〜現在からほんの一週間ほどさかのぼって…金鹿の酒場〜
「随分景気のよさそうな顔してるじゃない。
何か、楽しいことでもあったのかい?」
上機嫌に酒をあおっている赤ら顔の男は、不意に声をかけてきたその見ず知らずの女性に、さも愉快そうに答える。
「ああ、最近愉快な事があってねえ。
いやはや、ムダな努力を繰り返しているヤツを傍から眺めてるってユカイだよなあ。
挙句、そんなヤツに肩入れしたばっかりに巻き添えを食ったバカなヤツらもいるっていうオマケつきだ。
こんな痛快な事はないだろう」
男の、歪んだ性癖を隠すことなく露わにする下卑た笑みに、女性も思わず顔をしかめる。
「清々しいまでの下種だな、あんた」
「うん、よく言われるさ。
ハハッ、そういえばここによく出入りしてる探偵さん、最近この街に来た有名なギルドに与えられた特別な施設に移ったらしいなァ。
部屋にずーっと閉じこもりっきりで、しかもなんか妙なことばかりしてそいつらを困らせてるそうだぜ。
いやいや、そんなことして迷惑ばかりかけてないで、たまには酒場に来ればいいのにねえ」
その表情は心の底から、彼らを馬鹿にしているのだろうことはわかる。
しかし…その表情は、一瞬後に凍りつく。
「てめえか。
あたしの仲間達を下らねえことに巻き込みやがったのは。
…このあたしの逆鱗に触れて、楽に死ねると思うな…喧嘩を売った相手の正体を知らねえ馬鹿は、火傷するだけじゃ済まねえって事を魂魄の隅々まで抉りこんでやる」
鋭い殺気を込めた、囁くようでいてはっきりとした、冷たいトーンの声が男の耳を通り抜ける。
瞬間、まるで凍りつくような冷たさの手で脳髄をいきなり鷲掴みにされたような、そんな形容し難い戦慄が男に走る。
男はぎょっとして、声の方向へ振り返る。
しかし…そこに直前まであった気配はない。
男は思わず息を飲み、そして、悪態をひとつ吐いて再び杯をあおる。
その表情には先ほどの歪んだ笑みはすっかり消え去っていた。
-新・狐尾幻想樹海紀行-
その20 「帰ってきた古明地こいしのドキドキ樹海探索ラウンド5」
メルラン「クライマックスの途中で突然ですがここで馬鹿話が入ります><」
ルナサ「( ̄□ ̄;)どうしてそんな事に!!」
メルラン「まあ実際五層クリアまでにやったことだし五層クリア前に解説しときましょうということで。
今回はなんだろう…探偵さん回?」
ルナサ「攻略全ッ然関係ないなその辺り…」
Mission.9 「名探偵、暁に倒れる(前)」
「出来たぞ! ついに完成だ!!」
つぐみ達が枯レ森に籠りきりになっている丁度その頃、偶々戻って来ていたリリカ達がコーディアルを楽しんでいたその部屋に…眼の下にがっつりとクマを作っているオースティンが何時になく興奮した様子で駆けこんできた。
簡素な部屋着は薬品やら何やらで所々薄汚れており、放つ異臭に思わずリリカ達も顔をしかめる。
「何が出来たの?
なんかローザの話だと、ろくに食事も取らず夜通しでなんかしてたって聞くけど」
呆れたような表情のアンナにも構わず、彼は得意満面の表情で薬瓶をひとつ机の上に置くオースティン。
反射的にそれを取ろうとするこいしよりも前に、ひったくるようにアンナはそれを取り上げ、中身を吟味すると…眼を丸くする。
「これ…ひょっとして」
「ああ、とある魔物の金属質甲殻を粉砕し、粉状にしたものだ。
僕が求める性質を持つ物質の中で、恐らく最高の効果をもたらしてくれるであろう…ね」
「…ちょっと、使ってみてもいいかしら?」
アンナの問いに「いいとも、君は解るんだろう?」と、あくまで得意げなオースティンに苦笑しながら、アンナは先ほどまで自分の手を置いてあったテーブルの一角にその粉を撒くと、持っていたハンカチで軽く払う。
すると、粉は彼女の手の形…否、正確に言えばその掌の細かい皺をなぞるようにはっきりと残る。
「これって…!」
「掌の模様?」
ぽかんとしてわけの解らないといった風なこいしに反して、リリカはそれが何を意味するか解ったようだ。
「やっぱり、指紋検出用の試薬ね。
私達の知識では基本的にはアルミニウム粉を使うわ。見た限り、この世界では高純度のアルミを精製する手段がないどころか…そもそも、その言葉そのものがない筈よ。
樹海の魔物の中には金属質の甲殻を持つ魔物も結構いる…体内で精製して強固かつ軽量の甲殻として作った甲の中に、アルミに類する合金があったのかもしれないわね」
アンナの説明に「ふーん」という風に首をかしげるこいし。
「ふむ、君らの居る世界にはこれに類するものが既にあったのか。
察するに、アルミニウムというのは金属の一種ということになるんだろうが…いかにも、これは掌、もっと言えば指の皺模様…アンナ君の言う「指紋」を検出する為の物だ。
僕が東の国を旅したとき、その地の修行者から、掌や指の細かい皺は人間一人一人全く別の模様をしており、ひとつとして全く同じモノはないと聞いた。
故に…この地に潜み機を窺っているバラデュールの正体をあぶり出す為の、秘密兵器になる」
「なるほどー。
でもさ、その粉はここに来てから作ったものなんでしょ?
あなたはその、バラなんとかさんを昔から追いかけているっていうけど、その本人が触った物とかそんなのとか持ってるの?」
「勿論。
ほとんどは事件の物的証拠として王宮に収めはしたが…僕がヤツと関わるきっかけになった事件のあと、奴が僕宛てに送りつけてきた脅迫の手紙をね」
懐から、彼はそう言って一枚の羊皮紙をそっと取り出す。
そこには…同じ粉によって現れたのだろう、ひとつの掌がくっきり写っている。
そしてもう一枚の羊皮紙を「因みに、こっちが僕の手さ」と差し出してくるのを受け取り、二つの掌を見比べる。
「うーん…私にはよくわかんないなぁー」
「そうね、大雑把に見るとわかりにくいわ。
でも、細かいところは全然違うわ。ここまで違えばもう別の手だって解るくらいには」
「ふーむ、君くらい要諦を心得ている者には説明の要が少なくて助かる気もするが、僕にとっては大発明だからもっと驚いてもらわないと張り合いがない気もする…何とも複雑な気分だな。
だが、ヤツを捕縛する大きな一歩を得たことは喜ばしいことだ」
僅かながらに残念そうな、不機嫌にも見える表情を見せるオースティンだったが、小瓶を取り上げるとそれを懐にしまいこみ、テーブルの一角に陣取る。
「んーでもさあ、その人を捕まえたとして、探偵さん本来は盗まれた偉い人の宝物を探しに来たんでしょ?
そっちの方は後回しでいいの?」
「…君も国の友人と一緒で、どうでもいい事をしつこく気にするのだな。
いやまあ確かにどうでもよくはないが…それについては問題ないさ、何しろ、宝玉は既に取り返しているのだからな」
「えっ!?」
驚くこいしの前に、彼は別のポケットから一つの小さな袋を取りだし、その中から小さな宝石をひとつ取り出して見せる。
それは何処までも青く透き通った美しい宝石…中に十字の白い模様があるその玉は、恐らくは高純度の星彩青玉(スターサファイア)なのだろう。
「どうだい、見事なものだろう。
こいつは…ある魔物の腹の中から拝借したのさ」
「魔物の腹…あっ!
まさか、その魔物って!!」
「そうさ。
僕らがまだ出会って間もない頃、君らにも倒してもらった毒吐きミミズさ」
リリカはその時、こいしが言っていた言葉を思い出していた。
そのミミズの魔物は、何故か体内に大量の石を飲みこんでいた…。
「そいつは土中で暮らすマッドワームの亜種で、水底付近を生息域とする水棲種なのだが…滑稽なことに、自力で水に沈むことができないのさ。
その為に、体内に大量の土砂を蓄える習性がある。
挙句この種は非常に警戒心が強く、熟練の冒険者でも滅多にお目にかかれない希少種でね」
「でも、それがどうしてこの宝石を飲み込んでたんですか?
まさか、隠し場所ってこの魔物の住んでいる近くで、偶然飲みこまれちゃったとか?」
ポエットの質問に「違う違う」と手を振るオースティン。
「君たちも覚えているだろう、地底湖で魔物が大量に襲いかかってきたのを。
ヤツが君たちに渡した手紙には、魔物をおびき寄せる薬品がしみこませてあったが…その薬品は、とりわけ水棲の魔物ほど強く反応するんだ。
…冒険者の前にも滅多に姿を見せない魔物でも、反応する程度にね」
「そっか…宝石だって石だものね。
おまけに、滅多に姿を見せない魔物なら、冒険者に倒されちゃう確率も低くなるし」
「そう。
あのミミズは、バラデュールにとって理想的な宝物庫だったわけさ。
…そして僕はつい先日、そのアタリを引き当てた…だから、依頼はすでに達成されているわけだ」
だが、と少々沈んだ表情で彼は言葉を続ける。
「僕がこれを取り返したことは、当然ながら奴の知る所になった。
ここに戻る道中も、奴の仕業らしい「事故」が幾つも起きたからな…もっとも精々、店の看板が突然僕めがけて倒れてきたり、横を歩いていた馬車の馬が急に暴れて僕に襲いかかってきたり程度で、樹海の魔物と戦うことに比べれば些細な物だが…どうやら、奴は本格的に僕を疎んじて、力づくで排除しにかかってくるつもりなのだろう。
奴は何処かで僕の様子を窺っているだろうが…なに、そこもアタリがついているさ。近いうちに必ず決着をつけてやる…!」
そうして彼は立ち上がると、別に彼に持って来たわけではないコーディアルを携えてくるローザに「ああ、僕は結構だ。少し眠るからね」と告げて、覚束ない足取りで部屋を後にしていった。
…
…
メルラン「先ずは前半戦ね。
オースティンとの親密度が上がってくると、彼がギルドハウスを根城にしながらバラデュールと悶着を起こしていく過程が解ってくるわ。指紋を検出する薬ができるのは、三段階めね」
ルナサ「それはいいんだけど…なんかやたらその道中で部屋から爆音が聞こえただのなんだの物騒な展開がいくつかあった気がするんだけど」
メルラン「粉塵爆発でも起きたのかしら」
ルナサ「いや小麦粉の粉塵爆発でもわりかしえらいことになるのに、っていうかギルドハウス吹っ飛ぶんじゃないのそれ?」
メルラン「まあ兎に角夜通しで実験を繰り返してたのは確かで、ローザにもわりと文句言われてたみたいね。
二段階目の探索準備解禁の会話で彼をフォローする発言をするか、彼をたしなめる発言をするかでその後の展開はそんなに変わらないんだけど…フォローを入れるとそれでもう勇気づいちゃってダメだこりゃって感じで」
ルナサ「そういえば話変わるけど、攻略wikiの元ネタページだとオースティンの元ネタってホームズで、彼の「口うるさい友人」がホームズの助手っていうか友人のワトソン、バラデュールがモリアーティ教授だって書いてあったけどこの辺りはどうなのかしら」
メルラン「うーん…確かに「探偵」と言われて真っ先に思いつくのが、推理小説の巨匠コナン=ドイルの「名探偵ホームズ」シリーズになるのは致し方ない所だと思うけど…厳密には違うと思うのよ。
ちょっとネタばらしになるけど、オースティンとバラデュール最後の決闘の様子は、確かにホームズとモリアーティの最後の決闘のオマージュなのは確かよ。でもね、ホームズの武器は基本的には薬学知識と洞察力。科学的捜査の物的証拠でどうこう、というのはちょっと違うのよ」
ルナサ「そうなの?」
メルラン「それどころか、名前の元ネタをたどれば、コナン=ドイルのホームズシリーズに感銘を受けて作家になったイギリスの推理小説作家オースティン=フリーマンの小説に登場する法医学者・ジョン=イヴリン=ソーンダイクが、まさにそういう方面からの推理を得意とした人物だもの」
ルナサ「へえ、そうなのか。
というか、ストーリーの面々もそうだけど、小説家からの名前の引用多いんだね今回」
メルラン「そーね。連中はSF作家からだけど、オースティンはそっちの知識ある人からすれば名前だけで「ああ、こいつ探偵だろな」って気付くレベルのネタじゃないかしら。
勿論狐野郎は推理小説どころか金田一とかコナンすらまっっったく読まないからwiki辿って知ったらしいけど」
ルナサ「推理小説と言われてピンと来るのが赤川次郎ぐらいじゃあねえ」
メルラン「ただ、ソーンダイク博士は他の推理小説の探偵みたいな奇癖持ちじゃないから、まあやっぱり人物像的にはもっと他の人物をモチーフにはしてるんでしょうけどね。
そもそもあまり知られてないけど、原作小説のホームズはヘヴィスモーカーの挙句いわゆるヤク中で、ワトソンから止められるまでコカインを常用してたらしいわ。薬草というか毒草にも詳しくて、ベラドンナの様な麻薬植物にも造詣が深かったとかいうし、ひょっとして自分で麻薬精製してたんじゃないかって気がするわ」
ルナサ「なんかそれだけ聞くとただの犯罪者だよなあ…」
メルラン「さて探偵さんのオチは別個に分けることにして、今度はかごめ達の話を少しするわ。
本編登場前でも連中がこそこそ何かしでかしてた、というわけで」
ルナサ「あいつら意外でもなんでもなくそういうの好きそうだもんな」
メルラン「ヤクの話が出たからってわけじゃないけど、こっちも薬関係ね。別に意図したわけじゃないのよ?^^;」
Another Mission 「去れよ死神、と少年は言った」
その日、酒場でちょっとしたもめごとがあった。
困り顔の女将と、涙にくれる少年を慰める一人の少女…その少女は服装から、施薬院の者であるらしいことが伺える。
「そうはいうけどねえ…冒険者への依頼と言っても、慈善事業ではないわ。
…ああ、勿論私としては、依頼として登録するのは吝かじゃないわ。
でも、この報酬では受けてくれる人がいるかどうか…」
「そうですか…あっ」
悲しそうにうなだれる少女の様子に、また少年が泣きだしてしまうその状態に、「困ったわねえ」と首をかしげる女将の前に、フードを目深にかぶった一人の女性冒険者が歩み出る。
「…あんまり子供を泣かせるのは感心しないねえ、折角の酒が不味くなっちまうよ。
一体なんだってんだい? なんか面倒事でも?」
「うん…そのね」
恐らくは初めて見るだろう、その冒険者に女将は一瞬躊躇いを見せる。
それもそうだろう、探索拠点となる街ではどこもそうだが、いかに腕利きのように見えても流れの冒険者に仕事を依頼することは基本的に禁則事項なのだ。まして、エトリアは特にその取り決めが厳しいと、他の地方でウワサにのぼる程だ。
女性もそれに気がついたと見えて…こちらも一瞬ためらったようだが、懐から一枚のカードを取り出して見せる。
それをみて女将は目を丸くする。
「え、えっ!?
ちょっと待って、これはタルシスのだけどあなた達も「狐尾」の…!」
「しーっ、声でかいよ!
あたし達はちょいと理由あって、今ここ拠点にしてる連中とは別行動なんだよ。
でもって、今あいつらにあたし達の存在がばれると色々拙いんだ…一応、執政院には話通してあるんだけどちょっとそれだけは伏せといてくれ。あと顔が売れてもまずい」
「そ、そうなんだ…。
そういえばあなた、よく見たらつぐみって子と顔が似てるわね。お姉さんか親戚?」
「…………実の母親だ、って言ったらあんたは信じるか?」
渋い顔のその女性…かごめに、女将は「…深く聞かない方がよさそうね」と、話題を逸らす。
かごめはフード姿のままカウンターに腰掛けると、女将や付添らしき少女から事情を詳しく聞き始めた。
件の少年はエトリアの貧しい家の子で、父親はなく、さして体も丈夫ではない母親と二人暮らしなのだという。
その体に鞭打って、女手一つで少年を育て、貧しいながらも親子二人で幸せに過ごしてきたその母親が、半年前に病で倒れ…今では明日をも知れぬ病状だというのだ。
その少女は施薬院の見習いで、少年とは近所づきあいもあり…その関係で自ら無償で母親の看病を買って出ていた。
しかし、彼女とてそこまで裕福な生まれではなく、知識があってもそれを活かす術がない状態だった。彼女の手で出来る範囲にはおのずと限界があり、病気の特効薬である素材を得るには余りにもハードルが高過ぎた。
なぜなら…特効薬に必要な素材は樹海の最深部…遺都でのみ手に入るもの。
取引される額も高額であり、とてもじゃないが彼女にも、当然少年にも手に入るようなシロモノではなく、さして戦う術もない自分たちが自ら採取しに向かうなど自殺行為よりなお悪い。
故に、その素材を集めてこれる冒険者に依頼をしたいと思うのも成り行き上当然だが…。
「…成程ねえ、報酬金額がどうあがいても50エンくらいしか出せないと」
「そういうわけなのよ。
本来なら、報酬に見合わない依頼は受けないというのがルールなんだけど…私も、なんとか助けてあげたいのよ。
50エンと言っても、この子にとっては途方もない大金であることは確かだし…勿論、私からも幾分か色をつけるけど…モノが問題なの」
女将の視線を受けて、申し訳なさそうな表情で少女は頷く。
「えと…ひとつは「死色の細茎」、もうひとつが「ニガヨモギ」。
どちらも遺都のかなり危険な場所でしか採取できないモノですけど…それ以上に、最後のひとつの素材が厄介で…」
「何がどう厄介なんだ? まさか魔物の体液とかそんなんじゃねえだろうなオイ」
「あ、えっと…その通りです。
ダイアーウルフの血…「真紅の鮮血」…これがもっとも重要なんです…。
この子のお母さんの病気…心臓の病気で…この血が持つ強心作用がないと…」
うわあ、とかごめも思わず口元が引きつる。
「……成程なあ、そいつは確かに命がけだ。
そもそも「細茎」がこの辺りのカマキリの大好物だろ?
樹海慣れしてる連中は何よりあのカマキリを一番怖がる」
「流石に「狐尾」の大ボスとして、竜討伐経験のある人はいうことが違うわねえ…。
それだったら、ダイアーウルフくらいならひとひねりじゃないの?」
「倒すのは簡単さ。
…でも、薬効となると恐らく生き血レベルの新鮮な奴じゃないとダメだろな。可能なら生け捕りにする必要もあるか…」
「おいそこの馬鹿、何バカなこと言ってやがると思ったらどんな面倒事に首突っ込んでんだ」
そこに、もうひとりフードを目深にかぶった小柄な少女がちょこんと腰かける。
「病気の母上様を助けたいんだが、金もない挙句兎に角レアな素材が入り用なんだとさ。
冷血で鳴らした祟神様にはとてもじゃないが承服できねー話だろ?
だから………あたし一人で行って来てやるからと思ってその算段を立ててる所だ」
「えっ!?
本当に受けて下さるんですか!?」
思っても見なかったことなのだろう、かごめがさも当然のように言ったその一言に少女は目を丸くする。
かごめはまだ涙にくれる少年の頭を乱暴にかきまわす。
「ああ、このあたしに任せときな。
…あたしの娘もだいぶでっかくなって、方々で無茶ばっかしやがるが…今回あいつが無茶して回ってるのあたしに原因があるようなもんだしな。
そう思うと放ってはおけねえって。
がめついカエルは今回お休みでいいぞ、どうせ、ソロバン勘定でしか動く気ねえだろ」
「やかましいカエル言うなぶん殴って石化させっぞ。
…穣子の馬鹿を真似るつもりはねえが…お前やること大雑把過ぎるし、目的達する前に患者がホトケさんになっちまうよ」
「じゃあ…!」
女将に頷く二人。
「契約は成立だ、この依頼はあたし達が受けた!」
…
それから、数刻後。
首を長くして待つ少年たちの元に戻ってきたかごめ達は、少女の案内で少年の母親の元へ赴き…すぐに薬の調合を始めた。
母親の容体はかなり危険な状態であったが、諏訪子の案で帰り路グラズヘイムに立ち寄り、そこから連れ出して来た一人の少女の処置によりなんとか峠を越えたところで投薬を始める…。
そして、さらに一週間が経った頃、酒場では黒いフードをかぶった例の三人組がカウンターで酒を煽っている所に、件の少女が駆けこんできた。
興奮したその少女の話では、母親の病気は三日を過ぎた頃から快方に向かい始め、今では起きて話をするくらいまで回復したのだという。
「本当に…本当に何とお礼を言ったらいいのか…!
それに、最初の発作の時の処置がなければ、きっと…」
「いやあそいつは何よりだよ。
それより嬢ちゃん、例の坊主に言っておきな…今は金は取らねえ、だがもし報酬を払う気があるなら、でっかくなって母ちゃんを幸せにしてやってから、その余り金で見合う額を払え、ってな」
「えっ…」
かごめの言葉に目を丸くする少女。
「ああん!? じゃあ私らタダ働きってか今回!?」
「…50エン程度じゃ今もらっても貰わなくてもそんな変わらねえじゃねえか。
それにあのアイスシザーズぶった斬ってやった所に残ってたアイツのタマゴ、それだけであたしらのもうけとしては大クロになったろ。
これ以上欲張ったって信仰なんか増えやしねえよって」
「私もここでタダ酒飲ませてくれるッてんだから別にいいけどねえ。
師匠みてーに慈善事業みたいなことする気はねーけど、だからってツギハギの無免医者みたいに大枚吹っ掛ける気も私にはねえ」
「おめー樹海に来なかったくせに何言ってやがるこの兎詐欺!!
私達ぁ一応冒険者で慈善団体じゃねーんだぞおおおおおおお!!><」
喚き散らす諏訪子を小馬鹿にするかのように、かごめともうひとりのフード…因幡てゐが愉快そうにげたげたと笑う。
「まあ、全くそういうわけにもいかないからね。
今日の分は私からもおごらせてもらうわ、それでいいでしょ?」
「お、女将話解るじゃん。
そーだなー私そのアレだ、黒壇ニンジンのサラダととかいうの追加していい?」
「くぉらてめー一番命賭けなかった奴が何真っ先に注文してんだしばくぞ!!
…ええいやけだ! 女将そこの樹密酒一本くれ! もう飲まねーとやってらんねーよど畜生!!><」
乱暴に懐から出した金貨をテーブルに叩きつけられ、苦笑する女将が「もう、おごりでいいって言ってるのに」と手渡したボトルをラッパ飲みする諏訪子。
三人の笑い声と喚き声をBGMに、酒場の夜は更けていく。
余談だが…てゐと諏訪子の神技の如き処置を目の当たりにしたこの少女は長じて施薬院トップの腕利きメディックとなり、件の少年も後に名うてのブシドーとして名を馳せ、ふたりは組んでエトリアでも屈指の冒険者チームとなるのだが…それはまた別のお話。
…
…
メルラン「クエスト「去れよ死神、と少年は言った」ね。
実はこのクエストのキーパーソンになる「おどおどした少女」というのが、実はエンディング後にねえ…」
ルナサ「地味にこのクエスト、続きものなんだよね。
第一階層でシンリンチョウの群れを蹴散らすクエスト(シンリンチョウ討伐依頼)と、もうひとつのクエストをクリアして、その上で第五階層到達が条件でしょ?」
メルラン「うんまあ。
因みにこの時、女将が冒険者へのクエストについてのルールをひとつ話してくれるのよね。
話の中にもあった「内容に見合わない報酬の依頼は貼り出さない」っていうの」
ルナサ「女将は少年の境遇を知っていて、それでこの無茶にも思える依頼を受けたというわけだ。
第一階層の商人絡みの最後のクエストみたいに、女将はこういう人情を解してくれるってのがいいよね」
メルラン「4は女将というより街の大ボス(タルシス辺境伯)がそんな人だったしね。
それはともかくとして、収集品のうち二つは通常採集素材だからそれほど手に入れるのは難しくないわ。
問題は真紅の鮮血、ダイアーウルフのレア素材ね」
ルナサ「レア素材が必要になるというと、まあ例えば第三階層のクエスト「ジャクソン料理店からの頼み1」なんか本気で面倒よね。
大トンボの巣材はモリヤンマのレアドロップで、そもそもモリヤンマの出現率がアホみたいに低いと。
それを3個も持って来いとか頭おかしいんじゃないかと」
メルラン「条件レアなら、と思っても、条件レアも条件満たした上で確率ドロップなんて頭悪い条件のモノもいくつかあるからねえ…。
まあ、第五階層にまでくれば破滅の花びらの条件レアドロップが例の解剖用水溶液、これを使えば一発よ。
花びらは面倒なのはわかりきってるわけだし、条件の即死は第三階層で拾えるグリモアに一刀両断があるから、これ発動させれば一発ね。即死スキルはジエンドもあるけど…実はこれ、即死判定そのモノがないらしくて」
ルナサ「…お前は一体何を言ってるんだ?
ジエンドは確か、特定のHP以下になった魔物を即死させるスキルでしょ?」
メルラン「HP40%以下の魔物を即死させて、HPを回復ね。
でも、このスキルで即死させても、即死の条件は満たされないらしいの。
一説には「数値として表示されない、耐性無視かつその時点から即死させるレベルの斬属性大ダメージ」が与えられている、と言われてるそうよ。
だから斬属性撃破の条件は満たされるとか何とか」
ルナサ「へーそーなのかー」
メルラン「姉さん、ルーミアが伝染してるわよ。
ダイアーウルフは速度補正が早い上に全体炎ダメージをばらまくフレイムハウルを多用してくる上、足が早い上に麻痺毒針を乱打してくる神蜂と組んで出てくることも多いから、かなり強敵よ。
フレイムハウルは炎の渦より消費TPが3重いけど、炎の渦や全体術式に比べて発動はかなり早いから、特に花びらを速攻で殲滅したい時に便利よ」
メルラン「というわけでこの辺りで一度区切りになるわね。
次はクエボス攻略と、探偵さんの決着編よ」
ルナサ「こういうのも小出しにしていかないからどんどん溜まっていくんだよねえ」
メルラン「今に始まったことじゃないけどねえ」