「…かごめ」

チルノはその顔を見上げて呟く。

その姿が地上に降りると、追ってきたらしいルーミア達の姿もある。
ルーミアも一瞬、かごめのその変化に戸惑いを覚えていたが…。

「悪いが、どうもあまり時間はないみたいだ。
済まないがチルノを頼む!」
「待って!」

再び飛び立とうとするかごめを呼びとめるルーミア。

「かごめ…チルノは、ずっとかごめのこと…助けたいって言ってた。
だから」
「解ってる。
あたしは死ぬために戻ってきたんじゃない。それに…あたしもチルノの言葉に救われたんだ。
チルノが…リリカが、紫が…みんなが託してくれた希望があたしを救ってくれた。
感謝するのはあたしのほうだ!


頭をくしゃくしゃと撫でられたチルノとルーミアも、嬉しそうに笑う。
そして、かごめは再び地を蹴って飛翔する。


「待ってろ、つぐみ。
今、助けてやるからな!」




-Mirrors Report of “Double Fantasia”- 
その11 「剣魂一擲」




再度、悪魔の蔦が起動人形を捕えたそのとき、それは瞬時にあとかたもなく粉砕される。
それをやった人物が起動人形の肩に降り立ち、不敵な笑みでそれを見る。

驚愕の表情で戦慄くように呟く魔理沙の脳裏に、喪われたはずの記憶が蘇っていく。

「あの…人は…まさか!そんなことって!」

霊夜はそれを気にした風もなく、小脇に抱えられていた霊夢を解放する。

「おい中の連中!
まだ一人二人は収容できるだけの空きはあるだろ、この子を入れてやってよ!」
「…姉さん?」

怪訝な表情で問い返す霊夢の頭を、霊夜は乱暴に撫でまわして笑いかける。

「あんたはまだ力が戻ってないんだ。
このでかい人形ならそうそう壊れやしないだろ。
…その方があたしも安心して暴れられる

アリスと魔理沙は顔を見合わせる。

「…どういうことなんだぜ?
確か霊夜さんはもう五年くらい前に明日をも知れない病気になって…えっと
「私も何がどうなってるのか分からないわよ。
けど…紫がなんだか悪さしてたのは理解できたわ。霊夜も、それ以前の博麗の巫女の事もだんだん思い出せてきてる。
そういえば、六十年ぐらい前にいた巫女は、確かに文(ふみ)がいった通りこちらの力を片っ端から吸い取るのが得意な奴だったかもしれないわね」
「考えるのはあとにしましょう。
早苗や妖夢の事を考えても、時間の無駄遣いはできないわ。
…博麗巫女歴代最強の物理攻撃力を持つかもしれない彼女の力を借りられれば、タイムリミットまでに決着をつけられる…!

咲夜の言葉に頷くアリス。
その手が魔法球に触れると、霊夢の足元に魔法陣が現れ、一瞬のうちに操縦室へ霊夢の姿が召喚される。


-どういう事だ…!?
私は確かに博麗霊夢を取り込んだ筈…それに、貴様は一体…!-

怒りと困惑の色を放つ魔樹に霊夜が振り向いた瞬間、その凄まじい怒りの圧が魔樹へ向けて放たれる。

「随分好き勝手してくれたわね、あんた。
この落とし前はゲンコツの一発じゃ済まないわよ…!」

放たれる闘気が周囲の空気を震わせる。
その恐るべき気に、アリスや魔理沙たちも思わず神妙な顔で息を飲む。

「な、なあアリス」
「な、何かしら魔理沙」
「も、もうみんな霊夜さんに任しといてもいいんじゃないかな…ぶっちゃけ私達、居る意味あるのぜ?」
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ…とと、兎に角早くケリをつけましょう、今なら萃香達もまだ助けられると思うし」

そんなふたりを余所に、闘気を全開に放つ霊夜が飛翔する。

「というわけで私達も行くわよ!」
「そ、そうだな四の五の考えてても仕方ないぜ!」


博麗神社の決戦もクライマックスを迎えようとしていた。








-またしても途轍もない力をもった者が現れたようだな。
一体この世界、どうなっているのだ…?
認めたくはないが、私と同等以上の力を持っている者がこれだけ存在していながら、なんの野望も持たず隠れ住んでいるだけとは-


その足元には白蓮も、幽香も、葉菜も…駆け付けてきていたレミリアや妹紅達ですら、傷つき倒れたまま横たわっている。

「何故だ…!」

その中でただ一人、自らの血で血まみれになりながらも、なおも立ち上がろうとする慧音。

「お前は何故…そんな大仰な力を得て、何をするつもりなのだ!?
世界を統べ意のままに支配する為か!あのエクスデスのように!」

-世界の支配など、私にとっては瑣事に過ぎぬ。
言うなればもののついでだ。
私の目的は…総ての時間空間をつなぎ、永劫の世界としてひとつとすること-

「なん…だと…!?
そんな事になんの意味があるという…!」

-お前達ごときに説明しても解るまい。
あのエクスデスとか言う者が欲した「時間圧縮」も、その手段の一つに過ぎぬ。
…ありとあらゆるモノにはやがて滅びの時が来る。失ってしまったモノは戻っては来ない-

「その為に貴様は他の総てを奪い尽すのか…!
終焉は万物の宿命、それに抗ってまで…なんのために!!」

-お前たちの意見など聞いてはおらぬ。
それに-

慧音の身体が魔法陣に囚われる。
彼女ばかりではない。力尽きて倒れた者たちも、同じように魔法陣に包まれ…魔女へと集まっていく。


-知りたくば私の一部となればよい。
お前達の力も十分足しになる。
…ありとあらゆる次元を一つに成した偉大な魔女の一部となるのだ…光栄に思うがいい-


「くだらんな。
全てが止まった世界になんて一体何の価値があるってんだ」



そのとき、空間を走る一閃。


♪BGM 「少女幻葬 〜 Necro Fantasy」(東方妖々夢)♪


慧音達の身体が無数のスキマへと吸い込まれ、地面に横たえられている。
慧音の傍らには紫が立っていた。

「遅くなりましたわ、申し訳ありません」
「紫…?
おまえ、どうやって」

驚愕の表情で誰何する慧音の言葉を割って、ひとつの影もそこへ飛来する。
鮮やかな毛色の九尾を持つその狐が、主の前に膝をついて礼を取った。

「紫様、よくぞご無事で。
私も共に戦わせていただきたく!」
「よく来てくれたわ、藍。
慧音達を、守ってあげて」
「御意!」

陰から生み出された魔物が再び、動けぬままの慧音達をめがけて襲いかかってくる。
この影は、魔女の一部…喰らったものを魔女の力へと還元する存在であった。

藍は即座に数枚の符を構え、印を結ぶ。

「来い、管狐!
奴らをことごとく八つ裂きにしろ!」

符は即座に白い狐のような怪物へと変化し、その影を次々と霧散させていく。
その隙間を縫って紫に数体の影が襲いかかるも、藍の放った蹴りと狐火で一瞬のうちにあとかたもなく燃やし尽されていた。

「…見事よ。
ここは任せるわ。私は、彼女と共に…あなたはあなたとして、その心のままに戦いなさい。
…ただ…終わった後は、祝宴の為にひと働きしてもらうわよ」
「またそこ全部私任せなんですか。
まあ、言われたからにはやりますよやればいいんでしょ」

わざと口を尖らせる藍に苦笑しながらも、ふたりは頷きあう。
そして、紫の飛ぶ先に立つ一つの影に、慧音は目を見開く。


-貴様…一体何をした-

「まあ待てよ、まだあたしの頭が完全に沸点行く前に聞いておきたい事がいくつかあるんだ。
さっきのけーね先生との問答の続きをあたしとやってもらおうか」

かごめは不敵な表情を崩さず、目の前の魔女を睥睨する。

-無駄な時間は不要だ。
それに…貴様からも得体の知れぬ力を感じる。
それだけの力を持ちながら、お前は…お前達は一体何を望むというのだ!?-

「勘違いしてんじゃねえよ。
質問してるのはあたしだ。てめえに質問する権利はねえ、ただあたしの言ったことに答えろ」

そのかごめの表情を見ていたのは紫だけ。
慧音はただ、同時に放たれたその凄まじいプレッシャーから、今のかごめの感情を少しだけ垣間見えた気がした。


感情を持たぬ獣の眼で、魔女はかごめを睥睨する。

いかな理由からか、魔女はその恐るべき圧に対しても何の感情も見せてはいない。
まるで総てが興味のない事と言わんばかりに…。


やがてそれは、口を開く。


-お前も多くの物を喪って、それでもまだなおこの場に立っているのだろう。
何故かはわからぬが…貴様と私はどうやら、ただどこか一つ道を違えたそれだけの存在なのかも知れぬな。

…この娘、貴様の子か。
ならば、助けたかろう?-

「当たり前の事を言ってんじゃねえよ。
くそったれのケダモノ野郎…いちいちテメエに対する罪状数えるのも飽きてきた。
とりあえずその数に応じた肉片に切り刻んでやる、覚悟しやがれ!!」

大仰な啖呵と共に、魔獣へ切っ先を突きつけるかごめに紫は視線を飛ばす。

(解っているわね、かごめ。
 もうあまり時間がない…早くしかけないと、つぐみは)
(…そこまで浅はかじゃねえよあたしゃ。
 場所は特定できた、紫、頼むぞ!

その視線が交差し、互いに頷く。


♪BGM 「ネクロファンタジア」(東方妖々夢)♪


かごめが魔女へ猛然と距離を詰めると同時に、空を走る影めがけて無数のスキマから放たれた弾幕がそれを相殺していく。
極彩の爆風の中、火花を散らす切っ先が大きく紅蓮の炎に包まれ、正確に、かつ絶妙な深さの傷を獅子王の胸に刻みつける。

-何ッ!?-

「もう一丁か!」

かごめはさらに返す刃を走らせる。
今度は逆の方向から、さらに同じ程度の力を込めまた僅か、深く傷を刻む。

-おのれっ!
この程度の事で私が倒せると思ったか!-

それを挑発と受け取った獅子王の爪がかごめに振りおろされ、彼女は紙一重でそれを回避する。
同時に放たれた影は、かごめを虜にする間もなく、後方から放たれる光弾に撃ち抜かれて霧散していく。


慧音はやがてその理由に気付いた。
抉れていくその胸の一角に、つぐみの姿が少しずつ露わになっていく事を。
かごめの攻撃のリズムが変化したことで、魔女もまたそれに気づいた。

-そういうことか…貴様ッ!!
そう思い通りになると思うな!!-

かごめの行く手を阻む竜巻の魔法を放ちながら、胸の傷を高速回復させる魔女。
だが…そこにさらに信じられないものをそれは見る。


王手(チェック)…!
あんた…チェスとか将棋とか…あまり得意じゃないみたいね…!」



何時の間にか胸元に飛びこんでいた影。
脇腹から鮮血をまきちらしながら、紗苗は傷の中に露わになったつぐみの身体を抱きしめ、渾身の力で引き抜こうとする。

-小賢しい真似を!!-

振りはらおうとする腕の死角に、もうひとつの影。

「そうはいかねえよ!!」

紗苗達を庇おうとするかのように立ちはだかる勇儀が、渾身の力でそれを受け止める。
その背から飛び降りた文が死力を振り絞り紗苗めがけて加速する。

紗苗(サナ)、しっかり押さえてて!!」
「…お願い!」

文の狙いを悟った紗苗は、つぐみの身体をしっかりと抱きよせて備える。


振りおろされる魔獣の左腕がカウンター気味にその姿に迫るが、それは鎖状に紡がれた緑の弾幕が雁字搦めに縛りあげている。
その綱を引くは、諏訪子と山の妖怪たち。


「そうはさせるかってんだ!!
これでチェックメイトだオメーはな!!
いっけえええええええ!!」



渾身の幻想風靡で加速する文が、紗苗とつぐみの身体を抱きかかえるようにして魔獣の胸元を蹴る。
そこから間欠泉のように鮮血が吹き、苦悶の咆哮が木霊する。


力を使い果たした文、失血と衝撃で気を喪っている紗苗、そしてつぐみの身体は抱き合ったまま落下を始める。
その下には、何時の間にか目を覚ましたのだろう幽香と葉菜、そして静葉の姿もある。

頷きあう三人が力を放つと、その中心から芽吹いた新芽が一瞬のうちに大輪の花を咲かせ、そして綿となってその姿を受け止めた。


萎れていく綿花は三人の身体を地上へと下ろす。


「紗苗さん!つぐみ!」

葉菜は二人の身体を抱き寄せる。
紗苗の脇腹からはとめどなく血は流れていたが、まだ生きている。

そして、文も…綿毛の中で気を喪っていたのを、苦笑する幽香がその労をねぎらうように抱きしめていた。



-おの、れ…!
こんなことが…許されてなるものか…!
私は魔女を超える究極の魔女…このようなところでこのような屈辱を…!-

胸元から血を吹きながら、魔獣はまだ怒りと憎悪に染まった目でかごめを睨みつけている。

「あんたが何を想い、何を目指してそうしてきたのかは知らない。
けど…あんたは決してやっちゃいけない事をやったんだ。
でももういいだろう、自分の世界に帰りなよ。こんなことをしなくても、あんたくらいの力があれば他の方法で、あんたはあんたの望みをかなえられるはずだ

-黙れ!
もう私には、残されたものなど何もない!
貴様に解るか!魔女として、死ぬことすら許されぬ永劫の苦しみを!
総てを喪いながらもまだ存在し続けねばならぬ孤独の恐怖を!!
-

悲しき怒号の様な咆哮が響く。


そのとき、慧音も悟った。
アルティミシアが何故、総ての時間を繋ごうとしていたのかを。

「喪われぬ永遠」を求めたのかを。


「わかるよ。
あたしも、そういう永遠の苦しみに、一度飲まれた魂の生まれ変わりみたいだしね。
だったら」



かごめはゆっくりと、その剣を再び構え直す。
最上段に振りかぶるその切っ先に、解放された炎の奥義魔法が集束されていく。


「望み通り終わらせてやる!
このあたしの掛け値なしの全力で!!」



かごめの魔力と剣気が吹きあがる巨大な火柱となって里の空を焦がす。


♪BGM 「眠らずの戦場」/古代祐三(新・世界樹の迷宮)♪


「これは…」
超魔爆炎覇…なのか?
な、なんという強大な魔力と闘気だ…オレのそれとは比べ物にならぬ…!


藍に介抱されたハドラーが茫然とつぶやく。


「あたしのはあくまで、魔族の武人ハドラーが使ったそれを真似ていた、紛い物だからね。
だから…この新しい、あたし自身の力には…それらしい名前が要るだろ」


その言葉と共に、凝縮された猛火が、剣を中心に炎の翼へ変化していく。
あたかも、鳳凰の如く。


「なあ紫。
この力、なんて名前つけてやればいいと思う?
思いっきりハッタリが効いたのがいいな」
「…そういうのはあなたが最も得意としている筈じゃない。
なんでそこで私に聴くのよ」

溜息をついて苦笑する紫。


「けどそうね、強いて言うなら…天翔ける(おおとり)(ぬし)…“覇凰天翔”。
これ以上に気の利いた表現は思いつかないわ」


かごめは口の端を思いっきり吊り上げる。


「いいね、そいつはいただきだ!
届けあたしの翼、雲耀の高みまで!!はあああああああああああああああああッ!!!」



最大限に高まった炎の魔力と闘気が、紅い閃光となって空を裂く。



その光景は…博麗神社、無に飲まれ混沌の化身となったエクスデスと戦う、突如現れた「光の戦士達」の帰還を待つアリス達の目にもはっきり見えた。

起動人形は、妖夢の放った最後の一撃…幽々子をその呪いから解き放った必殺剣の負荷に耐えきれず、既に稼働のできる状態ではなかった。
腕は折れ、ボディの装甲も所々吹き飛んでおり、それを放った必殺の兵装「斬艦刀」も、刃の半分以上が溶け落ちている。
限界まで戦い抜いた妖夢も、力を使い果たした早苗も…助け出された魅魔や萃香も今は眠っている。


アリス達は、その動かぬ人形の上で、強大な魔力を纏う鳳凰の飛び立つその姿を眺めていた。


「あの火の鳥…まさか妹紅?」
「違うわ。
あの気…私達は良く知っている筈よ。
…けど、何か違う。まるで、ありとあらゆるしがらみから解き放たれたような…」

アリスは、それがかごめの放ったものであることにすぐに気がついていた。


自分とはまるで対称に見えながら、何処か自分とよく似た、心に影を抱える吸血鬼。
だが、今のそれは…心の闇という鳥篭から解き放たれた、自由に空をかける鳥のように済んだ色の心の気を放っている


解き放たれた翼のイメージが、アリスにも伝わって来ていた。


「とんでもない力だ。
あんな強大な力を持った妖怪が、幻想郷の外にもまだ、いたんだね。
それに」
あいつも…かごめもきっと、守るモノが見つかったんだ。
本当にやりたい事が出来るようになったんだ。

…ちょっと、羨ましいな」

霊夜の腕に抱えられたまま、霊夢は少しはにかんだような表情でつぶやく。
霊夜はその頭を「大丈夫」と撫でる。

「もう、あんただって何もとらわれる事はないんだ。
…暫くは後見人くらいの名目で、面倒くさい事はあたしが引きうけてやるさ。
だから、あんたも自由にやればいい…霊夢」
「できるかな…私。
あまり、そういうのって慣れてないから」

そっと肩に手を置かれて、霊夢が振り向くとそこに咲夜が微笑んでいる。

「大丈夫よ。
アリス達だっているわ、あなたには。
…私もこれからは少しくらい、やりたいように振る舞って生きてみるわ」

霊夢は霊夜と咲夜の顔を交互に見て…そして頷く。


「繰り出すぞ!」


魔理沙が叫ぶとともに、炎の鳥はその視界の先で閃光となる。



そして。

「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

裂帛の気合を孕んだ咆哮と共に、魔獣の身体にも袈裟掛けに閃光が走る。
一拍遅れて、視界を埋め尽くす光の爆風。

その中で、魔獣の身体は光の粒子となって溶けていく。


魔女・アルティミシアもまた。


「…私は…ようやく消える事が出来る…。
この苦しみからも、やっと…やっと…!」


その姿は、元の禍々しい美貌の魔女ではない。
栗色の柔らかい髪を持つ、少女の姿だった。


「ありがとう」


最期に少女は、そう呟いた。











♪BGM 「東方緋想天」(東方緋想天)♪



最後の一撃を放ち、悲しき魔女を葬ったかごめは…地上に降り立つとともにその場へ崩れ落ちる。
その姿を抱きとめる紫。


「あはは…もう立つ力も残ってないよ」
「でも…でも、これですべて終わったわ。
私の長かった戦いも…これで…!

愛しそうにその身体を抱き寄せる紫の瞳からあふれる涙が、留まることなくかごめの髪に吸い込まれていく。
かごめはその中で頭を振る。

「まだ終わりなんかじゃないよ。
これから、色々な事が始まるんだ、きっと。
ううん…むしろここから始めていかなきゃならない…あたし達でさ…!
「…ええ…!」

かごめも頷く。

憔悴し切ってはいたが、その笑顔にはもう、陰りはない。
今までの、何処か寂しそうな、苦しそうな影は何処にもなかった。


その光景を…藍と、駆け付けた永琳の治療で目を覚ましたつぐみが、少し寂しそうな眼をしながらも、微笑んで見守っている。
ふたりの肩を叩く慧音。

「何を見ているんだ。
…お前達も、行ってやれ。あいつらだって、きっと待ってる」
「でも、わたしは」

つぐみの言葉を遮り、慧音は首を振る。

「あのままあいつら二人の世界にしておくのも、見ていてシャクな気がするしな。
…実感させてやればいい、自分たちが守りとおそうとしたものが、どんなものだったのか。
それを伝えられるのは、お前達だけだよ


顔を見合わせ、頷きあうつぐみと藍。
そして、駆けだす二人を迎えるかごめと紫。


永琳の治療術を受けながら、ハドラーに身体を支えられる紗苗も嬉しそうに微笑んでいる。

「あれで…良かったのですね」
「ええ。
あの子のあんな顔…どのくらいぶりかしら。
あの子はやっと、自由を、本当に大切なものを手にする事が出来たんだわ」

そして、施術を終えた永琳は立ちあがる。

「一応応急処置程度だけど、終わったわ。
本当は本格的にかかりたいところなんだけど…」

申し訳なさそうに永琳が告げるのに、紗苗は首を振る。

「いいえ、十分です、助かりました。
もし調子が悪くなったら、その時改めてお伺いします」
「そう。でも、あなたも無理してはダメよ。
…かごめにとっては、あなたも大切な存在であることには変わらないのだからね」
「…はい!」

微笑んで頷く紗苗の表情にも、陰りはない。
それを見届けると、永琳もまた、次に癒すべき者の下へと飛び立っていく。



博麗神社では、死闘を終えた賢者ギードと、彼が連れてきた光の四戦士達も生きて戻って来ていた。
全てが終わったその場所で、霊夜は派手に倒壊した神社を見やり大仰に溜息を吐く。

「さーって…いやもう、冷静になって考えればとりあえずこの有様をまずどうするかだよねー」
「なんかずっと以前、空気読まない馬鹿天人の所為で似たようなことになったけどね」

霊夢も苦笑を隠せない。
そのとき、魔理沙がはっとしたように振りかえる。

「お、おいそういえばずっと忘れてたけど…そういえばこの局面に天子の野郎って何してたんだ!?
どうも幻想郷の何処にもいなかった系の気配しかしねえんだけど」
「あっ…」

その存在にようやく気がついたらしいアリス、咲夜、霊夢、文が顔を見合わせる。

「そ、そういえばあいつの存在すっかり忘れてたわ。
考えてみればあの騒動大好き娘がこの局面で大人しくしてたなんて考えづらいし…
「けど、少なくとも霧の湖方面では見てないわね。
というか、山や白玉楼でも見なかったけど」
あの天人の性格を考えると、何処かで人知れず戦ってたなんてシチュエーションも考えづらいですな。
そういえば竹林の姫様方も見かけた記憶がないような」
「私達はただの救護班よ。永琳とてゐは既に里に行ってるわ」

そこへふよふよと空を飛んで輝夜と、薬籠を背負った鈴仙が姿を見せる。

「あら、随分と遅い御到着で」
「道すがら傷ついた人間や妖怪たちも手当てして歩いてきたからね。
…何よあんた達結構五体満足じゃない。来て損したわ」

嫌味にも取れる霊夢の一言に口を尖らせる輝夜。
それを鈴仙が宥めている。

「一応言っておくけど、その中にはあの天人の姿もなかったわよ。
といっても…あんな殺しても死ななさそうな奴は手当のし甲斐もない気はするけど
「それもそうよね」

じゃあ一体何処に、と空を見上げた瞬間、彼女達はとんでもないものを目にする。


落下してくる巨大な物体。


ものすごい勢いで降下してくるその物体から避けるように、少女達が散開すると同時に…それは轟音と共に博麗神社に墜落する。


待たせたわね地上の諸君!!
このスーパーヒロイン天子ちゃんが来たからにはもう大丈夫!!!

準備に手間かかったけどこのスーパー兵器「メガ要石参號改FA」とこの最強の天人である私の力があればー……って、あれ?」

高らかな宣言とともに現れた天子は、間抜けな表情で周囲を見回す。


呆れ顔のアリス達。
そして…表情のない霊夢がすぅっと、天子の前へと降り立つ。


「おおっと霊夢無事だったのね!
でも駄目じゃない囚われのヒロインは真のヒーローが現れてから助け出されるってセオリーを無視しちゃ」
言いたい事はそれだけかしら

抑揚のない言葉と共に霊夢が凄まじい威圧感を放っている。
天子を追ってきたと見えて慌てて降りてきた衣玖のみならず、その凄まじい殺気と怒気を察した全員が思わず後ずさる…。

そして天子も気づいてしまった。


恐らくはもう総て事が済んでしまっただろう事も…そして、今この要石の下に何があるのかを。


「今更のこのこ顔を出して来たまでは大目に見るわ。
それよりも…自分が何をしたか解ってるわね……てんしちゃん?」



霊夢の顔は笑っている。
しかし…笑っているのは顔だけだ。

「ええええっと私が最後の止めを刺したっていうえーっとそんなことはー」
「ないです、総領娘様」

にべもなく言い放つ衣玖。
というか、衣玖も巻き添えを喰らわぬよう可能な限りの遠くから、しかも羽衣で完全ガードの体勢を取っている。

逃げようとする天子の肩をがっしりとつかむ霊夢。



「また神社壊しやがってくぉのバカチンがああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「えちょ今回最初に壊したの多分私じゃぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああす!!!!」




霊夢の怒りのスペルカードが天子に炸裂する。
それを呆れたように見守る地上の面々。

「ったく…あいつは本当に」
「…けど、なんかやっといつもの日常に戻ってきた感じがするわね。
私達の生きていく世界は…こんなくらいで丁度いいのかもしれないわ

苦笑する魔理沙に、どこかほっとしたような表情で息を吐く咲夜。

「いいえ、紫が言っていたでしょう?
…これから始まるのはきっと、「新しい幻想の世界」。
その始まりの合図になる号砲としては、些かマヌケかもしれないけど


アリスの言葉に頷く一同。



戦いは、終わりを告げたのだ。