って、その幽々子殿の攻撃であなたが先にやられてしまっては世話ないじゃないですが妖夢さん」
「う…うう〜><」
「まーまー、昔みたいに私の攻撃一発で壊れなかっただけまだいいわよ〜、だからそんないじめないであげてねふみちゃん^^;」

その妖夢を担いだまま、そのやり取りに笑う萃香。

「…何よあんた達…格好つけてやられちゃってたなら世話ないじゃん…」
「うーん…面目ねえ…。
まあ巧く行ったみたいだし…こりゃあまた師匠のところで一から修業のやり直しだなあ…^^;」

橙に肩を借りたまま、悪びれもせずひとりごちる魔理沙に呆れたような溜息を吐きつつも、霊夢はわずかに微笑む。


(良かったじゃん、ルーミア。
 ……私のように、ならずに済んで)



そんな霊夢の胸中は、誰も知ることのないまま…。


……





さとりの境界操作で森を修復した後、今度はかごめの境界操作で居合わせた面々は総て、守矢神社へとやって来ていた。


チルノが目を覚ましたのは、幸いにもというか…総てが済んだ後だった。
一部始終を告げることにポエットやレミリアは懸念を抱いたが、しかしかごめはありのまま総てを彼女に告げた。


顔を伏せるルーミア。


「…まぁ、そういうことなんだが…今回は大目に見てやってくれるか?
それに、ドジ踏んだのはそもそもあたしだからな」

チルノはその言葉が聞こえてないかのように、険しい表情のままかごめのすぐ横を通り過ぎ、ルーミアの正面に立つ。


全員がその成り行きを見守る中…チルノは、ルーミアの体をしっかりと抱きしめていた。


「……ごめんよ、ルーミア。
あたいの力じゃ、ルーミアを助けてやれなかった。
また…かごめ達に頼ることしかできなかった…!」



チルノはその存在を確かめるかのように、強く抱きしめる。


「…何が、最強だ…!
あたいは力の弱い妖精なのに…!
でしゃばって、迷惑かけることしか出来なくて…それなのに…!」
「そんなことない!」


ルーミアもまた…その存在を確かめるように、その小さな体を抱きしめた。


「ちゃんと…ちゃんとチルノの言葉、届いていたよ…!
弱いのは私の方だよ…チルノが必死に呼んでくれたのに…私っ…!」



それ以上、二人の言葉は続かなかった。
存在を確かめあうように、お互いの体をしっかり捕まえたまま…泣いていた。


(チルノ…お前って奴は…)
(大した器の持ち主なのか…何も考えてないのか…。
 …いいえ、これが彼女の「優しさ」なんでしょうね

その光景を見守る勇儀やさとり…他の面々からも笑顔がこぼれる。

「…相変わらずね、かごめちゃんも。
この結末を得る為に、誰かが傷つくのが許せないクセに…自分が傷つくことを厭わないどころか、自分から求めて傷つこうとする。
私が人間としての生を終えてから百年余り、どんだけこの悪い癖を繰り返してきたのやら」

苦笑しながら、呆れ口調の紗苗。
ほっといてくれ、とかごめはそっぽを向く。

「なんだい、かごめは昔っからこうなのかい。
シンオウの時も確か、フランを庇って瀕死の重傷を負った挙句、そのままアカギやギラティナと一戦やらかしてたしねえ」
「それだけじゃないですよー。
そのあとの無意識異変でも、小傘さんを助ける為に早苗さんのオンバシラキャノンに捨て身で飛び込んで行きましたしねー」
「お、おい馬鹿やめろ!
折角のふいんき(ryを過去のあたしの行状暴露で台無しにしようとする汚いなさすが鬼と天狗きたな…( ̄□ ̄;)ひゃああああ!?

再度紗苗の氷魔法を背中に食らって飛びあがるかごめ。

「その辺の話はもうちょっと詳しく後で聞かせてもらいましょうかねー。
…えーっと、そう言えば自己紹介がまだだったかしら?」
「それだそれ。
当たり前のようにこの場にいるけど、あんた達は一体何者だい?
見た限り、かごめやポエット達とは随分親しそうだが」

場の全員の言葉を代弁するかのように、切りだす神奈子。
紗苗がかごめを小突くより先に、ロキが前に進む。


「…約一名、全く初対面ではないと思うが…」

ロキは居合わせた一人、アリスの方を一瞥する。
アリスは少し考えていたが、やがて記憶から相手を思い出した様子だ。

「あ…まさかあなた、魔界北方公令嬢の…!」
「最後に会ったのは百年ほど前、私も隠居した父上の爵位を継ぐ前だったからな。
今は一応北方公の爵位についている、ロキという者だ。
かごめ達とはかつて、一戦交えた事もあったが」
「北方公…ということは、あんたもあの神綺と同じくらいの力を持っているってのかい?」
「…ふん…全盛期の父上ならいざ知らず、残念だが今の私をダース単位でかき集めても、アレに勝てるとは思えん。
たとえ名目上の盟のお陰とはいえ、ヤツと戦争を仕出かさずに済んでると思うと正直ホッとするよ」

勇儀の問いに肩を竦めるロキ。

「確かに、神綺さんレベルの相手にはあまり無意味に喧嘩売りたかないのはあたしも一緒だけど」
「今の魔界で最も力を持っているのは、あの女だ。
…実質的に、奴が魔界を取り仕切っているからこそ平和が保たれてるのかも解らんしな
「それはいいとして…まぁこいつは魔界におけるあたしの飲み友達みたいなもんさ。
とっつきにくいところもあるけど、良い奴だよ」
「一言余計だお前は」

わずかに気色ばむロキの肩を、悪戯っぽく笑うかごめが軽く叩く。

「じゃあ、次は私ね。
私は藤野紗苗。
一応、生前でかごめちゃんの保護者をやってました」

人懐っこい笑顔であいさつする紗苗。

「おや、うちの早苗と同じ名前なのかい」
「あ、読みは一緒だけど、字が違うんです。
糸偏に少ないって書く「紗」の字に苗がさなさんの名前なんです」

ポエットの説明に「へぇ」と頷く諏訪子。

「しかし、生前と言うのは」
「…さな姉は今から百年以上前にくたばったはずなんだよ。
でも、元の魔力が人間としては異常に強くて、転生できないまま冥界で暮らしてたらしいんだわ…。
此間、冥界の底に乗り込んでた時に偶然鉢合わせるまで知らなかったんだけど」
「だから、一応紫さんとか、白玉楼の姫様とか、プリズムリバーの子達とは面識があるのよ。
一時、話友達として白玉楼で暮らしてた事もあったからね。
紫さんもなんかかごめちゃんの事昔から知ってたみたいだったけど…まさかこんな話につながってるとは予想もしてなかったわ」

紗苗がそこまで言いかけたところで、守矢神社の境内にスキマが生まれ、そこから今回の主魁…八雲紫が姿を見せる。
そのあとに萃香に担がれたままの魔理沙達も続いて姿を見せる。

「…どうやら、結局私の思い描いた結末に帰結したようですね」
「あら紫さんお久し振り。
藍さんも幽々子さんも変わってないみたいね」
「そりゃあ亡霊に妖怪ですもの〜、変わりようがないじゃない。
さなちゃんも元気そうで何よりだわ〜^^」

紗苗の言葉にころころ笑う幽々子。
親しげに話をする四人の姿をげんなりした表情で見やるかごめ…と恨めしそうな表情の妖夢。

「ああ…かごめさんとお知り合いの方だったんですか…。
紗苗様がおられた数十年間は、まるで幽々子様が二人に増えられたようで気が休まる時がなかったですよ正直
「ごめんそれは本当にごめん…。
つーか、なんでリリカがさな姉知ってんのかと思ったら、そういうことかい」
「生前ミュージシャンやってた時期があったって聞いたから、冥界でよく一緒にライブやってたんだ。
紗苗さんが白玉楼にいた間だけだったけどね。
ミスティアも歌巧いけど、ライブパフォーマンスとか総合的に紗苗さんと比べるとまだまだかなって、ルナサお姉ちゃんがよく言ってたよ」
「うわーそれ当人の前で言うのかー…('A`)」

リリカの証言にショックを隠せない様子のミスティア。

「まあとにかく。
聞けば色々丸く収まったようだし、私らの素性もご理解いただけたところで今回の件は一件落着ね。
まだ霊体とはいえ、私もこの世へ戻ってきちゃったし、これからはかごめちゃんのところで世話になろうかしら」
「おいおいなんで当事者でもないあんたが話まとめようとして…って最後のは冗談ですよねさな姉行くなら白玉楼逝ってください
「( ̄□ ̄;)ちょ!!
それ本気で勘弁してくださいよ!!ただでさえ最近胃の調子が」

慌てる妖夢がそこまで言いかけたところで、紗苗はかごめと妖夢を無理矢理に引き寄せる。
そして、徐にふたりの胸元へ手を突っ込むが早いか、冷気の魔法を発動させる。

「( ̄□ ̄;)ひぎゃああああああああああああああああああああああああ!!?」
「…っとにいい度胸してるわねあんた達…(#^ω^)
まぁアレよ、かごめちゃんが私の血を飲んでくれたお陰で、霊体のまま従僕化しちゃったからねえ。
時間が経てば実体化してくるだろうし、それまでかごめちゃんが今やってるっぽいことのお手伝いしようと思ったわけよ」
「…さな姉が?」
「あとロキちゃんもね」

かごめはロキに目をやる。

「…どうも、ユルールの奴が主にマタンの馬鹿に振り回されに振り回されて胃壁がストレスでマッハになってるらしく、私のようなアクの強い奴にこれ以上来られると困るらしいという話でな。
一度断った相手の元を訪ねるのも一瞬どうかとも思ったんだが」
「んや、あんたくらいの使い手がいるとあたしとしても有難いな。
これからまた一人厄介者が増え…いえ何でもないですごめんなさい」

上着の中に突っ込まれたままの手に魔力の波動を感じ、かごめはげんなりした表情のまま早口に告げる。
その様子に周囲から笑いが起こった。



何時の間にか夜はすっかり更け、会場に残っていた筈の神綺達も合流する。
そして神綺達に簡単に経緯を説明した後、翌日の予定に合わせ、それぞれ準備のために帰る者、守矢神社へ残る者と別れてゆく。

守矢神社へ残ったのは、翌日の予定を開け観戦の構えでいるリリカやこいし達、そしてかごめと紗苗、ルーミアといった面々と、何故か紫。


「…つーかな、もうどうせさな姉も転がり込んでくることだし…元々確たる住処がないっつーならルーミアもうちで引き取ろうと思うんだが」

神社の縁側、遅い夕食を済ませて大部分が眠りについたその頃、いまだ月を肴に紫達数名と酒を呷っていたかごめが切りだす。

「あら、そんなことを聞くためにわざわざ私に残れと言ったのですか?」
「そらそうだ。
確かに生まれはあたし絡みかもしれんが、長い事「幻想郷の妖怪」だったんだからな。
あんたにお伺いを立てとかんと色々齟齬も出るんじゃないのかい?」
「賑やかなのはいいことだわ。
今ここにはいないけど、はなちゃんやさゆちゃんも一緒なんでしょ?
人数は多い方が楽しいもの」

あんたさえいなきゃな、と口で出さぬまでも、目でそう訴えるかごめを余所に紫は微笑む。

「…態度にはあからさまに見せずとも、やはりあなた方の関係は見ていて微笑ましいですわ。
この遠因は、私にあるものの…ルーミアをいかに扱うかは私の権限外でしょう」

紫は一口、杯を呷る。

「……最終的にはきっと、あの子が決めるべき事。
ルーミアがあなた達と共にあることを望むなら…勝手を承知ですが、受け入れて欲しいと思います
「そうかい。
…じゃあ、そこで聞き耳立ててる当人から直に聞くか。
なあ?」

かごめは廊下の角へそう呼び掛ける。
そこから姿を現したのはルーミア以外にも…早苗とリリカの姿もあった。
恐らくルーミア達が着せられているのは早苗の古着なのであろうか、全員寝間着姿だった。

「あ…やっぱ見つかっちゃいました」
「なんだいあんた達まで居るとは思わなかったよ。
…カナさん、いくら子供じゃねーからっても、余り夜更かしとは感心しないねえ」

困ったように笑う早苗を指さし、背後の神奈子へと軽口をたたくかごめ。
あんたが言うな、とこちらも苦笑して返す神奈子。

「私もちょっと寝付けなくってさ、早苗さんと話してたんだ。
折角仲良くなったんだし、色々とね。
そしたら、縁側随分賑やかだし、何してるのかなーって」

と、悪びれもせずに悪戯っぽい笑みを浮かべるリリカ。

酒盛り中だった数名の視線を受け、ややばつが悪そうに俯いたままのルーミアの背を、早苗が軽く押す。
一瞬、ためらった様子を見せたルーミアは、やがておずおずとかごめの傍らまで来て、行儀よく腰を下ろす。


「あのね…私、その…。
その…ごめんなさい、かごめ」


かごめは苦笑して、その頭を軽く撫でる。

「…何を謝る必要があるよ?」
「だって…私…もしあのひとが来てくれなかったら…」
「そのことはいいだろ。
経緯はどうあれ、あんたはまたあたし達と居られるようになった。
それで充分じゃないか」
「でも!」

かごめはその言葉を遮るかのように、ルーミアの小さな体を自分の側へ抱き寄せる。


「…それに、謝らにゃならんのはあたしもだ。
理由はどうあれ、あんたのことをもっと早く知ってやればよかった。
長いこと一人にしていてごめんな、ルーミア」



その言葉の終わりを待たずに、ルーミアの瞳から一滴の涙が零れ落ちる。
隣から感じるぬくもりを確かめるように、彼女はかごめの体に抱きついた。



それからもささやかな宴は続き、麓から追加の食料の調達に出張っていた秋姉妹や勇儀も合流する。
その頃には、流石に疲れを見せたのか部屋の片隅で早苗とリリカが寝息を立てていた。

必然的に給仕係に回った格好になった諏訪子が、苦笑しながらもそのまま二人に毛布をかけてやっていた。


「ルーミア…お前さえよければ、これからはあたしたちと一緒に暮さないか?
これから後ろの厄介な茶巻き髪もどうせ転がり込んでくるんだし、あたしとしても賑やかなのは大歓迎だ」
「え…」

ルーミアは困惑したように、一度かごめの隣に座っている紫の顔を見る。
紫は溜息を吐くと、微笑んで小さく頷く。

「…でも、そうしたらチルノ達とは」
「それは問題はないだろう?
現にあたし達は好き勝手に幻想郷と外を行き来してるわけだし
「そもそもこの神社の地下部屋には、此処とシンオウを行き来する魔法陣があるしな。
あれの機能を拡充して、かごめ達の世界にある“魔法門(ゲート)”に改造すれば、もっと簡単に行き来できるだろう」

干した盃に静葉の杓を受けながら、上機嫌の神奈子も付け加える。

「ってことだ。
今まで住所不定だったのが、身元引受人と住所をいっぺんに得たくらいの違いにしかならない。
遠慮なく転がり込んで良いぞ」
「よっしゃ封印が解けられた!!><」
「あんたは黙ってろ茶巻髪。
…まぁ、幻想郷とは勝手の違うところもあるから、慣れるまでは大変かも知れないけどな」
「…うん!」

満面の笑顔で答えるルーミアの頭を、かごめはわざと乱暴にかきまわした。



♪BGM 「風といっしょに」/小林幸子♪


紫は周囲に気づかれぬよう、諏訪子にだけ暇乞いを告げ、その場を後にする。
鳥居の傍には、藍の姿がある。


「…気を使わなくても良かったのに」
「そうはいきませんよ。
あなたは私達にとっては、大切な主なのですから

紫は藍を伴い、鳥居をくぐる。

「知っての通り、私がこの世界で関わった案件は総て終わったわ。
これからは“幻想郷”という枠組みも不要になる。
八坂神奈子のやろうとしてる事もひょっとしたら、無駄になるかも知れない…いずれ、この隔絶された「遊戯の世界」はかごめ達の世界と一緒になる日が来るわ。
長い間振り回してきたけど…」
「やめてくださいよ、紫様。
…それではまるで、もう私達が用済みだと言わんばかりじゃないですか
「…ごめんなさい、そんなつもりではないわ。
でも…もし、あなたが自由を望むのであれば…」

紫は、小さなスキマを開いて一枚の符を取りだす。
それは、藍を式神として千年以上束縛していた符。


「…そうですか。
なら…私の言うことはひとつです。
……あなたさえ良ければ、私はこれからもあなたと共に生きていたい
「……藍?」


この時、紫は初めて背後の藍へと振り向いた。


「かの大悪妖・九尾狐狸精の忘れ形見という引け目から一族を捨て…その一族すらも「渦」に呑まれて失い、孤独だった私を受け入れてくれた厚恩、一日たりとも忘れた記憶はないです。
でも…それ以上に、例えどんな思惑があろうとも紫様…あなたは私を家族として扱ってくださった。
…叶うなら、これからもそうしていたい…私に自由が赦されるなら、それが、今の私の望みです



泣き笑いの表情の藍。
一瞬、呆けた表情をしていた紫であったが…。


「…そうね。
やることがなくなってしまうと、私一人ではどうしても時間を持て余してしまう。
…あなたと私…それに橙もいる…私は幸せ者だったのかも知れないわね

「それだけじゃないだろう」


気づくと、背後に勇儀の姿がある。
それが投げ渡した酒瓶を、藍は器用にその尻尾で受け止めた。


「かごめから…今までお疲れさん、これからもよろしく、だとよ。
今日はバタバタしててそこまではできなかったが…明日早めに切り上げて、改めて宴会でもするかって言ってたよ。
…呑み仲間も多い方がいい…そうは思わないかい?
「……ええ、あなたの言うとおりだわ。
そういうことでしたら…また明日、改めてお邪魔いたしますわ」


藍を伴い、スキマの中から紫は勇儀へと微笑みかける。
そのスキマが閉じると、残ったのは静寂に包まれた山と、煌々と照らす真円の満月。

勇儀はゆっくりと、元来た道を引き返して行った。



(幕間終了)