目に見えるほどの闘気を放ちながら、孫策が歩を進める。
その時、陳羣を捕らえていた男が、狼狽しながら叫んだ。
「ま、待ちやがれっ!
こいつがどうなってもいいのか!」
無理やりに腕を寄せられ、陳羣はその痛みに顔をしかめる。
孫策は足を止め、さもつまらなそうな表情で、吐き捨てるように呟く。
「そいつが何だ、といいたいトコだが…そいつが仲翔の友達なら、あたしにとっても友達だ。
てめぇらみたいなクズに何かされるのは御免蒙りたいトコだな」
「そ…そうだろう、ならてめぇも大人しくしろ!
そこの銀髪もそうだが、テメエにも恨みのあるヤツはゴマンといるんだぜぇ!」
「そうだろうな」
孫策が構えを解き、目を閉じる。
観念したと思ったのだろう、男達が近づこうとしたその時。
「でも、生憎やられてやるつもりなんかねえけどな!」
「な!?」
孫策は電光石火の速さで、最も手前にいた男に鋭いボディーブローを叩き込む。
うめき声ひとつあげず崩れて行く仲間に、呆気にとられる男達。
「て、テメエ!
コイツがどうなってもいいのかよ!?」
「阿呆か。
だったらオメェが何かする前に、その子からその汚ぇ手をどけてやりゃ済む話じゃねーか」
あまりにむちゃくちゃな一言に、不良たちはさらに呆気に取られ、陳羣も思わず目が点になる。
しかし次の瞬間、孫策が本気でそう思っているらしいこと…なおかつ、それが全く不可能でないことを、陳羣も不良たちも思い知らされることになった。
不良たちが呆けて動きを止めてしまったその刹那、目にも止まらぬ踏み込みとともに孫策は、一瞬のうちに陳羣の目の前に姿を現す。
「え…!」
「そこ動くなよ、お嬢様ッ!」
孫策の言葉が聞こえたのと、その拳が男の脇腹に深く突き刺さったのがほぼ同時。
一瞬遅れて、肉に拳がめり込む鈍く嫌な音が聞こえる。
そして少女を捕らえていた戒めは解かれ、その身体はゆっくりと地面に向けて倒れた。
解放された陳羣も、一瞬バランスを崩しながらも蹈鞴を踏んでその場に踏みとどまりながらも…何が起こったかまだ思考が追いつかないのか、倒れた男と孫策の姿を交互に見やる。
「で、これであたしは心置きなくテメェらを病院送りに出来る、ッつーことになるが?」
「ゲエッ!?」
一瞬の出来事に、不良たちは完全に色を失った。
完全に立場は逆転し、気を失った虞翻と、成り行きを呆然と見守る陳羣を背に孫策は百人前後の不良たちと対峙する。
孫策は一見隙だらけに見えたが、その放たれた闘気に不良たちは完全に圧倒されていた。
「く、クソッ!こっちはこれだけ頭数いるんだ!
小娘ひとりに舐められて堪るかよッ!!」
「やれやれ…見逃してやってもいいってのに、そっちがくるならもう容赦はねぇぞ…!」
仕方ない連中だ、と言わんばかりに頭を振る孫策。
「あ…あなたは確か…長湖部先代部長の…!」
「ごめんな。
話し合いしようにも、この連中には世の中の正論ってのが通用しねぇらしいんだ。
だからこういうことになったらあとは力づくでなんとかするしかなくってさ…出来れば、逢魔が時の幻だと思って、目ぇつむってくれれば助かるよ」
戦慄くような陳羣の言葉に、僅かに微笑んで返す孫策。
「やれぇぇ!
奴は一人だ、囲んで叩き潰せェッ!」
何時の間にか周到にも背後に回りこんだ不良たちと、正面の不良たちがまるで高潮のように三人の少女めがけて襲い掛かってくる。
「ひとり? 誰が?」
正面の男たちがその不敵な笑みを悟るより前に、背後の一団が派手に横へなぎ倒された。
それをやってのけた銀髪の少女が孫策の背後につく。
「何ぃぃ!?」
「な…テメェ何処から…がはっ!?」
音もなく、もうひとり女性がその隣に滑り込んできて、手前にいた男の首を掴み上げた。
「…やれやれだよ、世間じゃこんな下種と同類視されてんのかあたしたちゃ…泣けてくるね」
「同感です。全く不愉快極まりない」
桁外れの握力だけでその呼吸を封じて失神させた男を、つまらなそうな表情で無造作に投げ捨てるのは蒋欽。
銀髪の少女…周泰も不快感を顕にした表情で不良たちを睨みつける。
「よお、遅かったじゃねぇか公奕さん、幼平」
「申し訳ありません。
子敬の指定した集合地点に寄っていたら、間に合わないと判断しましたので」
孫策の軽口に恭しく会釈する周泰。
「てか先代、子敬が頭捻ってたぜ。
あいつに場所だけ聞こうとしても要領得なくてさー。伯符の説明ヘタクソ過ぎー、とか言って」
蒋欽も軽い調子で応える。
「悪ぃ悪ぃ。この辺りよく解んなくてな」
周泰と孫策が顔を見合わせて笑う。
不良達からもざわめきが起こる。
今や長湖部の一部員となった伝説のレディース「湖南海王」。
世代的にはひとつ下になるだろうが、不良達とてその数々の暴れぶりを知らぬ者はない。見た目に違いはあれど、現役と遜色ない…それ以上の凄まじいプレッシャーを放つその「二大看板」を前に、大いに気圧されている様子なのは間違いない。
「さぁ…って」
呆気に取られるばかりの不良たちを、三人の猛者が再び見据える。
「公奕さん、すまねぇが仲翔達を頼むぜ。久々に暴れさせてもらう!」
「ほい来た」
その受け答えが早いか否か。
数を恃みになおも襲いかかる不良達。
孫策の鉄拳が唸りをあげて目の前の男を地面に殴り伏せるのと、周泰が神速の掌打で標的の動きを完全停止させるのと、動けない少女ふたりを庇う蒋欽が飛びかかってきた男を敷地外へ蹴り飛ばしたのはほぼ同時の出来事だった。
夏影の狂詩曲 -Summerdays Rhapsody-
そのよん「ぼくのフレンズ」
(よお、あたしの声、聞こえてるかい?)
身体はまだ動かない。
というより、感覚らしい感覚がない。
しかし虞翻の耳には、その声ははっきりと聞こえてきた。
(うん…私は? ここは一体?)
(こんなところへ来ちまったってことは、大丈夫じゃあねぇんだがな。
まぁ安心しな、あんたはただ、気を失っているだけだ)
目が開いているのかどうかもわからない。
ただ、解っているのはその少女の声が聞こえているということだけだった。
(場所が場所だからな。偶然「こっち」と繋がっちまったらしい。
でもおかげで、あたしはあんたにこうして話すことが出来る)
聞き返そうとしたが、声にならない。
少女の言っている言葉の意味も最初ピンと来なかったが、虞翻はある考えに思い至る。
(別に死んじゃった、ってわけでもないわけか)
(まぁな)
(じゃあ…そうだ、こんなことしてる場合じゃない、あの娘を…長文を助けなきゃ!)
(ちょっと待った)
後ろから、手を引かれる感触。
振り向くと、その声の主と思しき少女の姿が、はっきりと見えた。
(何よ、悪いけどこんなところでじっとしてるヒマなんてない!)
(大丈夫だよ。
あんた、あたしの目から見ても結構いい運気持ってるんじゃないかな…とんでもなく頼りになる連中の到着が間に合ったみたいだし。
まぁ、鬱憤晴らししたいなら話は別だけど)
どういうことなのか解らずにいた虞翻だったが、何故かこの少女のいうことなら、信じて問題ないと思った。
そして、振り返ると彼女は、少しさみしそうに笑いながら、更に告げる。
(帰ったら…信じてくれるかどうかは解らないけど…あいつに伝えてほしいことがあるんだ)
(え…?)
その時、虞翻の思考に直接、その「言葉」が流れ込んできた。
それと同時に、彼女は目の前の少女の正体を知った。
(あなた…もしかして)
(もしかしたらあたしは、こうしてあんたみたいなヤツが来てくれるのを待ってたのかもな。
…もし良ければ、これからもあいつと仲良くしてやってくれると、あたしも嬉しい。
っても難しいかも知れないけどさ。あいつは蒼天会、あんたはヒラでも長湖部員、相変わらずお互いドンパチやってる間柄みたいだし)
虞翻は、頭を振って応える。
(愚問だわ。
課外活動ではどうであれ、プライベートで友達づきあいに干渉されたら堪んないよ)
(そだな、それもそうだ)
その言葉に、彼女も苦笑を隠せない。
(じゃあ、また何時かね)
(ああ。あまり早く「こっち」に来ないようにな。
あと…色々なんか、悪かったな。
あたしはそういうつもり、なかったんだけど…あんたの「夢」まで、一緒に潰しちまったみたいだし)
(気にしないで。
きっと、そういう縁だったのかも知れないし。
だからいちいち文句もつけても居られないし…私は私で、今の自分が好きになれそうだから)
(なら…それもいいか)
最後に笑顔を交し合い、振り返ったとき…その意識が一気に覚醒し始めた。
…
「あれ…?」
起き抜けに何かとんでもない光景を目にしたような気がして、彼女は思いっきり呆気にとられた。
「彼女」の言葉に薄々感づいてはいたものの、予想通り過ぎてなんと言っていいのか解らないという気持ちが半分だった。
「仲翔さん!
よかった、気がついたのね!」
「長文…」
自分を支えてくれていた陳羣が、安堵の表情を見せる。
「ったく…あんた厄介事ぽんぽん引き寄せるくせに、妙なところで幸運だよ本当に」
そしてそれを庇うように仁王立ちする蒋欽。
「公奕さん…?
え…これ、一体どうなってんの?」
周囲の状況がはっきり見えてくるにつれ、孫策と周泰のふたりが、逃げてゆく男たちを追っかけまわして怒声とも奇声ともつかない叫び声を…まぁ、叫んでいるのは孫策だけであるが、そんな姿が見える。
「私にも何がどうしたのか」
問われた陳羣も困惑顔。
その視線を感じ取った蒋欽が言う。
「後で子敬に礼でも言っておいてやんな。
あいつがあんたたちを見つけて、なおかつあのバカ男たちの会話聞いていなければ、今ごろどうなってたか解んなかったよ…立てるか?」
「ええ」
手を引かれるままに、彼女はゆっくりと立ち上がる。
「よし。
ここはあらかた片が付いたけど…そろそろ興覇(甘寧)たちも着いた頃合じゃないかしらね。
あたしも現役引いて久しいからねえ、やっぱしんどいわこういうの。子敬の言うとおり人数連れて来たの正解だったかねえ」
苦笑する蒋欽。
虞翻が視線を麓にやると、そこでも黒だかりの特攻服の一団と、それを相手に大立ち周りを演じている少女達の姿が見えた。
…
「通せって言ってんだよ、この野郎ッ!」
麓では道中で既にヒートアップしていた甘寧を先頭に、潘璋、凌統、丁奉、徐盛といった現長湖部屈指の猛将たちが当たるを幸いに目の前の男たちを薙ぎ払う。
甘寧の後ろから襲い掛かってきた男を木刀の一撃で吹き飛ばし、部活の夏練習上がりなのか体操着の半袖にジャージのズボンを穿いた狐色髪の少女がその背後についた。
「先輩、後ろはあたしが!」
「おう、遅れをとるなよ承淵ッ!
行くぞ!」
「はいっ!」
恐らくは琥亭会戦以来だろうか…かつての師弟コンビは群がる男たちをその拳と剣術で沈めてゆく。
否…かつて甘寧が振るっていたバケモノ木刀・覇海から繰り出す新陰流の技で、見違えるほどの戦闘能力を発揮する丁奉と、愛刀を手放しても現役時代に振るった喧嘩殺法に、新たに古武術の技を身に付けた甘寧。
その息の合ったコンビネーションは、甘寧現役時代とは比べ物にならないほどの被害を周囲にもたらしている。
「おー、やるじゃん二人とも♪」
「あたしも負けてられるか、行くぞっ!」
その働きぶりに舌を巻く潘璋の脇から、愛用の両節棍・怒涛で変幻自在の一撃を繰り出す凌統。
受け継いだばかりの頃、彼女にとって荷が勝ちすぎたその大型両節棍は、いまや完全に彼女の体の一部であるかのように縦横無尽に旋回する。
その一振りごとに、数人の男たちがなぎ倒されていく。
「ふ…そういうあいつも、なかなかやるじゃないか」
「全くだよ!
このままじゃあたしらの出番も全ッ然なくなっちまう!!」
それに続く徐盛、陳武。
そしてその後ろから先鋒軍団の討ち漏らしを屠っていくは呂範と董襲。
「くぁ、やっぱり煮詰まったときゃ身体を動かすに限る限るっ! なぁ元代よぉ!」
「同感だ! 仲翔にゃ悪いが、こんな楽しいのは何年ぶりだろうなっ!」
受験勉強で溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのごとく、嬉々とした表情で縦横無尽に拳を振り回す呂範と董襲。
恐らくは家から着の身着のままで飛び出してきたのだろう、全員ともシャツにハーフパンツやチノパン、サンダルやスニーカーと言った軽装ばかりだ。
色素の薄いポニーテールの少女と、大柄の少女が竹刀を振るい、後詰ふたりの赤みががった髪が翻る度、逃げ送れた男達が次々にアスファルトに叩きつけられてゆく。
昨年度末は引退間際の張遼に挑んで一敗地にまみれはしたものの、呂範は截拳道の達人である。
無造作で繰り出しているようでも、中国拳法の変則的な動きが身体に染み付いてる彼女の動きは無駄が全くない。
董襲も丁度一年前、合肥・濡須戦線で不慮の事故からリタイアしたものの、これまた正道館空手の有段者で、中学生時代は会稽地区で無敵を誇った喧嘩屋である。その戦闘能力は折り紙つきだ。
そして陳武は馬庭念流、徐盛はタイ捨流、我流ではあるがそうした少女達の見取り稽古と実戦で身につけた剣術を振るう潘璋といった面々もまた、長湖の武を担う者としての技量を余すことなく見せ付けている。
「やれやれ、興覇といい公績といい子衡といい…この連中全員を倒した張遼って一体なんなんだろーねマジで!」
軽口を叩きながら、魯粛も片手間ではじめたテコンドーで鍛えた華麗かつ変則極まりない足技を繰り出し、更に戦闘不能者を増やしてゆく。
最初は「小娘の集団」と侮っていた男たちも、ものの数分で七百近くいた仲間を半分近く戦闘不能にされ、うろたえ始めた。
「な…こいつらなんなんだ!?」
「た、ただの小娘じゃねぇぞ!?」
「って…あの羽飾りの女…ま、まさかあの鈴のッ!?」
甘寧の正体を悟り、狼狽して後ずさる男たち。
甘寧はその眼前に威風も堂々と、妹分に分け与えた分だけ少なくなった腰の鈴を鳴らして立ちはだかる。
「けッ…てめぇらみたいな三下風情が…この俺様の名を軽々しく呼ぶんじゃねぇ!
失せやがれ!!!」
その堂々たる宣告に、男たちは戦意を失い、その道を空けてゆく…というより、輪の外からひとり、またひとりと走り去り、ついには蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
「…相変わらずスゲェよな、あんたの「雷名」。
あたしにゃ多分一生無理な芸当だわ」
振り向けば、何時の間にそこに来ていたのか呂蒙の姿があった。
「いやいや、俺も見た目随分変わっちまったし。
それに気づかれちまったらウサ晴らしになんねぇッスから」
肩を竦める甘寧。
その、らしいといえばらしい言葉に、少女達の笑い声があたりに響いた。
…
それから間もなく、墓地にいた虞翻たちも麓へと降りてきて、駆けつけた少女達と合流していた。
「ということで………うん、解った。
母さんも無茶しないでね」
携帯電話の電源を切る諸葛瑾。
彼女が電話をかけた相手…それは、この蒼天学園都市で徐州・豫州・揚州の三校区を担当する蘇州警察署の女性署長であり、諸葛瑾の母親でもある諸葛豊である。
諸葛瑾もこの知らせを受けて慌てて飛んできたのか、紺のワンピースにサンダルというラフな格好である。
「子瑜〜、連絡ついたぁ?」
「ええ。とりあえず後はこっちの仕事だから、一緒に補導されないうちにさっさとそこから離れろ、だそうよ」
「流石は学園都市きっての不良署長、話が早い」
「話が解るって言ってよ、人の母親捕まえて」
「へいへい…それじゃ」
そうして魯粛は、わらわらと集っていた少女たちに向き直る。
「いやぁ悪かったな皆の衆。
どうだい、暴れついでに息抜きの用意してもらってあるから、いっちょ派手にやるかい?
もちろん、このあたしの奢りだよっ!」
「待ってました!」
「流石は子敬だ、よく解ってらっしゃる!」
長湖の悪たれ連中がそのありがたい告知に沸きあがる。
「あ、でも…」
集まったうちで最年少の丁奉がある少女のほうを振り返る。
それとともに、湧きかえっていた少女たちの声がぴたりと止んだ。
言うまでもなく、少女たちの視線の先にいたのは…蒼天生徒会最強の風紀委員長と呼ばれた陳羣その人である。
長湖部の問題児たちも、普段は風紀だとか校則だとか屁とも思っていない連中ばかりだが、流石に此処にいる少女の中には、進学を控えて極力問題を起こしたくないものも多くいた。
とはいえ、理由はどうあれ、彼女の目の前で乱闘騒ぎを引き起こしたばかりである。
実は取り返しのつかないことになったんじゃないか…と少女たちに冷や汗が流れる。
「なんか、いろいろ気を使われているみたいだけど…」
「…そう、みたい」
顔を見合わせる虞翻と陳羣。
「別に、いいんじゃないかな。
それに、せっかく危ないところを助けてくれた人たちに、ちゃんと御礼もしなきゃ、ね」
そう言って、にっこりと笑う。
少女たちの間に感嘆の声が上がる。
「おー…流石、話解るぜ」
「だから大丈夫だって言ったろうが。
あそこに伸びてるボンクラ共と人間の出来違うんだからよこちらのお嬢は」
感心するように呟く甘寧を嗜めるように小突く孫策。
くすくすと、少女達の笑い声が上がる。
「だから、私たちも上がらせてもらうことにしない?」
「ええ!? あなた、親御さんは…」
「ああ…あれは私が小さい頃の話。
今はね、実は結構自由にやらせてもらってるの。
連絡さえすれば大丈夫だけど…もしかしたらうちの妹たちとか、来たがるかも」
「人数なら気にしなくていいよ。
うちの家族、大騒ぎするの大好きだから」
魯粛の言葉に頷く陳羣は、虞翻の手を引く。
「じゃあ、決まりね。行きましょう!」
「ちょ、ちょっと…てか私も参加しなきゃなんないの?」
苦笑しながらも、彼女もその手を強く、握り返した。
「折角だし仲翔も妹達呼んじゃいなよ。
どうせ今日、お母さんはそのまま病院に宿直のはずでしょ?」
「ああもう…仕方ないなぁ。
つかなんであんたそんなこと知ってんのよ?」
口ではそう言いながらも、彼女もまんざらではないようだった。
その時遠くのほうから、パトカーのサイレン音が聞こえてくる。
「うお!
ちょっと早いだろこれ…みんなっ、みっからないように散っていけぇ! 集合場所は舒の公民館だぁ!」
「おー!」
孫策の号令に、蜘蛛の子を散らすように散っていく少女たち。
一瞬、躊躇ったものの…陳羣は虞翻に引かれるまま、その自転車の荷台に飛び乗った。
パトカーのサイレン音を遠く背後に聞きながら、その道中で。
「そうだ、あなたに言付けをあずかってたんだ。
あなたの友達から、さ」
「え?」
「信じてくれるかどうかは任せるよ。
何時か取り上げたMDプレイヤー、卒業式のときにちゃんと返してくれ、ってさ」
陳羣は耳を疑った。
何故そんなことを、虞翻が知っているのか。
「それと…あまり物事を何時までも引きずっているな、って」
しかし。
あの場所には「彼女」が眠っている。
きっと、虞翻は気を失っていた時「彼女」に逢っていたのかも知れない、と、陳羣は思っていた。
盆の頃には死者の魂が現世に帰ってくるという。
そんなものは迷信に過ぎないことは解ってはいる。
しかし、振り向いた少女の顔が…今は亡き「友達」と重なったような気がしていた。
「うん」
彼女は、静かに頷いた。
(終わり)
-あとがきらしきもの-
時間軸の上では「真夏の夜のシンデレラ」の直後に起こったということになっているドリーム話です。
魏の清流会名士として名高い陳羣は、諸葛亮など敵対国の名士たちとも文通して交流を深め、また虞翻も孔融と文通していたという話が正史に記載されています。
虞翻の才覚や人物については曹操や曹丕も高く評価しており、于禁は呉に客将として滞在していた際は虞翻の毒舌の餌食になっていた(w)のに、帰国するとその人柄を褒め称えたといいます。その話から曹丕が虞翻のために虚座(当人はその場に居ないけど、その人のために特別に与えられた座席。言うなればプロ野球の永久欠番;w)を用意させたほど。曹丕の太子四友のひとりであった陳羣も、もしかしたらこのことから密かに親交を持っていたかもわかりません。
とはいえ、話が完璧に設定もへったくれもない代物に仕上がってしまったため、ここのみの収録とさせていただいた次第です。