-白玉楼-


「…見事…。
強くなったの…妖夢…!」



その魂に深く絡みついていたどす黒い思念が消え…妖夢も見覚えのあるその厳しい表情が、不意に柔和な笑みへと変わる。
妖夢の放った無念無想の「空の剣」は、見事「エクスデスの影」のみを綺麗に消滅させ、操られていた妖忌を…祖父を救ったのだ。


「ししょ…おじいちゃん!」

反射的に駆け寄る孫娘を、傷ついたその霊体のまま、しっかりと受け止める妖忌。

「……一時はどうなるかと思ったよ。
でも、今の妖夢にはそれだけの事が出来ること…あたいは信じていたつもりだよ?」

傍で成り行きを見守っていたその破天荒な死神は、死闘の後とは思えないくらいの能天気な口調でそう言い放つ。

「…本来は、このような所に居ていい立場でもあるまいに…映姫様の怒った顔が目に浮かぶようじゃ。
…だが、一応貴女にも礼を言わねばなるまい」
「相変わらず手厳しいねえ…それに、あたいは何もしてないからねえ。
すべて、あんたを救いたいって言う妖夢の力さ」

小町の言葉に、「否」と頭を振る妖忌。
なおも何か言おうとしていたようではあったが、それ以上は無粋と感じたのか、言葉を続けることはなかった。


そのとき。


不意に途轍もない魔力の振動が、三人のいる辺りにも到達する。


「何…今の…?」
「この…この気の波動は…!?」

妖夢も小町も、この魔力が誰のモノであるのかはすぐに解っていた。
しかし…あまりの巨大さに、二人はその確信を持てずにいた。


その余りにも巨大な、怒りと悲しみが綯交ぜなった気から幽かに感じられる、幻想の音。


妖忌は、その総てを瞬時に覚った。


「……そうか、プリズムリバーのふたりの娘は、今この時点で「霊としての生」を終えてしまったのか。
貴種である己が妹を生かすために」




-Mirrors Report of “Double Fantasia”- 
その6 「幻想を奏でる者」




「ねえさんッ!!」

それが放った衝撃波に吹き飛ばされ、棒立ちになったルナサが成すすべなく吹き飛ばされる光景に、メルランの絶叫がこだまする。


これまでの長き縁もあって、ルナサとメルランは迷わず白玉楼での戦いに加わった。

図らずも「真祖」となったリリカの真祖従僕という形ではあったものの、新たに「騒霊」として生まれ変わった二人の実力は、決して低いものではなかった。
むしろ、これまでも姉妹最強の魔法の腕前を持っていたメルランは言うに及ばず、それに匹敵する高いレベルの魔道の資質を持っていたルナサもまた、この第一線の戦場で十分に撃墜王(エース)足り得る実力の持ち主であったことは確かである。

実際、ふたりはここから先、何故か執拗に「西行妖」を目指す異形の魔を悉く退け、葬って見せた。
しかし…。


「ククク…甘い、甘いなあ…!
四方やこれほどまでに、この姿を取った事が効果を発揮するとは

少女の如き姿を取ったそれが、蔑むようにはき捨てる。

その姿から、声に至るまで…それはある少女と瓜二つ。
ルナサの手を完全に止めてしまったその姿も声も……リリカそのものだった。


「エクスデスの(ソウル)」。
妖怪の山でギルガメッシュにとりついていたものと同じそれは、一方は涅槃の際にその魂を捕えられた魂魄妖忌に、もう一方は、メルラン達が退けた魔物の肉を拠所として、その姿をもってふたりの目の前に現れたのだ。

その影は、地底に追いやられれた覚の如く、二人の記憶の中に残る「もっとも傷つけたくない者」の姿を探り当て、その姿を取っていた。
四百年もの長きの間、幼くして生き別れた、目の中に入れても痛くないその末の妹を…誰よりもその安否を求め、その行方の知れぬことに嘆いたルナサの戦意を完全に失わせるには十分過ぎた。


そして…。


「くっ…!」

ルナサを庇うように、風の障壁を展開して立て続けに繰り出される衝撃波の攻撃を防ぐメルラン。

この時点で、その道を阻む大きな障害となる者は、ほぼ無力な存在と化した。
誤算があるとすれば…

「ふん…未熟なる小娘と聞いておったが、この私の影を討ち退けるとは。
だが、問題はあるまい。
ならば「この」私が自ら、その封印ごと「西行妖」とやらを取り込めば十二分に元は取れるだろう…ファーファファファファ!!!
「そんなこと…させてなるもんですかっ!!」

妹の姿を取る、その唾棄すべき邪悪の歩みを、なおもよろめく足で立ち上がり阻もうとするメルラン。
影は哄笑する。

「その姿で何ができると?
止めておくがいい、この地の魔力も私の浸食を受けている…幽霊であるお前たちは、その実体を保つ事もそろそろ苦痛になって来ている筈だろう?
その上…」

エクスデスの放った火炎魔法は、メルランの脇をすり抜け、呆然自失のルナサをめがけて飛んでゆく。
メルランは咄嗟に、動かぬままの姉の霊体ごと自分の体を地面にたたきつける…。

「くっ…!」
「その腑抜けと化した貴様の姉のみならず…貴様自身も、今の私を傷つけることなど出来まい…!
…それはそうだろう、貴様等の拠り所である、大切な大切な妹を傷つけることなど出来ぬのだからなあ!!

立て続けに放たれる氷の魔法をバリアで防ぎつつ、メルランはなおもルナサに叫び続ける。

「ルナ姉…ルナ姉しっかりしてよ!!
あいつは、あいつは妹じゃ…私達の大切なリリカじゃないんだ!!
私達があいつを止めなきゃ…せめてあいつだけでもどうにかしなきゃ…あの子が帰ってくる世界もみんな消えてなくなっちゃうのよ!!」

しかし…眼から生気を失ったその少女は、小さく震えたまま答えようとはしない。
メルランは歯がみする。

次の瞬間、ひときわ激しい力の胎動が二人を襲う。

(なっ…力が…魔力が奪われて…!?)
「貴様の健闘は敬意を表するが…そろそろ面倒になって来た。
どうやら他に送り込んだ者どもも、貴様等がつまらぬ抵抗をしたおかげで退けられているようだな…役立たずどもめ…!
ならば早急に「西行妖」を我が身に取り込まねばならぬ…ついでに、貴様等の力ももらっておいてやろう。
貴様等の様な感情の強い霊を取り込む事はリスクもあるが、やむを得まい」

辺りに木霊す、勝ち誇った魔王の哄笑。
無駄だと解りつつも、メルランはルナサを庇うかのようにその体を覆うように抱きしめる。



力を失い、朦朧とする意識の中でメルランは今までの事を思い返していた。


生前から決して、普段表には出さなかったものの…彼女も幼くして生き別れた妹の事を片時たりとも忘れたわけではなかった。
しかし、彼女は生来の悲観主義者であったルナサの事も大切に思うあまり、自分からは決して弱音を吐く事はしなかった。

せめて自分だけは前向きに、姉の分も妹の分も前向きに…そうすれば、きっといつかその想いが届くと信じて。


奇跡は、その死後に起こった。


強大な魔力と記憶と引き換えにした妹の前に召喚された彼女は、居合わせた八雲紫の説明も受け入れ、奇跡で自分達を喚んでくれた妹に、新たな世界で暮らすための演じ名として…「叙事詩(Lyrics)」という言葉をとって「リリカ」と名付けた。
以後二百余年にも渡る「プリズムリバー三姉妹」という奇跡の始まりである。

それは、リリカが魔晶石の影響を受け、異世界からやってきた吸血鬼真祖との出会いを経て真の姿を取り戻した事で終わりを告げ…その「奇跡」は新たな段階を迎える事が出来た。


もう、愛する妹は…「リリカ」は、ひとりではなくなった。

自分達の存在に甘えていた、我がままで小狡い、臆病な子供ではない。
もう、自分達の存在がなくても、立派に一人で生きていけるだろう。
否…新たに絆をつないだ仲間達と共に、前へと歩み続けていけると、そう信じていた。


それとともにメルランは…いや恐らくは、ルナサにも解っていたのだろう。
ただの「庇護者」としての自分達の存在は、その役目を終えようとしているのだろうということを。


このキセキの終わりを…一個の無垢な魂となって、転生の時を待つ事も怖くはなかった。
だからこそ。


せめて最後は、リリカの帰ってくる場所だけは護りきって逝きたいと。


(…リリカ…ごめん…。
 あなたとは…喧嘩してばっかりだったよね…ルナ姉ほどじゃなくても、もっと…あなたを…)


意識は既に途切れかかっていた。
二人の霊体は実体すら保てないほどになり、愛する妹の姿を盾に取る唾棄すべき邪悪へと奪われてゆく。


(…くやしいなあ…。
 せめて…このこころだけでも…あのこ…に)



閉じかけた意識の中で。


何時の間にか、力の漏出がなくなっていることにメルランは気づいた。


かすかに見える、目の前には…。


「…貴様ッ…!
何をした!?
いや!一体何処から現れたッ!?」
「うるさいよ」


楽団の衣装とは違うが、緋一色のローブを纏った一人の少女。
二人の大切な存在を護るかのように、穂先に陽炎の揺らめきを纏う槍を携え、その少女は目の前の魔王と全く同じ声で…。


「絶対…あんただけは絶対に許さないッ!
私の大切なお姉ちゃん達をこんな目にあわせたこと、覚悟するヒマも与えてやるもんかッ!!」



♪BGM 「幽霊楽団 〜Phantom Ensemble」(東方花映塚)♪


強大な魔力を槍に込め、穂先から盛大に炎を吹かせ、憤怒の妖気を纏って飛翔する少女の姿。
それは紛れもなく。


(リリカ…帰ってこれたんだね…!)


同じ姿を取った邪悪が、奥義レベルの火炎魔法を放つ。
しかし、リリカが紅蓮の炎を纏った槍を旋回させるとその炎は巻き込まれ、穂先の火力をさらに大きくする。

そのまま、横薙ぎに払った穂先が、掠ったその体を大きく切り裂くと、そこから霊気が噴出した。

「ちいぃぃぃッ!!
な、何という威力ッ…!」
「いい加減目障りだ。
これ以上、その姿でいる事も赦さない…!」

普段の彼女から想像もつかないほど、冷酷とも言えるトーンの声で、リリカは目にも止まらぬ高速の刺突を繰り出す。
その一撃一撃が掠るとともに外皮は剥がれ落ち、暗黒魔力の塊であるエクスデスソウルの本体を露わにしはじめる。

「くくっ…確かにこの状態では…!
だが!後悔するのは貴様の方だ、小娘ええええええええええ!!!

その怒号と共に、魔王の体から凄まじい衝撃波が発せられる。
リリカはその威力に、一瞬何かに気づいて手を止め、かろうじてその勢いをいなす…。


朦朧としたままの意識のまま、メルランは気づいていた。
飛ばされた衝撃波は、丁度自分達のいる辺りだけ影響を及ぼしていない…周囲の桜達が薙ぎ払われたその威力であれば、今の自分たちなど蝋燭の火よりも容易く消されてしまう。

「あの子は…私達を気にしているんだな…」

メルランはその声にハッとする。

「…ルナ姉」
「あの時もそうだった…。
私達は…あの子を泣かせてばかりだ」

実体をほとんど失った筈のその瞳から、涙が零れ落ちる。


「…ほう…それほど気になるか…!
あの小娘どももそうだ…影でしかないとはいえ、この私を追い詰められる力を持ちながら!」

エクスデスソウルがその腕を振るうと、空気の断層が走る。
リリカはその軌跡を察知し、メルラン達を庇うようにその真空波を受け止めている…!

「リリカ…!」
…大丈夫…大丈夫だよ、お姉ちゃん。
お姉ちゃん達は、私が守るから…!

「無駄な事を…ならばそのまま、姉妹仲良く嬲り殺しにしてくれるわ!!」

再び優位に立った魔王は、遮二無二真空波を放つ。
リリカは最小限の動作でそれを捌き続けるが、彼女自身腕っ節に自信がある方ではない…スペルを放とうにも、片腕だけで超威力の真空波を捌き切れる自信はなかった。


「もういい…もういいんだ、リリカ。
私達は仮初の存在…お前がいなければ、そもそもこうして現れる事もなかった。
だから…」
「やめて…!」

ルナサの言葉を、短くも強いトーンでリリカは遮る。

「私…私やっと気付いたんだ。
今のお姉ちゃん達と、私は確かに違う。
でも…でも!」


連発で飛んでくる風の刃が槍を弾き飛ばし、立て続けに巨大な真空波が迫る。
リリカは迷うことなく、両手を広げて仁王立ちに立つ。


「私は、大好きなルナサお姉ちゃんとメルランお姉ちゃんの妹だという事実は変わらないんだから!!」


その言葉に、二人の胸の奥から熱い感情がこみあげる。


意識ではなかった。
反射的に、ふたりはその真空の刃へと飛び込んでゆく…!


「…有難う、リリカ。
私は…私達はお前のところへ帰って来れて良かった…!」
「楽しい夢を長く見てこれたんですもの、もう未練はない。
私達のこころ…あなたに遺して逝けるのなら…!」



その魔風に、二人の姿が飲み込まれてゆく。


振りかえった中に、笑顔の二人の姿。


-受け取ってくれ、“私達”を。
私達の心は、常にお前と一緒だ!-
-私達は…もう離れることはない…!
だから…あなたはあなたの音をいつまでも響かせるのよ!!-


「おねえ…ちゃん!」


リリカは風に巻き込まれてゆく二人の姉の手をしっかりと握る。
実体はない筈なのに…その手からはしっかりと温もりが彼女へと伝わってゆく。


ルナサとメルラン、愛し愛された二人の姉のあたたかいこころと共に。


その中で、怒りと悲しみを綯交ぜにしたような、絶叫にも似た波動が光の柱となってリリカを包む…!



♪BGM 「ネクロファンタジア」(東方妖々夢)♪



光の中で、その輪郭は少しずつ露わになる。


燕尾の如く割れて伸び、さらに先端がそれぞれ三方向に割れた緋色のマント。
そのトレードマークである星飾りと、姉達を象徴する日月の飾りをあしらった、閉じた瞳の意匠を前面に持つ、緋のナイトキャップ。

普段着る楽団服の上にその衣装を纏い、プラチナブロンドの前髪から一筋の涙が零れ落ちる。


そして…。


その少女がかざした掌の正面で、魔風は微風に代わり霧散する…!


「なん…だと!?」


悲しみを湛えながら、強い意思を発するその少女の瞳は、真紅。
それは紛れもなく、夢魔の真祖…「幻想の奏で手」リリカ=プリズムリバーとしての真の姿だった。


「…護られているのは…私の方だよ」

凄まじいプレッシャーを放ちながら、その少女はゆっくりと、エクスデスソウルとの距離を縮めてゆく。

「お姉ちゃん達が…今まで居てくれたから、私は壊れずに済んだ。
いろんな人と出会って、私が変われるきっかけを作ってくれたのも…みんな!」

かざした手には、何処かへ吹き飛ばされていた筈の槍が手におさまる。
マントの先端と、握られた槍の穂先から陽炎のようなオーラが立ち上ってゆく…。


「あんたは、ここで通行止めだ。
暗黒の闇へ帰れ、エクスデス!!」



一瞬のうちのその間合いへと飛び込んだ緋色の少女は、無造作に槍を払う。
その恐るべき威力を覚った魔王は、物理的な力による一撃を回避すべく、裏技とも言える「非実体化」を行おうとするが…。

「ガハアッ!!??」

何故か実体化していない筈のアストラル体に槍の攻撃は深く突き刺さり、そのボディを大きくえぐっている。
そのまま強かに地面へと叩きつけられ、間欠泉のような土煙を吹きあげた。

「つまらない事をするんだね。
でも、無駄だよ。
あんたが何をしてこようが…私がその幻想を片っ端からぶち壊す!
「馬鹿な…貴様、貴様一体ッ…!!」

リリカは応えることなく、槍を旋回し構える。


リリカの真祖としての力は、「幻想を操る能力」。
八雲紫をして「本当の意味で幻想郷最強とするに相応しい」と言わしめた、神の力にも類する、強大過ぎる能力である。

彼女がその気になれば、目の前の魔王の影も、何の力もない地虫程度のモノになり下がらせることなど造作もないことであった。


「何故…何故だ!
八雲紫の記憶に、何故貴様ほどの存在の記憶がないのだ!
プリズムリバーの三姉妹とは、多少の魔法に長けた程度の、つまらぬ楽隊というのはッ…!」
「そう、紫さん普段そんな失礼なことを考えてやがったのね…これが終わったらとっちめてやらなきゃ。
…取り込んで解らなかったの?
“郷の賢者”と称された大妖怪の力が、どんな力であったのかを…!!

哀れなる魔王の影は目を見開く。


現在その八割方力を取りこんでいる霊夢の記憶から、何故かその記憶が完全に読めない八雲紫の能力が「境界操作」である事は知っている。
実際に、エクスデスソウルやその命によって動く「死徒」達が、目的の戦場へ一瞬のうちに現れる事が出来たのも、その「境界操作」により目的地への距離という「境界」をこの力で操作したからに他ならない。

手にした魔王自身にも、その力が如何に強大で危険な能力であるかは理解していた。
しかし何故、紫の記憶が読めないのか、自身が得た「境界操作」で「心を分かつ境界」を操作することに思い至らなかったのか…。


「お、おのれッ!こんなことなどッ!!」
「…この世界に住むみんなは、あんたみたいなやつに決して負けてはいない…負けるわけがないッ…!
誰よりも幻想郷を…ここに住むみんなの事を誰よりも深く愛する紫さんも…!
私と同じように…大切なお姉さんを喪っても、その人が愛した幻想郷を強く大切に思う霊夢も!



渾身の気を纏った、光を放つ一閃を受けて、暗黒の体が大きく後方へと吹き飛ばされる。


先代博麗の巫女…生まれたばかりの姿で妖怪の山に捨てられていた霊夢を保護して育てた博麗霊夜の記憶は、その余りにも早過ぎる死と共に、紫の境界操作で「霊夢以外」総ての者から失われていた筈だった。
ましてリリカは、直接霊夜との面識はない。

だが、彼女は真祖としての力を完全に取り戻した時に、この世界に漂い続ける「八雲紫の妖気」に幽かに残る、その悲しき別れの記憶も総て読みとっていた。
紫と霊夢、双方が心に強く残したその悲しみの感情と共に。


「なぜ…なぜだ…何故こうも思い通りに行かぬ…!
概念の束縛から解き放たれる博麗の巫女の力と、境界を操るその力を得た私がッ…!!
認めぬ………」



うわごとのようにそう呟く魔王の影に止めを刺すべく、その間合いを詰め始めたリリカは異変に気づく。


彼女が放ったその一撃で、既にその影も継戦不能なレベルまで魔力を散逸させていた。

その影がそもそも暗黒闘気の塊であるなら、それを中和する聖なる気で相殺し続ければ、散逸による二次被害を防ぐことはできる。
リリカは自分の持つ「幻想を操る能力」で、本来エクスデス同様「魔」に近い己の妖気を、一時的にポエットのそれ…即ち「天使の力」に近いものに変化させて攻撃を繰り出していた。
怒りに感情を支配されていても、リリカは元々「狡い」と言われていたくらいに頭の回転が速い。その事を考えていないわけではなかった。

落ち度はなかったと信じたかった。


しかし…彼女のカンは、かえって危険なモノを呼び覚まそうとしていることを…否、何か重大過ぎる見落としをしているのではないかと、警鐘を鳴らし続けている。


「このような奥の手は使いたくなかった…!
許さぬ…許さぬぞ…小娘ッ!
貴様如きが…貴様如きが、影であるとはいえ、この私の「元の姿」を晒させたことッ!!
後悔して微塵に消えてなくなるが良いわァ!!!



♪BGM 「嘆きの樹」/金獅子(beatmania2DX 14 GOLD)♪


消えかかっていた暗黒の火種が、その怒号と共に一気に周囲へと爆散する。
リリカは瞬時に空中へと逃れるが、アメーバのように爆発的に拡散する黒い魔力は、なぎ倒された周囲の桜の木をどんどん取り込んでゆく…!


-あたしがちらと読んだ大図書館の蔵書の言葉を信じるなら…エクスデスってのは、元々一本の樹から生まれた魔物だ。
もし、白玉楼の桜の周りだの、魔法の森だの、迷いの竹林だの、高密度の樹花魔力が集まるところを狙っていたなら…何が起きてもあたしに責任は取れんよ-


周囲の桜の木を取り込み、だんだんその禍々しい本体を露わにするエクスデス。
眼前に広がる恐るべき光景を、呆然と眺めるリリカの脳裏に、幻想郷へ来る時に聞いていたかごめの言葉がよぎる。


『この姿になれば、容易く西行妖とやらも取り込めたのは解っていた。
 …私に逆らう愚か者には、最大限の苦痛を持って死んでもらわねばならぬという遊び心を持っていた、その奢りがあったことは認めよう…!』



巨大な妖樹と化したその根元から、高速で枝分かれした樹皮の一部が触手のようにある一点をめがけて飛ぶ。
その方角にあるのは…かつて開花と共に人の死を誘い、「富士見の娘」の人柱によって力を封じられた妖怪桜…「西行妖」。


「しまっ…!!」

茫然とその光景を見ているだけだったリリカは我に返り、その忌まわしき樹皮の触手を止めるべく飛ぼうとする。

『邪魔などさせん!!』

だが不意に、背後への引力を受けたリリカの動きは止められてしまう。
振りかえると、そこには暗黒の球が紫電を放ち、その姿を引き寄せにかかっている。

それはシャドウやブロントさん達の世界にある「グラビデ」という重力を操る魔法に類するものであった。
本来はこの超重力場に巻き込まれた、対象の体力を問答無用に奪い去るという強力な時空魔法である。


「それなら…来たれ星々の精霊、天空に瞬く星の光よ、我が手に集い一条の閃光となり敵を撃て!星海の雷撃ッ!!」

詠唱と共に星の魔力がその左腕に結集し、蒼く輝く一閃の雷となって放たれる。
しかし…その星の輝きの稲妻は何故かリリカへと跳ね返ってくる…!

「うっ…嘘おッ!?」

予想外のことに慌てた彼女は、重力場に引き寄せられ自由の利かない体を何とかよじってその光を回避するとともに、その理由をすぐに覚った。
背後に展開されている重力球は、局所的なブラック・ホールとしてありとあらゆるものを引き寄せ始めていることを。
星の力を象徴する彼女は、当然ながらその「暗黒の天体」に関しての知識も持っている…その重力により、光すらも捻じ曲げてしまうということを。

『万事休すだなあ!小娘!
 西行妖の「死を招く力」を吸収したら、次はその重力場に捉われた貴様の力も吸収してやろう!
 私の真の姿まで晒す羽目になった代償は、十二分に補填されるだろう!ファーファッファッ!!!』


「ちく…しょうっ!!」

リリカは重力球に完全に引き寄せられてしまい、身動きの取れない状態となってしまった。
西行妖に到達した樹皮触手は、その魔の樹を十重二十重に包み始める…が。


「ったく…相変わらず世話が焼けるねあんたは!」


♪BGM 「彼岸帰航 〜 Riverside View」(東方花映塚)♪


覇気のあるその声と共に、リリカを拘束していた重力場が一瞬でかき消される。
それと共に、彼女の体は何時の間にか地上に立たされている。

傍らには、大鎌を携えた、赤紫の髪を持つ死神…小野塚小町。


「小町さん…!」
「西行妖には妖夢が行ってる、そっちはあの子に任せよう。
…あたいたちは、このデカブツをあの子に近づけさせない為の足止めだ!」
「妖夢が…?」

その表情を確認することなく、小町は傍らのリリカの肩に手を置く。

「………あんたの事情は解っているつもりさ。
でもね、あんたはもうひとりじゃないんだよ…!
あんたの心の中には、あいつらがいつもいる。それに」
「大丈夫…私は大丈夫だよ、小町さん。
必ず生き残って………一緒に「みんな」のところへ帰らなきゃ!!

小町は頷く。


『おのれ…小癪な真似を。
 だが、死期が僅かに延びたにすぎん!』

「へーへー、さいですか。
だがね、あんた一つ勘違いしてるよ…死期を決めるのはあんたがあたいらのじゃない、あたいらがあんたのだ
「そういうこと。
幻想の音の子守歌、私達が奏でてあげる。
それがあんたの葬送曲だッ!!



……





妖夢が西行妖にたどり着いた時には、既にその太い幹には樹皮の触手が複雑に蠢き、絡みつこうとしている。
しかし、それは何故か周囲を取り巻くばかりで、その先へ進もうとはしなかった。

「これは…いったい」

目を凝らすと、触手の先端から立ち上るその瘴気で、触手の先端が急速に枯れて崩れ落ちているのが解る。

妖夢は直感した。
さしもの魔王といえども、この西行妖の「死の力」を越えられずにいる。


-やはり、仮初の影がベースではこの辺りが関の山か-


恐るべき気配を感じ、妖夢は振り返って構える。
その瞬間、彼女はその姿を見て言葉を失う。


「そん…な!!」


暗黒の瘴気に包まれ、ピクリとも動かないその人影は…西行寺幽々子だった。



(続く)