♪BGM 「Decretum」 梶浦 由紀♪
夢。
夢を見ている。
明るく太陽の光が注ぐ丘を眺めながら。
大好きな子達の笑顔に囲まれながら。
あたし自身も笑っている夢。
あたし自身を縛っているのは、心に宿した黒いかけら。
あたしは何処まで行っても、この黒い何かからは逃れられずにいる。
あたしに近づくすべてを傷つけ、喰らい、壊していく悪夢のようなもの。
逃げても、抗っても、打ち払おうとしても…こいつはあたしから離れない。
だから、あたしはみんなを遠ざけた。
「だったら、何故あなたはそれでもぬくもりを求めたの?
心のつながりを紡ぎ続けるの?」
そんなの、わかんないよ。
あたしはずっとひとりぼっちなのに…あたし自身がそれを解ってる筈なのに。
「違うわ。
あなたにだって本当は解ってるんでしょう?
あなたが本当に望んだ事はなんだったのか」
どうしてだよ。
あたしは自分で自分を苦しめてるだけなんだ。
滑稽じゃないか。どんだけ絶望してもこんなことを繰り返し続けるなんて。
「本当に絶望しかなかったの?」
えっ…?
「思い返してみて。
あなたの心には本当に絶望しかなかったの?
いいえ」
どうしてだろう…。
「もしあなたの心に絶望しかなかったとしましょう。
でも、私は知っている。
かごめちゃん、あなたが幾度も幾度も、その絶望から目を逸らさず、抗い続けたその力の源は…!」
どうしてこんなに、みんなの顔が浮かんでくるんだろう。
暗い闇の中に誰かが見える。
遠い昔になくした大切な記憶。
あの子は…あいつの事、あたしは知ってる。
紫…ううん、あの子の本当の名前は…!
-Mirrors Report of “Double Fantasia”-
その10 「はばたけ、鎖されぬ蒼炎の鳥よ」
♪BGM 「The Arrow of Destiny」(SRWOGs)♪
「くそっ…!
なんてパワーだ、これ以上やったら縮退炉も早苗ももたねえ! どうすんだよアリス!?」
機体制御の為に全魔力を注ぎつつも、焦燥を隠せぬ魔理沙が叫ぶ。
「泣き言なんか聞きたくないわ!
いつものバ火力はどうしたのよ、もっと気張りなさいよ!!」
「…これ以上早苗を消耗させたらじり貧になるわ。
「それしかないわね…頼んだわよ、咲夜!」
機体を束縛する強靭な蔦を、十六夜咲夜の能力を用いた超加速により無理矢理引きちぎり脱出を試みようとする起動人形。
しかし、既に半分取り込まれかけている萃香の能力で、密度の増したその蔦は容易引きちぎれる気配が見えない。
「くううっ…!」
神の力で、自身と一体化した縮退炉のエネルギーを補てんする早苗が苦悶の表情で身をよじる。
「早苗さんッ!?」
「大丈夫…まだ私はいける…ふうううんっ!!」
早苗はとうに限界を迎えているだろうに、それでも気力を振り絞って炉にエネルギーを送る。
-クク…ファファファファ!!
図体は立派だが、この私と力比べをするには力不足のようだな…!!-
魔樹は勝ち誇ったように咆哮する。
加速時間から生み出される超加速をもってしても、蔦は軋むばかりで動く気配がしない。
それどころか、じわじわとそのボディは魔樹へとじりじり引き寄せられていく。
アリス達にとっても想定外の出来事だったのだ。
取り込まれている霊夢、紫ばかりでなく…この魔樹へ挑み力尽きた萃香と魅魔の力の分、それは力を増していた事もあっただろう。
だがそれ以上の誤算は、記憶を改ざんされている彼女らには気付く由もなかっただろう。
紫によってその存在が幻想郷中から消されていた歴代の博麗巫女の力…その記憶を宿す博麗神社さえとりこんでいるエクスデスは、云わばこれまで存在したすべての「博麗の巫女」の力を己のものとしていると言いかえてもいい。
霊夢の持つ「何物にも束縛されない力」。
霊夜の持つ「ありとあらゆる概念を破壊する力」。
そればかりでなく、恐るべき能力をもった巫女は他にもいる…例えば「相対的に相手の能力より強い力を発揮する力」や、「対峙した者の力を自分の力とする力」…そんな反則級の力をもった者も。
「やはり…この魔樹は歴代の巫女の力を…!」
最初にその事実に気がついたのは、文。
射命丸文の力を得ているとはいえ、彼女は元々外の世界の天狗。紫の術式に束縛されない彼女は、歴代の巫女の事も知っている。
「アリス殿、マズイですよ。
多分…こいつは先々代巫女の力である「妖気吸引」も得ている…このまま組み合っていれば縮退炉のエネルギーも吸い上げられてしまう!」
「…そんな話信じたくもなかったんだけどね。
でも、あなたの言葉の方が正しそう…それになんとか距離を取らないことには「斬艦刀」を抜くどころの騒ぎじゃない…!」
計器に一瞬視線を走らせ、動力制御の水晶球に力を送るアリスの表情にも苦渋は濃い。
「アリスさん!
モーションリンクとか言う機能を、一度使わせてください!
力比べでダメなら…技術で突破するしかない」
妖夢の提案にアリスは歯がみする。
それは、この人形に搭載された必殺の武器である「斬艦刀」に、妖夢の技を乗せて放つ為の、機体と操者の動きを直接リンクさせる機能…しかし、実験段階のその機能は何より機体への負担が非常に大きく、当然ながら操者への反動も非常に大きい。
言うならば、必殺の一撃…虎の子の決め技を放つ為のものなのだ。
アリスはその性格上、博打打ちとはほど遠い思考の持ち主だ。
相手の力量を正確に把握し、常にその少し上の力だけで戦おうとするのも、過去彼女が負った精神的外傷(トラウマ)から来るものであったが…それが、乾坤一擲の気概で挑むべき局面での脆さにつながる。
そして、必要以上に本心を見せたがらない。
こうやって、方々から必要と思った者達をかき集めても、それに全幅の信頼がおけずにいる。
こんな時…もしリリカならどうしただろう。
そんな事をふと考えていた。
調子良くて狡すっからい、憶病なだけの子供だった筈の少女は、何時の間にか強い意志を宿した瞳と、強い絆で結ばれた仲間達と共に自分の目の前に立ちはだかってきた。
自分が憎悪することしかできなかったその存在が抱えた深い悲しみを誰よりも理解し、それを受け入れた。
それに比べ、自分がやってきた事はなんだったのか。
自分の心の傷を理由に、憎悪で自分を見失って…大切な友達すら殺してしまおうとした自分に、何ができると言うのか。
「…いいっ!
やっちまえ、妖夢!」
はっとして顔を上げると、魔理沙の手が自分の手に添えられている。
魔理沙はさらに続ける。
「どのみちこのままじゃジリ貧なのは変わりねえ。
無駄死にするくらいなら…例え分の悪い博打だろうが打たなきゃならねえ時だってあるだろう!」
「でも…!」
「でももヘチマもねえ。
私は信じるぜ。お前が集めてきたこいつらの力を。
お前が作り上げたこの起動人形の力を。
だから」
魔理沙は重ねた手を上から強く握り締める。
「私が…私達が信じる、アリスを信じろ!」
♪BGM 「the Grimoire of Alice」(東方非想天則)♪
アリスは目を見開く。
一体何を迷う必要があっただろう。
自分が何のために彼女らを集めてきたのか。
集めてきた彼女たちがどのような者達だったのか。
「…解ったわ!
妖夢、機体制御はすべてあなたに任せる!
限度は15分、それ以上は機体もあなたももたないわ、それでケリをつけるわよ!」
「は、はいっ!」
「咲夜、妖夢が少しでも相手の束縛から抜けるタイミングになったら、時間加速装置を起動する!
一気に引きはがすわよ!」
「了解!」
アリスが操作を加えるとともに、妖夢の身体が魔法陣に吸い込まれる。
身体に纏う接続端子から伝わる負荷に妖夢は僅かに顔をしかめるが、その動きを確かめる間もなく渾身の力で身をよじると、連動して機体は魔樹の幹の束縛から逃れ始める。
「時符「月時計」、スペル装填!
時間加速装置を使うわよ!」
間髪いれずに、手もとのコンソールパネルにスペルカードを読み込ませる咲夜。
次の瞬間、機体は赤く発光し、おぞましき幹の束縛から解き放たれた!
-まだこれほどの力を残していたか…往生際の悪い-
「ったりまえだ!
さあ、今度はこっちから反撃だぜ!」
「覚悟なさい、私達の底力…見せてあげるわ!」
…
…
♪BGM 「妖星乱舞」(FF6)♪
「ほう…私の結界の中でここまで戦えるとは。
成程、少々お前たちを見くびっていたようだ。
…ならばお前たちに本当の恐怖を思い知らせてやらねばなるまい」
魔女は、傷つきながらも強い視線で対峙する白蓮を睥睨し、冷淡に言い放つ。
「あなたがいかに強力な魔物を従えていようと、私達は負けはしません」
「戯れはここまでだ。
今から「
掲げられた掌の先、天空に描かれる毒々しい赤い光の複雑な魔法陣…その中心から、漆黒の獅子の如き巨大な獣がゆっくりと姿を顕す。
黒き獅子が荒ぶる咆哮を上げると、赤い光の粒子となった魔女の身体がそれに吸い込まれていくではないか!
「…これは…!?」
茫然と見守る白蓮の目の前で、獅子は幾重もの黒いオーラを放ち、巨大な繭の様な姿へ変化する。
その次の瞬間。
莫大なエネルギーと共に繭は爆散し、途轍もないプレッシャーとパワーを放つ、赤と黒の斑毛をもつ獅子王が姿を顕した。
-真の「接続」とは、己の肉体の一部を契約した幻獣に貸し与える事とは違い、己自身が幻獣と一体化すること。
それは…通常の「接続」とは異なり…契約主たる私と幻獣の力を融合させ何倍にもその力を高めるのだ。
…このようにな!!-
ゆっくりと振るい下ろされる獅子の腕。
すると、白蓮の足元を中心とした大地が高速で隆起を繰り返し、幾重にも折り重なる大地の柱と地割れが彼女へ襲いかかる。
「聖いいいいいいいいッ!!」
駆け付けた星が宝塔の力で加速し、逃げ遅れた彼女の身体を抱えて飛び出してくる。
さらに、大上段に真魔剛竜剣を振りかぶるハドラーと、同じように刀を振りかぶるつぐみが、その頭上から背を十文字に切り裂いた。
-ぐおああああああああっ!?-
「まだ終わりじゃないわよ」
そしてその懐には、隆起した地面を震脚で踏み砕くほどのパワーを乗せた拳を繰り出す幽香。
その一撃で魔獣の身体は大きくよろめいた。
「みなさん…!」
「遅くなってごめん。
でも安心して、邪魔っけな結界は全部ぶっ壊して来たわよ!」
膝をつく白蓮に肩を貸して、その体を支える葉菜が親指を立てる。
-おのれ…私の研究の邪魔を…!
実験動物の分際でこの私に牙を剥くか!!-
「実験動物も生きている以上は抵抗ぐらいするわ。
モルモットにも牙くらいはある!」
冷気を纏った一閃がさらに魔獣の身体を抉る。
冷酷な表情で見据える紗苗は、力なく横たわったそれに剣をつきつける。
「さっさと己のあるべきところへ帰ることよ。
これ以上、あんた達ごときに好き勝手なことはさせない」
-く…クク…!-
魔獣はゆっくりと身体を起こす。
彼女はその時になって初めて、起ころうとしていることに気付いた。
「みんな、離れて!」
「もう遅い。
ここまで思い通りに事が運ぶとは…なんと単純な奴らよ
紗苗の言葉よりも早く、その背後には何時の間にかアルティミシアと…。
その腕に囚われたまま、糸の切れた人形のように動かないつぐみの姿を目にしたとき、紗苗の思考が驚愕の表情と共に停止する。
次の瞬間、魔女の放った一撃が、回避しきれなかった紗苗の脇腹を抉った。
「紗苗殿!つぐみ!!」
「他人の心配をしている余裕があるのか?
…まあ、お前たちは皆ここで死ぬ運命には変わらぬ」
そしてハドラーも同じようにして地面へと叩きつけられる。
異様な気配を察知して飛び退いた幽香と、白蓮を庇いながら逃げる葉菜もそれを見ていた。
「認めたくはないが、先達の知識というモノはやはり捨て置けぬモノだ。
これほどの強大な魔力を取り込めば、私の野望の大きな助けになろう。
…光栄に思え、今一度「接続」というモノが如何なるモノか、お前たちに見せてやろう…!」
その言葉と共に、魔女とつぐみ、そして魔獣の身体が…おぞましくも強大な魔力の波動を放ちながら融合していく。
…
…
かごめはその空間の中で、一人の少女と向かい合っている。
背格好は、つぐみとさほど変わらないだろうか。
薄桃色の髪を持つその少女の瞳には、深い悲しみと絶望…そして後悔。
「あんたが…今のを見せていたのか」
少女は頷く。
「一体何者なんだ、あんたは。
今更こんなモノを見せて、あたしにどうしろっていうんだ?
…あたしにはもう、何も残っちゃいないんだ。戦う理由も、守らなきゃいけないモノも。
だから早く消えちまわなきゃいけなかったんだ…!」
少女は俯き、ただ一言小さな声で…「ごめんなさい」と告げる。
「なんであんたが謝る必要があるんだ。
あたしと共にある「虚無」の一部は…あたし自信と深く結び付いてて、そしてどんどん力を蓄えてる。
今ぐらいなら、まだ間に合うんだ。あたしが消えれば、こいつの恐ろしさを知っていて、なんとかしてくれる連中だっている。
あたしがこいつと同じ存在になっちまったら…あたしはあたしの大好きなひとたちを喰らい尽してしまう…そんな話ってないじゃないか!」
かごめは慟哭する。
何故、これまで隠していた胸の内を、見ず知らずのその少女へ訴えかけているのか解らないまま。
「あたし…そんなのやだよ…だから、そうなる前に消えさせてよ…!
せめて…あたしが大好きになったあの子達を守らせて…!」
「それで、残された私達の事は、何も考えてはくれないのね」
かごめはその声に振りかえる。
そこには…リリカに支えられた、何処までも悲しそうな表情の紫。
「…紫…!?
リリカも…どうして」
「私も…あなたと同じように、皆が一人で
わたしは、あの子を…「あなた」を消してしまった奴に…「その子」に復讐する為だけに存在し続けてきた。
霊夢や文…他に数えきれないほど多くの憎悪を受けることも厭わず」
「何を…言ってるんだ…?
「その子」って…それにあたしだと…!?」
紫は一度深く息を吐き、そして告げる。
「その子は…私達が打倒す事を願った、「虚無の永遠」が人間だった頃の姿。
そしてかごめ…あなたは…あなたは、私がまだ人間だった頃に、その子に飲まれて消えた親友の…「蓮子」の生まれ変わりなのだから…!」
しばしの沈黙。
かごめは自嘲的に笑う。
「…なんだよ…その話は…!
胡散臭いにも限度ってあるだろ…「永遠」に飲まれたらもう二度と魂は戻ってこれないんだ。あんただって知ってるだろ。
百歩譲って「永遠」が人間だった可能性はそりゃあるとは思ってやるよ、でも、「永遠」に飲まれた魂が生まれ変わるなんて話が!」
「そんなこと思ってなんかないじゃないか!」
かごめは言葉を止める。
「ほんとうは…もう自分でもう気がついてるんでしょ…?
あなたの記憶の中に…あなたが生まれるそのずっと前の記憶に…紫さんの姿があるって事」
リリカが手を取るとともに、かごめにもその記憶が鮮明に蘇ってくる。
「だから…かごめさんも紫さんも…まだこんなところで消えちゃダメなんだ!
みんなみんな、あなた達の帰りを待って…ううん。
それじゃきっとダメだよね。だから」
少女は強くその手を握り締める。
「お願い、かごめさん。
私達の為に、生きてよ…!
あなたが居なくなって、悲しむ子達をみたくなんてないんだ!」
♪BGM 「夢の跡」(Kanon)♪
言葉を返せず立ち尽くすかごめに、桃色髪の少女がそっと手を触れる。
それと共に、かごめの心には幻想郷の様子が映し出されていく。
乾坤一擲の賭けに出るアリス達と、その鬼神の如き力で魔樹を追い詰める霊夜の姿。
つぐみを取り込んだ魔女と、方々から駆け付けた仲間たちが死闘を繰り広げる姿。
そして…里の片隅。
ルーミアが制止することも聞かず、傷ついた体でなおも戦場へ赴こうをするチルノ。
「あたいもいく…!
つぐみを…たすけなきゃ…!」
「無茶しないでチルノ…あんただってもう限界なんだよ!?
これ以上動いたらだめ!」
それでもチルノはなおも、歩みを止めようとしない。
滴り落ちる血はそのまま大地に吸い込まれ、それでも彼女は前へ進もうとする。
「今度は…あたいがかごめ達を守るんだ…!
…解るんだ、かごめはずっとずっと、誰かを呼んでるんだ…たすけて、って泣いてるんだ。
ここでつぐみもいなくなっちゃったら…かごめが泣くのを止めてあげられない…たすけてあげられないんだ!!」
「何を言ってるんだよ…!?
それに、ここでチルノまで無理をして…チルノだっていなくなったらきっとかごめ悲しむよ!」
「あたいはまだいなくならない…だから、あたいはいかなきゃならない…!
あたいは守ってもらってばっかりだ…だから、今度は…」
彼女を留めるルーミアも、徐々に制止する力が弱くなっている。
「大好きになったひとたちの笑顔をあたいが守るんだ!!」
渾身の力を振り絞り、氷の少女は飛翔する。
意識を引きもどされたかごめの瞳から、留まることなく涙が流れ落ちていく。
彼女だけではなく、その腕の中で抱きとめられた格好のリリカも、それを見守る紫も。
「…あたし…どうしたらいいのかな?
あいつや、あんたたちになんて返したらいい?」
「…そんなの、かごめさんの好きにすればいいじゃないか…。
かごめさんの気持ちは、かごめさんにしか言葉にできないんだから」
「そっか…そうだよな」
かごめの左掌には、翼のブローチ。
大昔、紗苗からデビューの祝いで貰った、何物にも代えられない宝物のひとつ。
今は、彼女の戦う力となるものの、仮の姿。
そこへ、彼女を取り巻く多くの想いが力となって集まってくる。
「紫…リリカ。
あたし、もっと生きてみたくなってきた。
ここで消えちゃったら、きっとまたこうして運良く生まれ変わってこれても、また後悔ししかしなさそうな気がするよ」
その表情に、瞳に、既に翳りはない。
紫は頷く。
そして…傍らの少女へ振り返る。
「今なら解る気がする。
なんであんたが、あたしの中にいたのか。
…任せておきな、あんたが抱え込んだ絶望と悲しみは、必ずあたしがみんなぶっ壊してやる!」
抱きとめた少女の姿が光の粒子となり、それもまた、左手に集まる光へとひとつになっていく。
何処かで何かが砕け散る音。
左手から、抜き放たれた光がひと振りの刀となる。
…
♪BGM 「Eden」 TЁЯRA♪
封印されている筈の二人…正確には、かごめから放たれる光。
「これは…一体何が!?」
「まさか、封印が解かれようとしている?
馬鹿な、この呪法を解除するには月食が必要だ!
それに、これをしかも内側から、力づくで破ることなどっ…!」
狼狽の色を見せるロキ。
逡巡し見守るだけの面々の前で、封印の表面に無数のヒビが走り、そこから光が噴出していく。
そして、かごめも神綺も元の姿へと戻っていた。
「…そんな…一体何故」
驚愕の色を隠せないのは神綺も同じだった。
彼女の驚愕は、封印が無理矢理解除された事ばかりではない。
腕の中にあるかごめの、その覇気に満ちた表情と、力強い光をたたえる瞳。
ほんの数刻前の彼女とは、明らかに別の存在に見える。
「ごめん、みんな迷惑をかけて。
あたしは死なないよ。このまま死んじまうには、あたしはあまりに多くの借りが出来ちゃったみたいだし」
かごめはするりと、その腕の中から出ていく。
その先には、何時の間に立っていたのか紫と、リリカの姿。
「紫さん!?
一体どうして…あなたは囚われていたはずじゃ…それにリリカさんまで」
「説明はあとでゆっくりしますわ。
ご存知の通り、猶予はあまりありません…危険な賭けではありますが、現時点で「幻想郷の封印」を解く!」
ポエットの言葉を遮ると、紫とリリカは頷き、「魔法門」に魔力を注ぎ込む。
すると、複雑な文様から光を放つ方陣が幾つも現れては消え、ものの数秒で門は再び光を放ちはじめる。
魔力を使い果たした紫は、その場に力なくへたり込んだ。
「紫さん…」
「大丈夫…でももう私に戦う力は残ってはいない。
だから」
「じゃあ、私の力をもって行ってよ。
言ったでしょ、かごめさんにはあなたが必要なんだって」
言うや否や、リリカは紫の答えを待つことなくその手を取り、魔力を放つ。
何かを悟ったかのように、成り行きを見守っていた神綺も、ロキや夢子たちも、同じようにして紫へ魔力を放つ。
「そうね、事情はあとでゆっくり聞かせてもらうわ。
だから、あとの事はあなた達に託す」
「かごめはこの通りの奴だが、だからこそお前のような奴が傍らにいてくれた方がいいかもしれないな。
…必ず、帰ってこい。それもまた、我々の願いだ」
紫は驚いた顔をしていたが、送られてくる魔力に乗せられた想いに、感謝するように目を閉じる。
開かれた魔法の門から、こちらへめがけて飛翔してくる異形の群れ。
そこへ、ポエット達が立ちはだかる。
「行ってください、かごめさん、紫さん。
ここは私達がなんとかします!」
「中がどうなっているのかはよくわからん。
だが、それはきっと私達の役目ではない…行け!そして生きて戻ってこい!」
ユーリの言葉に後押しされ、かごめと紫は頷き合う。
「行くぞ、紫!
こんなところがあたし達の終わりじゃねえ、ここから始めるんだ!」
「ええ!」
幻想の空へと飛び立つその姿は、まるで比翼の鳥のように。
…
白玉楼の一室。
昏睡していたはずの藍ははっと目を開けて、飛び起きるように身体を起こす。
全身に力がみなぎっていくのを感じる。
途絶えていたはずの紫の力が、符を通して藍に注ぎこまれているのだ。
それが意味する事はひとつだった。
「戦いはまだ終わってない…だが、紫様は!」
一室で成り行きを見守っていた面々は、唐突に姿を現した彼女に驚きの視線を向けるが、藍は構わず顕界との境界…いまだ禍々しい魔の気が溢れるその空を見やる。
「藍!?
あんたまだ寝てなくて」
「…多分いいんでしょうね。
この子が動けるようになったという事は…理由は解らないけど紫、恐らくは霊夢も解放されたという事だわ。
それに…さっきから伝わってくるこの強い感情は」
幽々子は映姫を視線を交わし、頷く。
「真に望まれるべき結果へ行きついた、という事。
本当の意味で、「虚無の永遠」と呼ばれる存在はこの時点で消滅したと言っても良いのでしょう。
彼女に宿っていた破片…どうやら、八雲紫の見立てが正しかったようです」
「そうね。
かごめちゃんだったら、きっと多分その先の事も考えてる筈。
…ちょっと惜しかったな、さなちゃんからの借りもあったし、私ももっと力になってあげたかったんだけど」
残念そうな表情を作って見せる幽々子も、何処か嬉しそうであった。
映姫は厳かに、藍へ告げる。
「今重ねていうことではないと思いますが…あなたもあなたの行くべき場所へ行きなさい、藍。
あなたの想いの赴くままに力を尽くす事、それが、今あなたが出来る最大の善行です」
「…承知!」
藍は纏っていた道士服を脱ぎ捨てる。
現れたのは黒のタンクトップにジーンズという軽装。それは、実際の戦闘となった時もっとも邪魔にならないものを、と自ら用意していたものだ。
蘇った九尾の狐もまた飛翔する。
戦場に降り立つであろう、主の剣となる為に。
…
「動ける奴らは以上だな。
これより私達も魔物の掃討を開始する! ここからが正念場だ!」
守矢神社の境内に木霊するときの声。
その指揮を執っているのは神奈子ではなく、諏訪子。
戦闘で傷ついた八坂神奈子だけではなく、多くの神妖は満身創痍で戦える状況ではなかったが、それでもこの最終局面にじっとしていられない連中も少なくはなかった。
山の霊力が戻ってくるにつれ回復した諏訪子は、神奈子から指揮を強奪する格好で号令を発し、まだろくに手傷を負っていない神妖をあつめ、先陣切って山を飛び立っていく。
「ったく…あいつは」
「だが、あの気を感じ取ってしまったら、じっとしてられない奴らの方が多いだろ。
……かくいうあたしもだがね」
苦笑する神奈子の傍らに坐していた勇儀も、ゆっくりと立ち上がる。
その手の傷は既にふさがっており、闘気が満ちている。
「勇儀さん、私も連れて行って。
ヤマメのお陰で、私も大分回復は出来たから」
おたおたと制止の為に来ただろう椛を制し、不敵な笑みを浮かべる文。
相当やせ我慢をしているだろう事は、まだ覚束ない足取りと、本殿の壁にもたれながら立っているその姿からも明白ではあったが。
「…あんたシャッターガールに徹してた方が無難じゃないかね。
なんとなく予感がしたってんで、さとりの野郎がこれをあんたに渡せって言ってたのはこういう意味かい」
勇儀はその手にカメラを一台握らせる。
それは、紛れもなく文が愛用しているそれだった。
「…保証はできないよ、そもそも誰かを守りながらってのはあたしも得意じゃないんだ」
「そんなこと言ってない。
私ももう、居ても立っても居られないのよ!」
勇儀は口の端を吊り上げると、文の身体を軽々肩へ担ぐ。
「だったらせめて着くまでそうしてろ、その後は知らん!」
最速の天狗と力の鬼もまた、あるべき戦場へ。
…
チルノの前に、闇から生じた魔物たちが雲霞の様に襲いかかる。
咆哮と共に猛烈な吹雪で氷漬けにする端から、次から次へと殺到してくる影に彼女が飲みこまれようとするその瞬間。
「来たれ氷精、夜の精。
常夜の極光纏いて吹雪け、厳冬の氷雪…極光の吹雪!!」
凍えるような光を纏う風が、それをあとかたもなく吹き飛ばした。
チルノはその文言に覚えがある。
しかし、それを放ったのは自分の知るその存在ではない。
放った冷気の残滓を纏わせるのは、紫。
そして、チルノを抱きとめていたのは。
「遅くなってごめん。
そして…ありがとう、チルノ」