「よし…にとり、すぐにそいつの射出に移れ!
事態は一刻を争う…あいつの中に取り込まれた小傘の気が、どんどん小さくなってやがるんだ。
恐らくは、アレに取り込まれてもエクスデスに呑まれた紫や霊夢のように…小傘は元々力の強い妖怪じゃない、もう数分ももつまい…!」

-了解だ……うわあああああッ!?-

「にとり!?」

その通信を最後に、再びインカムの機能が完全に停止する。
神奈子だけでなく、その場に居合わせた者は皆、新たな邪悪の群影がこの山を包囲したことに気がついた。


「なんと…貴様以外は全滅か、オズマよ。
たかだかこれだけの連中に後れを取るなど、偉大なるエクスデス様の十二死徒の筆頭にしては情けないことではないか…!」


球の魔物の意思が、背後に現れた群影…その戦闘にいる、老人の姿の魔物へ向く。

-…アルテ・ロイテか。
それだけの大口を叩くというのであれば、貴様が赴いた地底の制圧は済んだのであろうな-

「ほう、随分と可愛らしい声ではないか…何を取りこんだのか知らんが、何かを取りこんでいないと声すらも発せられぬとは、不便なことよの。
…何、儂自らが手を下さぬとも、古代文明が生み出したウェポン5体、すべてつぎ込んできた…最早戦う意思と力を持った者は数名しかおらぬ、じきに決着はつこう…!」
「なん…ですって…!?」

その会話に血相を変える早苗。

「…ほう、貴様、ただの人間のクセにそれほどの力を放つとは…。
いかにも、地底深くに潜んでおった連中は最早壊滅状態よ。
心を読む小娘と、角のある金髪の女は手強かったが…ロンカ古代文明が生み出した最強最悪の兵器・オメガウェポンと月文明の忌まわしき遺物・プロトバブイルの力の前には敵う筈もあるまい…!!



-Mirrors Report of “Double Fantasia”- 
その4 「勇気与える者」



〜地底 旧都市街地〜

幻想郷の地の底。
能力の危険さなどから地下へ追いやられた妖怪たちと、山を去った鬼の一部が住むその街にも、それは来襲した。

完全に地上との連絡は断たれ、あっという間に同胞の多くが戦えなくなった。


それを成したのは…わずか数体の魔物。


「おらああああああああッ!!」


獣にも似た咆哮と共に振り下ろされた、「鬼」の中でも「力の勇儀」とまで称されたその剛拳を受けても、その巨大な魔獣…否、「機獣」はまるで堪えた様子を見せていない。
それどころか、勇儀が拳を振るい、鈍い衝撃音を辺り一面に響かせるごとに、彼女の繰り出した拳から飛び散る血飛沫のほうが増えてゆくという有様に、傷ついた体で地上から見守るヤマメやパルスィは言葉を失った。

(畜生…何なんだこいつは…!
 このあたしの全力の拳を受けてすらこれとは…!!)

人間のような上半身に、蜘蛛の様でもあり牛や馬の様でもある下半身。
鈍い鉛色のボディを持つその巨大な機械獣は、出現からわずか数秒で名うての妖怪たちを戦闘不能に追い込んだ。

多彩な兵装だけではない、純粋なパワーは全く彼女らを寄せ付けず、何時しかその場でマトモにそれと対峙しているのは勇儀ただひとり。

(さとりは…さとりはどうなった…!
 こいつが現れた時、もうひとつ気配を感じていた…お燐は兎も角、お空にみとりまでいる状態で負けたとは考えたくないが…)

「…勇儀ッ!!」

パルスィの絶叫で我に帰る勇儀。
機獣の振り下ろした巨大な拳をかろうじて防御する…が、その凄まじい圧に、彼女は轟音とともに地面へと叩きつけられる。

間髪入れずに機獣はその巨大な足で勇儀を潰しにかかる…。


「くっ…調子に…!」


しかし、勇儀は潰される寸前のその足を支えている。
それどころか、彼女の腕の筋が盛り上がるとともに…機獣の体全体がにわかに傾き始めた。


「のるなああああああああああああああああ!!」


旧都の街並みを巻き添えに、轟音を立てて機獣の巨躯が大地へ叩きつけられる。
勇儀はその隙を逃さず一層の気を込めた拳を構え、追撃に入ろうとするが…。


機獣の頭部から走る光線が、反射的にかわしたその頬に紅い線を走らせ…地底空洞の壁にまで到達し大爆発を起こした。


……





「…まあそういうことだぜ。
だが…驚いたこった。
まさかアポカリョープスのおっさんや、カタストロフィーの奴もやられちまうなんてな…あいつらは嫌な奴だったが、悲しいこった」

アポカリョープス達が倒され、散り散りに逃げて行ったはずの魔物が再び工場を包囲し、抗戦の構えを取った諏訪子達の目の前に、異形の男が歩みだしてきた。
それは…隆々と盛り上がる筋肉質の腕を左右四本ずつ生やしていたものの…諸肌脱いだ状態で腰から下に紅蓮の衣装をまとい、その手に大刀を携えた、見るからに武人然とした偉丈夫であった。

「こいつは…!!」
「ギルガメッシュ…古代シュメールの叙事詩に歌われる英雄王と同じ名を持つ男…ね」

静葉の呟きに、異形の偉丈夫は眉根を釣り上げ、「ほう」と呟く。

「聞けぁこの世界は異界だと聞いたが…そんな世界にもこの俺様を知っている奴がいるたぁな。
…まぁそんなこたぁどうでもいい、今は些細なこった」

ギルガメッシュと呼ばれた男は、今にも飛びかからんとする意気を放つ魔物たちを制すると、さらに一歩前へと踏み出す。
そして…立ち止まったところでその一番上の腕が、背に差した業物の刀を抜き放ち、対峙する少女達へと突きつける。

「…俺はあの連中のように油断もしねえ、だが誇りあるエクスデス様の親衛隊長としての意地もある。
だから、提案だ。
今ここに居る連中の中で、一番強ぇ奴…そうだな、出来れば剣士がいい…そいつと俺で一騎打ちをしねえか?
もしそいつが勝てば素直に俺はこの連中を引かせ、手だしはさせん。
俺が勝てば…抵抗せず軍団に下ってもらう。なるべくなら俺の部下として丁重に扱うよう尽力はしてやるが…どうだい?


その提案に、諏訪子は目を丸くする。

「ちょ…ちょっと…それがあんたにとって一体どんなメリットが」
「何言ってんだい、えっと…祟り神の嬢ちゃんよ。
俺ぁ確かにエクスデス様の命を受けてこの地を攻め取りに来たが、その過程まで指図受けたわけじゃねえ。
だったら…この俺の好きなように方式を決めて、なるべく穏便に済ませてぇだけだ」

困惑を隠せない諏訪子を余所に、ギルガメッシュはふと、空を見上げる。

「…この世界、良い世界だと思うぜ。
元居た世界も悪くなかった…エクスデス様の命令とはいえ、あの綺麗な世界をぶっ壊して回ったのは心が痛んだぜ…。
……だから、そういうのをあまり繰り返したくねえだけだ」
「成程ね」

その言葉に応えながら、静葉はゆっくりと進み出て、その目の前に対峙する。

「…不肖ながら、その一騎打ちは私が受ける」
「静葉!」

制止しようと袖を引こうとする諏訪子。
しかしその手は、何時の間にか傍らに来ていたレティが制していた。

「……やめときなさい、この子そういうところ結構頑固よ。
それに…私が受けても全然構わない気分だったし?」
「レティ…あんたまで」
「彼は「剣士」をお望みの様だし、ダメージ的にもここに居合わせた中で無傷に近いのは私かあの子だけしかいないでしょ?
まさかにとりに戦わせるわけにはいかないし、はたてや穣子なんてまだ目を覚ます気配もない。
……それに向こうの条件を突っぱねて全面戦争に行っても、各軍団との連絡は取れてないのでしょう?」

諏訪子は息を飲んだ。
レティが言わんとしていたことの意味を察してのことだ。

「………彼はとてもいい目をしているわ…そうね、外の世界に残されているハドラーととてもよく似た目よ。
あの手のタイプは少なくとも「自分の言葉」は曲げないわ。
でも」
「そこまで言われりゃ解る…あたしゃチルノほど頭の配線切れちゃいないし、残念ながらあいつほど素直な性格もしてない。
……静葉!頼むよ!!」

静葉は振り向くことなく頷き、腰に差したままの楼観剣の影打…「秋桜」を抜き放つ。


「…どうせ霊夢か紫の記憶を持たされているなら知ってるとは思うけど…改めて名乗らせてもらう。
我が名は秋静葉、この幻想郷の秋の緋を司る忘れられた神」
「…ご丁寧な名乗り、痛み入るぜ。
遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそはエクスデス軍親衛隊隊長!ギルガメッシュ!
いざ尋常に勝負ッ!!



その怒号と共に飛び出した双方の剣がかち合う音を合図に、その壮絶な一騎打ちが幕を上げた。


……





「ちっ…まさかまだ新手を投入する余裕があったなんてね…!
そんなところに奇襲…あたしも早とちりするところだったみたいだね…!!」

歯噛みする神奈子。


しかしそう言いながら彼女も、その言葉が誤りであることは知っている。
老人の魔物…アルテ=ロイテの言葉が正しければ、既に地底は壊滅状態となり、その余剰の戦力だけでも十二分に自分達を制することができることを示している。
傍らにいた雛も、その空気を読んだのかそれを指摘することをしない。


「大丈夫です、皆さん!」


恐るべき魔物の前から視線を逸らさぬまま、早苗が叫ぶ。

「まだ、地底のみんなが敗れたわけじゃない!
私達は知っている筈、あのひとたちはそんなに簡単に敗北を喫したりしない!
私達が彼らをここで殲滅すれば、今なお戦っている勇儀さんやさとりさん達の助けにもなる筈です!!

その言葉に戦意を失いかけていた妖怪や神々たちは、にわかに勇気づけられ始める。
そのすぐ後ろに侍していた、厳つい天魔の表情も僅かにほころんだ。

「早苗…お前」
「…早苗さんの仰るとおりです、八坂様。
同じ陣営で戦っていたあなた達ならいざ知らず…実際にそれと対峙する側であった私達とて、あの方たちの強さは身に染みて知っています。
…彼女らの死を確認もせず、のこのここんなところにやってきた報いを受けさせてあげましょう…!」
「…そうだな!」

神奈子も雛も、傷ついた体を叱咤し、再び剣を持って立ち上がる。
その姿に、社を中心に力尽きた妖怪たちからもどよめきが起こる。


「皆の者!
我らの住む大地、その運命の行く先こそこの一戦にあり!
敗北は死よりもおぞましき結末の他なし、なれば、せめて誇り高き死を賭して最期の徒花を咲かせよ!!」



軍神の号令に、死力を振り絞るかのようなときの声が上がる。

しかし、誰もが解っていたことだろう。
彼ら妖怪たちばかりでない…雛や神奈子にさえも、新たな希望と勇気を与えたのは紛れもなく…。


(早苗…あたしたちも最後まで抗ってやるさ…!
 今度こそ、死ぬときは一緒だ!!)



……





♪BGM 「戦場 討ち果て倒れる者」/古代祐三(SQ3)♪


静葉とギルガメッシュの戦いも佳境を迎えていた。
その技量は全くの互角に見え、ギルガメッシュは戦闘開始から向こう、本来の腕と思われる一番上の一対の腕しか使ってはいない。

しかし…ほとんど息を切らしていない静葉に対し、明らかに肩で息をしはじめているギルガメッシュの方が押されているように見えた。

「…あなた、その腕は飾りじゃないのでしょう?
遠慮せずに残りの腕も使うべきだわ。
……私はこの山に古より在る神格、この山の霊気がある限り常に全力を引き出せる…その状態の私を前にして身体条件を同じに合わせようだなんて、ただの驕りよ」
「へっ…確かにあんたの言うとおりだぜ。
「もらった記憶」とやらは殆どアテにならねえ…恐らく全部の腕を解放してもあんたに勝てるかどうかは微妙なところだな…だったら!」

ギルガメッシュは斬撃を繰り出した反動で後方へ大きく飛び退く。
そして、今までだらしなく下げていた残り三対の腕に、背にした思い思いの得物を掴みとって構える…!


「この俺の掛け値なしの全力!
それを総てぶつけなけりゃ礼儀に反するってもんだ!!



裂帛の気合がギルガメッシュから放たれる。
それは、今までの彼のそれとは質が全く違うモノに感じられた。

「…ったく、いらん挑発を」

その様子にあきれ果てる諏訪子。
その一方で、彼女は土の中から這い出した蝦蟇達に頷く。

「陣は整え終えたのね?」
「ああ…静葉達には悪いが、部下の魔物たちは恐らくあの結果に関わらず、私達に襲いかかってくる筈だ。
そういうなめた態度、私も大っ嫌いでね」
「あら意外。
あんた意外とそういうはしこそうなところがあるように見えるけどね」

レティの軽口には応えず、諏訪子は再び静葉達を見やる。

四対八本の腕から繰り出される達人クラスの技にも全く後れを取るわけでもなく、静葉はそのすべてを薙ぎ払い、いなしてゆく。
一見攻め手もないように見え、静葉の表情にはまだかなりの余裕があるようにも見える。

(あいつ…もしかして時間を稼いでたのか?
 …いや、これは)

次の瞬間。


ギルガメッシュの繰り出していた嵐のような攻撃、そのリズムがはっきりと狂ったことが諏訪子にも解った。


「…この時を待っていた…!
秋奥義“夜叉蟷螂”ッ!!
「何ッ!?
ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!?


その神速の一閃が十字を描き、ギルガメッシュの左三本、右二本の腕を一瞬のうちに斬り飛ばし、持った得物の半分以上を破壊し使い物にならなくしてしまう。
さらに、その分厚い胸板に十字の傷を深く刻み込み、そこから鮮血が吹き上がる…!

まさに勝負ありの一撃であった。


「静葉の奴…あいつの攻撃を…!」
「いなすと見せかけて、微妙にその軌道を自分の剣で加速させて狂わせていたのね。
彼は恐らくそのことに気が付かなかったはず…そのくらい、さりげない「攻撃」をずっと繰り出してた…!」
「ったく…やっぱあいつすごい奴だよ…全くもって恐れ入る!」


後方に突き飛ばされ、倒れ伏したギルガメッシュはなおも立ち上がり、構えを取ろうとする…が、目の前に静葉の刀の切っ先を突き付けられ、観念したように溜息を吐く。


「…いい一撃だったぜ…いや、俺にも解った。
俺の剣はずっとあんたの猛攻に晒され続けてたってことか…それを受け止められなかった俺の負けだ…!」
「……あなたこそ、良い戦いぶりだった。
出来れば、こんな形で戦いたくはなかったわ」

ギルガメッシュは満足したように眼を閉じる。


「俺もだ。
願わくば…もっと別の形であんたと巡り合って、一対一で闘りあってみたかったぜ…!
あんたは…かつて俺が戦ったあいつ…と…!?」


そのとき、ギルガメッシュの瞳が驚愕に見開かれる。


(なんだ…「あいつ」って誰のことだ!?
 俺は…俺は「あの世界」での侵攻の時にバル城の攻略を命じられて…!?
 …そのあと俺は何をやって…?)



その脳裏を目まぐるしく駆け抜ける記憶の断片。


(そうだ…相棒は…エンキドゥは何処だ!?
 この世界に来た時、俺は何か足りないと思っていたんだ…俺は…俺は一体!?)



-ふん…やはり貴様では役不足か、使えぬ奴め。
下らん記憶を消し、それでもと思い貴様の覇気を消さずにおけば利用価値のひとつもあると思ったが…-


ギルガメッシュの脳内に直接響くエクスデスの声。


(エクスデス様…いや、エクスデス!
 貴様…この俺を切り捨てておいて、俺に何をさせ…)


-我が人形とすればもう少し役には立つだろう。
貴様の意思などいらん、消え失せるがいい!!-


「ぐうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」


その巨躯に紫電が走り、凄まじい暗黒のパワーに包まれる。
静葉は異変を悟り、すぐに後方へと飛びのく。

「…これは」
「すっごい胸くそ悪い気配を感じたよ…!
まさか、あいつ」

視線の先で、暗黒の魔力を身に纏ったギルガメッシュがゆらりと立ち上がる。
その胸の傷は何時の間にかふさがっており、それどころか斬り飛ばされた筈の腕が見る見るうちに再生を始める…。

「…役立たずめが…まあ良い。
このようなゴミの力でも、私がそのタガを外してやれば、十分使用に耐えるだろう…!」

姿こそギルガメッシュだが、別の存在の声がギルガメッシュの口から聞こえ始める。
それは…先に幻想郷中へ傲慢な宣言を表明した魔王のモノと全く同じ。

諏訪子達は瞬時のその正体を悟る。

「あんた…自分の部下の体を!!」
「その通り…とは言っても、この私の存在は一種の思念体。
言うなれば魔力端末の一本に過ぎぬ。
だが」

それが右腕の一本を振り上げると、凄まじい衝撃波が三人を襲う。
控えていたレティがすぐに盾を構えて衝撃波をいなそうとするが…その強烈な圧に弾き飛ばされてしまう。

「レティ!?」
「…つつ…だ、大丈夫…このくらいはまだっ…!
けど…軽く振っただけなのにこの威力…!」


「…ふむ…完全には行かぬか…まあよい、それでも」

ギルガメッシュの姿をした「それ」は、砕け落ちた剣の柄や、折れた槍の柄を拾い上げ…そこに魔力を込めると、暗黒魔力で形成された漆黒の刃が、失われた元の刃の代わりとなって形成されてゆく。


「貴様ら如きを皆殺しにするくらいなら十分だ!!」


……





「…やれやれ…エクスデス様の逆鱗に触れてしもうたな、ギルガメッシュめ。
まあよい、あのような愚か者でも、エクスデス様の御力を直に受け、その役に立って死ねるのだ。
愚図には過ぎた光栄よ」

鈍い金色の皮膚を持つ老龍が発するその声は、先にアルテ=ロイテと名乗った魔物のそれであった。


この龍の姿こそ、彼の戦闘形態「ジュラエイビス」。
古えより在る力持つ魔物「エイビス」の中でも、最古にして最強とされるその魔物。

対峙する早苗は、その圧倒的なパワーもさることながら、何よりオズマに取り込まれたままの小傘が気になるあまり防戦を余儀なくされている状態であった。
それは、彼女と共に闘う天狗達にも伝播し…時間が経つごとに、その後ろに従う天狗達の数が少なくなっていることが如実に表している。


そして…最後の力を振り絞り、オズマと対峙する神奈子達も、既に気力だけで立っているような状態だった。
それでもなお、かつての偉大なる軍神は気丈にも、その恐るべき球の魔に向かい合う。


「…どういうことだい」
「貴様等が頼みとしている者のいる場所へ送りこんだ、つまらぬ小物のことよ。
アレは腕が経つ故、偉大なるエクスデス様が直々にその身辺警護を任せておったのだが…我らが敵である「光の戦士」共と通じた挙句、くだらぬ茶番劇の末にその命を救うという愚行を犯したのだ。
だが、この新たなる世界を侵攻する際に、あのような愚図でも何かの役に立つと思い、エクスデス様直々にその記憶を操作し、露払いを任せていたのだが…所詮、愚図は愚図であったということ。
恐らくはエクスデス様直々に、その精神を侵食支配し、ただ戦う為の人形とされたのだろう」

表情のない球の魔が、取り込んだ小傘の声で答える。


「こうなった以上、お前たちの希望は潰えた。
まずはお前たちを葬り、既に制圧された地底とやらも…」


球の魔物に凄まじい熱量が集まる。
総てを焼き払う煉獄の嵐が、そこから放たれようとしていた。

だが。



「へえ、何処が「既に制圧された」だって?」



覇気に満ちた、聞き覚えのある女性の声が不意に響く。
次の瞬間。


♪BGM 「華のさかづき大江山」(東方地霊殿)♪


境内に凄まじい轟音が鳴り響き、その地面が派手に砕き飛ばされる。
そして、巨大な鋼鉄巨人の首が勢い良く突き出された。


「なっ!!?
ああ、あれはプロトバブイルではないか!!一体どういうことじゃ!?」

驚愕の声を発するジュラエイビス。

地面から突き出された格好になっているその機械巨人のボディの所々は裂けて火花を散らし、わずかに地面から露出した胸甲には無数のクレーターの如き陥没が見られる。
妖怪たちや魔物たちが呆気にとられる中、暫く明滅を繰り返していた眼光が消失し…それは完全に機能を停止したようだった。


「ばば、馬鹿なッ!
この月文明の忌まわしき落とし児を、いったいどうやって…」
「答えが要るのですか?
…私達の力を合わせた結果が、あなた達の差し向けて来た機械の塊どもよりも強かったということですよ」

ぎょっとして、その声の方向を見やる。


その視線の先には…腕に装着された制御棒の照準を、ジュラエイビスに構える黒髪の翼を持つ少女と、空いた手に抱えられた、薄桃色の髪を持つ少女…太陽の力を得た地獄の鴉・霊烏路空と地霊の幼き女王・古明地さとり。


「お空ちゃん!さとりさん!」
「…遅れてしまってすいません、早苗さん、みなさん。
さあお空、遠慮はいらない…その不届き者を、あなたの力で消し炭にしてやりなさい!」
「了解っ!
食らえー!“ニュークリアエクスカーション”ッ!!


放たれた超高熱の爆風が、金色の老龍を横殴りに吹き飛ばす。
それを合図に、動きを止めたプロトバブイルと地面の穴の隙間から、ヤマメやパルスィを筆頭とする地底の精鋭たちが次々と這い出して来て、呆気にとられたままの魔物の群れへと突撃を開始する。

そして…その最後尾から悠然と姿を現すは…長い金の髪をなびかせ、額の角を誇らしく掲げる鬼の四天王・星熊勇儀。


彼女は、膝をついたままその光景を見守るばかりの神奈子に肩を貸す。


「悪ぃな軍神様よ、ちいっとばかり手古摺っちまったよ」

肩に回されたその拳は、火傷のような傷でぼろぼろになっていた。
地底を襲った機械の魔物たちが、鬼随一の剛拳を誇る彼女の拳をこれほどまでにする相手だったことは想像に難くなかっただろう。

「…いや…命拾いをした。礼を言うよ勇儀。
よく…生きて出てこれたね」
「………本音言うと、あたしもダメかと思ったさ。
でもな、すんでのところであたし達も、外から戻ってきた連中に助けられたよ。
…安心しな、にとりの工場には、そいつとみとりが行ってる。こっちは…」

勇儀はその体を本殿の階へともたれさせた。
その視線の先では、本来死体を運ぶための猫車に、動けないままの雛を乗せて運んでくるお燐の姿もある。


「あたし達が何とかしてやるさ!」


勇儀は再び球の魔へと対峙して構えを取る。

その右手には、普段彼女が持っている筈の杯はなく…代わりにチェーンで繋がれたタグのようなものを巻きつけていた。
それには「あなた達の勇気と知恵が古代文明に打ち勝ちました」と、ロンカの古代文字で刻まれていたのだが…それを解読し、読める者はこの場にはいなかった。


……





ギルガメッシュ…いや、エクスデスの操り人形と化したその魔人の攻撃により、瞬く間に体制を整えた山の軍団も、堅牢の妖として名を馳せたレティも戦えない状態に追い込まれてしまう。

そして、静葉もまた…捨て身の一撃を魔人へ向けて放つが…

「フン…その程度の攻撃が私に通用するか!!」

カウンター気味に放たれた漆黒の刃が、繰り出された剣を捉え、その刀身を微塵に砕く。
さらに、その衝撃により静葉自身も大きく吹き飛ばされ、巨木へと叩きつけられてしまう。

「静葉ッ!
ちくしょう、よくも…」

諏訪子も回復しきらぬまま、抵抗の一撃を繰り出そうとする。
しかし、既に目の前には、彼女の脳天に狙いを定めた切っ先が振りあげられていた。

「終わりだ、小娘。
ついでに、お前たちの頼みとするモノがあるあの小屋諸共、微塵に砕いてやろう…ファファファ!!」

弾幕を構えたまま固まったままの諏訪子にその一撃が振り下ろされる…!


「そこまでだよっ!
大地割り咲き狂え!“黒薔薇龍姫”!!



♪BGM 「剣・魂・一・擲」(SRWOGs)♪


龍の如き閃光が走り、次の瞬間には振り下ろした腕諸共、漆黒の刃が砕け散っていた。


「…なんだと…!?」


その眼前には、何時の間に姿を現せたのか…黄色いリボンを付けた黒い帽子をかぶり、閉じたままの「第三の目」を持つ薄緑色の髪の少女。
少女は呆気にとらせる間もなく、軽装にも程がある水着だけのその背に負った魔剣を引きぬき、立て続けに追撃を繰り出す。


「ぬぅッ…貴様ら、何をしている!
あの小屋一つ落とすのに何を手こずって…」
「簡単な話よ。
あいつらの動きは総て私が“禁止”したんだから

道路標識のようなその得物を振りかぶり、赤一色の衣装を身に纏った河童がその反対側から迫る。
かろうじてその両者の攻撃をいなし、魔人は後方へと飛びのいた。


「…ぎりぎり…間にあったみたいだね。
後は任せて、諏訪子さん。ここは…」

何時の間にか握られた黒い大太刀と、妖気を放つ深紫の刀を二刀流に構える少女…こいしがほほ笑む。
そして、傍らに立つ赤河童の少女、みとりと頷きあう。

「私達の出る幕だ。
いくよ、こいし!」
「おうよっ!」

龍の力を放つ覚の少女と、鬼の力を得た河童。
その二人を交えた魔人との死闘も、最終局面を迎えようとしていた。