遡る事、一年前。
その時偶々、時間を持て余していたさとりは、お燐とお空の二人を共に、ハイ・ラガード樹海の探索に赴いていた。

とはいえ、彼女にとってそれは本格的な探索行とは言い難く、当時メインで樹海探索を行っていたてゐやつぐみ達が踏破した迷宮を、気の向くままに散策するに等しい…言ってみれば、ピクニックのようなものだ。
地底の妖怪は鬼を筆頭に問題児だらけであり、時に規則をもって、そして概ねは腕力にモノを言わせてそれを遵守させるという毎日で、その上でさらに地上の有力者たちの会合に顔を出して折衝事にも当たらなければならない。
さとり自身、幻想郷内でもトップクラスの実力者であると同時に、本人の言うところその「忌まわしき」能力もあってか、見た目以上に老成しきったきらいもあり、また自身もその能力に伴う筆舌に尽くしがたい労苦の体験と、それに裏打ちされた確かな知識と経験から、現在では同格以上の存在からも恃みにされるまでになっていた。彼女自身もそんな現状を感謝し、その恩義に応えようと奮闘しているが…それ故に細かな心労を常にため込んでおり、そんな彼女を見かねたかごめや紫の差し金で、気晴らしを宛がわれた格好だ。
自他ともに認める「ひねくれ者」である彼女だったが、それでも敬愛する大妖怪二人の心遣いに対して遠慮する気もなく、勝手知ったる樹海世界を心行くまでに堪能していた。
見た目に反して非常に幼い性格のお空はもとより、そんな彼女の抑止役の他、普段は自分の秘書的な役割を与えて同じく労苦を分かち合うお燐にとっても、この「探索」はいい気分転換になってくれただろう。

「できたら、またさとりさまやお燐と、こうやって冒険したいな」

樹海の謎が明らかになるにつれ、替えの利かぬ探索メンバーとして残留を依頼されたさとりに、別れ際お空は寂しそうに笑った。
さとりは、その時「いつか、必ず」と約束し…そして。




~新・狐尾幻想樹海紀行X~
その32 世界樹の呪い




その悪夢は、突然訪れた。

リリカ達がマギニア司令部より「猶予」を得て、ひそかにてゐと合流し…さとりはてゐのもたらした情報の裏づけを取るための資料を見つけるべく、お空に加えて、チルノとコーデリア…霧の湖の主ともいえるこの妖精二人と、そして山の神である穣子共にチームを組み、てゐ達が前もって踏破していた南の霊堂の探索を進めていた。
一抹の不安は覚えども、似た者同士のお空とチルノ、そして穣子が、それを強引に脱ぐわんという勢いで競い合うようにして先を目指し…それは起きた。



「近づいてはいけません…!
チルノ、あなたもアレがいかなるものか、知っているでしょう…!!」


泣きそうな顔でその光景を見やる彼女を留め、さとりもその光景に歯噛みする。

コーデリアと穣子を包む、翠の蔓草。
そこからは濃い植物の匂いを発している…異常な位に。
霊堂の奥にあった祭壇、二人がそれに近づいた途端、それは突如二人の体から「芽吹き」、瞬く間にその動きすらも封じた。
呼びかけどもその姿はピクリとすら動くことなく、ただ、その症状の進行を見守る事しかできない。

さとりはこの光景に見覚えがった。
タルシスの「世界樹の呪い」。
かつて、穣子もこの世界を探索した際にこの呪いに出会っていて…幸いにもこの時は「巫女」の力で事なきを得ていた。
そして…「世界樹の巨人」が眠りについたことで、呪いの軛から解放されていた。

はずだった。


「ほう、これは」

男の声。
振り返り、さとりは警戒の視線を向ける。


「世界樹の呪い。
ここにも、ヒトの愚かしさの被害をこうむった者がいる」
「何者です、あなたは」

チルノ達を庇うようにして、さとりは使い込まれた暗殺者用のナイフを両手に構える。
彼女は男から、あまりにも明確な…底知れぬ悪意を瞬時に感じ取っていたのだ。


「その者たちを助ける方法を、私は知っているぞ。
私の計画に協力してくれるなら、何とかしてやらなくもない」
「嘘をおっしゃい!!
あなたの心の中を、私の『目』の前で誤魔化すことができると思うなッ!!」

さとりは即座に、それを「敵」と認識した。
天狗には数段及ばないとはいえ、常人では決して捉えきれぬ速度で…一瞬のうちに必殺の間合いを確保したさとりの、構えた刃が男の喉笛めがけて奔る。

その結果は、その場の誰もが予想していないものだった。

まるで陽炎の如く、男の姿はその場から掻き消えていた。
驚愕に目を見開くさとりは、背に違和感を感じて横目で見やると…そこには。


「う…あっ…!?」

まるで巨木のように絡み合い、聳える巨大な蔦…!
見る間にそれは、幾条もの強靭な戒めとなり、彼女の五体へ絡みつき、侵食していく!

絶叫とともに、閾値を超える衝撃と恐怖により、彼女の意識はそこで途切れた。










諏訪子「さっきも出てきたけど、ずいぶん懐かしいネタが飛び出してきたもんだな。
   そういえばあの呪いって伝染性があるみたいな話してたけど、考えてみりゃさとりってずっと魔理沙の野郎と行動を共にしていたよな
つぐみ「私直接はその頃関わってなかったからよくわからないけど、確かにそーみたいだね。
   あとこれちょっと先のネタばらしになるけど、本編の最後の迷宮と裏の裏ボスの最期からこの件引っ張り出してきたみたいだよ。
   穣子さんを巻き込むのはそこで決定してたみたい」
諏訪子「ひでえプロットもあったもんだな。
   それマジで当初からあった着想なのか?」
つぐみ「珍しいことにそうっぽいよ。
   ただ、そこまで細かく迷宮攻略に話を置いていくかどうかで迷った挙句、なんかいろいろだれてきたからエトリア編みたいに、最後あたりの迷宮は細かく攻略状況に触れないで一気に茶番で片付けようと思ったみたい」
諏訪子「実際、クロスはアホみたいになげーからな。
   普通ラスボス倒す頃にレベル90台に自然になっちまうなんてゲームほとんどないだろ
つぐみ「ディスガイアシリーズとかは
諏訪子「アレは考えるな特殊過ぎる(キリッ
   つかなんか何時の間にか兎詐欺もサイドテールもいないな、まあいいか。
   地味にこれまで触れてなかったが、極北ノ霊堂では司令部…というよりもミュラーの差し金で今まで登場したボウケンシャー達が探索に協力してくれるというか、道中所々で茶々入れに出てくる。
   レオやウィラフは当然としても、意外にもエンリーカ達は真面目に探索してるみたいだが、あとのバカップルとバカコンビは道中でずっとコントばっかやってやがるな」
つぐみ「バカコンビって…マルコさんとロブは一応頭脳担当っぽい発言してるじゃない^^;」
諏訪子「オリバーやカリスに関しては否定はせんのな。わかるが。
   というかクロスのNPC盾職アホしかいないのかって感じするな、オリバーは盾職かどうかわからんが」
つぐみ「つってもカリス達西の霊堂でも普通に焼芋焼いて食べてるしロブも止める気あんまない感じだけどね(コメくいてー顔
   ホント、カリス達もだけど何よりもマギニアの精鋭()部隊、進行中の事態に対して緊張感がないというか、おきらくごくらくというか」
諏訪子「いやまーさすがにあいつら、西の霊堂の時みたいに同僚の武具をはぎ取って迷宮内に隠すとかそんな馬鹿なことしてる奴までは居なかったけどな。
   ハマオプライムを分けてくれたり、簡易キャンプ作ってて休ませてくれる奴も居る。
   あとタンポポコーヒーを飲めるポイントもあるけど、あれも案外兵士の誰かが休息ポイントがてら作っているのかもな」




つぐみ「タンポポコーヒーは一日経つとまた使えるんだっけ。
   道中のイベントっていうとまりかさんがまりかステップで古典的な槍トラップを華麗に回避してたりスイーツ専門かと思いきや香辛料の香りをかぎ当ててみたり。
   これ一応AGI高いと回避で、あと配置で受けるメンバー決まってるらしいね」




諏訪子「お前はお前で何気にフルーツ叩き落としてご満悦だし何やってんだよ。
   挙句に槍トラップはまともに食らってるし」




つぐみ「だああああって楽しかったんだもおおおん(プンスコ
   それにまりかさんだってイガグリの上に尻餅搗いてたり魔物を封印したツボを割りやがってりしてるじゃん!!><」
諏訪子「逆ギレすんな逆ギレ。
   あと世界樹名物というかそのアレンジバージョンというか」
つぐみ「あー、いつものリスね。
   アルカディアバージョンだから地味に『小動物』になってなにかは明言されてないけど」




諏訪子「後のネタバレになるがリスはリスでしっかり居る。
   ちなみにこの小動物、クソリスと違ってアイテムは何も獲っては行かない
つぐみ「めっちゃ含みのある言い方するけど、デメリットはあるのよね。
   HPと経験値のトレードオフ、って考え方もできなくはないけど」




諏訪子「あと実際狐野郎が登場させるか迷ってやがったが、
石畳に突き立てられた何の変哲もない剣をあもりに謙虚過ぎて騎士(ナイト)が抜けなかったのに美結が一発でそれを引き抜いたな」
つぐみ「めうめうがイブさんを狂暴化が著しいってからかってたけど、美結ちゃんは美結ちゃんでどんどんカワカミプリンセス化してる気がするね」
諏訪子「あいつがカワカミならキングは氷海か?
   笑えないが妙にしっくりきてる私が怖い」
美結「失礼な!いくら私でも暴れ牛を真正面から掴んで放り投げる芸当できませんから!!><」
つぐみ「それはそのカワカミが弟子入りしたちゃんこ鍋の仕業じゃないかなあ(真顔
   なんか今度生徒会室の入り口に『猛馬注意』の札ぶら下げようかって氷海先輩と桐生委員長が話してたけど、その辺どうなんですか猛馬の書記さん(キリッ」
美結「ぐわあああああああああああああああうそだああああああああああああああああ!!!∑( ̄□ ̄;)」




諏訪子「お前はお前でその辺の辛辣さ加速度的にかごめじみてきたな…小ネタはそのくらいにしといて、そろそろメインの話題に移るか。
   これまで散々私たちの前にノコノコあらわれてきたブロート、ついに奴との直接対決となる。
   やはりというかペルセフォネを攫ったというか、呪言で言いなりにして連れ出しやがったのはこいつの仕業なんだけど」
つぐみ「他にもモリビトの集落を襲ったりとか、海の一族にもいろいろ悪さしてたよね。
   あいつの目的を先に触れると、元々戦災孤児かなんかで天涯孤独、しかもほとんど人間扱いもされず飲まず食わずで生きてきたから、争いばかりする人間たちを無理やり団結させるために「災厄」であるヨルムンガンドを復活させようとしていた、ってことだよね」
諏訪子「支離滅裂に見えるが、実はこいつはこいつなりに『人間同士での争い』をなくそうとしてたんだよな。
   なので悪人というよりかは、理想に狂ってそれを強行し、結果的に人に大迷惑かけるタイプのヴィランだ。
   近いタイプを挙げるとポケモンXYのフラダリ、Gガンダムの東方不敗、種死のギルバート・デュランダルあたりか」
つぐみ「やってることはフォローしようがないけど、まるっきり根元から悪人かって言われるとむしろ全くそうではないっていう厄介なタイプなんだよね。
   といっても、ブロートはまたもう少し事情が違ってくるというか」
諏訪子「その話はもうちょっと先で触れるか。
   まずは、ブロートのスペックからだ」




極北ノ霊堂ボス ブロート
レベル82 HP52680 弱点、耐性なし/即死・石化無効、睡眠・混乱・麻痺・頭封じ・腕封じ・スタン耐性、呪い・毒に弱い
心頭滅却改(依存部位なし) HP1700程度回復、状態異常・封じを回復しデバフを解除
ブレイブワイド(腕) 近接単体斬攻撃、対象行動前であれば全体に近接斬属性ダメージ(ヒーローの同名スキルと同様)
忌まわしき波動(頭) 全体に3ターンの間物理・属性攻撃力ダウン、盲目を付与
ガードラッシュ改(腕) 全体近接壊攻撃、後述の残像を含めて行動前に攻撃を受けるたび威力上昇(1回につき0.15倍、最大9回まで)
凍砕斬改(腕) 拡散遠隔氷属性攻撃、腕封じと脚封じを付与
アクトブレイカー(腕) 近接単体斬攻撃、スタンを付与(ヒーローの同名スキルと同様?
ミラクルエッジ改(腕) 全体近接斬攻撃
※ブロートの攻撃が成功するたびに残像ブロート(HP1770、弱点・耐性なし、石化無効、呪い・麻痺・毒・盲目・頭封じ・腕封じに弱い)を、4体(前列2、後列2)を上限に出現させる。
残像ブロートの行動は、出現させたときのブロートのスキルのみを使用する。
ヒーローのパッシブスキルと異なり、残像はHPを0にしない限り消滅しないが、ブロート本体が脚封じ状態の場合は発生しない。
ブロートのHP30%以下の場合は「シャドーバースト」の効果で一度に出現する残像が2体になる。


諏訪子「見た感じから想像つくかもしれないが、ここで戦うブロートは明らかにヒーローだ。
   ブレイブワイドはそのまんまだが、アクトブレイカーに関しては本当にヒーローのスキルと仕様が同じかどうかわかりにくいところもあるらしい。
   同仕様だったら、あいつのHPが減るとスタンをもらいにくくなるわけだが」
つぐみ「序盤であればあるほど被害がデカくなる、とも読み替えられるよね。
   それはそれで面倒だけど」
諏訪子「ところが奴がアクトブレイカーを使用し始めるの、HP50%切ってからだ。
   ブロートは後半ボスらしくSTRもLUCもそれなりではあるが、わりとスタン食らうところを見ると仕様はおそらく違って、単純にスタン付与する斬属性スキルになってるのかも知れん」
つぐみ「誰かその辺検証した人っているのかな」
諏訪子「居ないんじゃないか、そもそもそういうことしそうな人自体がもう界隈に居ない気がするし。
   そして奴は残像をほぼ確定で出現させてくるのも厄介な点だ。
   ヒーロースキルの残像と違って、HPをなくさない限り消えることはない。
   裏返せば、それが弱点でもあるな」
つぐみ「どゆこと?」
諏訪子「ブロートの最も危険な攻撃は凍砕斬改。
   STR依存の遠隔拡散攻撃だから、残像がこいつで出ちまうと目も当てられないことになる。
   本家の凍砕斬も優秀な複合属性スキルだが、ブロートの場合封じもセットで飛んでくる」
つぐみ「あー、こんなん後列に出られたら厄介だねえ」
諏訪子「厄介どころじゃなくて普通にhage案件なんだがな。
   凍砕斬改はHP80%を切ると使用を始めるが…まあ、そもそものブロートの攻撃パターンはこんな感じだ」

(攻撃スキルor忌まわしき波動)×3→心頭滅却改→ガードラッシュ改→先頭に戻る

諏訪子「緩くループになっているが、完全に全ターンごとの行動が決まってるわけじゃない。
   心頭滅却改はブロートがデバフ、異常、封じのいずれももらってなければ使用しないから、心頭滅却のターンにその条件を満たしてないならそこをスキップしてガードラッシュを使う。
   ブロートの攻撃スキルはHP30%以下、かつシャドーバーストが発動した3ターン後に使い始めるミラクルエッジ改以外はすべて残像を発生させるから、心頭滅却を挟まないと毎ターン何かしらの残像を出させることになるな」
つぐみ「んー…相手より早ければだけど、4体全部ブレイブワイドで出させられれば楽に戦えたりする?」
諏訪子「流石に察しがいいな、そういうことだ。
   序盤にブレイブワイド残像4体出して放置させるのも有効な手だ。残像は異常耐性ガバだし盲目か腕縛って放置しとけば害はほとんどない。
   問題は凍砕斬だが、こいつはガードラッシュ使用後3ターン経たないと使用せず、逆にそのタイミングで必ず使う
つぐみ「そのターンに合わせて先見術かガードで防げってこと?」
諏訪子「そういうこったが…実はガードだと無効や吸収でも残像発生のトリガーになるから、先見術がベストだな。
   ただしHP30%を切るとランダムで打ってくるようになるから、攻撃or波動の時は三回とも先見術にしててもいいかもな。
   ミラクルエッジのターンに心頭滅却やガードラッシュが重なった場合はおそらくそっち優先だったはずだが」
つぐみ「何気に『改』と言いつつこれだけは本家の劣化版のような…」
諏訪子「FB切らずに何回も打てるって意味ではマイナーチェンジってほうが正しいかも知れんね。
   ただ普通に高威力の上、必中じゃないが命中補正がかなり高いから注意すべき攻撃なのは確かだな。
   といっても、こいつ基本的に凍砕斬の釣瓶打ちさえさせなければそこまで強くはない」
つぐみ「そういうもの?」
諏訪子「封じてもいいんだけど、こいつ腕封じ耐性地味に持ってるのが厄介でな。
   脚の方は通常だから、こっちを縛って残像を出させなくするのも有効だが…あと何気に忌まわしき波動も面倒だな。
   一週目はリリカ達はかなり力業で倒したが」
つぐみ「たしかお母さん達で挑んでるよね。
   何しでかしやがったのかめっちゃくちゃ気になるんだけど…マトモなことはしてないよね多分」
諏訪子「まああいつらのやるこったからな、それは次回に回そうか。
   即死と石化を除けば決して異常が入らないわけじゃないから、異常漬けにしてディザスターからスウィフトソードやシャドウバイトで何もさせずにしばき倒すと手っ取り早くはあるが」
つぐみ「それはそれで尖り過ぎてないかなあ」




諏訪子「あまりマトモな手段ではないな、確かに。
   それから比べればかごめ達のやったの、至極真っ当な力業と言ってもいいかな。
   約一名みょんな事やってた奴がいたが
つぐみ「おかーさんとるりさん今回の茶番でわりかし好き勝手はしてるけど、何気にスキルだけは真面目に火力特化してるから、わけわかんないこと出来そうなのっていうと…まさかねえ」





「お空達は…騙されているだけなんです。
あのブロートという男は、並ではない。
あの時点ではまだリリカの力を手にしていないはず…それなのに、あの威力の呪言を…ぐうっ!!」

葉菜の治療によって意識を取り戻したさとりは、その治療を受けながらも、その事実を語り続けようとする。


かごめがチルノとの戦闘を始め、それを追う葉菜は、木々に埋もれるようにして倒れていたさとりの姿を見つけた。
彼女は何かを強引に引きはがしたと思しき魔力的なフィードバックにより、全身はひどく傷つき、憔悴しきっていた。
かごめ達のことは心配ではあったが、さとりの状態は命に関わりかねない危急の状況であると判断し…かごめを信じてその場で治療に取り掛かった。

程なくして意識を取り戻したさとりは、葉菜の姿を認めると、淡々とこれまでの状況を語り始めた。
力を奪われ、疑似的な『世界樹の呪い』をもってこの森に封じられていたこと。
恐らくは…今の戦いにより封印が弱まり、残された全ての力を使ってその封印を打ち破ったこと。
そして、己が知りうる限りの『ブロート』のことも。

葉菜は敢えて、それを止めなかった。
この重要な局面だからこそ、貴重な情報を聞き出すという考えもあったろう…というより、現状を鑑みるにそれが最も正しいことだ。
かごめがチルノと死闘を繰り広げている、それが無意味なものであることは、恐らくはかごめはもとより…立ちはだかるチルノも悟っているはず。
小なるところでは、それを止めさせる糸口が見つかるかもしれない。
だが葉菜はさとりに無理をさせたくはないと思う一方で、それでも必死に情報をもたらそうとするさとりの心を汲んで、話させているのだ。



宛がわれた薬湯を一口、わずかに荒い息を整えながら、さとりは再び口を開く。

「今の私には、心を読む能力も…それに紐付けられた、認識具現化の力も使えません。
ブロートは、リリカから能力を奪うべく、その実験台に私を用いた…いえ、私から奪われたのは、純粋に妖力だけであることを考えれば…それが私である必要はなかったかもしれませんが」
「お空が、それを持たされているってこと?」

はい、とさとりは頷く。

「自慢でもなんでもなく、純然たる事実として私の力はお空よりもはるか上。
ですが、それを無理やりに与えられたお空自身の力ははるかに増大し、一時的とはいえ精神的にも急成長を遂げさせたはず。
しかし…今でこそあの子の中で安定しているとはいえ…八咫烏の力を得た直後のように、あの子にとってはそれが大きな負荷となってしまう…!



「苦しんでいるのは、恐らくお空も同様。
これが『異変』であるなら…解決せねばならない…!

起き上がろうとする紫。
異様な気配を察して、紫をとどめようとするまり花を、つぐみは制して頭を振る。

「そうだね、紫さん。
『異変』で、いいんだよね…!
お空や穣子さん…チルノの事も!


つぐみは、紫が『異変』と言ったことですべてを悟ったのだ。
紫は、弱々しくも…だが、力強く笑って頷く。

「私は、悪いけどここで脱落するわ。
この『異変の解決』を、あなた達に託す。
必ず、止めて。そして」
「解ったよ。
霊夢さんの代わりに、私たちで解決して…終わったらみんなでパーティだからね!!」

つぐみが立ち上がると、かすかに微笑んで目を閉じた紫を中心にして、白い光を放つ魔方陣が展開される。
それは紫が、残された最後の力を使って術式を組み上げた、極大回復の陣。
心配そうに眺めるまり花へ、つぐみは告げる。

「大丈夫。
幻想郷の『異変』であれば…『異変』を起こした子も、解決したらみんな仲直りなんだ。
だから、絶対大丈夫!大丈夫だよ、まりかさん!」
「そのためには私たちもあいつらも、絶対にくたばれないって条件付きだがな。
霊夢以外と組んで異変解決、ってのもあまり経験がねえが…まあ、お前らとだったら何の心配もいらねえな!」

何時の間にか、そこには魔理沙も立っていた。
バジリスクとの戦いで、彼女も決して軽くはないほどの怪我を負っていたはずだったが…集落にはてゐや諏訪子、それどころか卓越した巫医であるアーテリンデまでいる。
「急速な回復は寿命の前借に等しい」と、普段のてゐなら止めるだろうが、この危急存亡の時に、そのようなことに意味などないことをてゐはよく知っている。

その眼前で、不意に炎の壁は裂けて開かれた。
地獄の太陽が解き放つ死の熱波が、こちらにも容赦なく襲い掛かってくるが、まるで怯むことなくつぐみと魔理沙が同時に飛び出す!


♪「血戦 身命を賭して」♪


まるでそれを阻もうとするかのように、炎を突き破り、そして自ら燃え盛りながら剣を振りかざす影が迫る。
その二つの影を、一拍置いて続く明夜が横薙ぎに切り裂き、つぐみたちは振り返ることなくさらに加速する。

まり花も勘の鋭い少女だ。
つぐみの言葉の意味を、そして、自分が今なすべきことを…すべて心で理解した。

-契約により我に従え、眠りを誘う者、氷の女王。
来たれ、永久の極光、永遠の氷河!-


魔力を全開に解き放ち、紡がれる言霊と共に冷たく輝く魔方陣が展開されていく。
解き放たれた絶対零度の凍気が、掲げられた少女の両掌、その中心へ収束する。
視線の先には、暴れ狂う地底世界の神の鳥。

-大地閉ざす凍土と氷雪、総ての生あるものに等しき滅びを!-

魔法発動の体勢に入った彼女を狙い、いつの間にか間合いを詰めていた狂気の剣士が、その喉笛めがけて刃を走らせる。
しかし。

甘いわよ、クソ野郎…!!

切れ長の目に底知れぬ憤怒を秘め、寒色の髪を靡かせた聖騎士が、その目の前に割ってはいる!
そして、その傍らから…英国の正式軍装にも似た装束を身にまとい、己の背丈ほどもあろう大槍を構えて、カウンター気味に穂先を突っ込ませてくる戦乙女の姿!

男は、大盾ごと切先に体を突っ込ませてくるレティの荒々しい「防御」に弾かれながらも、るりの一撃を受け止めその推進力を生かして後方へ大きく間合いを取って見せた。

「タイミング的にはまだかしら。
最高のタイミング狙ってぶっ放さないと、あのカラスは止められないわよね」
「必要な時間は、私が何時間だろうが、何日だろうが稼ぎきって見せるわ。
その代わり…奴の首級(クビ)取りは、貴女に任せるわよ」
「りょーかいっ」

重装の剣士…『ブロート』に改めて向き直り…美しき古龍の姫が、赫怒の表情で言い放つ。


「遊びは、終わりよ。
私達を散々コケにしてくれたお返し、私がし終わるまで死ぬことも許さないからッ!!





まるでゆりかごにも見えるそれを前に、諏訪子は嘆息する。

「成程なあ。
それで合点がいった…となるとだ、例のアレも簡単に治せるとは思わないほうがよさそうだな?」

これまでモリビトの集落の奥地、ドサクサに紛れて資料漁りに没頭していたエンリーカが「重要なことがわかったしなんかの役に立つかもだから私も連れて行きなさい!」と諏訪子にくっついてきていたが…目の前に広がるその光景に、唖然としていた。




「これって…タルシス世界樹の呪い?
伝承には聞いてたけど、初めて見たわ」
「しかも知る限り数倍は、強力な奴だ。
どう見てもこいつぁ外部的な干渉で進行がkskされてんなあ…てか、これに飲まれなかった⑨は一体どんな力を身に付けてやがったもんだ。
まあ、不意打ったとはいえリリカを一撃で沈黙させたってあたりに答えがあるんだろうが」
「それはよくわからないけど…今のこれも、ブロートの仕業っていうの?

エンリーカの問いに、諏訪子は頭を振る。

「半分は正解かもだが、元々この子が持ってたもんだ。
私の記憶が確かなら、現状無害レベルまで抑えられてるんだけどねえこれ」
「うーん…もし問題ないなら、教えてもらえると助かるんだけどその辺の経緯。
基本的にあの呪い、発現しちゃったら例外なく…死ぬ、のよね?」
「時間がないから、手短にするぞ。
私が知ってる限りではこっち来てるうち私と魔理沙、それと今トンズラこいてる穣子って馬鹿野郎が、これを浴びた経験がある。
この子…コーディはいってしまえば二次被害者だ。
魔理沙の野郎が『呪い』を浴びせちまったとか言ってたし…あーまあ、それでチルノが「人間なんて信用できない」とか言い出したとすれば、むべなるかなってとこだ」

その言葉が終わりきらぬうちに、諏訪子は己の手をコーデリアにかざす。
呪いの性質を文献で知っているエンリーカは、それを止めようとするが、諏訪子はそれを振り返ることなく制し、同時に…かざした腕から、木々の外皮を纏ったトカゲともイモリともつかぬ何かが、鎌首をもたげ現れ、エンリーカは言葉を失った。

「幻想郷中に残った呪いを食わせまくってたら、まーよく育っちまったもんだ。
こいつは私の眷属で『樹蛟』っていってな、私の中に残留していた『呪い』から生まれた祟神さね。
言ってみれば、こいつが私の持ってる『世界樹の呪い』そのもんだ。

私の制御下にはあるが、触るのはお勧めしねえぞ…『呪い』を喰らいたくねえならな」
「た、た、祟神って…しかもそれであの『呪い』を制御してるって…嘘でしょ!?
そんなことできる術師なんてこの世界で聞いたことも…ま、まさかあなたって本当にカミサマ」
「最初からそー言ってんだろが。
しっかし、ブロート野郎はどんな呪言使ってこんな芸当してのけた?
羅喉はあくまで他者の力を奪うだけのはずだろ…力祓いの呪言とか幻惑の呪言とかで呪いへの抵抗力を抑えたか…プラス畏れよからの命令系呪言で呪いそのものに干渉…複数の呪言の併せ技なのかね?
後学のために知りてえぐらいだ、奴をブッ殺してやる前に」
「…呪言?
ハイ・ラガードの呪言師(カースメーカー)が使う奴?
確か今回マギニアに参加した冒険者って、そういう技能者いないって聞いた気がするんだけど」

首をかしげるエンリーカ。

「推測になるが…おそらくブロートは強力な呪言を駆使して、意図的にそういう技能者がこないように画策していたってことなんだろう。
マギニア首脳部ではな、かごめたちが来るよりだいぶ前から、謎の鈴の音っぽいものを度々聞くという噂が流れていてな。
結局それも噂で終わったが、呪言師の真骨頂ってそういうこと…すなわち、対象に気づかれることなくそれを洗脳、支配出来る点にある
「それは知ってるわ。
呪言で他者を自分の意のままに操れる…のよね?」
「そそ、いちお私もエトリアでそのクラスに鞍替えしてた時期があってな。
まー同じ穴の狢っつーか、同じ井戸のカエルだからこそわかることもあるってなもんだ。
まあそれだけの強力な呪言暗示を広範囲に展開し、なおかつ手練の呪言師にそれを悟らせないか、あるいは悟ったところで破らせないか。
理屈の上では可能だろうが、現実にこうやってやってのけてる奴が居るってのはおっそろしい話だ」
「それだけ、ブロートの呪言師としての能力が、規格外だっていうことなのね」
「その上で私たちのことも調べ上げ、体よく利用するためにこちらへ来させる算段をしてた可能性まであるな。
タルシス辺境伯、ハイ・ラガード公宮…そしてアーモロード元老院。
協力を仰げそうな強豪ギルトとして、何処に掛け合っても真っ先に『狐尾』の名前が出てくるはずだからな…!


諏訪子の腕に尻尾の先を残し、『樹蛟』は目の前の『呪い』に対して大口を開けて飲み込もうと構える。

「その下らねえ目論見の一つも、この『呪い』そのものを食っちまえば万事解決…と…邪魔者のお出ましみたいだな。
まあ、私が同じ立場だったら『交渉の切り札(ひとじち)』を、みすみす逃がしたくないのは一緒だがなァ…!!」

振り向いた諏訪子の解き放つ殺気に、驚いた『樹蛟』は瞬時にその腕の中へと引っ込み…そしてエンリーカもまた息を呑んで後ずさり、気付いた。
黒い襤褸のようなローブを身にまとい、不吉なオーラを放つ男の姿を。

「ブロー…ト?
ちょっと待って、なぜ、あんたがここに」
「近付くなよ『片割れ』野郎。
呪言を使って、あわよくば私達を手駒にしようと目論んでるんだったら…その浅はかさが愚かしいってことを魂魄レベルで刻み込んでやる。
テメエ自身が良く理解してんだろ、どんな力を得ようが『呪い』の吹っ掛け合いで祟神(ほんしょく)に敵うと思うなよ!

向けられた腕に、赤黒くおぞましい色をした蛭のような何かが…裂けた口から禍々しい気を吐いて男を威圧する。

「百も承知の上だ、祀ろわぬ異界の神格よ。
流石の私でも、貴様の神徳(たたり)には及ばぬ…だが、我らの邪魔はさせん。
儀式を終えヨルムンガンド復活が間際に迫った今。
私『達』の悲願を果たす最初の一歩を踏み出す前に、貴様らから血祭りにあげてくれる!!

『ブロート』の振りかざした呪いの鈴が、禍々しい音色を響かせる。
しかし、それは諏訪子達を狙ったものではない。
次の瞬間、蔦はコーデリア諸共周囲の木々を飲み込み、おぞましき姿へと変貌していく!

「ちょっとおおおおおおおおお!!」
「チッ…これは『命ず、輩を喰らえ』…ベースは畏れ(テラー)の付与か!
舐めやがって、やっぱりテメーはここで八つ裂きにしてやらあ!!」

諏訪子はエンリーカを庇いつつ、もう一方の腕に別の祟神を呼び出した瞬間、蔦木の魔物は諏訪子たちに襲い掛かる。







回復を終え、地底太陽の放つ凶悪な熱波の中心へ急ぐ一舞たちの目の前にも、おそらくは『ブロート』の使役するだろう巨大な魔物…龍と紛うほどの巨大蛇の胴に、病んだ色の皮膚を持つ女怪の上半身を持つそれが立ちはだかる。
それは、彼女達がかつてアルカディアの地で対峙した、「星の死の象徴」にも似て。

「うわあ…まあ確かに、ラミアってRPGではわりとおなじみの魔物だったよねー」

先頭を行く一舞も、またかよ、みたいな表情で肩を竦めて見せる。

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと片付けて先急ぐわよ。
見た目もこんだけ一緒なら、やってくることはほぼ一緒だと思うわ」
「りんりん先生らしからぬ見切り発車発言めう。
でもそんなりんりん先生も大好きめうっ!!>ヮ<」

黒塗りの刃を両手の逆手に構え、攻撃態勢を取る凛を、めうが茶化すが…魔物との戦いは避けて通れぬことを、誰もが悟っていた。

「いくわよッ!!」

心菜が陣を展開するのと同時に、黒い刃を奔らせる凛と、莫大な冷気を放ち最大稼動させた砲剣を大上段に構えた一舞が魔物…ラミアへ踊りかかる。





諏訪子「おりょ?
   小迷宮の話は飛ばすんじゃなかったっけ?」
つぐみ「ラミアのところは話的に混入させておいても問題ないって構えね。
   詳しい解説は次回に回すけど」
諏訪子「それにしても…『異変』ってそういう落としどころに使われる言葉なんかね。
   某札遊戯動画でさとりが暗躍する遠因を作ってそうな解釈なのが気になるところだがなあ」
つぐみ「あと先に言われないうちに言っとくけど、実際ラミアに挑んだPTに凛先輩いなかったんだけどね。
   いたのはアルカディアのときの話だし」
諏訪子「あんときは大体にしてここなつもいなかったしな。
   ということは何か、次はラミアの話すんのか?」
つぐみ「そだね。
   あとはブロート戦後の話もちょっと触れることになるかなあ。
   今回はこんなあたりで」