闇の中から現れたその獣の姿は、まるで人間の様な顔を持ち、獅子の身体に蠍の尾、巨大なコウモリの翼に、山羊の如き角を持つ合成獣(キメラ)。
おぞましきその姿からは、先のイワォロペネレプとは比較にならないほどの圧倒的な魔力と、それとはほど遠い邪悪さが放たれている。


「なんだ…これは…!?
このような魔物、見たこともないぞ」
プリニウスの博物誌に語られる伝説の魔獣「マンティコア」。
獰猛な人喰いで、様々かつ強力な毒の尾を振るう強力なモンスターよ。

…十全な状態ならまだしも、イワォロペネレプとの戦いで消耗した私達にはかなり荷の重い相手だわ」

キバガミにかばわれる格好のつぐみを見やり、紫は歯がみする。
僅かに迷いの表情を見せるキバガミだったが、観念したかのように頷く。

「ヤマメ殿、パルスィ殿!
…口惜しいが…ここは引くしかあるまい!

目の前の光景に唖然とした表情で状況を窺っていた二人は、その声ではっと我に返り、抗議の声を上げようとしたその瞬間に自分たちの状況に気付く。
力を使い果たしたつぐみと、同じようにして意識を喪ったぬえの身の安全を考えれば、止む無しということも。

「くそっ!敵前逃亡なんか性にあわねえんだがな!!
…気付くべきだった…あいつ、こっちの戦闘不能者が出るタイミングはかってやがった!!」
「妬ましいけど仕方がないわね…!」

ヤマメが後方に強靭な糸のトラップを放つと同時に、パルスィはぬえの身体を背負い、ふたりは脱兎のごとく駆け始める。


-あはははははは!!
お前達はここで殺すって言ったじゃないか!
逃げられると思ったら大間違い…狂え、逆符“イビルインザミラー”!!-


魔獣の眼が光を放ち、邪悪な妖気が解き放たれる。
次の瞬間、階段に向けて走り出したふたりは、気づいたら魔獣へ向かって走り出している…!

「なっ!?」

それはキバガミ達も同様…階段へ向かっている筈なのに、そこへ向けて走ろうとすればするほど遠ざかっていく。
そして、目の前には何時の間にか、大太刀の様な鋭い爪を振り上げるマンティコアの姿。

-先ずは最初の犠牲者様…いっただきー!-

まるでヘビに睨まれたカエルのように、その絶望の一撃が降り注ぐのを驚愕の表情で見つめるキバガミ。



辺りに鮮血が舞う。



だが、それは彼らの物ではなかった。

吹き飛ばされる魔獣の腕。
身の毛もよだつ様な恐ろしい悲鳴が広間に木霊する。

「ようやく、出てきやがったな。
ここで終わりなのは、てめえの方だ

キバガミの眼に映るは、何時か大密林で見た、その人の影。
その魂が生んだという、美しい刃紋を描くひと振りの太刀をひらめかせ、眼前に立ちはだかる彼女が振り向き、微笑む。




「待たせたな、つぐみ、キバガミ。
こいつはあたしに任せな。
…あんた達がここまで運んできてくれた希望…ここで潰させるわけにはいかないからね」
「お母さん…!」

茫然とつぶやくつぐみへ、かごめは頷いて返す。


「さて…魔獣狩りとしゃれこもうか!」




-新・狐尾幻想樹海紀行-
その17 「決戦! 枯レ森(後)」




〜遺都シンジュク B24F〜

かごめ「まいど、いつものかごめさんです。
   というわけで今回は本来予定されていた展開を大幅に変更してマスティコア…もといマンティコアの攻略を送りします(キリッ」
諏訪子「( ̄□ ̄;)予定されてた展開を大幅変更ってなんだよ!!
   お前このシーンで登場しといてなんでこんなところで油売ろうとしてんだよ!?
   それにマスティコアだとウルザ環境最強最悪のクリーチャーだから全く違うじゃねえか!!」

※射命丸メモ:マスティコア
M;tGのウルザサイクル第三弾「ウルザズデスティニー」に収録されたレアカードのひとつ。
分類はアーティファクト・クリーチャー(魔法の道具であるアーティファクトと、攻撃ユニットであるクリーチャー両方の機能を持つカードカテゴリー)で、呪文コストは4マナ、パワー4タフネス4と大型かつコストパフォーマンスも優れている上、起動マナのみでクリーチャーに1点の直接ダメージを与える除去能力と、同じく起動マナのみで破壊による墓地送りを防げる「再生」の能力を持つ壊れカードである。デメリットとして、ターンの最初に手札のカードを捨てない限り生贄に捧げなければならないが、そもそも4/4というサイズの挙句再生持ちなために処理されにくく、なおかつプレイヤーに素通しした時の4点ダメージが笑えないレベルの攻撃力であるため、パーミッションやコントロールデッキのフィニッシャーとして、あるいは速攻デッキのダメ押しにとデッキを問わず広く採用された。当然ながらトレードレートも飛びぬけて高く、カードショップでは一枚3000円前後(ホイル仕様だとその数倍、時に15000円前後)の値がつくほどだったが、それでも常に売り切れ必至の状態であったという。
因みに狐野郎はウルザサイクルがスタンダートから去った後にこれを自力で二枚引いたらしい。恐るべき宝の持ち腐れである。

かごめ「というお約束のネタは置いときまして。
   もっともマスティもマンティコアがモチーフだとは思うんだけどな。カードイラスト見ると機械仕掛けのマンティコアって感じで」
諏訪子「こんなもん見つけ次第撲滅でまとめてスクラップにしてやらあ!!><
   兎に角ここはマンティコアの紹介だろ。なんでそうやってすぐに話を脱線させようとするんだお前。
   それに私の記憶が確かなら、こいつに挑んだのレンツスより後だろ」
かごめ「…まあその辺りは、展開的にこうした方がいいと思いまして(´・ω・`)
   因みにレンツスに挑んだレベルとこいつに挑んだレベル、ほぼ変わんないし実はスキル構成とかメモ残ってねえんだわ。
   あと写真はこいつのレアドロップ狩り再戦時のだし、この解説もいわゆる後付け実況ということで。つかあんたも思いっきり登場してるんだからその辺りは融通利かせろって話よ」
諏訪子「おーいまたそういうことをだな…」
かごめ「なのでここ辺りは無駄話重視、マンティコアのスキル説明とかしたらわちき達も出番なので準備しませんと」


クエストボス:マンティコア
HP13000 弱点なし/炎・氷・雷耐性
魔の子守歌(頭) 全体に睡眠かテラーを付与
ペトロボイス(頭) 全体に石化か混乱を付与
ダークネイル(腕) 全体に遠隔斬攻撃、盲目か呪いを付与
ポイズンテイル(脚) 全体に遠隔突攻撃、毒を付与
攻撃を受けた際、およそ50%程度の確率で翼でガードするモーションが入り、ダメージが半減される。多段攻撃を受けた際その都度発動判定があるらしく、依存部位もないパッシブスキルの模様。

かごめ「ステータスは実はイワォとそんなに変わらんが…二種類の全体攻撃は元々の命中率も高く威力もかなり高い。
   そして全ての攻撃に何かしらの異常付与がついて回るから、これを同時に対処することが求められてくるな。
   特に怖いのは、HPが半分を切った頃に使いだすペトロボイスと、毒ダメージの倍率が異様に高いポイズンテイル」
諏訪子「その挙句ガードってのが面倒だな。
   wikiだと五割程度の確率って書いてあったけど、体感としてはもっと高いよな」
かごめ「無効とかカウンターとかじゃないのがまだ救いだが、これ、自動で入るのが本当に面倒くさい。
   多分長期戦で毒とか混乱とかの自滅を狙うボスなんだろうけど、そもそも毒を入れる攻撃の威力がふざけてるからもうなんといったらいいのか」
諏訪子「合わせ技で毒喰らったらまあ、間違いなく一発で落ちるしな」
かごめ「なのでまず序盤を生き抜くために必須となるのは毒対策。
   SQ3の介護陣形や予防の号令、SQ4のリフレッシュワルツの様な異常対策スキルが今回ないが、代わりに異常耐性アイテムはほぼ確定で異常無効にしてくれるから、こいつで対策するしかない。この場合は毒祓いのタリスマンだな」
諏訪子「ほぼ、と言うところが不安を煽るところだが」
かごめ「ごく稀に食らうらしい。
   まあ、前作以前みたいに耐性を高めても意味ねえだろって有様じゃないのが救いではあるが。80%の耐性がつこうが残り20%の確率が異常に高いんだからザルもいい所だ」
諏訪子「それはそれで嬉しい仕様変更とも言えるが、今回本当に状態異常対策スキルないよな。
   精々奇禍への手筈くらいじゃねえか? これがそのまんま予防の号令とかそれに相当するバフになるし」
かごめ「防衛本能だって不安定な挙句戦闘1回だからなあ。
   ともかく毒を防ぐと序盤はやりやすくなるが、ダークネイルの破壊力が本気で笑えないのでバフも防御中心が望ましい。
   絶耐ミストと守護の舞曲も必要だな。物理技しか使わないから防御陣形でもいいが」
諏訪子「お前ミスト使ってなかったよな。
   というか、アクセで防御力下がるから必須だろそれ」
かごめ「やってるうちに気付いたんだから大目に見て頂けると…(´・ω・`)
   こうなったらペトロボイスは割り切るか、グリモア含めて複数が石化を解除する手段を用意するしかないだろな。具体的に言えば高レベルリフレッシュと1振りでいいからドラッグバレット、そして可能な限り大量のテリアカβ。裏技使う前提でテリアカ1個だと、石化の行動不能で裏技自体が使えなくなる可能性もあるからテリアカはマジで大量に持ち込んだ方がいい」
諏訪子「ダークネイルで死にまくってたからな、ネクタルやソーマプライムも必須だろ」
かごめ「オートガードがあるから長期戦になりやすいし、半減されても十分な攻撃力のあるスキルも欲しいかね。
   クリア前でも十分倒せる程度ではあるから、レベルは55程度、武器も五層で集められる最高の装備で揃えて、ツバメがえしや跳弾のような強力なスキルをマスターして挑みたい。
   属性の通りは悪いが、複合属性なら十分通るから卸し焔などの複合属性技にチェイス、スピアインボルブを絡めれば大きなダメージも狙えるだろう」


かごめ「で、解説があべこべになったが、マンティコアと戦うには前提条件になるクエストをクリアする必要がある。
   先ずは、第五層に突入してすぐに受領できるようになる「ゆがんだ磁軸」。
   受領すると、B18Fで特定ルート以外の場所に踏み込むと上り階段の所に戻されてしまうという現象が発生する」
諏訪子「アレは本当に面倒くさいな。
   あのだだっ広いフロアで正しい順路を進まなきゃならんわけだし」
かごめ「地味に、クエスト進行中はあのフロアの回復ポイントも使えないからな。
   因みに正しいルートは次のようになる」




かごめ「階段付近の兵士の説明で大体わかるだろうが、この黄色いラインに沿って進まないと、強制的に階段のところまで戻されちまう。で、B7のあたりで姫君が一体配置されているので、当然ながらこいつとは強制で戦闘になる。
   それを倒して「!」の所に踏み込むと、クエストクリアとなってそれ以降は自由に動けるようになり、その後B24Fに到着するとマンティコアと戦えるクエスト「封印の獣」が解禁される」
諏訪子「実際はラスボス間際なんだよなー、挑めるの。
   あと同じ時期にもっとえれえ奴も出てきたりするんだが」
かごめ「一応ワイバーンとはいつでも戦えますが(迫真
諏訪子「それはとりあえずどうでもよろしい。
   とにかくこいつとやりあうとなると、強力な物理アタッカーがいかに殴り続けられるようにできるかがカギだな。この場合はキバガミになるんだろうが」
かごめ「一応このときツバメのレベルは5だったはずなんだよな。
   5だとただでさえヒット数が不安定なのに、それなりに外れるのがコンチクショウで」
諏訪子「挙句ガードされると」
かごめ「前衛3りとつぐみが殴ってヤマメしかダメージまともに通らないとか本気で嫌がらせかと」
諏訪子「ガードされたツバメの一発とスルーされたヤマメのカタストロフのダメージが大体同じとかふざけてるのかと」
かごめ「もっともキバガミの場合は構え補正もあるんだけどな。
   話は少しずれるけど、構えもバフ扱いだから強化枠上書きで消されてるのに気づかなくて「あるぇ?」みたいな感じに」
諏訪子「あるある過ぎますな。
   SQ4から入るとモノノフの先制羅刹が便利すぎて今ひとつ忘れがちになるよな」
かごめ「あれ本気でやばいわ。
   1振りでも十分な強化だから本気で狂っておる。攻撃職は前衛後衛関わらず取り敢えずサブモフという状況になるのも当然と言えば当然なんだよな、羅刹解除で自家発電もできるし」
諏訪子「ブシドーは構えのタイムラグがあるぶん爆発力があるからな。火力に対して燃費も破格だし」
かごめ「回復はキバガミ優先、可能ならディレイでまとめてと言うのが基本的なゆかりんの行動にならざるを得ないのも、あの爆発力抜きにダメージ稼げないからってのもあるわけでな。
   まあ回復薬が無尽蔵に使えないと本気で厳しいわ。実際、初見はベノムテイルで中毒死繰り返してなし崩しにhageたからな」
諏訪子「というか思ったよりペトロボイスが飛んでこなかったのも救いっちゃ救いだったな。
   全員即石化hageとか普通だからこいつ
かごめ「おい馬鹿やめろ。
   まあ何とか、紫だけダークネイルで昇天した次のターンでツバメで削りきって終了。
   ここまで露骨にある単語を繰り返してきたからカンのいい人は気づくかもだが、七王の最後、毒王に当たるのがこいつだ。
   実はギルカ交換サイトでこいつのスキルは取ったんだが、こいつの七王スキル「大蛇の痘苗」は、そのターン中の状態異常攻撃を無効化するというかなり便利なスキルだ。ただ、レベルが低いから消費がかなり重いんだが…」
諏訪子「グリモアスキル+2効果つけてもそもそも七王スキルが入らないとかもうね。
   自力でギルカの各数字ゾロ目調整してみるかい?」
かごめ「おい勘弁してくれよ…。
   と言うわけで、解説はここまで。残りは茶番をお楽しみください(キリッ」










-…ぐううっ…よくも…よくもやってくれやがったな…!
あんたのその力、使えなくしてやった筈なのに…なんでだよ!
なんでそんなのがまた使えるようになってやがるんだ!!あり得ねえ!!-

怒りの咆哮を上げる魔獣。
片方の腕を喪いながらも、それは巨大な蠍の尾を振りまわし周囲を滅多に打ちすえる。
突然の乱入者に戸惑いの表情を見ていたヤマメとパルスィが我に返ってそれを回避すると、当たって砕けた硬質の樹木が一瞬のうちに溶解してあとかたもなく崩れ落ちる。

「なんじゃこりゃあ!?
どんな毒持ってんだよ、あの尻尾!?」
「当たったらアウトね…これもあの小槌の力だというなら、妬ましいとかそれ以前の問題だわ。
自分に絶対的な自信のない奴が、支配者気取りとは笑わせてくれる!
…少なくとも八雲紫は、自分の力を恃みに総て切り開いてきたわ…あんたなんかと違う!!

-ほざけえええええ!!-

恐るべき毒を持った尾撃を回避するため、跳んだ二人に、残ったもう一方の腕が振り下ろされようとする。
だが、その腕は背後から飛ぶ強靭な鞭に縛られ、それどころか魔獣は棹立ちのまま動きを封じられてしまう。

「他力ばかりをアテにしてばかりいる者など、急に力を持てば十全に使いこなせない。
愚かなものです。なんの研鑚もせず、大それた野心ばかりを剥きだしにする者など」

その肩の上で、内心の憤怒を極限まで抑えつけたような、それでいて冷酷な視線を魔獣…否、その内なる者へと叩きつけるその少女は…古明地さとり。

「さとり!」
「成程、意外と便利な物ですね鞭と言うのは。
うちのペットたちに使うのは流石に気が引けますが、こいしを躾けるにはいいかも知れません」

余裕すら見せるその冷笑にヤマメ達も苦笑を隠せずにいる。
何時の間にかその二人の傍らには…諏訪子の姿もあり、使われた薬酒の効果でその体力が回復される。

「あいつあんなんだから、地底の一部から「さどり」なんて呼ばれるんだよ全く。
…ま、味方にしておけばこれほど頼りになる奴もそうそういねえがな。
ああ、あいつのスペルなら私が打ち消しておいてやったよ。今のうちにあの腕一本持ってちょっと下がってろ。かごめの野郎うまく切り離してくれたらしい」

そういう彼女の手にも、さとりの持つそれと同じ形状の鞭が握られている。
諏訪子が顎でさす先には、ぴくりとも動かぬままの、斬り飛ばされた腕が落ちている。

「それって…」
「説明は後、いいからちと下がってろ…穣子!」

諏訪子の声と同時に、大空洞の樹上から巨大なオノを振りかぶり落ちてくるひとつの影。

「やっと出番か!おそい!!><
おおりゃああああああああ食らいやがれこのデカブツー!!」


棹立ちになったままの猛獣に、もともとの重量に自由落下の慣性が加わった斧の刃が袈裟懸けに叩き込まれる。
おぞましくも苦悶に満ちた悲鳴が再びこだまする。

しかし、そのとき異変に気づいたのはキバガミだった。
魔獣がおぞましい咆哮をあげるたびに、僅かずつ体が重くなっていくのを感じ取る。
キバガミが紫にそのことを告げようとした瞬間、彼は驚愕に目を見開くとともに今起こっていることを理解した。

「紫殿!?」

苦悶の表情でへたり込むその半身は、既に石と化していた。
それどころではない…つぐみの膝から下も、石化の呪いが徐々に進行しているのが見て取れる。

「なんてこと…追い詰められているフリをして、私たちに狙いを…!

紫はそれでも、自由の利く半身のほうで解呪を続けていたが、咆哮を通して集中的かつ執拗に浴びせられる石化の魔力が勝り始めていたのだ。
さとりもそれに気づいて舌打ちする。

-は…はあはあ…くくっ…油断したなあお前ら…!
そいつらから潰してしまえば回復が間に合わなくなるだろ!もう手遅れだ!!-

「…くだらねえ事しやがって。
だがお前、ここで死ぬよ確実に

心底呆れ果てた表情でやれやれといった具合に頭をふる諏訪子。

-負け惜しみか!
お前らは元々強かったから余裕があるし、「仲間」がダメになりかけたら見捨てられないだろ!
ああ、やだやだそんなの。私はもとから弱いからそんなナメタ余裕なんて見せてなんていられませーん!!
つーわけだ、先ずお前からころ…がふあっ!?-

勝ち誇ったように哄笑する魔物の声は続かなかった。
間抜けな苦悶の悲鳴と共に、横殴りに吹っ飛ばされ…それをやったのは恐らくかごめの放った蹴りだとすぐに理解したさとりたちは息を飲む。


「そうか。じゃあ先ずお前が死ね」


まるで魂を直接鷲掴みにするような死の宣告が、かごめの口から発せられる。
一瞬だけ垣間見たその表情は、最早「嚇怒」などと言う言葉すら生温いほどの、見た者の根源の恐怖を呼び醒ますかのような、鬼気に満ちた表情だった。

キバガミは、つぐみと紫を介抱しながらも、その恐るべきかごめの姿に戦慄を覚えるとともに…そして理解した。
目の前の哀れなケダモノが、事もあろうにかごめという「真の怪物」の逆鱗を逆撫でするという愚行を犯したことを。


そこからは最早、一方的な虐殺だった。

魔力を乗せた忌まわしき咆哮よりも早く、後ろ足が一本吹っ飛んでいる。
悪あがきに、その巨大な翼でガードしようとするその前に、翼そのものが根元から斬り飛ばされ、頼みの猛毒尾撃も、繰り出す前に尻尾が膾斬りにされている。
一通り戦う力を喪った状態になった刹那、無数の剣閃が閃光のように奔り、魔獣は全身の腱を断たれたのかそのまま無様に地面へと崩れた。


-な…なんなんだ、お、お前は…!
…ッ!…い、いいのかこのまま私を殺しても!?
私をこのまま殺したらその二人の呪いは解けないかも知れ-

「ああ、お前の言うことなど信用はしないから、安心しろ。
そもそもそういうことを言いだす奴に限って、その手段を知らないかその気もないかのふたつにひとつだ。
…もう此岸(このよ)に用はないな?
じゃあな、てめえがやったことの尻拭いはしてやるからこのまま死ね」

かごめは魔獣の苦し紛れの詭弁を一蹴し、抜刀術の構えのまま一陣の風となる。
しかし、その必殺の一撃は繰り出されぬまま終わる…。


「そこまでにしてもらいましょう。
彼女をまだ、殺させるわけにはいきません」



何時の間にそこへ現れたのか。
妖精よりもさらに背丈の低い、赤子ほどの大きさしかない少女が持つ宝器の鎚が、抜刀寸前のかごめの刀を完全に抑えていた。

「…少名針妙丸。
あんた、まだ目が覚めないのか。
それに、それ以上その力を使うんじゃねえ…そもそも得をするのはあんたじゃないんだ」
「あなたを始めとした大妖は、そうやって詭弁を弄し弱い妖怪たちを虐げようとしている。
正邪さんは、その世の中を正そうとしているのです。
…最早、幻想の地にあなた方の帰る場所などない…この世界でいかに力をつけようとも、私達の掲げた革命の烽火を消す事などできはしない

その少女…針妙丸が不思議な力を放つと、魔獣の身体は元の天邪鬼・鬼人正邪の姿へと戻っていく。
傍らに、紅いコートを纏った少女が、傷つき動けなくなった正邪を介抱し…針妙丸もその傍らへと退くと、巨大な境界がそこへ開く。


「今回の勝ちは譲りましょう。
ですが、最後に勝つのは私達です」



その言葉を残し、境界は閉じ…それと同時に、周囲を包んでいた禍々しい気配が霧散していった。





紫たちの石化は最早、首近くまで進行している。
重要な臓器も石化のために機能を喪いつつあるのか、ふたりの顔に生気はない…いや、その絶望的な状況でも紫は魔力を放ち続けて、その為なのかつぐみの方がまだ石化の僅かに遅いようだ。

「ちっ、面倒な呪いを残しやがって…」
「ケロ様、なんとかできそうか?」
「何とも言えんな。
…さとり、アンナの強制解呪は想起出来るか?」
「問題ありません。
再現の難しい強力なスキルですが、戦闘を行ってないなら」
「上出来だ、それでも一か八かだが頼む」

頷きながら、さとりは諏訪子の放つ気と同期して魔力を解放する。
諏訪子が慎重に、手を宛がうとその部分から徐々に石化が解け始めた。

やがて、術者が消えたことにより魔力の供給が断たれた呪いは、あとかたもなく浄化され…ふたりは元の姿へと戻っていた。

「…ここまでやれば問題はねえだろ。
もっとも、この様子じゃすぐには回復できねえかも知れんが」

施術を終え、消耗しつつもそれを億尾にも出さない口調で諏訪子が溜息を吐く。
ふたりの無事に胸を撫でおろしつつ、ヤマメはその疑問を口にする。

「それより、あんた達一体どうして急に出てくる気になったんだ?
それに、さとりお前、地底は一体どうなったんだ?
あんた達の口ぶりからすれば、あんた達はあの天邪鬼がここへ来ていることも知っていたようだったし」

諏訪子がかごめに目くばせすると、かごめは小さく頷く。

「…そいつを説明する前に、先ずあいつも元に戻してやりゃなならんな。
済まんが樹密酒かなんか持ってないか、少し魔力を使い過ぎちまった」

そう言って親指で刺す先には、先にかごめが切り落としたマンティコアの腕がそのままで残っている。
一瞬、ぎょっとするヤマメだったが…渡された薬酒を一息に飲み干した諏訪子が解呪を始めると、それはほどなくして元のモリビトの姿へと戻っていった。


♪BGM 「揺れぬ想い」(ポケモンBW)♪


元の姿に戻ったシララは、暫く自分の手と周囲を見回しながら…やがて何かを悟ったのかおもむろに立ち上がると、踵を返し歩きはじめる。

「待て。
お主、いったい何処へ行くつもりだ」
「…最早、貴様たちを阻む術は、我にはない。
そして…貴様等の力、確かに見極めた。
貴様等になら託せよう…我らが神フォレスト・セルを再び安息の眠りへいざなうことを。
我の役目はすべて終わった」
「ならば、もう敵対する理由もない筈だ!
お主らモリビトと人間達が共に手を取り合って生きる道もある筈だ…我らイクサビトがそうだったように!!

振り向いたシララは寂しそうに笑う。
その姿は、足元から舞い上がる蛍火に包まれていく。

「我もすでに滅びた身。
だがもし…叶うなら、もう一度エトリアの街を見ておきたかった。
リッキィ達と一緒に、あの陽の下を自由に歩いていく夢を…!


そして…その姿は森の中に溶けていく。


「さらばだ、強き者どもよ。
使命を終えた今、我に貴様等を止める理由はない。
そして、貴様等は自分の使命を果たす為に進むがいい」



あとに残ったのは、古びたひと振りの刀だけ。