「はあ…はあ…くそっ、早苗の手まで駆り出さなきゃ、なんて。
私も本当にヤキがまわったかな…」

今なお強烈な瘴気を吐きだし続ける奇怪な樹海の中、全身からとめどなく血を流しながら荒い息を吐き、よろめきながらも立ち上がろうとする諏訪子。
その周囲には、彼女に襲いかかっただろう多数のおぞましき蟲の死骸が転がっている。


蛭の唾液腺から分泌されるヒルディンという物質が、生物の血小板機能を阻害し血液の凝固を妨げる効果があることは有名だろうが…異形の姿と生活環を持つ「蛭の森」の蛭もその例には漏れない。
活動しやすいからという理由で、タルシスの樹海行以来「人間の肉体」を有している諏訪子であるが…神として受ければさしたるダメージにならない今の状況は、出血多量により行動不能になりかかっている非常に危険な状態であった。
かと言って、この場で「人間の肉体」を捨てることは、自身の祟りの力を貪り食った蛭達に想定外の力を与えかねない。


朦朧とする意識の中、逡巡を続ける諏訪子に、新たな蛭の塊が血の匂いに誘われ頭上から落下してくる。
回避が遅れ数匹程度、身体の至る所に取りつかれるが…彼女は祟神達を総動員して、自らの血を猛毒に換えて即座に蟲どもを振り落とす。

しかし…その反撃を行うごとに、諏訪子の消耗は激しくなる一方だった。


-ククク…粘るではないか小さき祟神。
「墨眼」様の手下に過ぎぬ我ごときにここまで苦戦をさせられているとは、先の大口はどうしたのだ…?-

気持ちの悪いだみ声が、諏訪子を嘲るかのように周囲に響く。

「袈裟掛」を名乗るその蛭竜の眷族は、既に自分達の領域と化したこの分譲地で諏訪子を消耗させ、事実追い詰めていた。
諏訪子自身、たかが貴種の眷族と舐めて当たったことは事実であろう。だが、後悔してもはじまらない。彼女はその嘲笑を耳にしながらも、努めて冷静に打開策を見出そうとする。

だが。

彼女は身体に違和感を覚え、次の瞬間膝を突く。


何時の間に、と思う暇すらなく、腿を伝い足元に血だまりを作るほどの出血に体力を奪い取られ、諏訪子は自分の血だまりへと崩れ落ちた。


(しまった…何時の間に…くそっ…!)


-その力に満ちた血が、我らをさらに進化させてくれるだろう!
この森の、我らの糧になるがいいわ!!-



群がる蟲に埋もれるようにして、諏訪子の意識は遠のいていった。


(さな…え…!)



ポケモン対戦ログ幕間 「日向美狂詩曲」 其の四・アウトブレイク



AM12:00 日向美商店街・風雅班


倉野川公園に居合わせた風雅達と合流した早苗は、商店街へ向かう道中で彼らに諏訪子の話を伝える。
彼らの乗る分の自転車を、めうは商店街中をかけずり回って調達してくれるとの話を聞き、さくら野へ向かう早苗達を見送ることなく彼らは商店街へと駆けていく。

「なんでそういう話をもっと早く言ってくれねえんだよ!
倉野川どころか、それを阻止しに行ったあの人たちですら危なくなってるって言うのに、俺達に黙って見てろって言うつもりだったのか!!」

その道中…氷海からの連絡を受け、その事実を知っていただろう風雅へ烈は喰ってかかる。

今のお前が一番の答えだろう!
むやみに突っ込んで言ってどうにかなるとは俺には思えない!」
「んだと…!?」

足を止め、怒りを露わに風雅の襟首をねじあげる烈。

「や、やめてよ二人とも!
こんなことしてる場合じゃないじゃない!」
「そうだぜ、落ちつけよ。
こんなことしてれば余計に悪くなる一方かもしれないんだぜ!?」

それを鈴花と魔理沙が間に立ってなんとか仲裁する。

「兎に角、私達のチカラが必要だって諏訪子さん言ってるんだよ!?
急がなきゃ…お兄ちゃんだって、きっと…!」
「鈴花…」

申し訳なさそうにうなだれる風雅。

「過ぎた事を言ってもしょうがないぜ。
今はただ、一刻も早くさくら野に向かうだけだ!

魔理沙の仲裁を受け、再び走り出しながら…気まずい沈黙ののち、烈は悔しそうに言う。

「こんなときばかり…俺達は子供扱いなのかよ…!
あのひとたちが出鱈目に強いのだって…戦った俺が…俺達が一番よく知ってる…でも…!」
「気持ちはわかる。
だが、俺達はあまりにも「敵」の事を知らなさすぎる…それがのこのこと混ざりに行って、足手まといになったらそれこそ本末転倒だ。
俺達が迷惑をかけてしまえば…今以上の事態だって起きてしまうかもしれない」
「なんでだよ…風雅お前悔しくはねえのか…!?
俺達が生まれ育った町がこんなことになっちまったってのに、俺達には手出しするなって…!」
悔しくないわけなんてあるか…あってたまるか!
だから…今は急いでさくら野へ向かう! それだけだ!」

烈にも本当は解っているのだろう。
普段は自分たちの中でも一歩引いたところで斜に構えているように見えても…結局この「親友」も自分と似た者同士だという事を。
それが無理に頭を回して、最良の答えを導き出そうとしていてくれたことも、恐らくは。


あえて言葉に出さず、烈は風雅へ心の中で詫びた。
その目の前に、早苗の説明にあった通りの姿をした少女…めうと、その隣で彼らを迎え入れようとしている小鈴が手を振っているのが見えていた。




同時刻…倉野川駅前ロータリーバス待合所・氷海班


天神大社から戻り、次のチェックポイントである東雲神社を目指す彼女らであったが、全路線バス運休という事態にその事態の重さを再認識した一行は、電車の中で美結の集めたという「蛭の森」の蛭に関する資料に目を通す。
何時の間にここまで、と思えるほどの、美結が集めた資料に、三人は改めてその恐ろしさを知ることになった。

「けど…問題はこれだけじゃないんです。
最近になってようやく、倉野川の本当の周辺…妖精国とかの話も入ってきはじめていたんだけど、結構大変なことになってるみたいなんです。
例えば、人界との融和策が進んで商工業発展著しい今の妖精国に反感を持って、反社会的活動を繰り広げるひとたちの存在。
それが…この妖精国のカルト教団「森の梟」」
「確か…妖精国のメイン宗教である樫の樹教の過激派集団だったわね。
妖精は自然と生きなければならない、自然を害する者にはすべからず神罰を与えるべし、その為にわが手を血で汚す事も厭わず…そんな教義よね
「どういう…こと?」
「例えば…今の「ほしゆめ」の会社みたいに…新興住宅地を切り開くために山を潰したりとか、そういうことをする人間はすべて殺しちゃってもいい…それを、絶対の正義だと謳ってる団体なんです。
ほとんど、というか、まんまテロ組織です」
「そいつらがあの気持ち悪い森を広げようとしてるの!?
もうやだよ…私あんなの見たくない…なんでそんなことするのっ…!?」

千夏はそれを決して見ようとせず、小さくうずくまって震えている。
氷海は少しずつではあったが彼女から事情を聴き…幼い頃、同じ一族の血を引く大魔性である葉菜とともに「蛭の森」で迷い、蛭の寄生症にかかり瀕死の重体になったことと、森でのおぞましい光景がトラウマになっていることを知ることとなった。

美結は余程言いづらい事があるのか、口をつぐんでしまう。
そのとき…ひとつの人影がそこへと近づいてきて告げる。

あいつらは…大っぴらになってないけど、つぐみの事が気にくわないらしいわ。
蛭の森は、スノームーンにほぼ隣接してるけど、直線距離にしておおよそ100km程度離れた場所にある。
そのルート上には陽溜丘がある…つまりは、そういうことよ」
紗苗(サナ)…さん」

濃い栗色のウェーブがかかった髪の、ノースリーブの青のサマーセーターとジーンズを穿いた長身の女性…それは、妖精国の将軍でもありかごめの姐替わりであったという人物、藤野紗苗。
事情を知っている彼女は千夏の隣に座り、恐怖で泣いている彼女をあやすようにしながらその事実を告げ始める。

つぐみは、15年前に魔界で反乱をおこして、妖精界の一部にも凄惨な被害を出した魔界西方公、その王族の血を継いでる。
連中にしてみれば、完全に滅ぼした筈の不倶戴天の仇敵…その血が一滴でもこの世に残ってる事自体が我慢できないということよ…!!」

紗苗の表情からも、その事がどれほど彼女の腸を煮えくりかえらせているのかをうかがわせる。

「冗談じゃないわ…そんなつまらない理由だけで、私やかごめちゃん達が、あれだけ長く苦しい思いをしてきてやっとつかんだ幸せを、あいつらは壊そうとしてる…!
妖精国首脳でも、連中と親和的な態度をとっている奴らばっかり…ふざけた話だわ。
その所為で自分達の住む場所がなくなるだけならいい、本当に困るのは、そういうくだらない事情を知らない妖精国に住むみんなだって言うのに!

立ち上がる紗苗。

「あなた達は、安全な場所に避難して頂戴。
山の方では多分、かごめちゃん達がどうにかしてくれるはず…私は、倉野川病院の方へ向かわなきゃ」
「待ってください紗苗さん!
病院って…私の家がいったい!?」

顔色を変える氷海に…一瞬躊躇いをみせるものの、美結は意を決して告げる。

「さっき云いそびれてしまったんだけど…「蛭の森」の瘴気中毒…「森中り」は特殊かつ危険なんです。
あの森の蛭の一部は、あの瘴気に乗せて産卵をする…胞子のように軽いその卵は、他の生き物の体内で孵化し、栄養を蓄えて成長し…その数が多ければ、人間も腹を食い破られる。
それに孵化すれば、宿主の血を栄養源にして瘴気を吐きだし始めるんです…処置が適切でなければアウトブレイクの原因にもなりかねない」
「そん…な!
病院でそんな事が起きたら、お父様達が!!」
「星川さんなら…あなたのお父様は、それをよく知ってる。彼に任せておける事態であれば、私がわざわざ出向く理由はないわ。
けど、問題はそれだけじゃない。
翡翠蛭竜「墨眼」の眷族は、その「墨眼」を筆頭に高位の連中は他の生き物に取りついたり、分身体を寄生させることでそれを操る能力を有している。
挙句…「梟」の実働部隊の一部が既に身体に毒蛭を宿し、奴らの先兵になり果てた状態で病人になり済まして混ざり込んでいる可能性が大きい。
病院を起点に、この街へ一気に森を浸食させはじめたら…この街は終わりよ…!」

踵を返し、病院へ向かおうとする紗苗。
氷海は、寸毫の躊躇いもなく、その背に訴えた。

「待ってください!
私も…私も行きます!
氷雪属性の魔装持ちである私なら、決して足手まといにはなりません!!」
「気持ちは解るわ、でも」
「貴女のメインの属性は流水、蛭とは本来非常に相性が悪いのでしょう!?
あの病院は…私にとって大切な場所なんです!
それに…あの近くには、美結さん達を始め私の友達だっていっぱい住んでるんです…その平和を脅かそうというのであれば、私の力で彼らを粛正する!」

紗苗と氷海、二つの視線が交錯する。
僅かな沈黙の後…紗苗は諭すように告げる。

「あなたはいいとして…その子達は、どうするつもり?」

氷海はその言葉にはっとして、後ろの三人を振り返る。
恐怖にうずくまる千夏を庇うニアと、心配そうにその成り行きを見守る美結。

氷海ちゃん…あなたの能力の高さは、かごめちゃんやレミィも非常に高く評価してるし、私も同じよ。
正直、連れて行けるのなら戦力としてこれほど心強いことはない。
けど…だからこそ、戦えないその子達を護る力になってあげるべきだわ。
病院へは私一人が行くわけじゃない、連絡はついてるから」
だったら、私の代わりに彼女を連れて行ってあげればいいじゃない。
葉菜さんほどじゃないけど、私だって森の蛭なんてキショいの、正直あんま相手にしたくないんだからさー」

何時の間にベンチに座っていたのだろう。
ワインレッドの帽子とコートを身につけ、三つ編みの黒髪を揺らす少女…アンナが呆れたように吐き捨てる。

「千夏たちは、私に任せて。
サナさんは、この子と一緒に病院へ。それで万事解決でしょ?」
「そうね…距離的に一番近くにいたの、考えてみればあなただったものね。
氷海ちゃん、この先は命懸けの戦場よ…あなたが想像できないくらいの惨状を、目にする覚悟はあるかしら?」
「その程度の言葉で止まるようなら、初めから連れていけなどと言いません…!」

紗苗はその答えに満足そうに頷く。


そして…紗苗の召喚した鳥の幻獣の背に乗り、ふたりは倉野川の病院へと向かった。




時はさかのぼりAM9:40 捩目山北部、兎月(うげつ)地区・東條茜&黒沢大牙


「やはり「梟」共の仕業か」

その凄まじい光景を睥睨し、茜は忌々しげに吐き捨てる。


ほんの一日前、タクシーの車窓から眺めた麓集落ののどかな風景は、無残な光景に変貌していた。
そこには既に、禍々しい形状の節くれだった表皮を持つ奇怪な植物と、そこを這いずり瘴気を吹く忌まわしき蟲がうごめく狂気の森と化している。


その視線の端に、何かに対して威嚇するかのようなすさまじい気を放つ大牙の姿もある。

「気をつけろよ大牙。
いくらお前が優れた大地の気を操ろうと、毒蛭の毒を受けてはマトモに動けなくなるからの。
十二王方牌をメインに奴らの領域を切り崩せ。
邪魔な蚊トンボどもはわしが片っ端から叩き落とす!

「はい、師匠!!」

その声と共に、植物の影から、建屋の上から、黒装束の一眼が一斉に仕掛けてくる。


♪BGM 「我が心 明鏡止水 〜 されどこの掌は烈火の如く」(機動武闘伝Gガンダム)♪


高速で気を練り、気弾を己の拳へと変えて放っていく大牙。
流派東方不敗が奥義の一つ「十二王方牌」の基礎型であるが、幾度となく放ってきたその気弾の制御は完ぺきであり、彼は驚異的な精密さで次々と魔蟲を潰していく。

黒装束の一人が大牙めがけて、数え切れぬほどの無辜の血を吸ってきただろう凶刃を走らせる…が。

「貴様等の相手はわしだと言っただろうが!
沈め! バーニングフィンガー!!

凝縮された炎の魔力で真紅に燃え上がる掌が、その頭部を無造作につかみ、地面へと叩きつけるとそこに凄まじい火柱が噴き上がる。
その火柱が収まると…哀れにもその五体は一瞬のうちに物言わぬ黒い塊となっていた。

「愚かな…何の目的でそうしているか知らんが、貴様等よりにもよってあの竜気取りの虫ケラに魂を売りおったな?
何故そこまで倉野川を滅ぼそうとしておるのか…聞いても無駄なんじゃろうな、わしの言葉などとうに理解できておらんのじゃろ?」

その恐るべき力を察知しつつも、黒装束の一団はじりじりと間合いを詰め、そして僅かに下がりを繰り返す。

「師匠、彼奴等からは既に生きた妖精の匂いがしません。
おそらくは」
「解っておるわ。
腐った魚の様なこの生臭い匂いは「翡翠蛭」…10年くらい前にぶちのめしてやった筈じゃが、「墨眼」の側近のどいつかが居るな。
郷の賢者の式が言うておった通り、結界にはとうに穴があいておったということか」

茜は大牙と背中合わせに構えをとる。

「これ以上の「森」の浸食を許してはならん。
早急に、母体を探し出して叩く! ここを制圧したらわしらも穴を探して潰すぞ!
「はい!!」




AM10:00 捩目山北部、倉野川最北端・秋静葉、風見幽香、レティ=ホワイトロック


森に踏み込む新たな侵入者に、周囲の岩や木々の幹に擬態していた魔性の蛭が、いっせいにその姿めがけて飛びかかる。
しかし…静葉が静かに抜刀し、目にもとまらぬ速さで納刀された際に生じた無数のカマイタチがその無粋なる蟲達を瞬時にナマス切りにしていた。

「“街殺し”だわ。
まさかこんなシロモノまで侵入しているとはね」

静かに目を閉じながら、静葉は呆れたようにそう吐き捨てる。


“街殺し”。
森の蛭の中で、最も凶悪かつ恐るべき性質を持った一種。
周囲の景色に同化、擬態し…通りかかった獣の体腔へ侵入して増殖し、最後には哀れなる宿主を「爆破」しておぞましき己の分身をばらまく悪魔の蟲。
この凶悪なる悪魔によって、妖精国の小さな属邦がひとつ全滅した例すらあった。


「そういえば、紗苗(サナ)が言ってたわね。
蛭の森の外縁には、蟲が必要以上に生息域を広げぬよう、森そのものが生み出した「天敵」が居た筈。
それを…ここ数十年でことごとく枯らして歩いた馬鹿共が居ると」

その傍らに立つ、幽香が静かに妖気を解放し始めると…別の地面や木立の影から、キチキチと細かい歯を鳴らしながら“街殺し”達が鎌首をもたげる。
あわやそれが一斉に飛びかかろうとした次の瞬間…その胴の半分が、一瞬のうちに消し飛ばされていた。

それをやってのけたのは、幽香の左腕に根を下ろし、くちゃくちゃと咀嚼音を立てる、まるでハエトリグサとウツボカズラが綯い交ぜになったような奇妙な植物の魔物であった。

蛭喰草(リーチイーター)じゃない。
今じゃかなりのレアものらしいわよ、あなたそんなモノまで飼ってたの?」

何時の間にそこにいたのか、呆れたような表情のレティに、幽香はにっこりとほほ笑む。

「ええ、苦労したわ。
此の子とんでもなく偏食家だもの…何しろ森の蛭総てが、此の子の常食であり…それしか食べないからね。エサの調達には苦労したわ。
でも、条件さえ合えば、この子達は単性生殖でなおかつ高速で増殖する。私の魔力を上乗せすれば尚更」

その視線が振り向いた先で、いっせいにその魔草が芽を吹くと、急速にそれが成長して周囲の木々や岩、地面へと喰らいつく。
擬態していた“街殺し”は飛びかかる間もなくその草の餌食となったが…魔草が喰らいついたのはそれだけではなかった。
幽香の放つその妖気に委縮し、仕掛けられずにいた装束の一団が、断末魔の悲鳴と共に次々その魔草の餌食となっていく。


♪BGM 「眠れる恐怖 〜 Sleeping Terror」(東方幻想郷)♪


「ふざけた奴らだわ。
森と共に生きると嘯いていながら、平然と森の境界を壊す真似をする。
あんた達の勝手なお題目は、この私が総て真っ向から完璧に否定してあげるわ…そして…あんた達に少しでも元の意識が残っていたとしたら…もう二度と人間や妖精に生まれたく無いと思うほどの恐怖を、魂魄に刻み込んであげる」

凄まじい妖気を放ちながら、振り向いた幽香の顔は…凄まじい怒りの表情を浮かべている。
何時の間にか既に、辺り一面に種がばらまかれていたのだろう、その歩の後に、次々と“蛭喰草”が芽を吹き、根を這わせながら好物を求めて森の中へと消えていき…時折断末魔の悲鳴と共に血の匂いが周囲に立ち込め始めた。

「おお、こわいこわい。
触らぬUSCに祟りなし、ってね」
「私も幽香と同意見だけど…正直この件に関しては、もうこの子一人で十分なんじゃないかしら」
「馬鹿な事言ってないで、先急ぐわよ。
いくらなんでも数多過ぎるわ…やはり、元を断たなければダメね。
私はあんた達と違って結界修復とかそんなの向かないし、その代わり蟲共は私がなんとかするわ」
「頼もしいことで」

名状し難い、魔草の咀嚼音をBGMに…古剛の妖怪二人と秋の剣神は結界を目指す。




AM12:10 日向美高校(オリエンテーリング最終目的地)・透子班+その他大勢


商店街からほど近いその場所に、透子たち4名が辿りついた時…そこには小鈴、めうの他、アンナの引率でそこまでやって来ていた氷海以外の氷海班の面々がいた。
透子は小鈴や美結から事情を聴き、自体が既に最悪の状況を迎えつつあることを知った。

「もう、倉野川全体だけじゃないね。
駅も倉野川に来る列車、そっから出ていく列車含めて全運休だってさ。
あんた達の話を総合すれば…今現在この街は陸の孤島状態、ってわけだ。

やれやれ、もう氷海との約束もへったくれもえねえな。
天神大社に歩いていくってこともちょっと考えはしたんだがな」
「それどころじゃないでしょ!?
どうすんのよこの状況!?
私たちこんなところでただ待ってるだけでもいいの!?」

その重苦しい雰囲気を少しでも紛らわそうとしたのだろう透子の軽口に喰ってかかるフレドリカ。

「わーってるよ、そのくらい。
でも、師匠まで駆り出されてきてるこの状況、正直あたい達だけ逃げるってわけにもいかなくなってることだって、また事実だ。
めう、だったっけ。
早苗と愛子達は、さくら野へ向かったんだな?」
「うん…さくら野までは、普通にめうが自転車で行ってもここから30分位で行けるめう。
けど…なんだかみんなとってもとっても遠いところへ行ってしまうような…そんな気がしためう

悲痛な表情でうなだれる少女に、透子は「大丈夫だよ」とその肩に手をかける。

「あの連中…特に魔理沙や烈なんて、殺したって簡単には死んでくれないようなしぶといヤツらだから。
んで、師匠。
氷海はサナさんと病院だっけ」
「そうよ。
一応、幻想郷の関連で戦力になりそうな辺りにはあらかた声をかけてあるって言ってたわ。
紫さん、さとりさんがこっちにいる以上、境界操作で一瞬のうちに大移動、とはいかないだろうけど…」
「つまり、ここから余剰戦力を裂くとすれば、半分を山側、半分を海側に送った方がよさそうってことだな。
山にはかごめさんたちがいると言っても、あのムカつくテロ集団の実戦部隊が大挙して押し寄せてる本当の戦場だ…って認識でいいよね
「待ちなさい透子。
あなた、まさかこれから加勢に向かおうっていう算段立ててるんじゃないの?」
「そーいったつもりなんだけどね」

アンナの刺すような制止の視線にも、凍子は意に介さずあっけらかんと告げる…が。


「あいつらは…「梟」は、つぐみの…トコの…あたいの大切な友達のことを、この世に要らねえとかほざきやがった。
それに…暖気と陽気溢れる妖精国に、あたいや母さんみたいな「氷精」もいらないって…ずっとずっと嫌がらせをしてきやがった。
あたいの家族も、友達も…あいつらのせいでみんなみんないなくなっちまったんだ。
あたいがこの手で、あのクソ野郎どもをぶちのめしに行く理由としては十分過ぎるんだよ…!!」



その時一瞬だけ振り向いた透子の目に、殺意とすら呼べるようなすさまじい感情を読み取って、少女達は息を飲む。

「あたいは、山の方へ行く。
「梟」と蛭の親玉が来てるんだったら…そいつら全員永久凍土に埋めてやる。
二度と…生まれ変わってもそんなくだらねえ事を、口が裂けても言えないようにしてやる…!!」
「透子。
魔導師…とりわけ氷雪術使いがそんなにすぐヒートアップしてどうするのよ。
怒りと憎悪の感情はまず凍らせろ…私は、そう教えたつもりよ?

アンナは全く変わらないその表情のまま、透子の肩を掴んで制止させる。

「止めるのかよ」
「別に「行くな」と言った覚えもないわ。
あなたの感情まで否定するつもりはない。
行くんだったら行く前に頭を絶対零度まで冷やしてからになさい、そう言ってんのよ」

そのあまりにも、小憎らしいまでに飄々としたアンナの態度に、透子も僅かに毒気が抜かれたようになって向き直る。
そして、ひとつ深呼吸して…普段より少し険しくはあったが、見慣れたシニカルな笑みで師を見やる。
そうそう、まずはそれでいいの、と微笑むアンナは、成り行きを見守る少女達に告げる。

「どうせ、止めたって無駄なんでしょう?
透子、あなたはつぐみちゃんをかごめさんのところに連れてってあげなさい。
私は…他の子達と一緒に商店街へ行く。
紫さんたちが活動拠点に選んだ場所だから、此処にいるよりもずっと安全だと思うし」
「アンナさん…!」
「かごめさんなら、あなた達を足手まといだなんて言わないわ。
あなた達はもう、戦場を知ってるし…そして、それを生き抜いてきてる。
もしドジを踏むようなことがあれば…まあ、地獄に落ちてもかごめさんが制裁に追ってくる気がしなくもないけど、その時はその時だわ」

目を見開くつぐみの肩に手をかけ、アンナは微笑みかける。


その光景を傍目にめうはゆっくりと、誰からも気取らないようにその場を後にする。
熟練の魔導師であるアンナすら気付かない…そのごく自然体の動作で立ち去る手には、淡い光を携えながら。






同じ頃。
さくら野を目指して自転車をこぐ烈は…風雅の語るつぐみの生まれの話を聞き、その表情を嚇怒に変えている。

「ってことは何か…!?
そいつらは、つぐみの事も気にくわない、そして、開発を進める人間達の事も許せないから、それをみんな消しちまうためだけに、蛭の森を広げてるってのか…!?
だったら、そのとばっちりを受けて、倉野川やスノームーンがどうなってもいいと思ってるってことかよ…!?」

その怒りが、ギリギリと音を立ててその歯を鳴らす。

「それだけじゃねえ…つぐみがなんか悪い事をしたって言うのか!?
あいつが、大昔悪いことした奴の、その仲間の子供だからって、それだけの理由で生きていちゃいけねえっていうのかよ!!
そんなバカな話あってたまるか!!

許せねえ…そんな奴ら、俺が一人残らずぶちのめしてやるッ!!」
「あっ、おいそっちは全然方向が…!」

感情任せに急加速するその背に、魔理沙が制止する言葉も聞いていたかどうなのか。
一瞬、言わなきゃよかった…と言わんばかりに溜息を吐く風雅であったが。

「だが…俺もその話を聞かされたとき…俺もきっとあいつと同じ気持ちだったと思う。
いや、今も…今だって」
「私も許せねえよ。
ああいう奴らが、こいしみてえに心閉ざしちまったり、フランみたいに居場所を奪われちまう奴らを生みだして回るんだ。
…あいつが怒鳴ってなければ、私が怒鳴り散らしてるだろうよ!

またがっていた箒の上に、魔理沙は飛び乗って立ち乗りの状態になって急加速する。

(あのバカ)は私がフォローする!
あんた達はこのまま早苗達を追ってくれ!」
「解った!」

烈の走り去った方向へ飛び去る魔理沙と別れ、風雅と鈴花はいよいよさくら野地区へと突入する。

その森に近づきつつあるのだろう、既に辺りに濃い瘴気がたちこめ始めている。
その中に…気色の悪いぬめりを持つ巨大な影のシルエットと…そして、思っても見ない影。


急ブレーキをかけるふたり。
靄の中に立つその人影の顔を確認すると、それは…大牙であった。


♪BGM 「邪聖の旋律」/伊藤賢治♪


「お兄ちゃん!?」
「…!
待て、鈴花! 様子がおかしい、近づくな…!」

駆けだそうとする鈴花を制し、風雅は庇うようにして前に出る。
虚ろな目をしてうなだれていた大牙は、それを見た瞬間に殺気をみなぎらせた目で首を上げる。


「キサ…マ…!
俺ノ妹ヲ…許サンゾ、害虫メ!!」



振り卸した拳がアスファルトに突き刺さると、国道を覆うアスファルトの端から端はおろか…その歩道や外の地面までに巨大な亀裂を走らせ、風雅達に襲いかかってきた。

「きゃああああああああ!!?」
「鈴花、つかまれ!!」

紙一重で鈴花を抱えて、風の魔力に乗って宙へ逃れる風雅。
砕けた地面を見やり、あと一瞬でも遅かったら…と風雅は戦慄する。


「俺ノ妹カラ離レロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


咆哮はまるで魔獣の雄たけびにすら聞こえる。

「お兄ちゃん…どうして…!」
「…まさか…操られているのか!?」

-操っているわけではない。
ただ…少しばかりこ奴のエゴを、ワシの分身体で増幅させてやっておるだけじゃ。
あっさりと我が手に落ちてくれたぞ…ヒッヒッヒッ!!-

神経に障る声が辺りに響く。
同時に、瘴気の中から姿を現したその巨大な蟲が、まるでこちらを嘲笑うようにうねっている…。

-ワシは「墨眼」様の側近、「斑」。
ワシらの邪魔をし続けた東條茜…あの忌々しい小娘も、我が手に落ちた。
貴様等もなかなか強い力を持っておるの…この小僧や茜ともども、ワシの戦闘用玩具(オモチャ)にしてくれようぞ!!!-

その癇に障る絶叫と共に、その身体から無数の蛭が飛ぶ。
風雅はカマイタチでそれを切り割くが…そのおぞましい色の体液の飛沫の影から、唸りを上げて大牙の拳が迫ってきた。





そして…捩目山方面へと爆走してきた烈も、その思わぬ人物の姿に立ちどまっていた。
立ち込める霧の中、虚ろな目のまま、立ちつくしているオレンジ色の髪の少女は…まぎれもなく茜であった。


「ばーちゃん!?
ど、どうしてこんなとこに…」

烈は思わず自転車を止め、その人影に近づいてくる。

「どけっ、烈!!
つーか近づくんじゃねええええええええええええええッ!!

烈は空中から響く怒号へ、反射的に振り返る。
凄まじい純粋魔力の波動を凝縮する八卦炉を構えながら、高速で飛翔する魔理沙の姿を見たのと同時に…それまで目の前に立っていた筈の茜が、凄まじい殺意と瘴気を振り撒きながら魔理沙へと飛びかかる姿を捉える。
混乱する間もないその刹那の時間…魔理沙の放つマスタースパークを、事も無げに弾きとばした茜の焔が、魔理沙を地面へと叩きつけたいた。

そして…狂気すら感じさせる獣のような咆哮と共に、膝の追撃を魔理沙へと叩きつける光景を、烈は目にしていた。

「魔理沙っ!?」
「ぐうっ…!!
ちく、しょうっ…なんつーパワーだぜ…!」

彼女は地面に叩き伏せられながら、なんとかそれでも防御の魔法を張ってその攻撃をしのいでいた。
しかし…防御だけで手いっぱいなのだろう、立ち上がる間もなく茜の追い討ちがさらに彼女を地面へと埋め込んでいく。

そこまでになって、ようやく烈は現在の状況を把握し、茜を制止しようと駆けよってくる。

「や、やめろよばあちゃん!!
そいつは敵じゃねえっていうか、昨日会ったばかりだろ!? いったいどうしちまったんだよッ!?」
「だめ、だっ! 今のそのひとはッ…」

魔理沙の制止もむなしく、烈が茜の腕をつかみ取ろうとしたその瞬間…烈の身体が、宙を舞う。
自分が合気で空中に放り出されたと理解するよりも早く、無防備なその心臓めがけて茜の肘が風切り音と共に迫る…!


「無粋なやり口だわね」



一瞬、烈の目の前に桜が一片、舞った。




♪BGM 「広有射怪鳥事 〜 Till When?」(東方妖々夢)♪


ひとつはその恐るべき肘の一撃を止め。
対のひとつで、まるで落ちてきた花びらを受けるかのような繊細さで、烈の身体を受け止め。


ふた振りの鉄扇を携える、桜色の髪をした長身の女性。


「…幽々子、か?」
「間にあったみたいね。
この子は私が止めるわ。
あなた達は、この子を操っている蛭竜を探してぶちのめして頂戴
…妖夢、あなたも一緒によ!!」

彼女は軽やかな動きで烈の身体を地面に転がすのと同時に、火線を走らせる拳の弾幕へ舞うような動きで鉄扇を繰り出す。


妖夢の助けを借り、なんとか体勢を整えた魔理沙が烈の元へと駆けよる。
烈はまだ事情がよく呑み込めていないのか…茫然とつぶやいた。

「ばーちゃん…なんで」
「なにがあったかは私にもわかんねえよ。
だが…」
「ふたりとも、なるべく魔力を全開にしておいた方がいいみたいです。
ゆゆ様の話だと…無防備な状態でこの霧を吸ってしまったら、蛭に操られてしまうって言う話ですから」
「じゃあ…ばあちゃんはこれを吸わされて!?」
「っつーことみてえだな。
…幽々子がデタラメに強ぇのも知ってるけど、そういつまでも足止めできるってわけでもなさそうだ。
早いところ蛭の親玉見つけてぶちのめさねえとな!」
「解ったよ…いくぜ、ふたりとも!」

烈を先頭に、霧の中へと駆けていく三人を追おうとする茜の前に、鉄扇を構えたままの幽々子が素早く、かつ幽雅な動作で割りこんでくる。


「悪いけど、あなたは私と遊んでもらうわ。
紫の話だと、素手でもかごめちゃんと互角にやり合えるそうね…退屈はしないで済みそうだわ…!」


幽々子の笑顔が…剣気を全開にする険しい表情へと豹変する。
次の瞬間、眼前の彼女を「敵」と認識したその紅い眼の少女の拳と、幽々子の振るう鉄扇から繰り出される幻想郷最強の剣技が交錯した。





「まさか、こんな面倒なことになっちまってるとはな」

周囲の地面諸共、返り血で全身を朱に染めたかごめが青眼に構える先には…虚ろな目のまま魔力を放つさとりの姿があった。

「実にすばらしい力だ。
手に取るように貴様の考えることが解る…我々が大昔に滅ぼしたムラには、ここまで強力な力を持った覚はいなかった。
そのチカラが…いま我が手中にある」
「寝ぼけんな。
貴様等虫ケラがその小五ロリみてえなじゃじゃ馬を乗りこなせるもんかい…そいつには色々恨みとかあんだよ、丁度いいからテメエごと八つ裂きにしてやる」
「脅しのつもりか、吸血鬼。
いかに口で詭弁を弄そうとも、貴様にこの覚は斬れまい。
貴様が小賢しい考えをめぐらそうとしていることも一目瞭然…それに、我を無理矢理引きはがそうとしても、この覚が如何に真祖と言えと、その時の負荷には耐えられまい。
つまり…貴様はここで大人しく我の糧になれということだ!!

さとりの声で、その蛭の王が咆哮する。


さとりに寄生しているその蛭こそ…「悪夢の森王」墨眼、第十三位に序列される魔性貴種の翡翠蛭竜。
本来は巨大な蛭竜の姿を取っているが、自ら小さな蛭の姿になって標的に取りつき、寄生して意識を乗っ取る能力を持っている。

さとりと藍は、みっつ目の穴をふさごうとした時にこの蛭竜が率いる本体と遭遇し…既に幾匹かの側近クラスとの死闘を経た疲労からの一瞬の隙を突かれ、その虜となっていたのである。
ここにはいない、藍に寄生したその分身体が何処へ向かったかの思考を巡らせる間もなく、かごめは「梟」の一団をあらかた片づけたところでそれを足止めするので手いっぱいになっていた。


「焦りが見えるぞ、吸血鬼。
貴様の考えている通り…既に生き残った「梟」はこの街のある場所へ向かっている。
既に我の先兵が紛れておる、あの場所にな」

嘲るような大仰な仕草で腕を振り上げると、その背後から巨大な翡翠蛭が数匹、姿を見せる。

「愚かなものだ、「梟」は我らを利用しているつもりなのだろうが…奴らの思惑など我々にとってはどうでもよいことだ。
自ら餌を差し出し、その為に同胞すら滅ぼそうとしていることにまるで躊躇いがない…まあ、あの愚物どもはそれが同じことを意味していることを全く理解してすらおらんのだろうがな。
お前達の言葉を借りるなら、鴨葱というべきだろうな。これほど滑稽な話もない」

かごめは無言で、鬼気迫る表情のまま刀を構えて対峙している。

「ほう…我を斬る気になったか。
本当に恐ろしいヤツよ、そのような身勝手な理由づけをされて殺されるこの覚が哀れでならんな。
だが…既に疲労困憊の貴様にこの数が捌き切れるか!?」

墨眼がその腕を振り卸すと、控えていた異形の蟲が一斉にかごめへと襲いかかる。


かごめはなおも剣を振るい、一体、また一体を斬り伏せていく。
しかし…その体液は執拗に刃を、かごめの腕まで絡め取り、斬れ味を鈍らせていく。

既に三時間以上戦い続けるかごめの魔力も限界に近く、粘液を焼き落とすほどの余裕もなくなっていた。
そして、ついに。


かごめはその事態を予測していながらも、舌打ちする。
弾力のある翡翠蛭の表皮で…切っ先が喰い込んだまま止まる。


「貰ったぞ、“神を断つ剣”!!」


そこへ…巨大な爪を振りかざし、迫る墨眼の姿。
かごめはただ、その爪の先だけをそれでも…最後まで強い視線のまま見続けている。


その事も、予見していたかのように。