命蓮寺勢との対戦からちょっとわずかにあと、陽だまりの丘の藤野家…


♪BGM 「Minstrel Song」/伊藤賢治(ロマンシング サ・ガ ミンストレルソング)♪


「まさかそんな面白いことになってたなんてねえ」
「面白くなんかないですよー。
一歩間違えば、こんなことしてる場合じゃなくなってたかもしれないのに…」

縁側で茶を愉しむ葉菜の軽口に、ポエットは膨れっ面で反論する。
奥からは追加の熱湯を詰めたポットを携えた佐祐理の姿もある。

「でも、かごめさんらしいと言えば、らしい話よね。
アンナちゃんの時だってそうだったし、結局なんだかんだで巧くいっちゃうあたり、かごめさんの強運も反則レベルだわ」
「…確かにね。
それにしても」

佐祐理の差し出した急須に自分の湯飲みを預け、葉菜は溜息を吐く。

「まさかあの子が堕天使だったなんてね。
相手があの子だから本気で殺す気がなかったとはいえ、かごめちゃんに勇儀さん、文さんの三人がかりで互角に戦うのがやっとだったなんて」
「……あの子が恐ろしい力を持っていたことは、幻想郷の一部の者でも昔から知っていたのだ。
紫の方便は、今になって思えばそれを解放させないための予防線だったことは間違いないだろうがな…」

普段の教壇に立つ衣装ではない、青白の市松模様の浴衣を身にまとい、同じようにして茶を楽しむのは慧音。
寺子屋も今日は休日として、藤野家の一員となったルーミアの様子を見に来ていたのだ。

「…私も、あの子の為に何かしてやりたかった。
あの日…傍に居ながら何も出来なかった、と泣いていたチルノの気持ちが、私にもよく解る気がするよ」
「慧音さん…」
「ん…ああ、済まない。
今は、あの子が望んだ世界に生きていることができるだけでも…あの子が幸せそうに笑っているのを見るだけでも、私にとっては十分だ」

寂しそうに笑う慧音。

彼女は長い間、話の中心になっていたルーミアと恐らく最も長い付き合いを持つ。
その彼女が、ルーミアの解放という事態において何の役割を持てなかったことに心苦しい想いをしていることは、三人にも解った。


「ところで、君らにひとつ聞きたいことがあるんだ。
幻想郷…とりわけ紅魔館の大図書館にはそうだが、外の世界に関する伝承を記した書籍も多く存在する。
その中には「天使」と呼ばれる存在についても記されたモノも多い。
だが……後で話を聞けば、今幻想郷と繋がってしまったこの世界における「天使」というモノは、そのどれにも当てはまらない…一体、この世界における「天使」という存在は、一体どういうモノなんだ?」
「うーん…」

慧音の突然の問いに、難しい顔で首を傾げる葉菜。

「そもそも、私達も慧音さんのいうところの「天使」が、どういう存在だかよく解らんのだけどねぇ…」
「あ、私大図書館の蔵書見たから大体知ってますよ。
私達の世界と違う世界の「天使」は、神の意思に従って徹底的に悪魔や異教を排除する処罰者のイメージがあるみたいですね。
早苗ちゃんの世界にあった「魔女裁判」も、そうした天使たちの託宣を受けて始められたものと聞きますし」
「随分物騒ねぇ。
ポエを見てると、とてもそんなことを仕出かしそうには見えないけど…シグマさんだと解んないかな」

佐祐理の言葉を受けて笑いながら軽口をたたく葉菜に、ポエットは不機嫌そうな表情で「そんなことありませんよ!」と抗議する。

「ふふ…丁度、そこに代表格がいるようだし、君に聞いた方が早かろう。
ポエット、君が知っている範囲で構わない。
君の住む…ホワイトランドの天使というモノは、どういう存在になのだ?」
「私も神様や、お母様の話のまた聞きになるのですが…」


「元は、私達の世界の神様…創造神MZDが、この世界を形にする時、時を同じくして作られた魔族と対となる存在として作りだしたと言われています。
当初はこの世界には天使と魔族しかおらず、神様は両者を相争わせ、淘汰し、「虚無の永遠」を討つための先兵となそうとしたそうです」

「しかし、ある天使と魔族が契って人間や妖精が生まれ、その存在を許さなかった神様に抗い、ついに神様もその存在を認めてからは…現在ホワイトランドにいる天使は、人との関わりを密にし、その純粋なる想いを受けて世界を護る者と定義されたそうです。
人の心を食らう「虚無の永遠」から、生きとし生けるものを護る存在として」


「でもそうするとさ、私達が「永遠」を滅ぼした後、ちょっとその在り様が違ってきちゃう気もするんだけど」
「そうでもないですよ。
今もなお、私達は「人々の純粋な想いを受けて世界を護る」という使命に則って存在しているんですから。
それに…私が初めて地上に降りる時、神様はおっしゃられたんです。
外の世界の天使(それ)をベースにしてお前たちを作ったが、お前たちはあんな酷薄な存在になってはならない、と」
「酷薄…か。確かにそうかもしれんな。
今、非想天の一部と繋がっている「天界」の者どもがそういう存在だと、天子に聞いたこともある。
やたらと正義と秩序を口にし、それを盾に意にそぐわぬ者を嬉々として殺掠してまわる者だと。
…私が君たちの神と同じ立場だったとすれば、確かにそのようなモノを作るのは願い下げだな」



ログ幕間 〜何でもないような日常の話〜
そのいち 「天使語り」



♪BGM 「明日ハレの日、ケの昨日」(東方風神録)♪


「…まーそういうこった。
静葉からも聞いたけど、そもそもあの連中とポエットとは別物だと観たほうがいいね」

守矢神社の本殿。
戯れに茶を楽しむ神奈子と諏訪子も、今回の件から「天使」について話が移行していた様子。

「そうだったのかい。
あたしゃてっきり、天使なんてみんなそんなもんだと思ってたけどねぇ。
大体、あの唯一神気取ってる阿呆のやるこった、気にくわないことこの上ないが…そんな話の解る神様もあたし達の他にいたもんだ」
「けっ、私の王国を力技で奪い取ったあんたが言うことかい」

自分の茶碗に追加の茶を注ぎながら、豪快に笑う神奈子にわざと悪態を吐く諏訪子。

「ただね…ポエットの話だと、あくまでベースになったのは「その」天使らしいんだよ。
そのせいなのか、幼年期の天使は非常に不安定な存在で、その時期に必要以上の悪意を受けてしまうと存在が反転して堕天使になる、って話さ。
堕落と言っても、そこに自分の意思が介在しているわけじゃないらしいんだな。
ベースとなった「天使」としての要素が何か関係してるらしいけど、いまだに良く解らんのだとさ」
「ほう」
「挙句、堕天使は生きた核弾頭みたいな存在で、暗黒の力で破壊の限りを尽くした後にメルトダウンを起こして天変地異を引き起こすらしいと来た。
それを防ぐには、通常、堕天使となった者の魂を、メルトダウンする前にその人間界のパートナー自らの手で砕き、浄化されたそのカケラを集めにゃならんらしい。
それをやりきったのは、かごめ達の世界でもかごめを含めた数人しかいないんだそうだ。
堕天使そのもんは何百の単位で生まれたそうだけどね」
「となると、あの世界において堕天使が天使に戻るには、そいつ自身の力ではどうにもならないどころか…」
「ああ。
むしろ、パートナーとなった者の心が試される。
生まれ変わった天使は、そいつの心を表わす生き証人ともいうべきかね」

神奈子は一口茶を啜ると、溜息を吐く。

「生き証人、か。
…だったら今、本来消え去る筈だった生粋の堕天使すらも救ったあいつの心は、一体何と表現したらいいんだろうな」
「そうだねえ…“超世の傑”にでも例えてみるかい?」
「ふふ、成程ね。
確かにそのくらいでなきゃ、例え「遊び」といえど神を従える者としては釣り合わないねえ…!

顔を見合わせて豪快に笑う二柱。
代わりの茶を注ぎつつ、諏訪子はふと何かを気付いた様子だった。

「そう言えば…朝から早苗の姿を見ないけど?」
「ああ、言ってなかったっけね。
あの子は今、静葉の聖域に建造中の社に出張ってるさ。
あそこにはまだ巫女もいないし、知らない間柄でもないからな」

ああ、と納得した様子の諏訪子。

「確か簡単に済ませるとか言ってなかったっけ?
もうとっくに出来てるもんだと思ったけど」
「穣子の野郎が調子に乗ってあれこれ要求するもんだから、パトロンが御怒りでね」
「ったく…あいつ本当にいい性格してるよねー。
かごめじゃないけど、静葉の奴よく何千年もあんなのの姉をしてられたと思うわ。
…しっかし、あの我がまま芋神によく、うちの分社を敷地内に建てさせる条件を飲ませたね」
「あいつは…穣子はもっと強かな奴だよ。
いざという時の後ろ盾として、ようやく山の信仰を取り戻し始めたうちのでもあった方が都合がいいと思ったんだろ。
博麗はそもそも存在の意義が違うし、ましてあの霊夢はあたし達にも平気で牙を剥くトンデモ巫女だからな。
確かにアイツの、っていうか代々の博麗の巫女の話は聞いてるけど、霊夢の場合はそればっかじゃなくて地の性格もあるんだろうし…まして穣子も穣子で、自分を主神として迎えるよう勧められて嫌だとかぬかした奴のところに、頭を下げに行くようなタマじゃないとは思うがね」

全くだ、と相槌を打つ諏訪子。

平和に思えた午後のひと時、ゆっくり流れる時間の中談笑を楽しむ二柱。
その視線の先に広がる青空は、雲ひとつない快晴であった。



そのに 「落ちてきた竜騎士」


♪BGM 「少女の見た日本の原風景」(東方風神録)♪

「…で、その…キングベヒーモスのメテオに吹っ飛ばされて、気がついたらここに落ちていたってことですね…えーっと、ブルーゲイルさん、でしたよね?」
「あ…うん、まぁそういうことなんだ。
どうも服装を見る限りここが異世界だと言うのは理解出来たけど、すんなり話が通じる人が居て助かったよ」


建造中だった正面、庇と本殿への階段が派手に壊れている秋神の社…秋葉神社。
何の前触れもなく空から落ちて来たその不思議な闖入者に怒り心頭の穣子を苦笑する静葉が宥めるその傍らで、守矢神社からの出向で臨時の巫女を務める東風谷早苗がその人物を誰何していた。

全体的に紫がかった、龍を模した兜と肩当てが特徴的な全身鎧を身に付けたその青年…ブルーゲイルも最初は建造中の社を図らずも壊してしまった事に責任を感じていた様子であったが、早苗と話をするうちに少しずつであるが緊張も解けて来た様子だった。


「うーん…しかしこんなにあっさり俺みたいな奴の言ってることを信用してもらえるとは思わなかったが…というかキミは巫女さんか何かかい?
他のゲームで確か、似たような格好の巫女さんを見た気がするんだが」
「はぁ、まぁそんなところです。
私のみたところ、貴方もFFシリーズの竜騎士にしか見えないんですが…」

苦笑する早苗。
しかし青年は、自分の出自を引き合いに出されたことで完全に緊張を捨て去ったようだ。

「おお、もしかして君もゲームをやるクチ?
だったら、ブロントさんというナイトは知ってるかい?」
「ブロントさんですって!?」

その言葉にいち早く反応したのは早苗ではなく、面白半分に秋神をからかいに降りて来ていた天人・比那名居天子だった。

「あ…うん、ブロントさん。知ってる?」
「知ってるも何も、ブロントさんだったら非想天の私の家に住んでるわよ。
何時だったかスキマが連れて来たんだけど、思った以上に謙虚で超一流の何かがオーラとして滲み出てるもんだから、今じゃすっかり非想天の人気者で名誉住人になってるわ
「何だって!?
ある日突然、ヴァナでも伝説的プレイヤーでかつ現人神であるブロントさんが突然消えたと大騒ぎになったが…まさかこの世界に来ていたとは」

感心したように呟く青年。

「あとまぁ…地底世界に崖下とかいうのも繋がってたっけね。
いけすかない連中というか、妖怪共には勿論、下手するとあたしら鬼にすらなんかよく解らんことをぶつぶつ言いながら平然と飛びかかってくるし…地底でも正直どうしたもんか対策に困ってるのさ。
あたしに全力でぶん殴られても死なないどころか、むしろそれ自体が目当てみたいで…気持ち悪くて仕方ないよ」

人間の胴回りほどもある巨木を軽々と肩に担ぎ、うんざり顔で現れたのは鬼の四天王・力の星熊勇儀。
現場設営を一手に引き受ける鬼の監督を務めているのが彼女である。

「崖下もか…ネット上から崖下が消え、ついに奴らも本当の二次元の世界へ行ったのだと半笑いで受け取られていたが。
最近、ヴァナも異世界と思われる場所につながっている時空の歪みらしきものが多く見つかっていて、問題になっていると聞いた。
もしかしたらブロントさんや崖下がこの世界に来ていたことと、関係があるのかもしれないな」

そのさらなる証言に、青年も驚きを隠せない様子だった。
青年はそのまま腕を組み、何事かを考えていたようだが…。

「ふむ、こうして考えていても仕方がないな。
元の世界に戻れるかどうかも解らないし、俺がここに落ちて来たときに折角の社を壊してしまったお詫びもしなくてはなるまい。
幸い、俺には建造系のスキルもそれなりにあるし、俺にも手伝わせてもらえないだろうか?」
「…ふん、意外に解ってるじゃないの。
正直、鬼がメインでやってる所にあんたみたいな人間が居ても仕方ない気はするけど」

膨れ面の穣子が不機嫌そうにつぶやくのを、静葉が宥める。

「なんであなたがそんな膨れてるのか解らないけど…いい加減機嫌を治しなさい、穣子。
彼も反省しているようだし、お詫びをしたいと言ってくれているんだからその行為を受け取る度量を示すのも神としての心得よ。
…それに、急にこの世界に紛れ込んできた異邦人の彼には、寝泊まりする場所もないはず。
ブルーゲイルと言ったわね、あなたさえ良ければ、暫くこの社で寝泊まりするといいわ」
「ちょ…お姉ちゃん!?」
「いいんですか!?」

明らかに不満そうな穣子と、想いもがけぬ一言に喜色を現す青年。

「その代わりと言ってはなんだけど、あなたはベヒん…じゃなくてベヒーモスと単独(ソロ)でやり合えるあたり、腕に覚えがあるみたいね。
今、私達はポケモンとして、定期的に対戦をしているの。
あなたさえ良ければ、貴方が元の世界に帰るまででもいいから、私達の仲間としてポケモンになって戦ってみる気はない?」
「なんと…君たちはポケモンも知っているのか…!」
「ブロントさんも私もポケモンとしての姿を持っているわ。
もっとも、謙虚で最強のナイトと、その理念を学んだ唯一ぬにの天人である私はあまりにも強過ぎて滅多に出してもらえないけどね」
「うむむ…興味深い話だ。
だが、これからホームポイントまでをも与えてもらうとなれば、その恩義には応えなくてはなるまい。
是非とも、そのトレーナーに紹介してみてくれないか?期待に添えるかは解らないが…」
「決まりね」

一人何故か不満顔の穣子を余所に、静葉と早苗は顔を見合わせて頷く。

この青年…自称「ブルーゲイル」こと竜騎士のリューサンは、程なくしてかごめの眼鏡に適い、リリカのパーティの一員として参加することとなる…。



そのさん 「崖下頌歌」


一方その頃、地霊殿


♪BGM 「へんたいトリロジー」/Des-ROW・組スペシアルr♪


「で?
この良くわけのわからない方をポケモンとして役立てろと、貴方達は言うのですか?」

あからさまに不機嫌な、尚且つ不快なモノを見るような表情を満面に見せ…地霊殿の主である少女・古明地さとりは目の前の二匹と一人を睥睨する。
いずれもうつろな目をした、犬に見えなくもない白い綿毛状の生き物と、一見何処にでもいる鴉のような生き物が反論する。

「いやそんなにあからさまに嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですかハイルさとりん
「そうですよハイルさとりん
つーか崖下の妄想力は世界一ィィィィィィィィ!!だからなんかの役には立つっしょ?」
「やかましい馴れ馴れしいのか良く解らん呼び方すんな変態共。
私達の手にも余るような変態はあなた達だけでたくさんです。
とっととその…何?良く解らない方を連れてさっさと持ち場に戻りなさい」

さとりは吐き捨てるようにそう言うと、手をひらひらとさせ三人を追っ払うような仕草をする。

「うーん困ったぜー我らがさとりんは取り合ってくれる気配がねえぞどうするよ?」
「そうだなあ…此処はアレだ、我らが罪袋長の偉大なところを心に思い描けばさとりんの頑なな心もオープンゲットするかもしれないぜ?」
「なな、何ですと御両名!!
我らが崖下罪袋さとりん派閥の長として愛するさとりんの御前にまかり越しただけでも光栄というのにそんなことまでやっちゃっていい系の気配ですか!?
な、長年夢に思い描いた体操服の上だけ着て下にスク水当然旧の紺を身に付けたさとりんを堂々とおk」
「やめんか貴様らああああああああああああああああああああああああああああ!!!><」

あまりの自重しない系のトークについに怒りを爆発させたさとりの魔力が解き放たれ、瞬時に生物二匹は苦悶の表情でのたうちまわる。

さとりの能力…心象具現化の応用である得意技・恐怖催眠術の効果である…のだが、何時の間にか苦悶の表情かと見たその二匹の生物は恍惚とした表情で時おり体を震わせて悶絶している有様である。
段々習慣性がついてきて、わざとこうして自分を怒らせて能力を使われることを期待しているのではないか…そう想像するさとりは頭を抱えたい気分だった。
心でも読めば一発で解るんだろうが、彼らの常軌を逸した変態的思考を読むことは流石のさとりにとってもかなりの苦痛だった。


しかし。


額部分に「罪」の文字を書き、暗く中の様子が解らない目の部分だけ開いた袋を被った上半身素っ裸の青年が、何事もなかったかのようにその場に立ちつくしているのを見て、さとりは怪訝な表情を浮かべる。

「…ちょっと、あなた」
うふふスク水さとりんちゅっちゅ…ハッ!!何かご用でしょうかハイルさとりん!!!」

一瞬何か聞いてはいけないような言葉を聞いた気がしたが、それを無理やり頭から追い出して、さとりは再度その罪袋に質問する。
はじめは、ショックで棒立ちになっていたのかと思っていたが、その不吉なつぶやきを考えるとそうでなかったことを、さとりは瞬時に理解した。

「その呼び方はやめなさい。
あなたは…今のを受けても何ともなかったの?」

心を読めば早かったのだろうが、まぁこちらも先述の理由でさとりは無意識のうちにその心を読むことを拒否していた。
だが幸か不幸か、彼らは良くも悪しくも欲望にだけはストレートである。嘘を吐く事もないと言うか、嘘を吐いた先から本音をわざわざ口に出して言ってしまうという事をわざとやるような連中なので、その必要もないと思ったのだ。

そりゃあ愛するさとりんのやってくれることならいかな苦痛でも我々の業界ではご褒美ですから。
つーかスク水着て下さいマジお願いします出来ればナマ着替えで」
「…お願いだから真面目に私の質問に答えて…。
無意識的にあなたを対象外にしたなんてことも、無差別に飛ぶ筈だからそんなことはあり得ないのに」
「はぁ…俺にもよーわからんのですけどねぇ。
2chとかでキモイだの回線切って吊れだの叩かれるのしょっちゅうでしたが、脳内削除余裕でしたとかそんな感じだったっスから、何時の間にかなんか色々なモノをスルーする程度の能力でも身についてるんじゃないっスか?幻想郷なんだし」

肩を竦める罪袋。
相手はまだよく解っていないようだったが、さとりは冷静に目の前の罪袋と、今起こったことを分析する。

全く能力が届いていなかったわけではないだろう。
しかし、相手はまるで堪えた様子もなく、恍惚とした表情で悶絶している二匹のような反応を見せているわけではない。
導き出された推論はひとつ。

「(成程…この精神力の強さ…身につけ方が多分に人間として間違った方向で在るような気もしますが…。
 ポケモンとなれば、恐らくは相当特防の高い種になるかも知れません
…解りました。
元締めの方に話をするだけ、してみましょう」

さとりは溜息を吐く。

「もうゆるされたのか!はやい!!」
「よっしゃ!同志罪袋の封印が解けられた!!!」
「つーかその元締めってスク水の似合う可愛い少女だったりしますか!?
もしそうならwktkが止まらな過ぎて俺マジで悶死モンですわ!?つーか懲役モンのミラクルですよ許されませんよ!!!」

何時の間にか復活した毛玉生物・エリートポテトと鴉のアンノウン・グレートそらを加えはしゃぎまわる変態共に、頭を抱えざるを得ないさとりであった。

しかしてさとりが予想した通り、この罪袋は非常に打たれ強いスリーパー…ポケモン界でも屈指の特殊防御力の高さを持つポケモンであった事が発覚する。
それと共に、今だにさとりの妹であるこいしが無理矢理スクール水着を着せようとするのを全力で嫌がるリリカに、新たな敵が増えたことは言うまでもなかった。



終幕 「Moonlit Break Darkness」


♪BGM 「ビッグブリッジの死闘」/植松伸夫(FINAL FANTASY V)♪


「ふむ」

黒森の一角、そこに不自然に生み出された空間の中心に数人の少女。
襟足がはねた黒いクセ毛の少女は、着慣れた感じの臙脂のジャージを腰に巻き、感心したように目の前の、肩で荒い息を吐く黒いツーピースの衣装を身につけた金髪の少女を睥睨する。

「大分いい感じに力がコントロールができてる、大したもんだよ。
でも、まだまだ合格とは言えないかね。
あたしゃまだ五割ほどしか力出してないんだから、もうちょっと頑張りな」

黒髪の少女は楽しげに笑みを浮かべ、手に握られた懐中時計を金髪の少女に指し示す。

金髪の少女はそれを、きっと睨みつける。
次の瞬間、瞬時に間合いを詰めた金髪の少女がその懐中時計めがけて手を伸ばす…が、あっという間に持ち主の少女は、その場に土煙を残して遠くの場所に立っている…。


「ったくー…ルーミアも頑張るねぇ。
今日ももうそろっと空間の維持時間なくなっちゃうよ。
此間のあれから二週間ほぼ毎日ずっと、これの繰り返しじゃないか…まぁ昨日までの三日、公団の会議もあったけどさ」

そこから僅かに離れた場所で、照りつける日差しを避けるのかサングラスをかけた蒼い髪の少女…谷河童のにとりが、手元の機器を弄りながらため息を吐く。
淡い色の結界の中、ビーチパラソルの下にいてそれでもなお熱いのか、愛用のポケットが大量についたスカートはそのまま、上半身は濃紺のスクール水着という格好である。

「まぁいいじゃないか。
ルーミアも、早く自分の力に慣れて彼女の力になりたい一心なんだ。
…それに、これからのポケモンバトルにも役立つだろう空間歪曲装置(このキカイ)のテストも出来るんだから」

椅子に寄りかかって体を投げ出すにとりに飲み物と胡瓜を差し出す、顔立ちの似た赤色の髪の少女…にとりの心が分離して生まれた赤河童、河城みとり。
彼女も普段着ている赤一色の服装ではなく、タンクトップの白いシャツに紺の巻きスカートという姿だった。

「そろそろ試作品の運用テストをあの口煩い社長の目の前でしなきゃならんわけだし、間違いがあってはあるまい。
…最も、宇宙開発公団で私達がやれる仕事は、それが最後になってしまうだろうが
「…うん。
六か月の契約だったけど、長いようで短かったね」

飲み物と胡瓜をみとりから受け取り、サングラスを外してわずかに寂しそうな表情を見せるにとり。

「ねえ、みとりは終わったらどうするの?
また、旧都に戻るの?」
「えっ?
そうだな…一応こいしも使ってるらしいけど、住んでた家もそのままだし…旧都の鬼も道具修理の便利屋が居なくなって難儀してるって、勇儀さんも言ってたし」
「そっか…そうだよね。
みとりにも…そういう場所があるんだからね…」

寂しそうな表情で俯くにとりの様子に、溜息を吐くみとり。

「…そんな顔をするな、にとり。
今はもう、地底も地上も堂々と行き来できるようになり始めてる。
そもそも幻想郷という枠組み自体も、段階的になくなっていくんだって八雲の式が言ってたよ。
だから…会おうと思えば何時だって会えるじゃないか…どうせこの先も、かごめさんやリリカと一緒に対戦に参加するんだし
「……うん、そうだよね!」

笑い会うふたりの河童。
その視線の先では、件の少女達…かごめとルーミアによる「鬼ごっこ」…ルーミアがかごめの持っている懐中時計を奪うというテストが白熱の展開を迎えていた。


「どうしたよルーミア?
攻撃するんだったら、遠慮なくやれって言ったよね?
河童共はあたしの結界で守られてるんだし、徐々にその力も戦闘に使えるようにしとかないと、黒森探索を生業とする冒険者のサポートが主なうちでの暮らしは厳しいよ?」

常に追いかけるルーミアと一定の距離を保って、余裕の表情のまま息ひとつ切らさないかごめが笑う。

ルーミアはその言葉に一瞬躊躇いを見せたものの、広げた左の掌にいくつもの黒いエネルギー球を発生させ、それをかごめめがけて投げつける。
かごめが最小限の動きでその弾幕を回避すると、幾つもの爆発と土煙がその背後に上がる。

「(当てる気がないのかね?
 …いや、それともあたしの動きを制限するのが目的か…何時の間にかそこまでできるようになってたとはね)」

かごめは口の端を釣り上げる。
かごめとの距離を詰めようとしつつ、ルーミアは第二射を放ってくる。

「(何を企んでるか知らないけど…こっちからも仕掛けるかね!)
来たれ炎精、光の精。 紅蓮の炎に輝きを纏い、薙ぎ払え灼熱の嵐ッ!

高速で空間を移動しつつ、かごめが詠唱を始める。
その文言が紡がれるとともに、凄まじいスピードで彼女の左腕に光と炎が渦を巻き始める。

息を飲むルーミア。

「閃光の熱風ッ!!」

立ちすくむその小さな体めがけて、火焔の嵐が放たれる。
その瞬間。

我が声に応えよ、曇りなき水面の月。
汝が身を鏡と成し、その災いを返さん…

「何ッ!?」

呪文を完成させたルーミアの正面に、丁度彼女が手を大きく広げたくらいの大きさを持つ魔力障壁が出現する。

「月読の鏡!」

光り輝く障壁が迫りくる火炎流を受け止め、はじき返した。

「ちっ、誰だこいつに魔法教えやがったのは!!」

思いがけぬ反撃にかごめは空中で身を翻し、地上に降りてルーミアへの攻撃を敢行する。

「(逃げ回るのも面倒…タイムアップも近そうだし、昏倒させて終わらせてやるか!)」

魔法を構えた状態で固まったままの、その小さな体をめがけ当て身の体勢を作ってかごめが跳ぶ。
ルーミアとの距離はわずか1メートル。


「……やっと、つかまえた」


その瞬間。
ルーミアははっきりと、かごめの方を振り向いてほほ笑んだ。

そしてさらに、次の瞬間かごめはさらに思いがけぬモノを目にすることとなる。


「鎖(とざ)せ、舞影!!」


かごめの影から飛び出した幾条もの闇の帯が、その五体を絡め取って完全に動きを封じる。


「な…」
「あれは…一体!?」

予想も出来ないその事態に、河童たちも事態が飲み込めず茫然とその光景を眺めていた。

それはかごめも同じだった。
困惑の隠せない、動きを封じられ闇の帯で空中に繋がれた格好のかごめの目の前に、満面の笑顔のルーミアが歩み寄り…その手の中にあった懐中時計をそっと、自分の手におさめた。



♪BGM 「砕月」(東方萃夢想)♪


「どうやら巧くいったみたいねえ」

河城姉妹を伴い、日の傾いた藤野家に帰ったかごめ達を出迎えたのは…したり顔のるりだった。

「…おいそこの巻き髪、あんた一体こいつに何をした?」
「何をって?」

ころころと笑うるり。

「とぼけんなよ!
月読の鏡はてめえの得意魔法の一つだし、こいつのリボンだって何の前触れもなく「魔装」に代わるとかないだろ!!
あたしがトバリの会議にいってた昨日までの三日間で一体何を仕込みやがった!!」
「ご挨拶ねえ〜。
私はこの子に頼まれて、あなたの代わりに色々教えてあげただけよ。
確かにさなさんや葉菜先輩達は「手を出すな」って言われてたみたいだけど、私一昨日から泊まりに来たばっかで直接聞いてないもーん^^
「うぎぎ…つーか誰だこいつを呼んだのは…!」

悔しそうに地団駄を踏むかごめ。
その視線は明らかに、玄関先に同じくしたり顔で柱に寄り掛かっている紗苗に向けられていた。

「…いやね、白玉楼に遊びに行ったらるりちゃんがいてさ。
どうも今居候してる先で「稼ぐまで帰ってくんな!」みたいなこと言われたとかで、妖夢ちゃんをシゴく系のバイトしてたらしいのよね。
で、たまたま妖夢ちゃんが連日の猛特訓に耐えかねてエスケープしちゃって退屈してたみたいだから、私が話を持ちかけたのよ
「つーか前から思ってたけど、やっぱ根性あるわよその子。
あのみょんも決してヘタレじゃないけど、ルーミアの方が鍛えがいがあったわ。
あ、因みにその子の魔装「舞影」は、それ自体攻撃力はないけど闇や影を物理的なモノとして操る力を持つ結構強力なモノよ」

悪びれもなくしれっと言い放つふたり。

「バイトって…お前MI6の相談役どうしたんだよ」
「ん〜?こっちに来る際に辞表出したに決まってるじゃない。
ウェールズも観光地開発進んで煩くてね。
シンオウ巡ったあとも、住む場所探して今はアリスん所に厄介になりながら探してるって最中よ。
…退職金はオフィーリアの一年分の食料として消えたわ…あ、ついでにあの子も今此処に呼んで来てるんでよろしく^^」
「あのなぁ…」

げんなりとした表情で肩を落とすかごめ。
最早これ以上言い返す気力もない様子だった。

「…結果はまぁ、聞くまでもないようね。
あたし達が立ち合いになってあげるから、この場で合格って言ってあげたら?」
「うぐ…」

紗苗の言葉に、げんなりした表情のまま傍らのルーミアを見やるかごめ。
手には懐中時計を握ったまま、不安そうな表情で見上げてくるのを見て…かごめもついに観念したように溜息を吐くと、その頭を乱暴に撫でる。

「ああ、良く頑張ったなルーミア。文句なく合格だ。
明日からはポエット達も連れて一緒に黒森へ行って、いい稼ぎ場所とか色々教えてやるからな!」
「うん!!」


得意げに笑うルーミア。


少女たちを包むありふれたその日常は、今日もゆっくりと、少しずつ変わりながら過ぎて行く…。



(幕間終わり)