♪BGM 「Violet」/パーキッツ♪


永い永い夢の終わりが近づいている。
あたしは、暗闇の中一人で眠っている。


不思議と嫌な気分ではなかった。
これまで、恐怖と苦痛でしかったその闇は、今はまるで、赤ん坊をあやす揺り籠のようで。

そこに、光が差し込んでくる。
見覚えあるシルエットは、やがてあたしも良く知るそいつの姿になる。


天主MZD。


多分こいつが、総ての始まり。


「よう、気分はどうだい」

少年の姿をしたそいつは、普段と変わらない調子で話しかけてくる。
普段ならぶん殴りたくなるようなそいつだけど…それよりも伝えておかなければならない言葉が、あったような気がする。

「…悪くはないよ。
そうだね…ずっと入院生活してたのが、やっと退院できるってそんなくらいかな」
「そうか、なら何よりだ」

あたしは多分、普段と同じような表情でそう返したんだと思う。
いつも通りの、何処か他人を食ったような顔のそいつが、不意に表情を曇らせる。

「…今まで、済まなかった。
俺は、お前を利用した分、お前にどう思われてしまっても仕方ないと思っていた。
お前の苦しみを知っていながら、俺はただ見ていることしかできなかった。
腹いせに消されちまっても、仕方のない事だと思っていたよ」
「やめてよ、そういうの。
もういいじゃない、気にしなくたって。あたしはこうやってまたおめおめと生きていく気になれたんだ。
それに…謝らなきゃいけないのはあたしの方…ううん」


そうだ。
あたしには感謝しなければならない事が、いっぱいあるんだ。



あの日…メリーを庇って喰われてしまったあたしは、そのまま永遠に動かない時間の中で囚われたままになるはずだった。
同じようにして囚われた多くの魂の中で、あたしは運良く、3人の少年に助けられた。


一人は、後に「生を司る者」と呼ばれる少年。


もうひとりは、後に「死を司る者」と呼ばれる少年。


最後の一人が…後に「天主」と呼ばれる、この目の前の少年。


こいつらにどんな思惑があるにせよ、あたしはもう一度メリーとめぐり合うチャンスをもらった。
永い永い絶望の時間の中で、あたしはメリーの名前を忘れてしまってはいたけど…それでも「大切な友達」ともう一度めぐり合いたいという想いで存在し続けてきた。

「永遠のカケラ」への恐怖が死を…消滅を選ぶことを自身に強要しながら、それに抗った力の源。


それは、何処かに存在を確信していた「あたしの最高の友達」にもう一度会いたいという想い。



「大切なモノは、見つかったんだな」
「うん。
あんたには感謝してる。
だから…もうしばらく、この世界でゆっくり生きることにしてみるよ」
「そうか。
だったら…俺から重ねて何か言うのも無粋かもしれないな」

少年は踵を返す。


「今度、俺からホワイトランドにお前を招くよ。
色々、話したい事もあるからな」
「うん」
「それに…そろそろ起きるなら起きとけ。
みんな、お前を待ってるんだからよ」


余計な御世話だ、そう言い返そうとした途端に、光は強くなっていく。
心地よい眠りから、あたしは現実の世界へと…これから自分が生きていく世界へと立ちもどっていく。





-Mirrors Report of “Double Fantasia”- 
エピローグ 「此の果てしない大空に誓う」




〜射命丸文の手記より〜

あの戦いが終わって、家に戻ってきたかごめはそれから丸三日、目を覚ます事なく眠り続けていたといいます。
よく「死んでいるかのように」という形容がされるような静かな眠りではなく、何処か嬉しそうな、安らかな寝顔だったそうです。

彼女は何事もなかったかのように起きあがると、様子を身に来ていた娘のつぐみを思いっきり抱きしめたそうで…これまで、親子でありながらどこかあと一歩踏み込んでこれなかったようなそんな様子はなく、些か愛情過多にも見受けられるような様子だったそうですが…。

私はと言うと、情けないことにあれから一週間近く、ベッドからはロクに起き上がれない状態で…椛に付きっ切りで面倒を見てもらうような有様で、ようやく歩くに支障が出ないくらいまで回復するより先に、私よりひどい怪我をしていたはずのはたての見舞いを受けてしまう有様ですらありました。


幻想郷の被害も決して小さいものではなく…山や里を中心に、人間・妖怪共に多くの犠牲者を出しました。
私達天狗も、三割近くがあの戦いで帰らぬ者となりました。
あれだけ無茶をやった私がこうして生きているのも、幸運だったのでしょう。

けれど、残された者達は彼らを悼みながらも、決して立ち止まってはいません。
自分の矜持を取り戻した少女達の想いを受けた者達は、同じように力強い意志を持って、新たな世界を生きるべく前に歩き始めている。


そう、かごめたちのように。







戦いからひと月が立とうとしていた。

最後の最後の局面で、倒壊していた神社に止めを刺した比那名居天子は霊夢に半殺しの目に遭わされた後、無償で神社再建をさせられることになった(しかもまた別荘の仕込みをしようとして霊夜にぶん殴られた)が、半月も経つ頃には神社もほぼ元通りになっていた。
当然、半分崩壊した起動人形もアリスの手により回収されたが、それもどうなるかのめどが立たないまま、マーガトロイド邸の地下に収蔵されたままになっている。

そして神社のささやかな落成式が行われたその日、何を思ったか、霊夢の呼びかけで戦勝会と言うべきものを神社で開くという話になり、その準備が進められていた。


「これから、色々と忙しくなりそうね」
「あ、あの…紫様。
その、よろしいのですか?」
「何が?」
「いえ…何がって」

八雲の邸…これまで幻想郷と外の世界の狭間にあったとされるその建物は、今では妖怪の山の一角「マヨヒガ」と呼ばれるその場所に、不可視の結界を張られた状態で存在している。
その一室で、パソコンで何やら作業をしているらしい主に、藍は何処か遠慮がちにそう問いかけるが、当の紫は気にした風もなく、飄々とした態度でにべもなく返す。

とうとう藍も言うべき言葉を失くしたと見えて口をつぐんでしまうが、紫はそれを察しているのか悪戯っぽい表情で笑う。

「…元々ね、私達の関係ってこんな感じだったのよ。
私は留学生だった以上に内向的だったから、一人で部屋に籠って大人しくしてることも多かった。
それこそ、蓮子がなんだかんだと理由をつけて引っ張り出してでもくれなければ、出かけることもあまりなかったわ。
…もっとも、今だってそんなに変わってないかもしれないけどね」
「そう…なんですか?」
「ええ。
それがいつの間にか当たり前になって…私は最初の頃こそ戸惑ってばかりだったけど、そのうち、蓮子が私を連れ出してくれるのを楽しみに思えるようになってきて…今日は何処へ連れて行ってくれるんだろう、どんな景色を見せてくれるんだろうって。
でも……私から、あの子の所へ行った事は数えるほどしかなかった」

藍も少しだけ気づけたような気がしていた。

紫がやっていることも、恐らくは今回の顛末を記録として残し、今後の対応策を練っていることなのは確かであろう。
だがそれ以上に、紫はきっと待っているのだ。


遠い昔、そうであったように…「彼女」が自分の元を訪ねてくるのを。


藍は紫の手を引く。

「…藍?」
「行きましょう、紫様。
もう、私達も昔とは違う…切欠はなんであれ、普段と違う事をやってみることだって、たまにはいいじゃないですか

でも、と少し寂しそうに眼を逸らす紫の手を強引に引き、立ちあがらせて続ける。

「きっと、彼女も待ってると思うんです。
天狗の話では、八意永琳の言いつけで絶対安静を申しつけられているから、ひどく暇を持て余してるそうです。
…いいじゃないですか、たまには。あのしたり顔を、鳩が豆鉄砲を食ったような表情に変えてみるのも」

紫はその言葉に目を細め…頷く。


「そうね…あなたのいう通りだわ。
でも」
「解っています、私も一緒に行きますよ。
ちょっと待ってくださいね、今、着替えをお持ちしますから」





「ヒマだなあ」

縁側のすぐそばの一室で、彼女はこの日何度目か解らないそのセリフを口にする。

藤野家のその部屋は本来客間であり、かごめの部屋は奥座敷になるのだが…これまでの戦いに次ぐ戦いでぼろぼろになった身体は全治半年、最低でも二カ月は絶対安静という八意永琳のいいつけで、かごめの定位置は今日もその蒲団の上だった。
もう初夏の足音が聞こえてきそうなその空気の中、全身至る所に包帯と湿布があしらわれており、見た目こそ痛々しくはあったが当人はすっかりヒマを持て余していた。

「なあさな姉、あたしゃ何時までこうしてればいいんだ?
いい加減こんなことしてたら身体が腐っちまうよ。いい加減好きに歩きまわっても構わんだろ?」
「ダメよかごめちゃん。
あなたはこれまでが、どうしてあんなに動き回れてたのが不思議なくらいの重体だったのよ。
あと一カ月はそうして寝ていなさいって、先生からも言われてるじゃない」
「バッカ言え、いくらなんでもメシとトイレ以外に起きあがってもいけないとかそこまでも言われた覚えねえよ。
それにもう、ひと月くらい酒を飲んだ記憶もねえしなぁ」
「それもダメよ。代わりに私が美味しく頂いてあげてるんだから我慢なさい」
「おいこらふざけんなこの茶巻髪! つかてめえひとの酒蔵からどんだけ勝手に持ち出してやがるんだよおい!!」
「あーほらほら興奮しちゃだめよ〜」

起きあがろうとするかごめを無理矢理布団に押し付ける紗苗。
そこへ、一人の兎耳の少女がノートパソコンを持って姿を見せる。

「お休みのところ失礼します〜。
かご…いえ会長、ヒイラギ社長から連絡が来ているのですけどー」
「んあ?
あたしは絶対安静の身なんだから後にしてくれって伝えろよ」
「あらダメじゃないかごめちゃん、仕事は仕事よ話だけなら寝ててもできるじゃない」
「…てめえこういう時ばかり独自の理論振りまわしてんじゃねえよ、嫌がらせか」

かごめは少女…鈴音(レイセン)からパソコンを受け取り、寝転がったまま映像通信をオンにする。
そこには、かつてギンガ団の幹部の時の様な前衛的な髪型ではない…スーツをしっかりと着こなした青髪の青年の姿が映し出される。

『…ご機嫌麗しゅう、会長殿。
 鈴音君からは相当の重体だと聞いていたが、元気そうじゃないか』
「見張りもいて酒すらロクに飲ましてもらえないから正直そろそろどうにかなっちまいそうなんだがな。
サターンよ、いったい何があった? またマーズのアホ辺りがなんか仕出かしたのか?」
『そうじゃないさ。
 一応、あなたは公団の顔とも言うべき方だ。職員一同を代表して、慰問の連絡を送るのも筋かと思ったのでな。
 あのふたりなら問題はないさ、まあ確かに、マーズはジュピターと違って感覚的に動くからどうしてもラフプレーは目立つが…今のところは、な。今は仕事に出てもらっているが、その内またバトルを挑みたいとか言っていたぞ』
「やれやれだねえ。
……済まないな、元々公団の立て直しはあたしが申し出たことなのに、こんなことになっちまって」
『気にしないでくれ、これまで十分過ぎるほどあなたは力を尽くしてくれただろう。
 礼を言うのはむしろ私達の方だ…アカギ様がいなくなってから、目指すべき者を見失った我々に新しい存在意義を与えてくれた。
 あの方の理想は行き過ぎていたが、それでも、それが総て間違いではない事を…あなたは十分に示してくれた。私はそう思っている

そうか、とかごめは目を細める。

『河城君達のプロジェクトも、実用化段階まであと一歩のところまで来ている。
 動けるようになったら、一度検分しに来てくれると有難い』
「解った、楽しみにしてるよ。
あと「破れた世界」っていうか…ギラティナの方はどうなった?」
『ナナカマド博士の協力もあって、概ね五割ほどまで解析が進んでいるが…こちらはまだまだ時間がかかりそうだ。
 この研究が進めば、また新たなポケモン進化の謎が解明されるかもしれないと博士も仰っていたよ』
「そうかい、じゃあそちらも今度連絡取れるまでに現状の進捗分だけでもまとめてもらえれば助かるな。
じゃあ、済まんがよろしく頼む」

通信を切り、一息つくとかごめはレイセンを労い退出させる。
彼女は紗苗に支えられて半身を起したまま、外の風景を眺めている。


初夏の緑に萌える庭と、夏の近づきを示す強めの陽ざし。
寒冷気候のスノームーン周辺地域において、そこだけが四季の豊かな自然を映し出す不思議なその場所で、既に百年以上も見慣れた筈のその景色が、かごめにはまるで初めて見るような美しい景色に見えた。

「あったかいな…ここ」
「…これが、あなたが生きていくことを選んだ世界よ。
あなたが…きっと一番欲しかったモノ

かごめは一度目を閉じ…瞬きした次の瞬間、彼女が目の前に立っているのに気付く。


その姿は…遠い記憶の中に残るその姿で。


「…メリー…?」


彼女は幾度も眼をこすって凝らすが、その姿は紛れもない、遠い記憶の中にあった親友の姿そのままだった。
その姿が、ゆっくりと自分のそばに近づいてくる。

「いつもは…逆よね。
あなたが私を連れ出しに来てくれたわ。
…でも、こんなときですもの…たまには、私から」

何処かはにかんだような、その笑顔で微笑みかけるその姿に、かごめはただ茫然としたまま動けずにいた。

「ふふ、どうやら私はオジャマ虫みたいね。
紫さんも藍さんも上がって…私、お茶を入れてくるわ」
「ああ、それなら私も手伝うよ」

藍はそそくさとそこから玄関側へと姿を消し、紗苗も部屋を後にする。
その場に残されたかごめと、立ちつくしたままの紫の間にしばし沈黙が支配する。

それから、どのくらいの時間が経っただろうか。


「何時までもそんなところに突っ立ってないでよ。
ったく…あの連中こういうくっだらないことにばかりよく気が利くんだから」

苦笑するかごめは立ち上がろうとする…が、まだ覚束ない足ではうまく立ち上がることができないのか、バランスを崩してへたり込んでしまう。
紫は慌ててその身体を抱きとめた。

「…まだ、無理してはダメよ。
ずっと寝てたのですもの、いきなりうまく立てるわけなんてないわ」

困ったように笑うその顔に、同じような表情で笑うかごめ。
紗苗がそうしたように、今度は紫がその身体を支えながら傍らに座る格好になった。

しばしの沈黙の後、かごめはゆっくりと口を開く。

「夢を…見てたんだ、ずっと。
ずっと昔…メリーと一緒に過ごしてきた日々の事。
…もう、頭の片隅にもずっと残してなかったようなことなのに…初めて会った日の事とかも、まるで昨日あったことみたいに、はっきりとわかったんだ」
「私は…ずっと忘れてなかったわ。
日本語もまだ少ししかしゃべれなくて…それでもあなたは、同じゼミを受けてるからって理由で、大して得意でもない英語で身ぶり手振りで…自分から居酒屋に連れ出してくれたくせに、さっさと飲んでつぶれてしまったのよね。
あなたのアパートが解らないから、仕方ないからうちへ連れ帰って…リビングで盛大に戻してくれたわよね」
「そ、そういうのは忘れてくれよ」
「忘れられないわよ、忘れたくても。
あなたは仲間内でもムードメーカーだったけど、私にとってはあなたしかいなかったわ

紫は寂しそうな表情で目を細める。
かごめは頭を振る。

「あたしだって、わりと無理はしてたんだよあれでも。
寂しいのって、ダメなんだ。だからいろんな子と話してさ。
家に帰ってひとりぼっちでいるのが、とても怖かったんだ…だから
「うん…今ならきっと、解る気がする。
結局、似た者同士だったのね、私達

そうだね、とかごめはつぶやく。
そして、一息ついて告げる。


「ありがとう、メリー…ううん、紫。
ずっと…待っててくれて。
ずっとずっと、あたしの事を探して…守ってくれて。
それと…あんたの方から遊びに来てくれて。あたし…すごくうれしいよ…!」



言葉は、それ以上続かなかった。
長い時を経て、ようやく互いの傍に戻ってこれた二つの影がひとつになるのを、部屋の外から紗苗と藍も目を細めて見守っていた。





♪BGM 「行進曲"虹を越えて"」/片岡嗣実♪



「ったく…リハビリっつーにはいささかきつい階段登って来たって相手をいつまで待たせんだ」

固く閉ざされたその門の前で、呆れ顔の彼女はそう悪態を吐く。


紫の来訪から数日後。
ようやく外出許可の下りたかごめはその日…天界門の前にいた。

あれから間もなく、今回の「異変」に関わる事務処理を終えたらしいポエットが持ち帰ったのは、MZDからかごめ宛ての招待状であった。
その頃にはかごめは、ようやく立って動ける程度までに回復し、彼と夢で交わした約束を果たすべく、その場へとやって来ていた。


しかし…門は一向に開く気配もない。


「にゃろう…快気祝いの景気づけに一丁ふっ飛ばしたろかこんな門」
「ちょちょ、かごめさん落ちついて落ちついて」

背後で呆れたようなポエットの声がして、振り返るとそこにはポエットだけではなくルーミアの姿もある。

「なんでえあんた達いたんかい。
つーかもう今更の話の気がするけどさ、お前らン所のトップは一体何考えてんだ?
いくらあたしでも呼びつけた相手が来たってところに避客牌ぶら下げるような嫌がらせはせんぞ」
「もー、そうじゃないってば。
かごめはまだ十分に回復しきってないだろうから、私達が連れてこいって話だったんだよ」
「そーですよ。
うちに行ってみれば紗苗さんしかいないしまったくもー…あの人も解っててやってるっぽいですしねえ」
「ま、毎度のこったなそれも。
あたしも話に聞いたことしかねえが、お前らしかこの門開けられねえんだろ?
とりあえず待ちくたびれたし、さっさと入れてくんないかね?」
「あー、はいはい了解しましたよっと。
本当はこの門、人間と天使と妖精以外で通るの、かごめさん達が初めてだからちょっとした歴史的瞬間、ってところなんですけどねー

困ったように笑いながら、ポエットとルーミアが手を触れると…その門が厳かに口を開ける。


その目の前には…かごめにも見覚えのある「理の女神」シグマを筆頭とした、幾人かの大天使。


「…「理を説く者」シグマ、「聖剣士」イリス、「天界庭園の小公女」フローラ…「天の熾火」フレーム。
四大天使込みの天界執行部勢揃いで送迎ときやがったか。
なんだ? あたし一人相手に天界総出で戦争でも吹っ掛ける気か? 今は買ってらんねえぞそんな喧嘩?」
「ポエットの言葉を繰り返すつもりはないが…まったく、天界始まって以来の事に関わったというに、相変わらずだなお前は。
だが、だからこそ「らしい」というべきか」

かごめの言葉を咎めるでもなく、こちらもポエットと似た呆れ顔を張り付けているシグマ。

「安心しろ、貴様相手に喧嘩を売るには、これでも手が足りんどころじゃない。
…それに、貴様と色々話をしてみたいと思っているのは、何も我らが天主のみではない…ということだ
「もっとも、今回あなたは天主様のお客様であり、私達は単なる出迎えに過ぎませんけどね。
私とフレームはそのうち、下界にて少しお仕事を戴けるようですし、その時にでも」

炎の冠をかぶった黒髪の天使…フレームと、その双子の姉で四大天使の一角を成す、四葉冠をかぶった少女…フローラがそう、笑いかける。

「えっあんたら来んのかよ。
なんかポケモンにでもなったらロクな姿になってなさそうだよな…くっそ、あの腐れ神そんなによってたかってあたしを叩きのめしてえのか」
「まあまあ、立ち話もなんですし、そろそろ天主様もお待ちでしょうから」

騎士然とした鎧姿の天使…イリスがかごめをなだめつつ、一同を促す。



「よく来てくれたな」

天主の間…その目の前に、その二人が立っていた。

「懐かしい顔だね…犬さんも猫さんも、あたしが引退する前に仕事辞めちゃってたからね」
「僕達には「別の仕事」もあったからね。
こうしてここに来るのだって、僕らも何十年振りかだから」

屈託のない笑顔で、派手な道化師の如き衣装を纏う青年が笑う。

「ラジェと俺の真の役目は、世界の秩序の維持だからな。
正直、お前達と組んで芸能の仕事をしていた方が気が楽ではあったさ」

トナカイの角を生やし、重厚なコートを纏うその青年も、穏やかな口調で続ける。


道化の青年は“死の神”ラジェ、コートの青年は“生の神”エッダ。
天主MZDと共に「三冥神」と呼ばれ、幻想界を含もこの世界を生みだした存在。


そして…かごめを「永遠」の檻から連れ出してくれた少年達。


「不躾に思えるかもだけど…僕らからはもう、重ねては何も言わないよ。
MZDが散々、しつこく言ってきたとか言ってたし。
かごめちゃんがそういうのあんまり好きじゃないってことは、僕らだって知ってるしね」
「だが…それでも、お前には感謝しても感謝しきれない。
もし、今後何か困るようことがあったなら、遠慮無く言ってくれ。
俺達にできる範囲の事であれば、協力は惜しまない」
「ったく…相変わらず固いよ猫さん。
それに、感謝しなきゃならないのはあたしの方なんだからさ…もしヒマだったら、今度うちにも遊びに来てよ。
あたしが詩人やってた頃と、あの家はほとんど変わってないからさ」
「でしたら、タイマーさんやユーリさん達も呼んで、いっそあの当時の総合芸能のメンバーで同窓会とかもよさそうですねー」

ポエットの言葉に、そうだな、と頷くエッダ。

「とりあえず、今はMZDが待ってる。
今君らは、彼のお客さんだ。僕らであまり長々と引き留めるわけにもいかないから」
「奴も…お前の友も、待ちくたびれてるかも知れん。
行ってやってくれ」

ふたりの言葉と共に、その行く手にそびえる最後の門が厳かに開く。



淡い光のカーテンの中、かごめとふたりの天使は歩みを進める。
開けたそこに、小さな白いテーブル。

そこに座る、少年の姿をした天主と…かごめの大切な友の姿がある。


「やはり、遅れて来たわね
もっとも、今日呼び出したのはあなたではないけれど」
「俺が知ってる限りでも、こいつはこういう奴だからな。
芸能の仕事をしてても、やれ職員室に呼ばれた、家に忘れものしたといってはライブのギリギリまで会場入りしないなんて日常茶飯事だったぜ」
「煩いよ全く」

窘めるような、呆れたような二人に、かごめも苦笑いで応えて席に着く。
そして、控えていた天使からカップを受け取り、それに一口つけると…かごめは感慨深そうに口を開く。


「……あたしもさ、正直こんな日が来るなんて、思っても見なかった。
失くしたものはもう戻ってこないけど…けど、代わりにいろんな、大切なモノを見つけてこれたんだって…。
みんなのお陰で、それを失くさないで済んだんだって…こんな近くにあったのに、ずっとそれに気付けなかったなんて、あたしも大概馬鹿だよな」
「それはきっとあなただけじゃないわ。
自分の足元が今どうなってるかなんて、私にだって解らない。
私だって…ずっといろんな子達に恨まれ疎まれてきただけかと思ってた」

紫もまた、何処か寂しそうな…そして、嬉しそうな表情で続ける。

「あれから…私の所に文(ふみ)が訪ねて来たわ。
そして…なんて言ったと思う?
自分はまだあなたに赦してもらえていない立場だけど…それでも、あなたが一番守りたかった場所を守ること…自分もその一助になれたでしょうか、かって。
あの子は…あんな態度を取った私の事も、恨んではいなかった…ずっと、私に命を救われた恩義を、あの子なりに強く持ち続けていた事を知ったわ。
それに、霊夢も」
「まったく…揃いも揃って不器用な奴ばっか、こうも雁首揃えて集まったもんだと感心するぜ。
だが、その集大成が今ここにあるとするなら…概ね、俺らのやってきたことは間違いじゃなかったんだなって、そんな気にもなってくる

MZDの言葉に、そうだね、とかごめも頷く。


「さしあたって…今度改めて戦勝会だな。
ようやくあたしも美味い酒が飲めそうだ」
「ったく、テメーはそればっかりだな。
酒の味覚えてから止まらなくなったって紗苗の野郎が呆れてたぞ、まあアイツも大概だが」
「まあ、いいじゃないの。
そんな大袈裟な理由は要らない…私達の関係も、そのくらいで丁度いいのかもしれないわ…けど」

紫は何処か悪戯っぽい表情の笑顔で、かごめの手を握り締める。

アリスや霊夢の後ろには、もう私は少なくとも必要ないみたいだわ。
折を見て、私達もあの子達の後ろから離れるつもりでいるの
…その時は」
「……………あたしに面倒見れってか。
まあ、別にいいけどさ」
「うふふ、そこにいるカミサマが証人だから、その言葉忘れないで頂戴ね」

そんな紫に溜息を吐き…そして、かごめは天井から広がる空を見上げる。


その空は何処までも蒼く、大きく広がっている。
何処にでもありふれたこの蒼も…それを見上げる自分も、数多くの想いと奇跡の果てにあるものだと今更ながらに実感する。


そして彼女は今一度、その言葉をつぶやく。


「ありがとう。
そして…今度は、あんたの番だ。
…必ず、あたし達で助けるから…だから…信じて待ってて…!」



(幕間終了)