早めの夕食を済ませた一行は、かごめがチャーターした日向美交通のマイクロバスで商店街へとやって来ていた。
商店街から自然公園へかけての一帯は祭り一色であり、閑散としていた商店街も祭囃子と露店に誘われてきた市民でいつにない賑わいを見せていた。

幻想郷での昔ながらの祭り風景しか知らない魔理沙や小鈴、それ以前に地底暮らしゆえにそんなモノに端から縁のなかったお空やこいしなどは、見る物すべてが珍しいと見えてあちらの店で足を止め、こちらの店でしゃがみこんでは目を輝かせている。


「こいつはすげえな、去年の暮れに博霊神社で見たのとは比べ物にならねえ」

宿で借りたらしい、朝顔の柄が入った浴衣姿のヤマメが感嘆する。
昼間何処へ行っていたのか杳と知れなかったが、何食わぬ顔で夕食前に戻って来ていた彼女も、さも当然の如く一行に同行し、目移りするような祭の光景を楽しんでいるようであった。


彼女ばかりでなく、昨日呼ばれてきた者達の大半は勿論、今日になって呼ばれてきた幻想郷の面々も多数この中に紛れ込んでいた。
いくら宿が貸し切りとはいえ、部屋数には限度というものがある。
希望者がかなりいたものの、最終的にはそれらの実力行使めいた「抽選」が行われ、その切符を手にした実力者たちもまた、外の世界の「祭り」を満喫している様子だ。

ただ…少女達のはしゃぎ回る姿を目敏くファインダーに収める射命丸文のように、「取材」という名目でその選外にもかかわらずくっついてくるようなしたたかな奴もいたのだが。


「つかあんた、泊る宿も確保しねえで御苦労なこったな」
「いざとなればそんなモノどうにでもなるわよ。
大体この時期なら野宿したって死にゃしないし」

呆れ顔のヤマメの言葉もどこ吹く風の彼女は、普段よく見慣れたブラウスと黒のスカートで、腕には「取材中」の腕章がある。
「常盤屋」の所有する海岸の区画にひとつテントが張ってあるのも、恐らくそこが彼女の寝床であるのだろう事は誰にでも解った。
その執念めいた行動にかごめも苦笑いしか出てこないと見えて、好きにしろ、と言って放置している有様である。


最初こそはまとまって移動していた一行であったが、やがてめいめい好きな場所へと散っていく。
あるいは親しい者と組になり、あるいは単独でその祭りを楽しむべく一人で。





「よっといでよっといでー…はぁ、なんで折角の祭りなのにこんな目に」
「いいからキビキビ手を動かしなさいな黒幕。
粉モノは焼き加減が命なんだからね」

その商店街の一角、八雲紫のなんでも屋「ボーダー商事」の軒先では、他の店がそうしているように出店を構え、うんざりした表情のレティと、それをたしなめる静葉がお好み焼きを焼いていた。
そこへさとりたち古明地一家が差しかかり、その香ばしい香りに足を止めて目を輝かせるお空の後ろから憐れむかのように、さとりはにたりと笑う。

「畜生何よその笑い方!!
そんなに私がアワレに見えるかええこの小五ロリ!!><」
「コラそこお客さんに喧嘩売らないの」
「まったくです。失礼な黒幕さんですね本当に」

ニヤニヤ笑いのさとりに飛びかからんばかりのレティを制する静葉。

「うわあこれすっごくおいしそう!!
さとりさまー私これ食べたい!!」
「ちょ、お空あんたさっきも宿で滅茶苦茶食ったじゃないか!まだ喰う気なの!?」
「お空、こんなクッソ態度の悪い黒幕のところはやめときなさい。
他の所のならいくらでも買ってあげますよ」
「いやさとり様それもおかしいですよって止めてくださいよ少しは!!」
「うにゅう…私これがいい…」

お燐の制止もどこ吹く風、さとりはしれっと言い放つ。
しかしお空もお空で焼き立てのそれが余程心をつかんで離さないのか、訴えるような眼差しでさとりを見ていた。

しかたありませんね、とさとりが懐の財布に手を伸ばす。

「あなたも本当にお空には甘いわねー。
いい加減にしとかないとまたこめかみへのダメージ蓄積するわよ?」
「そ…そんなモノが怖くて地霊殿の主はやってられませんから」

静葉に代金を渡しつつ、品物とその軽口を表情を僅かにしかめつつ受け取るさとり。
それをお空へ渡すと、ところで、とさとりは二人に問う。

「そう言えば詳しくは聞いてなかったのですが、この祭りは何に由来するのでしょう?
唯の夏祭りにしては、いささか異質な気がするんですが」

ああ、と静葉が相槌を打つ。

「倉野川の地というのはね、元々は妖精国の一部ではあるけれど…人間界日本のとある田舎町を、その土地ごと次元跳躍で飛ばしてきた土地がその九割を占めているわ。
その土地には昔から、歌舞演劇の技芸に通じ、戦国の猛者顔負けの女武将とその従者である舞姫が、戦の果てに辿りついて隠棲したと伝えられる伝説があってね。
その女武将と侍女…舞御前と橘姫が村の盆祭で音曲を披露したことから、夏祭りで地域のローカルバンドを集めてのライブも催されるのが定例行事になってるのよ。
もっとも、二人がこの土地に辿りついたと伝えられる冬の頃に、もう一つ似たような大きな祭りがあるんだけれども、「温故知新祭」っていう」
「ただ、商店街の連中の話聞く限りだとさー…ここ数年は隣町の銀座商店街がほしゆめと結託して「吐故納新祭」とかいうふざけた名前の祭りを始めたり、そもそもの商店街の過疎もあって、規模も随分縮小してたんだって。
ただ今回はなんか、ほしゆめの連中に対する対抗意識だのとか、かごめが此処でなんかでっかい学園都市構想を実行に移す事とかが公表されたりして、街おこしの機運が何時になく高まってるみたいね。
もっとも…それだけじゃないんだろうけどね」
「日向美ビタースイーツ♪」ですか

さとりの言葉に「ええ」と頷くレティ。

「静葉の話を聞く限り、かごめはさらっと流したみたいな感じのこと言ってたけど…彼女たち、この地域では公認ご当地アイドルである「ここなつ」に匹敵する位、人気のあるバンドなのよ。
ローカルでなおかつ非公認、インディーズバンドですらないけど、おもにネット生放送による定期的な宣伝活動が実を結んで、むしろ全国区で知られ始めた知名度が、その本来の活動地域にようやく伝播し始めたというか。
それどころか倉野川の元になった街の、それこそ風土記にも伝説的に語られる程度だった歴史を裏付ける資料を発見したりとかもこの子達のおかげだとか言うんで、今では倉野川で知らない者のいないほどの有名人なの。
彼女達にその自覚はまだ然程ないのかもしれないけど、ああ見えて流行に煩い蓬莱山輝夜が「この子達絶対近いうちにメジャーレーベルのチャートに席巻できる」って、妙に高く評価してたから、多分近隣のローカルバンドでは最もプロに近い存在といってもいいんでしょうね」
「演奏技術や歌唱力はまだまだ粗削りなところも多いけど、五人共自前で作詞作曲をこなせるなんて話も聞いたわね。
私は聞いた事ないんだけど…ここなつが今日からの全国ライブで不在であることもあって、多分今日のメイン・日向美商店街ライブの主役は実質、彼女たちだと思っていていいんじゃないかしら。
幽香なんて、本格的なバンドミュージックが聞けると妙にウキウキしながら堂々と仕事さぼって出かけていったわ」

そうしてレティは、せめてもの気晴らしにとばかりに、手元のラジオを入れてチューニングを始める。

そこから流れてくるのは、同じような祭りの喧騒…とは、多少異質なざわめき。
眉をひそめるレティだったが、間もなくその理由を理解する。


その年の「日向美音楽祭」が、のちにも語り継がれる伝説の一夜となったことを。
そして、この夜、新たな伝説が幕を上げたことを。




ポケモン対戦ログ幕間 「日向美狂詩曲」
終幕・『とってもとっても、ありがとう』




「ふわああ…すっごくすっごく緊張したよーっ」

待合室がわりのテントに傾れ込むように駆けこむ、まり花の第一声がそれだった。
この晴れ舞台のため、と、倉野川きっての衣装デザイナーとしても知られる一舞の両親が気合を入れてあつらえた可憐な舞台衣装もすっかり乱れ切っているが、屈託のないまり花の表情からも、本当に全力の全力でこのライブに臨み…そして、持てるすべてを出し切ったという様子がよくわかる。

「まったくめう。
今のめうならきっとリーストさんも余裕で理論値叩き出せそうな気がするめう」
「いや、あんたのそれはまっったくわかんないから。
けど、今の私達のできる最高の演奏だったと思うよ!
みんな、どうだった!?」

ほんの昨日今日知り合ったばかりの仲でありながら、まるで旧来からの親友にそうするような満面の笑顔で、見守る早苗達にそう問いかけてくる一舞。
テントから舞台裏を見ていた早苗達も、きっと同じ気持ちだっただろう。
まだ感動覚めやらぬといった様子で、小鈴と早苗が言葉を探すように返す。

「な、なんか普通にこう言っちゃっていいのか解らないけど…」
「うん。
私もこんな舞台裏から、生のバンド演奏を聴くなんて初めての体験だしね。
でも、とっても良かったよ。
私もだけど…諏訪子様も途中からノリノリだったし」
「早苗、余計なこと言うな。
ん、まあでも、確かに恐れ入った…大したもんだよ、あんた達本当に」

鷹揚に頷く諏訪子に、約一名を除いたバンドの少女たちがニッと笑って応える。

「そもそもさあ、あたし達にしてみれば、もう伝説中の伝説・ポッパーズの司会進行の舞台に立てるってだけでもなんかこう、なんというかさ。
ありえないじゃん? あたし達が生まれる百年以上前の伝説のユニットだよ?
最初半信半疑だったけど、なんかもう、さすがポッパーズって感じで、そんな細かいことどうでもよくなってきたしっ」

いまだ興奮冷めやらぬ一舞が、とりあえず目の前に居た小鈴の手を取ってやたらに上下へ振る。


そう、ポッパーズ。
これから、商店街の一員として「新生総合芸能」立ち上げの挨拶もそこそこにかごめが呼びこんだその二人組は、歴史の教科書にも載っているそのままの姿…そう、服装こそ違えどまったくそのままの姿で現れ、まず観客の度肝を抜いた。

「ただのそっくりさんか?」と困惑する観客の沈黙も一時の事、現役さながら、あるいはそれ以上にキレのある掛け合いのトークは、それが何よりも「本物」であることを否応なく認識させ、司会進行役としてプログラムを経るたびに確実に会場ががヒートアップしていくのを誰もが感じていた。
彼女達「日向美ビタースイーツ♪」の登場はそんな盛り上がりのピークに達そうとしていたその時であったが、かごめの切り出した招待学生の件もあって多少なりとも緊張のあった五人を、ポッパーズの二人はまるで示し合わせたかのように一舞やめう、まり花を交えてトークで最高の場を整えてくれたのだ。

そこからのステージはまさしく「ひなビタ♪・オン・ステージ」というべき彼女らの独壇場で、ポッパーズのサポートがあったとはいえ、紛れもなく彼女らの実力と潜在能力が確かなものであることを見事に証明してみせたのだ。


「そう言えば」

その約一名…はしゃぎ回る四人から距離を置いて、ステージの方へ視線を移している長身の少女…バンドのギタリストを務める霜月凛が、何かを思い出したように呟く。

「ここにはレコード屋達の父親たちもいた筈よね。
あなた達だけ、と言うのはどういうことかしら」

ああ、とまり花達は顔を見合わせる。
それに応えたのは諏訪子だった。

「あの連中なら、あんた達と丁度入れちがいに出ていったよ。
もうじき、プログラムは終了するが…もう一仕事あるから娘達をよろしく、だとよ」
「どういうこと?」

首をかしげるまり花。

「解らん。
少なくともあの中の何人か、かごめの事を知ってるみたいだったし…あいつも過去何仕出かしてきやがったのかよくわからんところはいまだに多いけどなあ」
「そういえば…私の父さんと母さん達のことも、何かご存知の様子でしたよね。
私も昨日初めて知ったんですけど、つぐみちゃんがこの街で生まれたから以前にも、この街の事はとってもとってもよく知っていた感じではありましたけど」

ふぅむ、と難しい顔で首を傾げる諏訪子。

「けど、お父さんたちのバンドは、今回は基本的に出番がないって…だから、今日はここで見てるっていう話だったんだけど」

まり花は咲子の顔色を窺うように、遠慮がちにそう言う。

まり花の父・山形滋が中心となった往年のインディーズバンド「日向美ブルームーン」。
昨年の祭りでは娘たちとの合同セッションも大成功に導いた、日向美商店街、ひいては倉野川でそれと名を知られるアマチュアのシャンソンバンドである。
そのギタリストとボーカリストが、紆余曲折あって袂を分かってしまった咲子の両親なのだ。

まり花が口を濁したのも、咲子を気づかってのことだったが…咲子もその事を理解した上で、大丈夫ですよ、と笑って応える。

「お父さんは、今年予定がどうしてもつかなくて…でも、後でライブの様子を見たいから、ビデオ撮ってもらっておいてねって。
でも…ちょっと気になってたことがあったんです。
今朝お母さんが電話してたの、お父さんかも知れません…飛び入り参加とか大丈夫?とか、お母さんすっごく笑ってて。
私が出かけるのと入れ違いで、おもちゃ屋のおじさんとか商工会の会長さんとかもシャノワール(うち)に向かってたの見ましたから…」
「えっ」

凛以外の三人が、驚いたように咲子へと視線を送る。
諏訪子は得心がいったように頷く。

「大体かごめの野郎が何たくらんでるのか読めてきたぞ」
「どういうことです?」
「考えても見ろ。
確かに、今回の蛭騒動に関して呼ばれた連中は炎熱・氷雪・光輝属性の攻撃が得意な連中が多いし、プリズムリバーはルナサが氷雪、リリカが光輝属性持ちだが、メルランは樹花属性で蛭相手は非常に相性悪い。
紫もあいつらを呼んだ覚えはねえっていってたしな。
それに、メルランの野郎が気になることをほざいていてな…蛭退治なんて理由としてはおまけ、とか。
そして、連中と言えば「太陽の丘ライブ」だ。
そう考えると、導き出される結論は決まってくるんじゃないか?」
プリズムリバーのひとたちをかごめさんが呼んだ…ということですか?
一体、なんのために」

小首を傾げる小鈴に対し、早苗は何かを感づいたようだ。

「じゃあ、まさか」
「そのまさかだろう。
私も実は少し調べてな…商店街の今の商工会長、そしておもちゃ屋の店主は確か、この街でかつて「伝説」と呼ばれたバンドの一員だったはず。
それに小鈴以外は知ってるだろ、今、舞台で司会進行している兎と猫が現役バリバリだった頃、かごめのアホが何をしてやがったか。
つまり」

諏訪子と、小鈴以外の少女たちは、何かを確信したように舞台へと視線を戻す。
そこから聞こえるアナウンスは…宴の終わりを意味するものだった。


本来の意味なら。





「えーと、これで全てのプログラムは終了っ。
お祭りもこれでお開きみたいだから、みんな気をつけてお帰りをーってちゃうわ!!><」

現役時代と全く変わることのない、キレのあるノリツッコミで台本を思いっきり舞台に叩きつけるニャミの姿が会場の笑いを誘う。

「ニャミさんニャミさん何をお怒りですか?
いらいらにはカルシウム、そして抜け落ちた記憶にはDHAですよ」
「ええいそうじゃないってのって誰がボケ老人だっての!
あたしゃまだボケとらんわい!!」
「あーはい百年近いブランクですっかりボケが治らないニャミちゃんの代わりに私めからご説明を。
今回はですねー、こたび私達ポッパーズの活動再開宣言も兼ねまして、私達のボスがひとつご挨拶がわりにステージをやりたいということでして。
当時結局私達の活動休止前最後の曲も発表せずじまいでしたので、それの発表も兼ねましてエンディングステージをという趣向です」

成り行きを見守っていた観客達から、おおー、という歓声が上がる。


「それでは、皆さんお聞きください。
まずは…かつて「稀代の詩姫」と呼ばれたあの方が、倉野川往年のシャンソンバンドと共に歌い奏でる、倉野川の名物バンドが生んだこの曲を…『とってもとっても、ありがとう』


まり花、そして、咲子が、眼を見開く。
脳裏に過るは、野外ライブが始まるほんの数十分前…最終調整をするメンバーの元へ、突然現れたかごめの一言。


-なあ、咲子。
あんたの作った曲、今日はこのステージでは歌わないんだよな…あたしが歌ってみても、構わないか?-


軽い冗談か何かだと思っていた。

咲子の作ったその曲は、崩壊寸前の家庭環境から逃避するように優等生を演じ続けることに疲れ、バンドからも遠ざかろうとしていた時…それでも、彼女の心の支えになり続けようとしたまり花達に対する、何物にも代えがたい感謝をこめて描き上げた曲だった。
他人がおいそれと軽い気持ちで歌っていい曲ではない、とは、心の奥底で思っていたフシもあっただろう…しかし、かごめの真剣な眼差しに、咲子は快く承諾した。

舞台挨拶でも、かごめはなにか歌を披露するわけでもなく…現役時代のように詩を朗読するでもなく…その事を訝りながらも、ライブの熱気にその考えを頭の中からすっかり消してしまったその伏線が、唐突に回収されようとしているのだということを、二人は理解した。


ライブ会場は、それまでの盛り上がりが嘘のように、静まり返っている。

それは、興醒めから来るものではない。
まるで、これから起こるだろうかを予見するかのような…これから起ころうとしていることを受け入れるための、静粛。


「日向美ブルームーン」のメンバーに混じる、ルナサの爪弾くアコースティックギターと共に、かごめの歌が響き渡る…。



♪BGM 「とってもとっても、ありがとう」/日向美ビタースイーツ♪ ♪



-仄暗い 部屋の中で
一人 ギターを抱えてた-



ラジオから流れるその声に、材料分売りさばいた事で片づけの準備に入っている藍とレティが、ふとその作業の手を止める。
静葉がそっと、ふたりに椅子を差し出し、こちらも作業の手を止めてコンロの火を落とすと、気づけば、行きかう人々も立ち止まり、そのラジオから流れる音に耳を傾けていた。


-暗闇が 過去を縛り
箱庭の中逃げていた-



ライブ会場の人の流れもまばらになったその一角で、それまで戦利品の綿飴やら何やらをむさぼっていたお空も、呆れ顔でそれを眺めるばかりだったお燐も、その様子を見守っていたさとりも、流れてくる歌に耳を済ませていた。


-ずっと ずっと 嘘を吐いてたの
孤独を恐れてた-



特にさとりは、その歌から何処か、耳を背けることが出来ずにいた。
その心に去来する、いくつもの記憶。
それは…歌を聴く全ての者が想いを馳せる、優しい記憶に彩られた過去であり…そして、さとり自身の記憶もまた。


-オレンジ色に照らす街明かり いつものようにはしゃぐ仲間達
「もうひとりじゃない」って 素直になれたの だから-



射的にも飽きて、ライブ会場に足を向けようとしていた烈達も、遠目から眺めるその舞台を無心に眺めていた。

居合わせたもの全てが、まるで一つの感情を持つ生き物のように一体化していく感覚。
やがて、そこにひとつの記憶を共有する。


-「ありがとう」
「ありがとう」 ずっと言えなかった
その笑顔と その手で導いてくれた-



烈は、その記憶が誰のものであるか、すぐに気が付いた。
それは、ほんの数か月前に…彼自身が奇妙な感覚の中で共有したものとまったく同じものだからだ。


-「ありがとう」
「ありがとう」 ずっと言いたかった
その笑顔と その手で包まれていたい……いつまでも……ずっとずっと-



舞台袖の特等席で、つぐみはふと振り返ると…傍らに立つ紫の瞳から、ひとつ、また一つと大粒の雫が零れ落ちるのを見ていた。
その姿まで歪んで見えるその理由も、つぐみにはすぐに解った。


-心から…「ありがとう。」-


「ありがとう…だなんて。
それは……私の言うべき、言葉よ……!」


つぐみは知っている。
目の前のこの女性が、人の姿を捨てて、その気の遠くなるほどの長い時を…ただひとりの友の為に生きてきたことを。

その友が…その視線の先で歌う、その存在であることを。


そして…その「友」もまた、ずっとずっと自分を探し、守り続けてくれた彼女と…今共にある全ての存在への感謝を、歌に託して伝えたことを。


「あたしは」

咳ひとつなく、静まり返る会場へ、かごめはその涙を拭うこともせずに口上を述べる。

「あたしは、自分の心情を語るのに、他人の言葉を使わない事だけが自慢だった。
けど…今この気持ちを伝える言葉が、この歌にしかなかったんだ。
…でも、悪くない。あたしやポッパーズなんてのは、所詮過去の忘れ形見に過ぎない。
あたし達が今更のこのこ、こんな表舞台にしゃしゃり出てきた結果の終着点は、これからを生きる連中の糧になることを持って良しとしたい。
……最後に送るのは、そんな連中へあたし達が送る言葉だ!


割れんばかりの大歓声が、倉野川の夜空を轟かす。
疾走感のあるガールズパンクの演奏に、たまらずに舞台袖に集まってきた演奏者の幾人もが、かごめの合図に応えるかのように次々舞台へと傾れ込んでいく。


涙を拭う間もなく、戸惑いながらも困ったように笑い、顔を見合わせるつぐみと紫を、同じように泣き笑いのまり花、咲子、めうが強引にその袖を引っ張っていく。
彼女らだけではなく、まるで古くからの友のように、互いに手を取り合って舞台へといち早く乗り込む一舞と小鈴、そして早苗の姿に、二人も乱暴に涙を拭ってその中へと混ざっていった。



♪UNCORE BGM 「脱皮 -Knock Out Regrets-」/MAKI(CSポップンミュージック12いろは より)♪











灼熱の一夜を開け、その後もいくつかのオリエンテーリングなどを経て、様々な事件が起こった倉野川の夏は終わりを告げた。

まだ、世間一般は夏休みの終盤というその頃合いであったが、正式に新学園への編入を決めた全員が、その対応に追われ始めている。
同時に、「総合芸能」の運営権をかごめへ委譲される手続きと並行し、事情を知って二つ返事で協力を承諾した紗苗が「日向美ビタースイーツ♪」との正式な契約と、そのプロデュースの為に方々を飛び回り始めていた。


かごめが回し始めた、未来へ託すその歯車は、派手な音を立てて回り…そして、ゆっくりと未来へ向けて確実に回り続けている。




そして。




それから半年余りの時間が過ぎた。


「最後のひと仕事」を片づけるため、異世界へと再び旅立つ美結やめう達を見送ったまり花達は、それからもずっと、同じようにしてシャノワールへと集まっていた。
今は、紆余曲折あって行動を共にする機会が増えた東雲姉妹を含めた六人に、交わす言葉は然程多くない。


「なんかさ」

この日、最初に口火を切ったのは、一舞。
この古き良き街を音楽で盛り上げようと、一番最初に言い出したうちの片方が、溜息を吐いて続ける。

「なんか、この半年本当に色々なことがあったよね。
なんかもう色々あり過ぎて、正直今でもなんか、夢でも見てるんじゃないかってそんな気もするんだけど」
「夢、ね。
あたし達も、あんた達とこうやって一緒に喫茶店でダベってるような、そんな関係になるなんて夢にも思っちゃいなかったわよ。
少なくとも…あの夏の夜には、ね


同じようにひとつ溜息を吐き、隣の卓に座っていた赤い髪の少女…日向美の制服ではなく、さくらの高校の制服を着ている少女…東雲夏陽がそれに続く。
その言葉に首をかしげるまり花。

「あれ?
確かなっちゃん達はその時えーと」
「私の記憶が確かなら、そこのアイドル屋達は、全国ツアーの最中でこの街にはいなかった筈よ。
もっとも、純粋な倉野川生まれでもないあなた達が、わざわざ地元の小規模な祭り事に参加する義務もいわれもないとは思うけど」

しれっと、僅かに棘のある言い方をする黒髪の少女…彼女もまた日向美のものではなく、隣町のエリート進学校・天神高校の黒いセーラー服姿…凛だ。
相変わらずのぶっきらぼうなこの年上の少女に対しても「煩いわね」と悪態を吐く夏陽との間に立ったまり花がなだめる。

「そうだよね、りんちゃんが言うように、なっちゃん達はお祭りには参加しないっていう話を聞いてたんだけど…お祭りの三日前にルミナスで出発前のライブをしてそれで次の日から全国だって」
「その辺の事情説明の必要ないと思うんだけどな。
蛭竜だっけ?
なんかチョー危険な生物が倉野川全域で暴れまくったせいで、道路は封鎖されるわ電車各路線は運休だわで。
私に言わせれば、そんな滅茶苦茶な事件を一日で解決した連中の中にあのエロサイドテールが居たってことも勿論だけど、その次の日に祭りまで予定通りやるかっていう。
銀座の連中、あたし達がいない以上にあの騒動のせいで、完璧に委縮しちゃってたじゃない」
「でも…ツアー予定が変わったお陰で…私達もおまつり…みれた。
なっちゃん、本当は、ずっとおまつり見たいって…いってたもん」

夏陽の隣に座っていた、薄い青の髪の少女…髪の色以外、夏陽と瓜二つの顔をした…夏陽の双子の妹である心菜が、何処か嬉しそうに笑う。
まり花と一舞の視線を受け、夏陽は困惑したように表情で一通り面々の顔を見回すと、やけを起こしたように叫ぶ。

「あーそうですよ私だって本当はツアーより日向美商店街の祭りの方行きたかったわよ!!
これでいいだろ文句あるのかええこのっ><」
「まあまあ。
お祭りさんの魅力は誰でもが参加せずにはいられないところだって、かごめさんも言ってましたし」

そこへ、注文の品を持ってきた咲子…彼女は相変わらずの、シャノワールのメイド風制服である…が、それぞれの品物を饗しながら笑いかける。
見慣れたちくわパフェを目の前に置かれたまり花と心菜が目を輝かせるのを呆れたように見る他の三人、そして、凛はその上に残っているもう一つのパフェを見とがめる。

「喫茶店。
その品物は、他に誰も頼んだ者はいない筈よ…いくらレコード屋が二つも三つも食べるからって、少し早すぎるわ」
「あっ…」

そこまで言われて、咲子は無意識にもう一つ、それを作ってしまっていたことに気が付いた。


言うまでもなく、それはこの場にいない筈のめうの分として作ったものなのであろう。
まだ数は少ないものの、この風変わりな「名物」を頼んでくれる者も増えた。
学生寮に入り、店に顔を出してくれるようになった早苗や愛子も、今日はまだ顔を見せていないはずなのに。

あまりにも自然に、このメンバーが顔を出した時に「本来の人数分」を作る習慣が身についているということなのだろう。
六人の間を、再び沈黙が支配する。


あの夏の日。
前日に起こった「蛭」との戦いののちに、戻ってきためうが明かしたその真実。

そして、その後程なくして、伝説のユニット「ポッパーズ」が司会を務めるライブの大舞台で、その湧き立った会場の異様な熱気にも堂々と、持てる全ての想いと技術で歌いきった彼女達「日向美ビタースイーツ♪」は、あくまで現在の学校生活を維持する意向の凛を除く四人が日向美芸能科の招待学生枠を掴み取ったことで、徐々に地元や妖精国のメディアを通じてその活動が取り上げられるようになってきた。

一方で、地元公認アイドルとして「送り込まれた」ここなつを擁するチャスコグループの芸能関連企業が、夏の一件から向こうさまざまな交渉関係で向かい風を受け(今までグループ側が完全に甘く見ていた倉野川サイドに、さとりや諏訪子、マミゾウといった交渉事に滅法強い連中が付いた所為もあるが)、連動して彼女らへの風当たりも強くなり始めた。
その頃から夏陽は精神的に不安定になり始め、そして…年明けのある雪の舞う日に、心菜が姿を消すという事件が起き。


「あたしさ…あの夏の日に、あのライブを見るまでずっと、バンドミュージックとか、ニューミュージックとか、そんなのなんて時代遅れのものだってずっと思ってた。
それっぽい曲だって、わざわざ人間が練習して奏でなくても、音は勝手にパソコンが作ってしまうし、ただ、あたし達はそのメロディに歌を乗せれば、それでいいと思ってた。
でもさ、そうじゃないんだよね。本当は薄々気がついていたのかもしれないけど」

再び、夏陽は寂しそうに笑いながら、話し始める。

「勿論、あんた達の演奏(ライブ)は素晴らしいものだって、素直にそう思ったよ。
でも、それ以上に…あのひとが…かごめさんが、思い知らせてくれたんだ。
歌と演奏者の心が一つになった時、あれほどの力を発揮するのかって…あんなにも、心を動かす事が出来るなんて、それまで知らなかったから
「ライブのほんの直前でしたよね。
私達の控え場所に、かごめさんが…咲子(あんた)の曲をあたしに歌わせてくれ、って飛び込んできたのは」
「あたしもよく覚えてるよ、その後のステージも含めて…あんなの、多分一生忘れられないよ。
涙がどんどんあとから溢れて来て、止まんなかった。
あの時は漠然としか理解できなかったけど…」

その時の事を思い出したのか、知らずうっすらと涙を浮かべる一舞に、相槌を打つように頷くまり花はすでに半分泣いていた。

「わたし…かごめさんの、さきちゃんの歌を聞いた時…やっぱり、私が最初に思ったことは間違いじゃなかったんだって。
音楽は、心を込めた音楽は、これほどまでに多くの人の心を動かすんだって。
ううん、人間も、人間じゃなくても

「心を打つ音楽に古いも新しいもないって、きっと、あの時に思い知らされたんだって、今でならそう思えるよ。
あの体験があったから、きっと…あたしはあの曲を書けたんじゃないかなって思う。
それでも、きっと全然あれには届かないかもしれないけど」
「…でも、あの緑のお姉さん、いってた。
多分…今度の機会があったら、かごめさんは、夏陽(あなた)の曲を歌わせろ、そう言うかもしれない、って

項垂れる夏陽の手を取って、心菜が笑いかける。


夏陽の曲…失踪した心菜が連れ戻された時、貸し切られたとあるライブホールで歌われ、のちに「新生ここなつの代表曲」と称される事となる名曲「ツーマンライブ」。

度重なる過密スケジュールとその風当たりの強さ、そして、夏の日のライブなど様々な記憶が重圧となって心身共に疲弊した夏陽は、ついにツアー中に心労で倒れてしまった。
そんな彼女の姿を見ていられなくなった心菜の「自分がいなくなれば、このツアーから解放され、夏陽をこれ以上苦しめずに済む」と思った末での逃亡劇であった。

精神崩壊寸前だった夏陽は、折しもハイ・ラガード最後の戦いに赴く束の間の休息とばかりに戻ってきためうと、心菜と同じくらい自分の身を案じていた一舞へ、ついに自分の心を開いて助けを求め…そして、夏陽は自分の素直な感情を歌詞に込め、たった一人だけの観客のためにそれを披露した。
その歌は、無断でツアーを放棄した「ここなつ」を取り戻そうとするチャスコ芸能部門の雇うある組織の実働部隊と、おそらくは夏陽が心の底から始めて望んだ「大切な誰かの為にだけ行うライブ」を邪魔させまいとする風見幽香との壮絶な小競り合いを止めさせたのだ。
余談だが、ライブハウスの音響とネットワーク機材をわざといじくったマミゾウの手により、この歌は街の各放送機器をジャックして倉野川のほぼ全域に流され…また、その事件を契機にフリーになった「ここなつ」がかごめのスカウトを受けることになるが、それはまた、別のお話。


「そうね。
あなたの作った歌には、あなたの歌声には…それだけの力があった。
だから…私も負けていられないわ」
「えっりんちゃんもとうとうやる気に!?
ふおおおやっぱりすごいよりんちゃんが本気を出したら本当に色々な悪い何かがみんなみんな滅びそうな気がするよ!!
とってもとってもハッピーなんだよっ!!!」

最後、消え入りそうな声でぼそっと呟く凛の一言を、耳聡く捉えるまり花が目を輝かせ、なおかつその手を取って熱い視線でじっと見つめる。
凛の顔は、茶化すのも可哀想なぐらい瞬間的に紅潮していく。

「ちちち、ちがっ、そういうあれでその」
「頑張ろうねりんちゃん!!わたしもりんちゃんがいっぱいいっぱいがんばれるようにもっともっとスイーツでハートフルなメールで応援するから!!
ううんそれだけじゃ足りないよねもっと近くでこうやってぎゅーって」
「やややややや、やめなさいレポート屋ここここんな衆目の面前ではは破廉恥な」

シャノワールに笑い声が響く。

いつもの光景。
めうがいないだけの、そのいつもの…そう、咲子が思った瞬間、彼女はその一角で何時の間にか、普段通りの顔で一緒に笑っているではないか。

「やっぱりまりりはりんりん先生とらぶらぶめう♪
めうはこれを見る為だけに地獄を生き抜いてきたかいがあっためう♪」
「うわああああああああああああああああんた何時の間に帰ってきた帰ってきたら帰ったと」
「きゃあああああああああめうめうおかえりー!!りんちゃんといっしょにぎゅーっ♪」
「ちょちょいい加減にしなさ…」

その光景を呆れたように眺め、溜息を吐くかごめが、一人蚊帳の外になった格好の咲子へ告げる。

「ったく、変わんねえなお前らは。
まあ、お陰でようやっと普段どおりって感じになったわな」

そして、かごめはここなつの二人を手招きして告げる。

「前々から話はしてると思うがまあ…まだあんた達は若いんだし、色々話はつけてきたしな。
どうだい、体験的にあたし達のやってることに参加してみる気はないかい?」
「ポケモンバトル、だっけ?
あたし達、ゲームは知ってるけどほとんど知らないって、そういったはずよね?」
「なっちゃん…わたし、やってみたいって言った…」
「それは知ってるっつの。
あたし達にはそれに、あそこで捕まってる黒髪とか、エロサイドテールみたいな特別な力は」

かごめは頷く。

「全部承知の上だよ。
めうの野郎の「刻印術」だの、りんりん先生の「影猫」だのみたいなトンチキな能力持ちを望んでるわけじゃないからね…ただ」

かごめは一瞬だけ、意味ありげに口を噤む。
訝しげに眉をひそめる夏陽に、かごめは溜息に紛らわせて続ける。

「プロ根性も何もかも適度にかなぐり捨てて、たまに童心に帰るのも悪くぁねえだろ。
どうだい、たまにでいいし、あたし達と同じ景色を、一緒に眺めてみないか?
それがあんた達のプラスになるかマイナスになるか、その損得抜きで


難しい顔でかごめをにらんでいた夏陽だったが…妹が訴えるような眼で袖を引くのに、観念したように溜息を吐く。

「わかった。わかったわよ。
でも、居ても大したことできないかもしれないわよ?」
「なっちゃん、わかってない。
わたし、楽しめれば、それでいい
「妹の方は良く解ってるじゃねえか。
おい、そこのレズナンデスども、あんた達もそろそろポケモン対戦の時間だよ。
いよいよ、幻想郷が誇る最強のレズナンデスと本気のバトルだからな、ちくパ喰ったら特訓開始だ解ったな野郎ども!」

商店街の一角に、可愛らしいときの声が上がる。
再び、この地で少年少女、人間と妖怪と神の垣根も越えたバトルが幕を上げようとしていた。


少年少女たちが回す、未来への歯車めいて。