♪BGM 「たったひとつの願い」/伊藤賢治(Romancing SA・GA Minstrel Song)♪


永遠亭の一室に通されたユルール達7人に言葉はない。
「永遠」の名に相応しくない、無機質な時計の音が、静寂の中に煩いほどに響いている。


「どうして…なんでしょうか」

どのくらいの時間が過ぎ去っただろうか。
最初に声を発したのは、ユルールだった。

「かごめさんは…ちょっと変わったところもあるけど…私達と同じ普通の女の子にしか見えないのに…。
どうして…こんなことになってしまったんでしょう」
「普通…か」

溜息をつくユーリ。

…でもね、あの子はずっと、自分自身が「普通の女の子」でいられる世界を探していたんだと思うわ。
創造神MZDがあの子を、自分自身を狂わせた「虚無の永遠」と戦うことを運命づけてしまいさえしなければ、きっとあの子は私すらも知らない時代で、ごく普通の女の子として生き…普通の人間として人生を全うできたのかも知れない」

泣き疲れて眠っているつぐみをあやしながら、寂しそうに笑う紗苗。

「でも…こうも思うのよ。
もしあの子がああでなければ…私達がこうやって出会う事もなかった。
幻想郷でも、あの子に救われた子もいっぱいいるって聞いてる…もし今のかごめちゃんがいなかったら、その子達は一体どうなっていたんだろうって」
「………私も………リリカやこいしやみとり…早苗も…かごめに出会って大切なモノを取り戻せたんだと思う。
でも…まるでその代わりに、かごめ自身が失われていく気がしてたんだ。
きっと、かごめ自身も自分の体がもう長くもたない事…知ってた筈なのに」

霧雨の降り始めた縁側に立つルーミアが、そのまま振り返ることなく言葉を続ける。

「私たちきっと、みんなかごめの事が好きなんだ。
でも…みんなかごめの為に何かしたいと思っても、かごめ自身が進んで無理をしちゃう。
口にはあまり出さないけど……きっとかごめも、今まで出会ったひと達のこと、みんな好きなんだと思うから。
大好きなモノを護るために、自分を捨てようとするから」
「だったら…だったらどうしてMZDはかごめさんをそのままにしておくんだよ…!
神様なんだろう…神様だったら、何でも出来るんじゃないか…あのひとをすぐに元気にすることだって!」
「神というものは、無暗に「ひと」の生き死にに関わるべきではないのよ。
それに…彼女自身、それを望んではいないから」

何時の間にか、そこには紫の姿があった。

「彼女は…かごめは私達が思っている以上に聡く…何よりも、彼女は「自分であること」を曲げない。
己の思うまま、感じるままに行動し、「自分という存在」が必要でなくなれば…「必要でないと思い込んで」しまえば、迷うことなく死を…「自身の消滅」を選んでしまう
もし私達と彼女が出会う運命が、「神」によって定められた運命だというのなら」

周囲の視線を介する事もなく、紫はゆっくりと縁側と歩いてゆき、其処へ腰かける。


「それはきっと…「彼女の居場所」を与える為だったんじゃないかと思う。
普通の少女として、一個の存在として、時に泣き時に笑い…生きていられる場所を。
そのくらい、これまで彼女は運命に翻弄され…「生かされ続けて」きたのだから」



振りかえったその表情は、愁いと悲しみに満ちていた。

幻想郷において「賢者」と称される彼女と、かごめとの詳しい関係を知る者にはこの場にはいない。
死んで後、白玉楼で長いこと生活を共にしていた筈の紗苗すらも、その関係について深く知ることはなかった。
彼女自身深入りしなかった事もあったたが…そこに一体何があったのかは伺い知れぬことであった。


紫は一度溜息を吐くと、再び言葉を紡ぎ始めた。

「MZDは彼女に言ったそうよ。
この遊戯を始めるにあたり、もう一人の「かごめ」となる筈だった少女を連れてくる、と。
本来そうなるかも知れなかったもうひとつの「かごめ」の姿を見せると」
「もうひとりの…?」
「そう。
でもそれは皮肉にも…道のりは違えど、結局は同じように仲間と強い絆で結ばれ、同じように強い意志をもって高みを目指すような「少女」となった。
ありふれた少女の姿を持ちながら、その魂の行きつく姿は結局同じものだった

「ちょっと…待ってよ。
それじゃあ…もう一人の「かごめさん」って、まさか…!」

頷く紫。


「そう。
それはあなたなのよ、ユルール」
「わた、し…!?」



思ってもみない一言に、茫然と呟くユルール。


「…私がその話を聞いた時、最初に連想したのはアリス…そして霊夢だった。
けれども…私にとっても予想外の出来事がいくつもあって…まず、神代の魔界で「聖母」と呼ばれたマーサの魂をそのまま持って生まれたアリスがその候補から消え…そして霊夢もまた、もっと別の者の生まれ変わりだと知ることになったわ。
…そうなれば、候補はもっと別のところに居ると…今回の件を見て、私もようやく確信できたことだけれども」

紫はゆっくりと縁側から立ち上がる。
そして、呆然とその様子を見ているままのユルールの正面へとやってくると、ゆっくりとそこへと腰を下ろす。

「これがMZDの想定外の出来事だったのか…その思惑通りだったのか。
かごめが会う者達の心を惹き、絆を結び始めたように…あなたも出会ってきた者、共に闘うことになった者達と強い絆で結ばれるようになっていった。
魔界神・神綺も言っていたわ。
特別な存在でもない筈のあなたから…かごめと全く変わらない、強い魂の力を感じるようになった…と

紫は僅かに微笑むと、ユルールの手を僅かに引き寄せ、優しくその手を取った。


「私は思うのよ。
きっと…MZDがそんな汚れ役めいたことまでしてあなた達を出会わせたのは…きっとかごめの為だったんじゃないのか…ってね。
…あの子は聡い子だけど…意地っ張りだから、きっと真意を告げても受け入れきれない。
多少穿った言葉を使ってでも…あの子が自分なりに答えを出して、受け入れる様に御膳立てをすることしか、私達にはできないんだわ。
あの子が……この世界に自分が居てもいいんだって思えるように


少女達に言葉はない。


文も思い返さずにいれなかった。
かごめは自分たちの心を受け入れ、その総ての支えとなってくれた。

しかし、自分たちはどうだっただろう?


当初から違和感は感じていたのだ。
かごめの心のその奥の一線を、自分たちは果たして越えた事があっただろうか…。


否、越えさせてもらったのかどうかを。


「……傍にいて、何十年も一緒にいたのに解らないことだってあったわ。
あの子は……決して弱さを見せようとしなかったからね」

紗苗の言葉と共に、その瞳から涙が零れ落ちる。

「私…わたしは…あの子が苦しんでるのを知ってて、何もしてやれなかったんだ…!
ただ、ただこれ以上傷つけないでいいように…そばで見守ってることしかっ…!!」


その頬を軽く撫でる手の感触。
驚いてその先を辿ると、つぐみが何時の間にか目を覚ましていた。

「大丈夫…大丈夫だよ、さなさん。
お母さん言ってた…さな姉がそばで何も言わないで、ずっと見守って来てくれたから…どんなに壊れてもまた立ち直ることができたんだって。
どんなに感謝しても、しきれないって言ってた…だから、何も出来なかったなんて言わないで…」

紗苗はその体をしっかりと抱きしめていた。


「私は…」

その光景を眺めるユルールが、誰に向けるともなく呟く。

「私達は、かごめさんに対して何ができたんだろう。
…どうしたら…あの人の心に近づく事が出来るのかな…?」

マタンがそっと、ユルールの手に自分の手を添える。

「ボクは思うんだ。
まだ知りあってそんなに経ってないけど…かごめさんはきっとそんな鈍感な人じゃないよ。
むしろ…きっと誰よりも、他の人のキモチに気がついているはずなんだ」


「あのひとはきっと…ボクたちが考えるよりもずっと、不器用で臆病なひとかもしれない。
みんなの気持ちはだれよりも理解できるのに、それに応える手段を知らないんだ。
でも……それでも無意識のうちに、それをさらけ出しちゃう時があるんだよ。
…だから、あのひとの心を受け取ったひとはすごい力を発揮したりする…さっきのチルノみたいに」




ポケモン対戦ログ(2010.7.19/7.20)
エピローグ 「それぞれの未来へ」




かごめはその後、永琳の懸命の措置もあり辛くも一命を取り留め、静養の為しばし永遠亭に留まることとなった。
話をできる状態ではなかったが…目を覚ましたかごめの、弱々しくあったが普段通りの笑みで差し出してきた手を、ユルールはしっかりと握りしめた。

吸血鬼の血を引く彼女の体温は、人間よりはるかに低いと聞いていたが、その手からは確かな熱を彼女は感じ取っていた。


本当のことを言えば、あの戦いの場でこの手を取りたかった。
お互いの総てを出し切ったあの戦いの場で、その極限の戦いの熱が彼女に残してくれたモノは、とても一言で表現できるものではなかった。

もし、自分が逆の立場であったら?
自分の命があとわずかだと知ったら、かごめのようにその戦いを受ける事が出来ていたのだろうか?


否。


それは相手がかごめであり、自分が自分であったからできたことなのだと、ユルールは思っていた。



(もっと)

歩く足に自然、力がこもる。


(もっとあのひとの傍に近づいてみたい。
 「わたし」という人間が行ける限りの場所でもいい…もっと、あのひとの心に近づいてみたい…!

その目の前には、巨大な門がそびえたっていた。


♪BGM 「Tree in Lake 〜消えたチチカカの木〜」/猫叉Master♪


ホワイトランド・天使の回廊と呼ばれる大階段を上った先にある天界門。
そこはポエット達天使が住まう、世界で最も高い場所にある、下界とを分つ境界線。

ユルールはあの後間もなく、ユーリを介してMZDへの面会を求め、その承諾を得た一週間後のこの日に天界を訪れていた。
その入り口であるホワイトランドの城下町までユーリに送ってもらい、あとは夜の眷属である彼の立ち入りが許されていないことから、彼女はひとりで長い階段を上り、その門へとたどり着いていた。


「お待ちしておりました、ユルール」

門のところに、馬頭の天使が一人立っている。
ユルールにも見覚えのあるこの異形の天使はリソス、今現在彼女と共に闘っている「理を説く者」シグマの補佐官を務める智天使の一人である。

「此度の件はすべて、我が主シグマ様からも伺っています。
天主MZDより、シグマ様も同席を求められております故、不肖ながら私が案内させていただくことになりました。
私の後に同道願いますよ」
「あ…はい、お願いします」

僅かに緊張した面持ちで深々と頭を下げるユルールに、リソスも僅かに苦笑する。
その異形の天使は彼女を促し、厳かに開く天界の門を潜っていく。



雲の大地の中、まばらに存在する建物。
それぞれ役割を持った天使達が、慌しく空を行きかう姿が見える。

ユルールが天界へ来たのはもちろん初めてであるが、思った以上にその世界はそっ気のない世界に思えていた。


「退屈な世界でしょう?」


不意にリソスがそう、彼女に問いかける。

「え?」
「天界は…神代の時代、かつて創世神MZDが「天主」と呼ばれていたその頃から…このような殺風景なところだったのです。
…かの方は「虚無の永遠」という敵を討つべく、その尖兵となる者に力のみを求めた」

呆気にとられるユルールを余所に、リソスは言葉を続ける。


「かの方が「心」を否定したのは、それが「虚無の永遠」の糧となってしまうから。
しかし…かの方すら抗えぬ運命が、それを許さなかった。
自身もまた、気の遠くなるほど遠い昔、「人間」であったあの方も…その大いなる意思を感じずにはいれなかった」


何時の間にか、ふたりは重厚な神殿の前へとたどり着いていた。
リソスはユルールをその中へ招き入れる。

「ユルール、貴女にこのような話をしても、貴女は戸惑うばかりでしょう。
ですが…これはあなたにも関わる話なのです。
人間の貴女には、荒唐無稽な話に聞こえるかもしれない…ですが、これは確かに貴女に関わること」

その奥の扉の前で、リソスはユルールに背を向けたまま立ち止まる。

「この事実を受け止められる覚悟なくば、ここから引き返しなさい。
知ってしまえば、恐らく貴女はこれまでのようにいれなくなるでしょう。
この先に進むことは…形は違えど、貴女もかごめと同じように…
「決めたんです、私」

リソスは思わず背後のユルールを振り返る。

「宿命とか、運命とか…そういうものは私にはよく解らない。
…でも、かごめさんのように…「自分が自分であることを貫き通せる世界」を歩める力が、もし私にあるのなら…。
例えそれがどんなに苦しい現実の上に成り立ってるとしても…」

泣き笑いのようなその表情に灯る、その確かな感情の火。
リソスはユルールの瞳に、それを見たような気がしていた。


「私も…その「世界」に生きてみたい!」


その表情は、リソスの記憶にあるその少女の表情とは似ても似つかない。
だが…確かにその面影を感じとることが出来ていた。


「リソスよ、問答はそこまでにしておいてやれ。
その娘は…我々が思う以上に頑固者だ。
…ここへ来ると言いだした以上、恐らくはあのおせっかいなスキマ妖怪辺りからだろうが、おおよその事は既に聞いておることだろうよ」

閉ざされた扉が仰々しく、重い音を立てながらゆっくりと開いてゆく。
差し込む光輝と共に、ユルールにも聞き覚えがある、気難しい女神の声とともに。

リソスはその主…己が仕える四大天使・シグマへと向き直り、膝を折る。
シグマは異形の従者に案内の労をねぎらうと、ユルールの元へと歩みよる。

「ここ数カ月の出来事は…私が初めてお前と出会った時からは、想像もつかぬことの連続だったよ。
その意味も解らず、初めはただ戸惑い振り回されるばかりだったお前は…何時の間にか、お前なりにお前自身に課せられたことの意味を感じ取り、お前自身が一番納得のいく形での「解答(こたえ)」を導き出せるまでになった。
我らが神は…あの「腐れ天主」は、相変わらず何を企んでるのかは知らぬが…この未来を予期しえていたのかどうか」

苦笑しつつも、とんでもないことをさらりと言ってのけるシグマ。
リソスがやや気色ばんだ顔をして見せるものの、彼女は気にした風もなく言葉を続ける。

「敢えて聞くが、後悔はしておらぬな?」
「はい」

しっかりとそう頷くユルールへ微笑みかけると、シグマはその門の先へと彼女を導きいれた。



♪BGM 「Princess Piccolo」/Butapunch Philharmonic Orchestra♪


眩いばかりの光の回廊を越えた先、その奥にある天上の玉座に、見慣れたサングラスの少年。
見たところ何処にでもいるようなその姿から、ユルールはかつて感じたことのないほどの威圧感を感じていた。


創造神MZD。
この不可思議な「奇縁」を仕組んだ張本人。


その姿を前にし、光の女神は、先に己の従者がそうしたように膝を折って見せる。


「案内、大儀であった。
………とでも言っておけばいいのか、この場合?」
「…ふん…貴方らしくもない。
最早この程度の事でいちいち動揺するような相手ではない。
その事は、貴方とてよく知っている筈だろう?」

ちげえねえ、とMZDは、普段ユルールが良く知る皮肉めいた表情で笑う。
その瞬間、この部屋で初めて相対した時のような威圧感は既に消え失せていた…。


「まあ、今更隠し立てするこたぁないと思ったが…自分で定めたこととはいえ、「天主」なんて立場も存外肩が凝るもんでな。
知らん仲じゃあるまいに、お前も少し楽にすればいい」

MZDが指を鳴らすと、控えていたらしき天使が数人、その場へテーブルとイス、そしてクッキーを盛り付けた皿、三人分のティーカップをテキパキとその場に備え付けてゆく。
シグマに促されるまま、その椅子へと腰かけたユルールのティーカップに、何故か注ぎ入れられたのは緑茶であった。

「…まったく…アンバランスにも程がある組み合わせなのだな、相変わらず」
「そう言うなって。
実を言うと俺、あまり紅茶って好きじゃねーんだよ」

恐らくはユルールの僅かな緊張を察したのか、軽口を叩きあう天主と光の女神だったが、不意にMZDの表情が曇る。


♪BGM 「街景 時を失くした王」/古代祐三(世界樹の迷宮3 星海の来訪者)♪


「ここへ来た理由は概ね解っているつもりだ。
……かごめのことを、聞きたいんだろう?」

解っているその答えを、敢えてその意思を確かめるかのようにMZDは問う。
頷くユルール。

「少し長い昔話になる…」

前置きして…少年の姿の天主は、雲ひとつない天井の青空を見上げ…やがてその長い長い、悲しくも不思議な少女の奇譚を語り始めた。


堕天使となった友を救う旅路の中で、人ならざる闇の存在と堕ち、完遂した少女の血を引く一人の「少女」。
MZDが、彼を永劫の長い時、撃滅の定めを負った暗黒の存在を討つ運命を背負わせたその「少女」は、その数多の嘆きと悲しみをその身に宿し…長い時を越えて、その悲願を果たした事。

その巨大過ぎる力故、「彼女」が勝ちとったはず平穏の世界の中に「彼女自身」が居場所を見出す事が出来なかった事。


そして…今も尚「彼女」がその苦しみの中にある事も…。


「……そうさせてしまったのは、総て俺の責だ。
俺は俺の目的のために、かごめが本来得るべきだった筈の幸福を…「あいつが受け入れられる世界」を奪ってしまった…!

サングラスの下の表情を伺うことはできない。
だが…その声は確かに、苦悩と後悔の色を強くにじませている。

「…あいつが俺を恨んでいるというなら、当然受け入れなくてはならない運命(こと)だと思っている。
今のあいつの持つ力なら、俺を消滅させてしまう事も容易いこと。
それとともに、あいつ自身がその反動で、この世界から存在ごと消え失せてしまうのだろう…そうすれば、あいつにとっても手っ取り早かった筈だ。
…あいつ自身、自分の居場所はこの世界にないと思っているのだから」

ユルールには返す言葉もない。


だが、ユルールの中でずっと疑問に思っていたことの一つが、ようやくその真実にたどり着けていた事を、彼女は感じ取っていた。


かごめが常に見せていた、何処か寂しそうな表情。
レミリアや文、勇儀を始めとする、幻想郷でも屈指の実力者から…それまで「下級の妖」とされていたルーミアやチルノ、古くからの友であった筈のポエットや葉菜達と軽口を叩き合い、終始シニカルな笑顔を見せていたその表情の奥に沈んだ暗い淀み。

言葉に出さぬまでも、かごめは自分自身を常に一歩、彼女達から遠ざけているような印象を、ユルールは漠然であったが抱いていた。
恐らくは…愛娘である筈のつぐみからすらも。


他人に心を許していないのとは、また別の「何か」があった事。
それはきっと。


「…かごめさんが許せなかったのは…きっと…かごめさん自身だったんですね」

ユルールの呟いた一言に目を瞠るMZDとシグマ。

「だから…だから何時だって、あのひとは他の人の心が良く見えてしまう。
けど、何処かできっと、かごめさん自身が自ら手を伸ばそうとするけど…あのひとは「自分」に触れられるのを怖がってしまうから、すぐにその手を引っ込めてしまう。
本当は…誰よりも強く、手を取り合いたい筈なのに

その瞳から一粒、また一粒涙が零れ落ちてゆく。


「でも…でもわたし…!
あのひと、そうやって強引に手を引いてくれる誰かの存在を…ずっとずっと待ってる気がするんです…!
…神様の話を聞いて…確信は持てた…でも…それができるのはわたしじゃないってことも…!!」



ふと、頭に触れる感触に、泣き腫らした眼のまま見上げるその先に…少しぼやけて見えるシグマの苦笑の表情。


「…やはり、お前にはよく見えているんだな。
あれはただ、気の強いだけの臆病者…誰よりも弱いくせに、誰よりも強がろうとする。
だが…」
「あいつもお前たちの姿に応えようとしたその心は、あいつなりにお前に心を開き始めている証だと信じたい。
俺は…俺はいつも利用してばかりだ…あいつも…そして今度はユルール、お前さえも

ユルールは強く頭を振る。


「わたし…わたしのこの「きもち」は、誰が何と言っても私自身が出した答えだから…!
だから…だから神様、わたしの願いをひとつだけでいい…かなえて欲しい願いがあるんです!



………


……





「私に…ですか」

呼び付けられたのはスノームーン城。
しかし、その謁見部屋の上座に座っているのは、その城主たるユーリ=レイクウッド伯爵その人ではなかった。

テトラは努めて平静を保ったまま、そこに座すMZDと向き合う。

「…ああ。
今度からトレーナーとして、お前が指揮を執れ。
ユルールには別の用事が出来ちまったんでな…お前自身「精霊王」としてはまだまだ若輩だ、こういうのも研鑽の一つにしてもらえりゃと思ってな」
「そうですか」

テトラはゆっくりと溜息を吐く。
彼女自身、全く予感のない事ではなかった。

「解りました。
私自身まだ解らない事も多いかもですけど…皆さんに聞きながら、頑張ってみようと思います」

笑顔で恭しく礼をするテトラに、やや拍子抜けした表情の隠せないMZD。

「…お、そうか。
えれぇあっさり引き受けたな…ちと予想外だったぜ」
「いざとなれば私もサポートくらいはできよう。
マタンやその他は兎も角…あの地獄鴉は問題だが…どうするつもりだ、MZDよ?」
「そいつはお燐に話は通しておくさ。
事情通がもう一人くらいは欲しい気がするところ、正直ヤマメがこの件から手を引くと言ってきたのは想定外だったが…まあ大勢に問題はないだろう」





……


「ごめんね、テトラちゃん」

退出した彼女を待ち受けていたのは、そう言って悲しそうな表情で俯くユルールと、マタン。

「…謝らないでくださいよ、ユルールさん。
私も…「私」として何を成すべきか、考えたうえでの結論なんですから

テトラは二人に背を向ける。


「私…思うんです。
私はユルールさんが生まれるずっと前から、はぐれた仲間を探してずっと旅を続けていました。
一人で長く旅を続けるうちに…「私と同じ姿の仲間」はきっとこの世界の何処にもいなくて…「私」はこの世界でひとりぼっちだったんだって…そう思うようになった


再び二人に振りかえるテトラ。


「でも、かごめさんやるりさん…アンナさん達に出会って…そして今、ユルールさんやマタンさんに出会って…。
私は「大切な仲間」がこんなに出来たんだって思えて…私は全くこの世界で正体の解らない存在なのに、みんなと仲良くなる事が出来て…。
そして…マタンさん達の話してくれた「フカビト」のことを聞いた時、私は何かを思い出せそうになった


思わぬ一言に、顔色を変えるマタンとユルール。


「どうしてなのかわからない…でも、その言葉は何故か私の中で懐かしく響いてやまない。
全く根拠のない思い込みだけど…私がもしも「フカビト」だったのなら…私の「仲間」のように「私」がならなかった理由は何なのか…。
私は、それが知りたい」



マタンやユルール達の見て来た「異世界」の出来事。
当初は笑い話にも似たその物語の結末が、ポエット達の手で全く異なる未来へ変わった事を知り…ポエットの語るそのイメージが日に日に大きくなってゆく事を、彼女は感じていた。


「ヒト」の友である事を望んだ、異形の魔から生まれし存在…「フカビト」の真祖。


何故、自分はこの響きに強く惹かれるのか。
否、何故その響きに、懐かしさすら感じてしまっているのか。


「…なーるほどねぇ」

不意にマタンは、明るい調子でそう溜息を吐く。

「最初実は半信半疑だったんだけどさあ、実はポエット達にその話を聞いた時…私もあの真祖とテトラが、別人でないような感じがしてたんだ。
いや、あんなおっかないテトラはちょっと想像できないんだけど」
「うー…それって馬鹿にしてます?」

僅かに頬を膨らませるテトラに、いやいや、とマタンは手を振る。

「…でもさ、あの真祖は「ニンゲン」と「トモダチ」になりたいって、そう言ってたっていうんだ。
テトラもフカビトだったならってんじゃないけど、今のテトラを見ていれば、きっとボクもリリカ達と同じ言葉を返してあげられたんだと思う」
「そうです…ね!」

それまで神妙な顔つきをしていたユルールの表情もほころぶ。


「ボクも…殆ど全部ボクの所為みたいなものだけど…ノクスには本当に悪い事をしたって思う。
…でもさ、ボクらはこんなだから、なかなか「ハイ仲直り」で済まない気しかしないしね。
だから」


マタンは少し目を閉じ、そして強い意志を秘めた表情で顔を上げる。


「ボクは、ボクの在り方をあいつに示して、あいつの在り方を受け止めて見せたい。
ユルールは、同じステージに立って、少しでもかごめさんに近づく道を選んでる。
そして…テトラ、キミはトレーナーとして…あの「真祖」に今の自分の姿を見せて…通じ合える事を目指す!
そういう事でこれからみんなで目標を定めていければ、それはとっても嬉しいなって思うんだ!!


その宣言に、ユルールとテトラは互いに顔を見合わせる。
その様子に、マタンはちょっと気まずい感覚にとらわれる。

「あ、いやその、キミ達がどう思うかは確かにキミ達の自由だけど…うんまあボクの話は喩え」
「…ううん、そうじゃないんですよ。
ねえ」
「そうですね」

ユルールとテトラは、マタンの手を取り、お互いの手を重ね合わせた状態にする。


「お互いきっと大変な道を行くけど…私達の進む方向はきっと同じ」
「私達だけじゃない…私達と一緒に今までやってきたひと達となら、きっと!」
「うん!!」



三人の少女が決意を新たにするその光景を、MZDとユーリ、そしてスマイルも笑みを隠せず見守っていた。


(かごめよ…お前にはこの想いは届いている筈だ。
 お前が直接知らずとも、戦いの場に相対した時に、この子達の心がお前には見えている筈だろう…!)


ユーリはその空へと行く青い鳥に、口に出さず告げる。


(この世界は…お前が守ったこの世界は…お前が思うよりもずっと、優しい世界なんだ…!!)


その慟哭に似た思いは、果たして彼の愛する娘に届いたのか…。


今はその答えを知らぬまま。