あのあと、リリカはこいしをなだめながら、一足先にギルドハウスへ戻る旨を伝えると…メルランはこいしの状態を鑑み承諾する。
そして、すっかり夜も更け、他の客がいなくなったところでアントニオに事のあらましを説明すると、彼はメルランの予想に反して、得心行ったという風に腕組みして嘆息した。

「成程な。
いや、俺はあんたの言い分を信じるぜ。
実はあんたらが樹海に行ってる間に、俺の方でも解ったことがふたつあってな
「ふたつ?」

メルランはカウンターに腰掛け、アントニオに怪訝な表情で問い返す。
アントニオは神妙な表情で、自分のグラスに注がれた酒を軽く煽り、口を開く。

「まず、先日あんたらが持ち帰った笛だ。
あれは「安らぎの笛」と言われるものでな、この笛の音色である特定の種類の魔物を操ることができるシロモノらしい。
大昔の呪言師(カースメーカー)が、今奴らが主流としている鈴の音で暗示をかける前は、あの笛を使っていたという事だ。

…あの森には「呪術院」の祠もある。奴らの先達が、あの森にこの笛を隠したか何かしたのかもしれねえな。あれは多分その一本だろう」
「暗示をかけるための笛…?」
「おう。
だが、笛は本来それぞれの用途のため、二本あったってんだな。
今では呪言の技術も発達して、鈴ひとつでいろんな暗示をかけることができるそうだが…あの笛には対となる「魔物を凶暴化させる音」を出せるものがあるらしいんだよな。
笛ごとに特定の魔物しか効果もなく、出来ることも限られているそうだが…その能力に特化している分、笛による暗示はかなり強力で、呪術の心得のない奴が使っても十全に効力を発揮できるほどだそうだ。
当然ながらあまりにも危なすぎるってんで、呪術院の連中が厳重に保管してたはずなんだが……オメェらがあいつらの依頼を果たしたその頃に、事件が起こりやがった。
その笛がな、盗まれたんだ
「盗まれた?
あの連中が色々な意味でヤバいことだって、この街の人なら知らないわけじゃないんでしょ?」
「ああそうだ。
この街のどんな愚連隊でも、あんなしつこく面倒な連中に下らねえ喧嘩売るバカはいねえ…そういう事情をなんにも知らねえ、街に来たばかりで怖いもの知らずの余所者でもなきゃな。
その怖いもの知らずの余所者、ってのが、解った二つ目だ

アントニオはメルランのグラスにも酒を注ぎながら、心なしか険しい表情で続ける。

「恐らくはその笛が盗まれる事件の直前ごろ、大公宮のダンフォードじじいのところにひとつのタレコミがもたらされた。
そいつの同郷だっていう街外れのならず者から、東国を中心に王宮の宝物を荒らしまくってた大盗賊が、ハイ・ラガードの街に入ったっていうな。
変装を得意とし、狙いを定めたお宝を手に入れるためにはテロまがいの暴力行為も躊躇いなく実行に移す…ヤツのせいでその国の王宮の衛士は勿論、なんも知らねえ街の住人もかなり犠牲になってて、今では4つの国から指名手配を受けてるっていうとんでもねえ野郎だ
「じゃあ、笛を盗んだのは」
「言うまでもねえ、ヤツの持っている笛が、魔物を凶暴化させる方の笛なら…その魔物を使って、大公宮のお宝を狙ってるんだろう。
呼ばれる魔物の数次第じゃ、この街を拠点としてる強力な冒険者や、泣く子も黙るこの街のギルド長・マリオンの様な連中をかき集めても限度がある。
たった一人の盗賊相手に、この街は凄惨な戦場に変えられるんだろうな…!

ふたりの会話は、そこで重苦しい空気と共に途切れる。
常に明るく振る舞うメルランですら、言うべき言葉が見当たらずに、険しい表情のままグラスに視線を落としている。

「だがな…ヤツの目論見に誤算があるとしたら、多分この笛だ。
これをあんたらが手に入れた。
最初に何故この笛をあんたらに取ってこさせようとしたのか…いや、ひょっとするとな」

僅かな沈黙ののち、アントニオは、メルランへ一本の横笛を差し出す。
その笛はまさしく、先日彼女達が持ち帰った空色の笛。

メルランはそれを受け取り、まじまじとそれを眺める。
この笛を初めて手に取った時、彼女は何処か、心が安らぐのを感じ取っていた。
彼女は、アントニオに一度視線を移し、何かを感じ取ったらしい彼が頷くのを待ってから…その笛をゆっくりと奏で始める。


♪少女演奏中 「未来をその手に」(SSQ2)♪


その優しい笛の音に、しばし目を閉じ耳を傾けていたアントニオ。
演奏を終えたメルランが、楽団としてのコンサートの時のクセなのだろう、開いた肩手で左のスカートを僅かにつまみ上げながら小さく会釈すると、一拍置いてシニカルな笑みのアントニオが小さく拍手を送る。

「見事なもんだ。
俺もこの街でいろんなバードを観てきたが、あんたほどの腕前の奴に会うのは稀だ…いや、そんなありきたりの賛辞もいらねえよな」
「私は今でこそトランペットをやるけど、元々はフルート奏者だったからね。
なんとなく、解った気がするわ。
盗賊はきっと、私達をこの笛ごと始末するつもりだった
「かもな。
奴は所詮ただの人間…あんたぐらいその笛を使いこなせるなら、ヤツの笛の音を相殺するどころか一方的に打ち消して魔物を追っ払えるはずだ。
必要なら呪術院の連中の呪言で魔物を止めて、んでもってその笛で追っ払うことを考えればいいと思ったが…あんた一人で大丈夫そうだな」
「ええ。
あとは、そいつをとっ捕まえるだけ…!?」

そのときだった。
メルランは微かな笛の音を耳にし、そして、街に迫り来るどす黒く凶暴な意志を感じ取る。


「アリだアアアアアアアアアアアア!!」


街の何処からか響く悲鳴。
彼女は椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、アントニオが誰何の言葉を発するよりも早く、店の外へと飛び出した。


その眼前に飛び込んできたのは…夜闇で無防備な人々を襲うべく家々に取りつく、子牛ほどの大きさを持つ巨大なアリの魔物の群れ…!!



「狐尾幻想樹海紀行 緋翼の小皇女」
第六十夜 リボンの武士(モノノフ)




泣き疲れたこいしを寝付かせ、自らも疲労から何時の間にか寝入っていたリリカもまた、その異様に一気に意識を覚醒させ、瞬時に状況を把握しようとする。

既にアリの魔物の一部は、階下にもなだれ込み始めているらしく、叱咤するようなハンナの声と、フロースの宿にいた屈強な冒険者たちの怒号が聞こえてくる。
間の悪いことに、かごめ達は今だに禁忌の森から戻ることはなく、フラン達も立橋の翼人の元にいる。つぐみ達やレミリア達も、現在は「世界樹」の世界にはいないという状況…すぐにでも戦える「狐尾」のメンバーは、まだ酒場にいるだろうメルランと自分たち3人しかいない。
リリカは一瞬だけこいしの身を案じ、精神的にも疲弊しているだろう彼女を頭数に入れず、すぐにフラン達へと式神を飛ばそうと印を組む…その手を、不意に捕まえられて振り返れば、何時の間にかこいしが立ちあがって、寂しそうに笑う。

「リリカ…私なら大丈夫」
「…こいし」


♪BGM 「戦場 響く剣戟の調べ」♪


こいしは頷き、そして、その返事を待たずに立てかけていた刀を手に取り、ドアを蹴破ると同時に、牙を振り上げて今まさに扉に体当たりしようとしていたアリの魔物の機先を制して間髪いれずその頭から胴の先まできれいに真っ二つにしてのける。

そして、廊下の両サイドから襲いかかるアリの一方にこいしは再び、抜刀術の構えで突っ込むと同時に、無防備になった背を狙う一方のアリとこいしの間に滑り込んだリリカが、床を踏み砕くかの勢いの震脚と同時に一瞬で、その正中線に並ぶ数か所を槍の一閃で貫いた。
瞬きする間に致命傷を負わされた二体の大アリは、ほとんど同じタイミングでおぞましい色の体液を吹き散らしながら絶命し、ドウ、と廊下を響かせてその場に崩れ落ちる。

「…あんた達! 無事かい!?」

そのとき、頭に厚手の鍋を括り、魔物の体液に塗れた、薪割りに使うだろう大ナタを左手に持つという勇ましい格好のハンナが駆け寄ってきた。

「私たちなら大丈夫! 女将さんたちは」
「あたしもうちのも大丈夫さ!
うちに寝てた連中も総出でなんとかこっちは推し返してたんだけど、三匹ほどそっち上げちまって…ううん、あんた達は歴戦の冒険者だし、要らない心配だったみたいだね!」

普段と変わらない調子で、何処か豪快にも見える笑い声を上げるハンナに、こいしとリリカも顔を見合わせて苦笑する。

「あんた達、仲間のお姉さんも戻ってないんだろ?
早く、行っておやり。ここは、なんとでもなるから」
「えっ…でも、クオナもいるじゃないですか」

目を丸くするリリカの問いに、大丈夫だよ、とハンナはウインクして答える。

「あの子は病弱だけど、それでもあたしやうちの旦那と一緒で、いざというときには肝が据わってるからさ。
だから、あんた達はあんた達の心配をしな!
大丈夫、あんた達の帰る場所は、しっかり確保してやるから…ね!!


リリカの部屋の側から、窓ガラスを破って突っ込んできたアリの頭を、ハンナが躊躇なくナタの一撃でたたき割る。

「うわあ女将さん強ーい」
「茶化してる場合じゃないでしょもう!
…すいません! 私達、行きます!」
「ああ、気を付けなよ!!」

アリの侵入に気づいた幾人かの冒険者も階上へ駆けあがり、胴の神経がまだ残っているアリが動き出そうとするところへ次々と一撃を加えていく。
ここは任せろ、というように親指を立てるその冒険者たちに軽く会釈して返すと、リリカ達は入口付近にいたアリを蹴散らして、魔物と衛士隊が小競り合いを続ける路地へ駆けだす。


何処からか鳴り響く、禍々しい旋律。
その音色の不快さにリリカが表情をしかめ、そして、アリの魔物達は複眼を爛々と紅く輝かせ、さらに攻撃性を増してあとからあとからなだれ込んでくる。

振り返ったフロースの宿めがけて、そのおぞましき群れが雪崩れて行く光景にリリカとこいしが足を止め、逡巡する。


その次の瞬間だった。



♪少女演奏中 「無何有の郷 ~ Deep Mountain」(東方妖々夢)♪



街の何処かから、その笛の音が響く。
魔物の襲撃と共に聞こえてきた、その悪意に満ち、歪んだ旋律とは異なる…優しく澄んだ音色が。

「この…曲?」

茫然とつぶやくこいし。
動きを止めたのは、彼女だけではなかった。

それまで、複眼を攻撃色に染めて牙を振り上げていたアリたちが、まるで憑きものが落ちたかのように猛進を止め、同じようにして流れる旋律に耳を傾ける衛士達からも離れ、そのまま攻撃を止めてしまった。
そして、アリはゆっくりと、流れる旋律に導かれるかのように、街を襲うのを止めて、皆世界樹の方へ向けてゆっくりと帰ろうとしていた。


リリカは、その演奏を奏でている者が誰かを確信していた。
二人の視線の先…整然と、流れるように歩くアリたちの中心に、歩いてくるのは…空色の横笛を携えたメルランだった。









静葉「おばんでーす、静葉です」
レティ「あれっこのクエストこんなサツバツな展開ありましたっけ?」
静葉「一応アスラーガだと、一部の魔物が街に侵入しててんやわんやしたりするそうよ」
レティ「いやこれフシダンじゃねえから(真顔」
静葉「そんなわけで今回は盗賊クエストの最終回「群れを成し襲い来る森の恐怖たち」よ。
  勿論街は直接襲われたりしないわ、っても、街に魔物っていうかアリFOE「洗脳されし労働者」の侵入を許したら、ゲームオーバーにこそならないけど報酬が減らされるというペナルティがあるけどね」
レティ「あらあら」
静葉「プラス、このクエストは事前準備やその後の行動如何で進行や報酬が色々変わるわよ。
  キーポイントは「クエスト「擬態と捕食」で空色の笛を手に入れていたかどうか」と「発生したアリFOEを街まで到達させたか」と、最後は…これはその時に説明しましょうか。
  報酬だけど、最高の状態ではアムリタ5個と30000エン、最低の状態ではアムリタ1個だけ。もらえる経験値は変わらないわよ」
レティ「随分振れ幅が大きいのね。
   今回のアムリタは今までに比べても入手が極めて面倒くさいというのに」
静葉「まずこれを受注すると、酒場を出たところでダンフォードのじいさんとの会話イベントが待ってるわね。
  それで、盗賊が本格的に街をターゲットとして何か仕出かそうとしてることが解るわ」




レティ「じいさんは「若い頃は戦場でブイブイ言わせてたから大丈夫だ、問題ない(キリッ」みたいなことを言い出すけど、街に魔物を入れてしまった時の会話イベントで「追っ払うのが精いっぱいでした許してくださいなんでも(ry」とか言ってくるわね。
   中の人が秋元の羊さんだからてっきり東方先生ばりになんやかんやするのかと思いきや」
静葉「とりあえず淫夢は自重なー(キリッ
  そんなこんなで基本的には1Fでアリを適度に駆除しながら、本来なら道なりに2Fへの階段を目指していくわけなんだけど」
レティ「えっツッコミどころそこなの!?(´・ω・`)
   っていうか本来って何よ本来って」
静葉「こまけぇことはいいのよ。
  で、以前これが「設定ミスじゃないか?」みたいなことを言ったと思うんだけど、実は1Fの、階段のある区画にショートカットする抜け道が普通に生きてるのよ。
  だから、抜け道を使って上り階段側に行けば即座に盗賊を追いつめられるという」
レティ「えっじゃあアリと戦う必要すらないってことそれ?」
静葉「この時「安らぎの横笛」を持っていなければ、最初に盗賊と会話イベントがあった時にアリと強制戦闘させられるわよ。
  持っていれば、アリが追い払われるので戦闘はなし。っても、アリ自体がHP360程度しかないし、特別面倒な能力持ってるわけでもないから、戦っても苦戦はしないでしょうけど。
  ついでに言えば、このクエストで登場するFOEは図鑑に登録されないわ。その上で、クエストクリアで戦闘不可避なのは、次で触れるサソリFOEだけね」
レティ「ってことは…本来ならこのクエストの時は、抜け道が利用できない筈だった…とでも言いたいのかしら?
   まあ確かに、一瞬でほぼノーミスに近い形でクリアできてしまうっていうのもアレだけど…図鑑登録されないなら、案外わざとな気もするわね」








「くそっ…!
なんだッてんだ! おいてめえら!なんで逃げやがる、街を襲えッてんだよ!!」

樹海の入口付近。
柄の悪そうな男が、群れを成して森へと帰っていくアリへ悪態を吐き、なおも禍々しいその笛の音を奏でるが…メルランの奏でる魔笛の音で完全に戦意を喪失した彼らは、それまで自分を操っていた悪意に満ちた旋律になんの反応を示す事もなく、続々と森の中へと消えていく。

「畜生ッ…!
やはりあの笛の所為かッ…あの小娘ども、余計な知恵を回しやがって!」
「そうね。
あなたの悪さもここまでよ。年貢の納め時、というのかしらね」

その群れの中で、ひときわ体躯の大きなアリの背に、その空色の笛を携える奏者…メルランの姿がある。
勝ち誇るでもなく、嘲笑うでもなく、ただ淡々とした口調で己の姿を見下ろすその少女へ、盗賊は憎悪と憤怒に満ちた表情を歪め、悪態を吐いて抗する。

「ふざけやがって…なんなんだテメェらは!
小娘の分際でこの俺様の計画を次から次へと! 本当にムカつくガキどもだ!!」
「お生憎様、あんたみたいな若造にガキ呼ばわりされる筋合いはないわ。
見た目は人間と変わらないけど、私達は人間じゃないわ。年数からすれば、あんたの十倍以上は長く生きてる大先輩よ。
…クチの利き方がなってない様だから、今度はこっちから、あんたにこの子達を嗾けてみようかしら

メルランは月明かりを背に、普段の彼女を知る者からは到底想像もできないような、ぞっとするような邪笑を浮かべる。
その有無を言わさぬ迫力と、妖艶に過ぎる冷たい笑みは、並の人間なら胆をつぶすに十分過ぎるだろう。

しかし…流石に相手は世界に悪名を轟かせる大盗賊、その冷笑に一度は気圧されかけたものの、すぐにこれまで以上の憎悪と憤怒に表情を染める。


♪BGM 「戦乱 紅炎は猛り白刃は舞う」(SQ4)♪


「うるせえ…テメエらこそこの俺様を!本気で怒らせたことを後悔させてやる!
特にテメエは許さねえ…虫共に手足と横っ腹を食い千切らせた上で、散々に慰み者にしてからじわじわぶっ殺してやる!!」

メルランが挑発する言葉を投げるよりも早く、盗賊は凄まじい憎悪と呪詛を込めた旋律を、その魔笛から奏で始める…!
一瞬でその危険な音色の「強さ」を察知し、メルランは即座に空色の笛を構え、魔を鎮める旋律を奏で始める…が、盗賊の奏でる禍々しい旋律は、アリたちに向けて放たれたものではなかった。




盗賊の背後で、アリの群れを蹴散らしながら、殺気に満ちたナニカが…迫る。




「行け! あの生意気なアマを血祭りに上げろォ!!」

夜闇に彩られた森を突き破って現れたのは、メルランの乗るアリよりもさらに巨大な体躯を持つ、黒光りする大バサミを振り上げる巨大なサソリの魔物だ!
彼女はすんでのところでアリの背から離脱するが…アリが逃げようとするよりも早く、目にも止まらぬ速さで振りおろされたその巨大な尾が、一撃のもとにアリの腹をぶち破って絶命させる…!!

メルランはハサミの攻撃を紙一重でかわしながら、その横笛の旋律を奏でる。
しかし、十分な魔力が込められていないせいなのか…否、そのサソリの魔の瞳に輝く危険な色は。

「…厄介ね。
単純にこいつと同類か…!

そのサソリの魔は、盗賊の持つ禍々しい怒りの感情に同調し、その破壊衝動を満たすために現れたことをメルランは理解する。
盗賊の奏でる歪んだ戦慄が、サソリの瞳をより一層爛々と輝かせ、嬉々として、その兇刃を振るいメルランへ迫る…。


「メルランさん、選手交代だよっ!」


何時の間に割り込んできたのか。
見慣れた水着姿ではなく、その普段着をアレンジした様な意匠の萌黄色の上着と、緑の袴スカートという、この地のブシドーらしい姿をしたこいしが、髪を結う黄色のリボンと白刃を翻して、サソリの魔へと斬りかかる。


不意を討たれたサソリだったが、こいしの振るう鋭い斬り降ろしの一撃をハサミではじき返し、そして高速の毒尾を彼女へと繰り出してくる。
毒尾がこいしの頭めがけて猛然と迫るも、それは、背後から光の矢となって飛んできた槍の一撃で弾かれ、その凄まじい衝撃がサソリの体勢を大きく崩す。

「こいし、今だよッ!」
「わかってるって!」

こいしは素早く納刀、さらに先に見せた「無双の構え」を取る。
抜き放った白刃が、雷光を纏う神速の刺突(つき)となって、サソリの眉間を捉える…!

その懐深くに飛び込んでの一撃は、サソリに大きなダメージを与えたが…しかし、サソリは怯むことなく、両サイドからこいしを真っ二つにしようと、巨大なハサミをギロチンめいて振り落としてくる。

「馬鹿め!ならテメエがまず血祭りに…」

勝ち誇ったような盗賊の、悪意に満ちた哄笑が、次の瞬間凍りついた。
こいしの放ったものと同じ魔力光を構えるメルランと、何時の間にか槍を手にし、同じようにこいしの魔力と同調する雷を纏う槍を構えたリリカが、そのハサミの一撃よりも前に、サソリの懐深くへ飛び込んでいく。

「喰らいなさい…響符“マイティレゾナンス”!!」
「貫け、“幻奏一閃”ッ!!」


三人分の雷の一撃を受け、そのハサミの付け音から、夜闇を劈く炸裂音と共にサソリの上半身が吹き飛ばされる。
放たれた数万ボルトにも達するだろう強烈な電荷は、吹き飛ばされた頭部の肉片は言うまでもなく、残されたサソリの魔の胴から先、神経節から筋肉組織に至るまでを一瞬で焼き尽くしていた。




全身黒こげになって絶命したサソリの魔の巨体が、その場に崩れ落ちると…驚愕の表情で立ち尽くしていた盗賊へ、三人の戦乙女たちがそれぞれの獲物を手に、ゆっくり迫る。
放心状態だった盗賊は、それでも最後の虚勢を張るかのよう悪態を吐いて、はるかに後方へと飛びのいた。

「く、クソッ…バケモノめ!
だが、まだこれで終わりじゃねえ! この笛があれば、もっと強力な魔物を呼び寄せることだってできる!
テメエら以上のバケモノを…?」

その時になって、場の全員がその姿を目にし、驚愕の表情で立ち止まる。
盗賊もまた、何時の間にか背後にあったその恐るべき気配を感じ取っていた。




彼が、ゆっくりとその背後へと振り返ると…そこには…盗賊が先に見せたのとは比べ物にならぬほどの憤怒の色で複眼を染める、天を突くかのような巨大な身体を持つカマキリの魔が、巨大なカマを月まで届かん勢いで振り上げる、その恐るべき光景…!!

「う……うぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!??」

魂の奥底を揺さぶられるような恐怖から発した盗賊の悲鳴と共に、無慈悲な断罪鎌の一撃が振り落とされる、その刹那…リリカが制止するよりも早く、刀を構えたこいしがその一撃へと飛び込んでいく。
失神して倒れる盗賊の姿に、リリカとメルランはようやく我に帰り、巨大な鎌の一撃を受け止めるこいしに呼び掛ける。

「こいし!?
あんた、何を!!」
リリカ…いいから、早くそいつの持ってる笛を壊して!
この子は…その笛を…!」

呻くようなこいしの応えにリリカは困惑する。


彼女が言わんとしている事はわかる。
その笛を壊せば、もう盗賊により虫たちが操られずに…無理矢理戦わされずに済む。

だが、それなら別に盗賊を助ける必要はなかったはずだ。
魔物とはいえ、非業の死を遂げた虫の悲しみを、こいしは知っているはずだ。
なら、この盗賊を助ける理由なんてどこにもあるはずがないだろうに。


逡巡するリリカをよそに、ひとつ溜息をついたメルランが、盗賊の懐にあった笛を徐に取り上げると、自身の持っていた空色の笛と束ね、そして。

「そうね…こんなものは、無くなったほうが世のためだわ!

それを、地面へと力任せに叩きつけた。
ふたつの笛はいともあっけなく砕け、そして、追い討ちをかけるかのようにメルランは、持っていた自身の業物の剣を抜き放つと、徹底的にそれを砕き散らしてしまった。

その一部始終を見ていたカマキリの魔から、それまで放たれていたすさまじい憤怒と殺気が薄れていく。
瞳の攻撃色は何時の間にか消え、憑き物が落ちたかのようにその鎌をゆっくりと収めると、やがて踵を返して森の奥へと立ち去って行った。






盗賊が意識を取り戻した時には、三人の少女の前で雁字搦めに縛られていた。
周囲には駆けつけた衛士隊もおり、それが自分を取り囲んで槍衾を突きつける光景を見て、盗賊は何処か安堵したような、それでいて諦めた様子で深く溜息を吐いた。

「…もういい。こうなっちまったらもう逃げられるとは思わねえ。
だが、テメェらは何故俺を助けた? ひと思いに殺しちまった方が、あんなカマキリとやりあわずに済んだだろうがよ」

盗賊は項垂れたまま、吐き捨てるように問いかける。
リリカは、その質問が誰に投げかけられたのかを理解し…その先、険しい表情で盗賊を見据えるこいしに視線をやる。

こいしは、自分の意思を確かめるかのように一度目を閉じ、言い放った。


「総ての正義であるためだよ」


その言葉に、驚いたのはリリカばかりではなかっただろう。
メルランも、衛士隊も…無論言われた盗賊すらも、目を丸くしてこいしを見やる。

盗賊は、呆けた顔のままわなわなと、震えの止まらぬ声で絞り出すように言葉を発する。

「総ての…正義だと…!?
馬鹿か…テメエイカれてやがる…そんなわけのわからねえ理由だけで、この大悪党の俺を助けたってのか!?
ふざけるな!からかうのも大概にしやがれ!!!

その怒りと、やるせなさが綯交ぜになったような怒声が、彼の口から発せられた。
しかし、こいしは怯むことなく、淡々と告げる。

「あんたのしたことは許されないことだ。
でも、私にはわかるんだ。
あんたの荒みきった心の奥底で、もう一人のあなたはずっとずっと、血の涙を流し続けてたのを。
あんたがどんな哀しい過去を体験してきたか、私にはわかるから」

盗賊は、こいしの瞳から涙がこぼれおちるのを見て…それが、ウソや偽りではないことを悟ったようだった。
目の前のこの少女は、心から、自分の身を案じてくれたということを。


「だから、あなたのしてしまったことは、人の手で裁かれなきゃならない。
自然の手に委ねるには、あなたの罪は…重くて、哀しすぎるんだよ」



リリカはようやく、こいしがどうして彼を助ける気を起こしたのか、理解できたような気がしていた。
肩を震わせるこいしの身体をリリカが抱くと、同じようにして、メルランもふたりの体をしっかりと抱きよせる。




「総ての正義、か…もう遅ぇんだよ…今更ッ…!」

衛士隊に連れられて行く間際、すれ違い様に盗賊はそう、こいしへ吐き捨てた。


この盗賊がいかな生涯を送り、いかにして道を踏み外したか、それを語る機会はないだろう。
ただいえるのは、諸国を又にかけて暴れ回った凶悪なる大盗賊が、その生まれ故郷からはるか離れたハイ・ラガードの地で裁かれ、以後その盗賊の名が再び世に出ることはなくなった…ただその事実が残るのみ。













静葉「というお話だったとさ」
レティ「いやなんなのこの選択肢!?こんなのマジであるのねえちょっと!?」
静葉「勿論あるのよねこれが。
  言うまでもなく、リメイクによって追加された選択肢…元ネタも言わずもがな、前作(SSQ)のハイランダー一族が信条として掲げる言葉ね。
  選択肢によって報酬が変わることはない、ただ、盗賊との会話内容が少し変わるだけよ。
  「報酬上乗せの為」っていうと「ああそうだよな(笑)」みたいなことを言われて、「他人を救うのに理由はない」だと「この偽善者が(笑)」みたいな感じで会話が進むんだけど、この選択肢を選ぶと流石の盗賊も面喰って、本文みたいな言葉を返してくるわ」
レティ「そらそうでしょう、自分達を殺そうとした相手を助けて、それがただ「総ての正義のためだ、言わせんなよ(キリッ」みたいに言われたら、「お前ら頭おかしいんじゃねえの!?」みたいになるのは当然よね。
   けど、他人を助けるのに理由はない(キリッ)って言われた時よりも、盗賊の本音が見えそうな受け答えではあるわよね」
静葉「アントニオがこのクエストの解決時にも言ってるけど、盗賊が道を踏み外したのは、どんな境遇がそうさせたであれ、盗賊自身が選択肢として選んでしまった事だから、何処かでそのツケを支払う必要が出てくるという事よ。
  けれども、もしその「道を踏み外した」時に、そんな底なしの大馬鹿者みたいな連中に出会えてたら…みたいな後悔が「遅ぇんだよ」の一言に現れてるかもしれないわ。この盗賊が根っからの大悪人ではなかった、というフォローの意味合いもあった選択肢なのかもね」
レティ「瀬田の宋ちゃんみたいなもんかしらね、るろ剣の」
静葉「どうかしらね。
  で、この選択肢は当然ながら、逃げて行った先で何かに襲われた盗賊の後を追って2Fに上がり、なおかつ出現したカマキリ野郎こと「義憤の断罪鎌」との戦闘を勝利しないと出てこないわね。
  その前に、まずはサソリ野郎「幸災楽禍の処刑針」を倒しておかなきゃならないけど…まあ、だいぶ長引いちゃったから顛末やら何やらは、次のヨタ話に回しましょうかね。
  今回は一旦切るわ」
レティ「今回カマキリFOE出てこないと思ったらこんなところに居やがったわけね。
   というか本当に中途半端なところで切ったものねえ、茶番長引かせ過ぎて」
静葉「切りどころもないからねえこの辺。
  てなわけで、この話のエピローグと、こいし達のスペックに関しては次の回でね」