♪BGM 「夏影」/折戸伸治♪
「おい…まさかあの騒ぎの中で全部回れた奴、いたのかよ」
想像を絶する死闘の翌日。
スタイリッシュな黒白ツートンカラーの競泳水着を着た魔理沙が、何処か唖然とした表情でつぶやく。
「あ…あはは…なんかもうごめんなさい」
「というかもうほぼ九割がた、めうちゃんのお陰だよね」
困ったように笑う早苗と蕾夢の目の前には、彼女たちがそれぞれ持っている切れとは別にさらに一個、手つかずのスイカが鎮座ましましていた。
「まーなんというか、今見返すと早苗達が一番楽なルートだよな。
自然公園から天狗神社、月見池、東雲神社と丁度円状に回る感じだ」
学校指定のスクール水着にパーカーを羽織る透子が、呆れたように吐き捨てる。
彼女もすでに半分ほど腹に収めたスイカの残りを手に持っている。
あの日、戦いに参加した多くの者が憔悴しきった状態で戻ってはきたが、意外にも大半がろくに手傷も負っていない状態だった。
千夏は自身の放った力のおかげか無傷ではあったが検査のために、大牙の一撃をまともに受けた鈴花がそれぞれ治療のために病院へ入る事になった以外、落伍者らしい落伍者も出ていない。
かごめ達のような強力な妖怪たちが支援に動いていたとはいえ、奇跡的な結果だったと言えよう。
その大混乱の中ではあったが、常盤屋の主人は彼らの帰還を信じて宴の用意を整えて待っていてくれたおかげで、生きて戻った彼らはその晩餐において自分たちが勝って帰ってこれた喜びに沸いた。
そして、戯れにかごめが「こんなハプニングの中でオリエンテーリング完遂できた奴がいたとも思えないが」と、それに触れた時にその驚愕の事実が発覚した。
商店街でめうの助けを借りることができた早苗達が、かごめの予想を遙かに下回る二時間でのチェックポイント巡回という結果に、結果的にイベントは彼女たちの一人勝ちとなったのだ。
「でもおかしいわね、確かに自然公園からなら歩いて十分もしないうちに駅に出れるけど、ひと駅とはいえ天神大社から月見池まではどう計算しても最速四十五分かかる筈。
土地勘のある私達でもこういう計算なのに、いったいどんな魔法を使ったのかしら」
白いビキニ水着の上にパーカーと麦わら帽子を装備しながら、難しい顔で氷海が首をかしげる。
そのおこぼれに預かったのであろう、ピンクを基調とした可愛らしいフリルを随所にあしらったワンピースの水着を着た、両手に食べかけのスイカの切れを持つめうが得意げに言う。
「そんなのカンタンめう。
自然公園の側から天神橋を超えていけば、自転車で片道十分あれば商店街と天神大社を行き来出来るめう。
りんりん先生の通う天神学園から電車のらずに商店街に来れる最短距離めう!」
「天神橋ですって!?
あ、そ、そう言えば確かにその手があったわ…ほしゆめが出来てからバスも廃路になって、駅から離れるからむしろ逆に遠回りになるとばかり思ってた」
「あと、氷海さんたちがチェックポイントを解りやすい場所に移してくれたおかげかな。
あの神社、大社って言うだけあって結構奥行きあったから」
早苗の言葉に「敵に塩を贈る格好になったわけね」と、わざと口を尖らせる氷海。
魔理沙も溜息を吐く。
「ったくよー…鈴花の野郎が手水舎の屋根の上に隠そうとか言ってたから見つかりっこねえと思ってたのによー」
「あの子のやりそうな事よ。
むしろそっちは予想通り過ぎてすぐ見つかったわ。
ところで」
氷海は一心不乱にスイカをむさぼるめうを指さす。
「この子、昨日ゲームセンターにいた子よね。
まさかそんな強力なナビゲーターになるなんて予想もしてなかったわ」
「私もびっくり。
この辺ゲーセン少ないらしくて、どんな小さなゲームコーナーもしらみつぶしに自転車ひとつで巡り尽してたとか言ってたから」
「ゲーマーって恐ろしいな、輝夜とかもそうだけど」
「というわけでアドバイザーのめう達もスイカ食べていいって言われためう!
でも…もう少ししたら我が部隊最強のスイーツ大将軍がくるめう…それまでに十分食べておいた方がいいめうよ」
「なに、ソレ」
「多分まりかちゃんの事じゃないかと…まりかちゃん、お菓子だけじゃなくて果物も大好きだから…」
めうが無理矢理動員したらしい咲子も、水着姿でないが涼しげなワンピースを着てスイカにありついていた様子。
流石に大玉のスイカなので、数があっても食べきれないだろうとめう共々早苗が呼んだのである。
「しっかし…昨日のアレがウソみたいに平和だな。
その割には、また今朝からかごめを見かけねえんだけど」
「今日、朝早くにホワイトランドの神様のところへ行ってくるって、女将さんからおにぎり受け取って出かけていったよ。
その後も何処かに寄ってくるから、帰りは夕方になるみたいな事言ってたって」
つぐみの言葉に、ふーん、と納得したようなしないようなと言った風に魔理沙がスイカに噛みついている。
「そう言えば今日、商店街の祭なんだってな。
私はこっちはあまり詳しくねえけど、いったいどんな感じなんだ、お祭りって?」
「んーと…神社のお祭りじゃないめうから、おみこしさんは出ないめう。
でも、自然公園のステージでめう達も演奏したり、色々するめう」
「聞いた話ですと、すっごくサプライズゲストもいるとかいう話で、さくら野の子達でも見に来るとかそういう話で持ちきりですよ。
ここなつ、でしたっけ。この辺ではほしゆめ以外で基本的にライブしないご当地ユニットなんですけど、その子達かと思ったらどうもいま全国ツアーとかで…ウワサによれば、かなり大昔に活躍した人たちらしいとか、なんとか」
「相手が誰であろうが関係ないめう!
元祖商店街バンドの我ら「日向美ビタースイーツ♪」も負けてはいれない案件めうよ!!
ふおおおテンション上げてあげてあげまくるめうーっ!!><」
「じゃあお前らも練習とかしろよ…というのもなんか、そいつを見てると無駄そうだなあ」
息巻くめうを指差して呆れたように吐き捨てる透子と、苦笑を隠せない少女達。
やがて、めうの言うところの「スイーツ大将軍」こと、山形まり花を初めとした地元の少女達…そして、商店街の祭り設営から逃げて来たらしいレティや、お空やこいしを引き連れての街の散策から戻ったさとりなどを加えて、彼女達の平穏な時間はのんびりと流れていく。
ポケモン対戦ログ幕間 「日向美狂詩曲」
其の七・未来への招待状
PM13:00 ほしゆめ・フードコートホール
この日、「ほしゆめ」の代表者…この巨大施設を運営する「チャスコグループ」倉野川エリアマネージャーの元を訪れていた茜と紫は、ほしゆめのフードコートでパフェともかき氷ともつかないそのスイーツに挑んでいるかごめの姿を見出した。
かき氷を一気に食べた後の、御馴染とも言える頭に走る感覚に大仰に頭を抱えるその姿に苦笑しながら、ふたりはその目の前に腰かけた。
「まったく…何のんきにこんなところでティータイムに興じているのかしら」
「そういうなって。
とりあえずそっちの方は、うまくいったのかい?」
窘めるような紫の言葉も軽く流し、かごめはなおも大袈裟な仕草で頭痛をこらえてみせている。
「おお。元々此処のスタッフの大半は、エリアマネージャーを筆頭に倉野川の出じゃからの。
というか…かご姉知ってるんじゃないか?
エリアマネージャーはかご姉の名前出したら一発でアポとってくれたぞ」
茜が差し出してきたその名刺を受け取り一瞥したかごめは、次の瞬間怪訝そうな顔で再度驚いたような表情でその名前を見た。
「うっそだろ…?
何であいつ、こんな…いや」
かごめはどこか心当たる節があるのだろう。
やがてため息を吐き、茜にその名刺を返した。
「
そのためにあんな別嬪とあんないい店と、挙句可愛い娘まで捨てた結果がこれじゃあ…」
「とはいえ、今回の事態は連中もかなり重く見ておるようじゃ。
そもそも…こちらの事情を碌すっぽ知らぬ「本部」の連中の暴走が、今回の事態を招いたんじゃからな。これで大人しくなってくれればよいのじゃが」
茜もかごめの心中を汲んでか、同じように溜息を吐く。
そもそも、ほしゆめをはじめとしたさくら野地区の開発は、ここを拠点に幻想界にまでマーケットを広げようとする大企業体「チャスコグループ」主導によって行われている。
あるサイバーパンク小説の表現を借りるなら「チャスコグループ」はそれこそ、人間界日本においても政界に多大な影響力を持つ「暗黒メガコーポ」に片足を突っ込んだような巨大な権力を持った大会社なのだ。それもこれも、バックについていた藤野の元老衆の一部が有する政界とのコネクションあってのことである。
倉野川エリアマネージャーとして赴任した件の人物…橘
しかし、現実は非情なもので…彼の思いと裏腹に、結果として故郷を裏切る形になったその心痛は察して余りあるであろう。
「やつらはこちらの世界事情ばかりでなく、そもそも、妖精国やホワイトランド王家をはじめとした幻想界の政治組織を完全に舐めておる。
それ故…このようにして事前に交わされた契約も当たり前のように反故…いや、元からその約条にも多数の穴を忍ばせ、それをカサに好き勝手しおる。
当時の議会の連中も無知ではなかったが、まあ
連中も連中じゃ、奴らの無配慮と無知で、誰も住めぬような土地を作りだしたことを忘れてしまったのかの」
「さな姉も言ってたけどさ、そもそも、今の妖精国首脳でマトモな政治的判断できる奴なんていないんだそうだ。
タイマーの野郎も基本的にあの性格だから以上に、基本的には飾りの君主であいつ自身がどうにも出来ねえってのを愚痴ってる有様だもん。
秋告精シルヴィアも基本的にはただのお人好しだし、あとはみんな
もしさな姉が手綱取ってなきゃ、今頃」
「考えたくはないの」
かごめは何時の間にかスプーンを置き、茜と顔を見合せ神妙な表情で言葉を交わす。
そこへ…そんな空気を察したのだろう、恐らくは自分と茜の分であろう、かごめの食べていただろうそれを持って紫が席へと戻ってきた。
「まあ…起こってしまったことをあれこれ考えていても仕方ないわ。
その
あの子がそう、と言ったら、意地でもやり遂げるでしょうね。
それこそ、どんな汚い手を使ってでも」
かごめも苦笑を隠せない。
「つーか、そもそも現時点であの茶巻髪が散々好き勝手してるの、誰にも止められてねえからな。
タイマー以下さな姉のシンパも多いし…さな姉絡んでるなら、多分大丈夫だろ。
あたしもあたしの出来る事をやらなきゃ」
「そういえばかごめ、あなた朝から何処へ?
この時間にこんなところにいるって、私達を迎えに来たとかそんな理由ではないわよね?」
ああ、とかごめが口を開こうとしたその時であった。
♪BGM Pop'n Music 19 Tune Streetメインテーマ/PON♪
「いや~、私達が人間界でやんちゃしてた頃と全然違うねえ。
でもこの街は本当に私達の知ってるあの街みたいでほっとするよ~」
「ニャミちゃんちょっとはしゃぎ過ぎ自重自重。
まー、これから何十年か解らないけど私達もこの街を拠点に活動するんだし、そんな焦って見て回らなくってもいいじゃんいいじゃん♪」
今風のブレザー学生服をアレンジしたような小じゃれた衣装に身を包む、猫耳と兎耳の二人組。
髪型はおそろいの、うなじの両サイドに作った二本の三つ編みで、帽子やサングラスで一応顔を隠してはいたものの、見る者が見ればそれとすぐに解る、あまりにも有名なその二人が何食わぬ顔で談笑しながらこちらへと歩いてくる。
俗にいう「ポッパーズ・ファッション」と呼ばれる、日常よく着る服のアレンジした服に、柔らかめに編んだ二本の三つ編みというこのふたりのスタイルは、かごめがまだ芸能活動をしていた頃のスタンダートであったが、あれから二百年以上経った現在においては、恐らく日向美周辺ですら見かけないファッションであろう。
その物珍しさもあるのだろうが…教科書の近代史にも名を残すポッパーズの姿と余りに似ているその姿に、人々は振り返り、中には立ち止まって驚いた顔をしている者すらいるようだ。
そもそも年齢回りのプロフィール非公開のこの二人、しかも猫叉も月兎も純血種なら相当長寿である事は知っている者もいるだろう。
彼らにそれ以上の詮索をさせずにいるのは、単に彼女ら不在の百数十年の時間に過ぎない。
そのくらい、彼女らの姿は、その当時の姿のままなのである。
「やーなかなかいい場所だねえここ。
特にあのルミナスってホール、ライブステージひとつで使うのもったいない位な感じだねー」
「ねーねーかごめちゃん、今日のお祭りのライブ会場ってここ使っちゃダメなの?
集客力グンバツだよ」
「やかましい黙ってろおのぼりさんどもめ。
大体にして商店街の夏祭りなんだからこんなとこ使うわきゃねえだろ、第一にしてここのスケジュールなんてもうこの先半年以上埋まってるんだから飛び入りが利くと思ってんのか」
隣の、空いた席からめいめい椅子を引きずって来てかごめの近くに陣取る二人組。
暫くそのやり取りを見守っていたらしい茜が、何か思い出したように口を開く。
「かご姉、まさかあの話本気で実行するつもりなのか?」
かごめが口を開く前に、二人組の猫耳が茜たちを指差す。
「そういやかごめちゃん、この子達誰? 知り合い? 外人? 歌?」
「旧いネタで唐突に口開いてんじゃねえよ。
あんたら、ヘブンズピークにテレビ回線引いてもらってある程度外のこと見てるとか
自己紹介とか居るのか?」
「お互い一方的に知っているだけじゃ話しづらいじゃんよー」
「それにまた暫くこっちで暮らすんだしヘブンズピークは引き払ってきた。
私達は住むところにも困ってます」
「おまえらなー…まあいいや。
あーちゃんや紫も知ってるだろ、元、総合芸能の看板ユニットポッパーズの」
「こっちでの名前は大田亜美、気軽にニャミちゃん、でいいよ」
「あたしは脇田由美、ミミちゃんって呼んでね♪
まあ…「裏神ポッパーズ」の方が通りがいいかも、だけどね」
裏神。
世界を創った創造神MZDと共に、原初の箱舟に乗ってやってきたとされる二人の女神。
「全てを許せし者」と「全てを受け入れし者」の二人は、一説に、MZDをもはるかにしのぐ強大な力を持っているとも言う…まつろわぬ神。
伝説的マルチタレントユニット「ポッパーズ」としての顔ももつ彼女らが、それに当たるのだ。
「世界の創造と破壊も意のままに出来る強大な神が、何の気まぐれか五十年近く芸能界の顔としてあり続けた。
それが突如として芸能界から姿を消し、様々な憶測と共にやがて人々の記憶からも薄れ消えていった…それが、貴女達」
「そ。
飽きちゃったというか、かごめちゃんもニャミちゃんのダーリンもサナちゃんもみんなみんないなくなっちゃうし、私達も潮時かなって。
あのころの芸能界が一番面白かったよねー」
「ちょちょちょダーリンちゃうわ!!><」
「私達は裏世界の神様、あの人は妖精界の王…決して交わってはいけない運命だったのです…よよよ><」
「いいから漫才してんじゃねえよ油断も隙もねえったら。
つか此処だと目立ち過ぎる、用事終わったならシャノワールへ行くぞ」
何時の間にか、その騒ぎに人が集まり始めたのを見て、かごめはタレントスイッチの入りかかった二人を窘めて目の前のものを一気に口にかきこむ。
そしてお約束のように頭を抱えると、四人を伴って逃げるようにその場を後にした。
…
同じ頃 純喫茶「シャノワール」
早苗は僅かに困っていた。
確かに、色々あって約束をすっぽかしたのは自分だ。
不可抗力とはいえ、それを果たすのは自分の義務だと、そう思っていた。
しかし…運ばれてきたそれを見て、早苗は自分の律儀さを呪った。
「あ、あの…さなえさん、とってもとっても無理はしなくても…いいんですよ…?
このサイズは、普段は頼む人がとってもとっても少ないっていうか…ええと」
それを持ってきた咲子が、困ったように笑いながら、既に同じモノを攻略し始めているめうともうひとりの少女、そして早苗を交互に見やりながら遠慮がちに告げる。
「というか…なんなの、これ…ちくわ?」
「なんかこのクリームも、心なしかちくわっていうか、練り物の匂いするよ…」
隣の卓では眉をひそめる愛子と、スプーンでひとすくいしたものを見ながら苦笑いの蕾夢。
他にも、物珍しさから同行してきた数人も、互いに顔を見合わせたりしながら困惑の隠せない様子だった。
少女達の目の前に供されているそれは、ごく普通のパフェサイズであった。
パフェ用のグラスに、何故か練り物の風味を漂わせる乳白色のアイスと、イチゴやバナナといったフルーツに、甘酸っぱい香りが食欲に訴えかけるソースをあしらい、一見普通のパフェに見えるそれを異質たらしめているのは…無造作に挿された二本のちくわ。
しかしながら、早苗の目の前に置かれたそれと、めうと少女が一心不乱にかきこんでいるそれは明らかにサイズが違う。
ラーメンどんぶりを思わせるガラスの器に、その数倍もの同じ具材がこれでもかというほど積載されている。
当然、ちくわの量も半端ではない。
早苗の目の前に鎮座ましましているその物体こそ、純喫茶「シャノワール」の名物にして最凶の裏メニュー「チョモランマちくわパフェ」である。
本来はめうと、めうと共にこれに食いついているまり花の専用メニューというべきものだ。
「どうしためうか?
早く食べないきゃさきき特製のちくわアイスが溶けちゃうめう」
あまりの異様に放心する早苗を、めうが無邪気にせかしてくる。
暫く顔を見合わせていた少女達も、意を決したように一斉にそれを口に入れた。
そして、一様に皆、動きが止まる。
その反応はさまざまで…無言で口を押さえたりして悶絶するつぐみ、フレドリカ、蕾夢、氷海の四人と、思いっきり椅子からのけ反っている小鈴。
小鈴ほどの反応は逆に珍しいとはいえ、恐らく、それを知らずして食した人間がまず最初に見せる反応だろう。
「あれ…これ存外いける…?」
「魚っぽい独特な風味だけど…まあ、フルーツソース?
これで十分食べられるかなあ…」
黙々と食べ始める美結とリップ。
それほど美味いとは思っていないのだろうが、それでも普通に食べ進めている様子。
さくら野区域の学生の一見さんでも、時折いるが…リピーターとしては期待できないのは現状明らかな感じである。
そして…。
「えっこれすっごく美味しいよ!?
ねえ早苗さん、私そっちから食べてもいい!? いいよね!?」
「これ、これちょっと新しいですよこの味!?
えっこれ流行ってないとか嘘ですよね!? 嘘ですよねこれ!?」
何故かものすごい勢いで食べ始める早苗と愛子。
愛子に至っては、早々に自分の分を食べつくすと、早苗の返事も待たずに反対側にスプーンを突っ込み始めた。
「えちょ姉さん!?」
あまりに珍しい愛子の姿に蕾夢も思わず素っ頓狂な声を上げる。
「うみゅみゅ…やっぱりめうの見込んだ通りめう!
さななならきっと、この味を受け入れてくれると信じていたのだ…!」
「ちくパガチ勢が増えるよ! やったねめうめう!」
大仰に感動の涙を流してい(るように見え)るめうと、同じようにして恍惚の表情でスプーンを止めるまり花。
「おーいこれは一体どういう事だよ…つか魚くさっ。
レティの話だとここ喫茶店だろ?
魚河岸かなんかの間違いとか言わんよな?」
「ちくわの匂いねこれ」
そこに丁度、一同の様子を見に来たらしい諏訪子と静葉が無造作にドアを鳴らしながら店内に入ってきた。
その姿を確認するや否や、目を爛々と輝かせる早苗が飛びついてくる。
「諏訪子様っ! 新発見! 新発見の味ですよ!!
ぜひともお食べになってくださいとってもとっても美味しいですから!!!」
「おい待て何があったお前。
違法オハギとかZBRとかヤベえのキめてるとかそういうんじゃねえよな」
悶絶状態から必死にサインを送るつぐみ達の姿も見ているのかいないのか、後について来たらしいお燐、お空、さとりの三人のうちさとりだけがそれに気づいて顔をしかめるが…。
「うにゃっ!?
これ! これヤバいですよさとり様!!
なんかあたいの生命の大車輪がブッシュされまくってるとかそんな感じでめっちゃヤバい!!」
「きゃーなにこれおいしーい!
さとりさまーこんどこういうの作ってーおいしいよー♪」
さとりが何か云うよりも早く、お燐とお空がつぐみとフレドリカの残しただろうそれを一心不乱にむさぼっていた。
その一瞬後、その場全員の心を読み終えて状況を理解したさとりが思わず頭を抱えた。
そして、その眼前では早苗が無理矢理突っ込んだスプーンの物体の味に悶絶したらしい諏訪子が…ゆっくりと倒れる姿が見えていた。
…
「死ぬかと思った」
それから数分後、正気を取り戻したらしい早苗に助け起こされ、砂糖もなにも入れていない思いっきり濃いコーヒーを啜りながら、諏訪子がうんざりしたように呟く。
「ったく…まり花もめうも何考えてるのよ。
今日の夜はライブだって予定されてるってのに、ここで大事起こされたらどーなると思ってんのよ」
「めう達は悪くないめう。
けどお陰で新たなちくパガチ勢の同志が増えて実際マーケティング的にも大成功めう」
「そうだよイブ! これでまた日向美商店街の萌えおこし計画にもあらたな第一歩が刻まれるんだよ!!」
「ええい黙れあんた達ぁ!!><
えっと…すいませんこのスイーツアホとサイドテールがご迷惑を…」
ショートヘアを都会風のスタイリッシュな髪型にした、早苗達と然程歳の変わらないだろう金髪の少女が深々と諏訪子に頭を下げる。
「いいよ別に、こんなことでいちいち腹立ててたら祟神なんてやってらんねえし」
「おおーさすがミシャグジさま懐が深いっ」
「調子に乗るんじゃない。
咲子からも聞いてたんだけど、此処にいる全員が今度
あのちっこい高校もなんかすっごくにぎやかになるって感じ?」
その少女…「イブ」こと和泉
諏訪子はもう一口コーヒーを啜り、顰め面のまま吐き捨てるように返す。
「あたしゃ違うぞ。
なりはこんなだが、一応これでもそこな早苗の保護者なんだ」
「何も知らない人が見たら、まあ普通逆だろうって思うだろうけどねえ」
「煩ぇよ不良秋神。
まあアレだ、私達ぁ別に此処にティータイムを楽しみに来たわけでもねえんだがな実際は」
「どういう事です?」
早苗の問いに応える代わりに、諏訪子はめうの方を見やる。
「昨日あったことはかごめにもそれとなく話をしたんだが…その上で、確かめてほしい事があると言われてな。
めうって言ったな。
お前さん、ばーちゃんかひいばあちゃんに…「東條真知子」って名前のやつがいるかどうか解んねえかな?」
その名前を告げられた瞬間…めうは明らかに顔色を変えた。
「誰です、それ?」
「待って早苗さん…東條って、確か」
愛子が早苗の言葉に割って入る。
「愛子は解るだろうな。
かごめの野郎の妹分、東條姉妹。
「東條」の名は、藤野の家で」
「おばあちゃん…マチばあちゃんから聞いためう。
魔性狩り最大の名門・藤野の一族で、例えば「紅鴉」のような特異な力を持つ者に与えられる「異能」の称号だって。
ばーちゃんが…めうにくれた「刻印術」もその一つだって」
意を決したように、めうは淡々とその事実を語る。
その様子からも、めうは恐らく仲間内皆にそれを隠していたことなのだろうことは、咲子たちの驚いたような、怪訝そうな表情からも明らかだった。
捕縛されていた間も、諏訪子にはおぼろげながら意識はあり、めうの様子からも類推することはさほど難しくはなかっただろう。
故に、名前だけを出して、知ってればそれ以上の詮索はしないつもりでいたのだが…諏訪子は配慮が甘かったかと悔んだ。
だが、めうもある程度は覚悟していたことなのだろう。
恐らくは…商店街中を駆けずり回って自転車を集めて回った彼女の様子が尋常ではなかったことからも、恐らくはその様子を見ていたか、あるいは自転車の貸主でもあったかもしれない咲子たちは気がついているのかもしれない。
無論、めうも…だからこそ、その理由を近いうちに明かすつもりでいたことを…さとりは第三の眼で読み取っていた。
何か言いだそうとする諏訪子を制し、さとりは彼女に、話を続けるように無言で促す。
♪BGM 「ひなちくんのテーマ(インスト版)」♪
「めう…あんた一体、なにを」
「待って。
めうめう、本当は、めうめうだって、そんなこと話したくなかった…んだよね」
「ごめんね、みんな。
何時か、話しておかなきゃいけないことだって、「私」も思ってた。
…でも…「私」だけが色々違うんだって…その事を認めるのが怖かったんだ」
寂しそうな表情で、めうは淡々と告げる。
それは…メンバーの誰もが初めて見るだろう、めうの姿だった。
「私が受け継いだ「刻印術」は、魔力で「刻印」を施したもののすべてを支配する秘儀。
刻印されたものの性質を変えたり、姿を変えたり、運命を変えることすらできる。
私にはまだそこまでの力はないけど…マチばあちゃんは、その力を使って倉野川の結界の基礎を作って…そして、その結界をより強固なものにするために、総ての力を失ったの。
その事が元で…私が物心ついて間もない頃に死んじゃった」
「この地の結界を唯一人で、だと…!?
ってことは」
「少なくとも、結界術に関しては八雲紫に匹敵する技量の持ち主という事になりますね。
人間の領分としては、破格の能力と言うべき…歴代の博霊の巫女でも、そこまでできる者は一人二人程度でしょう。
そして…めうさん、あなたは、その力を」
めうはゆっくり頷く。
「多分でしょうけど、彼女は烈さんと同じ…強大な血脈が特異な条件でのみ保て得る異能の力を、「力の伝承」という形で受け継いでいる。
東條の一族がそれとなく藤野を離れていく過程で、その多くが失われていったと聞きますが」
「私は…これがどんなに恐ろしいものかを知ってる。
だから、私はこの力がずっとずっと怖かった。私にこんな恐ろしい事が出来るなんて、みんなに知られたくなかった。
でも…ずっとずっと昔、私のチカラを「私が本当に大切な人を護る事が出来る」って、そう教えてくれた人がいて…だから…私も、この街を、大切なみんなを護る力にりたかった。
ただ、それだけだったの」
言葉は途切れ、店内を沈黙が支配する。
誰がどう声をかけてもいいのか解らないその沈黙を…早苗や愛子が口を開こうとした時、まり花がそっと、めうの手を取って告げた。
「魔法少女の女の子は、魔法が使えることがばれちゃうと、魔法の国へ帰っちゃうんだよね。
だったら…だったらずっと、そんなこと秘密にしておいてくれればいいのにって…折角仲良くなれたのに、お別れしなきゃいけないなんであんまりだって…!」
彼女はぼろぼろと涙を零しながら、訴えるようになおも告げる。
「でも…でもめうめうは違うよね…!?
めうめうは、商店街の判子屋さんの子なんだから…!
魔法が使える事がみんなに解っても、いなくなったりなんてしないよね…!?」
「まりり…!」
そこへ、一舞と咲子の手も重なる。
「ヘンな奴だとはずっと思ってたけど、別にいいじゃんそのくらい。
あんたは今まででも結構謎だらけなところあったんだしっ。
今更ナゾなところが一つ二つ増えたところで、あんたがあたし達の大切な仲間だってことは変わりはしないんだからさ…!」
「めうちゃん、私にも言ってくれたじゃないですか。
私が居なくなったらさみしいって。
私だって…私達だって、そんなことでめうちゃんが居なくなったらとってもとってもさみしいですよっ…!」
「いぶぶ…さきき…みんな…!」
茫然と座り尽すめうの肩を、さとりがそっと押して、振り向いた顔に頷く。
三人の方に向き直るめうの瞳からも、涙が溢れて、重なった手の上に零れ落ちていく。
「だいじょうぶ…だいじょうぶだお…めうは、いなくなったりしないから…!
ずっとずっと、大好きなみんなの友達だお…!!」
感極まってもらい泣きまで始める少女達の中、諏訪子、さとり、静葉が同じようにして溜息を吐いた。
「やれやれ、正直どうしようかと思った」
「でも、とってもいい子達ね…かごめが目を付けるわけだわ」
「あん? どういう事だ?」
「じきに解ると思うわ。
当人たち、空気を読みかねて店の外で様子伺ってるみたいですもの」
静葉が顎で指し示す先に、如何にもな態度でさっと向かいの電信柱に隠れる影が見えた。
諏訪子は呆れるやらで最早苦笑いしか出てこなかった。
…
「ったく…すっかり話しづらい空気にしよってからに。
まあ、一人ばかり足りんようだが、丁度話をしたい奴も此処に雁首揃えてるみてえだから、要らん前置きはせんぞ」
それから十分ほどして、普段の仕返しとばかりに空気を読まないさとりに引きずられる形で、意趣独特の雰囲気に包まれた店内でかごめは半ばやけくそに簡単な自己紹介をしたのち、そう言い放つ。
「前もってそこのカエルが訊いてくれたことはそこの空気読まねえさとりの心を読んで解った。
とりあえずさとりテメエあとで覚悟しとけよ…まあいい。
卯花めう、そして香坂美結。
あんた達二人がどっちも藤野の一族の血を色濃く継いで、それを裏付ける確かな力を持っている事が解った以上、あたしとしてはその才覚を埋もれさせるには惜しいと思う。
つまりだ…あんた達を、これから間もなく発足する日向美総合学園・対魔性総合学級への招待生としてスカウトしたい」
かごめの前に並ばされる格好になった二人は顔を見合わせる。
「あ、あのっ、質問よろしいでしょうかっ」
「構わんよ。
あんたは確か」
「あ、その、めうめうと同じバンドで活動してる山形まり花ですっ」
「そうそう、サウダージの店主の娘だったな。
あんたの両親の事はよく知ってるよ…まあ、どっちも娘のあんたに自分の事を全部話してるかどうかは知らんがな…今はまあそれ、おいとこか。
で、何を聞きたい?」
「えっとえっと…その、対魔性…学級って、どういう」
「一言で説明するとアレだな、この倉野川結界の外側にある超危険な森から、恐らく今後迷い込んでくるだろうバケモノを駆除する専門の仕事…本来の普通の授業のほかに、将来その仕事に就くのに必要な知識や基礎訓練をカリキュラムの一部に組み入れた特別学級だ。
倉野川の結界だが、もうぶっちゃけ完全修復ほぼ不可能な感じだし…今後、この街にもそういう仕事が必要になる。
向こう数年、そうした「魔性狩り」が育つまでぐらいは、一部幻想郷出身の強力な妖怪どもをその目的でこの街になんでも屋として潜ませることにはなってるんだが」
「めうが…それができるほどのチカラがある…ってこと?」
「今はまだ、受け継いだ力をフルに使いこなしてるわけでもないだろうが…そこのちんまい神様の見たものを鵜呑みにするなら、多分あんた達に内緒で、そこのサイドテールは定期的にそうしたものを向こうに回してなんかしてたんじゃねえかってくらい、戦い慣れてるような感じらしいからな。
軍神・洩矢諏訪子のお墨付きとなれば資質としては申し分ないと思う。
美結に関しても、さな姉が現に戦う姿を見てるっていうし。
ああ見えても、かつて藤野の当主として当代を代表するような魔性狩りを多く見出して来たさな姉に「将来性十分」だって言い切られちまったら、あたしとしても疑う余地ない。
もっとも魔性狩りなんてのは…才能があるからといってもそれだけじゃ何の足しにもならんくらい、危険な仕事ではあるけども」
かごめはそこまで告げたうえで踵を返す。
「一応、あんた達二人共の親御さんとは話をしてある。
受けるも受けないも、あんた達次第…だが、持ってる力が非常に厄介な代物である以上、断られた場合はそれなりの処置が」
「私、受けます」
「勿論、めうもだよ」
あまりにもあっさりと返された返答に、かごめは呆気にとられたような表情で振り返る。
「え、いや、そのな。
あんた達の力ってのは、ほったらかしにしておけば確かにあまりよくはないが、その気がないなら早いとこ処置すればいくらでも普通の女の子としてだな」
「くどいめう。
めうも…みゆゆもきっと、同じ気持ちめう。
めう達の持ってるチカラで、この先困っている人たちみんなや、めう達の大切な人たちを護ることが出来るなら」
「私達がもらった「贈り物」は、そんな時のために必要なものだって、昨日のことでやっと実感としてもつことができました。
だから…教えてください。
「魔性狩り」としての戦い方を!」
二人の真剣な眼差しに、かごめはしばし逡巡するかの様子を見せていたが…何処か悪戯っぽい表情の諏訪子がその腰を小突くよりもわずかに早く、かごめはいつものシニカルな表情で口の端を釣り上げて告げる。
「決まりだな。
編入は、再来月までに滞りなく終えられるように手続きをしてもらう事になる。
ただ…無茶はするなよ。
無理そうだと思ったら、何時でも然るべき処置をする用意はあるからな」
顔を見合わせ、同じような笑顔で頷きあう美結とめう。
その様子を見ながら、少し寂しそうな表情で一舞が呟く。
「なーんか、いきなり色々あり過ぎてまだちょっとまとまってないけどさー。
めうの奴、これから忙しくなりそうな感じだね」
「しょうがないよ。
私達はめうめうがいつ戻って来てもいいように、しっかり練習するだけだよ」
同じように寂しそうに笑うまり花。
かごめは今思い出したかのように、大袈裟な仕草で手を打つ。
「おお、そうだそうだ言い忘れるところだった。
日向美総合学園にはな、もう一つ特別招待生の枠があるんだ。
今季解体される楽奏学園にある、「芸能科」っていうな」
「えっ」
いきなり肩をがっしりと掴まれて、目をパチクリさせるまり花と一舞。
「あんた達「日向美ビタースイーツ♪」のことも知ってる。
現在インディーズにもなりきれていないローカルバンドというには異質な位、いろいろ持ってるバンドだど、あたしは思ってる。
条件はあるが…あんたたちその招待生の枠取り、挑戦してみる気はないか?」
思いもかけぬ一言に、少し離れた位置で成り行きを見守っていた咲子とめうを含めた四人が、それぞれの視線を交わす。
そこへ追い討ちをかけるかのように、かごめが言葉を続ける。
「実際のところ楽奏芸能科と、他ン所からも、既に三人編入を決めてある。
お前らと同い年で、多少芸能界からは浮いた存在にはなってるが…一応、プロのアイドルとして活動してる奴と、妖精国で押しも押されぬトップアイドルユニットとして活動してる連中だ。
お前らのバンドで、まずはその連中に挑んでみる気はないかと言っているつもりなんだが…どうだい?」