「…大気の動きが変わった」

力を喪って動けなくなった藍達の式を維持するべく、妖気を送り続ける幽々子は、屋敷の外を見やる。
その体は、時間が立つにつれてその透明度を増し始めていた。

それは…藍たちの存在を維持するために幽々子がその存在そのものを犠牲にしていることを示している…。

「もういい…もう止せ、幽々子殿。
このままでは、あなたまで消えてしまう。
あなたが消えてしまえば…!


藍は呻くように、その事実を告げるべく言葉を続けようとする。


西行寺幽々子の肉体が、人を死に誘い続ける呪いを放つ西行妖を止めるべく、人柱として封印されているということ。
それは深くその幽体と結びついており、どちらかの消失と連動し…幽々子の「消滅」を招くという事実を。

亡霊としてその端末となった彼女に、その記憶はない。
下手にそれを告げて、狂乱の末に暴走されてもおかしくはなかった。

それ故にずっと伏せいていた事実…その筈だった。


「知っているわ。
西行妖の秘密も…私が何者であるかも。
総て思い出せたのよ」



余りにも穏やかに、その事実を告げる幽々子。
驚愕の表情を隠せない藍。

「何故か…そう聞きたげね。
確かにあなたや紫…それに妖忌も…ずっとそのことを伏せていたことは知っていた。
…私も…あの妖怪桜を野放しにできないからこそ…この身の総てを引き換えにアレを封じたのよ」

寂しそうに笑う幽々子。

「…知ったのは、そんな昔の話ではないわ。
藤野の一族に、その昔一族の者がその身をもって封印したとされる墨染桜の記録が残ってた。
その桜が、幻想郷の誕生と共に消えて事も含めて」

藍はそこまで聞いて、一人の人物に思い至る。

外の世界からやってきた亡霊。
かつて、「魔性狩り」の名門藤野一族の長として、「虚無の永遠」の討滅に関わったその女性を。

私は…西行寺家の養女であった以前に…百鬼を封じ一族の為に犠牲となった陰陽師の娘よ。
…藤野山城守尚紀…それが私の本当の父の名

「そうか…そこまで思い出せていたのか。
ならば、あの異変も」

幽々子は頷く。


「私は…さなちゃんとその事実に気付いた時、今の私で西行妖がどれほど抑制できるのかを知りたかった。
西行妖にかけられた封印も、何時かはその効力を失う時が来る。
私があの怪物の力をコントロールする事が出来れば…いずれ封印が解ける時が来ても、アレに命を吸われる者はいなくなるから。
だから…周囲の春度を調整して、完全な満開にならない程度の調整をして…でも、結果は」


ふるふると頭を振る幽々子。


彼女が言うのは…西行妖を復活させるべく、「春度」を集め幻想郷の冬を長引かせた異変のこと。

当初は、幽々子の単なる興味本位から始まったものと思われていた。
紫もまた、異変が解決されるとともに幽々子のその行動を堅く戒め、以後それ以上の事を仕出かさないように監視する目的もあって、「虚無の永遠」消滅以後長い休眠状態にあったのを中断して活動を開始したそのときの話である。


「…紫様には…その事を?」
勿論知らないでしょう、話してないもの…総てさなちゃんに協力してもらったの。
さなちゃんの口添えで、四季様の許可を得た上で…丁度六十年の異変も近づいていたからね。
今年の異変は多分大きなものになりそうだったから……うふふ、その程度で解けてもらっても困るんだけどねー」

その寂しそうな表情は消えない。
彼女も彼女なりに、覚るところがあってのことだったのを、藍は理解した。



-Mirrors Report of “Double Fantasia”- 
その7 「悪を断つ剣なり」




そのとき、禍々しい気が膨れ上がるのを感じ、藍は外の風景に言葉を失う。
エクスデスソウルが周囲の木々を取り込み、その本体の真の姿になった妖樹を見やり、幽々子の表情も険しくなる。


「禍々しいわ。
あのようなモノは、この世界にあってはならないモノなのよ…!
西行妖もまた…!!」



普段全くそれを見せない、幽々子の怒りが静かにわき立つのを藍は感じ取っていた。


-そうか、不要というならこの私が有難く頂戴するとしよう-


不意に邪悪な気配が部屋に現れる。

「誰ッ!?」
「しまった…逃げろ幽々子!
そいつの狙いはお前だ!!」

それの気配を追ってきたシャドウが叫ぶ。
シャドウは姿を現したその黒い影に向けて、魔力を纏った苦無を投げる…が、影はその威力を察してすりぬけてくる。

「くっ…!」

-流石は魔道に堕した暗殺者よ…だが、狙いが甘いぞ?-

シャドウはその影から放たれる波動を受け、したたかに外へと叩きだされる。


「シャドウ…!」

藍はシャドウが苦無を投擲しようとしたその一瞬、覆面の下に覗くその瞳が、一瞬…ほんの一瞬何かを目にして躊躇いの表情を見せたのを見ていた。
自分たちを気遣ったのかと思ったが、恐らくはそれが理由にはならなかった筈だ。

あいつ…まさか橙を気にして…?

その視線は、藍のさらに後ろを見ていた事にも、藍は気づいていた。


仕事に忠実な暗殺者の彼に与えられたのは「白玉楼に接近する魔物を総て討ち果たす事」。
その為に手段を選ぶなと。

「巻き込まれたモノも構わず討てばよい」という認可も、危急故に出した筈だった。


それが、何故橙の姿に、その恐るべき技の行使に甘さを生じさせていたのか…。


「はあうッ!!」


藍の思索は、幽々子の短い悲鳴に中断させられる。


-これで封印の鍵は我が手中だ-

「ぐうっ…!」

歯噛みするシャドウ。

自分でも解っているに違いない。
己の行為が、その信条に反するものであった事…それ故に、この事態を招いてしまった事も。


「…大丈夫よ」

幽々子は囚われながらも、気丈に二人へ言葉を投げる。

こいつは…あなた達を殺せるほどの力は、持っていない…これは、私を閉じ込めておくだけの檻に過ぎないわ。
妖夢は…西行妖にいる。
目的がそこであれば、あとは妖夢に任せるのが正解」
「だが…!」
シャドウ…いえ、クライド。
あなたは…橙を護ろうとしてくれたんでしょう…?

…あなたが故郷に遺してきた娘の面影を…あの子に見たんでしょう…?」

藍はその言葉に、シャドウと囚われたままの幽々子を交互に見やる。
シャドウ…否、「クライド」と呼ばれたその男は無言のまま答えない。


「だから…あなたはここで、その子達の事を助けてあげて。
…大丈夫…妖夢は…私達は負けない…そう信じてるから…!!」



その言葉と共に、幽々子の体は闇の裂け目へ飲まれてゆく。
藍は己の無力を嘆くとともに、シャドウのその姿に底知れぬ悲しみを感じていた。


……





「…何故」

全身に傷を負いながら、己の主人の全身から滲み出るような悲しみに、インターセプターはその傍らで悲しそうな声を上げる。
シャドウは総てを観念したかのように、膝を折り相棒を撫でてやっていた。

「おまえは…いったい、何故」

呻くような藍の問いには答えず、暗殺者だったその男はゆっくりとそのマスクを脱ぐ。
その下から現れたのは、流れる様な銀の髪を持つ、精悍な壮士の顔…。

その瞳は、何処までも深い悲しみの色を湛えている。

「黙っていろ。
俺も、この力を使うのは何時ぶりか忘れてしまった…出来る限り、安静にしてもらわねば補償はできん

複雑な手の印を組み、壮士はその掌から魔力を放ちはじめる。
それと共に…幽々子が離れてから途絶えた妖気が再び藍と橙を包み込み始める…。


「俺は…暗殺者としても傭兵としても…魔導師の村に生まれた魔導師としても三流だったのだ。
大切な友を見捨てることしかできず、家族や一族を捨てることしかできなかった俺は…!
だから…せめてお前たちだけでも守ってみせる。
妖夢たちの力を信じてやる……!!」



藍は初めて、シャドウ…否、クライドのその心の底を見た気がしていた。






……


囚われたままの幽々子がその場に現れた事で、西行妖の死の魔力に阻まれていた触手が、徐々にその領域を侵食し始めているのに妖夢は気がついた。
妖夢は、先に初めて祖父から明かされた秘密を思い出す。



「妖夢よ…お前はまだ、その事実にたどり着けておらなんだな」
「えっ?」
「エクスデスの意思を介し…博麗の巫女の記憶から、まだお前に残した言葉の本当の意味を悟ってない事が解ってしまったのでな…。
もっとも、それほど近くに起こることではなかったと思っておった故、時間をかけてゆっくりと理解してくれればよいと思っておったが」

妖忌は「仕方のない奴」と笑い、その頭を撫でる。


「良いか妖夢、心して聞くのだ。
あの妖怪桜…西行妖は元々、外の世界にあったもの。
余りに強い美への執着から、人の血肉を糧とすることを覚え、人の死を招く力を得たその怪物を封じたのは…他でもない、藤野一族の直系の血を引く幽々子様ご自身なのじゃ


「どういう…ことなの!?」
「…知らされてなかったんだね、あんた。
あの妖樹は、西行寺幽々子の肉体それを以て、強制的に眠りにつかされているのさ。
だから…もし仮に幽々子が「消滅」したら、あの封印は解かれる。

逆に」
今の状態で西行妖を滅ぼせば、その時点で幽々子様も消滅してしまわれるだろう
「そんな!!!」

血相を変える妖夢。
妖忌は厳しい表情のまま続ける。

「しかもその封印とて、完全なモノではない…いずれは解かれる時が来てしまう。
わしら魂魄の一族は、やがて来るだろう西行妖復活に備え、同時に幽々子様の魂を解放する定めを負っているのじゃ
「うそ…そんなの、嘘だっ…!
おじいちゃん言ってたじゃない!
私達魂魄の剣は、ゆゆ様を護るその為にあるものだって!!そういってくれたじゃない!!!

感情を露わに、激高する妖夢。

妖忌や小町も、彼女と幽々子の間に強い絆があることを知っている。
普段は「幽々子様」と呼ぶ妖夢が、より親しみを込めて「ゆゆ様」と呼ぶのは妖夢が物心ついた頃から、魂魄の剣士として厳しい修行に入るまでのわずかな間であったが…その呼び名を反射的に叫び出すくらい、妖夢は動揺していたことが見て取れる。


「早合点をするな、妖夢。
わしは…わしはお前と幽々子様…その間に生まれた絆の力を信じたかった。
幽々子様の魂を解き放つこと…それは、あの方を消してしまうことと同義ではないのだ…!



泣きそうな表情の妖夢の…孫娘の肩を、妖忌はしっかりと抱きよせる。


「己を信じよ。
魔の道に囚われておったわしを救ったお前の剣は、きっと幽々子様をあの呪いのくびきから解き放つ、その刃となる…!!」




「……妖夢……」

幽かに自分を呼ぶその声に、妖夢ははっとして顔を上げる。

「ゆゆ…さまっ…!」
…妖夢…私を…斬りなさい!
こいつの目的が…はっきりしている以上…最早手段はないっ…!」
「そんな…そんな…!」

戦慄く妖夢。

こいつの目的は、この怪物を己の力に取り込むこと…!
それを許せば…総てがこいつの、目論見…どおり、に…!」

その体を包み込む暗黒魔力と共に、幽々子の体は徐々に西行妖へと取り込まれていく。

「いや…いやだ…そんなこと…そんなこと、私にはっ…!」

その姿を見ながらも、妖夢はなおもその言葉を拒絶するかのように、全身を竦め頭を振り続ける。
その様は、駄々をこねる子供のようにも映るが…それも無理のないことだったろう。

しかし…。


「いいから斬れえええええええっ!!」


凛とした怒号に、妖夢はびくっと体を震わせる。
顔をあげ、顔合わせになった妖夢の瞳からも…囚われたままの幽々子の瞳からも、ぼろぼろと涙が零れ落ちていた。


「私も…私だって、嫌よ…!
だから…私もなんとか、この西行妖の力をコントロールできないか試してみた…。
…でも、ダメだったのよ…封印に抑圧されたこいつの力は、最早どうにもならないレベルに達してる。

こいつは…ルーミアとは違うのよ…!」
「ゆゆさま…!」

幽々子は、幽かに笑って頷く。


「そんな顔をしないで、妖夢…。
あなたと過ごせた百余年の時間は…とても楽しかったわ…。
それに…私が解き放たれれば、また新しい魂となって生まれ変わる事も出来るわ…」



妖夢の目の前に、ひらひらと一枚の桜の花びらが舞い落ち…それは一枚のスペルカードとなる。
そのカードを見た瞬間、妖夢は目を見開く…!


「そのカードは…私にもしもの事があった時、あなたに託されるということ…紫が承知しているわ。
ルナサ…メルラン…あなた達はちゃんと、大切な女の子に思いを託して逝くことができたのね。
私は…こうして何時も妖夢を困らせてばかり…ごめんね…本当にごめんね、妖夢…!



自重気味に笑うその姿に、妖夢は先に感じた強い心の波動を思い出していた。
霊としての死を迎えた二人の少女と、託された少女の想いが交わるその叫びは、確かに妖夢の元まで届いていたのだ。


「ううん…謝るのは私の方。
ごめんなさい、ゆゆ様。
一番辛いのは…ゆゆ様なのに…わたし…!


俯いたまま、留まらぬ涙を乱暴にぬぐい、妖夢は背にした長大なその刀…妖忌から託された楼観剣真打を抜き放つ。


「さあ…それを使いなさい。
あなたがそれを受け入れた時、あなたに受け継がれてきた「魂魄の奥義」が真に完成することとなる。
それで……私を解き放って、妖夢!!


「…うん!!」


♪BGM 「幽雅に咲かせ、墨染の桜 〜 Boader of Life」(東方妖々夢)♪


彼女は抜き放った楼観剣を右手に構えて気を込め、託されたそのスペルを左手に構えて魔力を解放する。


彼女をここ数カ月にわたり鍛えたるりに、かごめの放つ必殺の技について聞いたことがあった。
その事を思い返す。

来反発する性質を持つ気と魔力を等しく合一させ、爆発的な力を得る「咸卦法」。
それにより、本来「気」を使わない術式装填の破壊力を限界以上に高める、正真正銘の破壊の奥義。



「スペル発動…「西行寺無余涅槃」術式固定、装填ッ!!」


スペルから発生した無数の反魂蝶が、純粋魔力となって楼観剣に吸い込まれてゆく。
爆発的に吹き上がる虹色の気が、妖夢の背で巨大な蝶の羽へと変化する…!


「我が名は、魂魄妖夢。
幽々子様の剣にして……悪を断つ剣なりっ!!!



猛然と、一直線に飛翔するその切っ先の向こうに、妖樹西行妖。



「超奥義!「西行寺桜花散華」えええええええええっ!!!」



それを害するものを寄せ付けぬ、濃密な死の気ごと、妖夢の一撃が切り裂いていく…。


その中で…。


目の前に、幽々子の微笑みが、妖夢の眼に映る。
同じように微笑む妖夢の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。



「ゆゆ様…「さよなら」は言わないよ。
だから……またね」




……





『ぐおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああ!!??』


西行妖を両断する猛烈な波動に合わせるかのように、もう一本の妖樹の苦悶の絶叫がこだました。
そこまで延ばされていた触手を通して、妖夢の放った技のダメージを自身にも到達させてしまったことに気付いた時には既に遅かった。

リリカと小町も、その瞬間何が起きたのかを覚った。
それが意味する事も。


「(そうか…幽々子、それがあんたの選んだ結末か…!
 でも)」
「(幽々子さん…どのくらい一緒に居れるかだけど、お姉ちゃん達と、仲良くしてあげてね)
さあ、あとは!」
「ああ、このデカブツをぶっ潰すだけさ!」

頷きあうリリカと小町。


契約により我に従え、燃え盛る者、炎の覇王。
来たれ紅蓮の業火、煉獄の大剣!
背徳の文明蔓延る堕落の都市を、死の灰燼に帰さしめよ!
はあああああああああああああっ!!

術式を完成させ、魔法陣から吹き上がる炎熱の魔力を極限まで高めるリリカ。
それに呼応するかのように、小町が苦悶の叫びをあげる妖樹への距離を一気に詰める…!

「ここが決め何処だね…あたいの真の力、見せてやろうじゃないのさ!
彼岸此岸、蔓延り埋めろ!
死出布袋葵(しでのほていあおい)」ッ!!


文言と共に小町の鎌が妖しく光り、次の瞬間妖樹のある空間を漆黒の闇へと包む。
それと共に、小町の装束も普段の青を基調とするゆったりしたものから、黒一色のスマートな羽織袴へと変化する。


『おのれ…何が、何が起きたのだ!?
 それに、貴様何を…うごあああああああああああ!!?

小町はその問いに応えず、無造作に手を振り回すと、巨大な妖樹の幹が闇を走る見えない何かに切り刻まれた。


小町の持つその飾りの鎌は、彼女が本気で戦闘の意思を示す際に大きな変化を遂げる。
こいしやフランがアーモロードで得た、かごめ達が持つそれと同じ「魔装」に類するものであり、小町のそれは「三途浮草(さんずのうきくさ)」という。

解放と共にそれは四枚の風車状の黒い刃と化し、それ一枚一枚が意思を持ち切り刻む。
その範囲は小町の能力と相乗し自由自在、普段の「ポーズ」でしかないその刃は、確実に対象の命を狩り取る死神の刃と化すのである。

その最大解放状態こそが、空間総てを不可視の闇の刃と化す「死出布袋葵」。
その刃で断たれたモノは霊子のレベルで寸断され、二度と再構成出来なくなる恐るべき威力を持つが…しかし、それ故に妖力の消費が激しく、最高のコンディションの時に行使しても維持は数分が限界。
小町もその生涯に二、三度しか使った事がない、正真正銘の彼女の切り札だった。


「どうせ止め…派手にやってやるさ!
リリカ、今だっ!!」
「うん!
燃え尽きろ、魔王…「紅蓮の滅閃」!いっけえええええええええええええええええええええええっ!!!


極限まで高められ放たれた炎熱魔法の奥義が、ズタズタに切り裂かれた妖樹を爆発と火柱に包む。
名状し難い断末魔の叫びをあげ、忌まわしき力を持った魔王の樹は、跡形もなくこの世から消滅した。


その火柱の中で燃え尽きてゆく、魔王の最期を眺めながら。


「ルナサお姉ちゃん…メルランお姉ちゃん…私、ちゃんと護れたよ。
私の大好きなみんなが居る…私の大好きなお姉ちゃん達が存在した…このステキな世界を…!」



真祖となった少女の瞳から、絶えることなく涙がこぼれ続けていた。



……





「やったのだな…お前たち」

見慣れぬ巨大飛行物体の出現に、慌てて白玉楼に帰還した三人を待っていたのは…シャドウとアリス達、そしてアリスの駆る巨大機動人形「シャホラン」。


「しかしまあ、行く先々で都合よく決着ついてるってのは、何なのかねえこれ」

魔理沙は、その空気を察しながらもあえて能天気にそう言い放つ。


幽々子やルナサ、メルランに何が起きたかは彼女らに知る由はなかったが、そのただならぬ様子を見ればすぐに解ることだった。

まるで、消えていった姉二人の力を受け継いだかのような力を放つ、真祖装束のままのリリカ。
そして、幽かに幽々子と同じ、死の蝶の妖気を漂わせる妖夢。

二人の顔はまるで、何か大きな悲しみを乗り越えて来たような佇まいを感じる。


「幽々子も…プリズムリバーの二人も…逝ってしまったのだな」

シャドウは言葉を選ぶように、そう問いかける。
魔理沙の軽口の後、気まずい雰囲気に包まれた面々の言葉を代弁するかのように。

その言葉のトーンにも、覆面から覗くその瞳にも、これまでのような近寄りがたさはなく…。

「…でも…お姉ちゃん達の心は、此処に残ってる」

リリカは、自分の胸元に手を添え、幽かに笑って見せる。

「……幽々子さんだって、きっとそうだと思うよ」
「ええ。
それに…ゆゆさま…幽々子様はようやく、あの呪いから自由になれたんです。
だから…私が長く生きていれば…またひょっとこりと何処かから…会いに来てくれるって…!

無理に笑おうとするその瞳に、涙があふれてゆく。
その体をそっと引き寄せたのは…意外にもシャドウであった。

「無理をするな。
泣きたいときは泣いても構わぬ…大切な友を悼む気持ちは、隠すべきではない…。
俺は…死んでいた筈の身で、この世界に来た現実を呪ったが……」

目を丸くする妖夢に、シャドウは頷く。

「俺は…お前たちに出会えて、何か大切なモノを思い出せた気がする。
俺の「雇い主」はもういない…だが、お前を鍛えてやるというその約条は、俺の気が済むまでやらせてもらえないかと思う。
それが…俺ができる幽々子への手向けになれば」
「シャドウさん…!
はい…はいっ!!未熟者ですが、またご教授願います!!!」

泣き笑いの表情で、深々と頭を下げる妖夢の姿に、居合わせた者たちにも笑顔が戻っていた。





……


アリスは妖夢に簡単な経緯を説明し「シャホラン」への搭乗を乞うと、妖夢はすぐにそれを快諾する。
エクスデスソウルが消滅した事で容体が安定し休眠状態になっている藍達を除き、白玉楼に残るリリカ、小町、シャドウに見送られ、悲しい別れを乗り越え成長した若い剣士を加えたその巨大な来訪者が、いよいよ決戦の地である博麗神社へと進路を取った。



その光景を、白玉楼からわずかに離れた丘で見守る三つの影。


「まったく…どうして土壇場でこんな意味の解らない力を発揮してしまうのかしらね…妖夢も、リリカも」

呆れるように笑うのは、幽々子。

「まあいいんじゃないかしら、大賢者サマの言葉を借りれば、この幻想郷は残酷なまでにすべてを受け入れるセカイ、って話だしねー。
…でも、それにしてもねー」

桜の幹に寄りかかりながら、困ったように笑うメルラン。

「ああ…あんな派手な別れ方をして、今更「本当は消えてませんでしたー」って言ってもなあ…。
私も少々頭が痛いよ。
本音言うと今すぐにでもリリカのところに飛んで行ってその頭を思いっきりなでなでしてハァハァ

同じように渋い顔だったのが、突然何か悪いものにでも中ったかのように顔を紅潮させてだらしなく笑うルナサ。

「…あんたもう黙ってろ、馬鹿姉。
しっかし、私も予想外だったよ。
リリカのヤツ、私達の手を取った時に無意識になんかの力を使ってくれちゃったのかしら」
「そうすると、私はどうしてなのかしら。
妖夢にそんな力があったなんて思えないんだけどねえ」

掌を何度も見返すメルランと、困ったように笑うままの幽々子。


「恐らくは、西行妖でしょう」


新たな気配とその声に、三人は振り返る。
そこに現れたのは…四季映姫。今回の件では傍観者に当たる筈の、冥界の裁判長。

「西行妖がその欲望のために貯め込んでいた人々の生命力が、妖夢によって斬られ滅された事で解放された…。
しかし、その多くは既に肉体を喪って帰るべき場所がなく散逸する筈だったのを、丁度消滅しかけていたあなた方の霊体に結びついて、あなた達は存在を保て得たのでしょう。
加えて…幻想を操ることのできるリリカが居たのです。何があっても不思議には思えませんよ」

三人は顔を見合わせる。
それに、と映姫は続ける。


「理屈はどうあれ…あなた達が冥府に来て、私に裁かれ転生の時を待つのはまだまだ早いということなのでしょうね」


そう映姫が笑いかけると、三人も同じようにして微笑む。


「…そういえば四季様、小町さんがいたみたいだけど」
「あー、そう言えばあのひとって立場的にどうなんのかなー?」

幽々子とメルランの問いかけに、映姫は「やれやれ」と言わんばかりに肩を竦める。

「命令違反というか、約条に反すると言えば言えます。
でもねえ…私が命じてしまいましたしねー…「自分の職務に支障がない範囲で、リリカをサポートしろ」ってね。
だから、怒るに怒れませんし、たまには私の都合でもみ消したって良いでしょう」

そう言って悪戯っぽく笑う。
このような茶目っ気を見せる映姫を見るのは、幽々子たちも初めてであった。



「いよいよ…ここからが最後の局面。
ですが、私にはまだ何か嫌な予感がします。
エクスデスほどの存在がこの世界に現れ得たのであれば、他の同格レベルの魔が現れてもおかしくはない…そうなれば」
「かごめちゃんが黙って見てるとは思わないわね。
あの子は…自分のことをよく知ってる筈なのに」

幽々子の言葉に「ええ」と頷く映姫。

「幽々子さん…あなたは知っているのですね、八雲紫が藤野かごめと神綺の協力を断った、その本当の理由を」
「直接聞いたわけじゃないわ。
ただ…そうなんじゃないかなって、思っただけよ。
…あいつ、きっとこの幻想郷と同じくらい…かごめちゃんのことを気にかけてるみたいだもの
「そうですか」

「でも」、と言葉を続ける幽々子。


「きっとあの子が本当に戦わなければならない時は、今じゃない気がするわ。
あの子は…それだけの葛藤を今も抱え続けてる…そして」


「あの子の葛藤を受け止めてあげられるのは、きっと…「この試練を乗り越えた私達」にしかできないことなんじゃないかなって思うの」



(続く)