〜妖怪の山〜
機先を制された状況に、神奈子と諏訪子は歯噛みする。
この事態に今だ態度をはっきりしない天狗たちや河童たちの中、その組織という枠を抜けてまで協力を申し出てくれた文やにとりを加え、守矢神社に集った神妖は軍神・八坂神奈子の指揮で迎撃を開始したが…。
「戦力差は極大。
このような状況ともなれば、勇…いえ星熊様なら嬉々となさることでしょうが」
「…別に取り繕う必要はないさ。
かごめの指揮する中に入っちまえば、あたしもあんたも勇儀も同格だし…第一、プライベートまでそんな堅苦しい呼び方なんかしてないんだろ?
第一あの勇儀がそんなことを許すようにも見えん」
「あやや…一応、現在のポジションがポジションだけに線引きはしたつもりなのですが…」
神奈子の言葉に、ばつが悪そうに笑う文。
彼女と、組織では部下の位置に当たるはたてはその機動力を生かし、守矢神社とにとりの工場…即ち、この戦いで侵略に対抗するための「兵器」の調整に当たっているにとりを護る別動隊と、守矢の本陣の主力…そして、同時期に戦闘に入っているだろう地底との連絡係を務めている。
そしてもう一人の部下である椛は、千里眼能力を生かした斥候もしくは遊撃軍として、既に戦場にあった。
「…それより、あんたは本当によかったのかい?
にとりの話では、河童たちはようやく重い腰を動かしてくれたようだが…天魔は依然として動く気はないだろう?
この山の天狗は、厳正な管理社会で組織されていると聞いたが」
「そうですね…ここに来ていることも本来は命令違反なんです…天魔様は、まだ完全にあなた達に対する信頼を取り戻したわけではない。
あの「異変」で…多くの同胞が命を落としているのですから」
文は一瞬言葉を躊躇ったが…無理もないことであった。
その「異変」で、文達天狗族の多くが横死した原因は…
「早苗…いや、あたしの自業自得だ。
あたしはあの子の心の傷を覆い隠してやることしかできなかった。
かごめや小傘のように…あの子の背中を押してやることだって」
「…八坂様…」
「…あんた個人が手を貸してくれたのは嬉しいと思う…でも、あんたが最前線で命を張る理由なんてない筈だ。
だから、もうはたて達を連れて戻るんだ、文。
直接戦端に関わってなければ、巻き込まれたと言って誤魔化しは利く筈。これ以上…」
文はその言葉をさえぎるように立ち上がり、鎖されていた本殿の扉を開け放つ。
その眼前には、雛を筆頭とした山の神格と、妖怪たちが雲霞のごとく押し寄せる魔物たち相手に激しい戦闘を繰り広げている。
「……私、もう嫌なんです。
天狗の社会は何時だってそう…強い者に巻かれ、アテにするクセに、何かあると上の責任にして逃げを打つ。
私もずっとそれが当たり前だと思ってた。
天狗が出しゃばってもロクなことにならない…嘗て義経公が頼朝に追われ非業の死を遂げたのも…でも」
振り向いたその顔は、何処までも寂しそうな。
「かごめは私よりもずっと若い妖怪…でも、彼女を見ていると、今まで自分が何をやってきたのか、自分のこれまで振る舞ってきた姿が心底嫌になってくるんです。
それなのに…」
-いい加減…付き合い長いだろ…。
信じてあげるさ…頼りにしてる、から…!-
-話してくれ。
文、お前幻想郷で何があったんだ?
ここまでしなきゃならなかった…あのアカギに対しても一歩も引かず啖呵を切って見せた、気丈なあんたが泣かなきゃならんほどのその理由を-
「嬉しかった…何時だって彼女は私の良いところも悪いところも受け止めて、応えてくれた。
この戦いで命を落とせば彼女にはもう二度と会えなくなるのは辛い…でも、此処で知らん顔をして逃げたら、私は今度こそ彼女にあわせる顔なんてないから…だから…!」
「……そうか」
神奈子は…その少女に歩み寄り、しっかりとその体を抱き寄せる。
「だったら、もう帰れとは言わない。
あんたの力…頼りにさせてもらうよ、文!」
「……はい!」
そして…天狗の少女はその戦火の中へと飛翔する。
己の誇りをかけて戦うために。
-Mirrors Report of “Double Fantasia”-
その3 「戦うべき理由」
にとりの工場を護る河童や猩々達の混成軍を指揮しつつ、防戦一方の諏訪子と穣子。
その中にははたての姿もあった。
「畜生…数が多過ぎる!
地の利がこっちにあるとはいえっ…!」
その包囲網を飛び越え蛇のような魔物が、それに呼応して軟体に多数の目をもつグロテスクな魔物が地面から湧きあがり、諏訪子めがけて殺到する。
「やらせるもんですかッ!!」
離れた距離から穣子の放った大地の気の塊が、魔物たちを吹き飛ばす。
「ちょっと、油断してるんじゃないわよカエル!
ちょっとチカラが強いからっていい気になってた結果がこれじゃ、様ないわよ!」
「じゃっかあしいこの芋神!
でも今のは一応礼いっといてやらあ!」
悪態をつきあいながら、穣子と諏訪子は背中合わせにポジションを取る。
「…どうすんの?
すっかり囲まれちゃったし、段々戦闘不能者が増え始めてる。
土地神のあんたでも、まだ完全に馴染きったわけじゃないんでしょ?」
「けっ、あんたに心配されるようになるとは私もヤキが廻ったかね…。
でも、仰る通り。
あいつらの気が山を侵食し始めてる…にとりの準備さえ整えば、秋神社(あんたの本拠)に引いてある程度は体勢が立て直せるけど…!」
苦渋の色を濃くし始める二柱。
そこへ、血相を変えたはたてが戻ってくる。
「河童の第一大隊、猩々の第一第二遊撃隊共に壊滅したよ!
それぞれ生存者を糾合して、こちらに還ってくるけどっ…!」
「ちっ…とうとう崩れたか!
…おい谷河童!準備はまだ整わんのか!!」
「ごめん諏訪子さん!
あと二十…ううん、十分でいい!何とか持ち堪えて!!
…このツールが完成して、然るべき神格に持たせることさえできればっ…だから!」
工場の中では、にとりが数名の河童に檄を飛ばしながら応える。
「もったいぶって…一体どんなものをこさえてやがるんだあの河童は…!
はたて、悪いがもうひとっ飛びしてもらえるか?
神奈子の野郎に、あと十分持たせたら秋神社まで引くって…!」
「解ったわ!」
はたては飛び立とうと大地を蹴る…そのとき。
「…っ!
きゃああああああっ!?」
突如乱気流が巻き起こって彼女の道を阻み、その体をしたたかに地面へ叩きつける。
「…はたて!?」
「気にしている暇などあるのですかな?」
駆け寄ろうとした諏訪子は気配を感じ、後ろへ飛び退く。
其処に影の爪が通り過ぎ、大地をえぐり取る。
(…シャドークロー!?
いや、これはまさか…!)
「あうっ!!」
その影の手がはたてを掴みとり、凄まじい紫電を発して彼女を締め上げる。
(侵略者の名はエクスデス…だとすれば…体力を極限まで削りとり動きを封じるデスクロー!)
「…我がデスクローに捉えられたが最後、動くことも抗うことも許されず恐怖に震えながら緩慢な死を待つのみ。
そして!」
「この野郎…よくもっ!」
穣子の放った弾幕が現れた人影を襲う。
しかし…それは届くことなく、バリアのようなもので阻まれてしまっている…!
「成程…大した力だ。
だが、このマイティガードの前では涼風も同然」
「嘘っ…!?」
「ちっ…アポカリョープスかこいつは…!
なんか呼ばれたッぽい気がしたから嫌な予感してたけど…!!」
豪壮な極彩色のマントを羽織った、初老の男性を思わせる風貌の魔物が「ほお」と呟く。
「名乗った覚えはありませんが…いかにも、私はエクスデス様に使える十二の死徒がひとり、アポカリョープス。
そして」
アポカリョープスが右手を振り上げると、俄かに大地が鳴動し、球体のような体に一つ目、無数の触手を蠢かせる巨大な魔物が出現する。
「…彼は言葉をもたぬ故、代わりに紹介しよう。
同じく十二の死徒がひとり、カタストロフィー。
短い間ですが、お見知りおきを」
「な…何なのあいつら…。
それにあんた、どうしてあいつのことを…まさか」
「勘違いしてもらっちゃ困るね。
元々エクスデスって奴も、目の前にいる連中も、私が外の世界でやったことのあるゲームに出て来た魔物さ。
…成程、早苗じゃないけど、こんな連中と出くわす事になるとなれば常識の一つや二つ投げ捨てたくもなる…!」
「私の魔法は決まった形をもたない。
見たところ、あなた方は神格か、それに相当する者とお見受けする。
言うなれば同質の力をもった者同士…いえ、ただでさえ力の差がある上に消耗しているあなた方と私を比べるのもナンセンスか…!」
「けっ、逆上せあがるな!
この私達があんたみたいな下っ端に簡単にやられると思ったら大間違いだッ!」
諏訪子は飛翔する。
続けて空へ飛ぼうとする穣子を、諏訪子は制する。
「穣子、あんたは飛ぶな!
そのカタストロフィーって魔物、誰か一人でも地を離れていようとすれば、地面にたたき落としたくなるクセがある!」
果たして、諏訪子の目論んだ通り、カタストロフィーは怪しい力を放ち始める。
穣子は急に、自分の体が何倍も重くなったかのような錯覚を受ける。
「これは…!」
「…よし、いい子だよ…思った通り!
こいつは地震の力を使いやがる!私やあんたは平気でも、此処でそんなもんぶっ放されたらにとりの工場もはたてもヤバい!
私が飛んで引き付けるから、穣子は攻撃を!」
「…ほう、理由は知らんが彼の性質を知っているというのか…。
だが…甘いですな」
再び飛ぼうとした諏訪子を、アポカリョープスが放った風の帯が捉えて叩きつけた!
「諏訪子ッ!」
「(しまった…さっきはたてを撃ち落としたのは
「そのような小細工をさせぬ為に私が彼と行動を共にしているということだ!
カタストロフィー、アースシェイカーで薙ぎ払うのです!!」
カタストロフィーが凄まじい力を放つ。
大地は急激に隆起を繰り返し、地震の高波が動けぬはたてを巻き込みながら諏訪子達へ迫る。
(くっ…避けられない…それに…!)
諏訪子は背後の工場を見やる。
その横に、重力から解放された穣子も並ぶ。
「…避けるわけにはいかないわね…!」
「そういうこった、此処は必ず止める!気合入れてかかるよ、穣子!」
「うん!
行くよっ、“オータムスカイ”ッ!」
「我に従え
“だいだらぼっちのの参拝”ッ!!」
「ふん…この私の存在を忘れるなと忠告した筈だろう!」
地震の波に、巨大な三角形の暗黒のエネルギー波が叩きつけられ一気に加速する。
(なっ…グランドトライン!?
ば、馬鹿野郎ッ…そんなのありかよっ!?)
(にとりの…にとりの工場だけは守らなきゃ!!)
ふたりはさらに弾幕を放ち、それでも止めきれずにエネルギーの余波を受けて吹っ飛ばされてしまう。
(くっ…相手知ってるからって…その常識にとらわれ過ぎた…!)
よろよろとおぼつかない足取りでなおも立ち上がろうとする諏訪子。
しかし、デスクローを受けた挙句超威力の地震を受けたはたてと、力を放出し過ぎた穣子はピクリとも動かない。
「…ほお…エクスデス様から頂いた「博麗の巫女」とやらの記憶では、もっと弱い神という印象であったが…。
成程、やはり現実には多少骨があるようだ…だが、最早戦う力など残っておるまい」
「…ちく…しょうっ…!」
「何を護っているかは知らんが…そんな希望などすぐに無に帰して差し上げよう。
この我々の攻撃を少しでも耐えきった者への最後の礼儀、遠慮なく受け取るがいい!!」
アポカリョープスのかざした手に、幾重もの青と黒の魔力が渦を巻く。
(そんな…まさかあれ…ショックウェーブパルサーとか言わないよな…!?
なんで5のボスが6や8の最強青魔法使えんだよ…クロスオーバーどころかこんなんタダの魔改造だろッ…!!)
「さあ、その儚き希望と共に消え失せろ!!」
その手から絶望の光が放たれる。
(早苗…神奈子…みんな…!)
諏訪子は動くことができなかった。
まるで蛇に呑まれる寸前の小さき獣の如く、光の中で微動だにすることなく。
だが。
♪BGM 「LEVEL5 -judgelight-」/fripSide♪
「…ブロントさんすらもうらやむこのタイミングでの登場、とはね。
さて、現れたからにはしっかりと役目を果たすとしますかね!」
何時の間にか、その姿が諏訪子の目の前にあった。
薄い蒼紫の髪を翻し、右手に無骨な大盾を、左手に三叉の鉾を携えたその女性が、一瞬だけ諏訪子を見やる。
そして。
「と め る !!」
「何だとッ!?」
構えた盾から冷気の防壁が生まれ、その恐るべき光を受け止め、四散させる。
諏訪子は言葉を失っていた。
彼女はいまだに、今起こったことが現実なのか、それとも消えゆく間に見た都合の良い幻なのか…そんな考えが彼女の脳裏を巡る。
だが…。
「間に合ってよかったわ。
立っているのが一人なら、ディバイドガードで十分に対処できる」
「…レティ…あんた本当に…レティなのか…!?」
応える代わりに、レティは小さく頷く。
「貴様…一体何をした!
我が魔法で最も威力があるこのショックウェーブパルサーを…!」
「あら、それで最大威力の攻撃とは笑わせてくれるわ。
私の知り合いには…もっとパワーのある弾幕を放てる白黒がいるわよ」
「おのれっ!!」
激高するアポカリョープスは、幾重もの火線をレティめがけて走らせる。
あの一瞬で冷気を放ったことで、炎の攻撃が有効と踏んだためであろう。
「…ポケモンの時ならいざ知らず…そんなモノが今の私に効くと思ったら大間違いよ!」
その魔力はレティまで届くことなく爆散する。
「ば…馬鹿なッ…!?」
「ふん、こんなちゃちな火花程度、赤龍のブレスに比べたらどうってことないわよ!」
「…ファイアガード…!
はは…まさにRPGの世界枠を飛び越えたヴァーリトゥード状態だな…!」
諏訪子はよろめく足を叱咤し、再び両の足で立ち上がる。
「何よ、あそこの穣子や天狗みたく、あなたももう寝てても構わないわよ。
その体じゃもう戦えないでしょう?」
「ぬかせ…ファランクスはガード性能高いが、攻撃力なんざほとんど持っちゃいないだろ…!
かといってポケモンの姿を取ったら火炎放射で瞬殺されんのがオチだ…!
あんたが守ってくれれば…私が攻撃に専念でき…」
諏訪子はバランスを失って片膝を突いてしまう。
その体を、レティはあいた左腕で支える。
「…大丈夫よ。
大切な妹をあんな目にあわされて…完全にぶち切れたあの子に任せれば」
丁度その視線の先。
そこにはもう一人、見慣れた神格が、力を失って倒れ伏した戦友の体を抱きしめ…動けぬままのはたてと、穣子の体を離れた木の方へ移し、立ち上がって振りむく。
その表情は…嚇怒。
「…許さない…!
よくも…穣子を…私の妹をッ!!」
諏訪子もその形相に息を飲んだ。
普段の穏やかな笑みを浮かべる面影はなく、これほどまでに怒りをあらわにする静葉を見たのは初めてだった。
「…私だってこいつらをタダで済ます気はないわ。
穣子はむかつくけど…それでも、私にとっては大切な友達の一人なんだから…!」
「レティ…静葉…!」
そして…レティの表情もまた…。
凄まじい威を放つ冬の妖怪と、秋の神と対峙し、魔物はわずかに足を引く。
「静葉…奴らの攻撃は総てこの私が通さない。
あなたは遠慮なく、奴らを八つ裂きにしてしまえばいい!」
「…ええ、アテにさせてもらうわよ。
来なさい…“秋桜”!」
緋衣の怒れる神がかざした手に、一振りの刀が現れ…彼女はそれを抜き放つ。
「ぬ…うっ!
カタストロフィー、奴らの動きを重力に縛れ!」
しかし、カタストロフィーはまるで金縛りにあったかのように動けずにいる。
この言葉持たぬ魔物は、完全にその威圧に気圧されているようであった。
「…チッ、この役立たずめ!
ならば、今一度このショックウェーブパルサーで…」
「遅いわよ」
一瞬の出来事だった。
瞬時に踏み込んだ静葉の剣が、魔力を集束し始めたその腕を瞬時にナマス斬りにする。
声にならぬ悲鳴を上げる相方に、ようやく我を取り戻したカタストロフィーが地震の構えを取る。
諏訪子が声を上げるより先に…そこにはレティが回り込んでいる。
「通さない、とは言ったけど、別に攻撃を打たせるとは言った覚えはないわよ?
…地震ってのはね…」
そのひとつ目が、驚愕に目を見開く。
「こうやって撃つのよ!!」
放たれ始めたそのエネルギーごと、レティの放った地震が黒き魔物を空中へとかちあげる。
「これで…」
レティはさらなる一撃を放つべく、背後の魔物に構えを取る。
「終いよッ!」
吹き飛ばされた黒い魔物を静葉が追う。
「大寒符“グラスパーオブウィンター”!!」
「秋奥義“天剣三尺・無月散水”ッ!!」
幾重にも放たれた秋神の剣がその黒き魔物を跡形もなく斬り裂き、絶対零度の凍気は悲鳴を上げさせる間もなく紅い衣の魔物を凍結させ、微に砕く。
まさに一瞬の出来事であった。
…
……
………
「これは…」
倒れ伏した穣子とはたての手当ても兼ね、にとりの工場に導きいれられた諏訪子達の目に飛び込んできたのは…仰々しい形のハンマーと、それを握る為と思われる機械の腕。
「うん。
私がかごめから見せてもらった、外の世界の「アニメ」って奴に登場した武器の模倣。
神格の神気を超重力エネルギーに変換して、発生した重力場により対象物を光子レベルで…」
「あー、御免にとりもう少し私達に解るように」
呆れながらレティが指摘すると、「ああごめんごめん」と悪びれた風もなくにとりは言い直す。
「つまり、神の力を注ぎ込まれたこのハンマーでぶったたかれた奴を跡形もなく消滅させる、すっごい最終兵器なのさ!
でも…これを今現在扱えるだけの力を持っているのは」
「……残念ながら私の力には対応していないようね。
私の力が使えるのであれば、何らかの共鳴現象を引き起こす筈」
「うん…このハンマーは、神奈子さんの指示で有事に備え、山の「信仰の力」を変換するツールとして作られたからね。
だから、これを扱えるのは穣子さん、神奈子さん、そして…」
「………早苗、か」
諏訪子の言葉に、にとりは頷く。
「多分、現状十全にこのツールの性能をフルに引き出せるのは早苗さんしかいないと思う。
…本当は河童たちも、山の妖怪たちも…天狗達だって皆、早苗さんの悲しみを理解しているんだよ。
でも…神奈子さんは早苗さんを外の世界へ逃がしてしまった。
その心を誰も責められないけど…でも、だからこそ天魔様は動くきっかけを見失っちゃったんだと思う。
文達の行動はきっと責められはしないだろうけど」
「水臭い連中だよ…そうならそうと言いやがればいいのに。
…でも、恐らく今更あいつらが動き出したところで、あれほどの力をもった魔物たちがいたら…!」
レティに肩を借りながら、歯噛みする諏訪子。
しかしレティと静葉は、
「その辺はまぁ…」
「…問題ないと思うわ。
私達がこの世界へ戻れたこと…その意味をもう少し考えてみて。
かごめと神綺の力で幻想郷に「凍れる時の秘法」をかけられていた間…早苗とて何もしていなかったわけじゃないということを」
「…!…じゃあ、やっぱり…あんた達が現れたとき一瞬感じた気配は…!」
頷く静葉。
諏訪子は反射的に外へと飛び出す。
戦いの気を発する守矢神社の空に…諏訪子は確かにその存在を確信していた。
「…早苗っ!」
………
……
…
♪BGM 「Meteor -ミーティア-」/T.M.Revolution♪
地上にいる満身創痍の神奈子や雛も…空中で受け止められた格好になっている文も、己の目を疑った。
「遅くなりました、皆さん!
あとは…私に任せて!」
微笑むその少女は、その記憶となんら変わるところはない。
しかし…その表情は強い決意をもつ者特有の力強さすら感じ、それが神奈子達に大きな違和感を抱かせている。
「さなえ…なの?」
戦慄くように文はその人物を誰何する。
緑の髪をポニーテールに束ね、自信に満ちた表情のまま早苗は頷き、そのまま神奈子達の傍へ降り立つ。
「神奈子様…只今、戻りました。
あとは、私が何とかしてみせる…!」
「早苗…あんた、いったい…?」
傷ついた文の体を受け渡され、神奈子は困惑を隠せずにいる。
「…私の弱いままの心では、足手纏いになるだけだと解っておられた…だから、私を強くするために、神奈子様は外へと送り出してくださったんでしょう?
私もまた…リリカちゃん達がアーモロードで戦っていたように…新たなポケモンの世界を旅していたんです。
私が…その世界で大切なことを見いだせるまで…一部の記憶に封印をかけられた状態で」
早苗はそのまま、神奈子たちに背を返し、空中に蠢く球体の魔物に対峙する。
ありとあらゆる攻撃に対応し、攻撃を反射する恐るべき魔物。
これが出現したことにより文の風も、雛の厄も、神奈子の嵐も総てはじき返され、妖怪と神格の混成軍もほぼ壊滅状態に追いやられていた。
捨て鉢になった文の放った捨て身の弾幕すらも受けないその魔物が放つ超高熱の嵐を、早苗はさしたる力も込めずに霧散させて見せた。
残った空の魔物たちが、球体の魔物を守護するかのように押し寄せて隊列を組む。
「私は…もう今までの私じゃない…!
だから……」
早苗は一枚のスペルカードを掲げる。
「今度は…私がみんなを護る!!」
一陣の風となり飛翔したその背に、御柱の砲台が飛来し、装着される。
その若き神めがけて、隊列を組む魔物が後続の支援を受け殺到する…!
「いけない…!」
文は再び飛び立とうとするが、戦いの最中深いダメージを負った足に激しい痛みを覚えてうずくまってしまう。
だが、彼女は再び信じられぬものを目にする事となる。
魔物の反対側から飛来する多数の影。
それは…天狗達だった。
-待たせたな山の神よ。
我らの心も決まった…今は危急存亡の時、総てのわだかまりを捨て汝らと共に戦おう!!-
「…天魔様…!」
-大天狗射命丸よ、汝の働き見事であった。
汝の勇気と心意気、しかと見届けさせてもらった…!-
立派な髯を蓄えたその長…天魔が、地上の天狗を睥睨する。
その目は穏やかな笑みさえ浮かべ、文は反射的に拝礼を取る。
-風祝の神巫女よ、露払いは我らに任せよ。
汝があの魔を討ち取らば、我らの信頼に足るものとして誰からも認められよう…!-
天魔は、驚く早苗に目を細めて頷く。
「…天魔さん…!
ありがとうございます!任せてください!」
群がる魔物を天狗の連隊が迎撃を始め、その間を縫って早苗は球の魔物へ迫る。
其処へ数匹の魔物が天狗の間を抜けて早苗へと迫る…!
「…集いし願いよ、連なる星と成り、光差す道となれ!
はあああああああああっ!!」
早苗の気に呼応し、御柱の砲門が四方へ照準を合わせ、一斉に火を噴く。
魔物たちは一瞬のうちに薙ぎ払われ消し炭となった。
しかし…球の魔物はそのエネルギーを吸収…否、偏向させて撃ち手めがけて反射する。
虚を突かれた格好で早苗が振り向いた先には、
「早苗さんッ!」
其処に割って入る影がひとつ。
それは、無意識異変以来守矢神社の居候となっていた小傘だった。
小傘の体はビームに捉われ…いや、そう見えたのは魔物が放った己の体の一部。
そのまま小傘は魔物の体へ引き寄せられ、吸収されてゆく…!
「小傘ちゃん!?」
「なっ…あいつ、小傘を…」
「飲み込んだ…どうして!?」
-くくく…お前たちのことは総てエクスデス様から教わっている。
エクスデス様が得られた博麗の巫女、そして郷の賢者の記憶は、この下級妖怪とその巫女の間に強い絆があると言っている-
驚愕する面々を余所に、小傘の声が響く。
否…恐らくは、声を持たぬその魔物が、取り込んだ小傘を介して自分の意思を言葉にしているのだろうと、すぐに気付いた。
-自己紹介が遅れたが…私の名はオズマ。
エクスデス様に仕える十二の死徒がひとりにして、その筆頭を任されている-
-成程、元々秘めていた力の上にどのような力を身につけて来たかは知らぬが…貴様は強い。
だが…私の体はありとあらゆる攻撃を偏向し、はじき返す。
直接攻撃まではどうにもならぬが、この下級妖怪を取り込めば貴様は私を攻撃できまい…!-
「くっ…卑劣な…!」
「…力の差があることを誇示した上で、その上で絶対的な優位を取ること自体間違っちゃいないさ。
これは…あいつらとあたし達の戦争だ。
奴の美意識に反さぬのならば、迷わず使ってくる筈。
だが、私達を取りこんでも却ってタダでは済まないと踏んでのことだろうよ…迂闊だった…小傘も一緒にかごめに預けてしまうべきだったな」
苦笑しながら歯噛みする神奈子。
-さあ、絶望に打ちひしがれるがいい!
私のフレアスターで焼け死ね…だが、その体が残る程度に加減はしてやらねばならぬ、故に苦しんで死ぬことになるだろうがなあ!!-
その球状の体に凄まじい熱量が集束する。
そのとき…神奈子が戦いの最初から何の意図か装着していたインカムがけたたましいアラーム音を放つ。
-話は聞かせてもらったよ、神奈子さん!-
「…にとりか!」
-諏訪子さん達と…静葉さんやレティがあいつらのボス格をやっつけてくれたお陰でやっと通信電波が復活したよ!
例のモノ、調整完了したよ!
そっちには早苗さんがいる筈だ、早苗さんの力ならこいつを絶対に使いこなせる筈だよ!!-
「八坂様…どういうことです!?」
怪訝な表情で問いかける雛に応えず、神奈子はにとりにさらに問いかける。
「…にとり、そいつはちゃんと元ネタ通りになっているんだろうな…!?」
-ばっちりだよ!
諏訪子さんの言葉が確かなら、早苗さんが扱いを心得ている筈。
誰か取り込まれてる奴がいるんだったら、キャプチャーツールがあるから問題ないよッ!
あとは…神奈子さんの承認と、早苗さんの気持ち次第!!-
「…了解だ…!
早苗、聞こえるか!
にとりの奴が完成させた「Gツール」、そいつを使えば何とかなる筈だ!!」
「…!
Gツール…確かに、それがあれば…でも…!」
「早苗、あたしは…あたし達はあんたの勇気を信じる!
小傘を救い、奇跡を起こして見せろッ!!」
「はい!!」