身体が動かない。


相手のことは正直、よくは知らない。
しかし、人間界から駆逐された魔性など、人間に抗するを止めた軟弱な存在に過ぎない…そう、聞かされていた。

私は一族を滅ぼした邪龍を滅するため、その一族の業の粋を集め、記憶と共に受け継いできた。
現に、私は人限界へ身の程をわきまえずに迷い込んできた身の程知らずの「強者」を、数多く斃して来た筈ではないか…!


しかし意思とは真逆に、刀に手をかけた指先は、まるで石化したかのように動かない。
対して目の前の、緋の眼の魔はゆっくりと、しかしすさまじいプレッシャーと共に近づいてくる…否。

それは、まったく動いてなどいなかった。
だが、放たれる凄まじい殺気が、その姿を何十倍も巨大に見えた。

その場から一歩でも動いたら…指先、爪先から寸刻みに切り刻まれる自分の明確なビジョンがはっきり見えた瞬間、彼女の脳裏にこれまでの記憶が過る。


燃え上がる炎の里。
突如襲いかかったその理不尽な暴…空を焦がす暗い色の炎と、その中に巨大なシルエットを浮かべる忌まわしき竜。
一族の業の粋をその魂に背負わせて、その憎悪と共に生まれ変わることを強要され、そして…。



ちがう。
わたしは、わたしはそんなために…うまれたく、なかった!



「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


恐怖が津波となり…その忌むべき記憶の蓄積が、砂上の楼閣の如く崩れ落ち飲まれた瞬間、彼女の意思は完全に折れた。





かごめは相手の戦意が消え去ったのを確認し、踵を返そうとする。
振り返ったその表情からは、先の殺気は嘘のように消え失せ…その様子を伺っていたらしい霊夢達の姿に気づき、言葉をかけようとしたその時だった。



「なんだ。
てっきり先を越されたと思ってたけど、そうでもなかったんだな」

かごめは目を細める。
その声に気付いた霊夢が振り向くと、立っていたのは魔理沙だった。
トレードマークの様に被っていたとんがり帽子はかぶっておらず、私服を改造した銃士服のまま。


「魔理沙、あんた」
「悪いな霊夢、飲んでたフリをさせてもらってたぜ。
どうしても、この機会を逃したくなかった。
これまでの「あたし」から…一つ上の階段に登ったばかりの「私」である、この機会を


その表情に、瞳に、何時にない覇気が満ちている。
否、尽きぬ闘志というべきものが。



「あんたと戦いに来たぜ、かごめ」


その馬鹿正直なまでに真っ直ぐな闘志のまま、真っ直ぐな言葉が放たれる。


霊夢が、つぐみが、何かを言おうとする前に、再びかごめの方から静かに、先よりもさらに強い殺気が伝わってくる。
これを受けたらどういうことになるか、既に結果は見ていた筈だった。

だが…霊夢はさらに信じられないものをそこに見た。
人間であるはずの魔理沙が放つそれが、気でも魔力でもなく…妖気であることに気付いた瞬間。


凄まじい殺気と妖気をまき散らしながらふたつの影が動くと同時に、つぐみを抱えた霊夢が双方の衝突する射線上から飛びのいたとき、周囲を突風が包んだ。
近づく者すべてを焼き滅ぼす、死のフィールドを形成する恐るべき風が。









♪BGM 「ナラク・ウィズイン」♪


最早双方に言葉は必要なかったであろう。

かごめの手に収束する闘気と妖気が、魔理沙の二つの銃に収束する魔力が極限まで高まっていくのに連動し、突風はさらに強さを増し、死の台風となって周囲を包み込む。
それが、双方の意思を何よりも雄弁に物語っているのだ。


「後ろに!」

乱麻を抱える茜が、紫の檄を受けてその後方へ飛びのくと、上空に居たフランと文もその背後に降り立つ。

最早、空を飛んでいられるような状態ではない…それほどの乱気流がこの場所に巻き起こっているのだ。
突然現れた文達に烈達が驚く間もなく、展開された四重結界が軋み、紫も表情を顰める。

「こ、これって…!」
「双方の高まった気が共鳴し合い、さらに周囲の余乗エネルギーが膨れ上がっているんじゃ。
これは…負けた方はただでは済まんぞ…!

紫をサポートするかのように、闘気を全開にして共に結界を支える茜が険しい表情で歯がみする。

フランは顔色を変え、文を振り返る。
文は一瞬躊躇いの表情を見せ、そしてゆっくりと、予測されるその残酷な結末を告げる。

「…ヴェルザーの渾身の一撃がボリクスへ致命傷を与えた瞬間…周囲のエネルギーはすべてボリクスへと牙を剥いた。
魔界を二分した一方の雄といえど、致命傷と共にその全てのエネルギーを浴びたボリクスは、後片もなくチリとなって消えた…魔界の文献は、そう締めくくっているわ。
これほどのエネルギー…魔理沙はもとより、かごめといえど…ボリクスと同じ運命は免れないでしょう…!
「なん…だって!?
それじゃあ、どっちかが確実に…そんな!!」

烈が文に掴みかかろうとしたその刹那…先に動いたのは魔理沙だった。



「狐尾幻想樹海紀行 緋翼の小皇女」
第四十五夜 メイガスナイト…スターダスト・レヴォリューション




魔力の塊となった魔理沙が突っ込んでくる。
かごめは一度大きく拳を引き、まるで大きく引き絞るバリスタの如く力を溜め、そして。

「…あんたのそういう、馬鹿に真っ直ぐなところは好きだよ。
だが…それしかできないところが、お前の限界だ。
そんな力任せだけの一撃でこのあたしが倒せるか!!」

発火。
鳳凰の大爪と化したかごめの光輝掌が、放たれる。

「石破、天驚ッ………………!!?」

魔理沙の表情が、歪む。
その眦を引き裂き、口の端を釣り上げるその表情は。

「術式、解放!!」

かごめの一撃に重ねられたアグネアに雷の奥義が、後ろ手に構えたアグネヤストラに、必殺の魔砲の輝き。
その二つが、魔理沙を中心に混じり合い、天を貫く閃光へと昇華する!


かごめはその時になってやっと、その事を思い出す。

タルシスで彼女が、いかなる武器を扱っていたか。
それを教えた者が、彼女の才をどう評したかを。

「喰らえ、かごめ…!
これが…この一撃が、これまで私が培ってきた総てだッ!!

そして…彼女がその力をもって、何を成したのかを!



「アークライト・マスタードライブ!!」



劈くような轟音。
眩く周囲を飲み込む光と熱の洪水。


その洪水の中で、ゆっくりと影がよろめく。


「見事、霧雨魔理沙…!」

その声は、かごめのもの。
つぐみと…そして紫も、霊夢も…烈たちもそれをはっきり見た。

閃光の中から姿を見せるかごめの右腕が、きれいに肩から下、血飛沫だけを残して…!


「…この腕一本、くれてやる。
あんたの事を見縊っていた代償として。
そして…その見事な生き様に敬意を表して!」


かごめは片腕のまま、凄まじい闘気を爆発させる。


「流派東方不敗が奥義ッ!
再現江湖・デッドリードライブ!!!」


震脚一閃。
拳打の嵐が、光の洪水を吹き飛ばし魔理沙の姿をあらわにし。


「ヒィィィィート・エエエエエエエェェェェンドッ!!!」


かごめの左拳の一撃が、魔理沙ごと天を突く。

空気を劈き、空間ごと揺さぶる一撃が、今だ煌々と天上に輝く月の輪郭すら揺らがせ…全ての力を使い果たし、その必殺の一撃を受けた魔理沙の身体を天へと舞いあげた。
襲いかかる周囲のエネルギーすらも突き破って。





♪BGM 「情景 しじまに吹く風」(SQ4)♪


全身を走る痛みすらもとうに麻痺し、返り血と自分の身体から吹く鮮血に塗れながら、天へと舞いあげられた魔理沙はかすかに目を開ける。

薄れゆく意識の中、元の形を取り戻した月が静かに彼女を見下ろしている。
魔理沙は一層目を細める。

「やっぱり、すごいや」

呟き、閉じた瞳からは涙。
あれだけ泣いたのに、まだこれだけ涙が流れ落ちることに驚き、呆れながらも…彼女はそれを留めることはできなかった。


でも、それでいいと、彼女は思っていた。

母親の矜持を自分の心に抱え込んだ友と。
涙さえも凍らせて心を閉ざしてしまった友と。
自分は三人分の涙を流して生きようと、彼女たちの代わりに涙を流し続ける役目を担おうと…そう決めた日から、彼女はその感情を決して止めることはしなかった。

その二人が、自分の心を解き放ったそれ以降もずっと。
霊夢とアリス、二人の心と一緒にあり続けられる、その証として。


「今なら解る気がするんだ。
あんたが、それだけ多くの涙を流し続ける理由が。
その涙が、その涙こそが、霧雨魔理沙を霧雨魔理沙たらしめるものであり…紛れもなく、それがあんたの強さの源なんだって

薄れゆく意識の中で、魔理沙の脳裏にかごめの言葉が響く。

「生きろ、魔理沙。
あんたはここで死んでいいような奴じゃない…!
いつの日か…その心のままにもっと涙を流し、その度にもっともっと高みを目指して。
そして、もう一度…あたしの前に立って見せてくれ。
その時まで…あたしも誰にも負けない。
幻想界の頂点として、あんたが来るのをいつまでも待ち続けるから!!


ちがう。
その声はもっと近く、そのぬくもりと共に、傍にある。

同じように天へと舞いあげられた片腕の吸血姫が、しっかりと自分を抱き抱えているのがはっきりと解る。


「…ありがとう…!
私…約束する。
もう一度…もう一度必ず、あんたの前に立って見せるって!」



地上で、結界を展開する紫と霊夢の姿が見えて…ふっと笑うと…魔理沙の意識は暗く深い底へと沈んでいく。








「いいから、右側見せなさい」

魔理沙の処置が終わり、命に別条がないことを確認すると…霊夢はぶっきらぼうに座りこんだままのかごめに言い放つ。

「別にいいって言ってんだろが。
確かに利き腕すっとばされたのはなかなか難儀じゃあるが、あたしゃ腐っても吸血鬼だ。
年数はちっとばかりかかるがいずれ元に戻るし、暫くはこのままでも」
「いいから!
それだと私が困るってそう言ってんのよ!

何処か苛立ったような霊夢の声がさらに飛び、かごめもその意図を測りかねてか首をかしげる。


周囲の者は最初戸惑ったが、かごめが「いやぁ参った参った」と、あまりにあっけらかんと普段と変わらないようなふうでおどけてしまうのに呆れ、彼女がそれでいいならそれでも…と紫や茜、文が納得したように頷きあうのとほぼ同時。
狼狽した表情のまま様子を見守っているつぐみや烈達をも置き去りに、霊夢はさらに続ける。


「あの場から逃げ出さなかった奴は、魔理沙の他にだっているじゃない。
それが…魔理沙の挑戦だけ受けて、あとは腕がないしすぐには無理だって逃げを打つつもり? 冗談じゃないわ!!
「いや、お前何をどうしたいんだ?
つーか腕一本って普通の人間なら一生モノの事案だし、あたし達妖怪だって決して軽傷じゃねえんだし」
「あんたがそうやって飄々としていられると私達もそれはそれで困るんだけどさ。
でも…私は少し、霊夢のいいたいことが分かるかな

窘めるような、それでもこの死闘の後とは思えない能天気な口調で、文はかごめの傍らへしゃがみ込む。
かごめは眉根を寄せたまま、悪戯っぽく笑う文の顔と、霊夢の顔を交互に見返して、そして、溜息を吐く。

「あたしから言うのか、それ?」
「別にそうはいってないと思うんだけど」

成り行きを見守る紫へ視線をやると、紫も静かに頷く。

「…言ってみろ、この腕をすぐ元通りに治す代償を。
それ聞いてから、永遠亭に通うかどうかここで決める」

かごめの視線が、少しだけ真剣なまなざしになり…それを受ける霊夢も一度、自分の意思を確かめるように目を閉じ、そして、はっきりとその意思を告げる。


近いうちに、アリスが正式にメリーへトレーナーの権利を委譲する。
その時、あいつらを動かしてポケモンバトルへの舞台へ立たせるわ…そうしたら、私と戦って頂戴。

形式は問わない、そのままポケモンバトルの形式でもいいし、その後、同じようなルール無用の殺し合いでも…やり方はあなたに任せる」


場を、沈黙が支配する。
これほどの、極限の決闘を見せつけられ…それでもなお、その一方へ戦いを挑もうとするなど、正気の沙汰とは思えなかった。

だが、かごめが頷くより前に、思いもしない者が口を開く。

「なんだか、くやしいな。
本当は、こんなこと、絶対に止めなきゃいけないことだって解ってるのに」

片腕を失ったままの母親の身体を、つぐみがそっと抱き締めている。

「つぐみ…?」
「私は、お母さんの強さを、もっともっと見ておきたい。
魔理沙さんが来た時も、私は止めなきゃならないって思った。
でも…

「解ってるよ。
あたしだって、とうの昔にその辺の感覚どうにかなっちまってるってことなんだろうな。
それに…利き腕ねえとやっぱり不便だしな」

かごめがあっけらかんとそう言い放って立ちあがる。

「待って…待ってくれ!
そんな理由で簡単に決めていいものなのかよ!?」

成り行きを見守っていた烈の一言に、かごめは振り返って笑う。


「結局のところ、あたしもどうしようもない喧嘩馬鹿の一人なのさ。
それに、あたしは言ったはずだ。
このあたしの首を取る気があるなら、何時でも仕掛けてこい、ってね。
…あたしは死ぬまで喧嘩馬鹿、常に腹の底で種火が燻ってるような大馬鹿野郎で十分だ!



かごめは消えた肩口を霊夢へと突きだし、そしてさらに告げる。

「これがあたしの答えだ。
さ、納得できたら早いところ治してくれよ。
樹海の冒険は一時中断…あんた達を迎え撃つ準備もしなきゃならないからな!」








翌朝。
何事もなく帰ってきた一行と、さらに追い討つようなかごめの宣言でギルドハウス内は上へ下への大騒ぎだった。

二日酔いで半死半生状態の早苗や諏訪子の一方で、昨日の記憶などすっかりアルコールの力で吹っ飛ばされてしまっていた鈴花や美結も、かごめ達の間に何があったかを気づいていながら不干渉を決めていた静葉達も、この地を離れる準備を慌ただしく進めている。
抗議の声も一部であったが、森最後の謎をあくまで解き明かそうという者はまた日を改めて戻る手筈とするという説明に渋々納得をし、突然の裁定を受け入れたものの…事情を知る烈も風雅も、完全に納得できたわけではなかった。
そこに魔理沙と乱麻、ふたりがいない理由も含めて。

魔理沙不在の理由について詳しくは明かされず、完全に心を砕かれた乱麻ともども、その前準備のために先に返す事にしたと説明されていた。
途中でレジィナすらも巻き込んでの酒盛りで阿鼻叫喚の様相を呈していた店内も、昼を過ぎる頃には宴の前の状態を取り戻しつつあり…想定外に長引いた滞在時間の残りも近づきつつある。
名残惜しむ声もあったが、昼に最後の食事を楽しんだ彼らは、かごめ達が出立のためにギルドの活動停止に関わる手続きを待ち、その日のうちにこの世界を離れることとなる。


そしてその騒ぎでなんだかんだとなっているうちに棚上げされた事案…かごめの右腕。

肩口から指先に至るまで、隙間なく包帯が巻かれた痛々しい姿にも関わらず本人は「酔って転んだ挙句派手に二の腕まで切った」などと話しているが、混血とはいえ吸血鬼真祖であり、回復力も人間はおろか並の魔性とは比べ物にならないほど速い。人間なら傷が塞がるまで数週間かかるような傷さえ、安静にしていれば一両日中に塞がってしまう程度の回復力を持っている。

かごめは半ば自棄になったように喚き散らして有耶無耶にしたが、そもそも、かごめと魔理沙の戦闘によって生み出された余乗エネルギーの行方もどうなってしまったのか…その答えも全て、現在その肩口まで大袈裟に包帯が巻かれている右腕にある。

その戦いの決着がついた瞬間、紫は魔理沙の方へ降り注ごうとするそのエネルギーを四重結界で遮断した。
そのまま、己の弾幕に乗せて何もない中空へ解き放とうとしていたところ、霊夢に止められ…そして、霊夢の言い分をかごめが承諾した後、そのエネルギーを特殊な方術を込めた包帯で固定し、腕を再構成させる術式を組んだのである。

つまりかごめの今の右腕は、魔理沙の渾身の一撃で後片もなく消滅したその構成要素を、特殊な方術を施した包帯で固定しているだけの状態だった。
それが固定され、普通の腕に再生するまで一週間程度かかるという。現在の状態でも普通に物を持ったりなどはできるため、日常生活を送るぶんには問題はないが、とても戦闘に耐えうる状態ではないのだ。


そして何よりも、烈が気にかけていたのは乱麻だ。

まるで生きる屍のような状態になった彼女が、何故そこまでの状態へ追い込まれてしまったのか。
プライドの高さゆえ、恐怖に逃げることを許さず、自らを追い込んでしまうというのは解る。だが、それだけではない何かを、彼は感じ取っている。


もっと言えば…金竜と対峙したあの日。
乱麻が僅かに見せた表情は、目の前の存在に対する底知れぬ恐怖と、そして…。



「そんなに、あ奴のことが気になるか」

ギルドハウスの屋根の上、昨日この世界へ降り立った時と変わらない短い夏の陽光を浴びる烈の横に、何時の間にか茜が座っていた。

「原初の操譜石(ラピス)の時もそうじゃが…お前には予め一から十まで全て詰め込んでおいてやっても、あまり良い結果にならぬ事はわしもよく知っておるつもりじゃ。
じゃが…乱麻の事…そしてわしら東條の…藤野の家のことも、少しずつお前に話してやらねばならぬ時期なのかもしれぬな」
「…ばーちゃん。
俺は確かに頭悪ぃし、そんな昔の因縁とか家の都合だとかそういうのよく理解できねえ。
でもよ…あいつは今俺と、俺達と一緒に冒険をする「仲間」なんだ。
あいつが、どんな思いを抱えてきたか、それを知る権利は俺達にだってある筈だよな…?

「それをあ奴が望んでいないと知ってもか?
…いや…それを語るべき言葉を、あ奴が持っていないと知ってもか?」
「どういうことだ?」

茜は少し寂しそうに笑うと、孫の顔から視線をはずして続ける。

あ奴は…乱麻は、物心ついた頃からロクに「自分自身の記憶」を持っておらぬ。
藤野の一族の闇…かつて「九頭竜」やその眷族に滅ぼされた数多の一族の失われた忌むべき業を、そして「災厄の竜」に対する憎悪の記憶を無理矢理植えつけられた「転生記憶のキメラ」として生み出されたあの娘には…の」
「転生記憶…? キメラ…?」
「お前もキメラぐらいは知っておるじゃろ?
乱麻には、そうした数多くの記憶を強引に混ぜて植え付けられた。ただその為だけに生まれおち、物心つく前にその膨大な記憶を無理矢理持たされたのじゃ。
…そして、その記憶に支配される頃には、あ奴に待っていたのはその記憶の中にある数多くの呪われた戦闘技術を、その身に刻みこむためのあまりに過酷な修練…いや、人体実験と言ってもよいくらいの戦闘訓練の日々。
あの子が八ツの誕生日を迎える頃には、既にAクラスレベルの強力な魔性を単独撃破できるほどの戦闘力を備えるまでになった」

烈はそのあまりにも残酷な真実に顔色を変える。
茜はなおも続ける。

「乱麻は藤野元老院…それが直轄する暗部のエースとなるのに、それから三年かかることはなかった。
しかし、過去の亡霊に憑かれた…いや、「支配された」あの子には、その現実に何の疑問も持たず、ただあのクズどもが並行して行っていた九頭竜の復活に備え、その有事に九頭竜を沈黙させるための「武器」として成長を続けた。
そんな折に起こったのが、お前も知っていると思うが…九頭竜の制御に失敗した藤野元老院の破滅による一族の瓦解。
乱麻達一部の暗部は、その最終作戦の一環として幻想郷の中枢を担ういくつかの大妖怪を暗殺する任務を与えられていたが…その部隊長が珠姫(タマ)に通じていたことでそれは実行に移されず、あ奴の身柄は一時的にわしに預けられた。
その部隊長は、お前も会ったことがあるじゃろう…現在の、日向美学園高等部の保険医小野坂健一郎…コードネーム・ヴァイス
「あいつが…乱麻の!?
じゃあ、じゃああいつは」
あ奴は元、藤野とは全く関係ないある秘密機関のエリートエージェントじゃ。
藤野元老院が行っていたあまりに非道な実験の、その全貌を暴き阻止しようとしていた…しかしその強い正義感が、珠姫と通じるきっかけになり、協力者として暗部のトップに上り詰めた。
あ奴の力では乱麻に課せられた「過去の亡霊の洗脳」を解くことが出来ず、わしはMZDの元へ出向き、半ば荒療治ではあるが樹海でお前達との冒険を通じ、その呪縛からあ奴を解き放ってやろうと…それが、今回お前達を樹海探索に向かわせた真相の一つじゃよ。
じゃが…あの子に取りついた過去の亡霊どもは、事もあろうにかご姉の中に眠る金竜に反応してしもうた。
確固たる自己を持たぬ今のあの子が、かご姉に挑んだらどうなるか…わしは、その結果を知りながら止めてやれなんだ

その言葉には、その表情には、深い後悔と苦渋の色が滲んでいる。


烈には何も言える言葉がなかった。

世の中は白と黒二つにはっきりと分かれており、自分たち人間は白で、妖怪や魔性の多くは自分たちに害を成す黒の存在だと。
人間では太刀打ちできない「黒」の暴に立ち向かう力が、自分にはあると、そんな稚拙にも思える二元論で、この世の全てが成り立っているんだと、ずっとずっとそう思っていた。

いつから、それが変化したのだろう?
魔性もそれ総てが悪ではなく、非道の道を取った者たちにも、そこに何よりも深い事情があることを知り。
善と信じていた人間の社会の裏には、飽くなき欲望と欺瞞が渦巻く世界が広がっていることを知り。



だが、その一方で、彼は知っていた。
絶望も欺瞞も欲望も、全ての汚い感情も全て切り裂き、飲み込み、確固たる信念と意思を貫き通して生きてきたその存在を。


「…俺は…やっぱりどうしようもない馬鹿だ。
あのひとの事…実際にあの拳から伝わってきたいろんな思いを、俺は知ってたはずだったんだ…!」

茜は、俯き拳を振るわせる孫の姿に、一瞬訝しげな表情を浮かべる。

「ばーちゃん。
本当は…ばーちゃんだって信じてたんだろ。
乱麻(アイツ)だって…きっと、かごめさんの目の前に立てば、何かつかめるんじゃないかって。
…俺が…あのひとと心を通じ合わせることができたように…!

「烈、お前…」

烈はすっと立ち上がる。
再び上げた表情に、煩悶は既にない。

だから、俺はあいつを仲間として支える。
これから何して行こうかなんて、俺だって正直よく解ってねえんだ。
俺、馬鹿だけどさ…それでも、いっしょに考えていけば、一人で考えてダメなら


そう語る少年の瞳は、何処までも真っ直ぐで。

「そうだな。
お前の様な馬鹿一人に任せていたんじゃ、先が思いやられる」
「鈴花やニア達には、私が話すわ。
私達がこれから生きていく世界には、いろんな選択肢があるということを…彼女にも」

何時の間にか、そこには風雅と氷海も立っていた。
その瞳は、烈と同じ輝きを秘めている。

微笑み、無言で拳を合わせる三人の姿に、茜は溜息を吐く。

(そうじゃな。
 老兵は死なず…そうは言わんが、わしらのような老頭児(ロートル)が、これから未来を生きる若者の道筋を総て決めるなど。
 かご姉がそうしたように…わしらは道標の一つとなり、見守っていくことしかできないんじゃよな

そして、彼女は立ちあがり告げる。

「…乱麻を縛っていた「過去の呪い」は、かご姉が全て吹き飛ばしてしまったじゃろう。
永遠亭では、あの子の今夜の記憶を総て封じると言っておったが、過去の亡霊がもたらした偽りの記憶まで消してしまえば、返ってややこしいことになると、八意永琳が言っておったな」
「つまり…基本的には変わったところはないと?」
「うむ。
だが、何処かでそれが蘇り…もし、それを乗り越えることができるなら…あの子は初めて、東條乱麻という一個の存在として、この世界を自分の意思で生きていくことができよう。
それを、お前達に託しても良いのじゃな?

問いかけるような口調だったが、既にその答えは決まっている。
その事を確信していた。


「「「勿論だぜ(です)!」」」


重なる三人の答えに、茜は目を細め、満足そうに頷いた。


彼女は三人の間をすり抜け、戸口の方へと歩いていく。


「わしらも、元の世界へ戻るぞ。
魔界と命蓮寺、そして神器の付喪…修行の相手に申し分はあるまい!」













諏訪子「おいかごめ、今回一体どんだけの地雷を埋めた(#^ω^)」
かごめ「ひゃ、百から先は覚えていない(震え声」
さとり「いやそこブルって言うところじゃないですよねそうですよね。
   しかしその辺の案件はこれからまた別で処理するとはいえ、これ結局何がしたかったんです?
   狐野郎は「着地点は見えている、おおむね社会的に害はない(キリッ」とか言ってたけど本当にそうなんでしょうか
諏訪子「…お前はこの現実を見て本当に「我々は実際邪悪ではない方だ」とか言いきれるのか?」
さとり「そんなオムラの欺瞞的プログラムみたいな発言できるとでも?」
かごめ「ですよねー(しろめ」
諏訪子「オメェ何しれっと他人事みたいに相槌打ってんだよそろそろしばくぞ(#^ω^)」
さとり「とりあえずまあ、色々面倒な伏線と地雷を多数埋めて終わりましたがね。
   これまたどうせ最初は魔理沙を矢面に立たせる気なんて本当はなかったんでしょ?」
かごめ「というかそもそも戦わせるつもりはなかった。超めんどくせえ(キリッ
諏訪子「威張れる話か。
   実際もういくつかのDLCを除けば残るは幼子だけど、この展開で本当にやるのか幼子?」
さとり「他にも色々な案件だってあるじゃないですか。
   その辺りの消化とかも色々」
かごめ「ええいごちゃごちゃうるせー!!!><
   別にいいじゃねえかよ見切り発車で色々やったって!!!
   ふざけんじゃねえよどいつもあたしにいろいろ丸投げしやがって丸投げした分文句つけるなうわああああああん!!!><」
諏訪子「∑( ̄□ ̄;)ちょおま逆ギレすんな!」
さとり「…まー確かに全部こっちで消化していい話ならそれをどう処置するかなんて勝手ではありますけど…。
   止めましょう諏訪子さん、これ以上この人をインタビュー(忍殺)しても多分プラスにはならないでしょうどう考えても」
諏訪子「ぐぬぬ…しかし色々と厄い予感しかしないなあ。
   どう考えてもこれあからさまに霊夢フラグ立てまくってるじゃん。これだって本当にどうすんだよマジで」
さとり「ネタばらしぎみですけど一応これ伏線ってことでいいんじゃないですかね?
   こっちで先に手をつけるのなら、結果も結果ですしある程度の無茶はまかり通してもいい気配はしますが」
諏訪子「そういうもんかいのう。
   まーかごめも壊れちまったこったし、この話はこの話で締めておくか。
   次どうすんの? 落ちついてから四方山話すんの?」
さとり「ネタが思いつけば…ですかね(しろめ
   一応雷の女王は片づけてありますけど、そんな大仰な展開にはならない気はするんですよね、なんとなく」
諏訪子「あ、やったのか。
   それもそれで番外編の匂いしかしないけど…で、その後はティンダロスやるかティンダロス無視して幼子やるかってところか」
さとり「ここから先は尻切れトンボに終わる可能性がでかいんですけどね。
   兎に角、今回はここまでですね。
   後の展開はまあ、成り行きで」
諏訪子「いつも通りだなあ」