〜数日後 プリズムリバー邸リビング〜
「ごめんなさいね、急に押しかけてきて」
旅立ちを宣言して間もなく、彼女が訪れていたのはリリカの下。
アリスがこの洋館を訪れたのは初めてのことだが、それは彼女が聞いていたような廃館などではなく、小奇麗に片づけられた昔風の洋館だった。
「ううん、別に。
それより、どうしてまたここへ? 今日は誰も来てなかったし、あいにく私とお姉ちゃん達くらいしかいなかったけど…」
「そうね…なんて言ったらいいのかしら。
次何時帰ってこれるか私にだって見当もつかないけど…その前にあなたに話をしておかなきゃならない事がいっぱいあったから…かしら。
多分、そう言いながらそんなに話す事は実際にはないのかもしれないけど」
アリスの表情は、少し寂しそうにも見える。
「それにしても、廃洋館と聞いていたから中は寂れてるものだと思ったけど、随分手入れが行き届いてるのね。
こういうのにマメそうなのは、ルナサかしら?」
「ううん、ルナサお姉ちゃんそういうの苦手。
大体掃除は私かメルランお姉ちゃんの持ち回りなの…もっとも、本当に一番最初、ちゃんと住めるように掃除してくれたのはかごめさん達なんだけどね」
「そう…確かにあいつなら、文句は言うでしょうけど段取りとか徹底的にやるわよね。
……そうね、かごめとあなた、どちらに先に話しておこうか正直迷ったわ」
「これから、どうするの?」
飲み物を持ってきたメルランが、ふたりの前にカップをおくとともに、自身もリリカの隣へ腰掛ける。
それを一口すると、アリスはゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「…今生の別れを述べるつもりはないわ。
お互い、これからもずっと長く生きていく身だし…どのくらい先になるかわからないけど、いずれ私も帰ってくるだろうから。
ただ…今まで私に付き合ってくれた人たちの事を、もしまだあなた達が続けるつもりであれば…それを望む子達がいたら」
二人の顔が、視線が交わる。
「その子達の事を、あなた達で受け入れてあげて欲しい」
ポケモン対戦ログ(2013.2.6) その2
あとがたり「七色の少女は幻想の空を巡る」
これまでとはまったく異なる空気が場を支配する。
先日、軽く顔合わせしたその時ですら、見られなかった双方から放たれる、強烈な圧迫感。
「ったくさ。
言葉ではどう言っても、やっぱりあの連中が掛け値なしでぶつかるとやはりなんか違ってきやがるんだよな」
その異様な雰囲気に委縮するニアの隣に、普段と変わることない無遠慮なトーンの言葉とともにバーミセリが腰掛ける。
「違うだろ大将。
あの子らがあたし達とやりあうときだって、そう変わらないさ。
直接目の前に立ってるとわかりにくい時もある、お嬢ちゃんはまだ、第三者の立場であの子達が戦うのを見た事はないだろう?」
「そりゃまあ、そうかも知れんが」
戸惑うニアを余所に、窘めるような口調のラ・ターシュに相槌を打つバーミセリ。
「…惜しむらくは、次これを何時拝めるかわからん、ということか。
俺様達の眼の黒いうちに見れれば、いい冥土の土産になるかもわからんのにな」
そして、傍らの少女の頭を触れ、言い聞かせるように。
「よく、見ておきな。
あの連中の意地の張り合いは、よくも悪しくもどっちの方向へ転がっていくか読めねえんだ。
…当事者じゃない時の方が、見えてくるモノだってあるんだぜ」
先端の火蓋を切って落としたのは、初手からその真の力を発揮するルーミアと霊夢。
幾重にも放たれた閃光の弾幕を縫って、後退するルーミアとの間合いを霊夢が詰める。
「…あいつ、珍しく力入り過ぎだぜ」
「霊夢さんが?」
怪訝な表情の妖夢に、魔理沙はああ、と頷く。
「あいつは私から見ても、本当にぶん殴りたくなるくらい余裕綽々で振るまいやがるんだ。
「霊夢が本気で戦って」なおかつ「焦りを見せる」なんてレアなシーン、拝んだこともねえよ」
「…!
いま、霊夢さんがそうだ…ってことですか?
私にはあまり変わったように見えないけど…」
「そうじゃない。
霊夢はきっと、びびってやがるんだ…ルーミアに。
…あいつ自身が本当は一番わかってる筈なんだ、だから…普段の霊夢の「身軽さ」が無くなっちまってる気がする」
…
「それで、私達にどうしろという?」
プリズムリバー邸の次に訪れたのは、里の寺小屋。
やや不機嫌そうな調子で問いかける慧音に、アリスは申し訳なさそうに答える。
「先に告げた言葉通りよ。
もし、あなた達にその気があるなら…リリカ達には話を既にしてきたわ。
…妖夢は恐らく、あの寿々って子の誘いを断らないだろうし…最近あの子に粘着しているのが楽しいみたいだから、文(ふみ)もきっと妖夢にくっついていくと思う。
ピエール達にもヒマは出しておいたから、彼らも思い思いに動いてくれるんじゃないかと思うわ」
「随分、周到だな。
まさか、もう二度と帰って来られるかどうかわからない、などとは言うまいな?」
苦笑するアリス。
「…そっか…確かに、そんな風にも見えちゃうかもね。
私にも、正直自信はないの。
魔王の娘と言っても、不老不死では無いもの。何処かでドジを踏めば、あっさりと死んでしまうかもしれない。
誰にも行き先を告げずに出ていくんですもの、もっとも、私だってアテがあるわけでもないし」
「それでも、そんな先の見えぬ旅路に一人で行く意図があるなら、それを話してくれてもよいだろう?
月並な言葉かもしれないが…私達はそれだけの物を共有できるだけの「仲間」であるはずだろう…アリス?」
「………説明したくても、できないのよ」
「出来ない?」
頷いて、立ち上がるアリス。
「タルシスの街で魔理沙が言ってたのよ。
もう一度、私の傍を離れて、自分を見つめ直せる場所が欲しかった…って。
私は同じころアーモロードへ行っていたけど…気づいたら、そこには魔理沙がいなかったくらいで、普段と同じような顔ぶれがあったわ。
リリカ達が随分苦戦したという話の割には、と一瞬思ったけど…それはきっと違うんだって思って」
「だから、私もゆっくりと、私一人で自分を見つめ直してみたい。
魔理沙が…天子がそうしたように…そして霊夢がそう望んだように。
ただそれだけなの」
…
気づいたらその術式はすでに完成し、稲妻の檻の中に閉じ込められる霊夢。
けん制と思われたその雷の弾幕は、この大魔法を完成させるための布石でしかなかった事を、彼女はその時になってようやく気付く。
「…大地を貪る穢れし者に、大いなる粛清もて滅びの宿命を。
終わりだよ、霊夢…“千の神雷”!!」
雷の奥義魔法が発動し、瞬きする間もなく無数の閃光が霊夢めがけて振り注がれる。
「そっか、こればかりは見破れなかった私がマヌケだったわ。
…けど、だったらあんたも道連れだ」
何時の間にか展開されていた四重の結界。
振り注いだ雷の豪雨が結界の中を跳ね回り、逃げ遅れたルーミアにすらも容赦なく襲いかかっていく。
雷が収まり結界が解除されると、戦う力を失った二人の姿がその場へと同時に崩れ落ちる。
その二人を気遣う間もあらばこそ、ふたつの新しい影が飛び出し…ポエットの振るう長刀とアリスの操る戦闘人形たちが激しい剣戟の音を響かせる。
魔理沙たちが叫ぶ間もあらばこそ、倒れた二人の姿はふたつのスキマに回収され、そのうちの一方が紫とともに魔理沙たちの傍へ現れる。
「霊夢…!」
「…大丈夫、結界の中で戦った以上命の別状はない…じきに回復する筈ですわ。
それにしても霊夢、あなたらしからぬ無茶を」
僅かに表情をしかめながら、抱き上げた霊夢をベンチに横たえる紫。
紫にはわかっていたのだろう、当初から霊夢はルーミアの最大の攻撃を誘い、カウンターで倒す腹積もりであった事を。
それは、霊夢にもそれ以外で確実にルーミアを倒す手だてがなかった事を示している。
意識を取り戻したらしい霊夢は、何処かで見た様な…それでいて、彼女が見せた事がないような表情で笑う。
「やられっぱなしなんて、悔しいじゃない。
私だって…本当は天子と同じキモチだったんだから」
「霊夢、おまえ…?」
彼女は自由が利くようになったその腕で、顔を隠す。
しかし…。
「私だって…わたしだってもっと、色々なモノを見てみたかったんだ。
ヘンな意地張らないで、連れて行ってもらえば良かった…あんたと、おなじように…!」
その涙は隠されることもなく。
…
…
「驚いたわね。
まさか上海達まで置いていくつもりだったなんて…」
旅立ちの前夜、家の片づけを終えたリビングでは、アリスと神綺が遅い夕食を楽しんでいる。
「けど…どうしてかしらね。
私にはそれを止める言葉は出てこない。
…あなたがそう決めたのであれば、私にとやかく言う筋合いはない…あの子達の面倒、確かに任されたわ」
「ありがとう、母様。それと」
背後に僅かに視線を送るアリス。
神綺は頷く。
「…そうね、確かに一番厄介なのはあの子ね。
あの様子を見ればわかる…あの子はあなたの「人形」の中では最も感情が強い。
最早「人形」とは呼べぬくらいに」
「ええ…まだ実感がわかないけど、きっとあの子は…かごめで言えばつぐみの様な存在なんだわ。
なんだか不思議な気分。だから、連れていくべきかどうか、最後まで迷ったけど」
「あの子はまだ、「物心ついたばかりの子供」よ。
私やかごめちゃんだって、そう褒められた「母親」ではなかったけど…それでも、私達は「子供」に恵まれたと思う。
あなたは私達に倣う事はない。あなたの思ったようになさい、そのフォローくらいなら、私達でなんとかするわ」
「うん…だから、明日出かける時連れていくつもりなんだ。
ちょっと心配だけど…きっと、あいつなら…この子の良い「母親」になってくれるんじゃないかって、信じてるから」
そう、と神綺は頷く。
「この家は私の別荘として使わせてもらうわ。
あなたがいつ帰って来てもいいように、手入れだけはしておくから」
…
上海人形の放つ冷気の光に怯むことなく、ポエットはその場に踏みとどまる。
その脳裏には…直前のルーミアやリリカとのやり取りが過る。
「解ってますよ、リリカさん。
幽香さんが戦うための舞台を、私達が前座でこしらえればいいんですね?」
「…うん。
ごめんねポエット、ルーミア。でも、多分向こうも幽香さんを意識している。
必ず、こちらの軸に幽香さんがいることを前提に動いて来る筈」
「謝らないでよ、リリカ。
それが私達に与えられた役割なら…その為に全力を尽くす。
…勿論、何もしないでやられてあげるつもりはないけどね…倒せる相手であれば、倒しちゃっても構わないんでしょ?」
悪戯っぽく笑うルーミアに、うん、と頷くリリカ。
「可能な限りルーミアで霊夢を、ポエットでアリスを潰す。
最悪でも、アリスが氷の礫もしくは霊夢が神速以外の選択肢を失くした状態にさえしてしまえれば、後はすべて幽香さん次第。
…私が指示として下せるのは、ここまでだよ。あとは二人に託すから…!」
頷き、差し出された手を重ね合わせる三人。
「見せつけてきますよ、私達の培ってきたものを」
冷凍ビームで削られた体力をオボンの実で回復させ、ポエットはここが仕掛け時と断じた。
あと一撃受けても、あわよくばアリスを自分で制することが出来る事を確信した彼女は…その力を解き放った。
「天駆ける駿馬よ、その風の加護を我らに!」
展開された魔法陣が発光し、一陣の風がその足元へまとわりつく。
強烈な追い風の加速を受けたポエットが飛翔する。
「追い風…ですって?
そんな!何故トゲキッスにそんな技を!!」
「説明はあとでゆっくりしますよ!
謳い焦がせ、“
届け、雲耀の疾さまで!たあああああああああああああああああッ!!」
疾風の如く駆けながら展開される紅蓮の羽。
亜光速に達した炎の鳥が、
その刃が振りおろされたその瞬間。
爆風とともにアリスが吹き飛ばされるものと、誰もが思ったその予想を…彼女は裏切った。
驚愕するポエットの目の前で、鳳凰の嘴は高密度の炎熱魔力を纏ったアリスの白刃取りで、完全に止められている。
「…本当に、あなた達とのやり取りからは色々なモノを学ばせてもらったわ。
幽香がやってのけた事くらい、私だってやって見せなきゃ格好がつかないからね…!」
そして切っ先を引きよせ、大きく空中で体勢を崩したポエットの身体に、後方に炎熱魔力を放った加速をもって自分の肩を滑り込ませるアリス。
その小さな体を後方へ大きく吹き飛ばすが、空中で我に返ったポエットは僅かに蹈鞴を踏みながらも着地し、再度加速してアリスへと迫る。
アリスは迎撃のために人形を動かす時間はあったはずだ。
しかし、彼女は拳撃で応戦する様な構えをとった。
思わぬダメージを受け、明らかに失速したとはいえ…ポエットの繰り出す攻撃を、アリスは紙一重で回避し続ける。
「アリスの奴…人形を使わないのか…!?
それに、あの動き」
「紅美鈴の体術だわ…勿論本家にはまだ遠く及ばない、でも、見切るごとに精度が上がって来ている…!?」
ポエット同様、驚愕に目を見開く魔理沙と紫。
「アーモロードではなかなかうまくいかなかったんだけどなあ、あいつ」
そこに、何処からか流れてきた霧から、萃香が姿を露わしてベンチの一角に陣取る。
「あそこで無茶な事やってたのは妖夢だけじゃねえんだ、実は。
アリスも実は人形どもほとんど使ってねえしな」
「なんだって!?」
「住職がいたとはいえ生傷には事欠かなかったよあいつら。
まあでも、ここいらが限界だろ。アリスの錬度が上がるよりも」
ポエットの切っ先が、ついにアリスの身体を捕える。
「…向こうの回復の方が僅かに先だったってことだな」
…
…
こいし「( ̄□ ̄;)うわお気付いたらなんかここまで解説なしかYO!」
ヤマメ「うわこら急にそこで話の腰を折るんじゃねえよ全く!
ああもう仕方ないな。多分今回はここでお開きになるんだろうし、最後に軽く解説しようか。
兎に角幽香を暴れさせるためには、一致で弱点をつける連中を黙らせる必要があった。
その意味ではルーミアを霊夢に、ポエットをアリスにぶつけられたことで4割はこっちの目論見が成功していたことになる」
こいし「その上で、ポエットに追い風を使わせる必要もあったんだね。
でも時間制限のない電磁波が一番安定してる気がするんだけど」
ヤマメ「キッスの電磁波なんて有名過ぎるからね。
あるいはあわよくば、幽香に出番を渡さずそのまま押し切ってもいいみたいなことを漠然と考えてたのかもしれないな。
S無振り、しかも下降性格だがそれでも追い風が発動すれば幽香もポエットも110族まで抜けるんだ。まさか電磁波スカーフなしで上から殴られるなんて考えてもなかったろうし」
こいし「キッスもフリージオも特防オバケだからこの二人だと荷が重かったような気もするんだけどねえ」
ヤマメ「それでもなんとか幽香を暴れさせる素地はできたんだよ。
ルーミアは霊夢を10万で押し切り、ルーミアの気合玉とポエットの大文字でなんとかアリスまでを制した。
残ったのはポエットを退けたが手追いになった魔理沙、そして残り2ターンの追い風を受けた幽香。
吹雪の低命中を嫌ってのトラアタは当然耐えるし、積んで逆鱗する時間的余裕があった。それだけのことだよ」
…
…
魔理沙の放った一撃でポエットの身体も崩れ落ちる。
それを支え、壁際に横たえる幽香。
「ゆうか…さん。
あとは………あなた次第…」
「解ってる。
あなた達が繋いでくれたものは、確かに受け取ったわ…見守っていて頂戴」
にっこり笑うその少女に頷いて返し、妖気を全開にする幽香は魔理沙と対峙する。
「形は違えど…こうしてあんたの前に立つのも久々だな」
「そうね。
お互い、遺恨などもうどこにもありはしないのに…それでもこの衝動は止まらない。止めるつもりもない。
…行くわよ、魔理沙」
「来やがれ、花妖怪!
ここでもう一度私の力を思い知らせてやる!!」
幽香の拳が地面に突き刺さる。
襲い来る砕けた地面から逃れるように、空中へ逃れながら魔理沙は魔力を八卦炉へ集束する。
その岩の刃を飛び迫る幽香に魔力砲の照準を合わせる魔理沙。
「いけっ、マスタースパーク!」
「甘い!」
事も無げに振るわれた拳に弾かれ魔力の光は明後日の方向へ飛んでいく。
しかし…その一瞬の隙を突き飛び込んでくる魔理沙の手には…何時の間に手にしたのか、最大稼働する砲剣・ドラグーン。
「遅延術式解放…“千の神雷”術式装填。
これで決まりだぜ幽香…喰らいやがれ、アースライトドライブ!!」
解放された必殺の一撃が幽香を捕え、爆発と閃光が劈く様な轟音とともに広がる。
何処からどう見ても、勝負ありの一撃…のはずだった。
その一撃は、完全に相殺されていたのだ。
同じようにして幽香が放った…彼女の愛剣・フォーマルハウトから放たれたアクセルドライブによって。
「うそ…だろ…!?」
「残念だったわね…私も…私にも負けられない理由があるのよ!
私のようなバケモノを…血塗られた私の手を…受け入れ手にとってくれたリリカを泣かせたくはないっていうね!」
その言葉に、顔色を変えたのはアリスと…そしてメルラン。
「魔理沙…受け取りなさい、この私の最大最強の技を。
それが、今のあなたに対する餞になる」
湧きあがるオーラが翠の龍と化し、咆哮する。
無数の龍の閃光が、次の瞬間嵐のような拳と蹴りとともに魔理沙へと襲いかかり…。
その身体が力なく地面へと叩きつけられた。
…
「…私は…どうしても今のあなたを受け入れておかなきゃならないと思った。
倒したいとか、越えたいとかじゃなくて。
あなたがどんな思いを抱えて、どんな世界を見て生きているのか…それを知っておきたかった。
…何を今更、と言われるかもしれないけど…」
最後にアリスが訪れたのは…太陽の丘。
まるでその来訪を予見していたかのように…日も大分落ち始めたその前庭には、紅茶の用意をして待っている幽香の姿があって。
アリスは、思っても見ない彼女の穏やかな笑顔に迎えられて、その席に着いていた。
「……変わったというなら、アリス、あなたもよ。
あなたはこの二年余りの短い時の中で、ずっと自然な表情を見せるようになった。
あなた自身がそれに気づいているかどうかは解らないけど」
「そう、なのかな…」
「ええ。
表情は心を移す窓、なんてかごめが気取った事を言っていたけど…今のあなたの
……此間、わざわざ訪ねて来てくれたメルランも同じような顔をしていたわ」
そういやって笑う幽香の表情は、少し寂しそうにも、嬉しそうにも見える。
幽香は立ち上がり、アリスに対して背を向ける格好になる。
「私はそれだけ、大昔は多くの命を奪ってきた。
奪われた同胞の数と同じくらい…いえ、ひょっとしたらそれ以上に、なんの罪もない命を狩り取って…それを強いられてきた。
…この衝動はいつまでも私の中に残り続けて…その内また抑えきれなくなるんじゃないかって、私もずっと怯えて生きて来たの。
かつてのフランと同じように、大切なモノを自分の手で喪わせてしまうんじゃないかと」
でもね、と振りかえる。
「リリカや、チルノや、葉菜や…いろんな子たちと仲良くなって、その子達が自分たちの苦悩を乗り越えていく姿を見て思ったのよ。
あの子達は、私にいろんな事を教えてくれた。
もう私は、決して孤独ではない事を。誰かのためにこの力を振るう事が、私自身の意思で決められることも」
再び席に着き、所在なく置かれたアリスの手を取る幽香。
「あなたは嫌がるかも知れないけど…今までのあなたもきっと、私と同じだったんじゃないかって思う時があるわ。
大切な仲間達とともに、どんどん変わっていく今のあなたは、とても素敵な存在になったと、私は思うの。
…だから、忘れてはダメよ…あなたが迷い立ち止まりそうになる時には、何時でも帰ってこれる場所があるって事を」
茫然と眺めていたアリスだったが、同じように微笑んで、その手を握り返す。
「…まだ、私達の決着はついてないからね。
私が帰ってくるまでに…死んだりなんかしていたら承知しないわよ…風見幽香!」
…
…
「行っちまったなあ、アリスは」
「ああ。
でも、最後にあいつは笑っていたよ。
あいつが…そうだな、三十年戻ってこなかったら私も、妖怪になるかそのまま人間として死ぬか少し考えてみようと思うぜ」
アリスが旅立った翌日、魔理沙はかごめのもとを訪ねて来ていた。
「んあ?
魔理沙お前今
たしかつぐみの二つか三つ上だったかそんなくらいだろ。
四十代は止めとけ、あたしゃ最近もう十年頑張ってから死にゃよかったと後悔する時もあんだよ?」
「べっつにいいじゃねえか。
その程度までで止めとかねえと忘れちまう可能性だってあるし、かと言って早過ぎたら早過ぎたでなんか後悔しそうだし」
「まー…さゆだの葉菜先輩だのみたいに、歳くってもわりと美人だった奴もいるけどなあ。
僅かでもやるつもりあったら今のうちから用意くらいはしとけよ、生まれ変わった瞬間に博麗の巫女に滅殺されて短い生涯を閉じたくなきゃな」
「何よ人を殺人鬼みたいに」
そこへ、今日も上がり込んでいたらしい霊夢が姿を見せる。
「…そんな先の話よりとりあえず、あんた達此間言った話は覚えてるだろ?
速い所決めて提出してくれると助かるんだがな。
なにしろ大所帯になり過ぎてリリカもあたしも諏訪子も正直把握しきれねえんだ」
「その為にグループ分けするぐらいなら、そんな考えなしにホイホイ受け入れしなきゃよかったのよ。
まぁ、あとから乗り込んで来て好き勝手暴れさせてもらおうって人間の言葉じゃない事は解ってるけどさぁ」
「まあそういうなって。
でもアレだろ、あくまでグループ分けするったって対抗戦とかそんなのはやるわけじゃねえんだし」
「所望ならやるぞ?」
「えちょマジか」
縁側の腰掛けてああだこうだと話出す二人を尻目に、かごめはその場を後にする。
そして、今の一室に横たえられた一体の人形。
黒髪を和風に結わえ、市松模様の着物を着せられている。
そこへ魔力を注ぎ込む。
すると…「彼女」は、ゆっくりと身体を起こした。
「落ちついたかい…えっと」
「……好きに呼んでくれ。
ママは…新しい世界を自分の目で見てくれ、と言った。
だったら、もう古い名前はいらない。名前が必要ないというなら、別にそれでもいい」
黒髪の人形は、ふてくされたように吐き捨てる。
かつて「
それ以来、アリスの他の人形同様、意思は有していたものの、術者の魔力なしでは動けないようになっている。
何故、そのときだけ自律稼働したのかはいまだ謎のままであったが…かごめにはひとつ心当たりがあった。
この人形のベースになる素材は神綺を介して渡された、藤野家の物置に眠っていたある一体の人形…かつてジズが、かごめの母親である藤野妙の身体を元にして作った「壱ノ命」を元にしてつくられていた事を。
かごめは「壱ノ命」の構造を知っていた。
アリスがその機能を解明できず、ブラックボックスとして眠らせていた、永久機関の魔力核に…冥界に乗り込んだ際、ジズから受け継いだ記憶を元に魔力を注ぎ、稼働させる事が出来たのも、そのためである。
そしてこの人形は…その感情の強さから、アリスが幻想郷を離れる際に半ば封印された状態にあった事も知っていた。
ならば、この旅立ちにし際して永劫に動かぬままにしておかず、何故自分の下へ預けられたのか…その意味にも薄々察しがついていた。
「そうかい。
だったら、「にんげん」になりきれなかったあんたは「にんじん」とでも呼んでやるか。
名前がねえって言うのは、あんたが想像する以上に不便だからな」
「なっ…」
その余りな命名に、かつて「死」の名を与えられた人形は呆気に取られる。
-かごめ。
あなたをさんざん苦しめた私が、このような頼み事をするのも何か違う気がしますが…。
もし、「壱ノ命」に新たな「命」を授かるその時があれば-
「…解ってるよ。
そいつが新しい「命」として独り立ちするまで、面倒見てやりゃいいんだろ」
「おい一寸待て!人参ってなんだ人参って!
これだったら多少アレかもしれないけど前の名前の方がだな」
「やかましいぞにんじん。
文句があるならアリスに言いな。今の「ご主人様」はあたしだ、言うこと聞かなきゃぶっ飛ばすぞ。
まずは、そのクッソ生意気な性格の矯正から始めてやらにゃならんから覚悟しやがれ」
「ぬおおおおー人形虐待反対ー!!><」
わめき散らす「少女」の着物の襟首を無造作につかんで、引きずりながらかごめはその部屋を後にする。
藤野家にまた、新しい居候が加わったその日は、普段と同じような時間を刻み始めていた。
…
…
こいし「ご愛読ありがとうございました!狐先生の次回作に御期待下さい!!( ゚д゚ )彡」
ヤマメ「( ̄□ ̄;)おい馬鹿止めろ!!
色々あったけどこれ以外の連中についても、おいおい触れてけりゃいいかな。
とりあえずアリスの人形から一体引っ張ってきたけど、それをポプキャラにしちまうとかそういうのもなんかアレだなあ」
こいし「それもなんか今さらじゃない?
そもそもシュガーの前歴は何だったのかと」
ヤマメ「ツッコむのもアホらしいな。
というわけで、今回はここで本当にお開きだね。
次にはアレも復活してるとは思うが(チラッ」
小町「いぇ〜いぇ〜かってなこ〜ぜ〜('A`)」
こいし「…飲ました方が速くね?^^;」
ヤマメ「どうだろねえ…」