-数日後 北の谷-
風馳の大地の果て、常に雲が立ち込め視界の利かないこの地に、穣子達はやって来ていた。
獣王ベルゼルケルを討って間もなく、再びその支配地を訪れた彼女たちは、その背後に存在した小さな祭壇を調査し…同じ文様の刻まれた石碑のある北の谷との因果関係を調べていた。
ひょっとすると、そこに谷を越えるヒントの様なものがあるかも知れない、という辺境伯の言葉を受け。
果たして、その祭壇に嵌めこまれていた石板を見出した穣子たちは、辺境伯の正式な命を受け、北の谷にある石碑の不自然な窪みへ石板をはめる。
すると、俄に谷の奥より強風が吹き始め…やがて谷に立ちこめていた雲を残らず吹き飛ばしてゆく!
早苗「これは…!」
レミィ「あの石板が、この谷の「門」のカギに当たるモノだったのね。
何にせよ、これで先に進めるわ」
穣子「おっしゃああ!!新たな大地へれっつごー!!>ヮ<ノシ」
-狐尾幻想樹海紀行2-
その5 「未知との遭遇」
かごめ「えー皆様お日柄もよく、毎度のかごめさんです」
諏訪子「なんか回を進めるごとに私らの出番が増えてる気がするが」
静葉「露骨に解説パートを増やしてくる…いやらしい」
かごめ「仕方あるまい、物語的においしそうなところがなければ解説で埋めるし、あればあったでなおのことブレイクパートは必要だ」
諏訪子「そういうもんかいねえ」
かごめ「てな訳で、第二大地にやってまいりましたよっと。
丹紅ノ石林の名のごとく、赤茶けた岩肌の殺風景な場所をいつもの羊さんが」
諏訪子「いきなり羊かよ!という」
静葉「しかものっけから、崖の上じゃ見覚えあるワニが羊を捕食するというショッキングシーンが」
かごめ「SQ3しかやってない人間には心臓に悪いシーンだよな。
ワニは二層FOEなのに一体どうやって五層FOEの羊を取って食ってるのかという」
諏訪子「姿こそSQ3の深海の殺戮者だけど、今回のはディノゲーターだからなあ」
静葉「…?
何が違うの?」
諏訪子「ディノゲーターはSQ2のレアモンスター、もうそれこそ本当にごく稀にしか出現しないっていう通常敵さ。
大概のRPGだと通常の超レアモンスターは、例えばFF5のスティングレイみたいにそこまで馬鹿げた強さじゃないもんだが…」
かごめ「どうせ世界樹だからロクでもねえんだろうこいつ」
諏訪子「お察しの通りだね。
まず、六層の最下階、しかも特定の場所と状況でしか出現しないと言う極めてレア度が高くそもそも遭遇する事自体が苦行なんだが…HPが通常雑魚としては最高の10000、この数字はSQ2ラスボスの第二形態より2000も高い」
かごめ&静葉「ゑっ」
諏訪子「おまけに物理耐性が極めて高く、弱点突いてもほとんど削りぁしねえ。
甘噛みとは名ばかりのクライソウルをぶっぱしてくる挙句、封じ入れようもならじゃれるとか言ってこっちを全員全封じとかしてくる。最早隠しボスレベルの意味不明な雑魚だな」
かごめ「…なんぞそれ…」
静葉「FF6やFF8のブラキオレイドスよりひどいわね…」
諏訪子「8のブラキオレイドスか、いい得て妙かも知れないな…まあ、ここ(石林)に出てくるディノゲーターは名ばかりのシロモノで、HPも2000くらいだから前作の殺戮者よりちょっと強いくらいだ。
といっても、戦える環境になった瞬間は初手引き裂きで瞬殺されるのがオチだが」
静葉「名ばかりって…別の意味でなのね」
かごめ「そう言えば同じ辺りに見覚えあるカマキリさんも飛んでやがったしな…東方のStage4が東方の殺しタイム突入だとすれば、世界樹が本気出すのはやはり二層か」
諏訪子「カンガルーなんて本当、ただの前哨戦だってことが思い知らされるよな。
つくづく意味解んねえゲームだよ…だがそれがいい(キリッ」
…
新しい迷宮と思われる場所は崖の上にあったらしいぞ?
おもえらの貧弱一般気球ではこの崖の上に行く事は確定的に不可能なので諦めて目の前の小迷宮に入るべきそうするべき
レミィ「つかなんなのかしらこの謙虚な騎士風のナレーション…」
みすちー「リリカがそう言えば、時々ヘンなナレーションを入れてくる無意識妖怪に粘着されてストレスで胃壁の寿命がマッハになったとか言ってたなあ」
レミィ「こいしかー、奴ならあり得るわね。
つーか確定でしょどうせ」
(ギクッ)そそ、そんなことにいぞ?
わたしの何処が地獄のラブリービジターっていう証拠だよ!?あんたしばかれたい!?
レミィ「ところでナレーションさん、サブタレイニアンローズすごいですね」
それほどでもない
私は無意識だからよ、頼まれてもいないのにナレーションはするし背後から瀕死に介錯キめたりする(キリッ
早苗「( ̄□ ̄;)やっぱり無意識だった!!!」
レミィ「あとでこの件はさとりとかごめ両方に報告しとくわよ(キリッ」
( ̄□ ̄;)おいィ!!
ちょっと待ってあのふたりにチクられたら私の寿命が加速度的にマッハだからマジでやm
レミィ「さて、それじゃあ仕方ないし迷宮に逝きましょうか」
穣子「ちょっとちょっとあんた当たり前のように仕切ってるけどっ」
レミィ「はいはい、それじゃあリーダーさん号令よろしく」
穣子「う〜っ!!><」
穣子&こいし「これで勝ったと思うなよおおおおおおおおお!!><」
ほむら「もう勝負付いてるから(一度言ってみたかった」
穣子&こいし「!!??( ゚д゚ )彡」
…
扉を開けた瞬間、穣子たちはその部屋に充満する臭いに眉をしかめた。
硫黄の匂いだろうか、何かが腐ったかのような強烈な匂いが広間全体を支配している。
…匂いの正体を訝しく思いつつも、穣子たちはそのフロアへ足を進める。
みすちー「…!?」
フロアを支配する異臭に慣れてきたその頃、あと僅かで反対側の扉と思われたその瞬間、ミスティアは突然膝をつく。
その顔面は蒼白で、やがて意識を失ったのか前のめりで倒れたまま動かなくなる…!
異変に気付いた穣子が彼女に駆け寄ろうとした瞬間、その体がまるで、糸の切れた人形の如く力なく倒れる。
二人ばかりではない。
見ればレミリアや早苗も次々床へとその体を預け始めている…そして、ほむらも。
ほむら(まさか…この臭気…。
だめ…めが…まわっ……みん、な…!)
その視界ももぎ取られるように暗転し、彼女もまた力なくその瘴気の大地に倒れ伏した…。
…
夢。
夢を見ている。
目の前には、自分が最も愛しく思っている筈の、親友の姿。
彼女がよく知るその笑顔は、今はとても遠くに見える。
(まどか…私は…)
駆け寄ろうとする自分自身を叱咤し、ほむらは踵を返す。
「ごめん…まどか。
私はまだ行くわけにはいかない…あなたがそう思わなくても…今の私にその資格はない…!
きっと、もっと強くなって…自分自身に誇りを持って、みんなのところへ帰れるまで…」
-うん。
早苗さんも言ってたよね…ほむらちゃんなら、絶対出来るよ!
だから、最後までやり通してみせて!!-
その声は、自分自身に言い聞かせる、都合のいい幻聴だったのかもしれない。
彼女が自分の気持ちを新たにしたとき、視界は開ける…。
…
ほむら「ここは…部屋の外…?」
気が付くと、彼女は…否、彼女たち全員、部屋の外にいるようだ。
目の端で、早苗がまだ意識を取り戻していなかったらしい穣子に、気つけをしているのが見える。
しかし、早苗の表情はある一点を見つつも怪訝というか、戸惑っているようだ。
レミィ「気がついたわね。
あなたも毒の効きにくい体質だったのかしら、回復は早かったみたい」
ほむら「レミリア…あなたが?」
レミィ「違うわ。
私、そんなに毒の抵抗力強くなくてね…第一、毒に強いミスティアがいの一番に倒れたんじゃ、私だってひとたまりもない。
……助けてくれたのは、あいつみたいよ」
レミリアが背後の何者かを、後ろ手で指さす。
ほむらもその姿を見やる…一見、女性のように見えたその姿に…絶句した。
それは女性である事はかろうじて解ったが、肌の色や手足の細さは人のそれとは明らかに異なり、とても人間には見えない。
今、かごめの境界操作により便宜的には人間の姿を取っているレミリアやミスティアの元の姿とも大分違うが…自分たちのよく知る言葉としては「妖怪」と言った方がしっくりくるように、ほむらには思えた。
少女達の心情を余所に、女性は緊張した面持ちで口を開く。
「これだけの人数が、あの空飛ぶ魔物に乗ってきたか…信じ難い。
人間よ、この瘴気の森に何用だ?
私はウロビトの方陣師を束ねる者、名はウーファン」
ウーファンと名乗った人ならざる者…ウロビトの女性は、険しい表情のまま一方的に告げる。
「貴様達に告げる。
この森は呪われた地、不用意に歩めば藍夜の破片の瘴気が貴様達を蝕もう。
人間は我らの創造者。
かつて我らを導き育んだ例に、貴様達の命、一度は私の判断で救った。
だが貴様達は我らとの絆を聖樹の守りより以後断ち切ったはず。
その縁は失われ、修復を我らも望まぬ…そして再会も望まず…何もせず、立ち去ることを我らは切に願う」
呼びとめる間もなく、その女性は深い霧と共にその場から姿を消す。
あとには、わけもわからず取り残された穣子達だけ…。
…
港長「成程、崖の上の迷宮ねえ。
実はな、あの気球はもっと高くに飛べるはずなんだ」
穣子たちは森で出会ったウロビトの事は明言せず、崖の上の迷宮の話を交易場を束ねるこの男性に話す事にした。
餅は餅屋、気球を工面してくれた彼は、自分達が扱う気球の制作者でもある。
その彼が、気球のスペックはまだ上げる余地があるとはっきりそう言った。
穣子「本当なの!?」
港長「ああ。
ただしな、それを浮かせるモノが必要だ。
虹色の欠片から生まれる浮力では、どうしても現状の高度で限界だ。
もし、これよりも軽くて安定性のある浮力を生み出せるものと組み合わせれば…」
レミィ「なーるほど。
となると、より軽い気体の発生源を工面できればいいわけね」
港長「そういうこった。
あいにく俺ぁ錬金術師じゃないんでね、無いモノを一から作り出せる能力はねえ。
あんたらは麓の森で瘴気にやられたって言ってたな、瘴気そのものか、あるいはその瘴気をあんたらの鼻ンとこまで持ってくるような気体が生まれている何かがあるとすれば、ひょっとすると」
レミィ「ふむ…」
早苗「レミリアさん、そう言えばあのウーファンって言うひと」
-この森は呪われた地、不用意に歩めば藍夜の破片の瘴気が貴様達を蝕もう-
レミィ「確かに言ってたわね、破片、って。
ひょっとすると、そこから何か生み出されているのかも」
ほむら「でも」
穣子「あーのさあ、基本的にどの毒ガスも確か空気より重いよ?
あの匂いからすりゃ多分硫化水素だと思うんだけど、これだって空気よりも重いから谷底にたまって地獄谷を形成するんだし」
ほむら「…穣子さんの言う通り。
濃度が高くなってくると鼻が麻痺して、匂いが解らなくなる特徴も一緒。
とてもそんなモノで気球の高度は稼げそうにない」
レミィ「私もそれぁ考えたわよ。
けど、その破片が硫化水素を吹いているんだったら、何らかの方法で脱硫すれば水素が得られるわね。
純粋濃度の水素は空気とどちらが重いかしら?」
ほむら「…!
でも、水素は爆発性があるわ」
レミィ「発生源が工面できれば、自ずと安全に扱うためのシステムがあの気球に備わっているはず。
元々この地の気球は、何処かから流れてきた残骸を解析して組み上げたものと聞いたわ。
演義で諸葛亮が作った木牛流馬を、その仕掛けの意味も知らず完璧に作成した為に司馬懿はどうなったか」
早苗「調べてみる価値はありそうですね。
ですが…あのフロア、私にも見覚えあるトカゲがうろついてた部屋は、一番毒に弱い穣子さんで10分持つかどうか」
穣子「わーるかったなあー!!><
くっそ、人間の身体って思った以上に不便ね。
一時的にでも
ほむら「その必要はないわ。
魔法少女になったところで、基本の肉体のスペックは変わらない…第一、あなたに魔法少女になれるような理由があるとも思えない」
レミィ「むしろこんな奴が魔女化したらどーなんのか興味はあるけどねえ。
多分バクーダが一匹生まれるだけかもしれないけど」
穣子「ぐぬぬ…」
…
穣子たちは再び瘴気の森の探索を開始する。
途中トカゲの気まぐれな毒の尾に襲われたり、凶暴なヤマネコやウサギの妨害を受けつつ、その場所へと辿り着いた。
フロアの特に瘴気が強い場所から、何処までも深く吸い込まれそうな黒い色の石を掘り出され…それは、このフロアに漂う名状し難い臭気を特に強く放っていた。
それを持ちかえって調査した結果、この石から放たれる瘴気そのモノが、より強い浮力を得られる事が解り…晴れてキツネノボタン号はさらなる高空を浮揚する事が可能となった。
そして穣子たち一行は、崖の上の迷宮…「深霧ノ幽谷」へと、足を踏み入れる…!
…
…
諏訪子「何気に気になるのは、藍夜の破片から発生する瘴気の正体だけど」
静葉「ファンタジーなんだから別に未知の毒ガスでもいいじゃない。
そんなモノいちいち気にしてたらゲームなんて成り立たないわよ」
諏訪子「だってだって気になるじゃないかー!!><
硫黄っぽい腐臭のする毒ガスといえば真っ先に思いつくのが地獄谷名物硫化水素。
ほむらの言う通り、こいつは低濃度だと卵の腐ったような独特の臭気があるので有名なんだが、濃度が高くなったり長時間の吸引で嗅覚が麻痺してくる特徴まで一緒だろ。
でもこいつ空気よりちょっと比重が重い(比重はおよそ1.2弱)な?
こんなんで高く飛べるわきゃねえし、そもそも脱硫って亜硫酸ガスを出さないように石油から硫黄分を取り除くことだよな?」
静葉「それに『毒ガス』といわれるモノは空気より比重重いのが多いわね。
例えば酸性タイプと塩基性タイプの潜在混ぜると発生する塩素。
これも空気の倍ぐらいの比重だし、洗剤で発生させると足元から緑色のもやがたまってくるなんて話も聞くし」
かごめ「塩素の比重は2.49あるからな。
あとついでに言えば、有名なマスタードガス(イペリッド)もサリンも常温だと液体だから論外だしなあ」
静葉「というかなんでこんな物騒な話になってるのかしらね。
そもそもこの気球って原理がよく分かんないのよね。
熱気球でない事は確かなんだけど、どうやって高度を調整してるのかしら」
かごめ「一応硫化水素って発火点260℃ある危険物でもあるんだがな。
そこは藍夜の破片含めてファンタジーだから仕方ないでいいんじゃないの」
諏訪子「よくねえええええええええええええええ気になるんだよおおおおおおおおおおおおおおお!!><」
かごめ「とりあえずカエルは放っておこう。
瘴気の森では前作最初のFOEとして有名な毒トカゲさんがいらっしゃるのですが」
静葉「今回移動速度が遅くなった代わりに追尾タイプにもなったみたいね。
回避はかなり楽だけど」
かごめ「一応もう戦闘可能レベルにはなってんだけどね。
っても、範囲攻撃の毒尻尾がかなり強烈なのでなるべく短期決戦が望ましいが」
諏訪子「瘴気の森といえばアレだろ、こいつ」
かごめ「ヤマネコさんかー」
静葉「ヤマネコさんねー」
諏訪子「元々前作の一層に出てきたから今更感が酷いが」
かごめ「それでも食いちぎりの破壊力は十分やめてくれってレベルだけどな。
つかここトリップマッシュだの森ウサギだの見覚えある奴が大挙して出てくるのもやな予感を助長するっつーか」
諏訪子「稲妻呼びはそれでも、来る時に桜ヤマメだの銀河ナマズだの食ってくればいいんだろうが」
かごめ「ああ、そう言えば調理云々やりだしたの此処からだよな。
実際はスタート直後からできるんだけど、解りづらいと言うか気づきにくいと言うか」
諏訪子「初フライトの時にチュートリアルでるんだからちゃんと見ろよと…といっても第一大地だと全体的に有効な喰い物もないけどな。
精々黄金ガチョウで経験値底上げする程度か?」
かごめ「そんなところだろうかね。
第二迷宮だとこれも活用していかないと大分酸っぱいことになると言うか」
諏訪子「というか、花びらだよな」
静葉「花びらよね。
出てくるのは第二階層相当なのに、やってる事が第五層相当ってなんなのかしら一体」
かごめ「流石の訓練されたボウケンシャ共もこれには面食らったらしいな。
フォルムチェンジの猶予があるとはいえ、全体催眠とランダム対象攻撃とか第二層辺りの魔物がやるこっちゃないよな」
静葉「片方ならまだしも…いえ、それも十分大概よね。
あと爆弾カズラと、出現率は低いけどブラックネイルかしら。
カズラの自爆は既に方々で悲劇をもたらしてるけど」
諏訪子「地味にブラックネイルもワケ解らんな。
なんだ?
一列に大ダメージ与えておまけに毒も飛ばしてくるだと? FOEのやることだろそれ普通」
かごめ「奴が話題に上らんのも、やはり花びらさんとカズラさんがはっちゃけ過ぎてるからだと思うがな。
あと縛りマシーンの大食い草とか、これも前作では五層に出てきた大イノシシ、回避率の馬鹿高いフカビト的存在のホロウシリーズか。
特にB3Fでホロウ4体に奇襲されるイベントがほんと最悪」
諏訪子「あれはhageるだろ…いきなりブリッツリッターの大ダメージで数人吹っ飛ばされるからな。
つかホロウはイベントにも絡むし此処で触れていいんかいな?」
かごめ「一応B1Fでも戦うわけだし…まあ、解説はここまでだな。
ここからはイベントでまた締めることにしましょうか」
静葉「というわけで」
諏訪子「もうまたかよって言うのも飽きたわ…('A`)」
…
…
鬱蒼とした森の中を進むさなか、突如「歌が聞こえる」と、ミスティアが駆け出すのを穣子たちが追いかけて。
やがてそれが彼女の幻聴ではない事を穣子たちも知ることとなる。
始めは風の音か、あるいは道中見かけた猿のような魔物が、何らかのやり取りを行ってる鳴き声だったのかと思ったが…その出元と思しき南の方へ歩を進めるに連れ、はっきりとそれが「人間の歌声」だとを強めていた。
その歌は、その主を見る直前で、絹を裂くような突然の少女の悲鳴で断ち切られる。
「みすちーのじゃない…!?」
「行ってみましょう!」
穣子たちはその声の方へと駆け出し始めた。
…
その数刻前、先んじて駆け出していたミスティアは、その開けた区画で女性が口ずさんでいるのを見た。
背格好はミスティアより低く、背を向け座っていた為解りにくいが…その声から恐らくは年端もいかない少女である事が伺えた。
歌詞はない。彼女は君たちに気づく様子もなくハミングを続ける。
彼女の周りにはどういうわけか、蛍のような小さな明かりが音もなく揺れている。
「いい歌だね」
ミスティアは思わず、そう声をかけた。
彼女は驚いたのか、大きく肩をすくませ慌てた様子で顔を向ける。
それとともに、彼女の周囲に浮かんでいた明かりも雲散してしまう。
よほど驚いたのだろうか、口を開けたり閉じたりしているが思いが上手く言葉にならないようだ。
ミスティアが弁解の言葉を模索しているが、怖かったのだろうか、一歩後ずさる。
そして、それに呼応するように近くの茂みから揺れ何かが飛び出す…!
(なっ!?
全然気がつかなった…こいつら、敵なの!?)
気付いた時には周囲には、影のような魔物たちが二人を取り囲んでいた。
「どうしてホロウがこんなところに?
や、やだ!来ないでッ!」
だが少女の声が耳に入らぬかのように影は少女ににじり寄り、その影のような腕が少女を絡め取ろうとする。
ミスティアは間一髪でその少女の身体ごと、自らの身体も地面へと投げ出した。
茫然とする少女を庇うように立ち上がり、剣を抜いて斬りかかるが…手ごたえは全くない…!
「嘘っ!?」
呆気に取られる間もなく、別の魔物が背後の少女めがけて迫る。
その悲鳴がフロアにこだましたその時。
その影の魔物の足元を数本の矢が射抜いて動きを止めている…!
「…間に合った!」
短く呟き、さらに追加の矢を別の影の足元めがけて、ほむらが矢を放つ。
不思議なことに、彼女の矢で縫いつけられた影はそこから動く事も出来ずもがいている。
「おおおおおりゃあああああああ!!」
動きの止まった影は、炎を纏った切っ先に次々切り裂かれ、あるいはレミリアの鎚の一撃にふっ飛ばされている。
瞬きする間に、影の魔物は駆け付けた少女達に駆逐されていた。
「これで全部かしらね」
「気配は感じませんね。
まさか、あんな魔物がいるなんて」
神妙な面持ちで応える早苗。
慣れない敵を何とか退けた穣子たちは少女に向き直る。
しばし呆然としていた彼女だったが我に返ると、慌ててぺこりと頭を下げる。
「ありがとう、助けてくれて!
あなたたちも怪我なかった?」
こちらから無事を誰何するつもりだった機先を制されて、穣子は思わずその言葉を飲みこんでしまう。
「まあ、一応はね」
「こ、こっちこそごめんね、なんか、色々…」
ばつが悪そうにミスティアがうつむく。
その言葉も意に介した風でないように、少女が驚愕の言葉を口にした。
「ううん、それより…あなた達も人間、ですよね?
ちょっと違うひともいるみたいだけど…」
遠慮がちに紡がれたその言葉に、とりわけレミリアとミスティアは息を飲んだ。
自分たちの出自を一瞬のうちに見抜くこの少女が、一体何者であるのか、それを詮索するどころの騒ぎではない。
「え、あ、うん…。
私は実はちょっと違うんだけど…少なくとも早苗とほむらは人間…だね」
戸惑いながらも穣子がそう告げると、少女は破顔する。
「やっぱり、世界樹の言ったとおりだった!
ここで待っていれば、人間と、人間とは少し違ったひとたちがやってくるって!」
「世界樹の…言葉!?
あなた、一体それはどういう…」
レミリアがそこまで言葉を投げかけようとしたそのときだった。
「…貴様たちは!?
おのれッ、巫女から離れろッ!!」
聞き覚えのある女性の怒号と共に、幽かな力の波動を感じた瞬間、穣子たちは強烈な波動を放つ魔法陣に囚われる!
「な、なんじゃこりゃああああああああ!!?」
「あっ…足が、動かない!?
まさか、この方陣は……はうっ!!」
次の瞬間、強烈な衝撃を覚えて一瞬のうちに早苗が意識を吹っ飛ばされる…!
「早苗ッ!?
あんた、なにを…」
穣子の抗議にも耳を貸さず…かつて瘴気の森で遭遇したその人ならざる女性、ウーファンは嚇怒の表情で言い放つ。
「人間としての敬意を持って一度でも助けたのが間違いだったか…ここまで足を踏み入れるとは…。
あまつさえ巫女の御前に剣を持って立つか!
許し難い…まとめて封縛してくれる!!」
その掌から魔力が放たれると、次はミスティアが昏倒させられる。
この不思議な魔法陣を発動させたのが彼女である事、何らかの力がこの方陣に作用され早苗とミスティアが昏倒させられた事を、レミリアは理解した。
しかし、解ったからと言ってそれを討ち破ることは容易ではなさそうだ。
それを見た少女が、慌てて間に割って入る。
「待って、ウーファン!
この人たちはわたしをホロウから助けてくれたの!!
だから悪い人たちじゃない!もう止めてあげてよ!!」
その言葉に、ウーファンは一瞬眉間にしわを寄せながら…仕方ない、と言わんばかりの表情で魔力の放出を止める。
その効果はてきめんで、力なく崩れ落ちる少女達は、昏倒した二人を含めて命に別条はないようだ。
巫女、と呼ばれた少女は、ウーファンの元に駆け寄ってその袖を引いてなおも訴える。
「それに見て!このひとたち、わたしと同じなの!
人間だよ、人間!すごいよ!
わたし、この人たちともっとお話したい。
ね? いいでしょ?」
実際は僅かばかり違う者が混ざっているのは少女も承知の上だろうが、これ以上の混乱を招く事はよしとしないと思ったか、そうやってまくし立てる。
ウーファンはしばし、眉根を寄せて考え込んでいるようであったが…諦めさせようと説得するのも無駄と覚ったのか。
「…では仕方ありません、ただし、お話は里の中で続けてください。
ホロウがこんな浅い階層に出たなど前例がありませんが、用心するのがいいでしょう。
…巫女を救ってくれた事は感謝し、先に手を出した非礼は詫びよう。
貴様等は招かれざる客なれど、巫女の願いは叶えられねばならぬ。
着いてくるがいい、我らウロビトの里までの道のりは煩雑にて、迷われでもされたら巫女が機嫌を損ねられる…!」
険しい表情のまま、彼女は巫女の手を引き君たちに背を向け歩き始める。
「随分勝手なものねえ」
「でも、来いって言ってんなら行ってやろうじゃないのさ。
何が待ってんだか知らないけど、あのお嬢ちゃんが呼んでくださってんだから」
こちらも憮然とした表情で後を追いはじめる穣子の姿に溜息を吐きながら、気付けた早苗とミスティアを促してレミリア達もその後へと続く。
その先に、何が待っているのかすら知らずに。