意識が薄れる中、式神の紫は消滅するその意識の中で…その声を聞いた。
「本当に、無茶な事をしてくれる。
でも…仕方がないわね。あなたもまた、私なのだから」
よく見慣れた顔が笑う。
見慣れているのは当然…それは、自分の…本来この肉体を持つべき者の顔。
「私は役目を果たしたわ。
正直…このまま消えてしまうには余りにも惜しく思える体験を幾つもした。
…けど、それで満足だわ」
「何を言ってるの、それでは私が困るわ。
「あなた」が一体何を見てきたのか…何を思って旅をしてきたのか…それを知る権利は「私」にもある」
口を尖らせるその存在に、彼女は眼を閉じて自嘲的に告げる。
「…これまで忌避してきただろう地底の連中に、頭を下げたのよ。
あなたにそれが受け入れられるのかしら?」
「解ってないわね。
そこも含めて、私は受け止めておきたいのよ…「メリー」として存在したその時の記憶も、想いも総て…ううん」
「紫」は、その旅路を成し遂げたもうひとりの自分の手を取る。
「あなたと私は、元あった一つに戻るのよ。
かつて「マエリベリー=ハーン」と呼ばれ…そして今「八雲紫」と呼ばれるひとつの存在に」
…
「紫さん!」
その声に応えるかのように…紫はゆっくりと目を開ける。
そこには、泣き腫らした様な眼のつぐみの顔があった。
そして…自分を強く抱きしめている存在のぬくもりを感じる。
「…心配かけてごめんなさい…つぐみ、かごめ。
私は…ちゃんと元に戻れたわ…ううん、本来あるべき姿に戻った、というべきかしらね」
紫もまた、その黒髪の少女を愛おしそうに抱きしめる。
「…つーことは何かい、あんた私達と一緒に旅したりとかそんな記憶も全部おじゃんになったってことかい?」
そこへ、皮肉めいた笑みを浮かべるヤマメを先頭に、先まで遺都の上層で戦っていたキバガミ達も姿を見せる。
紫は「いいえ」と首を振る。
「今の私は…これまであなた達と行動を共にしてきた「式神紫(わたし)」と、封印されていた本来の「八雲紫(わたし)」がひとつになっただけ。
だから…あなた達に対して言った言葉と思いに偽りはない。
納得いかないというなら、改めて言うわ…今までのこと、本当に」
「もう、いいわよそんなこと。
本当は恨み事の一つも浴びせてやろうかと思ったけど…今のあんた達のその姿の方が妬まし過ぎて、どうでもよくなってきたわ。
…ったく…本ッ当に妬ましいわねあんた達のそのいちゃつきぶりは」
呆れたように言い放つパルスィも、何処か嬉しそうにも見える。
つぐみもそれでほっとしたのか、涙を拭って…そして、はっと顔色を変える。
「そうだ…あの子は…!」
「針妙丸さんなら無事ですよ。
ほら」
様子を窺っていたのか、何処か泣き笑いのような表情を浮かべて歩いてくるポエットの腕の中に抱えられ…俯いたままの針妙丸の姿があった。
どうやらその状態で治療を施していたのだろう、その傷はあらかた癒えているようであった。
「あのタイミングで、あの衝撃波の中に渾身ディフェンスした状態で突っ込んでったのよこの子。
まあもう、呆れるやらなんとやら…私とした事が呆気にとられ過ぎてカメラ構えるヒマもなかったわよ。
大した子だわ本当に」
肩を竦める文が呆れたように付け加える。
かごめと紫は立ち上がると、ポエットの腕の中にいる針妙丸の所に歩み寄る。
彼女は申し訳なさそうな表情のままうつむいていたが…ポエットに促され、その手の中で行儀よく正座すると、深々と頭を下げた。
「あの…今回のこと…本当にごめんなさい…。
私の所為で、こんなことになってしまって…その…」
かごめの手がそっと触れると、彼女は頭を下げたままびくっと身体を震わせる。
かごめはそのまま、襟首をつかんでつまみ上げる…今にも泣きそうなその目と、泣き腫らしたような、それでいてどこか優しげなかごめの視線が交錯する。
「ああそうだな、本当にえらい事を仕出かしてくれやがって。
だが…あんたが無事でよかった。ああまで言っといて、殺しちまったらどうしようかと気が気じゃなかったよ」
その言葉に、堰を切ったようにぼろぼろと涙を流す小人の少女を、そっとかごめは抱きしめる。
「…紫、こいつや暴れてた連中は赦してやっていいんだろ?
あとは真の元凶を見つけてどうするか決めるだけ…」
「それは心配ない様だわ。
グラズヘイムの様子を、千里眼で見た…封獣ぬえが、アレを再起不能の状態にして「北極眼」に封印したみたいね。
…あの子にしては、しかるべき手段を取ったというべきかしら。私でも多分そうするわ。
それに、他の妖怪や付喪神についても、暴れるのをやめたのなら基本的に罪は問わないことにするわ…状況にもよるでしょうけどね」
そうか、とかごめは頷き…そして、他の面々に振り返って告げる。
「さて…それじゃあまずはいったんエトリアに戻ろうか」
-新・狐尾幻想樹海紀行-
その24 「取り戻された日常」
かごめ「やあどうもいつものかごめさんです」
諏訪子「って何時ぶりだよその挨拶。
いや、なんてかしかし、よく無事に帰結出来たもんだなこの話。
途中でワッケ解らん方向に話が暴走し始めた時はどうしようかと」
かごめ「まったくどうしてこうなった」
諏訪子「他人事で言うことかー!!(#^ω^)(橋本慎也の水平チョップ」
かごめ「( ̄□ ̄;)うわらば!!!」
諏訪子「ッんの野郎…ふざけたことばかりしてるとマジで祟るぞ。
まあ兎に角ラスボスに関してはもう先に色々触れたが、こっから実際どうすんねんマジで」
かごめ「そこはスワ者、ぬかりなく準備はしてあるぞ。
一応最終目標としては、最悪スタンダートでセルを倒すところまではやる予定だ」
諏訪子「…この時点でポケモンXY発売してっけどそっちどうすんのよ?」
かごめ「いやまあそれは成り行き次第で…。
ただ、主人公は多分誰でもなくて、狐野郎はそのまま自分のハンドルをプレイヤー名にするかリリカを続投させてもうポケモンとしてバトルはさせない方向でいるか現時点でも考え中だ」
諏訪子「ウルガモスは?」
かごめ「紫がいるだろうが、紫」
諏訪子「あーそのスキマやっぱりそうなるんかい。
でも銅鐸とカビゴンいるんだしそれ以上作ってもなんかしょうがない気がしなくもないんだが」
かごめ「太陽つながりでメルランも少しは考えたんだがな、あいつなんかエーフィ以外にしたらんかアレな気もしたで」
諏訪子「あっても無駄なめざ鋼がなんか活躍するかも思った矢先にめざパのタイプ自体変わる可能性が大って時点でもうね」
かごめ「鋼の相性が変わったとはいえ相変わらずエスパーは鋼に通らんしな。
まあ別にシャドボ持たせりゃ済む話ではあるがな。
…シンクロが相手の積み段階コピーするとかそんな狂特性に変わらんかねえ」
諏訪子「いやそれエーフィだけじゃなくてサーナイトだのフーさんだのが余計に暴走しないかそれ?
確かに第五世代は積めばオッケーの積み技が異常に強い世界であったが」
かごめ「まあポケモンの話はおいおい考えればよかろ、どうせ今回もバトル以外は殆どせんのだ」
諏訪子「それもひっでえな」
…
…
かごめは廃墟となったグラズヘイムから、戦い傷ついた者たちを総てエトリアの街へと移した。
執政院にはあらかじめかごめの方で交渉していたと見えて、グラズヘイムにいた面々のうち軽傷の者はギルドハウスに、重体の幾人かは元施薬院施設であった病院へと移されたが…みな意識ははっきりとしており、数週間程度の治療で回復はできるという話であった。
ただ…河城姉妹や岡崎夢美など一部の連中は、にとりに引きずられる格好でいまだグラズヘイムにいる。
既に廃墟と化したその中枢部の、それでもまだ雨露のしのげる区画で、マイクがメインで使用していたという防衛システムを改造した「自立稼働型防衛端末」の作成に躍起になっているという状況に…かごめも呆れ果て「好きにしろ」と、半ば放置状態になっていた。
フレドリカはというと、そのグラズヘイムとギルドハウスを行き来しつつ、身辺整理をしている。
「もし成すべき事が済んだら、身寄りもないのだし幻想郷へ来てはどうか」というかごめの提案により、やがて同様にして幻想郷へ移住するだろうマイクと共に、この世界を離れる準備をしているのだ。
その前にと…樹海のまだ見ぬエリアの探索のため、別件で呼んでいた知り合いとコンタクトをとりつつ、協力を取り付けるべく話し合いをしているようだった。
そして…かごめ達は翌日から、五体満足な者を集めて幻想郷とエトリアを行き来し始めていた。
異変の影響による魔力嵐はまだおさまってはいなかったが…魔界に逃れていたレミリア達が、輝針城側の指揮系統の混乱を見てとるやその機を逃さず幻想郷へ攻め込み、また同期して身を隠していた二ツ岩マミゾウが糾合した地底・山の妖怪の連合軍も決起し、革命軍の妖怪や付喪神の戦力は半日待たずして総崩れ状態となったという。
にとりがほんの三日で完成させた(そもそも無傷に近い防衛端末にマイクのデータそのものを移植する程度の作業だったわけだが…)「新生」マイクの火力もあって、山は数時間足らずで支配権を奪還するという有様には流石のかごめも苦笑を隠せずにいたが…。
「マミ婆の話だと、あと残ってるのは輝針城に立て籠ってる一部の連中だけらしいな。
だが…もう半分くらいは戦意を喪ってるという話だ。挙句、主力兵士である急ごしらえの付喪神共だが…多分巻き込まれたんだろう小傘とか一部を除いて、魔力嵐の沈静化に伴ってどんどん元の器物に還ってる。
このまま力攻めしても一日二日で決着も付くだろうが…」
「これ以上不要な血を流す事は、私達にとっても本意ではありません。
そこで…」
さとりの視線の先…テーブルクロスを厚めに畳んで座布団みたいな状態にした上に正座する針妙丸が頷く。
「…解って…います。
反乱軍総大将である私が…彼女たちを説得するのは当然のことだと思います」
悲痛な表情の彼女に、さとりは勤めて穏やかな表情で告げる。
「そこまで思い詰めずとも結構です。
最悪…強硬派の反抗を受けるかもわかりませんが」
「その時は二、三人ぶっ飛ばしてやるしかないわね、死なない程度に」
わざとなのだろうが、狂気すら窺える表情で指を鳴らす幽香を脇で静葉がたしなめる。
「あなたのそういう冗談は笑えないわよ。
…でも、最悪の事態だけは覚悟してもらうわ…私達も可能な限り不測の事態には備えるけど」
「…はい」
かごめは一見落着、と言わんばかりに手を叩く。
「よーっし、話は決まったな。
とりあえずあたしと紫、ゆうかりん、静姉で針坊連れて幻想郷へ戻るわ。
他の連中はヒマだったら、遺都の最深部の探索を始めてくれ…マイクのデータにあった、フォレスト・セルの体内ともいうべき階層の入口がどっかにあるかもわからんし、そいつ見つかったらとりあえずあたしら帰るまで保留な。
くれぐれも勝手に六階層の探索をしないように…さとり、あんたその辺しっかり手綱握っといてくれ」
「ちょっと待って、かごめ。
私、少し考えてたことがあるの」
「んあ?」
席を立とうとするかごめに、神妙な表情でそう口を開いたのはパルスィだった。
「地底は…もう勇儀や緒莉子達の手で落ちついているって言ったわね。
にとり達ももう山へ還っている。
だったら、私はもう十分この世界で冒険をしたわ。
…ぬえを連れて…私も地底の復興の手伝いをしたいの」
ヤマメとキバガミも思っても見なかったことなのだろう、呆気にとられたように顔を見合わせる。
「…お前さんがそれでいいなら別に止めはせんが」
「えっ、お前それで本当にいいのか?
悪いけど私ぁまだ面白そうだしこっちにいるよ? キスメの面倒なら姐さんがしてるみたいだから心配もしてねえし…」
「確かに人出があれば勇儀殿も助かるであろうが…」
「決めたの。
確かのこの世界、大変なことも多かったけどとてもいい世界だわ。
十分にいい思い出は出来た。だから、私は大人しく地底に帰ることにする…今居るこの場所と、同じくらい私には大切な場所だもの」
ヤマメとキバガミはもう一度顔を見合わせ…そして、頷く。
「そうか…なれば止める理由はあるまい。
今生の別れになるわけでもないのだからな」
「しゃあねえな。
だが、間違っても炊き出しには参加してくれるなよ。
おめえの料理食って何ともねえ奴なんて、緒莉子と不破のおっさんしかいねえんだからよ」
ヤマメの言葉に「うっさいわね」と口を尖らせるパルスィだったが…。
「支度はもう出来てるわ。
ローザにだけ挨拶してくる」
そのままくるりと背を向け部屋を退出していく。
「アンナの野郎も妖精界で仕事はいったと見えてもう帰っちまったしな。
…事が済めば第六階層きっつそうだし、こっちも人手いると助かるんだけどなあ」
わざとなのだろうが、かごめはうんざりしたような表情で大仰に溜息を吐く。
「あら、だったら彼女のスキルを私に引き継がせてもらえないかしら?
スペル抜きで殴り合いができるのはタルシス以来だわ…腕が鳴るわね」
「えーゆうかりんさん来るのかよー…あんた来る度になんか問題起こしてくれやがるからなあ」
「多分レティとかも残りたがるだろうし、いざとなったら私が止めるわよ。
そうね…妖精界の話も出たし、チルノ達もそっちにいると思うわ。連中も話せば来たがるかもしれないわね」
「ったく何時もの事ながらあんた達は本当に…。
まあ、それだったら今戻ってうまく事後処理が済んだら、向こうでこの件に絡みたがってるような連中に声かけてくればいいんじゃないかしら。
病院にいる連中でも諏訪子やミスティアなら、話してみれば乗ってくるかもしれないし」
「みすちーなんてどうせ嫌だって言っても穣子の馬鹿が引きずり回すだろ。
そうさなーチルノでも連れてくっかー…回復役も欲しいしコーディや早苗も駆りだせねえかなー…」
溜息を吐くかごめ。
ほどなくして旅装を整えて戻ってきたパルスィとぬえを加えた一行は、ギルドハウスを後にしていった。
…
…
諏訪子「ここで何とはなしに橋姫とメシウマを退場させたが、実はぬえに関しては連れ回す計画はあったんだよな」
かごめ「というか、他にも実は何人か候補はいたんだよ。
ぬえもそうだし、あとは咲夜だな。剣ダクハンとして作ろうかと思ってたが、ゆうかりんさんとやること被ってるのでやめたんだ」
諏訪子「パルスィが抜けた代わりそこにそのゆうかりんさんが収まったわけだが…」
かごめ「まあ流石になあ、インペリアルほどの瞬間火力が生み出せない辺りが限界あるわな。
さとりに鞭を持たせちまった以上、まさか鞭ダクハンばかり作ってもしょうがあるまいて。面白くねえし」
諏訪子「どっちもそれなりにハマるからなあ、鞭」
かごめ「ドSとさどりだしなあ。
まあでも、うまく憤怒が発動するとどっちも狂った火力を生みだすからな。
もうちょっと後の話になるんだけど…実はアルルーナからフロストスマイルのFL取れまして」
諏訪子「…それ今ぶっちゃけていい話なのか?」
かごめ「いい事にしとけ。
まあこれがだな、憤怒発動と同時にダメージが三倍くらいに跳ね上がって何事かと。術式のってないのにもかかわらずこれか、と」
諏訪子「幽香はグリモアがかなりピーキーというか、別の意味で解りやすいから逆にいじくりがいがないんだよね。
さとりはなんか削って術式入れられねえかなこいつ」
かごめ「全体属性攻撃を憤怒経由でぶっ放すとか本気で笑えねえぞそれ…けど、物理は単発ではあるがエクスタシーもあるし、グリモアは術系でもいいんだよなこいつ。今何持たせてるんだっけ?」
諏訪子「アクト、フロストスマイル、鞭上乗せ、憤怒上乗せはまあ外せねえわな。TPブーストあったかもわからんが、もうSPも他に使う必要ねえしこれ切ってスパークとか雷走りの高レベルはいったら入れてもいいかもなあ。
全体技もあったかも知れんが…悪魔のくちばしだっけか?」
かごめ「どうだったかなあ…このあとリリカ達を金竜にぶつける予定なんだが、その時のスキルもう紹介しちまうか?」
諏訪子「その前に紹介しておく奴がいるんじゃねえかと思うんだけどなあ。
何気に前からこっそりいた静葉とか」
かごめ「いや静姉はほら、先に触れたアルルーナの時のがあるしその時で。
まあこれからひとつネタを入れて次回への引きということにしておきましょうか」
諏訪子「なんじゃい結局今回はなんだったんじゃい」
かごめ「…インターミッション?」
諏訪子「いつもの如くだな」
かごめ「つーわけで今回はここまでー」
…
…
〜遺都B25F〜
グラズヘイムでの戦いで重傷を負ったリリカだったが…一週間を過ぎる頃には既に立って歩くのに支障がないくらいまで回復していた。
もっとも彼女の場合、彼女以上の大怪我を追っていた筈のこいしのテンションに辟易しており、この無意識スピーカーからもう少し距離が置きたい気分だったのもあったろうが…。
「…本当に、人の気も知らないで」
言葉ではそう呟いてみせるが、こいしのテンションの高さには、何処か救われるものがあったのは事実だ。
エトリアに来てからというもの、彼女は時折、表情を曇らせるのをよく見る…と、決戦間際のある日、ルーミアとポエットが偶然話をしているのを立ち聞きしてしまった。
その理由に心当たりがないと言えば、ウソになるだろう。
手の中にある、小さな二つの楽器。
自分がここへ来るきっかけになったあの日以来…姉達の声を、その「音」を…リリカは聴いていない。
そして…恐らくは無意識にであろうが…こいしはこの世界でさとりと再会しても、あまりさとりと親しげに話しているのを見た記憶がない。
普段であれば、姉のさとりが辟易するくらい「お姉ちゃん大好き」というオーラを全開にして振る舞うあのこいしが、である。
リリカは表面上の態度ではそうは見えずとも、こいしとは心の繋がり合った親友同士であり…そしてそれ以上に、こいしの第三の眼はリリカの心の機微を敏感に察知してくる。
リリカの姉たちがいまだ元に戻れぬことを…かつて、ふたりが出会うきっかけとなったあの凄惨な異変の時のようになったことを…言葉や態度には見せずとも、こいしは誰よりも悲しんでいるのだ。
恐らくは、リリカ当人以上に。
そして…今彼女が足を運び入れたのがこの場所であったことは…果たしてただの偶然だったのだろうか。
不意に耳に届く歌声。
酒場で聞いた、常連客の詩人が言っていた言葉が脳裏をよぎる。
「歌…?」
もう何十年も前に世を去ったという、エトリア随一の歌姫の声が…何故か遺都最下層で聞こえるというウワサである。
失われた筈の「歌声」が、事もあろうに魂の裁断者やアイスシザーズといった強力な魔物が跋扈する、危険な迷宮の最深部で、だ。
最初は眉唾な話だと思っていたが…そもそも、この階層でこいしがジュースの匂いに釣られていった先に、なんとまだ飲める状態の缶ジュースが収蔵されていた冷蔵庫があったくらいなのだ。
リリカはそれが、どういう理由で起こっている現象なのかにもアタリがついていた。
彼女はだんだんかすれていくその音を頼りに、周囲をくまなく捜索する。
果たして…壁の隙間に一台のMP3プレイヤー…以前かごめに見せてもらったそれと似た形状のそれが挟まっており…壊れて中身が飛び出しているイヤホンが、壁を巧い具合に即席のスピーカーにしていたのだ。
彼女は注意深くその外壁を崩し、中身を取り出すと…既に錆びてぼろぼろになっていたイヤホンジャックが折れ、そのプレイヤーだけが手元に残った。
それきり、歌も聞こえなくなる。
-いい歌じゃない。
私達の目覚めには、丁度いいテンションの曲だわ-
不意に、そんな声がすぐ近くから響く。
はっとして顔を上げるリリカの掌の中で…二つの楽器がまばゆい光を放ち…そして。
「もっと聞くことはできないかしら?
あのくらいなら、私と姉さんくらい基本がかけ離れてても、うまく調和しそうじゃない?」
「…こういう機器類を直すなら圧倒的に河童だな。
あいつらもう、幻想郷に帰ったとか言ってなかったか? 暫くは聴けそうにないな」
その中から二つのシルエットが現われる。
笑いかける二つの影の中へ駆け寄る愛しき妹を、ふたりの姉がしっかりと抱きとめた。
「良かったね、リリカ」
その光景を、物陰からこっそりと窺っているこいしの表情も嬉しそうだった。
「病室からいなくなったと思ったらこんなところに。
…いつぞやの時もそうだったけど、動けるようになった途端これですものね、あなたは」
背後から歩いてくるさとりの呆れる様な言葉にも、こいしは「えへへー」と、ただただ嬉しそうに笑う。
だが、その一瞬後…ふたりは魔物の気配を背後に感じ取り、さとりはまだ怪我の癒えきらぬであろうこいしを庇うように鞭を構える。
「…さて…何時までもこんなところでこうしているわけにもいかないわね。
この階層は結構危険な場所みたい」
メルランは、妹の身体をそっと解放して…その視線の先に巨大な牙を持つ四足の怪物…バビルサを相手に飛び出してきた古明地姉妹の方を向き直る。
リリカは何故古明地姉妹がここにいるのかというその疑問よりも、この階層がいかに危険な場所であったかを失念していたことに顔色を変える。
「きゃーとんでもない奴に見つかっちゃったー><」
さとりは歯がみしながら、それでも鞭の一撃を繰り出して魔物の突進力を殺ごうとするが、焦りからかうまくいかない様子だ。
リリカは病み上がりの体で姉達を護ろうと槍を構えようとする…が。
「あいつの脚を狙えばいいのね?」
「えっ!?」
メルランの思わぬ一言にリリカだけでなくさとりも目を丸くする。
次の瞬間、彼女はおもむろに、いつもは帽子につけている筈の太陽の飾りを構え、力を放つ。
♪BGM 「幽霊楽団 〜Phantom Ensemble〜」♪
「奏で響け、“
そおおおおおおおおおおいっ!!」
手の中に現れた、彼女の楽団衣装を模した様な薄紅色の装飾銃が、威勢のいい掛け声と共に高密度の魔力弾を放つ。
それは、大地を蹴り突進しかけたバビルサの脚をぶち抜き、バランスを崩したその身体を派手に転倒させる。
同時に飛びだしたルナサも、何時の間にか手にしていた月飾りに魔力を込める。
「…沁み渡れ…“陰月”」
それは、大きな月飾りに六弦を備えた杖へと変化する。
その月飾りに魔力をたっぷりと込めた一撃が、起きあがろうとしたバビルサの土手っ腹に勢いよく叩き込まれると、口から泡を吹いて魔物はそれきり動かなくなった…。
「今の…」
「…クリアストライク…力ではなく、精神の力を打撃力に変えるこの地方のメディックの技。
いいえ…そんな事より」
「ああ、これ?
なんとなくね、たった今使えるようになったみたいで」
魔物が戦闘不能になったことを確認して、メルランはあっけらかんと笑いながらそれを元の飾りの姿に戻した。
「…私達も…大切な妹を護る力が欲しいと思ったんだ。
もう…私達のことでリリカを苦しめたくはない…そう思ったら、ね」
ルナサがその六弦を鳴らすと…強力な癒しの魔力がリリカを包み込む。
リリカが気付くと…彼女のその身体に残っていた違和感が総て消え去っていた。
そして彼女は、古明地姉妹の方へと歩み寄る。
「今の私達なら、足手纏いにはならないと思う。
この先もまだ危険な階層の探索と…恐らくは、三竜かそれに匹敵する強大な魔物に挑むつもりなんだろ?
…私達も、その探索に加えて欲しいんだ」
そして同じように、ルナサは癒しの力をこいしに向けて放つ。
目をぱちくりさせながら、手を握ったり開いたりして何かを確かめていたこいしは、ルナサとさとりの顔を交互に見やる。
「…………こいしの傷を癒せば、私があっさり要求を飲むと思ったのですか?
それに、私にその要求をつきつけて、あなた達を探索メンバーに加える保証があると?」
「あら、ダメかしら?」
意外、と言わんばかりのメルランに…さとりはおそらくわざとだろう、険しい表情をしていたのを不意に緩める。
「私の一存では決めかねますよ。
まあ…あの連中が帰って来てから…ッ!?」
その言葉を言い切るよりも先に…さとりはすさまじいプレッシャーをフロアの中心部から感じ取る。
♪BGM 「情景 赤と黒」♪
かつて…世界樹と一体となったエトリアの長がいたその場所。
そして、先にかごめ達が世界樹に取り込まれた針妙丸と戦ったその場所に…それをも凌駕する存在が現れた事を、さとりは感知した。
さとりにはそれと同質の圧迫感を感じた記憶がある。
彼女だけではない…リリカと、こいしもまた。
空気の中に乾いた火花を弾けさせるその気の持ち主を。
「ねえ…リリカ、これって」
「…そうだね。
こんなとんでもない力を放つ存在はそうはいない…私なんて、こいつと二回もやり合ってるんだからなおのことよく解る」
その予感を確信に変えたように、その名を呟く。
「この気を放つのは…雷鳴と共に現れる者!」