♪BGM 「戦場 討ち果て倒れる者」/古代祐三(SQ3)♪
エクスデスの召喚した魔物が幻想郷中へ放たれる。
機先を制するどころか、あべこべに防戦を余儀なくされた少女達と侵略者との死闘の幕が切って落とされていた。
「はあああああああッ!!」
裂帛の気合と共に繰り出された拳で、隊列を組んで襲い来る魔物達を美鈴が薙ぎ払ってゆく。
普段昼行燈を装い、門番とは名ばかりののどかな姿からはとても想像がつかぬ武術の冴えは、少なくともここに押し寄せた魔物たちの機先を制するには十二分であった。
しかし…相手もただの獣たちではない。
美鈴の実力を見てとった彼らは、背後に控えていたゼリー状の魔物…「スライム」と呼ばれる、物理攻撃に対して耐性のある魔物を前面に押し出す。
彼女の拳は軟体にとらわれ、動きを封じられたスキを狙って一斉に飛びかかる…が。
「…来たれ雷精、風の精。
暴風に雷纏い吹き荒べ南洋の嵐…天雷の暴風ッ!」
その後方から紫電を放つ光線が飛来し、魔物たちを薙ぎ払う。
「顎を開け煉獄の炎獣…我が腕よりほどばしり敵を喰らえ。紅蓮地獄…!」
立て続けに詠唱が響き、放たれてた大火球が美鈴の動きを封じていた軟体の生物を瞬時に焼き尽くした。
「パチュリー様…助かりました…!」
「あなたらしくもない…油断は禁物よ美鈴。
しかし…この系統の魔法は私の魔法より燃費が良くていいわね…詠唱にタイムラグがあるのは難だけど」
一旦距離を取り、迫りくる魔物の群れに向き直る美鈴とパチュリー。
他方では小悪魔の指示のもと、普段はあまり役に立っているとは言い難い妖精メイド達も協力して魔物を撃退している。
「小悪魔…頑張らせるのは良いけど、この結界から出さないように…。
でなければ身の補償はできないわ…」
「了解です!
…メイド1番隊2番隊、出過ぎよ!相手の動きに惑わされないで!」
自らも魔力弾を放って応戦しつつ、パチュリーにとって最も古い使い魔の少女が指示を飛ばす。
「……あの子は…頑張っているわ。
あの異変の時の引け目もあるのだろうけど…それでも、あの子の心を誰が責められようか」
「(パチュリー様…)」
寂しそうにその姿を眺める魔法使いの少女に、美鈴もかけるべき言葉は見つからなかった。
かつて…幻想郷が目覚めを迎えるきっかけとなった「無意識狂気の異変」で、主パチュリーに対する独占欲から狂気に落ちた小悪魔は、パチュリーの嘆願もあって特別に許された存在だった。
レミリア達にとってもわだかまりはないと言えば嘘になるだろうが、過ぎたことをいちいち気にしているほど彼女たちも心が狭いわけではない。だが…やってしまった側である彼女の心には、まだ大きな傷が残っていることをパチュリーは知っている。
「いいえ…私達はもうとうに、お互いを許し合っているのにね。
認め合うきっかけがあれば、あの子の心も救われるだろうに」
「だったら…あの子に、名前を付けてあげればいいと思いますよ。
お嬢様なら…喜んで名前を考えてくれると思います」
この命懸けの場に、場違いなくらいの笑顔で美鈴が笑う。
パチュリーも溜息を吐く。
「…そうね。
でも…レミィは駄目。
あの子、センスないから…妹様にでも頼もうかしら」
「うわひどい…否定できませんけど」
-Mirrors Report of “Double Fantasia”-
その2 「紅き誇り」
その上空では件のレミリアが、ひとつくしゃみをする。
「…ちっ。
誰かしらこの非常時にひとの噂話してやがって…」
その隙を逃すまいと、禍々しい姿の魔物がレミリアめがけて殺到する。
しかし…その姿は何の前触れもなく現れた大量のナイフに切り刻まれ、もの言わぬ肉塊の雨となって落下していく…。
「お嬢様、お怪我は?」
「…んなもんあるわけでしょ、その原因はあなたがみんな片づけてしまったんですもの。
そういうあなたこそどうなのよ?ほら、見事なカウンターで返したわ」
「それこそ御無用の心配です。
もっとも、先程飛んだときに靴ずれしたかもわかりませんが」
その軽口に、あなたらしいわ、と笑うレミリア。
「それよりも…咲夜、あなたはいいのかしら?」
「何が、ですか?」
「…あなたは白玉楼の連中が悪さした時、形の上とはいえ霊夢と共闘しているじゃない。
あの子があの不躾な神様気取りに囚われいることに関して、何か思うところでもあるのかと思ったけど」
「生憎…基本的に私はあの巫女好きじゃないんですよ。
…まして、今までの状況であれば戦う相手。
心配があるとすれば結界のみであり、彼女に対して特別な感情を持っているわけではありませんので」
それに、と言いかけたその言葉を、レミリアはさえぎる。
その先は言わずとも、彼女には解っているのだろう。
咲夜はレミリアに対する忠誠心の赴くがままに、此処にとどまり続けている…否、それだけではない。
「…私もフランといっしょに、その世界を旅してみたかったわ。
今あの子がいるアーモロードの樹海ばかりではない…あなたとフランが、シンオウを旅したその旅路も。
私はほんのわずかな期間しか、あの子といっしょにこの館の外で過ごせなかったけど」
「……お嬢様」
「もし、あのままずっと最後まであの旅路を共に出来ていたのなら、私もフランのように「真祖」になる事が出来たのかしら…。
それに…もっと早く、自分自身のあるべき姿を見出す事が出来たのかもしれない。
…私は…心の底からあの子の事が羨ましい」
レミリアは、そのとき自分を包み込むように咲夜が抱きしめているのに驚き、その顔を見上げる。
「お嬢様は…レミリア様は、レミリア様です。
あなたがいかなる存在であれ…あなたがあなたとしての姿を貫く姿を…フラン様は誇りにしているんですから…それに、私も…!」
「………咲夜」
そのとき…ふたりは美鈴たちの戦う地上の辺りから、異様な気配が立ち上るのを感じる。
それを誰何するよりも速く、放たれた強大な波動により、館周辺に張り巡らされていた結界が吹き飛び、幾人かの妖精メイドと共に吹き飛ばされた影に、レミリアは反射的に飛び出していた。
♪BGM 「戦場 その鮮血は敵か汝か」/古代祐三(SQ3)♪
突如として出現したその魔人の一撃により…魔物たちの力を弱めて妖精メイド達の力を高めていたその結界が吹き飛ぶ。
それと共に吹き飛ばされた小悪魔の姿に、パチュリーは絶叫する。
「小悪魔ッ!」
「…っ!
パチュリー様、伏せて!」
駆け寄ろうとするその姿を、美鈴は強引に自分の体諸共地面に押さえつける。
次の瞬間、その頭があった辺りを何かが一閃し…美鈴の背中から鮮血が飛んだ。
「ぐっ…!」
「…ほう…この私の一撃に反応するとは…。
もっとも、手加減をしてやったつもりだが」
次の瞬間、その魔人の首元めがけて数十本の銀のナイフが現れ強襲する。
しかし…それはその首を狩るどころか何かに阻まれ、放った術者…咲夜へと跳ねかえる。
「馬鹿ッ!ぼさっとしてるんじゃないわよ!!」
茫然となっていた咲夜はレミリアの声に我に返り、ナイフの軌跡から瞬時に離脱する。
レミリア達はそのまま、倒れ伏した美鈴とパチュリーの元に着地した。
そして、レミリアの腕には小悪魔の姿。
「……安心なさい、気を失っているだけよ」
「小悪魔…よかった…!」
パチュリーはレミリアの腕からその体を受け取り、強く抱きしめる。
「美鈴、まだ立てるわね!?」
「つつ…酷いですね…明らかに私の怪我の方が重傷なのに…」
「冗談言いなさい。
…そんな程度で音を上げるような弱者に、この紅魔館の門衛を任せるほど私は能天気じゃない。
でも…パチェを護ってくれたこと、礼を言うわ美鈴」
「…ありがたき、お言葉です…!」
よろめきながらも立ち上がるその背の出血は既に止まっていた。
わずかながら、大地から気を吸収して体力を回復させたのだろう…美鈴もまた立ちあがって構えを取る。
「しかし、大層な障壁を展開しているわね。
咲夜のナイフはちゃちな障壁であればやすやすと突破する…それを防ぐばかりじゃなく、その軌道や威力すらそのままに跳ね返すなんて」
「ほう…我が主から頂いた記憶とは大分異なる…その慧眼には敬意を表する。
我が名はネクロフォビア。偉大なるエクスデス様に仕える十二の死徒がひとり」
「ふん、弱い奴ほど大層な肩書を持って実力を誇示したがるってかごめが言っていた気がするけど、その通りの様ね。
使い魔如きにこの私達が屈すると思ったら、とんだ見当違いだわ」
魔人…ネクロフォビアがその口の端を釣り上げる。
「否…前言撤回か。
湖の畔、紅き館に住まう幼き吸血鬼、それは性情極めて幼稚で自信過剰…博麗の巫女の見立ては間違ってはいないようだ」
「貴様ッ、お嬢様を愚弄するか!!」
言うが否か、咲夜は両手の指の間に構えた複数本のナイフを一斉にネクロフォビアへと投擲する。
「駄目よ咲夜、下がりなさい!」
それに続けて飛び出そうとするその姿を制するレミリア。
しかし、既に放たれたナイフは障壁にはじかれ跳ねかえってくる。
「(しまった…とんだ失態を!)」
咲夜は瞬時に、その軌跡へ正確に合わせて追加のナイフを飛ばす。
ナイフはお互いに相殺して地面に落ちるが、それだけではなかった。
ネクロフォビアの放った火炎弾がその影から飛来する…。
「来たれ水精。その身を飛沫と成し、我らを覆う天蓋と成れ…霧雨の輪舞」
それは総てパチュリーの魔法障壁で阻まれた。
「助かったわ、パチェ」
「…礼を言うのは私のほう…ごめんなさい、でももう大丈夫。
それよりも」
「解っているわ。
あの厄介なシロモノ、どうしてくれたものかしらね。
咲夜のナイフがあの有様じゃ、私や美鈴の攻撃をぶち込んでも効くかどうかは怪しいわね」
「…あの手の障壁は解呪するのに時間がかかる。
けれど、もしあの強度以上の攻撃力を一度にぶつけられるなら…」
「それを許すほど私は甘くは無いぞッ!
この私の魔力を越えられるか、試してみるがいい!!」
ネクロフォビアの両手から放たれる無数の火炎弾と氷柱がレミリア達を襲う。
レミリアは咲夜達の前へと躍り出ると、裂帛の気合を込めた怒号と共にグングニルを激しく振り回し、迫り来る大魔法の弾幕をことごとく薙ぎ払って見せる。
♪BGM 「月時計 〜 ルナ・ダイアル」(東方紅魔郷)♪
「ほう…」
「良い気になるな三流魔術師が!
美鈴、咲夜、パチェ!私の攻撃に合わせて!
食らえッ、神鎗“スピア・ザ・グングニル”ッ!!」
レミリアの放ったエネルギーの槍がその身に迫る。
「ふん…この程度の涼風、かき消して…」
「甘い!
貫け、華符“彩光蓮華掌”ッ!!」
「二度も同じ失態を繰り返すつもりはない…メイド奥義“殺人ドール”ッ!!」
「何ッ!?」
その着弾点に合わせ、渾身の気を纏った美鈴の発勁と、それに正確にタイミングを合わせ、一点めがけ飛来する咲夜のナイフが迫る。
反射されると思われた一撃はそのバリアをにわかに貫き、その体を大きく吹き飛ばした。
「逃すつもりはない…これで決めさせてもらうわ…!
月の清けき輝きよ、穢れしもの悉く薙ぎ払え…月符“サイレントセレナ”!!」
其処へさらに、パチュリーの放つ古の大魔法が追い打ちをかけ…大爆発を起こして湖の水を巻き挙げる。
「やったの…!?」
「…いいえ!これは!!」
もうもうと上がる水煙と土煙の中、魔人の掲げた左腕に凄まじい暗黒と炎の魔力が集束する。
「おのれ貴様ら…抵抗せねば楽に死なせてやったものを…!
許さんぞ、この煉獄の炎でのたうちまわって見苦しく焼け死ぬがいい!!」
魔人の怒号と共に魔力が巨大な黒炎と化して燃え上がり…放たれる。
「(間に合わない…!)」
パチュリーが魔法詠唱をするよりも速く、それは飛来する。
次の瞬間彼女たちが目にしたのは、四人を庇うかのように立ちはだかる…
「…レミィ!!」
「お嬢様!?」
レミリアは渾身の魔力を槍に変え、その黒炎を受け止める…!
「(くうっ…!)」
強烈な圧と、手から肘へと侵食するその黒い炎に焼かれる痛みに、レミリアは顔をしかめる。
しかし…それでも彼女に逃げるという選択肢はない。
「私が…私が守るんだ…!
私といっしょにいることを選んでくれたみんなを…!
フランが帰ってくるべき場所を!!」
「愚かな!そのまま焼き尽くされてしまえ!!」
「お嬢様ッ!!」
レミリアが背後へと視線を向けると…そこには自分の背中を支える咲夜達の姿。
「咲夜…美鈴…パチェ…!
何してんのよ!このままじゃ、あなた達まで!」
既にレミリアの肩まで達したその黒い炎は、支えた手を通して咲夜達の体にも燃え広がり始めていた。
しかし…少女達はその手を離すどころか、なお一層寄り添ってその体を支えようとする。
「冗談じゃない…!
この紅魔館には…私が大切にしてきた本たちと…あなた達や小悪魔と過ごしてきた大切な思い出がある…!
あんな三下に消し炭にされるなんて我慢できない…!」
「以前…お嬢様がかごめさんと戦った時にも私、言いましたよね…?
この落第門番の私でも、お嬢様に対する厚恩を忘れて逃げ出すほど、不忠者じゃないんですよ…それに」
「…ええ。
妹様が帰ってくる私達の紅魔館を…これからも共に暮らしていくべきその場所を、私達は失いたくない!
死なば諸共、あなたばかりにいい格好をさせませんよ、レミリア様!!」
「みんな…!」
「ふん、くだらぬ。
どうせ貴様らは皆、エクスデス様に総て消され、その力の一部となり果てるのだ。
その身が黒焦げになっていようが問題はない、観念して焼け死ぬがよい!!
ネクロフォビアがさらに魔力を強める。
黒炎弾の大きさと勢いがさらに大きくなり、レミリア達をさらなる勢いの圧が襲う…。
「(ち…ちくしょう!
こんな…こんなことで私達は終わるというの…?
フランや…かごめや…他のみんなにもあうことのできないまま…)」
「(…嫌…そんなのいやだっ!
私は…わたしたちは負けない…!
わたしたちのこころは…!)」
-お前は自分の心諸共、こいつらの気持ちを踏みにじってこれからもひとりで虚勢を張り続けるか?
それとも…こいつらの“強さ”すべてを自分の“強さ”として…高みを目指してみるか?-
レミリアの瞳が見開かれる。
それと共に…
♪BGM 「亡き王女の為のセプテット(萃夢想)」/あきやまうに♪
「舐めるな…!」
レミリアの姿に変化が生まれ始める。
その翼に力強さを増し…
「(レミィ…!?)」
「(こ…これは、いったい…!?)」
その四肢は急激に発達を遂げてゆく。
それと共に、さらに強大な魔力がその体からほどばしり、侵食していた黒い炎を押し返し始める…!
「何っ!?」
「調子に乗るな三下ッ…!
この私を…」
爆発的に噴出する紅色の妖気。
「この私達を!
いったい誰だと思ってやがるッ!!」
黒い炎は紅の妖気に食らいつくされ、はじき返される。
自分自身の魔力で急成長を遂げた、その美しき吸血鬼の少女が飛翔する。
「(馬鹿な、速い!?)」
瞬時に眼前に現れたレミリアの、しなやかな足から繰り出される鋭い蹴りでその体は弾き飛ばされ、立て続けに魔力弾の連打が魔人の体を打ちのめす。
苦し紛れに放たれた炎や雷も、槍状の妖気の一閃でかき消され…狼狽する魔人の喉元に巨大な質量を有する槍の穂先が突きつけられていた。
「ば…馬鹿な…貴様、一体何を…!!」
「…あら、なんか何時の間にか目線が少し高くなったような…。
心なしか服もきついし…不思議な事もあるものね」
ネクロフォビアの言葉も意に介さず、あっけらかんと言い放つその姿は、咲夜達にもある人物を連想させて止まない。
美しく成長したその少女の姿に、咲夜も美鈴も目を丸くする。
「お嬢…さま…?」
「咲夜さん…パチュリー様…私、夢でも見てるんでしょうか…?」
「…あなたの目でも認識できてるなら…幻覚でもないと思うわ。
まったく…ここまでの無茶をするなんて誰が予測しえたのかしら」
パチュリーは周囲から見ても小憎らしく映るほど、起きたことに対する見解を淡々と述べはじめる。
「あの子は成長が止まっていた筈の体を、魔力で一気に成長させたようね。
今まで人間で十歳位だったのが、今のあの子の姿は十四、五歳ってとこかしら。
あの詩姫も肉体は十五歳相当と言っていたかしらね」
「じゃ…じゃあ今のお嬢様は」
「ええ。
少なくとも…詩姫・藤野かごめと同等クラスの戦闘能力を発揮できる筈。
「神を断つ剣」と称された…幻想界最強真祖と同等の…!」
「終わりよ…覚悟はいいわね、三流魔道師。
この私に…いえ、「私達」に喧嘩を売ったこと、あの世でじっくり後悔…!?」
止めの一撃を放とうとした瞬間、レミリアの頭めがけて何かが高速で飛翔し、彼女は反射的にその軌道から頭を逸らす。
その隙に魔人はレミリアの足元から一気に後方へ飛び退き、瞬時に体勢を立て直してバリアを再展開しようとした。
それを察したレミリアが攻撃を繰り出そうとすると…何かが飛来してその軌道を逸らせる。
「このッ…邪魔を!!」
レミリアはその飛行体…小さな球状の三体の魔物を槍で切り裂いた。
「く…くく…まさか私の切り札であるムーバー共を使う羽目になろうとは…!
しかし石化呪術を放つ間もなく、盾となるのが精いっぱいとは…だが!
私がバリアを展開する余裕は十分にあった!!
頼みとする仲間どもはもう動く力もあるまい、この勝負貰ったぞ!!」
そのバリアは完全に復活している。
勝ち誇ったように哄笑する魔人に、レミリアは悪態を突いて見せる。
「御目出度いものね…私もどうなってしまったんだかよく解らないけど、少なくともさっきと同じではないみたいなのが解ってないのかしら。
解ってないんだったら、ひとつその五体に直接刻み込んでやろうかしらね!!」
レミリアは神速の踏み込みから、凄まじい密度となった自身の「神鎗」を構える。
「…本で読んだ見様見真似…「前の」私じゃあ無理だったけど、「今の」私なら可能よね!
はあああああッ!!」
雷鳴の如き音が辺りに響く。
強烈な震脚から生み出されたエネルギーを、全身の関節のらせん運動と、手首の絶妙なスナップで錐もみ状に増幅した衝撃が一瞬にしてそのバリアを役立たずにし…魔人の体を吹き飛ばした。
「あれは…まさか、「振雷」!?」
「振雷?」
「ええ。
震脚で生み出したエネルギーを、全身のらせん運動で増幅させて貫通力を上げた、槍の秘奥義。
あの突きのスピードから「振雷」と呼ばれる一方、まるで糸を繰るように貫いた衣服も肉体も巻き込み引き千切る様から…「捻糸衝」とも呼ばれる恐るべき技」
「成程…今までのレミィのちんちくりんな体じゃ、十分なエネルギーを生み出せないわね確かに。
………流石に勝負あったかしらね……!?」
そこまで口にしたところで、パチュリーはその異変に気付いた。
「お…のれっ…このままでは…このままでは済まさんぞ…!
ならば我が魔力の総てで…貴様ら諸共眼前の総てを焼き払ってくれるわああああああ!!」
次の瞬間、魔人の体が一瞬で紅蓮と変わる。
そして…無差別に飛ぶ大火球が紅魔館や、動けぬ咲夜達を襲う…!
「しまった…みんな!!」
「フハハハ…燃え尽きろ…燃え尽きろおおおおおおお!!」
力を使い果たしている咲夜達を反射的に庇う美鈴の背にも、その火球が迫る。
「天の星々、悉く射落とせ…「星虹八咫烏」!」
わずかにレミリア達にも覚えのある魔力の波動。
それと共に、降り注ぐ炎の矢が火球を悉く打ち消し、中空で次々に爆散させてゆく…その射手は。
「遅くなりました…お姉様…みんな…!」
立派な龍の翼を展開し、腰から下のエプロンと一体化した巨大な弩砲のような武器を展開しているその少女は…紛れもなくフランドール=スカーレットその人。
「フラン!」
「( ̄□ ̄;)ってお姉様!?なんか雰囲気すっごく変わってる!?」
「えちょ…というかあんたも何よその弓のお化けみたいなのとかその翼!?
変わりよう言うならあんたの方がよっぽどアレじゃないのよ!?」
「妹様…!」
「…そうか…今し方感じた結界の違和感…そういうことだったのね。
この世界の外にいる連中…その力であれば、変質したこの結界も突破することができる筈」
「…ま…その辺の経緯をゆっくり聞かせてもらう前に」
レミリアとフラン…ふたりが振り向いた先には、既に人に似た形すら保っていない異形が、名状しがたい悲鳴を上げながら莫大な魔力を凝縮し始めている。
「魔力を意図的に暴走させているのかしらね。
あれほどの魔力を解き放てば、紅魔館のみならず霧の湖周辺まで全部吹っ飛びそうね…私達に敗れた腹いせに、せめて巻き添えにでもしようというのかしら。
全くもって見苦しい」
「ちょ…それって一大事じゃないですかお姉様!
なんでそんな落ち着いていられるんですか!?」
「そうね、紅魔館は元より、湖までぶっ飛ばしたらチルノが煩そうね。
…フラン、私達のフルパワーをぶつけて相殺するわよ。
パチェ達は既に戦える状態じゃない。
私達で…私達の大切なモノを護るのよ!!」
「…ええ!!」
♪BGM 「トップをねらえ -Fly High-」/日高のり子&佐久間レイ♪
レミリアとフランは頷き合うと、それぞれ展開していた鎗と弩砲を霧散させ、そのまま上空高くまで飛翔する。
そして強大な妖気を一気に解放し、二人の気に大気が鳴動する…!
「フラン、タイミングはあなたに任せるわ!
ありったけの力を込めるのよ!」
「解りました!
行きます、お姉様!!」
「ええ、良くってよ!!」
閃光を放つネクロフォビアだった物体めがけて、手を取り合った紅魔の姉妹が渾身のパワーを発揮して急降下を始める。
「スーパー!」
紅い閃光は火花を散らし…
「イナズマ!」
一閃の紅い稲妻と化していく…!
「キィィィィィィクッ!!!」
見守る咲夜達の目の前、禍々しき閃光を放つその異形に、紅い稲妻と化したその一撃が突きささる。
爆発的な光が辺りを埋め尽くし…それが収まって咲夜達が目を凝らしたその先には異形の影も形もなく。
「…お嬢様!妹様!」
咲夜の声に誇らしげに胸を張り、振りかえって親指を立ててみせる吸血鬼の姉妹。
「見事な合体攻撃と関心するけど…何処もおかしくはなかったわね」
「全くです…。
フラン様はまたひとつ、大きくなって帰ってこられました…!」
涙ぐむ美鈴の肩をパチュリーも、珍しく苦笑を隠せないでいた。
しかし、勝利の余韻に浸っている暇なく、新たな巨大な何かの存在の接近を感知したレミリア達は上空を振り向き…そして呆気にとられる。
-…なんてこったい…。
何やら苦戦しているっぽい感じがしたら、容赦なく助太刀に入って恩を着せてやようと思ったのによ。
そうすればパチュリーのところから本だって借り放題だったのに-
-馬鹿言ってんじゃないわよ魔理沙。
いくら永久機関に近い縮退炉搭載とはいえ、なるべくならエネルギーの無駄遣いは控えなきゃならないに越したことないわ。
…しっかし…ふたりがかりとはいえあれだけの魔物を「爆発」させずに「消滅」させるなんて…相変わらず吸血鬼の力って馬鹿げてるわね-
少女達は…その明らかに大きさのおかしい人形のようなモノから、聞き覚えのある声が大音響で響いてきてさらに呆気にとられる。
「魔理沙…それにアリス!?」
「…中に乗ってるのが連中なら…まぁ間違いなくあの頭の幸せなレズが作った何かということは…確定的に明らかね。
実に頭の悪いデザイン、とても乗りたい気が起こらない」
-聞こえてるわよそこの紫もやし!!><
心配しなくてもこの私の技術の粋を集めて作ったAD(アリスドールズ)-78「シャホラン」にあんたみたいなもやしを乗せる余地なんてないわよ!
…もっとも…ここに「乗せるべき人間」を迎えに来たのは事実だけどね-
………
……
…
「…成程、ヤツを倒すためにはあんた達の魔力だけでは足りないから、そこのでっかい人形に力を集めたい…それで「人間」を集めてるって訳ね?」
「そういう事。
単純に力を求めるなら、確かにあなたやフラン…あるいは気に食わないけどあの図書館魔女に乗ってもらった方が良い。
でも…残念ながらそんな出鱈目な力を受け止めきれるほどの強度はこの縮退炉にはないの。だから…」
その場にいる全員の視線が咲夜へ集まる。
「私…しかいませんね。
ですが、私はレミリアお嬢様や妹様をお守りするという役目もある…それに、まだ敵が来ぬとも限りませんし」
咲夜はわずかに戸惑ったような表情を見せる。
恐らくは彼女も、ひょっとしたらこれが紅魔館の「家族」と今生の別れになるのかもしれない、という思いがあった。
それに建前で述べたとはいえ、レミリアに対する彼女の忠誠心は、単に吸血鬼従僕としての拘束ばかりではないことを誰もが知っている。
アリスがいかに言葉をつづけようか思案していたその時…レミリアが口を開く。
「咲夜、命令よ。
アリス達と共に行きなさい」
思ってもみないその一言に、咲夜当人のみならず、全員が言葉を失う。
「お、お嬢様…!?」
やっとのことでそれだけ呟く咲夜に、レミリアは続ける。
「それとも逆らうのかしら?
主の命に逆らう不躾なメイドを…私の側近に置いてしまったとは思いたくはないのだけれど?」
咲夜は息を飲む。
成り行きを見守る周囲の面々を余所に、レミリアは表情を緩める。
「あなたの心は知っているつもりよ…けど今、あなたの力が必要とされている。
それに…口ではああ言っても、本当は霊夢の事が気になってたんじゃないかしら?
……あの子は、あなたといっしょでとても強くて、とても弱い子。
美鈴とは違った意味で、あなたと霊夢が近しい存在であることを知らない私だと…そんなに盲目な主だと思われてたなら、少し寂しいわよ?」
「うっ…!」
隠していた筈の本心をズバリ言い当てられて、咲夜は顔を背けて俯いてしまう。
「だから…行きなさい、咲夜。
もしそれに引け目があるのなら…私の言葉に従ったフリをして動きなさい。
…この紅魔館の「代表」として…この私の、いえ「私達」の大切な「家族(ほこり)」を守るため…紅魔館を汚そうとした愚か者の肉片一つ残さず消し飛ばし、二度と転生する気も起きぬくらいの後悔をその魂魄へ刻み込んで来るのよ…!!」
そう言いつつ、レミリアは優しい笑顔で咲夜へ微笑みかけた。
咲夜はようやく、普段の表情に戻って会釈して応える。
「Yes…My Lord…!(…判りました…お嬢様の仰せのままに…!)
美鈴…レミリアお嬢様と妹様…紅魔館のみんなのこと、頼んだわよ!」
「はいっ!咲夜さんもお気をつけて!」
咲夜と美鈴はその拳を突き合わせ、お互いに微笑み合う。
「…待たせたわ、アリス=マーガトロイド。
主命により、貴女に同行する」
「あっそ…こちらこそ助かるわ。じゃあさっそく…」
「待ちなさいアリス」
その時、アリスの説明が始まった頃から姿を消していたパチュリーが館の方から歩いて来る。
「…何よ?
悪いけど、突っかかってくるのなら全部終わった後に…」
「…そこまで私も馬鹿ではないわ…ほら、こいつを持って行きなさい」
そう言いながらパチュリーが手渡したのは、一冊の古びた本。
「何?この本…「幻想幻獣録」…?」
「…その本の256ページ…エクスデスと思わしきモノに関する一文がある。
あいつの声が聞こえて来たとき…何かの役に立つと思って探しておいたモノよ。
元々…八坂神奈子が山から軍勢を率いて来たのに呼応して奴を叩く為、こちらからも打って出るところの機先を制されてしまった…暗誦出来るくらい読むヒマがあったし…貸してあげるわ」
それを受け取り、溜息を吐くアリス。
「…珍しいこともあったもんね、あんたが私に対して手助けをするだなんて…槍でも降るのかしら」
「勘違いするんじゃないわ…あなたがやられると一緒にいる咲夜や魔理沙にも危険が及ぶからよ。
言っとくけどそれは貸すだけだからね……絶対に……返しに戻ってきなさいよ……!
魔理沙に着服されたって許さないから………!!」
普段は感情をあまり表に出してこないその少女の、見たこともない表情に一瞬呆気にとられはしたが…アリスは彼女に背を向け、努めて普段通りの口調を繕って返す。
「……判ったわよ。
全部終わったら…直々に返しに来てあげるわ。
…その代わり…お茶くらいは用意してよね。こちらも御菓子くらいなら、用意して持ってきてあげる…!」
「…楽しみにしといてあげるわ…。
ほら…時間が惜しいんだから、とっとと行きなさい」
パチュリーはそのままきびすを返し、振りかえることはなかった。
咲夜とアリスを乗せ、その巨大な機械人形は紅魔館をゆっくりと飛び立ってゆく…。
「…パチェの奴…泣きそうな顔してたな。
あいつがあんな態度を見せるなんて…これも極限状況下ならではの珍事、ってやつかねー」
「いやいや、小生の見立てでは、恐らく彼女とてアリス殿には一方ならぬ感情をお持ちなんでしょうよ。
例えるならそうですなぁ…」
「ああ、お前さんと射命丸の文みたいなもんか」
「そうそうそんな感じ…ってナニ失礼なことをいわはりますか魔理沙殿!?( ̄□ ̄;)
この最強かつ最速の木葉天狗である小生があんな貧弱鴉如きにそんな…!!」
「はいはい、そういうことにしといてやろうかねー」
姿勢制御用のバーニアに直結する水晶球に魔力を送りながら、魔理沙は真っ赤な顔でわめく文(ふみ)をからかって笑う。
「ほら、あんたらは下らないこと言ってないでちゃんと操作に集中する!
…あ、乗れとはいったけど咲夜、あなたはゆっくりしていてもらっていいわ。
その代わり戦闘になったら、存分に力を貸してもらうことになるから」
「え…ええ…」
咲夜は、その内部の作りが想像以上であった事に驚きつつも、アリスから手渡された紅茶を受け取り、啜りながら思う。
(…待ってなさい霊夢…もうすぐ助けに行ってあげるから…!)