-貴方が過去に置き去りにした“真実”、その全てを受け止め、己自身が何者であるかを受け止めるのです。
それこそが、これから貴方に課される使命。
そして…それを成し遂げることこそ、今の貴方に出来る最大の善行です-
海の底のような混濁する意識の中で、ジョウトへの旅へ向かう自分に向けられた四季映姫の言葉がよみがえる。
リリカは暗い意識の底で、直前まで何をしていたのかを思い出す。
襲われたチルノ達。その凶行に及んだムラサとの戦闘。
強烈なアンカーの一撃を受け、意識を飛ばされているのであろうか。
早く戻らねば、と思う一方で、彼女はそこから動くことが出来ずにいる。
…
渦の弾幕がその攻撃も全てはじき、そして幾度目かのアンカーの一撃を受け止めながらも、なおリリカは反撃に移ろうとしなかった。
決してその力量がないわけではないだろう。
並の妖怪であれば、数度粉砕されているだろうその一撃を、無傷で受け流しているという時点でも驚嘆に値することなのだ。
『特別指定級』
それが、現在目の前にいる船幽霊・村紗水蜜の現在の序列。
真祖・貴種とされるその他の認定要因に欠けるとも…こと戦闘能力においては、真祖もしくは貴種にも匹敵するとされる特別な上級大妖。
彼女はその戦闘能力のみでいえば、第九位貴種『虎の神将』寅丸星のそれをも凌駕する、命蓮寺第二位の実力者と看做されている。
「なんだよ、お前。
張り合いがないことこの上ない」
ムラサは攻撃の手を止める。
そして、挑発するかのようにその手を開ける。
「攻撃のタイミングがないというなら、これでいいだろう?
別に殺し合いの心算なんだから、スペルカードのルールに従う必要もねえわな。
だがあまり不公平なのはあたしの気が収まらなくてな」
「何故」
これまで一言も言葉を発さなかったリリカが、その時始めて口を開いた。
「あん?」
「何故…こんなことをするの?
私は殺し合いなんて望んでない…どうして、そこまで!」
ムラサは不愉快そうに吐き捨てる。
「お前がどう思ってようが知ったことじゃねえ。
だがそうだな…強いて言えば、お前らみたいなのがムカついて仕方がないだけだ。
妖精や小妖怪の分際で、大人しく分限を護ってりゃいいものを」
憤然と構えたアンカーを、さらに突きつけて続ける。
「天界の査問期間が定めた序列がどうか知らんが!
異変にも関わらない雑多なモブ妖怪の分際で! 妖精如きで! 揃いも揃ってつまらねえ力ばかり身につけやがって!
お陰であたし達が導いて、大妖怪サマと対等の立場にしてやろうっていうお題目も全て絵空事にされちまった!
許せるわけねえだろ…お前らみたいな奴らが増えまくったせいで、自然と姐さんやあいつらの顔に泥が塗られてくるとなりゃな!!」
「そんな理由で…そんなくだらない理由で…コーディ達を!!」
「くだらないだと!?」
その怒りの一喝に応えるかのように、水の縄がその四肢をからめ捕り、そこへ、振りかぶられた巨大な碇が唸りを上げて迫る。
「てめぇ如きの
その大喝に、彼女は応えるべきものを何も持っていなかった。
ムラサにとっては、自分を暗い海の底から引き揚げ、新たな生き甲斐を与えてくれた白蓮の事が…その過去も受け入れてくれた命連寺の仲間達が、全てなのだ。
それが、彼女の妄信に過ぎないと解っていても。
~幕間 リーズン・オヴ・ベスト・リヴィング・ウィズ・マイ・フェローズ~
それより少し前に時間はさかのぼり。
嵐のようなムラサの猛攻をいなしながら、まるで反撃する様子を見せないリリカの様子を眺めながら、真っ二つになったちゃぶ台の前へ、かごめは腰を下ろす。
そして、何かを思い出すかのように、そこへ視線をやると…そうか、と言わんばかりの表情で溜息をついて、その切れ端を持ちあげようとする。
「ごめん、やっちまった」
「やっちまったじゃねー!!
なにしてくれてんだてめえこら!!人ン家のちゃぶ台派手にぶっ壊しやがって!!」
先程の凄まじい怒りの発露に、恐々として様子をうかがていた諏訪子が、まるで我に帰ったかのように声を荒げた。
様子を伺っていた早苗も呆れたように笑いながら、まあまあ、と諏訪子をなだめているが…かごめは気にした風もなく、傍らで様子を伺っていた紫に目くばせすると、心得たものなのか紫が頷く。
次の瞬間、割れ目の其々に境界が開き、閉じた時には元通りのちゃぶ台になっていた。
これでいいんだろ、と言わんばかりの渋い顔で諏訪子に顎をしゃくると、今度は打って変わって憤然とした表情で諏訪子がその隣にどっかりと腰かける。
「…しかしどーするつもりだよねーさん。
あの馬鹿ムラサの真意も解らねえが、本当に命蓮寺と戦争する気か?」
何時の間にかモニター側、丁度かごめ達の対面に当たるところに、何時になく渋い表情のてゐが腰かけて頬づえをつく。
部屋にいた誰もが、かごめへ視線を向けていた。
しばしの沈黙を挟み、かごめは溜息をつく。
「さあな」
「さあなって、お前。
『
「なにを今更。
戦ならとうに始まってんだろが、あたし達の目の前で」
「はあ!?」
一瞬なんのことか解らず、素っ頓狂な声を上げる諏訪子とてゐだったが…そういう意味かよ、と突っ込んでいいのかどうかわからず口をパクパクさせている。
だが、とかごめは前置きしてさらに続ける。
「リリカ、まだどっかに引っかかって吹っ切れてねえ感じがしたしな。
チルノ達には悪いが、これでもダメならあいつはそこまでなんだろう……別にそんなことでアイツを見放したとかそういうんじゃないけどさ、少なくとももう、リリカに重要な役割を任せるのは無理なんじゃねえかなって気がするんだ」
「どういう事だよ?
まさか、本当はあんたが全部裏で糸引いてるってオチはねえだろうな?」
てゐの言葉に、そんなわけあるかい、とにべもなくかごめは返す。
「ここで何も起こせないなら、あいつは所詮そこまでだった。
けどな…どうしてなんだろうな。
結果がどう転ぶにしても、結局そこにいるのはリリカでしかねえんだって」
…
…
-わたし…私に、あなたのそばにいられる権利なんてないんだ…!
だって…だって…-
血に塗れ、大粒の涙を流しながら弱々しく声を震わせる少女は…こいし。
コガネラジオ塔…妄執に囚われたロケット団残党の首領にとりついた「永遠の破片」の猛攻からリリカを庇い、瀕死の重傷を負ってしまった彼女を介抱するその光景も、歪んでいた。
-わたしが…あなたのお姉さん達を…殺してしまった…!!-
リリカは必至で頭を振る。
その真実は、知っているはずだ。
レックウザの力を受け入れるその試練の最中、こいしの心の奥底に飛び込んだリリカは、彼女がずっと秘してきたその後悔の記憶に触れた。
自分が幻想郷を離れている間、こいしはルナサとメルランの心に触れ、共に過ごしていたことを。
自分の存在を受け入れてくれた「ふたりの姉」のため、最後まで狂気に抗い、護ろうとしてくれたことを。
そして…姉達が、こいしを庇って犠牲になったことを。
(私は…こいしのために何をしてあげられたんだろう)
こいしはきっと、特別な事は望まないのかもしれない。
生まれて初めて、お互い自分の
そうじゃない。
それ以上を望むのは、きっと自分自身の我がままでしかないのかもしれない。
それでも。
-リリカが本当の力を使えば、あんな奴らなんて!!-
(こいしは…私のことをこんなに信じてくれている。
ううん、きっと、こいしだけじゃない)
ジョウトを共に旅し、以降もたびたび自分と様々な冒険を共にした者たちの顔が、次々と浮かんでは消えていく。
自分は、そんなみんなの想いに応えようともせず、ただのうのうとかごめや紫といった、頼れる先達の影に隠れてばかりのままでいいのか。
全ての記憶を失い、ふたりの姉の影に隠れてばかりいた頃のままで…!
(嫌だ!
私は…私は!こんなにも私を信じてくれるみんなのために!
何もしないままで終わりたくなんてないッ!!!)
答えは、とうに自分の中にあった。
リリカは、湧き上がる自分の激しい感情に、全てを委ねる覚悟を決めた。
(私の誇りを…私の大切な仲間を傷つけた奴は、相手が誰だろうと絶対にぶちのめす!!)
…
♪BGM 「燃え上がれ闘志 忌まわしき宿命を越えて」/田中公平♪
「…何っ…!」
「許さない…絶対に。
そんな理由で…チルノ達を…!
この私の!大切な友達を、よくも!!」
それは、何時の間にか自由を取り戻した右手にしっかりと受け止められている。
奏星。
リリカの持つ、全ての幻想を支配する槍の魔装。
そこから解放される紅い妖気が、その楽団衣装からスマートな紅白の衣装へと…リリカの姿をラティアスのBURSTモードへと変貌させていく。
「あんた達だけは絶対に許さない!
皆を馬鹿にして、傷つけて…あんた達の全てを、私が否定してやる!!」
爆発的に吹きあがる妖気。
そして、大地をも砕けんばかりの踏み込みと共に、掴んだそこからアンカーが粉砕される!
…
その余波で吹き飛ばされ、中空に投げ出される『死』のぼろぼろになった身体は、彼女が最も慕う者の魔力を孕んだ糸に絡まれ、さらには紅い光を纏う結界によって守られ、そして引き寄せられる。
驚いた彼女が振り返ると、その身体をしっかりと抱きよせるアリスの姿と…その襟首をつかみ、高速で離脱しようと飛翔する霊夢の姿が見える。
「ちょっとの間黙ってなさい!
巻き添えをくわないように飛ばすわよ!」
言葉が終わりきらぬうちに、引っ張られる方向への強烈な重力がかかる。
距離にして数キロ…結界によって形成された歪空間である「修行場」の中ではあるのだろうが、戦闘の場がギリギリ確認できるそのポイントまで辿りつくと、霊夢はさらに数枚の符で四重に結界を展開する。
「とりあえずは、これでいいわね。
しかし、無茶するわあんた。
下手したらあんたを…『形式的に』仕置きするだけでは済まない事態にもなりかねないってのに」
霊夢は何処か不機嫌そうに、腕組みしたまま大袈裟に溜息を吐く。
その言葉が誰に向けられたものか、『死』は困惑したように自分の主と霊夢の顔を交互に見合わせるが…。
「本当に…世話が焼ける子なんだから…!
そんなことまで全部自分でしょい込んで、独りで何でもしようとなんてしないで…!」
そう、自分に言い聞かせるように諭すアリスは、泣いていた。
「そう言う事よ。
裏手でネズ美とあいつがなんか悪巧みしてた時点で、嫌な予感はしてたのよ。
それを黙ってた私も同罪なんだけどさ」
いや。
霊夢は不機嫌そうなのではない、呆れて見せているだけなのだ。
『死』はその全てを悟り、申し訳なさそうに告げる。
「ママ…霊夢さん…ごめんなさい。
本当は、みんなにすぐ…話してしまわなきゃいけなかったのに…僕の一存、でっ…!!」
「もう起きてしまったものは仕方ないわ。
しかし…あのムラサ、とんでもないことしてくれやがったわね。
もう多分、今のリリカを止められる奴はいないわ」
「そうだろうな。
あいつの持ってるドラゴンハートの数は、私の比じゃないんだ。
あいつだってずっと…怖がってたんだ。
自分が自分でなくなっちまうことを恐れて」
そこにはいつの間にか、魔理沙も立っていた。
「あいつは、リリカは、ずっと苦しんできたんだ。
今なら解るんだ。
あいつも私と同じだったんだってこと。
あいつだって、きっと何でもできる筈なのに…そうなったら、自分の居場所を失くすんじゃないかって思ってたんだってこと」
「馬鹿な話よ。
揮うべき力を揮うべき時に使えなければ、後悔するだけじゃない。
けど」
霊夢にもその答えが解ったような気がしていた。
先に、かごめと対峙したものの…いつぞやの乱麻相手のように一方的に心を折られたというわけではないが…かごめの側は「戦う」という心算でなかったことをすぐさま霊夢は理解することになる。
霊夢がかごめの「超威嚇」というべき殺気の波をやり過ごせたのも、実際に真正面から己の「殺気」で相殺したわけではない。
自分の「空を飛ぶ程度の能力」の真髄である博麗の奥義「夢想天生」で回避しただけに過ぎないのだ。
戦っているうちにその違和感に気づいた霊夢は、何時の間にかかごめの殺気が鳴りを潜めていることにも気が付いた。
霊夢は、自分から負けを認めた。
それと同時に、ただ直向きに、己の力一本でこの怪物と真正面から戦い切った魔理沙と己の間に生じた差を痛感する。
それまで、お互いの位置や距離を漠然としか意識してなかったこの「親友」が、自分のはるか目の前に立っていたことを。
そして、その上でなお、魔理沙はもっと前を、はるか上を見据えて走り続けていることを理解する。
無論…負けてやるつもりは微塵もない。
「見せてもらおうじゃない。
幻想の枠を飛び越えて、何を得てきたのか、その全てをここで!」
それは、リリカだけに向けて放たれた言葉ではなかっただろう。
言い切る霊夢の表情は、何処か晴れやかですらあった。
…
まるで鮫の歯のように、砕けた端から新たなアンカーが無数に生成され、猛烈なスコールのようにリリカめがけて降り注ぐ。
しかし、彼女はまるで意に介した風もなく、まるで舞うような動きでその弾幕をかいくぐり、己の得意とする間合いを保とうとする。
「どうした!やはり口だけか騒霊!!」
ムラサの本来得意とする間合いは、アンカーによる物理攻撃が可能な近距離戦闘。
弾幕戦も決して不得手な部類ではないが、現在『
対するリリカは本来が魔法による遠距離戦闘の方を得手とし、緊急回避程度の近接戦闘も可能だが、基本的に腕っ節に頼るタイプではない。
その無駄に整った構成の弾幕から、弾幕戦に不向きとされているが、殺し合いとなれば話は別…性格的にはともかくとして、風見幽香に良く似たタイプだ。
そして、整然と放たれる弾幕は、裏返せばそれだけに制御が完璧であることと同義。
やろうと思えば、整然と間隙なく敷き詰めた弾幕で、一切の反撃を許すことなく圧殺することも、リリカには出来るはずだ…八雲紫が、「いかに難解でも、弾幕に必ず一点は逃げる隙を作ること」というルールを定めてさえいないのなら。
正確無比にムラサ本体を狙うけん制の弾幕を放ちながら、ムラサの挑発につられることもなく、強力な魔法を詠唱し確実に戦況を傾けるために間合いを確保しようとするのも当然のことだろう。
(っとに…厄介な奴だ!
完全にキレてると思えば小賢しく頭が回りやがる)
猛攻を仕掛けている筈なのに、何故かこちらが追い詰められているかのような錯覚にも陥るムラサ。
そしてそれこそ、リリカの本当に恐ろしいところなのであろう。
事実、リリカの行使する魔法が非常に強力であることはムラサも知らないわけではない。
プリズムリバー姉妹最強の魔法力をもつのは次女のメルランだが、「その使い方が間違ってる」と評されるように、リリカほど強力な攻撃魔法を習得しているという話は聞いた事がない。
そのリリカが有する最も危険な攻撃魔法は、炎の奥義魔法「紅蓮の滅閃」…炎に抵抗力のある水の属性をもつムラサといえど、お世辞にも魔法防御が高い部類とは言えない。
この魔法の発動を許してしまえば、術式装填からの一撃で致命傷は避けられまい。
(いや)
ムラサは頭を振る。
(こいつの本当の能力は「幻想を操る程度の能力」。
それ以上の何かを、こいつは仕出かしてくるはずだ!)
そして、一瞬後方の式神を…それを通して、この戦いを見守っているだろうナズーリンの方を見やる。
(よく見ておけ、ネズ美!
こいつの底の全ては、このあたしの全力で全て引き出させてやる…無論、あんた達のために!!
『第一位貴種』リリカ・プリズムリバーの
咆哮と共に、ひと際巨大なアンカーがリリカの頭上へ出現する。
しかも、その数はひとつふたつじゃない。
「沈め、モビーディックアンカー!!」
巨大な四つのアンカーが、四方へ取り囲むように高速の渦潮を纏いながらリリカを囲むように着弾する。
逃げ場を失った彼女めがけて、禍々しいオーラを纏った巨大アンカーを振りかぶるムラサが迫る。
絶体絶命と思われたその瞬間、ムラサはリリカがかすかに笑ったのを見た。
次の瞬間、掲げた槍に呼応するように、何時の間にか空を覆う黒雲に雷光を走らせる。
ムラサは、リリカの姿にあるひとりの妖怪の姿がオーバーラップして、その真の狙いを悟った。
それを見守るナズーリンも。
「ダメだ!
ムラサ逃げろ、永江衣玖の『エレキテルの竜宮』だ!!」
そう叫ぶよりも早く、轟音と共に視界は強烈な閃光に埋め尽くされる。
その凄まじい閃光からナズーリンがメリーを庇う一方で、僅かにその光を避ける仕草をしながらも白蓮と神綺は冷静に戦況を分析する。
「成程…それ自体が罠だったのね。
あの子の能力は、さとりちゃんと同じ使い方もできる…ということ。
雷の奥義魔法まで使えるなんて話は、聞いたことないし」
「今の彼女はラティアスの筈。
仮に無振りでも、ムラサよりは早く出れる筈ですが」
「あの威力は10万ボルトじゃないわねえ。
かみなりを確実に当て、一撃で仕留めにいったという事かしら…?」
その視界の先で、水のバリアーを纏ったムラサがアンカー結界の中から飛び出してくる光景が見える。
「でも、純度の高い水であれば逆に電気を通さない。
何時の間にか、あの子も『真水』を操れるようになっていた…とはね。
それに、永江衣玖のあのスペルは、それ以外が下手に真似をして使おうものなら自爆技になりかねない…これは勝負あったかしら…?」
…
「ふう、あぶねえあぶねえ。
そう言えばテメエ、あの雷魚野郎とも縁が深かったよな…一瞬でも防御が遅れたら完全にアウトだったよ」
強烈な電荷による水蒸気爆発によって、濛々と水蒸気が立ちこめる視界の中。
ムラサが上段の左に構えたアンカーに、凄まじい水の気が集中する。
その形は、先程まで持っていた無骨な黒いアンカーではなく…スマートな流線型をした、青玉髄の如き光沢をもつ暗い蒼色の銛の如き形状をしていた。
「まだ最大解放までには至っちゃいないが、この『魔王鮫』は、水と同化し支配する魔装。
あんた達には感謝してるさ…幻想界の連中とある程度以上関係が深くねえと、このチカラが手に入らなかったわけだしな。
その恩を仇で返させてもらうが、あたしは謝らねえからな!!」
一閃の青い槍となったムラサが、水煙の中にある黒い影めがけて突っ込む。
「これで決まりだ!」
誰もが、それで決着と信じて疑わなかった。
しかし…それは、ムラサの勝利を信じるナズーリン達と…その勝負の行方を間近で見護る霊夢達とでは、まるで逆の結末を。
「甘いんだよ」
晴れゆく水煙の中で、その姿があらわになる。
驚愕に目を見開くムラサの視界の先で、槍を上段左の横構えに、掲げた穂先に途轍もない電荷を受け止め…否。
踏み込んだ大地すらも割るすさまじい闘気とともに、穂先そのものから強烈な雷気を発しているではないか!
凄まじい電荷が、放出される闘気と混じり合い…踏み込んだリリカの軸脚が、大地を割り深く沈み込む…!
「オオッ…まさか、この技は!」
「間違いねえ、見たことあるぜ!
こいつは確か」
その様子を別室で伺っていた、親衛騎団の二人が主に目をやると、ハドラーはゆっくりと頷く。
「忘れ得るものか…!
まさしく、これはあ奴の…『竜騎将』の必殺剣!!」
リリカはその状態で、さらにその姿を変化させていく。
纏う装束の深紅は鮮やかな薄紫へ。
その瞳は、ベージュから深紅へと変わる。
そして…ムラサだけはそれを見ていた。
リリカの額で光を放つ、竜の貌を簡略化したような、真紅に輝く紋章を。
「く…くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
それでもムラサは、引くことなくその一撃へ真正面から向かっていく。
「終わりだ、村紗水密!
ギガ!」
その切っ先めがけて、リリカも翔ぶ。
「ブレイクッ!!!」
怒れる竜の雷が、空間を劈く轟音と、爆発的に視界を埋め尽くす閃光と共に放たれる…!!
…
…
ムラサが目を覚ました時。
したたかに大地に叩きつけられたまま、神の怒りとも言うべき雷の衝撃で、指一本動かせる状況ではない。
仰向けに倒れた彼女に確認し得るものではなかったが、リリカの放った一撃…ギガブレイクの破壊力で、半径数百メートルにも及ぶ範囲の山肌が吹っ飛ばされ、巨大なクレーターを生み出していた。
それだけのすさまじい一撃を受けていながら、自分がまだ五体を保てているのが不思議ではあったが…彼女はその理由をすぐに覚った。
薄く障壁を展開しながら、視界を過る蒼い宝玉が、砕ける。
「ナズー…おまえが…?」
彼女は全身を走る痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと起きあがる。
そして、その驚くべき光景を目にする。
全身所々、黒く焼け焦げて裂けた皮膚から血を流し、それでも自分を庇うように立っていた小さき賢将の姿を。
ムラサが気を取り戻したことに気付きながら…ナズーリンは振り返ることなく小さく笑うと、今だ険しい表情のまま槍を手に立つリリカへ告げる。
「済まなかった…お前を試すような真似をして。
いや、本来、他に詫びねばならぬ者がいることも」
何時の間にかその傍らにはメリーがいて、心配そうにムラサへ肩を貸そうとする。
ムラサは、その恐るべき一撃が炸裂する一瞬に、飛び込んできたナズーリンに命を救われたことを理解した。
ムラサも自嘲するように笑った。
「…やったのはあたしだよ。
解ってるさ、リリカ、あたしを殺すのはもうちょっと待ってもらえるか。
チルノとコーディに頭下げる前に殺されちまったんじゃ、死んでも死にきれねえしな」
リリカはしばらくむっとしたような表情で三人を眺めていたが、元の楽団衣装の姿に戻ると、ぷいっと踵を返して告げる。
「椛さんにも、ちゃんと謝って。
それで、許してあげる」
ムラサが安堵の溜息をついて、承諾の意を告げようとしたその時だった。
「それだと私が困るのよねえ」
♪BGM 「復活の舞台へ」伊藤賢治♪
大気を震わせるような強大な魔力の波動を伴い、その場に現れた人物の姿に、場に居合わせた者全てが息をのむ。
対峙したもの全てを、その威圧のみで地に這いつくばらせるかの勢いで、神綺はそれでも悠然と歩を進める。
そこへ、場の決着と共に現れた異様を確認すべく飛んできたアリス達も、強烈な殺気と鬼気をまき散らす神綺の姿に僅かに後ずさる。
「なんの心算です、神綺殿。
見ての通り、決着はついた。
あとは、私達が仕出かしたことを詫びれば、まるく収まる…私は十分目的は達したのだ、これ以上は」
「貴方達の目的は別にもう…どうでもいいのよ。
ただ、一度私の血を滾らせた以上、ここで穏便に矛を収められてしまえば、一体この力を何処へ揮えばいいのかしら?」
ナズーリンが反論の言葉をなお唱えるより先に、神綺は軽く、魔力を込めた左手を揮う。
その一瞬で、左側の森が、先の激突で生じたクレーターにも匹敵する範囲の木々を吹き飛ばし…場が凍りつく。
「おいそこの喧嘩馬鹿。
よもやこの場でもう一戦、疲弊した相手に喧嘩を吹っ掛けようとかそういうんじゃあるまいね」
誰もがその成り行きを戦々恐々としながら伺う場に、呆れた表情の魅魔も姿を見せる。
僅かに不機嫌そうな、殺気を込めた神綺の視線にも「おお、怖っ」と、飄々とした体で肩を竦めながら魅魔は続ける。
「そんな喧嘩馬鹿のあんたなら、どうせなら、全力のこいつとやり合った方が意味あんじゃねえの?
音に聞こえた魔界の神が、四方や手負いの騒霊一人に全力で潰しにかかろうというんじゃ、プライドも許すまいよ、なあ?」
「何が言いたいのかしら、魅魔」
「とりあえず仕切り直ししろってのさ。
普段の立場はどうあれ、一応あんた達のまとめ役はそこのメリーだ。
メリーがそれ以上はやらない、と言えば、あんたも今のところは大人しく引き下がる義務があるはずだ…違うかい?」
魅魔と神綺の視線を受けて、びくっと身体を震わせ息をのむメリー。
神綺の視線は有無を言わさぬものがあったが、そこへもうひとり、助け船を出した者がいた。
「あと、うちらが別に勝負に応じなくても不成立にはなるよな。
真相がわかった以上、こっちも今回の件はまるくおさめるつもりでいるんだ。
あんたとはまた後日、日を改めて遊んでやんよ」
諏訪子だった。
しかし…この諏訪子も、何処かハッタリではなく…神綺をむしろ喰ってかかろうという凄まじい気を放っている。
「諏訪子さん」
「リリカ、お前さんは下がってろ。
一応、この私もそこのたくましい神様に借りってもんがある。
フラグ立てるつもりはねえが…以前のようにはいかねえぞ」
それまで黙って聞いていた神綺は、溜息を吐くと踵を返す。
そして、険しい表情で成り行きを見守っていた夢子に何事かつぶやくと、それを伴って場を後にした。
…
…
諏訪子の手で簡単に回復させてもらい、ムラサとナズーリン、そしてメリーまでも頭を下げる前に、こちらはすっかり元気を取り戻したらしいチルノが何処かえらそうにふんぞり返ると、
「うん!超許す!!!」
と、何故か上機嫌にそう返すのに、傍らに立つコーデリアや椛だけでなく、その場の誰もが苦笑を隠せずにいた。
それまで、チルノがどう言おうと私は許さない、と鼻息を荒くしていたこいしですら…さとりやリリカに宥められたからというのもあったが…そのチルノの姿に笑いを隠しきれず、こちらも先の感情を水に流した様子だった。
呆れたように溜息を吐くかごめも、何処か呆けたような表情でリリカの肩をたたいた。
「だとよ。
これでいいんだろ?」
「うん…まあ、別にチルノ達が構わないっていうなら」
「じゃあこれでこの件は一件落着だ。
あとはまあ…あのたくましいのどうするかなんだけどさー」
「えっと…その件はごめんかごめ、お母様には私の方からなんとか」
言いかけたアリスの言葉をさえぎるように、かごめは手を突き出して頭を振る。
「いや、日を改めて徹底的に解らせてやる」
「えっ」
「解らんかね。
あの喧嘩、買ってやるって言ってんだよ。
ケロ様がえっらいまたやる気十分だしな」
「おいそこで私にマルナゲすんのかよ。
まあ、別にされようがされまいが私は買うつもりだが」
困惑するアリスと霊夢、魔理沙も顔を見合わせる。
そんな彼女らを余所に、諏訪子がメリーへ告げる。
「大変な役目かも知れんが、あのたくましい魔界神に、喧嘩のやり方はそっちに任せるって言っといてくれ。
こっちはこっちのやり方でテメエをぶっ潰してやる、とでも言ってたと伝えてくれれば、こっちの出方はある程度分かってくれるだろ…おっと、そこのナズーリンにまで余計な事をしゃべくっちまえば、変に事前対策を立てられかねんからこれ以上は言わんが」
「随分含みのある言い方をしてくれる。
安心しろ…あの状態ならおそらく、私がいくら策を立てようが聞き入れてはくれまい。
私としては今後の為に、今からでも貴方がどんな恐ろしい力を得ているのか聞いておきたい気もするが」
「実はあたしも知らんのだが」
「そこはその時の楽しみってことで、だな。
とりあえず今回はこれでお開きにしとこう、かごめ、打ち上げどうする?
どうせお前の事だし幽々子は呼んでねえんだろ?」
「呼んでたまるか、あの底無し胃袋魔獣を。
っていうかそれあたしもちかよこのクソカエル」
いつものようなやり取りで、守矢の母屋へと諏訪子とかごめが去っていくのを合図に、その場に居合わせたメンバーも思い思いに散らばり始める。
アリスは、ふと、腕の中の『死』が、何か恐ろしいものを見たような表情で凍りついてるのに気付く。
「…どうかしたの?」
「ママ…あの神様は確か…水と大地を司る祟神……だよね?」
「そんなの今更確認することかい、ありゃカエルの神様なんだからよ」
呆れたように窘める魔理沙の言葉にも意に介さず、アリスは彼女にその続きを促す。
『死』は…一瞬ためらったが、言葉を選ぶかのように、ゆっくりと呟く。
「一瞬だけ……溶岩のイメージが伝わってきたんだ…!」
溶岩。
連想されるワードは…炎と大地。
魔理沙は茶化そうとして、その言葉を飲み込む。
心当たりがないわけではない。
キバガミの出身地である白銀ノ霊峰、その灼熱の洞窟の主の名を。
それが、諏訪子の元いた地にもいたそれと、同じモノであるという話を。
「…あの仕方ないお母様にも、それとなく話しておくわ。
話しても、無駄に終わるかもしれないけどね」
アリスも悟るところがあるのだろう。
溜息をつき、魔理沙に打ち上げの辞去を伝え、霊夢やムラサ達を伴いその場を後にした。