♪BGM 「夏影」/折戸伸治(AIR)♪


トンネルを抜けると…そこは簡素な田舎の港町だった。


妖精国特別行政区域・倉野川エリア。
これまでの行政区分では「N県倉野川市」とされてきた、総人口五万人程度の、簡素な海沿いの街。
旧き良き時代の、日本の田舎町をイメージして…ある一人の少女が作ったとされる街。


「おーっ! ひっさしぶりの景色だぜ!」

よく晴れた快晴の下、広がる海沿いの景色に、何処か興奮を隠せない様子の烈。
その隣で、仕方ないな、とばかりに溜息を吐く風雅も、特に彼を窘める素振りはない。

「海なんて見るの何百年ぶりだろな。
四郎(武田勝頼)の野郎にくっついて行って、越後に攻め入って以来かー…あんにゃろ、山城(直江兼続)の若造如きのハッタリに乗せられてなあ」
「まあいいじゃねえかよケロ様よ。
てか上杉との交渉はあんたが主導したってドヤ顔で言ってただろうが…っていうか、あんたジョウトやイッシュでも海見てる筈じゃ」
「ばっきゃろうあっちの海はノーカンだろ常識的に考えて。
私の言ってんのはポケモンが泳いでねえほうの海のこった、流石に幻想界(こっち)の海でもそんなトンチキな生物住んでねえんだろ」
「そりゃまあ、確かにな。
そういう意味では早苗、あんたも海は初めてになんのか?
アーモロードにしたってほとんど速攻で樹海に潜ってたみたいだし」
「え?
え…ええ。
中学の頃まで、ロクに地元を離れた事もなかった、ですから」

僅かに苦しそうな表情を一瞬見せたが、早苗は困ったような笑い顔でそう答える。
かごめは僅かにばつの悪そうな顔をしたが、彼女が何か告げようとする前に、その隣に座っていた透子が口を開く。

「これから夏にもなりゃ、イヤってほど泳ぐ機会があると思うよ?
いっくら山暮らしが長かったって言っても泳げなくはないんだろ?」
「あ…はい。余り得意じゃないけど…」
「自信がなかったらあたいに言ってよ、運動得意な方じゃないけど、泳ぎだけは得意だからさ。
…つーか今から編入だって言ってもあたい今年で卒業なんだけどその辺どうなん?」
「話しただろうが、学園は名目上幼稚園から大学までのエスカレーター式だが、大学からは学園生でも容赦なく振り落としていくからな。
廃校寸前の倉野川大の建屋をベースにそれを拡充して学部を増やす格好だが、もう新学園体制で募集も始めてる。
妖精国の支援もあって講師陣も充実できたのもあって、今現在なら最高でも政経が倍率3.5倍、大穴の文学部でも1.5倍弱って塩梅だ」
「えっ、そこそこあるじゃん。
…なあかごめさん、その辺コネとかでどうにかは」
「そこまで甘やかす気はさらさらねえ。
大学入る気なら編入直後から馬車馬の如く勉強すんだな、遊んでるヒマなんてねえぞ」
「うええっそんな殺生なっ」

ふたりのやり取りを聞きながら、つぐみや鈴花ら周りの少女達も笑いを隠せずにいる。
それにつられて早苗も笑うのを見ながら、かごめと諏訪子は顔を見合わせて溜息をついた。

「しかしケロ様、あんたもいい加減子離れしねえ神様だな。
可愛い早苗が絡んでるからってしゃしゃり出てくんなよ、今頃カナさん達退屈してんぞ」
「はっ、バッカ言いやがれ。
早苗がダシなのは認めるが、私ぁ神奈子の介護も悪戯兎詐欺の監視もアホ傘の遊び相手も疲れたから気分転換のバカンスにしゃれ込みてえだけだ。
大体オメェ一人でこの大人数捌き切れるわけねえだろ、それに向こうで駅弁食ってる冬妖怪が引率の役割持てると思うのか」

諏訪子が後ろ指を指す先では、普段の服ではない、ノースリーブのサマーセーターにジーンズという風体のレティが駅弁を食べている…が、彼女の座っている窓際には既に三段ぐらい空箱が積み上がっている。

「別にいいじゃない、修学旅行じゃないんだし。
それに、倉野川なら私も用事があったからね。
「シャノワール」で静葉と待ち合わせしてるし」
「あん? 静姉と紫が先発で向こうに行くって言ってたのあんたの絡みか」

レティは箸を止め、ええそうよ、と肩を竦めてさらに続ける。

「紫の話だと大昔、私達がなんでも屋で使ってたところの貸借契約も生きてるらしかったからね。
しかもなんかこないだその契約更新してきたとかでね。
ヒマつぶしって言うのもなんだけど、なんでも屋再開の下準備よ」
「話には聞いてたけど、それって確か十年以上前の話とか言ってなかったっけ?」

小首をかしげるかごめに、レティは気怠げに頭を振る。

「細かいことだし気にしたら負けじゃないかしら、そのあたり。
ところで、受け持ちの班は決めてあるんでしょ?
まだメンバー知らないんだし、早めに把握しておきたいんだけど」
「あー、それなんだがまだなんだよなあ。
駅に着いたらとりあえずその場で決めようと思ってさー。
決めたのは宿の部屋割だけ」
「お前なあ…だったらその部屋割で班組めばいいだろが」
「烈と風雅どうすんだよ、野郎ふたり他のかしまし娘共と同じ部屋に出来ると思うか?
とりあえず人数がえーと14人か、割りきれねえなどうすっかね。
霊夢居ればちょうど良かったんだろうがなあ…あんにゃろ酒飲めないから嫌だとかほざいて招待生の件蹴りやがったしな、ったくあの外道巫女は」
「なんかもうそんな気がしたから私達で連絡取り合って決めといたよ。
はいこれ、お母さんたちでどの班受けもつかさっさと決めちゃって」

後ろの座席から乗り出してきた、呆れ笑いのつぐみからかごめはそのメモを受け取る。

「お、悪ぃな。
いやあ出来た娘を持ったなああたしも」
「全くだ、お前少し娘のツメの垢煎じて飲んどけ。
少しはその行き当たりばったり強制できんだろ」
「黙れこのクソカエル」

そんな普段通りのやり取りの一行を乗せた急行列車は、いよいよ目的地間際のアナウンスと共に市街地へと入っていった。



ポケモン対戦ログ幕間 「日向美狂詩曲」 其の一・いざ、倉野川



【AM10:25 倉野川駅ホーム】

「よーし、それじゃあお前らとりあえずグループごとに分かれてくれ…っていうかお誂え向きに三班で分けてくれおったな。
ってことはあたし班とケロ様班と黒幕班ということでいいんかこれ?」
「まーなんとなく三つに分ければ丁度いいんじゃないかって、ひうみんが
「人数的に少ない班が一つ出来てしまいますが、そのくらいの人数なら動きやすいかと思いましてね。
丁度、まとめ役ができそうな人も三人くらいでしたし…っていうかひうみんっていうのやめなさい鈴花

鈴花を窘める氷海に周囲が笑いをこらえるのを傍目に、ため息をついてかごめが諏訪子へ振り返る。

「じゃあどうすっかな、あんた達どこもつ?」
「まあ班決めの時点で予想ついてたけどまぁだそこも決めてないのな。
そうさな、私氷海班持つか。
正直それ以外はどこもクセ強ェヤツいててきっつそうだしな」
「あら、早苗と別行動だけどいいの?」
「かごめといいしつこいな…私はあくまで早苗をダシにしてバカンスに来ただけだ勘違いすんじゃねえよ。
あんた達はどうだ?」

氷海と少女達は顔を見合わせる。

「ええ、私達は特に。
本居さんが海を見た事がないというのもありますし、私の実家へ寄ればその辺りも案内できると思いますが…そちらを考慮して頂ければ」
「おっけ、決まりだな。
そもそも来た事ねえ場所だから私にアテなんてねえし」
「すいません氷海さん、うちの神様が迷惑掛けまして」

早苗の軽口に、いいですよ、と笑顔で首を傾げて応える氷海。

「じゃああたしもつぐみとは別行動にしてみるかな、風雅班もつか。
どうせ烈や魔理沙もいるこったし、あーちゃんとこ真っ直ぐ目指すだろ?」
「勿論だぜ!
ここまでの俺の修行の成果もばーちゃんに見てもらいてえしな!」
「まあ…いったいどんなばーちゃんがいたらこんな奴が出来上がるのか興味あるしな」
「私も烈さんのおばあちゃん会ってみたいー♪」
「まあお前らの利害が揃ってるんだったらあたしには言うべきこともねえか。
風雅以外クセ者ぞろいだが…人数少ねえしなんとかなんだろ」

溜息を吐くかごめに風雅も苦笑を隠せずにいる。

「となれば、私は透子達ね。
先ず商店街に付き合ってもらいたいけど、いいかしら?」
「あたいは特に。
みんなは?」
「そうですね…レティさんはこの街の事を知ってるみたいだし、どんなところか案内してもらうのもいいかなあ」
「シャノワールって喫茶店なんでしょ?
おいしいデザートとかあるんだよね…じゅるり」

だらしない顔をしているリップを窘めながら、つぐみも頷く。

「よーし、決まりだな。
とりあえず初日はこの三チームで自由行動、交通費と昼飯代はとりあえずケロ様とレティに預けておくし、好きにやってくれ。
ありえないとは思いたいが、もし足が出てしまうならその時は自費でどうにかしてもらうよ。
宿のチェックインは夕方の四時にしてあるが、休みたい奴がいたら早めに行ってもらってもいい。
宿は貸し切りだし、名義はあたしになってるから、あたしの名前を言って何なら確認の電話を入れるように言ってもらえれば良いよ。
六時半に夕食ってなってるし、六時までに宿に集合。
引率者いいね?」
「あいよー」
「了解したわ、静葉達にも言っとく」
「うん、それじゃ解散。
なんかあったら互いに携帯で連絡取ってくれ。
持ってねえのは小鈴と魔理沙位だとは思うが」

かごめの号令と共に、一行は改札をくぐるとおのおのの目的地を目指して分かれ始めた。





【AM10:40 倉野川駅前・風雅班】
引率:藤野かごめ メンバー:田口風雅(班長)、渡辺烈、黒沢鈴花、霧雨魔理沙



「さーって…とりあえずあの子今何処に住んでんだ?
烈、あんたの実家目指していいんか?」
「んえ?
ああ…ばーちゃん普段は隣街っていうか、捩目(ねじれめ)山っつうトコの森ん中に小さな家作ってそこで寝泊まりしてんだ
こっからうちに回っていくとだいぶ遠回りになっちまうぜ?」
「山だって?
ここの辺りの山って、なんか色々ヤバいうわさあんだろ? 大丈夫なのか?」
「ああ…捩目山は、地元の者でもおいそれと足を踏み入れない場所だ
過去遭難事件も多く起きてるし、あの辺りは所謂「心霊スポット」でもあって、一番近い兎月地区から山周辺への数キロ圏内に住んでいる人はいないはず。
烈のおばあさんがとんでもなく強いらしいというのは解るが…だからと言ってそんな所に好き好んで住んでいるとも思えない」

風雅の説明に、珍しく神妙な顔つきの鈴花もがくがくと首を縦に振る。
だが、かごめはどこか納得したように頷いた。

「いや、あの子の事だし案外、山稜の結界を超えてくるS級レベルの魔獣を相手してんのかも知れないな。
時々来てるらしいさな姉達を除けば、現在時点この街でそれだけの腕を持った魔性狩りは絶無だろう…本当なら、ね」
「そうなのか?
確かにトンネルん中で、ちょっと違和感感じたけどアレ結界なのかよ」

怪訝そうな顔で腕組みをする魔理沙に、かごめは言葉を続ける。

これまでの倉野川は、極力そうした「混ぜもの」をしない、本当の意味での「人間の街」を目指した場所なんだよ。
幻想郷でいえば里に近いポジションの場所…といっても、結界だって万能じゃないし、どうしても抑止力が必要になる。
なので結界外に数か所、妖精国やホワイトランド管轄の軍駐屯地があって、共同で防衛線張ってんのさ。
あたしが腑抜けてた頃は2、3度、この辺りで割拠してる当時の真祖が本気で攻めかかってきたこともあったらしいが…」
「ま…マジかよ…そんな話知らなかったぜ」
「知ってたら逆に困るよ。
その時、父さんがスノームーンのほぼ全軍を投入して先遣で防衛にあたったらしいんだけど…どう考えても圧倒的不利の状況で、その日の夜のうちに敵さん壊滅して夜逃げしたってんだからわけが解らなかった、ってスマイルの伯父貴が言ってたんだ。
ウワサでは、炎の拳を操る小柄な女の子が、単身相手方の大将ンとこ乗り込んでそいつと取り巻きを悉く再起不能寸前にしたなんて話だが…今思えば、それがあーちゃんの仕業だった可能性もあるよな。
撃退された方も今のランクだと第十三位の貴種、戦闘能力だけとってもこいしかフランレベル。
能力や配下の「顔ぶれ」まで考えれば下手すりゃあたしでも手を焼く程度の奴だし、取り巻きと言ってもSクラス以上の上級魔性だろうから、まあレミィ以外の紅魔館フルメンバーをまとめて単身でフルボッコにできる位の実力ねえとんな芸当できねえわな
「あ…あいつら以上だって…!?
おい烈、あんたのばーちゃんマジで何モンなんだよ…?」
「いやそれを俺に聞かれてもなあ…ただ、昔っからもうバケモノじみた強さだったのは確かだぜ」

顔を見合わせる烈と魔理沙。
とりあえず、とかごめはタクシーを2台呼びとめると、烈に場所の説明をさせるのだが…運転手はその場所を知っているらしく、烈の素性を知って快く引き受けた。

「本来は地元モンもおっかながって近づかねえんだけどな。
そうかい、茜さんに孫いるって話は聞いてたけど、元気そうな兄ちゃんじゃねえか」
「わしらもあの人には世話んなったしな。
途中でうまいメシ屋もあるし、この街初めての子がいるならそこも寄ってみるといいぜ。どうするかい?」
「マジで!? そこ美味いのか!?」
「あったぼうよ! 倉野川や湯梨浜にかけての海の幸をこれでもかって乗せた海鮮丼が絶品なんだぜ!」

わりとがっしりとした体躯の壮年ドライバーの言葉に、魔理沙と鈴花は目を輝かせる。

「私そこ知ってる…すっごく美味しいんだよねそこの海鮮丼…じゅるり」
「涎拭けお前も…まあ、時間的にはいいかも知れないね。
タクシー移動だから気兼ねなく酒も飲めるし、昼間から刺身も悪かねえ。
じゃあ、そこまでまず行ってもらおうかな」
「よし、決まりだ。乗った乗った!」

5人は柔和そうな笑みを浮かべる初老のドライバーの言葉に促され、別れ別れに二台のタクシーに乗り込んでいく。


目的地は捩目山。
倉野川の住人がほとんど近づかない、この地区随一の危険地帯。





【AM11:00 日向美商店街・透子班】
引率:レティ=ホワイトロック メンバー:蒼井透子(班長)、東風谷早苗、藤野つぐみ、リップル=レオンハート、フレドリカ=アーヴィング



倉野川駅から歩いて5分ほどの場所、駅前からでも見えるそのアーケード街は人も疎らで閑散としており、そこかしこの店舗が重くシャッターを閉ざし、「貸店舗」の張り紙がされている。
その中を進みながら右を見、左を見とするたびに、レティは溜息を吐く。

「昔…私がこの街にいた十年前は、こんなんじゃなかったのよここも。
もっとにぎやかで、平日でも地元の買い物客が行きかっていたわ。
それに、近辺の若者達が集まる若者文化の中心街でもあったのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。紫や静葉達と組んでここでなんでも屋をしていた時だって、紫が随分ここの商工会と揉めてたし…私や幽香は「シャノワール族」と呼ばれた若者達の集まりにお邪魔して、バンドミュージックのまねごともしてみたりしててね。
事務所を借りる時も相当なんかあったらしくて、あとで聞いたんだけど契約した後もなんだかんだで難癖つけられたりで立ちゆかなくなって、私たちがこの街にいたのも三年ほどの間だったんだけど…今でもはっきりと思い出せるぐらい、充足した日々だったわ。
それが、今」

彼女はその一角で足を止める。
小洒落た一件の店…遠目からも解る音楽関係の店舗を一瞬見やるも、レティはそれとなく通り過ぎたように見えた。

この時一瞬だけ垣間見せた、レティの悲しげな瞳の理由を、つぐみが知ることになるのはずっとあとの話である。





程なくして、アーケード街を進む一行はその場所へ辿り着く。

他の多くの店舗と同じく、「貸店舗」の紙が貼られたシャッターの上…その部屋には、煌々と明かりがともっている。
その窓が不意にあけ放たれると、そこには見慣れた顔があった。

「遅いわよ、黒幕。
どうせヒマなんでしょ、こっち来て少しは手伝い…って、その子達はどうしたのよ」

頭に三角巾を身につけ、埃叩き片手で姿を見せた静葉に、レティはからかうような口調で見上げて告げる。

「悪いけど、今日の仕事はこの子達の引率よ。
これから開校される学園の下見を兼ねて、この街を見ときたいっていうんでね」
「なによ、まさかそれをダシにしてこっちすっぽかす気?」
「文句あるならかごめに言って頂戴よ。
あの子の指示なんですから」

ふたりのやり取りを見ながら額を突き合わせるリップとフレドリカ。

「あれ…かごめさんの話だと、レティさん勝手についてきたとかそんな話じゃ」
「絶対サボりだよ間違いないよ。
本当の事言っちゃおうか?」

悪戯っぽく笑うリップを小突くつぐみ。
そして、早苗に視線を送ると、こちらも同じことを言おうとしていたのか小さく頷き返す。

「あの、レティさん。
特に目的がなければ、私達も静葉様達のお手伝いに上がってもいいんじゃないですか?
まだ、お昼ご飯というにも少し間がありますし」
「そだね。
この時間だとゲーセンだの喫茶店だの寄るっていったってまだ早いし」

思わぬところから思わぬ意見が出て、えっ、と僅かに顔をしかめるレティ。
悪戯っぽい顔のリップに負けないくらい、悪戯っぽい笑顔の静葉が階下へ答える。

「気にしないでいいわ、そのヒキョウな黒幕さえこっちに置いていってもらえれば。
とりあえず午後は私、手を開けていいって話になってるし、そしたら私がこの辺りを案内してあげる。
そこのサボリ魔ほどじゃないけど、この街のことならよく知ってるからね」
「ちょっと待てコラ不良秋神!
その代わりにわたしに働けっていうの!?
私にはこの子達の引率と、シャノワールのエスプレッソを楽しむという目的が」
「紫、話しついたしスキマで黒幕様だけこちらに案内して差し上げて(#^ω^)」

静葉がそう言うや否や、レティの脚元にスキマが出現してその中にレティが回収される。
上の一角で、どさっ、という音がしたところを見ると、そちらに送られたことは簡単に想像ができた。

「はーい一名様ごあんなーい♪」
「ちょっともーなにすんのよー!」
「いいからあんたも掃除やんなさい。
まだトイレが手つかずなんだから、そこからよろしく」
「うーわ最悪だこいつらー!!><」

苦笑しながら顔を見合わせる五人に、再び窓から顔を出した静葉が告げる。

「大体の事は解ったわ。
かごめには私から連絡しておくし、あなた達はとりあえず黒幕が言った「シャノワール」で休んでて頂戴。
待ち合わせにはちょうどいい場所だし、昼過ぎぐらいに迎えに行くわ」
「わかりましたー」
「おおいちょっと待てーちくしょおおおおおお!!><」

レティの恨みがましい悲鳴をバックに、静葉から投げ渡された(恐らくはかごめからレティに預けられていただろう)財布を受け取ると、少女達はその場所を後にした。





【AM11:15 倉野川総合病院・氷海班】
引率:洩矢諏訪子 メンバー:星川氷海(班長)、藤野愛子、小鳥遊蕾夢、本居小鈴、片岡千夏



バスに揺られること30分、ロータリー内に設置された停留所に降り立った一行の前には、いかにもといった感じの立派な病院がある。

倉野川総合病院。
倉野川地区最大にして、唯一の救急指定病院である。


「ほう、随分立派な病院じゃんか」
「この病院、病室からの眺めがすっごいんだって。
あと、近くに温泉が湧いてるから、日帰り温泉の施設も充実してるって書いてあるよ」

手にしたスマートフォンを見ながら、千夏は補足を付け加える。
その言葉を聞いているのかいないのか…小鈴は茫然と、その目の前の景色に見入っていた。


目の前に広がる、広大な蒼の景色。
幻想郷で生まれ育った彼女が、初めて目にする海がそこにあった。



「…無理もねえわな。
実は中学ン時に早苗が家族旅行で海にいった事が一度だけあったのにくっついてったんだけど、今のアイツと同じ顔してやがった。
小鈴、生まれも育ちも幻想郷だもんな、海なんて見るのも初めてだろうし」
「私は生まれた時からずっと暮らしてきた場所ですからね、すっかり見慣れてしまったものですよ。
けど…たまにこの景色が非常に恋しくなる時もあるんです」
「あんたにもそういうのあるんだな…まあ、ないヤツの方が珍しいよな。
しかし氷海、ここへ来たはいいがとりあえずどうするよ。
まさか病院内を見て回るわけにもいかんだろ?」

いえ、と氷海は首を振る。

「一応、父には前もって連絡してありまして…退屈凌ぎになるか分からないが、見学する位なら構わないという話でした。
実は私もこっそり来る事が多かったんですが、一般利用できるレストランと、日帰り入浴施設は近辺でも有名な行楽スポットになってるんですよ。
父も、患者さんより温泉目当ての一般客の方が多いと、笑っていましたわ」
「ほへーそうなのか。
お前らどうする?」
「病院かあ…でも、温泉とかちょっと見てみたいかも」
「私も付き合ってもいいわ。
もしかしたら、今後お世話になることもあるかも知れないし」
「愛子さん縁起でもない事言わないでよ!!
とりあえず小鈴っち引っ張ってこよ、なんかあのままにしといたらあのまま日が暮れちゃいそう」

苦笑しながらも、蕾夢と千夏は固まったままの小鈴の手を引く。
我に返って慌てるその姿に笑いを隠せない一行は、氷海の案内で病院内へと歩を進める。




【PM0:00 日向美アーケード内喫茶店「シャノワール」・透子班】

一行は、レティが向かおうとしていた…そして静葉が指定した喫茶店へと足を運んでいた。
看板にも店の名前に加え「喫茶・軽食」と銘打たれていたので、ここで腹ごしらえをするということで皆の意見が一致したのだ。

席についてめいめいの注文を済ませると、きょろきょろとリップは店の中を見回している。

「ちょっと落ち着きなよリップ、田舎者丸出しみたいに」
「まあまあ…リップは王宮暮らしが長かったし、あんまりこういうお店入ったことないから大目に見てあげて。
でも」

顔をしかめるフレドリカを宥めながら、つぐみも店の一角に目をやる。

「このお店、結構変わってるね。
ピアノ置いてあるのはともかくとして、あの区画…バンドステージなのかな?」
「バンドステージぃ?
パブとかなら話解るけどここ喫茶店だよ?」

怪訝な顔をする透子。
すると、先程注文を取りに来た、店員の少女が何時の間にか席に戻って来て、説明を始める。

「えっと…そこの金髪の…えっと跳ね髪の子が正解です。
うちのオーナー、っていうかお母さんと仲間の人たちが、昔この店でバンド活動していた名残なんです。
今では、私と友達も時々使わせてもらっているんですよ」
「そうなの?」
「ええ。
ところで皆さん、大体みんな私と同い年くらいに見えますけど…夏休みのクラブ旅行か何かですか?」

人懐っこい笑顔の、ショートボブの黒髪のその少女の問いかけに、透子は頭をふる。

「んや。
あたい達は来季から、この街に開校される学園に招待生として編入されるってことになって、その下見に来てんだ。
暫定的には今だと…「日向美高校」になるのかな?
「あら…ひょっとして、私の学校で十人位転校生が来るかもって話があったんですけど…ひょっとするとみなさんが?
私、春日咲子って言います。
その「日向美高校」の一年生なんです」

咲子、と名乗ったその少女がお辞儀するのに対し、少女達も同じように挨拶と、自己紹介を返す。
やがて料理を運んできた彼女も、店のオーナーという彼女の母親の計らいで同席を許されることになり、少女達は談話に花を咲かせる。

「へえ、じゃあ咲子さんもバンドを?」
「はい。
メインでやってるまりかちゃん、イブちゃんは同じ高校で…「日向美ビタースイーツ♪」っていう5人組のバンドなんです。
今はまだ、この街のライブハウスをお借りしたり、ネットラジオくらいでしか活動していない小さなバンドなんですけど」

話を始めてしばらく何かを考え込んでいた様子の透子は、そのバンドの名前を聞いて思い出したように手を打つ。

そうだそうだ、「ひなビタ♪」だ思い出した。
「シャノワール」って店の名前、そういえばなんかで聞いた覚えがあると思ってずーっと引っかかってたんだよね。
イブってあの子だろ?
見た目はわりと都会派ギャルって感じだけど、なんか言葉がすっごく古いっていうかズレてて面白い子」

透子の言葉に咲子も苦笑が隠せずにいる。

「イブちゃんはその…なんていうか流行には敏感っていうか…そういうのすっごく気にするんですよね。
最近はむしろそっちをあえてアピールしていくって息まいてますけど」
「そういえばあんたの顔も見た事あったよ、今更だけど。
何時だったかすっごいゴスロリパンクのメイド服着て、ノリノリで歌ってたよね?
「うわっ…そそそれは、忘れて頂けるととってもとっても嬉しいなって…!
そ、そういえば皆さん幻想郷を知っていらっしゃるんですよね。
あそこにも鳥獣戯楽って言う、とってもとってもパンクでファンキーなバンドがあるって聞いたんですけど。
なんでも、ヤマビコさんと夜雀さんの妖怪コンビのバンドだって」
「いや、えっと、あの連中は…」
最近解散させられたんですよね…その、幽谷響(やまびこ)の保護者の住職さんと里の先生の手で

苦笑を隠せないフレドリカと早苗の言葉に、そうなんですか、と、何故か少しがっかりした様子の咲子。

「うーん…あの生放送のがこの子の本性だとすると、あの連中とシンパシーすっごい合うかもね。
今からでも白蓮さん説得して再結成させてみよっか?
「ひなビタ♪放送局」史上最強の放送になるかも」
「えっ、そんなにおもしろかったの?」
「うんまあ、その回だけはタイムシフトもなんか権利者削除されちまってたけど、あたいその前に速攻でダウンロードして保存したんだよね。
あんまりにも面白かったからね、ひなビタ♪ファンの中ではあの回すっごい評判良かったんだよねー。
まぼろしの神回っ、とか言われてて」
「うんうん、わかるめうわかるめう。
けど巻き込まれためうとしては、流石にちょっとアレのアンコールステージは御免蒙りたいところなりよ」
「どして?」
「流石にちくわ大明神のめうとしても、あの時のさききの料理には途轍もないカオスと狂気を感じためう。
まるでわけのわからないものを最高スピードでしかもバラスピ横分身加えてS乱入れた時位の絶望しかなかっためう」
「その例えは全く解らんけど、まあ本当アレは傑作で…っていうか誰だお前
「めめ、めうちゃん何時からそこにッ!?
あと透子さんあの回保存してるとかとってもとっても私困りますうううううううう!!><

その闖入者を含めた笑い声と、顔面ゆでゆでダコ状態の咲子の悲鳴をBGMに、ランチタイムは緩やかに過ぎ去っていく。




【PM1:30 捩目山地区・風雅班】

周囲にあったはずの段々畑も荒れ地になっていく、開けた山道が砂利道になるその手前で、二台のタクシーが停車する。

「悪ィな姐さんがた。
俺らまで昼奢ってもらっちまった分際でなんだが…乗せてきてやれるのはここまでだ。
こっから先は、下手に進むと帰れなくなっちまう
「いや、十分さ。助かるよ。
とりあえず兎月まで降りてくれば、タクシーは捕まえられるんだろ?」

かごめは二台分の料金を支払いながら、車を降りる。
壮年のドライバーはばつの悪そうな顔でなおも告げる。

「だがよ…姐さん本気で行く気かい?
たまにだけど来てくれる妖精国の将軍だって人と、あんたの感じ似てるから、なんとなく大丈夫だって気がすんだけど」
「あたし達の目的はこいつのばーちゃんに会うことなんだからね。
むしろあんたたちこそ良かったのかい?
あたし達にしてみれば大助かりなんだが」
「言ったろ、昼飯奢ってもらったのもあるし、そもそもわしら茜さんには随分世話になってるしな。
実はな、オレん家がこのすぐ近くでさ…余り大っぴらにしたくはねえが、ここ昔から、熊やヤマイヌでもねえとんでもねえ化け物がうろついて回る事があるんだよ。
でもな、二十年ほど前から茜さんがこの山に住むようになって、そいつらをみんな追っ払ってくれたんだ。
猟銃も何も効かねえ奴らを、あの人素手でみんなぶちのめしちまったんだよ
「俺も旦那の話聞いた時は眉唾でな、つい出来心で山ん中はいって、見たこともねえミミズみてえなバケモノに食われそうになったのを、茜さんに助けてもらってな…あんときはマジで生きた心地しなかったぜ。
オメエらも悪い事は言わねえ、会うだけなら時々茜さん集落に買い出し来ることもあるし、来たら呼んでやるよ?」

かごめは周りの面々に、どうする、と言わんばかりの表情で振り返る。
烈と魔理沙、そして鈴花が頷くのに、一拍置いて仕方ない、という表情で風雅が頷く。

「あんがとよおっちゃん。
でも、俺達は大丈夫だぜ。
もしかしたら俺らもまた地元の高校に通う事になるみてえだし、それをはやくばーちゃんに伝えてやりてえんだ」

烈の言葉に、止めても無駄と悟ったのかドライバーたちは溜息を吐く。

「まだ日はたけえから大丈夫だと思うが…逃げる事は恥じゃねえからなボウズ。
俺らはまだしばらくここにいるし、あぶねえと思ったらすぐ引っ返してくんだぞ?」
「いいのかい、あんたら?」
「ああ。
この辺りまでなら、最近は不思議とヘンなバケモノも出ねえんだ。
多分茜さんの縄張りだっての、奴らも理解してるからなのかもしれねえし…それに、まだ他の場所行くなら、アシも必要だろ?」

心配そうに見送る二人のドライバーに一時の別れを告げ、一行は森を走る林道に足を踏み入れる。





恐らくは、本来山菜を取ろうと地元の者が作ったのだろうが…山道は舗装されておらず、程なくして彼らの歩くその道は獣道になっていた。
彼らの言う通り、この森に巣食うバケモノたちの所為で少なからず仲間が犠牲になった事を受けて、途中で道を作るのをやめたのであろう。

それとともに周囲に微かな瘴気が立ちこめ始めている光景に、かごめは眉根を顰める。

「成程な。この辺りは結界が薄くなり始めてたのか。
しかもこの辺りからだと…黒森の最外周部に丁度接触するはず」
「どういうことです?」

こちらも瘴気を感じ取ったのか、わずかに険しい表情の風雅が問いかける。

「黒森の話は何度かしたよね。
妖精国の一部、スノームーンの一部と魔界荒涼部にまたがって広がる魔の大樹海…ありとあらゆる常識を何処かへ投げ捨て、トチ狂った進化を遂げた怪物と危険生物の集積場。
しかも、年々その範囲は外へと広がりつつあって、丁度三十年前に、この辺りもその浸食を受け始めたとは聞いてるんだけど…特に顕著なのが、森の北西部…丁度、スノームーンからもっとも近く、そしてもっともよく知られる危険区域「蛭の森」

先頭を行く、かごめが不意に足を止める。
あとを行く少年達も、かごめから数歩離れた位置で立ち止まる。

「あの森には多種多様の吸血蛭が生息してて、寄生性、もっと言えば「感染性」の強いものが多い。
黒森に住まうあまたの危険生物にあって、特にヤバいのは「蛭の森」の多種多様な蛭どもと、「蛇の森」の古種バジリスク、知能が高く群れで竜すらも屠るムーンハウンド…五指に入るレベルの連中の一角だな」
「え、えーっと…ヒルってアレだよね、足がなくてうねうねってしてて、血を吸うとかいう奴」
「環形動物門ヒル目ヒル綱、ミミズに似ているが身体の両端に吸盤を持ち、その多くが外部寄生性を持ち他の動物の体液を吸う。
一部ヤマビルなど人間に対して吸血性を持つものがいるよね。
ただ、あの森のヒルはそんな可愛げのあるシロモノじゃない…身体の穴からとは言わず、皮膚を食い破って体内に潜り、宿主を意のままに操り、次の宿主を見つけると宿主を文字通り「爆弾」として、生息域を広げる悪魔のような奴もいる。
あの森からやってきた一匹のヒルで巨大な都市が一週間経たずに全滅し、森に呑まれたなんて例があるくらいだ

かごめの真に迫った言葉に、大袈裟な位真っ青な顔で縮みあがる鈴花と魔理沙。

「それに、蛭共の中には長い年月をかけて、強い魔力を持つ魔性魔獣の血を吸い続け、悪龍と化す奴もいる。
そいつらは、こういう悪魔のような「分身」を、自分の行動範囲にばらまいて縄張りを広げてきやがる…スノームーン周辺における、もっとも忌避すべき災厄だ」
翡翠蛭竜(ジェイドワーム)…ですか。
魔獣の中で、現在の貴種クラスにも匹敵する強大な戦闘力を持った…亜竜
「ああ。
その蛭竜の中での共食いを勝ち残り、この暗黒の樹海を根城として割拠する悪性貴種の一角が、さっき少し触れた、この地域に攻め入ってきたっていう貴種…悪夢の森の王「墨眼」
綻び始めているとはいえ、さすがにまだ結界が生きているおかげでちっこいのは除去されちまうから…その母体というべき翡翠蛭(ジェイドリーチ)を結界に向けて突っ込ませてるのかもわからんね。
あいつの眷族は、人間の血が何よりも大好物なんだ。
倉野川に攻め入ってきたのも、エサ場を確保する為なんだろうな」
「エサ場…だって!?
野郎ッ…俺達の街をなんだと思ってやがる…!」

怒りに震える烈を宥めつつ、かごめは周囲に気を放つ。

そのただならぬ気配に…四人は気付いた。
途轍もない気を放つ何かが、凄まじいスピードでこの場に接近してくる事を。


「奴は執念深く、執着心も強い。
そして、一度その地が浸食されれば、奴らがばらまいた寄生性のヒルを恐れて誰も近付けなくなる…当然、結界を貼り直す為の術師もな。
あんたはその代わりになる事を選んだってことだな、あーちゃん!!


♪BGM 「Force Your Way」/植松伸夫(FF8)♪


見上げる木々の間を割って、ひとつの影が飛び出すのに呼応し、闘気を全開にするかごめも飛翔する。
鋭い二つの蹴りが空中で交錯し、かごめとその、鮮やかな緋色の髪を翻す少女が同じように口の端を釣り上げる。

ばーちゃん!?
「えっ、あれが!?」

烈の声に、一拍置いて驚きと呆れが綯い交ぜになったような表情で魔理沙が返す。

しかしそんな面々を余所に、かごめと少女は空中で凄まじい拳の応酬をしている。
その拳は比喩でも何でもなく、互いに炎と火花を散らし、ひときわ強烈な一撃を交錯させて一拍置き、強烈な勢いの熱風が四人へと吹きつけた。

「きゃあ!?」
「熱っ!!
な、なんなんだぜこれっ!?」

魔理沙は気を取られながらもギリギリで防御の魔法を発動させて鈴花を庇う。
その攻撃の余波ですら、周囲の地面に焦げ跡を形成している時点で、件の二人がいかに恐ろしい応酬をしているかを理解し、魔理沙は戦慄した。
それは、紙一重で回避していた烈と風雅も同じく。

「鈴花! 霧雨さん!」
「こ、こっちはなんともないぜ!
っていうか…まさかかごめの奴、一切手加減してねえのか!?
あのちっこいの、とんでもねえぞ!?
あとアレどう見てもばーちゃんに見えな…うわああ!?」

さらに強烈な攻撃の余波が襲いかかり、魔理沙も軽口をたたくのをやめて防御壁の維持に追われているようだ。
風雅は即座に魔装を展開すると、風を操って魔理沙の張った障壁にかかる負荷を軽減しようとする。

「くっ…余波ですらこれか…!
烈、つくづくお前、よくあんなのをあの時真正面から受けに行ったな…!」
「で、でもでも、あの子かごめさんとめっちゃ互角に戦ってるよ!?
あの子が烈さんのおばあちゃんなの!?
どう見ても、私より年下に見えるんだけどっ」
「いやー…俺も物心ついた頃からばーちゃんあんなだったからなあ」

何処か言われたことの意味を理解してない様子の烈に、そういう問題じゃないだろ、とばかりに顔を見合わせる風雅と魔理沙。

眼前では、かごめがその少女の蹴りをガードした状態で地面にたたき落とされそうになったところを踏みとどまる。
接地の瞬間、心なしか目の前が揺れたような錯覚にとらわれる間もなく、少女が追撃で放つ踵が空気との摩擦か…それとも彼女自身の力か…真紅の炎を纏って振り卸されてくる。

その紅蓮の鉄槌がかごめを捉えようというその刹那、風雅ははっきりとそれを見た。
一瞬、彼女は正面に斜めの十字を組むように構えると、左を天、右を地へと突き出す構えをとる。

(あの構え…まさか、天地魔闘か!?

一瞬だけ、ある戦いで魔界の神を名乗るその女性が見せた構えだと、風雅は直観する。
そして…一瞬後にそれは、確信と変わる。


「フェニックスウィング!!」

振りあげられた掌底が、少女の踵を盛大に跳ねあげる。

「カラミティエンドッ!!」

空中でバランスを崩すその体躯に、天に構えたその刃が蒼い炎の閃光を纏って落とされる。
そして、身を翻す右の拳に、凄まじい炎の魔力が集中する。

「これで終いだよ…カイザーフェニックス!!」

放たれた紅蓮が、美しくも恐ろしい鳳凰となって、少女めがけて飛翔する…!
だが、烈が声を上げるより前に…少女は魔力を纏った指をそのクチバシへと突き入れ、真っ二つに引き裂いた。


「…見違えたよ、あーちゃん。
これ、あたしの隠し玉だったんだけどね…どこぞのたくましい魔界神サマの見様見真似だけど」
「その実験台にわしを使ったってのかい。
ったく…五十年ぶりの再会だってのに、相変わらずだねかご姉は」


着地した姿勢のまま、屈託なく笑うかごめに呆れ笑いを返すその少女。


またの名を「煉拳の聖童女」。
かごめ同様…藤野一族でもとうにその存在が伝説と化していた、藤野の血族に連なる最後にして最強の拳闘士・東條茜。
彼女らが会おうとしていた人物が、目の前の少女。