次元の狭間。

「無」より生まれた「無」そのものの世界。
そして今は…それを取り込んだ魔樹の、体内そのもの。



かつてかごめ達がシンオウで見た、ギラティナの住む反物質世界…「裏側の世界」ともまるで異なるその場所の最深部、水晶と蔦の封印の中に霊夢と紫の姿があった。

しかし、封印されているのは霊夢だけ。
紫は霊夢の封印を解こうと、その力を放ち続けていた。
その表情は焦燥がにじみ出ており、紫自身もどれほどの時間そうやって力を放ち続けていたのか…疲弊しきっているように見える。


「…なによ、あんたまだやっていたの」

それまで目を閉じてぐったりしていたはずの霊夢は、ゆっくりとまぶたを開け、紫の方を見上げることもなく気だるそうに言い放つ。

「あんた、逃げられたんならさっさと逃げればいいじゃない。
どうせ、私が居なくなっても新しい巫女を用意して…あんたが霊夜姉さんの時そうしたみたいに、みんなから私の事を忘れさせれば済むことでしょ?
なんでそんな一生懸命になってるのよ…私があんたのこと大っ嫌いだって、あんただって解って…」

紫は応えない。
霊夢はふと顔を見上げる…そこには、憔悴しながらもなおも鬼気迫る表情で、その封印に圧力をかけ続けている紫の姿がある。

「ねえ…なんでそこまでするの?
私はもう、ほとんどあいつの一部になり果ててるのよ。
助からないってことくらい、あんただって見ればわかるでしょ? 何やってんのよ…あんたが、あんた一人でも外の連中に加われば、わけない事くらいわかってるでしょ!?」

霊夢自身気づいていただろうか。
紫に呼び掛ける自分が、涙を流しているということに。

「やめて…もうやめてよ…!
紫…私のことなんて、もう放っておいてよ…!」
「そうは…いかないわ」

そのとき、紫は初めて声を発する。
はっと見上げる霊夢に見える、その紫の表情は何処までも悲しそうで。


♪BGM 「情景 しじまに吹く風」(SQ4)♪


「私だって…もう沢山だわ。
自分の心と思いに嘘を吐き続けて。
かつて、気の遠くなるほど昔に…蓮子を…大切な友達を喪って…。
大切な友達を喰らったあいつを消す為に、ありとあらゆることもやった。けど」

紫は再び歯を食いしばり、力を放つ。

「結局、私のやっていた事は友達を食ったあいつと同じことだった。
望むように力だけを求め、その為に「心」を否定した…いえ、「心」を数字で測ろうとした。
けど…そんな小賢しい事で割り切れたりできるほど、私の「心」も強くはない」
「紫、あんた…」
「霊夢…私はあなたから「大切なお姉さん」を奪ってしまった。
だから、あなたが私をどれだけ恨み、憎もうとも、それは仕方のない事だと思ってる。
けど」


その頬から、一筋の涙が零れ落ちる。


「それでも、私はあなたの事も愛している。
幻想郷に生きる者としてだけではなく…博麗の巫女としてでもなく…ひとりの大切な友達として




-Mirrors Report of “Double Fantasia”- 
そのH 「紡がれる心」




「ぐおおおッ!?」

衝撃波に吹き飛ばされ、その身体は大木へと叩きつけられる。
苦悶の表情と共にハドラーが目を見開くその先には、ぐったりとしたまま柱にもたれて動かないチルノとコーデリアの姿。

巨大な柱により結界が作られていること…その範囲内では、ありとあらゆる「行動」に大きな制約を受けるという事を知ってもなお、ハドラーが「敢えて結界内で戦う」という事を選択した理由がふたりにあることは明白だった。


「愚かな奴だ。
このようなガキ二人を助けるために、自ら死にに来るとは」

氷の結晶の様な魔物がハドラーをあざ笑う。
彼の翼も所々が凍りついており、この魔物の攻撃により苦戦を強いられていることが伺える。

「しかし、しぶとい奴だ。
それだけの耐久力があれば、認めたくはないが結界の外であったなら我が攻撃ではびくともしなかっただろうに。
だが…貴様のような奴は必ず、こういう罠に引っかかって本来の力を出せずに死んでいく」
「お…のれえい!」

ハドラーはそれでも、魔物に一撃加えようと拳を繰り出す。
しかしそれは魔物を打つどころか、凄まじい重力がかかったかのように地面へと吸い込まれ、無様にその体を地面にはいつくばらせる。

水晶の魔物は勝ち誇ったかのように、その身体を踏みつける。

(ぐ…ぐぬううっ…。
 まさか、魔法も使えぬとは…極大閃熱呪文(ベギラゴン)極大爆裂呪文(イオナズン)とまで言わぬ、せめて火炎呪文(メラミ)の一発でも打てれば…っ!)
「無駄なあがきを!
…おおそうだ、アルティミシア様は良いサンプルがいたら殺さず連れて来い、とも言っていたな。
貴様ほど頑丈でしぶとい奴であれば、きっと気に入られよう」
「サンプル…だとっ…?
チルノや、コーデリアもか…!」

魔物は怪訝な表情をするが、すぐにその意味を悟ったのか哄笑する。

「あのような小娘どもなど何の役にも立つまい。
適当な魔物にでも改造され、使い捨ての兵士にされるくらいしか使い道もなかろう!」
「おの…れっ!」

ハドラーは歯がみする。


(オレは…オレには何も出来ないのかッ!?
 所詮は、この連中とオレは同類でしかなかった…あいつらのように、なることなどできないというのか…?
 かごめの…主殿の心を救うどころか…目の前のチルノ達を助けてやることすら…!)


薄れゆく意識の中で、彼の瞳から涙が零れ落ちる。


(あの時と同じだ…死神の罠から、あいつを救おうと願った時も…。
 オレは奇跡を待つくらいしかできなかった…魔族のオレが…人間を救おうなどと…。
 オレは…間違っていたのか…?)



-何を言っているんです。
あなたの心は、こんな程度の事でやすやすと折れちゃうほど、脆いものじゃないでしょう?-



暗転する意識の中で、ハドラーははっとして顔を上げる。
暗闇の中で、人の輪郭が浮かび…聞こえる声は、遥か昔に聞いた好敵手の声。

「ああッ…お、おまえはッ!」

-あなたは、あの絶望的な状況の中で最後まで、私の大切な弟子を守ってくれたではないですか。
最後まで希望を信じ、諦めないその心が…あなたを高みへ導いていった。
そして…あなたは死しても、卑劣な死神の罠から私を助けてくれたじゃないですか…!
-

その輪郭が一人の戦士となって、その手を取る。

-さあ、さっさと立っちゃってください、ハドラー。
あなたはまだこんなところで終わるような男ではない!
かつて刃を交えた勇者と魔王としてではなく…私は一個の戦士としてのあなたを信じる!-

そして…その姿は光の粒子となり、ひと振りの剣としてその中に収まっていく。
見覚えのあるそのフォルムに、ハドラーは目を見開く。



-これは…もうひとり、あなたを一人の戦士と認めた方から、渡してくれと頼まれたものです。
今のあなたには必ず必要になるはず。
さあ…行きなさい。
そしていずれ…あなたがその生命を全うしたときに、あの世で逢ったらともに語り明かしましょう-


♪BGM 「悪を断つ剣」(SRWOGs)♪


命が消えかけたかに見えたハドラーから、再び闘気がほどばしる。
吹き飛ばされる水晶の魔物。

「ぬおおっ!?
なんだっ、この死にぞこないの何処からこんなパワーが…」

ゆっくりと立ち上がるその姿は…リザードンのそれから、かつての彼の姿…「超魔生物」の戦士となった時のその姿へと立ちかえっていく。
そして湧きあがる闘志は彼の右手にひとつの剣を顕現させていき、額の角の表面に刻まれる、竜の貌の如き紋章。


「オレは…こんなところで負けるわけにはいかぬ…!
誓ったのだ!彼女と共に戦うその剣であろうと!ともにその悲しみを分かち合おうと!!」



まるで見違えるようなスピードで飛翔し、繰り出した剣の一撃は水晶のボディに大きな傷を刻み込む。
さらに突き合わせ広げた両掌に紅蓮のアーチを作り…無数のアーチが渦巻く爆炎と化して、天を焼き焦がす。
その力は…極大呪文を超えた、閃熱系統の究極魔法。

「受けよ、炎熱を極めしの一撃!神の閃光を!
究極閃熱呪文(ギラグレイド)ッ!!

極大呪文を超える、神の怒りが如き…猛烈な灼熱の帯が魔物を直撃、爆発炎上し、苦悶の悲鳴が上がる。

「ぎゃああああああッ!?
な、何故だっ!?何故結界内でこれほどの動き…しかも何故魔法までッ!?」
「…今のオレは、オレ一人で戦っているわけではない…!
好敵手の託してくれたこの想いが、そして、今共に歩む仲間が、オレに力を与えてくれる!
「ほざけええ!!」

水晶の全身を発光させ放つ吹雪が、再びハドラーめがけて襲いかかる。
彼はゆっくりと剣を掲げ…そこに己の炎の闘気を纏わせていく。

「…そういえば…オレもかつてバルジ島であいつらと戦った時に、似たような結界を使った事があったな。
まさか、大昔に自分でやったことにこれほど煩わされようとは。
だが、タネが解れば破るのも容易かろう!」

闘気を全開に、彼は吹雪へ突っ込んでいく。
一瞬、馬鹿め、と言おうと顔をゆがませた魔物の表情が、次の瞬間驚愕の表情に変わる。


突っ込んできたその姿…突き刺すように構えられた剣が、後ろ手に取られた構えに代わる。


「この技で…貴様ごとその柱を壊させてもらうッ!
喰らえ、真・超魔爆炎覇ッ!!


その一撃が魔物を捕え、さらに勢いを殺さず柱へと振りおろされた次の瞬間。
魔物の断末魔の声は爆音と閃光にかき消され、轟音と共に柱の一本は粉砕された。





別の柱では、その禍々しき翼を持つ魔物の亡骸を前に、立っているのは星、ただ一人だった。

「何故ですか…!」

倒れ伏すその少女の傍らにへたり込み、戦慄くように呟く。
その姿は朱に染まったまま、ピクリとも動かない。


結界の特性を知りながら、中で戦うだろう慧音達の下へ飛び込んでいった白蓮をサポートすべく、命蓮寺の面々は柱の破壊の為この地へ留まったが…その柱から姿を顕したこの竜の圧倒的な戦闘力の前にひとり、また一人と倒れていく中で、傷ついた星を庇ったナズーリンはまともにその爪の一撃を受けた。
この事が、眠っていた星の獣性を目覚めさせ…竜は瞬く間に物言わぬ肉塊と化した。


「何故…何故私なんかを庇って!」
「…しーっ。
静かに…してくれないか…キズにひびく…」

はっとして顔を上げると、抱き上げた腕の中でナズーリンはうっすらと目を開けている。
弱々しくはあったが…普段の彼女がよく見せるような、仕方ないな、と言わんばかりの顔で。

「私にも…よくわからないんだ。
あなたが、やられると、思った時…頭より、先に…身体が動いてた」
「どうして…あなたはもう、私の部下ではないのですよ…?
私を守る義務なんてどこにもない…聡いあなたなら、あなたの実力があれば、足手まといの私を捨石にしてあの竜を倒すことだって!」
「ばかな、ことを…。
そんなこと…できるわけないじゃないか。
…わたしは…あなたに、どれほどの借りを持っていることか」
「借り…ですか?」

ナズーリンは頷く。

「わたしは…人間が嫌いだった。
お父様を…国の為を思って、力をつくしたお父様を死に追いやった人間を。
…聖白蓮もまた…お父様を死に追いやった延暦寺の連中と同じだと…それを慕うあなた達も信じることなんてできないと…そう思っていた私を変えてくれたのは…あなただ、ご主人

弱々しく伸ばされた手が、涙にぬれる星の頬を、ゆっくりと拭う。

「あなたは、抜けたところもあるが…優しい方だ。
だが…あなたは少し…優し過ぎる。
怒る時はしっかり、今みたいに、怒ってくれないと…毘沙門天様が、心配なされていたよ…

「ナズーリン…私は」
「大丈夫。
今のあなたは…立派な毘沙門天の顕現者。私が…私の魂にかけて、保障する。
…今は…戦いの時だ。白蓮殿を、きっと守ってくれ…私は…私達はこのくらいで死にはしない」

星は乱暴に涙を拭うと、ナズーリンの身体を抱きかかえ…大木にもたれさせてやる。
そして、お互いに頷きあうと、彼女はそびえる柱へと向き直る。


♪BGM 「悪を断つ剣」(SRWOGs)♪


「はあああああああああああああああっ!!」


裂帛の気合と共に放たれた光が、手にした槍へと伝わり…振りおろされた閃光の一撃が柱を貫き、粉微塵に粉砕する。
そして、それを確認すると里の中心へと向け矢の様に駆けていく。


(ナズーリン…私は、あなたが「監視者」であることも知っていました。
 何処の何者とも知れぬ妖怪の私を、毘沙門天様がお疑いになるのは至極当然のこと。
 けれど)

その瞳から、涙はとめどなく零れ落ちている。

(私は…あなたの心に抱えた悲しみも知っていました。
 今になれば、思うのです。
 毘沙門天様があなたを、私のもとへ遣わせたのも…あなたの心を悲しみから、私に救ってみせろという試練の一つだったのではないかと。
 あなたが心を見せてくれたことで、私はその試練を乗り越える事が出来たのでしょうか…ナズーリン?)

一度目を閉じ、再び上げた顔には、強い意志を秘め。


(見守っていてください、ナズーリン。
 白蓮殿も…里で戦う皆も…私が救って見せる!)






里を囲む三本目の柱。
変幻自在に二つの顔と身体を駆使する、獅子の如きその魔物に挑むは風見幽香。

力の減衰を招く結界内においても、幽香はその反則的とも言える戦闘能力をもって互角以上に渡り合っているが…それでも1体の時のパワーと2体の時のコンビネーションに翻弄され、苦戦を強いられている状態だった。


力任せに振り下ろされた拳の一撃が魔物を捕えた瞬間、その姿がぶれ…二つの魔物へと分裂する。
死角へ姿を顕した一方の爪を、幽香はスカートを切り裂かれながらも紙一重のところで回避する。

「このっ…プラナリアよりタチが悪いわね、こいつ!」

破れたスカートを、露わになった腿の下部分を強引に破り捨てながら、彼女は悪態を吐く。

その表情にも焦燥の色を濃くしていく。
誰かが結界を構成する柱を破壊しただろう事は、少しずつ戻り始めている自身の力の感覚からも解っていた。
残り一本、この柱を壊してしまえば自分たちを束縛している枷が無くなることも。

しかしながら、結界というハンデを背負っている以前に、このように変則的な戦法を駆使する相手は、本来幽香とは非常に相性が悪い。
基本が力押し、純粋なパワーをもって戦う幽香にとって、変幻自在の戦法で相手の出足を殺してくるような戦い方に対応することは困難を極める。
幽香とて頭の回転は遅い方ではないが、性格的に非常に大きなストレスを受ける。

そして、そのストレスが焦りを生み、冷静な判断力を失わせていく。


力任せに繰り出した一撃の隙をついた魔物の爪が、幽香の身体をついに捕えた。


「くうっ!」

もんどりうって地面にたたきつけられる彼女の身体を、魔物は勝ち誇ったかのように踏みつける。

「こ、このっ…調子に…あうっ!?」

押さえつけられた爪から発せられる電撃が幽香を襲う。
電撃に対する抵抗性があるとはいえ、並みの妖怪ならショック死しかねない高電圧を直接叩きつけられたダメージは計り知れない。

「きゃああああああああっ!?」

さらに立て続けに電撃が叩きつけられ、たまらず彼女も悲鳴を上げる。
飛び散る火花と、肉の焦げるような匂い。


(ここ、までか…!
 この私が…こんなところで死ぬ)



幽香は自嘲的に笑う。
意識が遠のく中で、彼女はその声を聞いた。


「諦めちゃだめよ!」


はっとして目を開く幽香。
彼女は何時の間にか、何者かの腕に抱きかかえられている。

幽香も見覚えがある顔。

「…ごめんね、遅くなっちゃった。
大丈夫…じゃなあいみたいだね、あんまり」
「…葉菜…!」

栗色の髪の少女…葉菜が頷く。
葉菜は回復魔法で幽香の傷を癒しながら立たせる。

「ったく…みっともない格好になっちゃってるじゃない。
あいにくズボンの替えなんて持ってないよ?」
「そんなの、今はどうでもいい事よ。
それより」

二つに分裂し、威嚇する魔物に対して二人は構えをとる。


♪BGM 「今昔幻想郷 〜 Flower Land」(東方花映塚)♪


「葉菜、左は任せるわ!」
「あいよっ!」

妖気を全開にして距離を詰める二人の大妖怪。

魔物の爪を寸前でひらりとかわす葉菜の陰から、幽香の繰り出した強烈な蹴りがその額を打ちすえる。
機先を制された後ろの魔物に、懐に飛び込んだ葉菜の放つ発勁が炸裂し、後退しながらもなお怒りに満ちは咆哮を放つ二頭の魔物。

「あれーっ一撃で落ちる程度に入ったと思ったんだけど」
「葉菜あなた、今この辺りどうなってるかわかってる?
…制限は大分なくなっては来てるけど、まだ結界が生きてる。そういうことよ」
「成程。
ちょっと乱入が早過ぎたか」

その言葉が終わるか終らないかのタイミングで、魔物の背後にあった柱が音を立てて崩れ始める。
一瞬走った雷の一閃の正体を幽香は悟った。

そして、結界が無くなった瞬間に幽香は力がみなぎるのを感じる。

「私達もさっさとこいつをやっつけて、あとを追うよ!
まだ強力な魔物の気配をいっぱい感じる」
「言われるまでもないわ!」








「くうっ…」

力を放ち続けていた紫だったが、力を使いはたしてその場に崩れ落ちてしまう。
それと同時に周囲の蔦が、彼女の身体を取り込もうとじわじわと這い出して来る。

紫はそれを払いのけると、再び立ち上がって力を放とうとする。

「紫…もういい、もうやめて!
あんたがいなくなったら…あいつは…あんたがずっと見守ってきたあいつはどうなるのよ!?」


紫ははっきりと顔色を変え、力を放とうとしていた手を止める。
霊夢はなおも続ける。

「理由なんて知らない、でも…私が気づいてないと思ったの!?
外の世界から来たあいつを、あんたがずっと見守っていた事を…あんたが守ってやりたいと思ってるのは、本当はあいつなんでしょ!?

紫は眼を閉じる。

「あんたにだって、ずっと守ってきたものがあるんじゃない。
幻想郷だけじゃない…あんたはずっと、そいつを」
「私の事ならいい。
今は…あなたを救うことが私の総てよ」
「違う!そんなの違うよ!!
あんたはそいつの…かごめのためにその力を使ってやるべきよ!
私は…私はあんたの事なんて大っ嫌いよ…でも」

その瞳からとめどなく涙があふれる。


「私はあんたに…紫に死んでほしくなんてない…!
…憎むことしかしなかった私にだって…ずっとやさしく見守ってくれた紫に…私は生きていて欲しい!」



紫は驚いたような表情で霊夢を見つめる。

「霊夢…あなた」
「だから私は放っておいてとっとと逃げなさいよ…!
その代わり…こいつは必ず滅ぼして。
姉さんが愛したこの世界を、あんたが守りたかったあいつの事も…あんたが守ってよ…そしたら、あんたの事、許してあげるから…!

所在なく立ちつくしていた紫だったが、何かを決意したかのように拳を強く握り締める。


「…気持ちは嬉しいわ、霊夢。
けど、もう私にもこの世界から逃れる術はほぼない。
けれど…最後に遺した希望はある…!」


言うや否や、彼女は自身の能力で自分の左手首を吹き飛ばす。
鮮血とも妖気ともつかぬ紫の光がそこから噴出し、それを中心とした幾重もの方陣が描かれていく。

「紫…何をする気なの!?」
私自身を術式とし、総ての力を私の定めた者に預け渡す…私に遺された最後の力を使って!
「まって…待ってよ…。
そうしたら、あんた自身はどうなるの…」

紫は寂しそうに笑う。


「確かに…私はかごめのことも大切に思っているわ。
あの子は…かつて大昔、私を庇って「永遠」に飲まれた親友の…生まれ変わった姿なんですもの」



方陣の放つ光が強くなっていくにつれ、紫の顔から生気が少しずつ喪われていく。

「私はこれまで、ずっと彼女を、生まれ変わる前の彼女としてしか思ってなかったかもしれない。
でも、見守っているうちに…私は彼女を、生まれ変わる前の彼女としてではなく「かごめ」として見て…彼女と共にありたいと思えるようになれた。
けど、だからこそ解ったのよ。
あの子に必要な存在は、「八雲紫(わたし)」ではない事に
「違う…そんなの違う!
今あんたがやろうとしてるのは…あんたがかつて私にやったことと一緒よ!
あいつ…あいつずっと苦しんでるんだよ!? どんな無様な姿になっても生き残って、あいつを助けてやんなさいよ!
どうして…どうしてあんたはそうなのよ!!」

その言葉に応えるかのようにか…紫は最後に、寂しそうに笑う。


「私の力を受け取りなさい。
そして…必ず生き残るのよ、霊夢。
あなたならもう大丈夫…アリスや魔理沙たちと…仲良くね」


そして、全ての力を方陣に吸い取られ、崩れ落ちたその身体は瞬く間に蔦と水晶に覆われていく。
方陣は光の珠となり…霊夢へゆっくりと近づいていく。


「やめて…やだよ、そんなの…!
紫…紫っ、起きてよ!目を開けなさいよッ!!
私そんなのやだああああああああああああああああっ!!


その絶叫に応えるかのように…光の珠はぴたりと動きを止めていた。


いや。


「……やるんじゃないかと思ってたよ、紫さんなら、こういうこと」


何時の間にそこに立っていたのだろうか。
出で立ちこそ違うが、困ったように笑うその少女の顔には見覚えがある。

彼女が掲げた槍の穂先で、光の珠は動きを停止している。


「念の為、紫さんの能力を「記録」してて良かった。
このまま二人を捕えさせたままにしとけば、アリス達もきっと戦えないよ。
今は私が本編の主役、とは言い難いけど…このくらいの事はしておかなきゃね!」

リリカは捕えたその光の珠を、紫へと叩きつける。
それと同時に、紫を捕えた水晶と蔦はあとかたもなく吹き飛ばされる。


「そういうことさ。
この子のお陰で、あたしは直接あんたを助けにきてやる事も出来た」



歩いてくるその姿に、霊夢は目を見開く。


俄に信じられなかった。
その顔も、声も…霊夢の記憶に残るそのままの姿で。

無造作に突き出されたその一撃は、霊夢を取り込んでいた水晶と蔦をあとかたもなく粉砕し…その姿を抱きとめる。


「霊夜…ねえさん…!」
「助けに来たよ、霊夢。
さあ…こんなところからはさっさとおさらばだ、外の連中もまとめてみんな助けに行くよ!」
「………うん………!」


その二人の姿を見守りながら、リリカは紫に肩を貸して立ちあがらせる。

「…映姫様は…封印を解いたのね」
「そういうこと。
お姉ちゃん達も幽々子さんもてっきり消えちゃったと思ってたのに…私もちょっとまだ少し色々飲み込めてないけどさ。
…でも、霊夢のいう通りだよ。
紫さんだって生き延びなきゃいけないんだ。かごめさんはきっと、あなたの言葉を待ってる。
いやだってほざいても無理矢理引きずって返るからね!


紫は、強くその言葉を言い切る少女の表情に、目を細める。

「あなたも…強くなったわね、リリカ。
…今はあなたの言葉に従うわ。
ふふ…私もまだまだ死ぬことは許されぬ身…か」

見上げる顔に、もう迷いはなかった。
穂先が切り裂くその先に、崩れ落ちる逆さ城と、魔樹に絡まれ身動きのできない巨大人形。


「行こう!最後の決戦だッ!!」


四人はその空めがけて飛翔する。
自分たちの生まれ育ったその世界を守るために。


大切な想いを伝えたい、その存在の為に。