幻想郷の危機、それによってリリカ達が世界樹の世界に取り残されて半年が過ぎようとしていた。

時間軸のズレにより、元の世界では三日程度しか経過してはいない。
しかし、進行している事態を考えると「既に三日も過ぎてしまった」ということが、リリカ達に焦りを生み始めている。

先のウェアルフの悲劇を考えても、本来であれば神の眷属と言っても差し支えない三竜のうち二柱を探し出したばかりか、その討伐を果たしてのけるなど尋常なことではない。
彼女たちが、その見た目に反して並の人間とは比べ物にならないほどの時を生き、それをはるかに凌ぐ力を有していたとしても…わずか半年という短期間で成し遂げられるようなことではないのだ。
それに加えて「狐尾」は多くの強大な力を持つ魔物を制し、文字通りの人知を超えた活躍により、その名は今や海都・深都のみならず、周辺交易都市でも遍く知られ、後にも先にも比肩する者なき英雄として、名声を不動のものとしている。


だが…そのような名声も今のリリカ達にとっては、些末なものでしかなかった。


幻想郷の根幹である博麗大結界を司る博麗霊夢と八雲紫。
そのふたりを、瞬きする間もなく虜とした暗黒魔導士エクスデス。

強大な無の力でありとあらゆるものを取りこみ、消し去り、飲み込んでゆくという強大なる魔王の侵攻に、かごめがどのような手段を用いて、現状を現状のまま維持し得ているのか。
今頃は、神にも匹敵する力を得たその魔王が、既に幻想郷は元よりかごめ達の世界まで滅ぼしてしまったのではないか…そんな想像すら脳裏をよぎる。

(そんなことはない)

リリカは必死で、その考えを頭から追い出そうと自分に言い聞かせる。

(信じなきゃ…!
 きっと…かごめさんたちもお姉ちゃん達も…私達が戻ってくることを信じて待ってるんだから…!!)

祈るような気持ちで、彼女はそう心でつぶやく。


「ナニ景気の悪いカオシテル!
アナタ海都ガ誇る英雄サマダヨ!
時に悩むコトあっても、モットふんぞりカエって…フンゾリ…いや、シャッキリシナ!!」

その声にふと顔を上げると、普段と変わらない笑顔と口調で、この酒場のママさんが飲み物を差し出してきた。

「モシ疲れてるナラ、コノ垂水の樹海名物『ベッコウ蜂の蜂密入りポモナジュース白亜の塩添え』を飲むとイイ!
おカネの心配はするナ!コイツはワタシのサービスダから遠慮せず飲メ!!」
「あ…うん、ありがとうママさん」

リリカは勤めて笑顔で、それを受け取って口に運ぶ。

ベッコウ蜂の蜜とポモナの実。
どちらの食材もかつて、この町を訪れていた美食家・エスビョルの依頼を受けて、自分たちが集めてきたものだ。
そこに、すっかり顔馴染となり、共に交易都市の怪物討伐に赴いた…尤も、彼らの戦闘能力を考えればほぼすべて自分たちで片を付けたようなものだが…ギルド・ペイルホースの依頼を受けて取ってきたことのある樹海の塩が、わずかな塩味をアクセントにして、調和している。

どの要素も、自分たちがこの世界で成し遂げてきた「成果」であり…何より、ここで結ばれた多くの「縁」の集大成のように思えた。
そのことを思ってか、その頬を温かい雫が伝い落ちていく。

確かに、幻想郷のことは心配だ。
存亡の危機にあるその世界を救うべく、いち早く今以上の力を得て、戻らなければならない。
だが、この世界にもそれと同じような、大きな災厄がいまだに残り続けていることも…そこから眼を背けたまま、自分たちの事情を優先してもいいのか?
この世界で得た力であれば、まずこの世界の危難を救うために使うべきではないのか、と。

ママさんは、その涙をそっと拭き取って、少し寂しそうに笑いかける。

「アナタ、キットワタシ達の知らないトコロニ、イッパイ心配事を抱えテルナ。
デモ、タトエ誰ニモ知られナクても、ワタシアナタ達がイッパイガンバッてるコト知ってル。
……ダカラ、ソンナ顔シナイデヨ?
ワタシモ悲しくナリマス」

この年齢不詳のママさんは、おっとりしたように見えて、自分の知らないくらい多くの悲しみを知っていることを、リリカも知っていた。
自分たちがこの樹海に来る前から、多くの冒険者たちの喜びと悲しみを共有して…否、当人たち以上に当人たちの栄光を喜び、樹海の露と消えた冒険者たちの為に涙を流してきたのだということを。

そして何より、彼女はカンがいい。
恐らくはリリカ達が普通の人間でないこと…もとい、「人間ではないこと」にも、そして勿論、本来この世界に居なかった存在であることも、気が付いているかもしれない。
それでも…他の冒険者たちと同じように…「同じ街の仲間」という、家族にも似た絆のようなものを自分に与えてくれている。
リリカはそれだけでも救われた気がしていた。

「ったく…何が『恐るべき魔物』だよ。
何処にそんなもんがいるってんだ?」
「まったくだぜ。
前の『大会』みたいに、またあの金持ち爺ィの道楽に付き合わされてるだけなんじゃねえのか?
うちもそろそろリーダーに言って、辞退する手続きしたほうがいいかも知れねえぞ。
商売あがったりだぜ」

そのとき、日が陰り始めた蝶亭に数人の冒険者たちが戻ってくるのが見える。
ママさんが「ヨクモ帰ったナ!!」と何時ものように出迎えると、それまで不機嫌そうにしていたその屈強な男たちも苦笑し、今日の『散々な結果』とやらを冗談交じりに愚痴っているのがリリカの耳にも届いてくる。
やがて注文を取り終え、他の店員に指示を始めたところをリリカが呼びとめる。

「あの…ママさん。
あの人たちの言ってた『道楽』って」
「オオ、エルヴァルのジジイの依頼ダナ。
アナタ方は自分のことがタイヘンみたいだったカラ、伏せていたノデスヨ。
デモ…なんとなくダケド、ワタシは…アナタ達にコソ、コレを受けテ欲シイと思うのデス

リリカは「ああ…」と何か思い出したように、ママさんの差し出してきた依頼書を受け取る。

海都随一の資産家、エルヴァル。
リリカが白亜の森の探索を始めた頃、こいしが勝手に受けてきたモンスター討伐大会や、採集大会を主催したという人物。
討伐大会の際はこいしが大暴れして、リリカの知らないところでまた名誉とも不名誉ともつかぬ伝説を作るきっかけにもなったその人物が何を言ってきたのか。
リリカはその内容を吟味し…目を丸くする。




「これは…!!」
「驚いたダロウ?
コレマデノヤツの依頼は、全部仕組まれたモノだったノダヨ。
ジジイの親友が昔戦い、倒しきれず深洋祭祀殿に封印シタ恐るべき魔物…クラーケンを倒せるボウケンシャを…ジジイは探していたのデス。
最初の討伐大会は単純に、何時間も戦える粘り強いボウケンシャを…ソシテ…採集大会デハ、どんなささいなモノでも見逃さず見出せる力を持ったボウケンシャを…ソレゾレ探し出すためだった。
ママさんはそう思いマス


ふとママさんは、寂しそうな表情を見せる。

「ジジイの親友は何年も前に亡クナッタソウダガ、閉じ込めたままのクラーケンを倒せナカッタのが心残りだったソウダ。
だからジジイは、親友の無念を晴らしてヤロウと財産をナゲウッタというワケダ。
クラーケンが封じられたのは深洋祭祀殿の最初の階の何処かラシイのだケド、他ノボウケンシャは見つけられなかったソウヨ…ダカラミンナはまたカラカワレテルと思ってる。
デモアタシのカンは…ウソ違うと告げているヨ…!
「…ママさん」
「姫様や王様のネガイを叶えてキタアナタ方なら、ヤツのネガイをきっと叶えてくれる…ワタシはそう思うのデス。
デモ…アナタ方は、多分トテモトテモ、大事なことの為に戦っているの…戦おうとしているのを、知ってるカラ」

ママさんはそこで口をつぐんでしまう。


注文の品を出され、慌てて何時もの調子に戻ってそれを運んでいくママさんの背中と、その依頼書をリリカは交互に見つめていた。



幻想樹海紀行その4 「死闘!クラーケン」



〜翌日 アーマンの宿屋「狐尾」専用室〜


「エルヴァルの依頼?」

オウム返しに聞き返すレティ。

「ひとつ言っておくけど、リリカ。
今私達がやっていることにタイムリミットがあることは解っているわよね。
確かにこの世界での時間で見れば、まだ余裕はあるように見える…でもね」
「解ってる…解ってるけど…でも」

わずかに強い感情を語気に込めるレティに、リリカはわずかに尻込みする。

「でも…ママさんはとっても悲しそうな顔してた。
私はこの依頼のこと、直接は知らないよ。
私がポエット達と一緒に白亜の森に居た時、こいしが受けたということしか知らない…でも、それにはきっとわけがあったって…私は…どうしても居ても立っても居られなくなって…!」

だが…彼女はそれでも、しっかりと目の前の少女たちの目を見据えている。

言い方はいろいろあったはずだ。

残る竜は垂水の森に眠るという「雷鳴と共に現る者」。
これが眠っているという場所のヒントも、早々に解っていたはずだが…そこに至るまでのルートは、何らかの結界に阻まれていた。
まるで、時期尚早と言わんばかりに。

リリカ達が最初に赤竜の試練を選んだことも、その封印を解く方法がはっきりしていたからというのも大きな理由である。
死闘の末に赤竜を制し、そして悲劇と引き換えに氷竜をも制した。
しかし、そこまできても最後の竜を目覚めさせる…その試練を受ける資格が得られてないのではないかという事実に、メンバー全員は焦燥を超え、苛立ちすらも覚え始めていた。
そんな局面において、無関係の魔物を討伐するという話をすれば、レティの反応も至極当然であったろう。

だがリリカは、その感情を虚飾によって隠したくはなかった。

「自分でも何言ってるのかって思うよ…でも…なんだか私達まで何もしなかったら、ママさんも…そのエルヴァルさんも悪者みたいな言われ方されて終わっちゃう気がしてならないんだ…!!
私達には時間がないのはわかってる。
でも…!」

リリカはそこまで言いかけたが、うまく次の言葉が継げなかった。
厳しい目つきのレティと静葉以外は、みな戸惑ったような面持ちで成り行きを見ているという感じだ。

「リリカは…どうしたいの?」

問いかけるチルノの瞳に映る自分の表情も、目の前の彼女と同じように見えた。

「私は…この依頼を受けなきゃいけないと思ってる。
力を得る云々よりも、もっと大切な意味がこの依頼を受けることに、ある気がするから」


再びわずかな沈黙がその場を包む。
そして…レティはふっと、その表情を緩めた。

「今、このチームの長となっているのはあなたよ、リリカ。
私たちの目的はどうであれ…あなたがそう決めたとあらば、それに従うまで。
それに」

レティは隣にいるこいしとフランを見やる。
ふたりは顔を見合わせて頷く。

「なんとなくだけど…その気持ち解るよ。
確かに、そんな時間はないかも知れない。
お姉ちゃんや地霊殿のみんなのことを考えたらそんなこと言ってられないよ…でも」
きっと、こうして自分たちの事情ばかりを優先して、ノコノコ戻りでもしたら…お姉様たちに、きっと怒られてしまいそうな気がします。
だから、私達も行きます。
ううん…『条件として、私達を連れて行って』ください。
裏方をして回るのも、いい加減飽きてきたし」

そして、成り行きを見守っていたポエットが、その手を取って告げる。

「相手が強大な魔物であると解っているなら、サポートを担当する者は不可欠でしょう。
…かごめさんも言っていました。
行き詰まるときや答えが見えない時は、どんなに切羽詰まってても一旦それを投げ捨てて考えろ、って。
その一石が投じられるのを、私も待っていたのかも知れません…ね?」
「その通りね。
どのみち未だあの結界を破る手立てがない以上、ここでああだこうだ時間を無駄に浪費するのも、よくない事の気がするわ。
当然私も行く、文句あるかしら不良秋神?」

おどけているように見えつつも、真直ぐ見つめる視線を受けた静葉も「そういう考えもあるかしらね」と、ようやく息をついて悠然と腰かけた。

ということは、今回はあたいの出番はないみたいだね!
仕方ないなぁ…今回はこいしとフランに譲ってあげるから感謝してよね!!」
「私も抜けるよ。
そんなに強い相手に回復も防御も外せないし、そうするとどうしても私達の入る余地が無くなっちゃうしね」

強がって見せるチルノと、困ったように笑うルーミア。

「勿論私達だって遊んでるヒマはないわよ。
リリカ達がそのクラーケンとやらを探し出して八つ裂きにしている間にも、私たちのやることは多いわ。
しっかり働いてもらうから覚悟なさい」
「おうよ手始めに森のカエル全部凍らせてやんよ!!
そうすれば妖怪の山のナマズみてーに怒って竜が出てくるかも知れねーし!!」
「ちょ…チルノちゃんそんな乱暴な…

宿の一室に、少女たちの笑い声が響く。





リリカ達は即日、クラーケンが封じられているという海洋祭祀殿の上層部の探索を開始する。
これまで幾度も訪れた場所ではあるが、やはりこれまで重要と思わず探索の手を入れていなかった場所はいくつもあり…そうした場所をくまなく捜索する。

そして、多くの冒険者が匙を投げたその階層の謎へ、彼女たちが往きつくのにさほど時間はかからなかった。




「…ね、ねえリリカ!
こんなところにボタンなんてあったっけ!?」

祭祀殿と灼熱洞の境界に近い一角。
フカビトが使役していた巨大な海獣が閉じ込められていた、檻めいた場所の奥で何かを探していたこいしが声を上げた。
リリカがそこへ駆け寄って吟味すると、そこには確かに、小さなボタンのようなものが存在している。

「これは…!」

この階層で、通路を遮断する檻を開放するフカビトの機構。
見慣れたそれに近い形状の、小さなボタンがある。
ほとんど押されたことにないだろうそれは、埃の堆積に埋もれていた。

「確かにこんなところにあったのでは、他の冒険者も気づかないでしょう…!
気づかれなければ容易に解放されることはない。
まして…あの海獣を相手してまでこんなところには入らないはず」

ポエットの言葉に、リリカとこいしは頷きあう。
覚悟を決めた二人は同時に手を伸ばし、そのスイッチを押す。
その瞬間に、フロアの中央辺りから、錆びた金属がこすれるような独特の耳障りな音が響く。

「罠…ではないようですね。
とすれば、これが」
「エルヴァルのいう『クラーケン』とやらを閉じ込めていた『檻』の鍵であることは、間違いないようね。
凄まじい殺気だわ…何十年も閉じ込められていたというなら、確実にヤツは腹を空かせているはず」

冗談交じりにレティはつぶやく…が、その表情はまるで笑っていなかった。

リリカ達にも感じる、まるで全身に幾千幾万もの研ぎ澄まされた刃を突き付けられているような恐怖。
その恐るべき気を発する「何か」の出現を…誰もが確信していた。


……







♪BGM 「散るもかなり」♪

その中央の一室は、以前行われた採集大会でも多くの冒険者が出入りしていた場所だった。
一体その何処に、そのようなものが封じられていたのか。
醜悪で巨大な青白い胴を持ち、長大でしなやかな多数の触手を悍ましくくねらせている…巨大な、烏賊の如き魔。

「クラーケン…ああ、クラーケンか。
私の記憶も錆付いていたものね、耳にイカならぬタコができるほど名前の聞き慣れた魔物の存在を忘れているなんて。
確かに、北氷洋を塒とするヴァイキングたちの伝承にあったわ…島と見紛う程の巨大さを持ち、船を沈め…ヒトを食らう軟体の怪物の!」

槍と盾を構え、全員を庇うように前へレティが出ると同時に、その触手が全て引き絞られたバリスタの矢の如く、リリカ達に狙いを定めた。

「来るわよ!」

レティの言葉と同時に、反射的に飛び退くリリカとこいし。
一瞬前までふたりの体があった辺りに、巨槍の様な触手が眼にも止まらぬスピードで飛来し突きささる。
かろうじてその一撃を盾でいなすレティだったが、勢いを完全に殺し切れず、フランを庇いながら大きく後退させられた。

次の瞬間、触手槍が解けて無数の巨大な鞭と化し、凄まじい圧が盾を打ち据え始め、一層レティの表情が険しくなる。
その盾の守りから、雷の尾を引く弩砲が放たれるも、吹き飛ばされた触手は瞬時に再生し、すぐに猛攻を再開してくるではないか!

攻撃は確実に通っている。
しかし、空腹であるだろうにも拘らず、クラーケンは瞬時にその傷を再生させ、少女たちを追い詰めていく。


(なんてバケモノ…!
 甘く見ていた…こいつの戦闘能力、竜と比べても遜色ない…こんな奴をいったいどうやって封じ込めたっていうの!?

内心戦慄の隠せないレティは…縦横無尽に振り回される触手の根元に、凄まじい水の魔力が魔物を中心として渦を巻き始めるのを見た。
瞬きする間に、かつて戦った海王ケトスのオーシャンレイブ、あるいはアイエイアのスキュレーの放つ死の抱擁…それ以上の勢いを持った激しい水流がリリカ達を一瞬にして巻き込む!

その水流の中、リリカは自分が頭からすさまじい勢いで壁に向けて押し流されていることに気づく。
しかし…気付いたところで、この激しい水流の中で容易に向きを変えることなど出来るはずもなかった。

彼女は反射的に目を閉じ…次の瞬間凄まじい衝撃が彼女を襲う。
そして…その痛みが思ったほどではなかったことに気がづいた彼女は、信じられないものを目にすることとなる。



「よかった…間に合った…よ」


死の海流が収まって、壁と自分の体の間に、その少女がいた。

「うそ…こい…し?」

リリカはぐったりと壁にもたれるその少女が何をやったのか…自分が何故無事だったのかをすぐに覚った。

「どうして…どうして…!」
「呆けてる場合じゃないわ!
こいつはまずい…対策なしで挑めるような相手じゃない…いったん退くわよ、リリカ!」

絶叫するレティも、力なく垂れ下がった左腕を血に塗れされ、それでも空いている右腕に気を失っているらしいフランの体を支えている。
ポエットもまた、二人から離れた位置でよろめきながらも立ちあがろうとしているのが見える。

リリカはとっさに自分の上着を破き、動かないこいしを背負うと服の切れ端でその体を自分の体に縛り付ける。
彼女の安否も気にはなるが、彼女は冷徹ともとれる感情で勤めて思考を平静に保とうとする。


「逃げるのは賛成ですが…どうします…?」
「私が奴の目を引き付ける。
ポエット、フランは軽いからあなたでもなんとかなるでしょう」
「そんな!
無茶です、そんな腕で!」

あまりなその提案にポエットは顔色を変える。

「大丈夫よ。
私一人なら防御に全神経集中させればどうにかなる。
その代わり早く帰ってきなさい、私の体力だって無限じゃないから…!」

その応えを待つことなく、レティは動かぬ左腕をそのままに、右手に槍を構えて次の攻撃に移ろうとする魔物へ突進する。
ポエットの声にならない叫びがフロアにこだまする。

だが…部屋中に張り巡らされたそのおぞましき触手は、レティのみならずリリカ達をも標的として襲いかかってくる。
次の瞬間だった。



「全く…やっぱりあたい達がいないと話にならないね!」


その声が聞こえた瞬間、途轍もない冷気が吹き荒れ、触手は凍りつく。
凍った触手は闇から伸びる刃で次から次へと寸断されてゆく…。


「チルノ…ルーミアまで…!」
「リリカ達は早く逃げて。
ここは…私達が引き受ける!」
「レティほどじゃないけど、最強のあたいとルーミアが頑張って、みんなが無事に逃げる時間ぐらいは稼いであげるから安心してよね!
だから」

チルノは中空へ光り輝く糸玉を投げつける。
アリアドネの糸…一瞬にして、海都アーモロードの樹海磁軸へと冒険者を導く魔法の糸。
その糸がリリカ達を絡め取り…。


「待って…!
チルノ、ルーミア!あなたたちは…!!」

リリカは必死にその手を取ろうとするが…無情にも、糸の魔力が解放されリリカ達5人の姿がその場から消え去った。
だが…チルノ達は初めからそのつもりがなかったことは明白だった。


ふたりは…この恐るべき魔物が外に出ないように食い止めるつもりで来たのだから。





帰還した一行は…糸で帰りついた冒険者が現れる街外れの一角に待っていた静葉達に介抱される。
そして急ぎ向かった宿の診療所でこいしとフラン、そしてレティの治療が始められた。

それから数刻…あてがわれた部屋で静葉は不安と絶望がまじりあった表情のリリカとポエットと向かい合って座っている。
そこに、こいしたちの様子を見ていたコーデリアも戻ってきた。


「…フランさんは気を失っているだけ、レティさんの腕も骨にまで影響は出てないから、備蓄してあった高級傷薬で治療すれば直に治るって言ってました。
でも」

彼女は一瞬口をつぐみ、眼を伏せる。

こいしさんは…肋骨を折っているかも知れないって。
見立てでは、最低でも二カ月は絶対安静だって

「そん…な」

呆然とつぶやくリリカ。

「起きてしまったことを後悔しても始まらないわ。
勝敗は兵家の常、如何に秘策を積もうと、敗れることは往々にしてある。
それに…あなた達がアレを見つけ出すより、ザイフリートの所から私たちが情報を持ち帰ることができていれば」

その手を握り締める静葉の手も…後悔故か、震えていた。
そして、事の経緯を話し始める。




全員が祭祀殿に向かってすぐ、静葉は何とも言えぬ嫌な予感を覚え、垂水の森へ向かおうとするチルノ達を呼び止め、宿に残るよう指示すると…コーデリアと共にザイフリートの元へ訪れた。
富豪エルヴァルの親友であるというその男について、かつて深都に招き入れたことがあったかどうかを確かめるためだ。

「…確かに、卿らがこの地を訪れる四十年程前であったか…その戦士が足を踏み入れたのは、偶然のことであった。
フカビト共が従える狂猛たる海魔クラーケンが、海嶺に踏み入る多くの冒険者を食らい、また深都の兵にも多くの被害者を出した。
オランピアだけでは制することがかなわず、当時海都でも最強の戦士である彼と共同で事に当たったが、奴は水の中では無尽蔵に近い生命力を持つ。
故に…多大な犠牲を払いつつも灼熱洞へ誘導し、奴を確かに撃滅した

「撃滅…?
エルヴァルの友人は、『封印した』と言っていたはずよ?

うむ、と頷く深王だが、その表情は硬い。

奴めは確かに生命活動を停止したが、肉体は完全には死んでいなかった。
孰れ復活を遂げるだろうと警戒した我々は…既に断罪の魔に囚われていた真祖がこの恐るべき魔を『再構築』もしくは『吸収』できぬよう、敢えて祭祀殿に封印した。
戦士は我々と深都にまつわる記憶のみを消し、敢えてこの魔に関する記憶を残したうえで帰らせたのだ。
彼がその魔の恐ろしさだけでも伝えてくれれば、海都側が深都、あるいはそのさらに深淵まで探索の手を伸ばさぬ抑止力となってくれることを願ってな…尤も、それではフローディア達は止まってくれるつもりもなかったようだが」

深王はわずかに苦笑し、そして。

「奴は恐らく、真祖と同じように『禍神』の声を聴いておるのだろう。
『禍神』めは完全な封印の前に、彼奴めを活動可能の状態とし、そしてエルヴァルとやらに何らかの交信を行うことで解き放たせようとしていたやもしれぬ…!
いかんぞ、直ぐに捜索を止めさせねば…否、卿らの能力を考えれば…!」



「彼も直ぐに部隊を編成して、奴の封じ込めを行ってくれたわ。
とはいえ…連中の報告によれば、部屋ごと凍らされた状態になっていて、進入することは勿論…中から何かが出てくる気配もない、とのことよ」
「どういうことです?」
間違いなく、チルノの仕業ね。
あの子はカエルを凍らせる悪戯が大好きだから、その要領でヤツを氷漬けにした…でも、あのサイズを考えると、恐らくは」

治療を終え、片腕に包帯を巻いたレティもそこへ合流する。
静葉は険しい表情のまま頷く。

無意識的に、自分自身を術式として広範囲を凍結させているのでしょうね。
それ程、長くは持たないはず…それどころか、早く解除しないとあの子も危ないわ」

その残酷な結末を予感し、全員が目を伏せる。

わたしの…わたしのせいだ…!
こいしは…私をかばって……!
あんな……あんな恐ろしい奴だって知っていれば……チルノやルーミアだって…!

「自分を責めてはダメ。
私達も、あなたの考えを是とした。
そして、既に逃れられぬところまで来ている…奴を狩らねば、試練どころの騒ぎではない…!

静葉は、俯いたまま肩を震わせるリリカの肩をそっと抱き寄せ、優しく諭す。

「何か勝算があるの?」
「ええ。
ヤツを攻略するにあたり…如何にしてヤツを封印まで持ち込めたかを知っておかねばならないわ。
エルヴァルの友という戦士と、深都の兵達が、どうやってこいつを無力化したか」
「…でしたら、私もいつまでも、寝てなんかいられないですね…!
聞かせてください、攻略法を」

そこには…目覚めたばかりと思しきフランの姿がある。
リリカは乱暴に目元をぬぐい、泣き腫らした目のまま…真剣な表情で頷く。
静葉は嘆息し…深王から得た情報を説明し始めた。

ヤツが繰り出す攻撃は、ほぼすべて、攻防兼ね備えた性能を持つ無数の触手によって繰り出されることが解っているわ。
それは攻撃を行うと共に、空間から無尽蔵に水の気を集める器官も兼ねている…それもまた、攻防一体の武器になる。

集められた水は奴の体内で凍結寸前になるまで熱を奪われ、排出される水は高速で渦を巻き、強靭なアンドロの装甲すら砕く威力となる」
低温の範囲攻撃と見做せば…ガードでも防げる、そう考えても差し支えないわね?」

静葉は頷く。

「実際に、ザイフリートはそれで奴の渦潮を防げるといっていたわ。
そして、奴は再生能力に防御の全てを依存している分、ありとあらゆる攻撃で簡単に傷つけられる。
その再生能力の根幹となるのが、水を取り込み吐き出す触手。
無数の触手の中に、それを行う核となる触手が2本ある。
そいつの動きを封じるか、切断できれば…それが再生するまでの間、奴は無防備になる…!

「…あったかも…渦潮の来る瞬間、明らかに力の放ち方が違った触手が…!」
「じゃあ…その触手の動きさえ封じてしまえば」
「ええ。
だから…決して今の私達が力を合わせて倒せない相手ではない。
必要な道具の調達は終わっている…あとは、あなたたちの覚悟次第」

リリカ達は顔を見合わせる。
その表情に後悔もためらいもない。

「こいしのことは気になる。
でも…今も戦ってるかも知れない…ううん、戦い続けてるチルノ達のことだって心配だ。
だから、みんな…もう一回私に命を預けて頂戴!
今度こそクラーケンを討つよ!!









先生「はいはーい授業再開の時間ですよみなさーん♪」
百合花「えーこのままストーリーだけで終わらせて良くないこの辺?
   ビデオ鑑賞授業ということでなにもおかしくないですしおすし」
香澄「ダメですよゆりちゃんこれは授業なんですから真面目に聞かないと」
先生「んまー前置きが長くなりましたんでここからは巻きで行くんですけどね(^-^;)
  早速ですがクラーケンのデータを見ていきましょう」




第四階層特殊ボス クラーケン
HP30000 無属性以外の全属性弱点/即死・石化・封じ以外すべて無効、脚封じに弱い
タイダルウェイブ(脚) 遠隔全体氷属性攻撃
スクィードプレス(脚) 近接全体壊属性攻撃
デステンタクル(脚) ランダム10回近接突属性攻撃
リストレイション(脚) 
HPを15000回復

百合花「うわーおナニコレ今更だけど」
涼花「ていうか異常一切何も効かないんだこれ…せんせーこれどういうことなんです?」
先生「はいはい慌てない今から説明しますから(^-^;)
  見ての通りイカみたいななんかです
百合花「いや、そりゃわかる(キリッ
操「クラーケンと言えばイカタコ系の何かだって相場が決まってるしね。
 一応即死は通るんだ」
瑞香「
クラーケンにはザラキ(キリッ
操「いやそれ名前も似てるし確かにそれもイカだけどクラー『ゴン』だから。
 HPが高いのに全属性が通るっていうのもなんというか」
先生「ダメージ係数を考えれば、実質的にHP20000程度の感覚じゃないかと思います。
  とはいえ火力は純粋に高く、特にデステンタクルは一発も重い挙句、この手の攻撃には珍しく10回固定と来てます。
  命中補正も高いらしくてなかなか回避もできません。ですので」
香澄「護符ですよね?
  この場合は、突と壊どちらを止めるのが良いのでしょう」
先生「ぶっちゃけるとこちらのメイン攻撃にどっちが多いかで決めていいと思います…個人的には、デステンタクルがとにかくばらけるので突優先ですかね。
  こちらから壊属性技を仕掛けるなら、複合スキルのフリーズンブローや壊炎拳みたいな複合属性技を使って耐壊ミスト、というのも有効かもです。
  リリカさん達は壊防御は耐性装備というか護符で防ぎ、突はミストで何とかしたみたいですね。レティさんは常時フリーズガードです。
  ただそれだけがちがちに固めてすら3回hageたみたいですが」
百合花「まーどれも無対策なら普通に一発200〜250とか飛んでくるもんねー。
   ボク達何回hageたっけ(しろめ」
涼花「それは考えない方向性で(キリッ
  結局、脚封じを仕掛けるタイミングってどうすればいいんですかねせんせー?」
先生「リストレイントはクラーケンの残りHPが15000前後になると使用し始め、それ以上減れば減る程使用確率が上がるとのことですが…DS版で18000程度しか削っていないのに使われたという証言もあるようなので、難しいところですね。
  あまりにも早いタイミングで使われてしまったら、いっそ事故だとあきらめ、封じ役のAGIに応じて残HP15000前後のタイミングで仕掛けるのが良いでしょう。
  そして最も注意しなければならない事は、クラーケンは脚封じこそ入りやすいものの、例えば白亜の姫君の封じ耐性等と異なり累積耐性がしっかりあることです。
  成功しても2回か3回、持続時間も担保されているわけではないので、序盤は削りながらバフを整え、封じが決まったターンから一気に削りにかかるべきでしょう」
百合花「デバフを切らさずかつ火力集中させて一気に15000削るしかないんだね。
   ただデステンタクルも必中ってわけじゃないし、香澄の大武辺者でタゲ集めると、時々回避して一騎討ちっぱなしになれるのもなんというか」
香澄「全属性弱点ですから、アームズにバフを使わずに済むのも良いですわね。
  先生の先見術と涼花ちゃんのガード、両方で対策取れるのもよいのでしょうか」
先生「あー、そこなんですけど確かに役割分担が可能っていう利点はあるんですが、別に気にするほどのことはないんですよねそこは。
  みんな気づいてると思うけど、クラーケンはデバフとか異常付与とか、その類のスキル一切持ってません。
  ただ異様に攻撃力が高くて、アホみたいにタフなだけです」
操「そういうのが一番めんどいんだけどもねえ」










リリカ達が再び態勢を整え、祭祀殿に突入した時点では既にクラーケンも体勢を立て直し、氷の境界から解放されていた。
撤退を始める深都の兵団に、最悪の事態を悟りながらも、彼女たちはこれ以上この魔の暴虐を許してはおけなかった。
図らずも撤退する兵団の殿となった五人と、クラーケンとの戦いが始まった。

レティに守られたフランが、リリカの指し示す触手塊の一角を吹き飛ばすと、果たして異様な気を放つ触手がむき出しになる。
即座に再生が始まるが、リリカはダメ押しに炎の術でその傷口を焼き、さらに追撃の弩砲が放たれると、攻撃も防御もできなくなった懐に飛び込んだ静葉の早業が、『核触手』を根元から斬り飛ばし、リリカはすかさずその根元を体液ごと凍らせる。

半身のバランスを失い大きく体制を崩すクラーケン。
間髪入れずに飛び出していくフランが、残る片側の触手塊に全魔力を乗せた接射を叩き込むと、もう片側の『核触手』諸共それを吹き飛ばした。
さらに、リリカは表皮の広範囲ごと傷口を焼き、クラーケンの巨体は無防備に地面に転がり、成す術なくのたうち回る。。

すべての得意技を封じられ、リリカの放った渦雷に焼かれ仰け反り、剥きだされたその急所へ静葉が鋭利なクリスナイフ…隕鉄を鍛えてつくられた短剣…を滑り込ませる。
クラーケンはにわかに身震いすると、全身の微細な傷から一斉に形容しがたい悪臭を放つ汚液をまきちらして悶え、やがて全身を弛緩させてそれきり動かなくなった。

魔が息絶えたとみて取るや、リリカはすぐにチルノ達を探し始めた。
戦いの最中、彼女は感じていたのだ。
クラーケンの体内から、まるで自分を導くような『冷気』が放たれているのを。

(チルノ…ルーミア…お願い、無事でいて…!!)

五人は吐き気のするような臭いと色の汚液に塗れることすら厭わず、その予感のみを頼みに、クラーケンのおぞましき感触の肉を斬り裂き、二人の姿を必死に探す。
内部の器官と思しき所まで切り裂いたところで、静葉が制止し…彼女の言葉に従い慎重にその臓腑に刃を伝わらせると…果たして。

「チルノ!ルーミア!」

姿を現した二人は、凍りついた状態でそこにいた。
戦いのさなか、ふたりはリリカ達が懸念した通りにクラーケンの餌食になっていた…が、幸か不幸か空腹のクラーケンはふたりをそのまま丸呑みにし…恐らくは消化されそうになったところに、チルノは本能的に冷気を放って凍りつき、消化液を凍らせることで消化を免れていたのだ。

ふたりの姿を引きずり出し、命に別条がないことを確認して…リリカは思った。
この戦いの中でクラーケンの動きは、先の戦闘から見てかなり鈍っていたように見えた。
リリカは、ひょっとしたら彼女らが中で凍っていたことでクラーケンは十全に戦えなかったのではないか…言い換えれば、それは。

「ありがとう…ふたりとも。
おかげで、なんとかなったみたいだよ…!」


そう呟き、冷え切ったその体を、リリカはいとおしそうに撫でる。
やがて、リリカ達は戦利品でもあり討伐の証とも言える、数本だけ残っていた、死してなお鋭さを失わない触腕の先端を切り取り…疲れきって眠っているチルノとルーミアを背負って依頼人に報告すべく街へと戻った。








先生「今回は物語成分強めでしたが、クラーケン討伐の授業は以上です(*^-^*)」
百合花「んでせんせぇ、3時間めもどうせあるんでしょ(棒」
先生「あなたのような勘のいい生徒さんは嫌いじゃないですよ♪
  次の時間はいよいよ三竜のラスト、雷鳴と共に現る者の攻略になります。
  古いログが存在した最後の話にもなりますね」
瑞香「ぶっちゃけるとここの展開だけはほぼほぼ原文通りなのです!!
操「…そー言えば今更だけど、あんた基本授業中だんまりよね。
 ぶっちゃけあんた、勉強嫌いでしょ実は」
瑞香「(ギクーッ!!!)ななななにをいってるんですかみーさんめーよきそんで天狗ポリスにっ」
操「はーい休み時間行きましょうねー」
瑞香「
うわああああああああああんこれで勝ったと思わないで下さああああああああああい!!><
百合花「もう勝負ついてるから(キリッ」








チルノ達を、今もこいしが眠っている診療所に預け、報告の為蝶亭を訪ねたリリカ達。
待ち受けていたのは思いもがけぬ報告だった。


「えっ…エルヴァルさんが!?」

ママさんは普段とは違う、寂しそうな笑顔で頷く。

「アナタ方が一度戻ってキテ…それから間もなくのことだソウデス。
ワタシ、最初にアナタ達が祭祀殿に向かったアト、無理言ってヤツに会わせてもらいマシタ。
エルヴァルも、アナタ達のコト、良く知っていたヨ。
会ったコトはないケド、その子たちナラアイツの無念を晴らしてクレルカモ…って、何時も言ってたイウヨ。
アイツ、イイヤツだったヨ…一度、アナタ達と会わせてミタカッタ。
デモ…アイツの家族が言ってた。
アイツの死に顔、トッテモ穏やかダッタって。
キット、エルヴァルはアナタ達がクラーケン倒したの、解ったのカモナ

「そうですか」

しかし…ママさんは普段通りの笑顔と調子で、リリカの肩を大げさに叩く。

「最期にヤツのヒガンが果たせて良かっタナ!
キットエルヴァルも、ヤツのマブダチも、アノ世で大いに喜び合っているダロウ!
ソシテ!コレはエルヴァルが預けていった報酬デス!
エンリョなく受け取るがイイ、勇敢なるボウケンシャよ!!」

中に大量の金貨が詰まったような音を立て、無造作に置かれた巨大な革袋に、リリカは目を丸くした。

それはエルヴァルが生前、ママさんに預けていったという…エルヴァルの遺産の一部、と言っても過ぎたほどの大金であった。
依頼者が死亡した場合、家族がその権限を引き継いで取りやめになることも多い依頼事。
まして富豪であるエルヴァルの遺産がらみとすれば、親族が必ず引き戻してもおかしくは無かろうが…彼の遺族は「『狐尾』に我が親友と、私の願いを託す」という彼の遺言に従い、「彼女らが無事帰還し、故人の遺志を果たしてくれた暁には、『報酬として』渡して欲しい」と改めて託していったのである。

おりしも日暮れ、探索に区切りをつけて戻り始めた冒険者たちがその顛末を聞き…証拠となる巨大な触腕を見ると歓声が上がった。
その触腕はレティたちの手で元老院に提出され、後日、祭祀殿に籠る冷気で腐らずそのまま残っていたその亡骸が発見されたことで、『狐尾』の名声はさらに高まることとなった。

それはさておき…蝶亭で冒険者が『狐尾』の活躍を肴に騒ぎ始めたところで、リリカ達も食事を取るべく定位置へと移動する。
その直前、ママさんは小声でリリカ達に告げた。


「アナタ方?
エルヴァルのコト…信じてクレテアリガトナ」
「はい!」

満面の笑みでリリカは応えた。